ワンダーランド(解決編)
 ※初めて読む方は先に、問題編を読むことをオススメします。  ・・部屋に残された手紙の意味とは一体何なのか?  ・・何故、わざわざ新規で通帳を作ったりしたのか?  ・・大事にされていたタロットカードが全て、逆さまに保管されていたのは何故か?  ・・“諜報部員エージェンツ”のDVDしか部屋に置かれていない理由とは?  ・・1968年製の年代物の除虫菊(蚊取り線香)が押入れにあるのは何故か?  ・・そもそも須柄さんの失踪の原因は何か?事故なのか?事件なのか?それ以外か?  ・・そして彼は今、何処に居るのか?  ・・最後に、全ての謎を解くであろう“WONDERLAND”とは何か?  「WONDERLAND・・須柄さんは、やってはいけないことをしてしまったんです。」  全ての謎が、あなたには解けましたか?  case019/ワンダーランド(解決編)  冬が近づいていると言うのに、そこはまだ夏のような空気だった。  「ここが・・答えだ。」  ギシィ・・と軋む足場、太一・柿根・東樹・菜田の4人は目の前の光景を眩しそうに見ていた。  「ここに必ずいるはずです。手分けして探しましょう。」  柿根はそう言うと、2人1組のペアを作らせる。柿根と東樹、太一と菜田という組み合わせが出来た。  「探しに行って我々が迷わないように、それだけを注意していきましょう。」  「そうですね。」  柿根の言葉に太一は深く頷いた。そして、柿根は最後に忠告した。  「もしも、どんな結末が待っていようと・・それは受け止めましょう。」  4人のいる場所に似合わず、その言葉はとても重かった。  「それと捜索隊の皆さん・・よろしくお願いします。」  柿根は自分たちの後ろにいる捜索隊数10名に、頭を深々と下げるとそうお願いした。  「そして警部・・わざわざスイマセン。こんな捜索隊を組んでくれて。」  さらに柿根は、その捜索隊を指揮する警部に向かってそう言った。   「なに、別に構いませんよ。柿根探偵。世話にも色々となってますからね。」  警部は別に気にしてもない・・と言った感じで返した。  「なら、いいのですが・・。」  柿根のその言葉を、太一は後ろで静かに聞いていた。いや、聞くことしかできなかった。    アパートの一室で謎解きにかかる太一と柿根の2人。  「まず、須柄さんの残した謎の置手紙。こいつは紛れもなく暗号として俺たちにメッセージを残しています。」  須柄の置手紙を持った太一はまずそう言った。  「ただ、この暗号にはもう1つ・・重要なポイントが存在しました。それは、置手紙の内容とリンクするように仕組まれている、 この“須柄さんの部屋そのもの”です。」  太一は部屋の周りを見回しながら、2つのポイントの重要性を説く。  「それはつまり、須柄くんの部屋も暗号になっている・・ということなのか?」  東樹は太一にそう尋ねる。  「その通り・・いや、もっと簡単に例えるなら、クロスワードパズルみたいなもんですよ。東樹さん。」  太一は分かりやすい例えを見つけると、東樹と菜田にそう言ってみせた。  「クロスワード・・パズルですか?」  菜田は例えを聞くも分からない。立っている太一は、椅子に座っているその2人にさらに分かりやすく説明する。  「クロスワードパズル・・こいつは問題の書かれたページと、その答えを記入する表が書かれたページの2枚で成り立っている。 これを今回の失踪事件に置き換えるんですよ。」  太一はそこで、持っていた須柄の手紙を見せる。  「置き換えると・・この手紙が問題の書かれたページ。そして、この部屋が答えを記入する表の書かれたページです。」  2つで1つの問題。太一はそれをあくまで強調する。  「そして、この問題を解くためにもう2つ必要なポイントが存在する。」  ここで柿根が、静かにそう付け加えた。  「必要なポイント・・?」  菜田は聞き返す。  「そう、この暗号を解くためにあと必要なポイントは2つあります。1つは、須柄さん本人がアナグラムをよく好んで使用していたことです。 まぁ、これはあとで説明をしますので置いておきます。ここで言わなければならないのはもう1つのほうです。」  柿根は太一の手紙を受け取るとその文面を見ながら話す。  「ワンダーランド・・これに尽きます。」  そう言うと柿根は文面を2人に見せる。  『私には、時折よく分からないが不思議な感覚に陥ることがあった。この感覚は、私の創作意欲をかきたてた。 この感覚が訪れる度に、私の頭の中ではアイデアが泉のように湧き上がっていき、様々な素晴らしい作品を世に生み出すことを成功させた。 私のこの自分の頭の中にやって来る不思議な感覚を、私の中に眠っていた世界、WONDERLANDと名付ける事にした。  ただ、最近の悩みはこの、私自身の奥底に眠っていたWONDERLANDから、私自身が抜け出せなくなっていることだ。 私に素晴らしいほどの大量の作品を創作させる驚異の世界。しかしこれが今や、私を抜け出せないようにしている恐ろしい、 不思議な世界へと化している。私はこの不思議な世界、WONDERLANDから逃げ出すために旅に出る。  今まで、私のことを面倒見てくれた人に対しては、少なからずだが通帳に金を振り込んでいるので使って欲しい。 今までのお礼だ。あと、とても勝手ではあるが、部屋を出るように管理人さんから言われたようであれば、荷物は好きにして欲しい。 私の大事にしていた物もあったが、邪魔なようなら捨ててくれて結構だ。その他の物も同様にだ。  私は私の世界へと歩んでいく。』  「ワンダーランド・・直訳するとこれは、不思議な世界・・もしくは驚異の世界です。そして、ここで気づくことがある。」  柿根は文面を指差す。  「この手紙には・・“世界”という言葉が非常に多く使われているということなのです。」  『!!』  菜田と東樹の2人は、その言葉で思わず手紙に見入った。  「“大量の作品を創作させる驚異の世界”。