逆転の旋律〜終わらないDL6号事件〜(第1話)
・・・あなたはまだ覚えてるかしら。あの真冬の花火を。
私は今でも忘れることが出来ない。
一瞬だけ綺麗に夜空に描き出されたオレンジ色の閃光。
まるで、私の一瞬の怒りを表してるかのようだった。
私が地上に咲かせてみせた、赤く燃えさかる美しい炎。
まるで、私の一瞬の哀しみを表してるかのようだった。
私が放った銃声は花火の音に紛れてしまい、今じゃもうどんな音か忘れてしまった。
18年前の火花は、私から全てを奪ってしまった。
だから、私は花火が嫌い・・・。
あなたももう還って来たりはしない。
わかっているはずなのに、私は待っていた。
18年間ずっと、あなただけを一途に待ち続けた。
でも、もうあの日の頃に戻ることは出来ないし、待っても無意味なことはわかっている。
だから、私より先に消えてしまったあなたに・・・
自分の中から消えてしまったもう一人の私に・・・
DL6号事件に関わったすべての死者たちに捧げたい。
―――心の底を見た人だけが再び躍動する力を与えられる、この鎮魂歌(レクイエム)を・・・
【第1楽章】:Requiem
バァーン!
派手な音と共に映し出された炎の芸術。それが花火。
「たーーまやぁ〜」
真宵ちゃんも我慢しきれず叫んでしまっている。僕も同じ気分だ。
「キレイですねぇ・・・」
春美ちゃんはその花火にすっかり見とれてしまっている。
「アメリカのニューイヤー花火に比べれれば、ここの花火はオモチャみたいなものね」
そう言って見上げる狩魔検事の目も、自然と細くなっていた。なんだかんだ言いながら、楽しんでいるようだ。
「本当に心が洗われるようッスね。失敗も減給も空腹もみんな忘れてしまえそうッス」
御剣・・・。もう少しイトノコ刑事の待遇を考えた方がいいんじゃないのか。
そう思いながら再び、顔を空の方へ向ける。次々と咲いては消えゆく花火がそこに映し出されていた。
事の発端は真宵ちゃんの一言からだった。
「ねぇ、花火行こうよぉ〜」
そう言って僕に目の前に突きつけたのは、町内会が配布している広告だった。
そこには『七夕祭り 天野川花火大会!!』という、何のひねりもない大きな見出しが飛び込んできた。
「せっかくの夏なんだし、花火ぐらい見ても損しないよ。それに、あたしたち最近どこにも外出してないしさ」
正確には、外出する程の費用がないのだ。
「どうせ依頼なんて来ないんだから、一日ぐらい事務所閉めてもいいでしょ?」
こんないい加減な仕事風景だから、依頼なんて来るはずもないのだが・・・。
「まあ、たまには息抜きもいいかな」
「やったぁ!! それじゃ、みんなも呼ぶね」
飛び跳ねた大はしゃぎする真宵ちゃんは、そのまま携帯電話に手を伸ばし、すぐさまみんなに誘いの言葉をかけたのだ。
その結果、僕・真宵ちゃん・春美ちゃん・イトノコ刑事・狩魔検事の5人が集まることになったのだ。
真宵ちゃんと春美ちゃんは、浴衣を着て張り切っている
(といっても、いつも装束を着ているせいか、いまいち変わり映えがしない)。
逆に、狩魔検事が浴衣姿で集合した時には、いつもの西洋衣装とのギャップが大きいせいで、派手に驚いてしまった。
そのため、何故か携帯しているムチで引っぱたかれてしまう羽目になったのだが。
とまあ、そんな具合で僕たちは天野川ほとりの土手から空を見上げている。
相変わらず天空の花たちは、枯れることを知らず美しいまま散っていく。
「御剣も来れば良かったのに」
「ホントバカよね。仕事が残ってるからって、花火を見ないなんて」
それが、御剣らしいけどね。“この歳になって花火を見ることのどこが面白いのだ?”なんて言われちゃ、身も蓋もないし・・・。
「バカバカしいわね。レイジは頭が堅いのよ。レイジにも夢ぐらい見せないと、本当にバカになるわよ」
そう言って、土手を駆け上がろうとする。
「どこ行くんですか?」
「決まってるでしょ。レイジに電話するのよ。ここからじゃ人の声で聞こえないでしょ」
そう言うが早いか、狩魔検事はさっさと土手をのぼって、向こうの方へ歩いていった。僕は一息溜め息をつく。
「狩魔検事、変わりましたよね。どこがって言うと説明はしづらいけど・・・」
「そッスね。なんというか、大人っぽくなったというか、女らしくなったというか・・・」
とにかく、彼女と出会ってもう3年が経った。その間に、狩魔検事の心情は少しずつ変わっていってるんだろう。
もちろん、良い方向に。
「わかったわね・・・。米賀町の方でみんな待ってるから。 たまには息抜きしないと、いい加減死ぬわよ」
乱暴にそう言うと、すぐさま電話を切った。
どうしてこうも、私は素直になれないんだろう・・・。
自分が変わったことを相手に気付かれるのが、いや自分で気付くのが怖いから?
