逆転の旋律〜終わらないDL6号事件〜(第4話)
――誰だって一人は怖い。モチロン、私だって。    大地は唸り声を上げる。  子供の私には余計に大きく感じたこの建物ですら、壁同士がきしみあっている。  ――その怖さを拭うため、人は温もりを求める。モチロン、私だって。  手と手を握りしめて、ただひたすらその揺れがおさまるのを待っていた。  ついさっき会ったばかりの男の子と。    ――その子は独りぼっちだった。そして、私も・・・  「地震、おさまったみたいね」  「でも、アンタの心の中はまだ揺らいでいる」  彼の言葉があまりに意表をついていたので驚いた。  実際、私の心境は複雑だった。  ――私は・・・ママを殺してしまった  「何バカ言ってんだよ。そんなわけないだろ」  「私が悪いの。・・私がちゃんとママについていれば、ママは死ななかった」  「そうしたらきっと、アンタも巻き添えを食らっていたはずだ」    ――出来ることなら、いっそその方が良かったかもしれない  「そういえば、まだ名前聞いてなかったな。オレの名前は芹緒或人。アンタは?」  「私の名前はメイ・・・狩魔冥よ」  私はそこでハッと思い出した。    ――芹緒ってあの有罪になった被告の・・・  ――狩魔ってあの有罪にした検事の・・・  ・・・バァン!!  その銃声は、2人の重なった言葉と掌を同時に引き裂いた。  DL6号事件はここから動き始めた。  そして、誰にも語られなかった真実の1ページが今、ここに開こうとしている。  『被害者:狩魔 沙月    判決:・鈴鳴聴真の証言       ・被告の自供    以上の項目により、被告・芹緒奏詞を有罪判決とする。 (また、狩魔検察官の証人への異物混入疑惑に関しては、証拠不十分で不起訴とする)』  ・・・間奏曲(インテルメッツォ)が流れる。迷宮と真相の狭間で。           【第4楽章】:Intermezzo  『ドラソミ ファラドミレ シミソラ』  不規則に並んでいるとしか思えない文字の配列と、僕はただ睨めっこをしていた。 「どう見てもただの音階だよな・・・」  僕がそう呟くと、壁にもたれていた或人くんが立ち上がって口を挟んだ。 「ひょっとしてそれ、音階じゃなくてコードネームなんじゃないのか?」 「こ、こーどねーむ?」  あまりに棒読みだったために、或人くんは1つ溜め息をする。 「コードネームって言うのは、音階をアルファベットに直したものだ。アメリカやイギリスでは、ラをAとして順番に読む。 つまり、ドレミファソラシはCDEFGABだ」  なるほど。早速、僕はメモ用紙の文字を変換してみることにした。  『CAGE FACED BEGA』 「こ、これは・・・」  頭の中に一筋の衝撃が走る。 「Cage faced Bega・・・直訳すると“檻はベガに面していた”だな」  或人くんは僕だけでなく、自分にもそう言い聞かせるように言った。 「“檻”っていうのを監禁している場所という意味にとらえたとしたら、ベガは・・・」 「事件現場のあった米賀町のことか!」  或人くんも無言で頷く。急いで御剣に連絡を取らなくちゃ・・・  僕は慌てて携帯電話を取り出した。 『つまり、その暗号から察するにメイがいるのは有田入町だな』  御剣は僕の話を聞き終わると、冷静にそう判断した。 「どういうこと?暗号にはベガって書いてあるのに」 『“ベガに面していた”と言うことは、監禁場所から見た景色のことを指していたのだろう。 つまり、米賀町を隣町から見ていたということだ』 「あ、なるほど」 『更には、なぜ目の前の光景が米賀町と判断できたのか。きっと見えた先が米賀町だと断定できる、ある物が見えたからだろう』 「ある物って・・・」  僕は今までの記憶をたぐり寄せて、その結論に簡単に辿り着くことが出来た。 「事件の被害者の死体か・・・」 『そうだ。メイもその死体を見たがために拉致されている。その死体現場、近くを流れる天野川と合わせて、 自分は川を挟んでこちら側。つまり有田入町にいると判断したのだろう』  御剣の驚くべき推理力には脱帽してしまう。  狩魔検事の命がかかってるんだから、御剣も必死なのだろう。 『これから捜査に向かおう。有田入町で、現場の見える天野川沿いの家を徹底的に調べる』 「うん、頼んだよ、御剣」 『そっちの方も健闘を祈る。何せ相手は黒原・・・もとい芹緒検事なのだからな』 「御剣も芹緒検事の顔を見たのか?」 『あぁ。現場捜査の時にな。あれはたぶん・・・いや間違いなく黒原のはずなのだ。あの黒原健司の・・・』  御剣と黒原の18年前からの因縁。  最初は学級裁判で互いに敵同士となり、御剣が僕を無罪にしたことで裁判は閉廷。黒原の敗北だった。  DL6号事件の御剣信の行動により、危うく自分の父親に殺されかけたことを恨んだ。  