海の家騒動(問題編)
 日常にも様々な謎や事件がある。  「堀さん!!神多さん!!」  「どうしたんだい?凛星花ちゃん?」  それはそれは、とても小さくて些細なことから始まるものだ。  「ふーん・・なるほどね。」  「どう思うんだ?太一?」  「うーん・・いくつかのことは分かるけど、このことが分からないんだよなぁ。」  でも、どんなことにでも答えはある。  「自分には見当がつくけどな。勘違いというものだってありえる。」  「勘違い?・・そうか!!」  「そういうこと。」  そしてその、答えを見つけてくれる救世主たちがここにいた。  「じゃあ、2人とも・・。」  「うん、解決だね。」  「じゃあ、あとはさっさとそれを教えて遊ぼうぜ。」  「2人とも・・。」  これは暑い暑い夏の物語。  case005/海の家騒動(問題編)  暑い・・とても暑い。  「わざわざごめんね。凛星花ちゃん。」  そんな悪条件の中、毎日のように働いているのに、まったくと言っていいほど焼けていない真っ白な綺麗な肌を見せる女性。   「そんな・・いいんですよ。美雨(みう)さん。いつもお世話になってましたし。」  「そう・・ならいいんだけど。」  歳はもう40になったと言うのに、全然そうは思えないほどの美しさを持った美雨こと“伊野江美雨(いのえみう)”さんは、 あたしがいつもお世話になっていた人だ。  「でも、本当にゴメンね。あなたも仕事をしているでしょうに。うちのバイトが今日、1人いないってだけでバイトを頼んじゃって。」  「いいんですよ。本当に。いつも事務所とかでお茶汲んでるだけの仕事ですから・・たまにはあたしだって外で動きたいですし。」  そう言ってやって来たのがこの“海の家”。夏の暑い日の海水浴でよくお世話になる店だ。あたしもたまにかき氷とかを泳いでいる最中に 食べたくなる時ってあるのよね。  「それなら良いんだけど。」  とまぁ、海の家のロッカー室で着替えをするあたし。基本的に水着らしい・・客寄せってやつ?  「まぁ、あなたに頼むのは基本的に注文と料理を運ぶ役割。いわゆるウエイトレスね。」  ロッカー室で白の布地に水色の水玉がついたビキニを着るあたしは、横で説明をしている美雨さんの話を同時進行で聞く。時間が無いらしい。  「あんまりお金ないから、色々と質素かもしれないけどごめんなさいね。」  「そんなことは気にしませんよ。」  美雨さんはとても申し訳なさそうに言っている。  「お客さんが来たらね。ウエイトレスとウエイターたちに持たせている何十枚もの白紙の束があるんだけど、 それにお客さんがいるテーブル番号と注文の品とその個数を書いて、厨房に持っていくの。」  「ふんふん・・。」  頷きながらその束を見るあたし。美雨さんがボールペンを渡す。  「そして、厨房から料理が出てきたら、あなたはその料理の品と注文票の紙に書かれている内容が同じ物をセットにして お客様のところに持っていくの。」  まぁ、基本はそこらへんのファミレスと変わらないみたいだけど。  「ちなみにその注文票はお客様のテーブルに置いていってね。お客さんがそれをレジまで持っていったらレジ係がそれを見て、会計とかするから。」  「分かりました。」  着替え終わったあたしは、準備万端。いつでもかかってこい状態になった。  「じゃ、今日1日よろしくね。凛星花ちゃん。」  「はい!」  そんなこんなで、あたし・大地凛星花(だいちりほか)の、忙しい1日が始まろうとしていた。  10時ごろ。海の家では厨房前で今日1日の気合い入れ(?)が行われる。  「それじゃあ、今日も1日頑張りましょう。」  『はい!!店長!!』  全員がそう叫ぶと、皆は一斉に持ち場へと動き出す。  「凛星花ちゃんだっけ?」  とここで、あたしと同じく水着姿の女の子が話し掛けてきた。  「えっと・・あなたは?」  「私は渚(なぎさ)。