“恐ろしい、不思議な世界”。そして、“私の世界”。」  柿根はそれぞれを指で指しながら話す。  「この手紙には3つの世界が書かれています。そして、その世界を結びつける重要な世界がもう1つ。もうお分かりですね? それが“WONDERLAND”です。」  柿根はまず、この暗号における3つの世界を提示した。    ザワザワァ・・  風が吹いた。  「けど京介・・本当に須柄くんはここにいるんだろうか?」  深い森の中を歩きながら、東樹は柿根に尋ねていた。  「さぁ、最終的にこれは推理だ。事実かどうかは確かめない限り分からない。」  柿根はそう言うしかなかった。  「ただね、さっき堀くんが見つけたんだ。ボロボロに壊されたエンジンを。」  「エンジン?」  「あぁ。」  森の中は深い・・昼間なのに暗い。樹海のようでもある。  「それは、この推理の裏づけになっている可能性が高いだろう。」  柿根がそう言った瞬間だった。  「うわああああああああああああぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!!!!!!」  柿根と東樹は振り返った。自分たちの背後から聞こえた叫び声。  「す、須柄くんだ!!」  東樹がそう言うと、柿根は走り出す。  「急いだほうがいいみたいだ!こっちだな!東樹くん・・早く!」    「しかし、ここで分からないことが出てきます。」  太一が手紙を見ている2人にそう言った。  「分からないこと?」  そう言われても分からない2人。東樹は全部分からないが・・と言った表情でそう言っていた。  「えぇ、そうなんです。東樹さん。じゃあ、1つ聞いても良いですか?」  「え?」  太一は手紙に書かれたある言葉を指摘する。  「WONDERLAND・・こいつの直訳は、“驚異の世界”もしくは“不思議な世界”です。」  「そ、そりゃそうだろうね・・まず、手紙にこの2つの言葉があるからなぁ。」  いきなりそう言われればそう答えるしかない東樹。だが、太一は首を振る。  「けど、こいつを英語でWONDERLANDと表現するなら。このWONDERLANDという世界観は統一された、 1つの世界でないとおかしい。」  「・・?」  東樹はやや難しそうな顔をする。分かれば単純な話だと、太一は説明する。  「なのに、ここではその驚異の世界と不思議な世界・・2つともを言っている。同じ世界であるはずなのに、 訳では2通りの意味が考えられるように何故か書かれている。どうしてなのか?」  太一の出した謎の提示。東樹はとりあえず、考えられる答えを言ってみた。  「それは、単なる訳の間違いじゃ・・」  「いいや、それは違う。これは意図的に仕組まれている。」  太一は即否定するとさらに言った。  「“大量の作品を創作させる驚異の世界”と“恐ろしい、不思議な世界”。手紙に書かれているこの2つがワンダーランドのことを意味している。 しかし、前者は明らかにプラスのイメージを与える世界なのに対し、後者はマイナスのイメージを与える世界になっている。」  この言葉に、東樹はハッとさせられる。  「つまり、須柄さんは意図的にワンダーランドに2つの意味を持たせたことになるんです。じゃあ、何故そんなことをしたのか?別々の世界を 何故1つのワンダーランドで括ってしまったのか?」  ここで柿根がある言葉を口にした。  「ワンダーランドは、彼の中で変化している。」  そう言うと、柿根は続けた。  「初めはこの世界・・彼にとっては最高の世界だったのに、それがいつの間にか恐怖の世界へとなっている。どうしてなのか?」  そして、核心部分を話す。  「世界が変容したんですよ。“驚異”が“不思議”へと入れ替わったんです。これを彼は日本語で表現した。まぁ、日本語は意味が多様ですからね。 英語では文章中で1つの単語は1つの意味が精一杯だ。それを日本語でカバーした。」  ここでいきなり柿根は、菜田に尋ねた。  「菜田さん・・日本語の簡単な問題です。“驚異の世界”から“不思議な世界”へ・・意味は100%変化していますが、 文字で見ると変化していないものが存在します。それは何でしょう?」  菜田はいきなりの名指しの質問でやや戸惑う。  「文字で・・変化していないものですか?」  柿根は頷いた。菜田は自信がなさそうだったが、こう口にした。  「文字で同じもの・・それは、“世界”ですか?」  それを聞いた柿根。満足そうだった。  「そう、世界です。やはりここでも世界です。日本語で共通なものは世界。そして、WONDERLAND・・ 英語に置き換えると世界とは文字でいうとどの部分か?」  「そいつは、言うまでも無く“LAND”の部分じゃないのか?」  東樹は即答した。柿根はまたも満足そうな顔をする。  「そう、英語に置き換えてやるとLANDだけが変化しない。逆に言えば、日本語で変化している“世界”という言葉の前の部分。 これを英語に置き換えるんです。」  「英語に?」  柿根の言葉にイマイチ理解ができない東樹。それは菜田も同じだろう。  「そう、つまり・・日本語の変化を英語でも同様に起こす。つまり、日本語だと“世界”という単語の前だから、 英語だと“LAND”という単語の前。つまり、“WONDER”が何らかの形で変化しているんです。」  この言葉は、2人に微妙なかたちで伝わった。  「でも、WONDERがどう変化しているんですか?」  菜田の言った言葉。最もである。  「そう、だからここで須柄さんの得意なアナグラムが出てくるんです。」  太一はそう言うと手紙を柿根から貰う。  「アナグラム・・簡単に言いますがこれは難しい。英語だから尚更です。けど、もう1度手紙をよく読むと、さりげなく アナグラムに関するヒントがあるんです。菜田さん・・それが何か気づきましたか?」  太一はそう言いながら、菜田の持っていたバックからあるものを取り出した。  