月夜革命(第3話・第4話)
第三話:愛人(マナビト)
「帝。ここに居られたのですか」
女は、男を“帝”と呼ぶ。
「何か考え事でも?」
「いや…」
帝はクスリ、と笑う。
「帝」
「ん?」
「何故、あんな下っ端などを送ったのです。まさか、油断していた、と?」
「まぁ、そんな所だな」
「…っ嘘ばかりを言いますのね、あなたは」
「何が?」
「わざとでしょう?ああやって、姫を挑発し、“器”に負担をかけさせ、そして―――…」
「そして」
女の言葉を、帝が遮る。
「そして、姫を解放させ、我が物にしようとした、と言いたいのだろう?」
「…っ」
「心配するな。…少しあ奴には悪い事をしたな。雑魚と言えども」
「…さない…」
女は目を紅く光らせた。
「渡さないわ…帝は、私のもの…誰にも…渡さないわ…」
帝はふっ、と口元に笑みを浮かべた。
「大丈夫だ…紫苑(しおん)」
帝は、女を抱きしめ、空を見上げた。今夜の月は、三日月。
(姫…)
闇は、深い。
「ん…」
晶はうっすらと目を開けた。
「ここ…は…?」
見たことの無い部屋。布団の上。
「俺んち」
「…!?」
悠と蒼紅と、年老いた女性に囲まれて、晶はしばらくボーッとしていた。
「あなたが、晶?」
「え…は、はい…」
老女は微笑んだ。
「私は、月峰さくら。悠の祖母に当たります。今回、巻き込んでしまって、ごめんなさいね」
“月峰さくら”。聞き覚えのある名前だった。
「詳しく話さなければなりませんね」
そういって、さくらは話し始めた。
「かぐや姫。昔話に過ぎないかもしれない。けれど、本当の話なのです」
「え?」
「昔々、ある異星の姫が、いたずらに、この地球に五つの“神器”を落とした。この神器は、星の民を護る為のものだった。
実は、かぐや姫の話に出てくる、姫が要求した五つのもの、それが神器なのです」
「あの、求婚を受ける時の要求のことですか?」
「そう。そして、姫は責任を取る為、カプセルと共に地球に堕とされた。そして、人間の手によって育てられた。
美しく育ってゆく姫に、ある日、五人の男が求婚をして来た。その男達は皆、敵だった。」
「敵?」
「俺の親を、喰った奴等」
悠は、少しうつむいていた。
「そう。ヤツラは皆、姫の星の民を喰らい、生きてゆく異星の民。そして、三つの星は、戦場と化した。
華宮夜姫の星は月に似た星ですが、月より大きい星。そして、敵の星は、闇と同色。ほとんど見分けが付かないくらい。
そんな二つの星の民は、この地球に多く移り住んだ。」
「三つの…星…」
晶の脳裏を、ある光景がかすめた。
荒れた星。姫の泣き顔。自分の、喰われてゆく姿。いや、正しくは、自分だと思われる、顔が同じ、喰われてゆく、女。
「晶?」
悠に呼ばれ、晶は我に返った。
「大丈夫か?」
「うん。…続けてください」
「姫は、五人の男に言った。『私が欲しいなら、神器を五つとも皆、“返して”下さい』、と」
「“返す”…?」
「神器は、彼らの総帥の手へ渡っていたのです。そして、返ってきたのは四つ」
「四つ…」
晶は悠の方を見た。悠の手が、少し、震えている。
「残りの一つは…“あいつ”が持ってる…」
「“あいつ”…って、まさか…」
「ああ、そうだよ。俺の親を喰ったやつ。…帝だ」
「ちょっと待って…」
晶は困惑していた。
「姫と帝って、少なくとも愛し合っていたんじゃ――――…」
「そう。その通り」
蒼紅が口を開いた。
「二人は愛し合っていた。だから、帝は姫を喰わなかったし、姫も帝を殺さなかった」
「しかし…」
さくらは晶を真っ直ぐに見ていった。
「姫の護り巫女が、帝により、喰われた」
晶の脳裏に、またあの光景が浮かんだ。
「ま…さ、か…それって…」
「そう。あなたです、晶」
時が…止まった。
第四話:始動
晶は、もう何が何だか分からなかった。お前の前世は巫女で、帝という男に喰い殺された、なんて信じられるはずがない。
「姫は怒り狂った。『私はもう一度帰ってくる』、そう言って星に還った姫は、死を選んだ」
「え…?」
「もう一度、生まれ変わる為にね。」