ここでウエイトレスやってるの。」  明るめの女の子、背はちょっと低めかな?160・・あるかないかくらいかな?  「今日1日助っ人で来たって聞いたけど、よろしくね。分からないことがあったら何でも聞いて。」  「あ、ありがとうございます。渚さん。」  どうやら、今日1日ここでうまくやっていけるだろうか?というあたしの心配は杞憂だったみたいだ。  「そうだ!1つ教えてあげないといけないことがあるね。凛星花ちゃん、ここのテーブルね、1つ1つわざわざ番号ふってないの。」  「え・・番号ないんですか!?」  美雨さんの話だと、確か注文票にはお客さんのいるテーブルの番号を書け・・って話だったけど。  「あのね、その番号なんだけど・・私たちの立っているこのテーブルが1なんだ。そこから入口のほうを見て左側に1,2,3・・といってね。 一番左端まできたら次の列の一番右側から5、6・・ってなってるの。」      厨房  ________ | ↓       | | ○ ○ ○ ○ | | ○ ○ ○ ○ | | ○ ○ ● ○ |トイレ | ○   □ ○ |  ―――   ―――  ☆   入口(階段)  ○・・テーブル  ●・・テーブル(カキ氷機置き場)  □・・レジ  ↓・・凛星花と渚の立っている位置(矢印の向きは見ている方向)  ☆・・海の家の看板設置箇所  「あ・・そうなんだ。」  ここの海の家のルールを少しずつ覚えていかなきゃならない・・結構大変な作業だな。と思いつつもそこのことを少しずつ頭に入れていくあたし。  「ま、そんな感じかな。他に分からないことがあったらどんどん聞いてね。」  そう言うと渚さんは厨房のほうへと歩いていった。  「あ、ありがとうございます!!」  あたしは深々と頭を下げた。とここで、大きな看板を持った海パン姿の男の人が目の前を通る。  「おっ!今日はよろしくね!助っ人さん!」  「あ、はい・・えーっと・・。」  挨拶をされるが、あたしにはこの20代前半男性の名前がわからない。  「俺は青波(あおなみ)!ウエイター兼レジ係な!」  「あ、青波さん!よろしくお願いしますっ!」  それを察したのか青波さんは、あたしに名前を教えると入口の階段を下りていった。どうやら看板を設置しに行ったらしい。  「知ってるかい?凛星花ちゃん?」  「え?何をですか?」  あたしが入口の手前にあるテーブルを拭いている時だった。下で看板を設置している青波さんがそう尋ねてきた。  「いやさ、ここの焼きそばだよ。美味くて大人気なんだ。」  「あ・・そういえば美雨さんもそんなこと言ってましたね。」  ここに来る直前に美雨さんから焼きそばのことを聞かされていたあたし。  「そうなんだよ。なんと言ってもさ、ここの厨房で働いている山さんの作る焼きそばがとても美味いから、人気が出てるんだ!」  「やま・・さん?」  山さんの作る焼きソバが美味いから・・そこまでは聞いてないな。  「ほら、今も厨房から下準備しているところが見えるだろ?」  「あぁ・・あの30代くらいの男の人のことですか?」  「そうそう、ちょっと頑固で変わり者なんだけどね。山さんの作る焼きソバは天下一品だよ。」  看板を設置し終わった青波さんは、入口の階段を上りながら汗を拭いていた。  「焼きそばはね、ここでカキ氷に匹敵するくらい人気の品なんだ。ま、カキ氷だけは俺が作ってんだけどね。 厨房が暑すぎて氷が溶けちまいそうだから。」  「はあ・・。」  そんなことを言っていると、いきなり親子連れのお客さんがやってきた。  「いらっしゃいませ!」  青波さん・・そしていつの間にかあたしの隣にいた渚さんがそう大声で言っていた。  「あ・・えーっと・・」  一瞬緊張のあまり、あの言葉をど忘れしてしまう。  「い、いらっしゃいませ!!」  でも・・“いらっしゃいませ”をど忘れするようじゃあたし、思いやられるなぁ・・。  12時前10分。