私はそこまで考えてから、強く首を振った。私は何も変わっていないわ。
変わったのはめまぐるしく流れている、この鬱陶しい現実だけ。あの事件からもう、18年も経ってるのね・・・。
・・・バァーン!
向こうの方で花火がまた咲いた。私もそろそろ戻ろうかしら・・・。
バァン!
突然、聞こえてきた破裂音。花火の音によく似てるけど、それにしては音が短いし、鳴った場所もかなり近い。
私は急いで辺りを見回すと、そこには人影があった。一人は倒れていて、もう一人は今まさに逃げようとしている。
「ちょっと、待ちなさい!!」
私の叫び声にとっさに振り向いた犯人。こっちから顔はよく見えなかったが、相手は追われる側にあることに気付いたらしい。
私は草に足を取られてしまい、つまずきそうになる。その合間に犯人に撒かれてしまった。
今度は休む間もなく、急いで倒れている人物の元へ駆け寄った。まだ充分に温かいその人物の脈を測る。
その体温とは裏腹に、ピクリとも脈拍は感じられない。・・・死んでいる。
左胸から大量の出血。そこには弾痕が見られた。やっぱり、さっきの音は銃声だったのね。
もう一度その被害者の顔を眺めながら、警察に通報するために携帯電話を取り出した。
それにしても、この人。昔、それも遠い昔に、どこかで見たことあるような・・・・・
ドカッ!!
後頭部に激痛が走ったかと思うと、私は被害者と並んで土手の草むらに倒れ込んでしまった。
「まさか、人に見られてしまうなんて・・・。どうしよう、このままじゃ・・・」
意識の朦朧とする中で、うっすらとその言葉だけが聞こえたけれど、それもすぐに私の記憶の中から消えてしまった。
「かるま検事、遅いですね・・・」
花火大会も終盤にさしかかった時、その異変にいち早く気付いたのは春美ちゃんだった。
「そういえば、まったく姿が見えないな」
「どこか他の場所で花火を見てるんじゃないッスかね」
グルッと辺りを見回してみたが、それらしい人影は見当たらない。花火を背にして、みんなで彼女を捜すことにした。
「あ、御剣検事だ」
しばらく土手の上を歩いていて、真宵ちゃんが指さした先には、スーツを着た御剣の姿があった。
どうやら、のんびり花火見物に来た、って感じでもなさそうだ。
緩やかな傾斜を下って、御剣の元へと急ぐ。御剣も僕らを見て一瞬驚いたが、すぐに状況が飲み込めたようだ。
「まさか、メイを捜しているのか?」
「そ、そうだけど・・・。お前、狩魔検事を見てないか?」
御剣は顔をしかめて黙りこくっていた。そして、何も言わずにポケットから1つの携帯電話を取り出した。
その淡いマリンブルーの携帯電話は、何も語らずとも誰の持ち物かが伝わってくる。
「メイの携帯だ。ちょうど、そのあたりに落ちていたのだ」
そういって御剣は、顔を後ろに背ける。僕もつられてそちらを向くと、そこには暗くてよく見えないが何かが転がっていた。
目を凝らして近づいてみると、僕は驚きのあまり倒れそうになってしまった。
「し、死体!?」
「そうだ。私も天野川に向かう途中で発見し、今さっき通報したところだ。
ひょっとしたら、メイが行方をくらましたのもこの事件と関連があるのかもしれない」
もし狩魔検事がこの事件を、いや犯人を見ていたとしたら、彼女はもう・・・。
