分速800mで走る犯人(問題編)
暑い夏。
海から帰る夜道を、車のライトだけが照らしている。
「夜になるとここ・・真っ暗で本当に薄気味悪いなぁ。」
とてもこの道自体が田舎なのは知らないが、街灯すらない。
さすがに明かりがないと何も見えない・・ってもんだ。
「まぁ、確かに何も見えないと言えばその通りだよな。」
「確かに・・ペーパードライバーの僕にとっては神経使うよ。」
運転席に座っている男と助手席に座っている男はそう言った。
女が1人、後部座席に座っている。
「でも、神多さんが運転できるとは知らなかったな。」
「・・まぁ、ペーパードライバーだけどね。」
「そのペーパードライバーの運転する車に俺たちが乗ってるんだ。これほど背筋の凍る話はないよな。」
「なっ!何だと!?」
後部座席の女は笑った。
まぁ、ある意味怖い話ではあるが・・。
「あれ・・ちょっといい?停まってくれます!?」
車を停めて道脇へと駆け寄る人たち。
「・・待った!まずは、警察だ。」
「そんな・・。」
(どういうことなんだ?これは・・不可能犯罪!?)
後ろにいる容疑者候補3人の姿を見ながら考える男。
これは、真夏の夜・・真っ暗な林道で起きた事件の話。
case006/分速800mで走る犯人(問題編)
「はぁ、今日は疲れたなぁ。」
助手席でそう漏らす男。短パンに上はアロハシャツの男は、相当ぐったりしている。
「お前は基本的に海ではしゃぎすぎだろうが・・。」
スーツの男は運転しながらそう一言。ちなみにこのアロハシャツはスーツの男のものだ。
「でも、帰りにわざわざごめんなさい。神多さん。」
後部座席でビーチボールや浮き輪と一緒にいるのが、水色のこの夏の時期にはぴったりのワンピースを着ている女性だ。
「いやいや、いいんだよ凛星花ちゃん。もともとそう言う約束だったしさ。」
笑いながら答える神多という運転席の男。
「まぁ、こいつはペーパードライバーでさ。免許は持ってるんだけど車持ってないから全然役に立たなくてさ。」
助手席の男はぐったりとなった状態でただそう一言。
「免許持ってないお前よりマシだ。太一。」
運転席の神多はムッ・・とした。ちなみにこの運転してる車・・レンタカーだ。
「オマケに乗せてやってるようなもんだ、レンタカー代半分出せよ。」
「あぁっ!?何でだよ!?」
そんな2人の会話を見ながら凛星花は思った。
(あーあ、仲良いのになんでケンカするかなぁ?)
それにしてもだ。海の家で色々とあった後に海で思いっきり遊んで、そのあと3人であらかじめ用意していたバーベキューセットで楽しい夕食をし、
最後に花火で締めくくっていたら、時間がかなり遅くなってしまった。
「俺はちょっぴりほろ酔い気分・・お前も酒飲めば良かったのになぁ。」
「馬鹿、仮にも運転手だぞ。しかも弁護士が飲酒で捕まったら洒落にならないだろうが!」
いつもこんな感じで話をしている2人だ。凛星花は何だか笑いたくなった。
「もう、9時過ぎてるんですね。」
車のデジタル時計は“21:06”を表していた。
「しっかし、ここ真っ暗だよな。確か森の中を通ってることになるんだよな?」
太一は窓の外の景色を見ながらそう思った。道の両脇は高い木々に囲まれている。しかも街灯がないため物凄く真っ暗だ。
「一応、山の中になるんだよな・・昼来た時は早く着くから良い近道だと思ったけど、夜はこんなに真っ暗だとは思わなかったよ。
ある意味誤算だな。」
街灯が全くないため、頼りになるのは車のライトだけというかなりの悪条件だ。
「夜になるとここ・・真っ暗で本当に薄気味悪いなぁ。」
凛星花も外の景色を見ながらそう思った。本当に何も見えない。
「まぁ、確かに何も見えないと言えばその通りだよな。」
太一はその言葉に同感する。
「確かに・・ペーパードライバーの僕にとっては神経使うよ。」
さっきから前方をかなり気にしている神多。
「でも、神多さんが運転できるとは知らなかったな。」
本当にそれだけが意外そうな顔をしている凛星花。どれだけ意外だったのだか?