「そ、それは・・預金通帳じゃないか?」  東樹はそれを見て意外そうな顔をする。  「そう、預金通帳です。東樹さん・・でも、これは手紙を最初から読んでいると分かるんですよ。」  手紙を2人に見せる太一。  今まで、私のことを面倒見てくれた人に対しては、少なからずだが通帳に金を振り込んでいるので使って欲しい。 今までのお礼だ。あと、とても勝手ではあるが、部屋を出るように管理人さんから言われたようであれば、 荷物は好きにして欲しい。私の大事にしていた物もあったが、邪魔なようなら捨ててくれて結構だ。その他の物も同様にだ。  「手紙の後半部分です。これは明らかにこの部屋のことを言っている。つまり、この手紙の後半部分の意味を読み取るには、 この部屋を見る必要があるんです。」  そう言うと通帳を開く太一。  「後半の出だし。そこが預金通帳からスタートしている。ならば最初は通帳だ。そしてこれには、妙な振込みがされている。 1回目と2回目の振込み・・その時間の間隔が2分しかないことです。」  東樹と菜田の2人に通帳を見せながら話す太一。  「これはどう考えても須柄さんがわざとやったこと。なら、それにはヒントはある。どうして、須柄さんはこんな妙な振込みをしたのか?」  「そ、そう言われてみれば・・確かに。」  東樹は言う。だが、ここで太一はあることを指摘する。  「そこでこの通帳の金額を見てみるんだけど・・共通点があるんだ。」  「共通点・・?」  東樹は通帳を見ながら首をかしげた。  振込み金額   1.234.560.000  振込み金額   2.979.000.000  合計金額    4.213.560.000  「・・あ、同じ。」  これにいち早く気づいたのが菜田だった。  「同じ?」  東樹はその言葉の意味が分からなかった。  「同じなんですよ・・最初の振込み金額と、2回目の振込み金額を足した合計金額の下4桁が!」  菜田は金額表示の2つを指で交互に指した。  「!? ほ、本当だ。」  東樹も言われて気づいた。  「その通り、菜田さんの言うように同じなんだ。下4桁が。」  太一がそう言う。だが、東樹はそれについてこう言う。  「だけど、それが一体何なんだ?堀くん!?これが何かを意味するのか?」  そう、意味だ。それの意味がポイントだ。しかし、それに太一は気づいていた。  「えぇ、東樹さん。こいつは重要だ。よく見れば分かるんだけど、最初の振込み金額と合計金額の表示。 下4桁も確かに同じだが、残りの上の桁の数字・・こいつも順番はバラバラだけど、同じ数字しかないことに気づいた?」  「!?」  東樹は目を見張る。確かに、同じ数字がバラバラにだが表示されている。  「ちょっと待て・・同じ数字がバラバラ・・まるで“アナグラム”じゃないか!?」  東樹のその言葉に、菜田がハッとさせられる。  「そう、これはアナグラムなんだ。もっというなら、アナグラムのヒント!2つの金額である“12億3456万”と “42億1356万”。この2つは全く同じ10桁の数字!そして最後の下4桁に変化なし。ここで連想されるのが、 10文字で最後の4文字に変化がないある言葉!」  太一のその言葉。まさかと思い2人はその単語の数を数える。  「もうお分かりでしょう・・日本語で2つの意味を持たされた英単語、WONDERLANDのことを指している!」  そして太一は紙とペンを取り出して文字を書き始める。  「これならば、最初の振込み金額が123456・・なんてストレートに並んでいた説明だって簡単だ。 これは文字の並びを暗に示していたにすぎない。そしてそれが2回目の振込みで421356となっているんだ。 なら、WONDERLANDの最初6文字・・WONDERの部分の並びもそれに乗っ取って変えるだけで話はつく。」  そう言って並び替えを行う太一。  WONDER → DOWNER  「LANDは世界で、手紙の内容でも一貫して共通している部分だから除外するとして、変化したのはこの部分。」  紙に書かれたその6文字。それを見た菜田はふと一言。  「DOWNER・・鎮静剤?」   菜田は割かし英語は得意なようだ。太一は頷いた。  「そう、これは鎮静剤という意味になるんです。」  太一は自信満々に言った。しかし、ここで東樹が噛み付く。  「けど、それだと“ワンダーランド”は“鎮静剤の世界”を意味していたってことになる。それだと話が繋がらないんじゃないじゃ・・」  とここで、先ほどまで黙っていた柿根が久々に言葉を発しだした。  「繋がらない・・ならば、繋がるようにするだけ。繋がるようにする“次のヒント”を見ればいいだけの話だよ。東樹くん。」  そう言いながら手紙の後半部分を再び見せる柿根。  あと、とても勝手ではあるが、部屋を出るように管理人さんから言われたようであれば、荷物は好きにして欲しい。 私の大事にしていた物もあったが、邪魔なようなら捨ててくれて結構だ。その他の物も同様にだ。  「通帳の話の次を読むと、そこには彼が部屋の荷物について言及している。流れで言えば、次は荷物・・特に彼本人が大事にしていた荷物についてだ。 堀くん、須柄さんが大事にしていた物は?」  柿根の質問。答えは至って簡単だ。  「所長、それはタロットカードのコレクションのことですね?」  「ご名答。」  太一の言葉に満足する柿根。太一の見つけたタロットカードのコレクションファイルを開く柿根。  「ここには全てのカードが、わざわざ逆向きに保管されている。きっと彼が失踪前に1枚1枚逆向きにしたんでしょう。 わざわざどうしてこんな面倒なことを?・・答えは1つ。」  ファイルを閉じた柿根はこう一言。  「それこそがヒントだから!そして堀くんも知っていたタロットカードが逆向きになっているという意味。そもそもタロットカードは占いに用いる ものだということは皆知っているでしょう。」  再びファイルを開くと柿根はカード1枚1枚を指さす。  