そして、半年前。御剣の復讐を企んで殺人を行い、結局は捕まって死刑となった。  どれもこれも、御剣にとって良い思い出ではないはずだ。 『だが、ヤツは死んでいる。私にはこのムジュンがどうしても解けない』  僕は半年前のドッペルゲンガーの話を思い出した。同じ地に生きているもう一人の自分のことだ。  だけど僕は怖くなって、すぐにその考えを否定した。 「芹緒検事のことなら少し心当たりがあるんだ」  ・・・或人くんのサイコ・ロック。少なくとも芹緒検事は、或人くんの本当のお兄さんじゃない。 『そうか。とにかく、そっちの事件は君に任せた。何か情報があったらまた伝えよう』  そう言って御剣は電話を切った。 「メイは見つかりそうか?」  僕が電話を終えたタイミングを見計らって、或人くんは話しかけてきた。 「たぶん・・・。場所は特定できたから、時間はかからないと思う」 「そうだと良いけどな・・・」  含みのある言い方をしながら、彼はまたタクト(指揮棒)をいじっていた。 「あれ?」  彼の弾いているタクトを見ながら、僕はふと疑問に思った。 「そのタクト。イニシャルが彫ってあるけど、『Aruto.S』だね?顎当ての方には『Alto.S』って彫ってあったのに」 「あ、あぁ・・・。実はこれ、事件の前日に音楽協会から賞として寄与された物でな。 その時は、気分でオレのイニシャルを『Aruto.S』にしたんだよ」  何気ない質問のつもりだったのに、彼はとても焦っている感じだった。  留置所の方ではイニシャルは『Alto.S』って言ったのに、それが今訂正された。ひょっとして、何か隠しているのかな・・・ 「でも、最近貰った物にしては、先端がもう欠けちゃってるみたいだね」  真宵ちゃんが鋭くツッコミを入れてくる。その連弾に彼も戸惑いを隠せない様子だ。 「あ・・・あれ、ホントだ。協会のヤツ、不良品でも贈ってきたのか・・・?」  そういって彼は苦笑いを浮かべながら、控え室を出て行った。  何かが変だ。彼はあのタクトの中に何か秘密を抱えているんだ。  《タクト》・・・芹緒或人の指揮棒。先端が欠けていて、『Aruto.S』と彫られている。事件の前日に寄贈された物。  或人くんはもう留置所の方に戻るのだろう。僕らもそろそろ捜査をしようかな。  きっとこの謎も、捜査していくうちに明らかになっていくはずだろう。    同日 午後3時13分 天野川 米賀町方面  昨日よりも警察の数は増え、捜査はどんどんと進行していく。  そんな中、イトノコ刑事も忙しそうにまわり、自分たちの姿を見つけると捜査をいったん中断した。 「それで、狩魔検事は。狩魔検事はどうなったんッスか!」  今まで酷い目に遭わされていても、大切な上司。彼の第一声はやっぱりそれだった。 「何とか手がかりを見つけ、今は御剣が捜索している。じきに見つかると思います」 「それを聞いて安心したッス。自分も出来る限り手伝うッスよ」 「それで、こっちの事件の方の進展は?」  イトノコ刑事は何も言わず溜め息をつく。 「こっちは何も無いッスね。芹緒或人の有罪容疑は変わらないッス」  でも、僕らは知っている。この事件の真犯人を。  それは言うまでもなく、あの誘拐犯。確信もないけれど、そうでない限り死体を見た狩魔検事をさらう理由はない。 「何か新しい証拠でも出たんですか?」  イトノコ刑事はこの質問にも首を振る。 「全然ッスね。あるとすれば、あの顎当てぐらいッスかね」 「顎当て?」  『Alto.S』と彫られた或人くんの顎当て。それに何かあったんだろうか。 「別に大したことじゃないんスがね。『Alto.S』の『l』と『.』の部分は、最近彫られた痕跡が見られるみたいッスよ」  手元にある顎当ての写真を眺めるが、肉眼でそれを確認するのは難しそうだ。 「すごいですね。僕には全然分からないな」 「そりゃなんてたって、警察のカガク捜査は凄いッスから。それに、今回はあの娘もいたッスからね」 「あの娘?」 「あたしですよ、成歩堂さん」  聞き覚えのある声がしたかと思うと、イトノコ刑事の後ろからひょっこりと“彼女”は現れた。 「き、君は・・・」  頭にかけたピンクレンズのサングラスに、制服の上からかけている白衣。  こんな特殊な格好をする人は、僕の中では一人しかいない。 「茜ちゃん!?」  宝月茜、3年前に僕が弁護した地検の主席検事・宝月巴の妹である。 「どうして君がこんなところに・・・?」 「あたしも天野川の花火大会に来てたんですよ。その時に事件の話を聞いて、成歩堂さんもここで捜査してるって聞いたので」 「でも、鑑識と一緒に捜査はできないッスから、自分がこっそり証拠品を渡してたんス」 「というわけなので、何かあたしに出来ることがあったらお手伝いしますよ」  彼女は両手を握って意気込んでいる。 