「・・まぁ、ペーパードライバーだけどね。」
またしてもそう付け足す。一応、本人にもその自覚はあるらしい。
「そのペーパードライバーの運転する車に俺たちが乗ってるんだ。これほど背筋の凍る話はないよな。」
「なっ!何だと!?」
まぁ・・ある種の怖い話(?)。なのかもしれない。太一の言うように。
「お前なぁ・・この山中で途中下車させてやってもいいんだぞ。こっちは。」
「へへーん、やれるもんならやってみるか?“弁護士が山中に酔った友人を放置、翌朝死体で見つかる!”なんていう記事が朝刊に出てたりな?」
「・・くそっ!憶えてろよ・・!!」
自然とハンドルを握る手が震える神多。売り言葉に買い言葉とはこのことか?
「あれっ?2人とも!前に車が停まってない?」
凛星花が前を指さした。そこにはワゴン車が停止しているのが見えた。
「本当だな・・こんな山中でどうしたんだ?」
太一は不思議がる。
「あのワゴンの中の電気がついてなきゃこの暗さだ。気づけなかったところだろうな。」
神多は迷惑そうに言った。すると、車の中にいた人間の1人がこっちに気づいたようだ。
「ん?誰か出てくるぞ。」
太一はその様子にすぐさま気づいた。神多は車を停止させると、運転席の窓を開けた。
「すいません。ちょっといいでしょうか?」
やってきたのは首に高価なカメラをぶら下げた青年だった。
「どうしました?こんな時間にこんなところで?」
神多は運転席から顔を出すと尋ねた。
「いやですね・・車がガス欠で動かなくなっちゃって。それで僕たちの仲間が1人、この先4キロほどのところにあるガソリンスタンドに
行ったんですけど、まだ戻ってこなくて。」
青年は心配そうな顔をしている。
「ガス欠ですか?それまたこんな山奥で・・嫌だなぁ。」
凛星花は体を震わせた。
「で?僕たちには一体何を?」
神多は思わずそう聞いた・・いや、聞くべきなような気がした。
「それでですね、あのぅ・・よろしければ仲間を探してほしくて。」
なるほどね・・と神多に凛星花、そして酔って頭痛がしてきた太一は思った。
「別にそれは構わない・・か?」
神多は2人に尋ねた。
「俺は別にいいけど・・凛星花ちゃんは?」
「あたしも別にいいですよ。人助けくらい。」
どうやら厄介ごとに首を突っ込むことになったらしい。
「・・そっか。じゃあ、そういうわけで別にいいですけど。ただ、僕たちその探している人の顔とかよく知りませんよ?」
神多はまずそう付け加えた。
「いや、でも多分・・そのまま進んでれば見つかると思うんです。何しろ真っ暗で何も見えないから、あいつには車道の端を沿って行けば
そのうち辿り着くって言ったんで、きっと車のライトに照らされて・・。」
「はぁ、なるほどねぇ。」
何となく状況は理解した神多。それは他の2人も同じだろう。
「ねぇ、探すなら私たちも一緒に乗せてもらって探したほうがいいんじゃない?」
とここで、また先ほどのワゴンから人がやってきた。今度は女性で、首には赤い宝石がはめ込まれたアクセサリーをつけている。
「あっ?でも、それじゃあ迷惑だろ?この人たちに?」
その女と何やら話し出した青年。女も結構年は同じくらいだ。
「おいおい、折角来てくれた人たちの前でケンカするなよ。」
とまぁ、2人が3人の前で何やらもめている様子を見た、車の中にいたもう1人の男が慌てた様子でやってきた。
「すいません・・頼みごとをしているのにこんなところを。」
大きめの水筒がその男の肩にかけられている。
「いえいえ、別にいいですよ。何なら3人とも乗ります?この車も若干大きめだし、後部座席にあと3人くらいなら乗りますよ?」
神多は提案した。
「おいおい、後ろは狭くて乗れないんじゃないか?」
太一はそう言ったがあっさり切りかえした。
「お前のお遊び道具が後部座席の大半以上を占めてるんだよ。」
そう言った後ろでは、ビーチボールや浮き輪に何故か携帯ゲーム機など、その他モロモロ太一の私物によって肩身の狭い思いをしていた
凛星花が笑って座っていた。
21:14を車のデジタル時計は表示していた。
「何だかんだで荷物を全部トランクに詰め込むと乗れましたね。」
「それが普通なんだよ、凛星花ちゃん。」