「それぞれのカードには当然ですがもちろん意味がある。ただ、そのカードが上下逆さまで出てきた時、そのカードの意味は本来カードの 持っている本当の意味の反対を表してしまう!」  そして太一の書いた紙の“DOWNER”を次に指でさす。  「なら、この“DOWNER”もそれと同じなのではないか?つまり、須柄さんが言いたかったのはこの英単語の反対語。辞書を調べると 出てきたのですが、“DOWNER”の反対語は“UPPER”!」  先ほど本棚で調べていた英和辞書のページを開くと、そこを見せる柿根。  「鎮静剤の反対語・・辞書を見なくても大体は分かるでしょう。“UPPER”の意味は“興奮剤”です。ただ、問題は興奮剤の意味を 広い目で見た場合です。」  そう言いながら辞書の“UPPER”の項目を読む柿根。  「確かに意味は興奮剤・・ですが、類義語にこう言う単語が存在するんですよ。“DRUG”とか“STIMULANT”という単語が。」  柿根の指した類義語として存在する2つの単語。  「DRUG・・ドラッグ!!麻薬のことじゃないか!!」  東樹は類義語の持つ単語の意味に驚愕する。開いた口が塞がらないとはまさにそのことだ。  「そして、STIMULANTは麻薬・・もっと詳しく言えば“覚醒剤”を意味する単語となる。」  そう言って辞書を閉じる柿根。  「つまり、須柄さんが伝えたかったワンダーランド。これは“興奮剤の世界”。転じて“麻薬の世界”を意味をしていたことになる。」  ここまで言ったところで太一が例の手紙をまたも取り出す。  「そう考えれば、手紙の中にある世界が変容した理由も説明が可能となるんだ。」  太一は手紙のある部分をさす。  私には、時折よく分からないが不思議な感覚に陥ることがあった。この感覚は、私の創作意欲をかきたてた。  「手紙の書き出しの部分。須柄さんは作品の創作意欲をかきたてる不思議な感覚に陥ると書いている。 これが麻薬の中毒症状を意味していたのなら、不思議な感覚の意味が俺たちにも理解ができる。」  ただ、最近の悩みはこの、私自身の奥底に眠っていたWONDERLANDから、私自身が抜け出せなくなっていることだ。  「そして、須柄さんが書いているWONDERLANDから抜け出せないという言葉。このWONDERLANDが麻薬の世界ならば、 抜け出せないとは“中毒症状から抜け出せない”という意味になる。」  私に素晴らしいほどの大量の作品を創作させる驚異の世界。しかしこれが今や、私を抜け出せないようにしている恐ろしい、 不思議な世界へと化している。  「ならば、“大量の作品を創作させる驚異の世界”とは“中毒症状によって一時的に創作意欲を高められた驚異の世界”を意味し、 “恐ろしい、不思議な世界”とは“中毒症状という麻薬の恐怖に襲われる世界”を言っていると考えれば納得が出来る。」  太一はそう言いながらワンダーランドの意味を2人に突きつける。  「つまり、この2つの意味を持った“ワンダーランド”とは何か?それは、麻薬による一時的な精神状態とその中毒症状の恐怖と いう2つの意味を持たせた“麻薬の世界”を言っていたんだ!」    私はこの不思議な世界、WONDERLANDから逃げ出すために旅に出る。  「ならば、この前半の最後の文の意味はこうなる。“私はこの麻薬による中毒症状という恐怖の世界、麻薬の世界から逃げ出す ために旅に出る”。須柄さんは自ら麻薬に手を染めてしまった!そしてその麻薬から逃げ出すと言っているんだ!!」  太一はそう言い放つ。手紙の意味はもはやそう考えることでしか解釈が不能だ。  「う、嘘・・そんなはずないわ!!」  だが、ここに1人だけ納得できない人物がいた。  「な、菜田さん!」  東樹は隣にいて太一にそう訴えた女性に思わず目をやった。  「そんなはずない!そもそも、“UPPER”の本来は興奮剤じゃない!あくまで麻薬とか覚醒剤はその類義語にすぎない! だからまだ、彼が麻薬中毒になっていただなんて証明には・・!!」  菜田は訴えた。この事実を受け入れることができずに叫んでいた。  「確かに、UPPERの本来の意味はあくまで興奮剤だ。彼女の言うように麻薬の意味があると考えるには、 いささか根拠が足りないと考えられないこともない!」  東樹もそれには同意した。だが、ここで柿根がまたも例の言葉を発した。  「確かにこれだけだと繋げる要素としては弱い・・ならば、繋がるようにするだけ。繋がるようにする“次のヒント”を 見ればいいだけの話だよ。東樹くん。」  「ま、まさか・・!!」  その言葉に聞き覚えのあった東樹。そしてそのまさかは的中した。  私の大事にしていた物もあったが、邪魔なようなら捨ててくれて結構だ。その他の物も同様にだ。  「手紙の後半部分の最後。タロットカードのことを暗に示していた文章の次だ。ここには捨てても結構・・その他の物も同様に。とある。」  柿根は文章を読みながら考える仕草を取る。  「その他の物も同様に・・その他とは何か?」  部屋を歩き回りながら語る柿根。  「部屋にはタロットカード以外にその他のものは沢山ある。その他と言われても対象が多すぎて分からない。 けれども、2つだけわざとらしく置かれていたものが存在する。」  そう言いながらテレビ台の下のDVDを見た柿根。  「ここには同じ種類のシリーズであるDVDしか置かれていません。何て言う名前だっけ?これ?」  そう言いながらDVDを取り出す柿根だが、太一が素早くそれに答えた。  「“諜報部員エージェンツ”です。」  「あぁ・・そうだったね。諜報部員のDVD。」  そう言うとそのDVDケースを何度も見る柿根。  「何故か、ここのテレビ台の下にはこのシリーズしかない。まぁ、須柄さん本人がこれしかDVDを持っていなかったのなら 説明はするまでもないでしょう。けど、押入れの中を見たとき。それ以外のDVDがどっさりとあったのを憶えているでしょう?」  