忙しさが増す時間帯だ。  「はい、カキ氷2人分注文入りましたー!」  「おぅーし!!まかせろぉ!!」  厨房は熱い、そしてレジ横のテーブルで必死にカキ氷を作っている青波さんも熱い。  「はい、カキ氷お持ちしました。」  「わーい!ありがとう!お姉ちゃん!」  あたしは忙しさのあまり目が回りそうだったが、なんと言うのか・・こういうお客さんの笑顔、特に小さい子供からそんな風に言われると、 そんな忙しさも吹っ飛びそうだった。  「えーっと、カキ氷3つで合計360円です。」  レジや厨房・・皆、大忙しだ。  「カキ氷2つ注文はいりましたー!」  「あ、こっちは1つ!青波くん!!」  あたしと渚さんがレジ打ちをしていた青波さんに向かってそう叫んでいた。  「計3つだな!分かった!」  青波さんは再びレジ横のカキ氷機のあるテーブルへと向かう。  「3つ・・3つ・・あ。」  だが、その勢いが止まった。  「あの・・すいません。」  「はい?何でしょうか?」  とここで、青波さんを呼び止める声がした。  「あの・・うちの息子がカキ氷を食べようとしているんですが、椅子が低くいみたいでテーブルに手が届かないんですよ。」  その声の主はレジの後ろの席に座っていた小さい子供連れの母親だった。  「あ、届きませんか・・困ったなぁ。」  青波さんが困っている。その時、その息子さんが走ってレジの横にあるテーブルに座った。  「ママー!ここなら届くよー!」  カキ氷を持って走ってきた子供は、椅子に座るとそう叫ぶ。  「こら!そこは座っちゃダメでしょ!」  「あ、お母さん!いいんですよ!どうぞどうそ、ここ座ってください!」  お昼12時の時報が鳴り響く。  「え?いいんですか!?でもここ、カキ氷を作ってるところじゃ・・。」  時報と共に少し空が曇ってきた。真っ黒で怪しい雲が出てくる。  「はは・・それがどうも氷が切れちゃったみたいで。これ以上作れないんですよ。だからいいですよ。座ってください。」  「そうなんですか・・何だかスイマセン。」  母親は青波さんに頭をさげた。  「いえいえ、お気になさらず。息子さんもカキ氷が食べれなきゃ嫌でしょうしね。」  遠くから雷鳴が聞こえてくる。青波さんは男の子に言ってあげた。  「良かったな、カキ氷が食える場所が見つかって。」  「うん!ありがとう!」  男の子は満面の笑みを浮かべていた。  「本当にすいません。ありがとうございます。」  「いえいえ、本当にいいですから・・さてと、それよりだ。」  青波さんは店中を見回すと渚さんとあたしに向かって叫ぶ。  「渚ちゃん!凛星花ちゃん!カキ氷売り切れ!!さっきの注文悪いけど断ってきて!」  青波さんがそう叫んだ瞬間だった。物凄い雷と共に雨がいきなり降り始めた。  「あっちゃー・・通り雨か!くそっ・・外に出してる看板を中にやらなきゃな。誰か、ちょっとレジ離れるから頼む!」  そう言うと青波さんは外へと駆け出す。あたしは先ほどのお客さんからカキ氷の売り切れを伝えると、注文票からカキ氷2つの部分を横線で消す。  「あ、凛星花ちゃん!私がレジに行くからいいよ!」  あたしがレジへ行こうとしたのを渚さんが止めた。どうやら渚さんはちょうどレジへと向かっていたところらしい。  「じゃあスイマセン、お願いします!」  「任せなって!」   渚さんはレジへと向かうとなにやらはじめた。  「えっと、じゃあカキ氷は無理ですので、ソフトクリーム1本でいいんですね。」  「あぁ、それにソフトクリーム1本くらいなら外で食べるから。」  どうやら、渚さんのカキ氷の注文を断る相手は、ソフトクリームだけを頼んで出て行くつもりらしい。  「本当にすいませんでした。では、ソフトクリーム1本で110円になります。」   注文票のカキ氷に横線を引く渚。通り雨の勢いが凄く外はおろか店内も薄暗い。そして次の瞬間。                 