凛星花と神多の会話。太一だけは何処かが釈然としないが。
「すいません、3人も乗せちゃって。」
カメラをぶら下げた青年が申し訳なさそうに言った。
「いえいえ、いいんですよ。にしても、そのガソリンスタンドへ向かった彼はタンク持ってこの真っ暗な山道を?」
「えぇ、懐中電灯すらない状態でね。」
「懐中電灯なしで!?」
3人は言葉を失った。考えられない。
「実は、前もこんなところでガス欠したことあったんですよ。あの車もあいつのでしてね。ガス欠で往生した時は皆大激怒で。
今度もこんなことしたらお前責任取れよ!ってね。」
「まぁ、自業自得かな?」
懐中電灯を持って窓から外を照らしながらその男を捜す女はただ一言。
「でも、明かりなしって・・どうして今持ってる懐中電灯を渡さなかったんですか?」
凛星花は驚きを隠せない。
「それがねぇ・・あいつが行く前に必死に懐中電灯探したけど見つからなかったんだ。それで、仕方なく車道のコンクリートと
森の土の地面の間って言うのかな?その部分に沿って歩け・・ってことになったんだよ。」
水筒を肩にかけた男はそう説明した。これでまぁ、車道沿いに沿って進んでるの意味は理解できた。
「まぁ、あいつが出発して姿が見えなくなってから懐中電灯が1本。こうして見つかったわけだけどね。」
最後の付け足しに太一たちは思った・・“可哀相に”と。
「7時頃に出発したから・・かれこれまぁ、もう2時間は経ってると思うんですけどね。」
カメラの青年はここで呟いた。
「2時間・・何かあったんじゃないのか?」
4キロ先だ。仮に到着したとして、帰りもまさか歩くとは思えまい。流石にスタンド側も車くらい貸して・・いや、店側の配慮で
乗せてくれるだろう。何しろこの暗さで山道だ。またそこを歩かせるのはある種酷だ。
「堀さんの言う通り、何かあったんじゃないですか?」
凛星花も心配を隠せない。
「何かかぁ・・考えられないこともないかな?」
カメラの青年の穏やかな発言に、思わずもっと心配しろ!と言いたくなった3人。
「まぁ、こっちも心配だったから携帯に電話かけてみたんだけど、あいつさ・・携帯を車内に置き忘れてたんだよ。」
水筒を肩にかけている青年が答えた。
「タオルとかハンカチとかと一緒になって置いてたんだ。それで連絡はつかなかったんだ。」
カメラの青年が最後にそうも付け加えた。全くもって迷惑な人とも言えよう。
「あれ・・ちょっといい?停まってくれます!?」
とここで、アクセサリーをつけていた女性が何かを見つけたようだ。懐中電灯の先には、人間が照らされていた。
「ん?あの服は・・あいつか。」
水筒をかけた男はその先の様子を見て言った。
「おい・・神多、あれはおかしいよな?」
車を停止した時、その様子を見ていた太一はそう尋ねていた。
「あぁ・・太一、倒れこんでいる時点で嫌な予感はする。」
2人はあの3人よりも早く車から飛び出した。
「あっ!堀さん!?神多さん!?」
凛星花は思わずこの状態についていけなかった。そして、その2人の様子を見ていたあの3人も、すぐさま何かを感じ車から飛び出した。
「ちょ、ちょっと一体何!?」
凛星花は訳が分からない。しかし、反対車線の森へと駆けていくあの2人の様子は緊急を要する表情だった。
「神多・・こいつは?」
暗闇の中、持っていた携帯の明かりを使って、倒れている人間を照らした太一。
「・・・・。」
神多は脈を取る。だが、それ以前に目立つのは、携帯から出るかすかな光から見える・・いや、視覚以前に嗅覚に強く訴えてくるある生臭さだった。
「おーい!!大輔ぇっ!!」
3人がやって来た。どうやらこの男の名前は大輔らしい。だが、その声を聞いた瞬間、神多は首を横に振った。
「・・救急車だ。」
やって来た3人に対して、太一はそう言っていた。
『え?』
3人はその場で立ち止まる。あとから遅れて凛星花もやって来た。だが、懐中電灯を持っている女性が一瞬だが照らしたその様子を見た瞬間・・
「・・いや」
太一自身も首を横に振った。
「・・待った!まずは、警察だ。」
その言葉を聞いた凛星花はギョッ・・とした。
「神多・・死因は何だと思う?」
大輔と言う男を抱きかかえている神多に尋ねた太一。