僕はハッと気が付き、すぐにその考えを打ち消した。彼女はきっと無事でいるはずだ。そう信じて携帯をポケットに収めた。
《携帯電話》・・・狩魔検事の持ち物。殺害現場付近に落ちていたもの。
「ところで、ずっと気になっていたけど、その死体って・・・」
「うム。まだ調べてみないと何とも言えないが、左胸に弾痕がある。
おそらく心臓を銃弾で撃たれての即死、死亡推定時刻はちょうど1時間ぐらい前だろう」
「1時間前って言うと・・・狩魔検事が僕らと別れた時間と同じだ」
「そして、私がメイから電話を受け取った時間でもある」
僕は彼女の無事を祈るしかなかった。それぐらいしかできない自分に無力さを感じながら・・・。
「それにしても、一体誰がこんなことを・・・。それに、この人は誰なんだろう」
暗闇でよく見えないけれど、50代前半といったところで、ちょっと失礼だが無精ヒゲをたくわえた悪人って顔をしている。
「どうも・・・この被害者。私はどこかで見たことがある気がするのだが」
「御剣の知り合いなのか?」
「いや、知り合いというのかどうか・・・。遠い昔に会ったような気はするのだが」
僕はもう1度その顔を見るが、やっぱりその顔に心当たりはなかった。
身元調査のために被害者の服をあさってみると、妙な手触りの物が当たった。それを引っ張り出して確認する。
その小さな物体は妙な輪郭をしているが、それが何か見当は付いた。
「御剣・・・。この人、裁判官みたいだよ」
「何だとッ!?」
「間違いないと思うよ。こんな物が出てきたんだ」
指紋が付かないように、ハンカチ越しにあれを渡す。やた鏡といわれる物をモチーフにした縁に、
旧字体で『裁』が書かれてある。正真正銘の“裁判官バッジ”だ。
「さっき『会ったことがある』って言ってたけど、それって法廷で裁判をしてる時じゃないのか?」
「そ、そうかもしれん・・・。だが、やっぱり何か違う気もする」
御剣の曖昧な言葉に自然と眉の中央にしわが寄る。でも、一番問題なのは、何故この裁判官が殺されたのか、だ。
「警察が来るまでは、これ以上の捜査はかえって邪魔になるだろう」
「自分も一応、警察官なんスけど・・・」
イトノコ刑事がポツリと漏らす。そういえば、さっきまでずっと僕と御剣だけで調べてたからな。
「糸鋸刑事も、あとで来る警察と合同捜査をするんだ。それまでは待っておけ」
「は、はいッス!!」
やれやれ。部下を持つって言うのは大変なことなんだな。
そんなことを考えながら、何の気無しに下を眺めていると、何かが落ちていることに気が付いた。
それを拾い上げて、軽く土をはらう。
妙なカーブを描いた木製の奇妙な物体。そこには『Alto.S』と彫られているが、その正体が何なのかサッパリわからなかった。
「御剣、これ何だと思う?」
御剣にそれを手渡すと、いろいろな角度から眺めた後にさっと答えた。
「これは、顎(あご)当てだな」
「顎当て?」
「バイオリンを演奏する時に使う道具だ。バイオリンは顎で挟む楽器だから、この上に顎を乗せてバイオリンを弾くのだ」
確かに、まるで大きな箸置きのようなその形は、顎を乗せるのにはちょうど良いカーブを描いている。
それにしても、そんな物が何で死体の傍に?