ピッシャーーーーン!!!!!!!ゴロゴロ・・  「きゃあ!!」  物凄い雷の音が響いた。思わずあたし、そしてレジにいた渚さんは目をつぶって叫んだ。やっぱりあたしだって雷は怖いのよ。  「・・す、すいません。110円ですね・・ありがとうございました。」  渚さんは注文票をレジ下にある注文票の回収ボックスに投げ込むと、お金をレジにしまってそう言った。どうやら雷が苦手なようだ。  「お、渚ちゃん。悪いな、ありがと。」  外から濡れて戻ってきた青波さんが、渚さんとレジを代わる。しかし皮肉なことに、さっきの雷を境にとおり雨は過ぎ、晴れ始めた。  「なんて最悪な雨なんだよ。」  青波さんはため息をついた。しかし実際はため息をついている場合でもなかった。  「お客様。ご注文は?」  あたしはスイカ1個をまるごとを抱きかかえている男性から注文を聞いていた。  「えっとね、じゃあ焼きそば1つ。」  「かしこまりました。焼きそば1つですね。」  しかし本当に、ここの焼きそばは人気らしい。  「1番テーブル焼きそば1つ!」  厨房前に注文票を磁石で壁に貼り付けると、さっきの交代で再び現場に戻った渚さんがいた。  「こっちも!11番と12番テーブルに焼きそばそれぞれ1つです!」  しつこいみたいだけど、本当に人気みたい。  「本当に忙しそうね。私も手伝うわよ。」  厨房にいた美雨さんが、店内のほうにやってきた。  「あの・・すいません。」  とここで、さっきあたしが注文を受けた1番テーブルのお客さんが美雨さんを呼んだ。  「どうしました?お客様?」  「あの・・トイレは何処に?」  お腹を抱えている。どうも腹痛みたい。  「トイレでしたらですね。ここをこう行って・・」  忙しさは増す一方だ。  「あ、ありがとうございます。」  男性はスイカを床に置くと、物凄いスピードでトイレへと向かって走っていった。そして天気は再び灼熱地獄へと・・まったくもって忙しい。  「焼きそば1つ!できたよ!」  厨房から山さんが叫ぶ。まるでさっきから怒号が飛び交う戦場のようだ。注文を受けていたあたしのかわりに渚さんが厨房へ向かう。  「えっと、1番テーブルに焼きそば・・あ、いないなぁ。」  1番テーブルの注文票を持って焼きソバを持っていった渚さんだったが、あいにく先ほどのお客さんはトイレに駆け込んで居ない。  「うーん・・そう言えば11番と12番テーブルも焼きそばだったか。先に頼んだのは12番だから・・そっちに持ってくかな。」  渚さんは臨機応変に動いていく。  「ご注文の焼きソバをお持ちしました。・・っと。ありゃ?ボールペンのインクが無いや。」  ここでレジ打ちをしている青波さんに渚さんが言った。  「青波さん!ボールペンない!?」  「ボールペン?あぁ、投げるぞ!おりゃ!!」  青波さんはレジからすぐ近くにいた渚さんに向かってボールペンを投げた。  「サンキュ!えっと・・じゃあ。」  注文票になにやら書き込むとそれをテーブルに置く。  「では、ここに置いておきます。」  そう言うと急いで厨房へと向かう渚さん。丁度焼きそばをお客さんのところへ持っていくあたしとぶつかりそうになった。  「あ、ごめん!凛星花ちゃん!」  「大丈夫ですから!」  互いにそう軽く一言交わしただけですぐに仕事に戻る。本当に大変だ。   「あれ・・?」  「どうした?渚ちゃん?」  厨房前で首をかしげる渚さんに、山さんが尋ねた。  「いや・・ひょっとしてなくしたかな?」  「何をだ?」  「え!?い、いや・・別にいいんです!」  渚さんは慌ててなにやら書き始めた。  「あ、あとこれ。焼きそばできたから。もう1つ。」  「あ、ありがとう。山さん。」  そして対するあたしは注文を戻る途中に受けて、注文票に色々と書き込んでいた。  「あぁ・・スッキリしたぁ・・。」  ここであのトイレに駆け込んでいた人とすれ違う。  