そう言うと、押入れの中を開け放った柿根。そこには、“諜報部員エージェンツ”シリーズ以外のDVDがどっさりとあった。  「つまり、彼は意図的にあのテレビ台の下のDVDを置くスペースにこれしか置かなかったんです。何故か?それは意味があったから。」  そう言いながら押入れの中にあるもう1つの物を取り出す柿根。  「そして、この押入れを開けることでDVDの意味を気づかせると同時に、もう1つのヒントに遭遇するように彼は部屋を設定していた。 それがこれです。」  そこで柿根が手にしたのは、1968年製の除虫菊・・すなわち蚊取り線香だった。  「これが大量にあった・・しかもかなりの年代物だ。入手自体が困難だったろうに、何故それがこんなにこれ見よがしにあったのか? それは意味があったから。」  柿根は例のDVDと除虫菊を持ってくると、2つ並べて床に置いた。  「手紙のその他のものがこの分かりやすく部屋に置かれていたこの2つを意味していたのなら、これにヒントがあるはず。 そして、この暗号を解く鍵が“英単語のアナグラム”だったということを考えれば、自ずと何かが見えてくる。」  太一はここで、まず1つ目のDVDを手に取ると言う。  「こいつは言わずと知れた・・まぁ、マイナーですけどその筋には人気のあるスパイ映画なんです。俺はよく知りませんけどね。 ただ、こいつはアメリカの“CIA”の諜報部員が活躍するというストーリーなんです。」  「CIA?」  東樹がその単語を聞いてまさかと思い、例の除虫菊に次は視線をやる。  「そしてこれは僕が言いましたが、1698年製の除虫菊にはDDTという製造薬品が含まれている。」  柿根はそれを手にとると説明を始めた。  「DDT・・これは1970年代以前に製造された除虫菊にはほとんど使用されているでしょう。しかし、70年代を境にぴったりと これを製造薬品として使用した除虫菊はなくなってしまった。」  ここで博識である柿根はその知識を披露する。  「実は、DDTという薬品には有害性があることが発覚したのです。それで、1948年にDDTを相次いで農薬登録した企業でしたが、 そいつの登録失効が相次いで発生したのが1950年代、60年代には農薬としてのDDTは登録が完全に失効されたと言っても過言ではなかった。」  そして、例の除虫菊を見せた柿根。  「で、問題の除虫菊に使われていたDDTも、1971・72年程に登録失効されたんです。そしてこれは68年に製造・・ギリギリ使われています。 だから、こいつのポイントは“DDT”なんです。」  太一の持っていたDVDを見ながらさらに続ける。  「こいつのポイントは堀くんも言いました。間違いなく“CIA”です。」  ここで太一が再びあの紙を取り出すとペンで何やら書き始める。  「この暗号のポイントが“英単語のアナグラム”である以上、この“CIA”と“DDT”も、 2つを一緒にして並び替えをすればある単語が完成するはずです。」  そう言っているうちに太一は紙にある単語を書き終えた。  CIA DDT  →  ADDICT  「ほら出来た。“ADDICT”です。」  そう言って英和辞書を再び開く柿根。意味を読み上げる。  「ADDICT・・“中毒者”という意味です。」  その出てきた言葉に驚愕する東樹と菜田。  「中毒者・・どう考えても薬品中毒のことでしょう。」  ペンにキャップをはめた太一は口にした。  「きっと須柄さんはあの“UPPER”・・すなわち“興奮剤”という意味だけでは伝わらない可能性もあると考えたんです。 だから、俺たちに麻薬であるという意味を確信づけさせるためにもう1つ、このアナグラムを残したんです。」  中毒者・・紛れもない事実なった瞬間でもあった。  「・・そんな!!」  菜田は崩れ落ちた。  「あの時・・もっと私が早く異変に気づいていれば!!あの頃から痩せてきてたようだったし、顔色も悪かったし、 何か思い詰めているようだったし・・あの時、私が1人にしなければ!!」  悲鳴にも近い声、混乱状態に陥り叫だした菜田。  「落ち着いて!落ち着くんだ!!菜田くん!!」  東樹が飛び出そうとする菜田を押さえつけると、必死にそう言った。このまま何処かへ飛び出されては、何が起きるか分からない。  「確かに、今はまだ動揺する時じゃない。菜田さん・・僕たちはまだ、1つだけ解いていない謎があります。」  そんな状態の中、柿根だけがその場にそぐわないほどの冷静な声でそう一言。  「ま・・だ・・解いていな・・い謎?」  菜田の動きが止まった。  「そう、まだ解いていないことです。それは、須柄さんの居場所です。」  「!!」    「真ノ祐さーん!!」  森の中で響く菜田の声。その隣には太一がいて、同じく叫んでいる。  「須柄さーん!!」  しかし、呼べども返事は聞こえない。戻ってくるのは自分たちの声のみ。  「ほ・・本当に彼は、ここに居るんでしょうか?」  菜田は今にも泣きそうな声でそう太一に問い掛けた。  「えぇ、きっとここにいるはずです。俺の友人で警察の地下で埃被ってるような部署にいる暇人がいるんですよ、 そいつに頼んでこの場所の写真を見せたら、間違いなくここだろう・・って調べてくれました。」  太一と菜田は森の中を進んでいく。  「聞き込みまでしてくれました。幸い探しているのは有名作家・須柄真ノ祐です。目撃証言が確かに見つかりました。間違いない!」  そして今、須柄が非常に危険な状態なのを把握している以上・・捜索の手を緩めるわけにはいかない。  「須柄さんがどうして暗号にしてメッセージを残したのか?薬物中毒から逃れるために失踪した須柄さん本人は、自身が薬物中毒であったことの 告白をこのメッセージに託したのは理解が出来る。しかし、もう1つの意味があるのだとしたら?」  「もう1つの・・意味?」  菜田は太一の言葉に聞き入っていた。  「そうです。