《顎当て》・・・バイオリンの演奏時に使う道具。木製で『Alto.S』と彫られている。
そして、待つこと数十分して警察が到着した。後のことは警察とイトノコ刑事に任せ、
僕らは集まってきた野次馬の中をかき分けていったん引き上げることにした。
今思えば、この冷静さはこれから始まる悪夢を予期しての行為だったのかもしれない。
7月8日 午前10時27分 成歩堂法律事務所
チャラッチャ〜ララ〜チャラララ〜〜♪
事件が起こった翌朝。僕は携帯電話のメロディーで目が覚めた。
「もしもし」
「成歩堂、お前に仕事の話を持ってきた」
御剣からの意外な言葉で、僕の寝ぼけ眼はパッチリと開いた。
「仕事って、依頼のことか!?」
「う、うム。その様子だと、余程依頼がなかったと見えるな・・・」
そう言って咳払いを1つすると、少し落ち着いた口調で話し始めた。
「昨日の天野川死体遺棄事件。その後の警察の捜査の結果、一人の人物が重要参考人として挙げられた。その人物からの依頼だそうだ」
昨日の今日でもう犯人が捕まったのか。警察の捜査も進歩したものだな。
「わかった。わざわざ、連絡ありがとう」
そう言うと僕は、真宵ちゃんと一緒に事務所を飛び出した。向かうのはもちろん、1つしかない。
同日 某時刻 留置所 面会室
まだ朝早いというのに、留置所の中は少し薄暗い。そんな重い空気だからこそ、僕はいつも思う。
“この中に閉じこめられた人々を助けなきゃいけない”と。だから僕は、常に依頼人を信じて弁護をしてるんだ。
アクリル板の向こうに座っているのは、まだ若い青年。年齢は僕と同い年ぐらいだろうか。
「アンタは誰だ?」
眉間にしわを寄せながら、僕より先に口を開く。というか、自分で依頼したはずなのに、顔を知らないのかな・・・。
「僕は成歩堂龍一。君が依頼した弁護士だよ」
「あたしは綾里真宵。成歩堂法律事務所の助手をやってま〜す」
弁護士バッジを見せる。アクリル板越しの彼がそれを確認すると、少し安心したように椅子に背を付ける。
「そうか。アンタが成歩堂龍一か。噂で聞いたのとはイメージが違ってたな」
僕って、普段どんな噂を流されているんだろう。でも、あまり良い意味じゃなさそうだな。
「それより、まずは君の名前を聞かせてくれないかな」
そう言うと、何故か彼は不機嫌そうに顔を歪めて、その目立つ茶髪をかきむしる。
そして、嫌な物でも見るような目で僕を睨み付ける。
「オレには嫌いな物が3つある。検事と裁判官、そして弁護士だ」
最後の言葉に僕はドキッとする。その3つか嫌いってことは・・・
「要するに、俺は裁判が嫌いなんだ。質問には答えてやるが、そのことは忘れないでくれ。
じゃないとオレ、自分でも何するかわからないんだ」
興奮気味にアクリル板に顔を近づけて熱弁した後、気が抜けたように再びパイプ椅子にうなだれる。変わった人だな。
「話そらして悪かったな。オレの名前は芹緒 或人(せりお あると)っていうんだ」
「それじゃ、或人くん。君はどうして捕まったの?」
「さあな。特に事情はわかっちゃいない。なんでも、オレを見たって言う目撃者が2人もいたらしい」
目撃者が2人。すぐに捕まえただけあって、やっぱり決定的な目撃証言なんだろうな。
「目撃されているってことは、君は現場にいたってことなのかい?」
「あぁ、そうだよ。何?オレが花火見ちゃいけないっての?」
「いや、そういう意味じゃ・・・。そういえば、ずっと気になってたんだけど、君が手に持っている棒のような物は何?」
或人くんは話すごとに、その細長い棒を弄ぶように振ったり弾いたりしている。それが、自然と気になってしまったのだ。
「あぁ、これか。タクトだよ」
「え? 拓人・・・くん?」
「名前じゃねえよ。タクトって言うのは指揮棒のことさ。オレはこう見えても、指揮者の端くれなんだ」
茶髪の上、シャツにジャケットを羽織った形のありふれたスタイルだと、彼が指揮者だという風には到底思えない。
「ところで、君に見てもらいたい物があるんだけど」
そう言って僕は、昨日見つけたあの《顎当て》を取り出した。それを見せた瞬間、或人くんの顔が一瞬変わる。
「これ、君のものじゃないのかな?ここに『Alto.S』って彫られてるし」
「よくわかったな・・・。確かにそれは俺の持ち物だったよ」
ズヴァリと当てられて驚いてるせいなのか、或人くんの顔からは汗が噴き出ている。