「あ、丁度いいな。戻ってきたよ。1番テーブルの人。」  それを確認した渚さんは焼きそばを持っていった。  午後2時過ぎ。一番忙しい時間帯が過ぎた。  「はぁ・・疲れたなぁ。」  渚さんは大きく背伸びをしていた。  「俺もだよ・・。」  青波さんは椅子を3つ持ってきて綺麗に並べると、その上に寝転んでしまった。  「凛星花ちゃん・・」  「何ですか?」  渚さんに呼ばれたあたしは渚さんのほう見た。  「あのさ、休憩してもいいか店長に聞いてきて。」  「あ、分かりました。」  あたしは立ち上がると、店長がいるであろうロッカー室へと向かった。  「あの・・美雨さん?」  ロッカー室からは音楽が聞こえてくる。何かのカラオケバージョンの曲なのが分かる。  「音楽・・聞いてるんですか?」  「あぁ・・凛星花ちゃん。そうよ。」  懐かしそうな目をしている美雨さん。  「この曲・・随分昔の音楽特集で聞いた気がするんですけどね。何だったか思い出せないな。」  あたしは必死に思い出そうとするが分からない。  「うふふ・・まぁ、カラオケバージョンで歌詞が入ってないから分からないのかもしれないわね。」  その言葉には、寂しさのようなものが含まれている気がした。  「思い出の・・曲なんですか?」  「まぁね・・約束の曲なのよ。これはね。」  「約束?」  重みがあった。その言葉には・・。  「この海の家をしている私の理由ってやつかな?」  「理由ですか・・。」  意味は分からない。けど、何かがあった。  「で、どうしたの?凛星花ちゃん?」  「あ、それが渚さんが休憩してもいいかって・・。」  ハッと用件を思い出したあたしはそのことを美雨さんに伝えた。  「あぁ、それなら構わないわ。もうある程度忙しさも終わったし。」  「そうですか、分かりました。じゃあ、そう伝えときますね。」  あたしはロッカー室から出て行くと、休憩の許しが出たことを伝えた。  「やったぁ!!じゃあこれでゆっくりと羽が伸ばせる!!」  渚さんはそう叫ぶと椅子にどっかりと座り込んだ。  「そういやさぁ、凛星花ちゃん。店長音楽聴いてたろ?」  「え?そうですけど・・それが何か?」  青波さんは何やら首をかしげていた。  「店長ってさ、結構謎が多いんだよね。何で音楽を聴いているのか?って質問しても答えてくれないし。」  そんなことを言っていると、椅子に座っていた渚さんも会話に入ってくる。  「でも、店長の謎といえばそれだけじゃないわよ。」  「それだけじゃないって?」  あたしは興味津々になって話を聞く。  「この海の家をやっているのにも理由があるらしいんだけど、それ関連で聞いた話。店長はここの海の家を作る時にね、 ここは元々何かがあった場所らしいんだけど。そこを買い取ってここを海の家に改装したらしいの。」  「改装した?」  青波さんはさらに首を傾げる。  「そう。どうもここがよほど何か大切な場所みたい。でね、ここが昔なんだったか店長に聞くんだけど教えてくれないの。」  「教えてくれないんですか?」  「そう、でね。友達にも聞いてみたんだけど。ここはもう20年くらい前からはじめた場所でね。私たちが生まれてすぐにできたみたいだから、 よく知らないって言われて・・。」  美雨さんの秘密・・考えたことが無かった。確かに、美しい人には秘密がつきものだけど・・。  「あー、それにしても喉が渇いたな。あれしないか?」  「あ、いいねぇ。」  「え?あれって?」  青波さんと渚さんが言ってきた“アレ”。あたしはその“アレ”の内容を尋ねた。  「いやね、喉が乾いてきたら休憩時間、200メートル先にある自販機でコーラを買ってくるというゲームをするんだ。それが恒例行事でね。」  「それのどこが行事なんです?」  意味が分からないが、ここで渚さんの放った言葉にあたしはその意味を知る。  「じゃんけんで負けた人が1人で買いに行くの。