「専門家じゃないから知らないな。だが・・どこかを刺されたんだろう。」
うつ伏せに倒れている男を見ながら神多はそう推測する。
「けど、今までの話を総合すると不自然なことが多い。」
死体の状態を見てそう言った神多。神多は現場の不自然さや矛盾に嘘を見つけることに長けているのが長所だ。
「遺体の様子は・・服が多少土で汚れている。そんなところだな。」
太一は冷静に状況を読み取る。
「これ以上死体をいじっても悪いだろう。あとは警察がくるまでそのままにしておこう。・・にしても、ないな。」
「太一・・お前も気づいたか。」
太一と神多の2人は辺りの様子をもう1度、携帯のかすかな光を頼りに調べる。だが、やはりない。
「だっ!?大輔!?」
カメラをぶら下げている青年が、友人の変わり果てた姿を見て絶句する。
「そ・・そんな・・!!」
水筒を肩にかけていた青年は、そのまま変わり果てた友人の前で膝をその場でガクッ・・とついた。
「し、死んでる・・?」
懐中電灯を持った女性は気絶した。
「あっ!?だ、大丈夫ですか!?」
気絶した女性を間一髪で抱きかかえた凛星花。
「ちょっとごめん、この懐中電灯・・借ります。」
太一はすぐさま彼女が落とした懐中電灯を拾い上げると辺りの様子を見渡した。
「やはり・・何処にもない。凶器はともかくだ・・何故ないんだ!?」
もう少し辺りを確認をしようとしたところ。膝をついていた水筒をぶら下げた彼が立ち上がった。
「すいません・・ちょっと、気分が悪くなった。」
「あ・・どうぞ。」
神多は自分の脇を通り過ぎた彼にそう言った。彼はハンカチで口を押さえながら、時折「おえぇっ」と言いながら、
自分たちが元来た道を、車道に沿って歩いていった。
「ふ、2人とも・・彼女は、どうします?」
凛星花はペンダントをつけた女性を抱えながら尋ねる。
「彼女はそうだな・・ひとまず車に・・」
「あ、清美なら僕が連れて行きますよ。車に。」
先ほどまで被害者の友人の姿を見て絶句していた、カメラをぶら下げた青年はハッ・・と我に変えると、清美と呼んだ女性を凛星花から預かると、
神多たちの車へと運んでいった。
「それじゃあ凛星花ちゃん。悪いけど警察へ電話・・いいかい?」
「わ、分かりました。」
太一から言われ、携帯を取り出すと通報を始めた凛星花。
「さて、どう思う?神多?」
太一は再び、現場に触れずとも意見を神多に伺う。
「どう思う?って・・明らかに変なところがあるだろう。まずあるべきものが存在しない。」
神多はさらに続ける。
「それに、遺体が何故ここにあるのか?3人の話から考えると妙だ。」
反対車線に停めてある自分たちのレンタカーを見ながらそう言った神多。
「まったくだな、確かにそれが一番妙でもある。けど、凶器が無いのも考えようだ。」
しかし、太一が一番注目したのはここではなかった。
「けど、問題は別にある。こいつは部外犯による犯行なのか?それともあの3人の中の誰かによる犯行・・つまり内部犯によるものなのかだ。」
太一の意外な言葉に神多は驚く。
「な、何言ってんだ!?太一!?いくらなんでも外部犯だろ!?これは!!」
「・・だったら何故、おまえはそう思うんだ?神多?」
太一は腕を組みながら一言。
「何かがな・・偶然にしちゃ話ができすぎてる。心なしか、この大輔っていう男がこの真っ暗で何も見えない山道を明かりも無しで1人で
歩かされてる状態自体、罠に感じてならなくないか?」
太一の目は鋭かった。だが、神多はそれを即否定する。
「わ、罠ってなぁ・・太一。そもそもそう感じれないこともない。でもなぁ、彼らには一緒にいたアリバイがあるだろ?」
「アリバイなんて・・少しでも隙があれば可能じゃないか?それにまだ、アリバイについては一言も聞いちゃいない。」
あくまで太一は、内部犯の可能性を捨てきれないようだ。
「でもな、いいか?遺体はここ、少なくともあの3人のいた地点から2キロの場所にあった。ここで彼を殺してあの地点に戻ってきた犯人が
あの3人の中に居たとする。としたら、犯人は往復4キロの道のりを進んだことになる。走っても時間がかかるだろう。そんな犯行を行えるほどの時間、