菜田さんに迷惑をかけるから失踪したのも理由の1つでしょう。だけど、その理由くらいは伝えようと思ってそれを暗号にした。 それだけならまだ分かる!」  太一の息はあがっていた。  「けど、何故須柄さんは自らの居場所までを暗号で残したのか!?その理由を考えた時、ある仮定が浮かんだんです!!」  ある仮定・・それはきっと、彼の覚悟。  「手紙の最後の1行です。」  太一はそう言うと最後の1行を読み上げた。  私は私の世界へと歩んでいく。  「ここでも世界が出てきています。最後の“世界”と書かれている部分です。」  太一は菜田に向かってそう言った。さらに続ける。  「確かに須柄さんは麻薬か何かの中毒症状に陥っていたのでしょう。それをこの手紙で暗号と言うかたちにして表現している。 けど、最後の1行は一体何なのか?」  太一の出した最後の謎の提示。  「中毒症状に陥った須柄さんは、何故こんな暗号を残し消えたのか?いや、何処に消えたのか?」  手紙を何度も読み返す太一。  「やはり、消えた場所に関するヒントは手紙にありました。最後の1行です。“私は私の世界へと歩んでいく”。 つまり、今須柄さんの居る場所は“私の世界”なんです。」  そう言いながら東樹と菜田の2人をある場所へと案内する太一。それに続く柿根。  「ならば、“私の世界”とは一体何処なのか?それが解ければ須柄さんの居場所が分かります。」  そして、ある場所で立ち止まった太一。  「須柄さんが失踪して約1ヶ月。かなり危険な状態にあるかもしれない。須柄さんはまず、自分が完全な薬物中毒に なったことに気づいた。おそらく薬物を使用した理由は作品執筆に関連していた可能性が強い。」  太一は目を閉じる。  「彼の作品執筆・・暗号しか得意分野がないため、暗号を生かした小説を書く。須柄さんは確かに新人賞を取るほどの凄い作家です。 しかし、そこに至るまでの作品の製作過程には、物凄いストレスや悩みがあったでしょう。どうやったら自身の得意分野である 暗号が小説として生かせるのか?読者は惹きつけられるのか?」  そう、須柄はそこで・・手にしてはいけない禁断の果実に触れた。  「麻薬の摂取・・これが、須柄さんにそれらのものを取り除いてくれた。いつしか彼の作品執筆作業には、 麻薬を摂取することが欠かせないものとなってしまった。そして気づいたんです。」  このままでは・・自分は死んでしまう。  「しかし、中毒者になった自分が麻薬を止めることは、もはや不可能になってしまった。」  自分が・・この世界に取り込まれるのも時間の問題っ!!  「だから、彼はこの暗号と部屋の設定を1人で篭って考え、実行にうつした。何故か?」  このままじゃいけない・・何としてでも!!  「それは、このままだと自分が破滅し・・また、あなたに迷惑をもかけるからだ!」  自分はここから逃げ出さなければならない・・命を賭けてでもっ!!  「だから彼は、この薬物の世界・・WONDERLANDから抜け出すために賭けに出た!」  太一は力強くそう言う。  「賭け・・?」  東樹は思わずそう聞き返していた。  「そう、賭けです。須柄さんは自らの力で薬物の魔の手から逃れようとしたのです。だから彼は、“私の世界”へと旅に出た。」  そこで柿根がこうも言った。  「須柄さんは、こう言う風に英語を使ったアナグラムなどを今回残した。しかし、残した割には菜田さんの証言から、 彼本人は英語が得意と言うわけでもなかった。」                  ※           ※          ※  「菜田さん。ふと思ったんですが・・須柄さんは英語は出来る人間でした?」  「英語ですか?」  「はい。」  「別にできる人間じゃなかったですね。どっちかというと苦手な部類だったと思いますよ。」                    ※           ※          ※  柿根は続けた。  「むしろ苦手な部類に入るのが英語です。だから、そこまで英語の文法などにもこだわる必要はなかったのでしょう。」  柿根のその言葉に、東樹と菜田は頭に疑問符を浮かべている。  「まぁ、言うまでもないことですよ。そして、部屋に残された最後のヒントです。」  太一はここで最後の部屋に残されたヒントについて語る。  「部屋に残されているヒントはみな、とても分かりやすい・・目立った形で残されている。だから、最後の“私の世界”も、 俺たちに分かりやすい形で残っているんです。」  ここで太一は、もう1度手紙の最後の1行を指さす。   「“私の世界”。“私の”と所有格だから普通は“MY”を使うだろうけど、ここは英語が苦手な須柄さんだ。 そこまで考える必要もなかったのでしょう。だから、ここは普通に何も考えずに“私”は“I”で良い。」  最後に太一は、この暗号の全てに共通しているある言葉を言った。  「そして、この暗号に共通している言葉・・それは“世界”。すなわち“LAND(ランド)”だ。」  そう言いながら後ろにある物を見せた太一。  「あっ!!」  「まさかっ!!」  菜田と東樹が同時に叫んだ。  「そう、“私の世界”とは“I(私)のLAND(世界)”。転じて“アイランド”。」  そう言った太一の後ろには、須柄が取材で撮影した自然風景の写真のうちの1枚・“島”の写真があった。  「見たところ、この写真で撮られている島は同一だ。しかも無人島のようでもある。」  太一はそのまま写真を見ながら続ける。  「薬物の恐怖から逃れるために須柄さんの選んだ行動・・それは、一切の連絡手段を捨て、誰も来ないこの無人島へ渡り、 薬物を強制的に自分の体から抜こうとする、命を賭けた決断だった。」  そして、太一は振り返る。  「須柄さんが失踪して約1ヶ月。これは言うまでもないですが自殺行為に等しいでしょう。手紙の内容から察するに、 彼の中毒症状はかなり末期・・深刻な状態に入ります。しばらく薬物を抜けば幻覚・幻聴などの症状が発生してもおかしくない状態です。」  