この仕事終わりでとてつもなく疲れた状態で200メートルの灼熱の砂浜を往復ね。」  「・・・・納得です。」  そんなこんなで、あたしもそのゲームに参加をさせられることになる。その結果・・。  『いってらっしゃーい!!』  あたしが何でこんな目に・・。  だけど、むしろそう思うのはこの後だった。  午後2時30分頃。  コーラを買って戻ってきたあたしはその光景に絶句した。  「知るわけねぇだろ!!」  「だからって私なわけないじゃない!!」  「だから、誰かのミスなんだろ!!」  「とにかく、早く見つけてくださいっ!!」  「いい加減にしなさいよ!!」  あたしが戻ってきた時、海の家は物凄い戦場と化していた。渚さんと青波さんと山さんと美雨さん・・ そして、ちょっと前にスイカを抱きかかえてきていたお客さん、計5人の戦場に。  「ちょ、ちょっと!何があったんですか!?」  「き、聞いてくださいよっ!!あたしのスイカがこの海の家でなくなったんです!!」  そう言って泣き付いてきたのはあのお客さんだ。  「スイカがなくなった!?」  「そうなんです!ここで焼きそばを食べて出て行った後、子供たちとスイカ割りをする時間になって置いてきたことに気づいて、 急いで戻ってきたんです!でもないんですよ!!」  そう言えば、確かにこの人はスイカを持っていた。来た時は。  「けど必死に探し回ったけどないんだよ!凛星花ちゃん!」  青波さんがそう言った。けど、このお客さんは反論した。  「だったら誰かが盗んだんだ!どうしてくれるんだ!?あれがなきゃ家族とのスイカ割りが!!」  「知るかよ!それに誰も客は盗んでねぇよ!俺がずっとレジ打ちで客の出入りを見ていたんだ!誰もそんなスイカを持って店を出てねぇ!!」  そうだ・・確かに青波さんはレジ打ちでずっと入口前のレジにいた。1度だけ離れたが、その時も渚さんがレジにいたはずだ。  「だったらどうして海の家の中にスイカがないんですか!?」  「知らないよ!!」  お客さんと青波さんはそう言って口論している。  「そんなことより助っ人君!君がミスをしたのか!?」  「はぁ!?」  今度は山さんが物凄い血相を変えてあたしにそう怒鳴りつけてきた。  「俺の作った焼きソバが、1つお客に誰も渡されずに残ってるんだよ!!ウエイトレスの注文ミスじゃないのか!?」  「知らないわよっ!ねぇ!?凛星花ちゃん!?」  「え!?そ、そうですけど・・というか、あたしたちミスなんかしてないはずだし。」  山さんと渚さんの口論がこっちでは発生している。  「でもなぁ、ここに確かにあるんだ!“11番テーブルに焼きそばが1つ”っていう注文票が!!」  「えっ!?」  山さんの手には確かに11番テーブルに焼きそばが1つ入った注文票があった。  「俺はなぁ、自分が魂を込めて作った焼きソバを食われずに、放置されるのが一番の侮辱扱いをされているようで嫌なんだ! 現にこの魂の焼きソバも今じゃ冷えてカチコチだ!!」  変人って言っていたのはそういう意味だったのね・・あたしはそう理解した。  「とにかく、俺の料理が侮辱された理由は、この注文ミスだ!そうじゃないのか!?」  「知らないわよっ!現に私たちはちゃんと注文を取っていたし漏れても無かった。それに11番テーブルの焼きソバの注文だけど、 あった場合もちゃんと運んでいたわよ。そうよね!?凛星花ちゃん!?」  物凄い血相でこちらも怒鳴っている渚さん。  「うん・・確かにあたしもミスはなかったと・・。」  「だったらなんで焼きそば1皿余って、この注文票も余るんだ!!」  「だから知らないって言ってるでしょ!!」  何だか目眩がしてきた。だが、それだけじゃ終わらない。  「凛星花ちゃん・・あのね、レジから誰かが売上金を盗っちゃったの。」  「はいっ!?」  美雨さんがトドメの一言を放つ。  「と、盗られたっていくらですか!?」  