アリバイの無い人間がいなかったら?内部犯説は無しになる。違うか!?」
神多の言うことは最もだ。そう、時間と距離の問題がこの事件には残されている。犯人があのメンバーの中にいるならば・・だ。
「堀さん!神多さん!警察が急いで来るそうです。でも、こんな山中だから、近所の駐在さんしか今すぐ来れそうに無いって・・。」
凛星花の言葉を受けた太一。大きなため息をつくと一言。
「とりあえず、一時的にでも警官が来てくれれば上等じゃないか?あとは、海帰りの俺たちが関わっちまったこの事件、
さっさと解決させたいもんだぜ。」
ポキポキと腕をならす太一だった。
「えーっと、あんた達だね。この死体の発見者は?」
自転車をこいで2キロ先のガソリンスタンド周辺にある派出所からやってきた1人の駐在さんが尋ねた。
「えぇ、僕たちが発見しました。」
神多は駐在さんにとりあえずの説明をした。横には太一と凛星花がいる。
「えっと、通報者はアンタだったね?お嬢ちゃん?」
「はい。」
駐在さんは遺体を確認した。
「出血がひでぇなぁ・・とりあえず軽く死因だけも把握できるように、検死経験のある医者も一緒に連れて来たから、少しだけ検証しとこうか・・
鑑識が来るまで邪魔にならない程度で。」
医者の腕を引っ張る駐在さん、医者に軽く死因を見てもらう。
「・・ったく、どうしてオラがこんなことを。」
ぶつぶつ言っているが、一応経験はあるらしい。所見くらいは簡単に出してくれそうだ。
「刺されてる、うつ伏せに倒れているから分からんが、刺された場所は見たところ下腹部。刺されて致命傷な場所ではないな。」
駐在さんに懐中電灯で遺体を照らされながら医者は言った。
「見たところ、周辺の出血量も夥しい。こいつは失血死だな。死亡推定時刻はこの場で断言はできねぇが・・紫斑などから見てもそうだなぁ、
ここで言えるのは死後2時間から1時間くらいじゃねぇかな?」
そう言われて凛星花は携帯の時計を確かめた。
「だったら、殺害時刻は大体、“午後7時から午後8時の間”ってことになるんですかね?」
こういう計算は得意になっている凛星花。
「まぁ、そんなところかな?」
太一は考え込む。
「で、殺害されたこの被害者の関係者が・・今あそこにいる3人組ってわけかい?」
駐在さんは尋ねた。3人は今、神多たちのレンタカーの中に居る。
「そうなりますね。」
神多はそう一言。
「ちなみに凶器はなかったか・・きっとナイフか何かだろうな。」
駐在さんはそんなことを言うと、車のところにいる3人のところへ行く。
「とりあえず話は聞いておこう。念のために、アリバイも聞いたほうがいいかもしれんな。」
そんなことを呟きながら駐在さんは3人のいる車へと進む。
「事情聴取か・・、一応俺たちも聞いておかないか?」
「気が進まないが・・聞いておこうか。」
「え?え?じゃああたしも。」
3人も便乗して聞きに行くことにする。
まず駐在さんは、カメラをぶら下げている青年から話を聞くことにする。
「えーっと、お宅さんの名前は。」
「枝山洋(えだやまひろし)。死んだ大輔の友人です。」
駐在さんは手帳に書き込みながら話を進める。
「友人か・・何の友人なんかねぇ?」
「大学ですよ。創考(そうこう)大学の医学部の4回生なんです。」
医学部の学生・・そう聞いた瞬間3人は意外そうな顔をした。
「へぇ・・みんな同期生なんかい?」
「そうなりますね、今回は残念です。」
そう言うと枝山は頭を下げた。カメラがぶらんぶらんと動く。
「ちなみに、一応医者が軽く鑑識とかが来る前に所見として、死亡推定時刻の予想をしてくれたんだが、念のためにアリバイを聞いてもいいかえ?」
独特な方言か何かでアリバイ確認を念のためにする駐在さん。
「え・・えぇ、別にいいですけど。何時ですか?」
戸惑いながらも素直に聞き入れる枝山。ここが一番のポイントだ。
「7時から8時の間やけど・・どうやろか?」
「7時から8時・・ほとんどはあの2人と一緒に車の中とか傍にいましたけどね。」
よほど暇だったのだろう。あの時のことをすぐに思い出すとあっさりと言った。
「1人になったりとかなかったかえ?」
「・・・・そうですね、1度だけ。トイレをしたくて離れましたけど。」