「指揮者なのに何でバイオリンの顎当てを持ってるの?」
真宵ちゃんが横から聞いてくる。たしかに、当然の質問かもしれないな。
「指揮者をやる前は、バイオリンを少しやってたんだよ」
「それじゃ、何で『Alto.S』なの?普通だったら、『Aruto.S』じゃないの?」
真宵ちゃんは容赦なく聞いてくるが、それでも或人くんはうろたえることなく答える。
「或人っていう名前は、声の高さを表す『アルト』からきてるんだよ。
アルトの英語表記が『Alto』だから、オレもそう書くようにしてるんだ」
そうなると、狩魔検事も下の名前は“メイ”だから、名前を書く時は『Mei』じゃなくて『May』になると言うことなのかな。
「それじゃ、僕から最後の質問。君は人を殺していないんだね?」
「当たり前だろ」
サイコ・ロックは現れない。結構カッとなりやすいタイプだったから少し不安だったけど、どうやら信用しても良さそうだな。
同日 某時刻 天野川 米賀町方面
天野川は2つの町を挟むように流れている。米賀(ベガ)町と有田入(アルタイル)町だ。
“ベガ”は織姫を表すこと座の一等星の名前。“アルタイル”は彦星を表すわし座の一等星。
それを天の川で区切ってるわけだから、まるっきり七夕伝説である。
そのため、ここでは毎年七夕に花火大会をやっているというわけだ。
僕らが死体を見たのは米賀町。有田入町から橋を渡って数十分歩き、やっとのことで現場にたどり着いた。
「おッ、来たッスね。そろそろ来る頃だと思ってたッスよ」
長い間イトノコ刑事と捜査してきたせいか、自然とイトノコ刑事に超能力が身に付いてしまったようだな。
「事件の内容について詳しく教えて欲しいんですけど・・・」
「あぁ、良いッスよ。半年前にも世話になってくれたことッスし」
半年前って言うと、DL6号事件が復活して御剣が被告になった事件か。あの時のことは正直思い出したくない。
死んでしまった“あいつ”のことを思い出してしまうから。
「被害者は悪野 裁紀(あくの さばき)。アンタの察しの通り、裁判官だったッス」
あの裁判官バッジは本物だったのか。そうなると浮かんでくる1つの疑問。
御剣が異様なほど、悪野裁判官にデジャヴュを感じていたことだ。あいつと彼の間には、一体何があるっていうんだ。
「被害者は心臓を銃で撃たれて亡くなっていたッス」
「それで、或人くんを捕まえた根拠というのは?」
「まずは、アンタが現場で見つけたあの顎当てッスね。芹緒或人の所持品だと確認が取れたッス。
そして、2人の目撃者の証言があるッス。これ以上のことは捜査上、他言することは出来ねッス」
大体は留置所で聞いた或人くんの話と一致するな。
「その目撃者って誰なんですか?」
「1人目は鈴鳴 聴真(すずなり きくま)。自分らと一緒で、昨日の花火見物に来ていたそうッス。
天野川越しに事件を見ているッス」
天野川越しってことは、有田入町から目撃してるってことか。
でも、天野川は川幅約40mはある。そんな遠くの、ましてや暗闇の中の事件が本当に見えたのだろうか。
「もう一人は女性で、名前は七音 美歌(ななね みか)。偶然事件現場を通りかかっての目撃らしいッス」
事件現場を通りかかったってことは、こちらは近くから見ているワケか。要注意なのはこちらの目撃者の方だな。
「ところで、今回の担当検事は誰なんですか?」
「自分も良く知らねッスが、おそらく検事殿が・・・」
「いや、今回は私は担当検事ではない。だから、成歩堂にわざわざ電話をかけたのだ」
噂をすれば影、かな。いつの間に現れたかは知らないけれど、御剣が僕らの目の前に顔を出していた。
「お前が担当検事じゃないってことは、検事は誰なんだ?まさか、狩魔検事が戻ってきたのか!?」
淡い期待に心を弾ませていたけれど、それに反するかのように御剣は首を横に振った。
「残念ながらそうでもない。今回担当するのは、芹緒という最近入ってきたばかりの検事らしい」
「芹緒って、或人くんと同じ名字だ」
「芹緒 奏詞(せりお そうじ)。被告の芹緒或人の兄に当たる人物だ」
つまり、兄が実の弟を告発するってことなのか。それによって、或人くんは余計傷つくことになるんじゃ・・・
「やったね、なるほどくん。新人のセロリ検事が相手だよ。いつものように苦戦しなくて済むね」
真宵ちゃんはスーツの裾をひっぱりながら喜んでいる。というか、芹緒とセロリをどう聞いたら間違えられるんだ?