「あのね・・さっきこの皆が口論している間に、注文票の回収ボックスに入っている注文票の合計金額と、 レジの中の売上金を確かめていたんだけど・・120円足りないの。」  そして美雨さんはあたしと渚さん、それに青波さんを見ながら一言。  「あなたたち、自販機のジュースを買いに行く例のゲームをしたそうじゃない。疑いたくは無いけど、誰かその中の1人が、 自分のジュース代をレジから盗んだんじゃないの?」  あたしは言葉を失った。それはお客と・・また山さんと口論をしていた渚さんと青波さんを凍りつかせた。  「そんなっ!冗談じゃありませんよ!あたしそんなことしてませんっ!!」  「俺もだ!店長!そもそも何故コーラの120円分をわざわざレジから盗むんだよ!!」  だが、店長は残念そうな表情で続けた。  「でもね、あたしがレジを見るまで、レジの近くにいたのはレジ打ちをしていた青波君。そして、ここで休憩をしていた渚ちゃんに・・ ごめんね、凛星花ちゃんしかいないの。となれば、盗ったのはその3人のうちの誰かってことに・・。」  じょ、冗談じゃない。あたしにまで容疑者の疑いがかかってるの!?  「ちょっと待ってよ!店長!そう言って実は店長が売上確認の際に盗ったんじゃないんですか!?」  「なっ、何を言っているの!?青波君!?」  青波さんの突然の告発。  「だって、俺たちがレジから金を取ってないのは渚ちゃんと凛星花ちゃん、それに俺たち3人皆が証人だ!となれば店長しか・・!!」  「だったらあなたたち3人が共犯かもしれない可能性もあるわね。」  『!!!!!!!!?』  限りなく最悪の状態になった。  「とにかく、あともうちょっとなの。なのにそんな時に限ってお金がなくなるんて・・120円ってちっちゃい額かもと言うかもしれないけど、 誰が盗ったのか正直に言うまで全員帰せないわ。」  「そ、そんな・・!!あたしにはこれから用事が!!」  渚さんは信じられない!と言った表情だ。  「俺だって・・それはさすがに・・!!」  青波さんも言葉が出ない。  「その前にスイカを見つけてくださいよ!!」  「いいや、俺の作った焼きそば・・その注文ミスをしたのは誰なのかをまず言え!!」  とここで、山さんとあのお客さんがそう言う・・嗚呼、火に油とはまさにこのことなんだ。  『それは知らないっ!!』  渚さんと青波さんは同時に叫んだ。  「嗚呼・・。」  完全に最悪なムードになっちゃった。しかもあたしまで、120円泥棒の容疑者入り。    (もう、何でこんなことになるんだろう・・あたしだってこの後、海で遊びたいのに。)  謎のスイカ消失。1皿余った焼きそば。レジから消えた120円。意味が分からない。  (もう嫌・・こんな時に、太一君がいてくれれば、こんな謎解いてくれるのに・・。)  思わず泣きそうになった。  「ここが凛星花ちゃんのいる海の家か?」  「これまた随分と騒がしいなぁ。」    (え?)  聞き覚えのある声がした。  「ん?なにやらお取り込み中みたいだぞ。」  「というか、口論っぽいな?」  (あ・・。)  思わずその姿を見た瞬間・・救世主っているんだな。と思った。  「よっ!凛星花ちゃん!?何かあったの?」  目の前に立っていたのは海パン姿にゴーグルをつけ、ビーチボールを持った男と、スーツの下にアロハシャツ・・ で、腕には浮き輪を持っている男の2人。  「ほ、堀さん!!神多さん!!」    思わずあたしは2人に向かって泣きついていた。  「どうしたんだい?凛星花ちゃん?」  海パン姿の男はその状態に思わずたじろいだ。  「スイカが消えて・・焼きソバが余って・・120円が消えちゃったの!!!!」  涙目になりながら訴えるあたし。  「は?スイカ?焼きそば?120円!?」  「意味が分からん・・。もうちょっと詳しく・・」  「うわーん!!!!」  『!?!?!?!?』  