柿根は手紙の内容から冷静に須柄の状態を分析して言った。  「だから彼は今、非常に危険な状態・・生死に関わる状態にいるはずなんです。」  最後の柿根の言葉を受けて、太一が一言。  「よって、俺たちはすぐにこの無人島の場所を調べ、須柄さんを救い出さなければいけないんだ。」  深刻な太一の言葉。あえて最後に太一は強調した。  「須柄さんは今、“私の世界”・・“島”にいる!」  写真の風景の場所。そこがまさに須柄の今いる場所でもあった。  「・・これにて、真相解明作業終了。」  太一のその言葉と同時に、須柄の捜索はスタートした。  「須柄さんが暗号で自らの居場所をこの無人島だと記した理由・・それは1つしか考えられない!」  太一は菜田にそう言うと、問題の理由を話し出す。  「きっと須柄さんは、死を覚悟していたんだと思います。所長も言ってたけど、須柄さんは薬物中毒の末期と考えられる! 薬物を抜くと決意したとしても、それが結果的には自殺行為になることを、須柄さん本人だって分かっていたはずだ! 何せ、こんな暗号を残すくらいだったのだから!」  それに、この無人島に到着した時に太一は、浜辺にエンジンが壊されたモーターボートを発見していた。これは須柄がこの島に来るのに 使用したボートで、到着後に戻れないようにエンジンを破壊し、完全に自身を島に閉じ込めたのだろう・・と太一は推理していた。  「なのに!何故須柄さんはあえてこんなことをしたのか!?それはきっと、ここで誰にも危害を加えずに死ぬためだったとも考えられる!!」  「・・!!」  菜田は言葉を失った。  「菜田さんは最近、少なからず須柄さんの異変には気づいていた。きっと薬物中毒であることを告白しても、 あなたは自分の看病か何かをするだろうと容易に予想が出来たんだ。だから、こんな形で島へと行った!」  太一の立てた仮説。それはこうだった。  「須柄さんはそうなった時、自身が末期なのを知っていた。だからあなたに何かの危害を与えるのではないかと危惧した。 けれど、あなたはきっとそうなっても自分と接することを止めないだろうと思った。だから、自分をこの島に1人で閉じ込めた!」    「おい、あそこに人がいるぞ!」  捜索隊の1人が、ボロボロな服装で倒れている男を見つけた。体中も傷だらけだ。  「彼だ・・須柄真ノ祐だ!」  髭はこれ以上にないほど伸び、髪の毛もボサボサ・・まさに遭難者のようでもあった。  「大丈夫か!?おい、須柄さん!!」  捜索隊が須柄の体を抱きかかえる。須柄はうっすらと目を開ける。  「よかった・・生きてるぞ!」  「よし、見つかったと連絡を入れろ!」  須柄を抱きかかえる捜索隊員。もう1人は無線で連絡を入れる。  ザワザワァ・・  その時、風が吹いた。とても強い・・それでいて、何処か穏やかな風が。  「・・・・!!!!」  須柄の目が大きく見開いた。その瞬間だ。  「うわああああああああああああぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!!!!!!」  この世の物とは思えない恐ろしい何かを見たかのような雄叫びを上げると、須柄は捜索隊員を突き飛ばした。  「うわっ!」  そのまま地面に叩き付けられた捜索隊員。須柄は次の瞬間、森の奥へと走って逃げていく。  「しまった!幻覚症状が現れているんだ!」  「追えぇっ!!」  捜索隊員たちは焦った様子で須柄を追いかける。それもそのはず、彼らには焦る理由があった。  「それでも、菜田さんが自分が居なくなったことで悲しむだろうと思った須柄さんは、最後にこう考えた。 自分がもし、結果的にこの島で死んでしまったのなら・・せめて、自分の居場所くらいは分かるようにしておこうと。 そうすることで、須柄さんは自分の遺体が見つかるであろう場所を手紙に残した!」  太一の立てた仮説・・それは、菜田には聞きたくないものであった。  「それは・・つまり彼が・・自分の遺体を私たちが見つけられるようにと?」  「えぇ、きっとそうです。同じ死でも行方不明のままより、まだ遺体が見つかり火葬でもされ、 しっかりとした墓が残るほうが、同じ死でも菜田さんにとってはいいと考えたんだ!!」  ザワザワァ・・  風が吹いた。その瞬間、太一は奥歯を噛み締める。とても苦しい顔だった。  「死ぬなんて・・あっちゃならないって言うのに!!須柄さんは死を最初から覚悟していたんです!!」  「そんな・・」  2人の会話がそこまで進んだ時だった。  「うわああああああああああああぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!!!!!!」  悲鳴が聞こえた。しかも、2人の目の前で。  「こ、この声は!?」  太一は一瞬立ち止まる。しかし、菜田は立ち止まらなかった。  「彼だ・・彼よ!!」  何故なら、声の正体を知っていたから。  2人は急いで森の奥へと進む。そして、目の前が急に開けた時だった。  「し、真ノ祐さん・・!!」  菜田と太一の目の前に、須柄の姿が見えた。その姿はとても痩せこけていて、見るに耐えない姿だった。  「あ、あき・・暁子・・ちゃん?」  目の前の須柄は、菜田の姿を見つけるとゆっくりと、菜田に近づくようにと歩み寄る。  「居たぞっ!!」  その時、須柄の背後から捜索隊が2人走ってきた。だが、それに気づかないまま、須柄は前へと足を動かす。  「・・!!!!」  その瞬間、太一は捜索隊が須柄の後ろで必死の形相になって捕まえようと走ってきている理由に気づいた。  「す、須柄さん!!!!!前に出ちゃダメだっ!!!!!!!!!!!!」  その言葉が、菜田にもあることを気づかせた。  「あ・・き・・・・こ・・・・ちゃ・・」  そう言った須柄の体が、宙に浮いていた。菜田はその時、自分たちの間にぽっかりと開いた空間に気づく。