トイレで離れた・・その言葉を聞いた駐在さん。次いで太一たち3人が耳をピクリと動かす。
「離れたんか?」
「えぇ、トイレがしたくて車道の両脇にある森の中へと・・。ちょうどその時、清美の奴もトイレに行きたくなってたらしくて、
流石に男女同じ森へとはダメだろうと思って、僕の方は車の停めてあるほうとは反対方向の車線の森へと用を足しに。」
駐在さんはそのことを鮮明にメモする。
「ちなみに時間はどのくらい空けていたんかぇ?」
「時間ですか?まぁ、せいぜい長くても5分くらいじゃないかな?腹の調子悪かったし。」
その話を聞く限り、あまり想像はしたくないものをしていたようだ。
「それを証明する人はいるかえ?」
「あぁ、それなら車の中に乗っていた早世のやつがその時間に車を出て、5分後くらいに戻ってきたことを証明してくれると思います。」
一応、証明者は存在することになる。
「時間は何時くらいかえ?」
「時間ですか?確か・・大輔が出発してすぐだったから、7時10分くらいじゃないかな?」
つまり、離れていた時間は7時10分から15分の約5分間ということになるわけだ。
次の相手は、赤い宝石がはめ込まれたペンダントをしている女性だ。
「アンタさんの名前は?」
「宮崎清美(みやざききよみ)。創考大学の医学部の4回生だけど。」
先ほどまで気絶していて、未だに安定していない様子の清美。
「さっきまで調子悪かったみたいで悪いんやけど、少しうかがってもいいかえ?」
駐在さんは宮崎清美の様子を心配しながら尋ねた。
「まぁ、ある程度は大丈夫だから構わないわ。」
「そうかえ・・じゃあ、これだけ聞いておこう。」
手帳の死亡推定時刻の部分のページを見ながら尋ねる駐在さん。
「とりあえず現段階で大輔さんの死亡推定時刻は7時から8時の間と考えられてるんやが、
その時間、念のために何をしていたのか聞いてもいいかえ?」
清美は少し顔の様子が険しくなる。自分たちに嫌疑がかかっているのか?と言いたそうな顔だったが、ここは冷静にその気持ちをかみ殺すと答えた。
「その時間はほとんど車の中にいたわ。まぁ、1度だけ用を足したくて車を出て脇の森の中へ入ったわ。」
どうやら、この話を聞く限り枝山の証言に嘘はないらしい。
「でも、出た時間は洋と同時刻だったからそこは洋から聞いてほしいわね。それに、森に出ていたと言ってもせいぜい3分くらい。
まぁ、もうちょっとは長かったかもしれないけど・・それくらいで車へ戻ってきたわ。」
やはり時間はそんなものなのだろう。駐在さんは最後に聞く。
「その時間に車を出て、ちゃんとそれくらいで戻ってきたことは、車の中にいた早世さんが証明してくれるかねぇ?」
「してくれるわ。私、森のわずかな隙間から彼がずっと車の中にいるのを見てたし。」
あっさりと言い放った。
「ということは、清美さんが離れていた時間は7時10分から13分の約3分間ですね。」
凛星花は唸りながら言った。
最後の相手は、肩に大きな水筒をかけている青年だ。
「名前は?」
「田村早世(たむらそうせい)。創考大学医学部4回生です。」
友人の死に同じくショックを受けていた彼。
「えっとな、彼・・友人の大輔さんの死亡推定時刻がある程度わかったんで、
念のためにその時間のことについて聞いていいかえ?」
「え・・えぇ、どうぞ。」
口数が若干少なめの田村。駐在さんは聞いた。
「死亡推定時刻は7時から8時の間と思われるんやけど、その時間・・何をしていたかえ?」
「7時から8時・・ほとんどは車の中でしたね。途中、用を足したくなって車を出ましたけど。腹が悪くてね。食べすぎみたいで・・。」
また・・なのか。
「その時間は何時からかえ?」
「時間は・・よく覚えてないな。ただ、5分くらい離れていたと思いますね。けど、ちょうど車に戻ろうと森から出たら枝山と鉢合わせしたな。
あいつも腹が悪かったみたいでしたね。」
それを聞いた駐在さん・・手帳をめくりながらある程度の時間を想定してみる。
「彼が用を足しに車を出たのは7時10分頃やけぇ、となればアンタが車を出たのは逆算して7時5分頃かえ・・。」
駐在さんは頭を掻いた。
「アンタが森へ行ったのは、残りの2人が証明してくれるやろうな。」