2人はこれ以上凛星花から話を聞くことはできなかった。  「あ、あのう・・」  とりあえずスーツに浮き輪でアロハの男が、口論をしている5人のところに言って一言。  「あの、誰か凛星花ちゃんが泣いている理由を説明してほしいんですが・・。」  その言葉で、口論はとまった。そして皆はこれまた一言。  『アンタたち、誰?』  2人はその質問にこう答えた。  「凛星花ちゃんが働いている矢代田法律事務所の新人弁護士・神多正義(かみたせいぎ)。」  「同じく、凛星花ちゃんが働いている柿根探偵事務所の見習探偵・堀太一(ほりたいち)。」  凛星花が救世主と呼んだ2人・・そして、太一君がいれば・・の太一とは紛れもなくそのうちの1人のことだ。  「とにかく、まずは今日あったことを全て話してくれませんか?凛星花ちゃんからはどうも・・これ以上は話聞けそうにないんでね。」  スーツ姿にアロハで浮き輪なのが神多正義。そして今、そう言った海パンにゴーグルでビーチバレーの男こそ、堀太一だ。  「ふーん・・なるほどね。」  「どう思うんだ?太一?」  数分後、皆から全ての事情・・そして今日あったことを聞いた2人は、テーブルに紙とペンで色々と何かをメモしながら考え込んでいた。  「うーん・・いくつかのことは分かるけど、このことが分からないんだよなぁ。」  太一は頭を抱える。解けた謎もあるが解けていない謎もある・・と言ったところか。  「自分には見当がつくけどな。勘違いというものだってありえる。」  だが、神多には太一が分からないことが分かっている。  「勘違い?・・そうか!!」  「そういうこと。」  2人は立ち上がった。目を赤くしていた凛星花は、2人を信じていた。  「じゃあ、2人とも・・。」  「うん、解決だね。」  「じゃあ、あとはさっさとそれを皆に教えて遊ぼうぜ。」  「2人とも・・。」  お客さんが海の家に置いていったスイカは何処に消えたのか?  何故焼きそばの注文が一皿分余ってしまったのか?  レジから消えた120円は何処にあるのか?  「そもそもこの事件は、様々な偶然が重なってこんなことになっちまったんだ。」  「そう、そしてこの事件を解くために重要なポイントが、この海の家そのもの・・いや、構造に隠されている。」  「それが分かった時、凛星花ちゃんや渚さん、それに青波さんが不思議に思っていた店長の美雨さんの謎も解けるだろうね。」  そして最後に、太一はこう一言。  「凛星花ちゃん・・おまたせ。“真相は掴めたよ”。」  解決編につづく。

あとがき

 2005年に書いた小説を、ちょっとばかし息抜きということで道場に投稿してみた麒麟です。  道場に投稿する作品としては、初めての完全100%オリジナル作品かな?  そして、内容自体はかなり楽しめるミステリー物なのでしょうか?(聞くな  ちなみに、case005には深い意味はありません。ただ、自分の中で5番目に思いついた話という意味ですので。  この作品は、自分にしては珍しくかなりの短編物です。真面目な話、余計な部分は全て究極なまでにカットした作品。 もう重要な部分しかないでしょう。  どこを読んでも重要なところばかりなので、きっと分かる人は分かるでしょうね。ただ、意外にもこの話で問われている 謎がわからない!とか言われたら大変なので、一応・・この問題編で問題になっているポイントをもう1度あげておきます。  1、お客さんのスイカはどこに消えてしまったのか?  2、何故、焼きソバが1皿分余ってしまっているのか?それは本当に単なる注文ミスなのか?  3、レジから消えた120円は何処へいったのか?誰かが果たして盗んだのか?  4、海の家そのものに隠された構造と、店長・美雨さんの過去の秘密とは?  正直、4の店長の秘密は分からないかもしれませんが、それ以外は分かるかもしれませんね。
解決編へ小説投稿道場アーカイブスTOPへ