「しかし、どうも新人というわけでもないらしいんだ」
「最近入ってきたばかりなのに新人じゃない?どういうことだ、それ」
「う、うム。詳しいことは私も知らないのだが、実際に芹緒検事にあった同僚に聞くと、みんな妙な顔をするんだ。
恐怖で怯えた顔というか、まるで幽霊でも見たかのような」
幽霊?まさか・・・。でも、その隣に幽霊を呼び出せる女の子がいるわけだから、あながち笑い話でもないか。
「とにかく、今回の担当検事はその芹緒検事という人物らしい。一応、注意は払っておいた方が良いだろう」
そうするかな。用心に越したことはない。といっても、どう用心したらいいのかはわからないけど。
〜〜〜♪〜♪♪〜〜♪〜♪♪〜〜♪〜
聞き慣れない携帯電話の着信音が、僕の周囲に響く。御剣が音楽を聴いていて、ハッと気付いたようだ。
「これは・・・メイの携帯電話の着信音だ」
僕はその台詞に、急いで自分のスーツのポケットに入れておいた携帯電話を取り出し、電話に耳を近づけた。
「・・・もしもし」
「君は誰だい?」
狩魔検事の声じゃない。ボイスチェンジャーか何かを使っているのか、くぐもったハッキリとしない声で話している。
尋常じゃないその状況に、携帯電話を握る手にも自然と力が入る。
「僕は成歩堂龍一だ。そんなことより、彼女はどうしたんだ?」
「フフフ・・・。彼女なら今、私の傍にいるよ。打ち所が悪かったせいか、未だに気絶したまま起きないんだよね」
「一体君は誰なんだ!? 彼女に何をしたんだ!?」
僕の叫び声があまりにも目立ち、御剣たちも怪訝そうな顔をしている。僕は携帯電話のスピーカーボタンを押し、
みんなにも会話が聞こえるようにした。
「成歩堂さん、こっちには人質がいることをお忘れなく。言葉遣いには気をつけた方が良いですよ」
「・・・・・ッ!」
言葉にもならず、ただ唇を噛みしめることしかできなかった。周りのみんなも、何も言い返せないでいる。
「それにしても私は運が良い。私はあなたと話がしたかったんだからね」
「人質交換の条件を僕に言うつもりですか」
「その通りです。貴方はなかなか勘が鋭いですね」
あいにく、2年前に同じことを経験したことがあるもんでね。そう言いかけてやめた。
狩魔検事を人質に取っているということは、電話の相手は今回の事件の犯人の可能性が高い。逆らえば狩魔検事の命も危ない。
「要求についてはまた後日改めて。明日の法廷、逃げるんじゃありませんよ。逃げたらどうなるか、わかりますよね?」
そう言うと一方的に電話を切られた。
「くそッ!!」
僕は携帯電話を叩きつけたくなる衝動を抑えて、とにかく落ち着いた。御剣たちも、そんな僕をただ眺めることしかできないらしい。
「それにしても・・・どうやって狩魔検事と僕が知り合いだと突き止めたんだ」
「メイはプライベート用と仕事用の、2つの携帯電話を常に所持している。おそらくもう片方の携帯の番号リストから、
お前の名前を探り当てたのだろう」
こっちからもう片方の携帯にかけても犯人が出るのがオチ。そうなると、やっぱり明日の要求が出るまでじっと待つしかないのか。
もしも、『或人くんを有罪にしろ』なんて要求が出たらどうする?犯人がわかっていながら、冤罪の人を裁くことになる。
そんなことになったら、2年前と何も変わりは無い。
「大丈夫だ。私がこれからメイの捜索に当たる。何も心配しなくて良いんだ」
或人くんの無罪を証明し、同時に狩魔検事を救出する。どっちか1つだけじゃなく、
両方を現実にすることを目指さなければいけない。僕にそんな重い責任を果たすことが出来るのだろうか。
僕はその時はそれだけで頭がいっぱいで、他のことには気にも留めなかった。
これが、再び動き出したあの悪夢を奏でる鎮魂歌の第1楽章であったことに。
続く
あとがき
この話は、前に手がけた自分の作品『新たなる逆転〜もう1つのDL6号事件〜』の続編に当たるストーリーです。
が、前回の話を読んでいない人でも、楽しめるような作品にしたいと思っています。
そして、この話はこれから先、クラシックや音楽に関するネタが出てくると思いますが、
自分は音楽に関しては全くの無知なため、間違った知識が載るかもしれないことを
あらかじめご了承してくだされば幸いです。
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