下には激流があった。  「!!!!!!!!!!!!!!!!!」  菜田はそのまま倒れ込む。  「な、何てこった・・。」  捜索隊も愕然とした。2人の間はわずか4,5メートル。だが、その間は谷になっており、100メートルほど下に激流があった。  「・・嘘だろ?」  太一も言葉を失う。  「薬物の恐怖は・・そこにあるんです。」  その言葉に後ろを振り向いた太一。そこには、必死に走ってきた柿根と東樹の姿があった。  「しょ・・ちょう!」  柿根を見て言葉を発した太一は、顔中をぐしゃぐしゃにしていた。  「どんなことがあっても、薬物に触れてはいけないんだ。須柄真ノ祐にも責任はあった。」  須柄の末路を見る柿根。重い言葉だった。  「ただ、そういうものが何の汚れもない青年の手に渡るこの世界にも・・当然だけど責任はある。」  東樹は倒れ込み・・ただ呆然と下を見ている菜田の肩に手をかけた。その手は小刻みに震えていた。  「所長・・俺は、ただ須柄さんの居場所を突き止めただけで・・救うことが出来ませんでした!」  悲しいはずなのに、何故か声が大きく出る太一。  「そうだ、それは僕も同じだ。堀くん。」  柿根は太一のほうへと振り返る。  「俺は・・俺は・・目の前に須柄さんが居ながら救うことが・・出来なかった!!」  口にする言葉が、徐々に大きくなる太一。  「堀くん。勘違いをしてはいけない。探偵は警察などとは違って、絶対に正義の味方というわけじゃない。」  太一に向かって語り始めた柿根。  「最終的には探偵個人の価値観で決まるが、場合によっては必ずしも正義と言えることを依頼として引き受けるとは限らない。 そこが警察などとの違いだ。」  何も言葉を発することが出来ない太一。  「今回の依頼は彼の居場所を突き止めること。それ以上でも以下でもない。見つけた僕たちの仕事は終わりだ。彼を助けることまでが義務じゃない。」  しかし、そういう柿根の表情は・・とても苦しそうだった。  「ただね・・それは義務でないだけであって。それ以上でも以下でもない。逆に言えば・・助けることは探偵でなく人としてするべきことだ。 僕だってそう思ったからここに来た。でも、助けることが出来なかったからといって、それをいつまでも引きずっていては・・探偵は出来ない。 次の助けを求める人の手助けの足かせとなる。」  震えている柿根の声。  「・・だけど!!」  太一はそれでも、所長のその言葉に納得が出来ず反論をしようとした。だが、次の瞬間。  「泣きたければ泣け!!問題はそれをお前がどう受け止め、同じ犠牲者を出さないかということなんだよ!堀!」  柿根が、初めて太一に向けて怒鳴った瞬間だった。  「ただな!泣くだけで同じようなことをもう1度しでかしてみろ!その時、お前のこの事件は一体何だったんだということになる!! そのお前の流している涙も嘘と同じだ!!」  「・・!!」  泣いていた太一の震えが止まった。  「泣くだけで第2の須柄真ノ祐をまた生み出してみろ!それは今泣いているお前が、その時も何もしていなかったという証拠だ!!」  そう怒鳴りつけた柿根は、そのままもと来た道を引き返し始めた。  「何も手段が無いと認めると言うことは・・それは同時に敗北を意味します。」  冷静な口調に戻った柿根。しかし気持ちは押さえきれず、隣にあった木を拳で殴りつけた。  「この事件で何も得ようとせずに泣くことは、それと同じことなんです。堀くん。」  太一・菜田・東樹。この3人に背を向けて、柿根は最後に一言。  「僕たちはこれから・・第2、第3の須柄真ノ祐をこの世に出さないことを誓うべきです。」  激流の音だけが虚しく響く。  「ワンダーランドに消えていった・・須柄真ノ祐のためにも。」    WONDERLAND・・それは、決して踏み込んではならない薬物の世界。  その慣れの果てが、太一たちの目の前に・・ごうごうと音を立てて広がっていた。  C.A.T.C.H. case019/ワンダーランド 捜索対象者死亡

あとがき

 今回の“C.A.T.C.H.シリーズ”は、前回・前々回の“case005/006”の両ストーリーに比べかなり飛んでいます。 まぁ、“case019”と13話分も飛んでいるから時間軸も滅茶苦茶で。  しかも、前回・前々回までの相棒とも呼べる凛星花と神多が今回は出てこないのが特徴なこのストーリー。 太一の相棒は所長さんなんですが何とも。分かりにくくてスイマセン。  問題編でもよく分からない人や組織が、普通に説明無しで出てきてましたし・・これまたスイマセン。  で、今回の話はトリックではなく完全なる暗号ネタ。しかしその実態は・・かなり無理があるようにも思えますね。 まぁ、推理できるようにフェアに手がかりはばら撒いたつもりなのですが。  しかも最も雰囲気が重い・・。まぁ、シリーズの話自体は“勘違い→トリック→暗号”と、投稿してみたかった一通りのネタを、 時間を見計らってファイルから引っ張り出し投稿できたので自分は良しとしますが(?  もし、過去に書いた作品から次にこの道場へ投稿するようなネタがあるならば・・今度はタッチの軽いのを投稿したいですね。 海の家騒動みたいな。(知っている人がいるのだか?  ちなみに、このシリーズを読んでくれている方がいるのなら、最後の終わり・・気づいたかもしれませんね。 あれは全て“解決”で話が閉じられるとは限らないのですね。事件の結末によって最後の言葉は変わるんです。  にしてもこの作品、薬物乱用防止月間とかでありそうな話ですね。いや、実際この話のメインは薬物の恐怖もあったのですが。  そんなわけで最後に、この作品を推理でもしながら読んで、楽しんでくださった方がいたならば・・これほど嬉しいことはありません。 この作品を読んでいただき、本当にありがとうございました。
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