「そうですね。戻った時間も枝山と鉢合わせしたから、枝山が証明してくれると思います。」
これもまた、一応証明者が存在するわけだ。
「ちなみに、枝山さんと宮崎さんが車から出て戻ってきた時刻・・アンタが証明できるのは間違いないかえ?」
「あぁ、それも間違いないですね。枝山と鉢合わせした時、丁度向かい側の森へ彼女が入っていくのも見ましたし、
戻ってきた時も車内に居たから時計は見ていますしね。」
「そうかえ・・。」
また、彼が1人で車の中にいたのも先ほどの清美が証明をしてくれるだろう。
全員の事情聴取が終わった。
「どうなんだ?太一?皆アリバイがあるじゃないか。」
神多は太一にそう言った。ほら見ろ・・と言った顔だ。
「枝山さんが7時10分から15分の5分間、清美さんが7時10分から13分の3分間、田村さんが7時5分から10分の5分間。
大輔さんの死亡推定時刻は7時から8時の間の1時間。限りなく難しいですね。」
凛星花は先ほどの聴取から分かった時間関係をまとめた。
「しかし、入った森から少し離れたところで車道に出て後を追い殺害もできる。」
太一は考えながらそう一言。だが、神多はそれに対し厳しい現実を突きつけた。
「あの場所からこの現場まで行って戻ってくるまでの距離は4キロ。3人の中で最高でも席を外した時間は5分。
仮に5分で4キロの道のりを往復したとして・・分速800mで常に走りつづけたことになる。
しかもそれに殺害時刻も含めれば、それ以上の速度でこの現場とあの車のあった場所を往復しないと無理だ。」
凛星花がそれを聞き、ふともらした。
「分速800mで走る犯人・・ですか?」
考えにくい話だ。ギャンブルにも程があるうえに高確率で不可能だ。
(どういうことなんだ?これは・・不可能犯罪!?)
背後にいる3人を見ながら太一は思わず唸った。
「ここの1本道・・もう1度考えてみる。」
太一は何かあるはずだと考える。3人が彼らに出会ったのは丁度1本道の曲がり角に差し掛かった頃だった。
スタンド (頭)死体
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
____________________________||||
____________________________|車||
そして死体とスタンドの間、死体と車の間はそれぞれ2キロである。
「1つだけ、分からないことがある。」
太一は漏らした。
「分からないこと・・ですか?」
凛星花は首をかしげた。
「あぁ、どうしてあの3人は、戻ってこない大輔さんを心配はするものも、電話をしなかったんだろうな?とね。
携帯くらい持ってるだろうから、普通はかけてみるだろ?」
太一の言うことは最もだった。だが、それに対しては神多が答えた。
「それは、大輔さんが携帯をハンカチやタオルと一緒に車内に置き忘れたからだろ?」
「そう言えば、そんなこと言ってましたね。」
凛星花も思い出したかのように言う。そういえば・・そうだった。
「置忘れか・・ん?」
その時だった。今までの死体発見状態から思っていたある不自然なことが太一の頭に浮かんだ。
「事件現場には・・凶器ならまだしもアレがなかったし、死体は向こう側にあった。」
太一はここで、自分たちのいるこの山中の車道を見渡した。
「・・そ、そうか。」
360度体を回転させた太一から出た言葉はこれだった。
「神多・・確かに、往復4キロの道のりを被害者を殺して5分で戻ってくるなんて・・物理的に不可能だ。
彼らは確かに移動手段はあの車しかなかったろうし・・。」
「だろ?なら・・」
「違う。」
納得しかけたと思った神多だったが、どうやら違うようだ。
「分速800mで走る犯人・・こいつは不可能だ。でも、分速800mで走る必要性がそもそもあったと思うか?」
神多はこの事件現場を見渡しながら、神多にだけ耳打ちしながらこのことを言った。
「なっ!?まさか・・!!」
「でも、それしかないだろ?」
太一の言葉は、限りなく核心に近いものがあった。
「でも、それなら確かにアレがないことや死体の発見場所には説明がつく。けど、こんなことをした犯人が誰なのか?