悠は呟いた。
「生まれ変わって、俺になったんだ」
「悠ちゃんが…生まれ変わり…」
「悠の使命は」
さくらは話し続ける。
「四つしか取り戻せなかった神器の、残りの一つを探し出し、そして、帝を…殺すこと」
「!!!」
「元凶はそれだしな。俺が殺すわけでもないし」
「え?」
「姫が俺から出て来て、直接殺すんだ。想いを遂げた姫は、俺の中から消えてくれるだろうし」
「しかし、その逆も有り得ることを忘れてはいけませんよ、悠」
「!?どういうこと…?」
「…最悪、姫に支配されちまうかも、ってことだよ。だから、早いとこ片つけないとな」
「……」
悠ちゃんが、居なくなる…。そんなの嫌だ。晶は、泣き出しそうな気持ちになった。
「しかし」
蒼紅は窓の外を見ながら、さくらに問い掛けた。
「三つの星の民は、外見、性質共に、一部を除き全く同じ。どうやって見分ければ…」
「それは、晶の持つ石が知らせてくれます」
「え、これが…?」
「地球人なら変化なし、姫の星の民なら紅、そして、敵なら深い蒼」
晶の手の中で、石は静かに、動かずにいる。何も変化はない。
さくらは真っ直ぐに晶を見つめた。
「悠を、頼みます」
「悠ちゃん」
「ん?」
「髪、切ったんだね」
「ああ…」
「ごめんね。あたしのせいで」
「いや、大丈夫」
「学校、どうなってるんだろ…」
悠の家の車で送り届けてもらいながら、晶は不安になった。
「大丈夫。皆の記憶、消えてるから。今日の出来事と、女の“月峰悠”の存在」
「え?」
「だから何も心配しなくていいよ」
「でも…」
「俺の祖母が、色々手回してくれてるから大丈夫だよ。なにせ理事長だしね」
「…は!?」
「あれ?気付かなかった?」
「どこかで聞いたことあるとは思ったけど…名前…」
晶を乗せた車は、夕暮れの街を走ってゆく。
「ただいま…」
晶が帰ると、母がエプロン姿で出てきた。
「大丈夫なの?」
「は?」
「悠ちゃんちで具合悪くて寝てたって聞いたけど」
「え…」
「そういう事にしといたから」
悠がこっそり教えてくれた。
「あんた鍵持ってなかったの?」
「持って…なかったよ?」
「あ、そう。じゃあ仕方ないわね。あ、そうそう。ご飯食べていかない?悠ちゃん」
「あ、いえ。俺そろそろ行かなきゃいけないんで」
「そう?残念ね」
「じゃ」
悠が帰ろうとすると、晶はあることを思い出した。
「あ、悠ちゃん、カバン!昨日忘れたまんまでしょ」
「あ、ごめん」
「今日どうしたの?カバンなしで」
「ん?別の持ってったし、教科書とか学校に置いたままだったしね」
「え?じゃあ、まだ学校に、悠ちゃんの荷物あるってこと…?」
「そこんとこは、祖母がなんとかしてくれてる」
「そっか…」
理事長の力ってすごい、と晶はこの時思った。
「何ですって…!!?」
悠と晶の居ない部屋で、その声は響いた。
「今言った通りです」
「そ…んな…」
蒼紅はがく然とした。
「さくらさま。その事を晶さんは…?」
「知るよしもないこと…。気付いていたのなら、とっくに“覚醒”しているはずです」
「そんな…“石は、主人と認めた者のみに従う”、ということは…」
「そう…“石は晶を主人と認めていない”、すなわち、“石は力をはっきしない”」
「石は…意味のない、“ただの石ころ”にすぎない…。そういうこと、なのですね…」
「まだ、ね」
あとがき
やっと残りの重要人物が二人とも出てきてくれました。
紫苑は、実は晶と意外な接点があったりします。
石の名前は、コレを書いたときまだ未定だったのですが、あえて触れませんでした。
実は、番外編を書いて、そのときに出す予定だったのですが、
別の作品を書き始めたため、番外編まで手が回らなくなってしまいました;
ちなみに、石の名前は魅来石(みらいせき)です。由来は特に無いのですが、
作詞した詞の中に、「魅来-MIRAI-」というのがあったので、そこから付けてみました。
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