そして仮に分かったとしても証拠がないぞ!?」
「そう、それなんだよ。」
太一は歯を噛み締めた。そう、誰が犯人か分からないし、証拠がない。
「それにな、太一!もしそれを行ったらそのトリックの痕跡がこの現場一帯には残ってるはずだろ!?
そもそも死因が失血死だ。まず、隠せないものが出てくるだろうが!?」
太一は神多の指摘にどんどん無口になっていく。
「なのに、そのトリックの痕跡も消えていたし、それ以前にそんなトリックをしたら・・あの死体発見現場には
決定的な矛盾が生じるが、僕たちが死体を見つけたとき、その矛盾はなかった。」
凛星花がその矛盾について首をかしげた。
「神多さん。その矛盾って?」
「簡単なことさ、凛星花ちゃん。その矛盾はこの死体のあった場所を見れば明らかだ。ここにはちゃんとあるんだ・・よ・・・・・?」
そう言いかけて、神多の言葉がとまった。
「待てよ・・仮に太一の推理が正しいとしたら?何故この矛盾は解決されたんだ?」
その理由を考えたとき、神多が何かを掴んだ。
「太一!!」
振り返った神多は太一のもとへと走っていく。
「ど、どうした?」
「いいか!?太一!!僕が言った矛盾だが、事件現場にはなかった。けど、その問題を犯人自身がもし解決したとしたら!?」
神多はこの事実を太一にそっと教えた。
「・・つまり、犯人はこいつしか考えられないし、確かな証拠も今も残ってる!」
「・・なるほどな。」
それを聞いた太一はニヤリ・・と笑った。
「ちょ、ちょっと2人とも!!どういうことなんですか!?あたしにも教えてくださいよ!!」
1人だけ仲間外れの凛星花、2人にそう訴えた。
「いいかい?凛星花ちゃん・・分速800mで犯人は走る必要なんてなかったんだ。」
太一がまず、そう言った。
「ヒントは全部で6つだ。1つ、大輔さんが持っているべきものがない理由。2つ、携帯電話を車内に置き忘れていた理由。
3つ、死体があった場所が何故あそこなのか。」
続いて、神多が続ける。
「4つ、このトリックの痕跡を僕たちの目の前で自然に消し去ることができた人物は誰なのか。
5つ、このトリックにおける最大の問題点をいかにしてクリアしたのか。6つ、死因が失血死だということ。」
太一がそれらを踏まえ続けた。
「そして、これらをクリアするために犯人は色々と考えたわけだ。結果として、逃げられない証拠を今もきっと持っている。」
犯人は間違いなくあのメンバーの中にいる可能性が高い。
「もし、内部犯なら犯人がある証拠を持っている。持ってなかったら外部犯でこの事件は成立するけど、持ってたらそいつが犯人だ。」
そして最後に、太一はこう一言。
「おかげで酔いが覚めたな・・“真相は掴めたよ”。」
解決編につづく。
あとがき
2005年の書き溜めていたネタ第2弾です。
時間軸としては以前投稿した「海の家騒動」の帰りのお話になります。
だからcase006なのですね。
このお話は“C.A.T.C.H.”というタイトルにある物語の1つです。
この意味は、解決編直前の主人公の言葉からも分かるかもしれませんが、深い意味はまだあるかもしれません。(?
ただ、このシリーズを書いていた自分が思うことは、逆裁の2次推理よりも本格度を高めているかな?
といったことでしょうか?結構2005年のネタを見る限り・・あぁ、頑張ってたんだ。と何故か思います。
さて、最後にこの事件のポイントを上げておきましょう。
最大のポイントは3つです。犯人は誰なのか?証拠は何か?分速800mで走らなくても4キロの道のりを
犯人が約5分かもしくは3分で殺害して往復したトリックは何か?
そのヒントは最後にあの2人が言ったとおりです。これもまとめておきましょう。
1、被害者が持っているべきものがない理由。
2、携帯電話を被害者が車内に置き忘れていた理由。
3、被害者の死体があった場所が何故あの現場だったのか?
4、このトリックの痕跡を主人公達の目の前で自然に消し去ることができた人物とは?
5、このトリックにおける最大の問題点をいかにしてクリアしたのか?
6、被害者の死因が失血死だということ。
そんなわけで推理をして楽しんでいただければ本望です。では、長文駄作失礼しました。
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