「今は特に調べてほしいものもないから、また後で何かあったら持ってくるね」 「了解です」  敬礼する彼女に見送られて、僕らは別の場所へと向かう。彼女のくれた1つの証拠品をしまって。  《顎当て(更新)》・・・『Alto.S』の文字が刻まれてあるバイオリン演奏の道具。 『l』と『.』の部分は、最近になって彫られた形跡が見られた。    同日 某時刻 天野川 有田入町方面  現場から川を挟んで向こう側まで来てしまった。特に意味はない。  ただ、何らかの盲点をここに見いだしたからだ。弁護士の直感で。 「あっれェ、コーソー(そこ)にいるのは今日の弁護士さんじゃないっすか」  一瞬の悪寒。あまり僕の勘はテーアー・・・いや、アテにならないものだ。  目の前に現れたのは、思った通りお騒がせ証人の鈴鳴聴真だった。どうも彼と話すと調子が狂わされるな。 「今日の証言、やけにメチャクチャだったね、鈴鳴くん」 「本当に俺は見たんだよ。9時半に上がった文字花火をバックに、被害者は足を撃たれて、銃声が2発聞こえたんだ」  でも実際は、犯行時刻は10時で、被害者は左胸しか撃たれず、銃は1発しか使われてないんだよな。 「それにしても参ったねェ。天野川で銃殺事件。まるで18年前のメーユー(夢)をもう一度見てるようだ」  或人くんは言っていた。彼が証人として出廷した18年前の裁判以来、裁判が嫌いになった、と。  18年前で思いつく事件は、1つしかない・・・ 「その裁判、いつ行われたか覚えてるかな?」 「ロンモチ(もちろん)!俺が華麗なる裁判デビューを果たした日だかんな。12月28日に。 あ、ちなみに日付は逆さに読んでないから」  日付を逆さまに読んだら、とんでもない数字が割りされてしまうぞ・・・  でも、予感は的中した。まさか、あの事件がこんな形でまた出てくることになろうとは思わなかった。 「その裁判のこと、詳しく教えてくれないかな」 「KO(OK)。18年前、俺は誰かが銃殺している瞬間を目撃したワケよ。 それで、俺の目撃証言から、男が逮捕されたんだっけ。名前は確か・・・セロリだっけ?シソだっけ?」  僕に聞かれても困る、と普段なら言ってるだろう。その人物に心当たりがなければ。 「ひょっとしてその男性、芹緒っていう名字じゃないの」  真宵ちゃんと同じ間違いをしているため、すぐにピンと来た。心なしか、聞いている自分の声も震える。 「そうそう、それだ。芹緒シソ!!・・・・・・いや、シソじゃないな。シソ・・・ソーシー・・・ソシ??」  彼は本気で考え込んでいるみたいだ。 「ひょっとしてその男性、奏詞っていう名前じゃないの」 「そうそう、それだ。芹緒奏詞!!間違いねえよ」  爆弾が僕に直撃する。落とした本人は、まるで自覚はないようだが。  芹緒奏詞・・・芹緒検事の本名じゃないか。何で18年前に捕まった被告が、検事をやっているんだ!? 「そ、その芹緒さん、その後どうなったの?」  早まる心を必死で抑えて、平然とした表情を装って彼に質問する。 「確か、有罪になったぜ。俺の目撃証言が決め手になったらしい。もう大活躍だな、俺」  普通に考えて、殺人犯がその後に検事になれることなどまず無い。前科がある公務員は、それだけ不利なのだから。  現に知り合いの婦人警官・須々木マコも、冤罪とはいえ裁判沙汰になってしまったために辞職させられた。  ますます分からなくなってきた。  ・・・誰か教えてくれ。彼は一体、何者なんだ!?  ――知ってるか? 悪魔は不死身なんだぜ。どんなことがあってもくたばりはしない  係官に連れられて闇の中の階段を上っていき、1つの場所に俺は立たされた。  そして、俺は最後にそう言ってやったのさ。  周りのヤツらの顔、目隠しされてる俺には見えなかったけど笑えたぜ。  誰一人驚きもしねえ。慌てることもねえ。  一端の犯罪者の捨て台詞だととらえているらしい。  そう思うならそれでも構わねえさ。俺は奇跡を起こしてやる。  ――もしオレが生きて帰った時には、てめェら全員が生きて帰れると思・・・  ・・・ガクンッ!  全てを言い終わる前に、自分の足下が消えた。  踏み場となった床が抜けた後の、延々と続くように思われた首にかかる拘束力。  体重と重力が加担して、自分の首にどんどんと縄が食い込んでいく。    ――ざけんなよ!! 何で俺がこんな目に遭わなきゃならねえんだ!!  呼吸もままならない状態で、俺は必死に噛みついてみせる。  下のヤツらには悪あがき程度にしか見えないだろう。  実際、俺だってそう感じ、余計に惨めに思えてくる。  ――そうだ。俺が生き残った時には貴様らには首輪をはめてやる。    俺と同じ・・・いや、それ以上の醜態で貴様らを拘束し、支配し、辱殺してやるよ。  そんな強気な態度とは裏腹に、どんどんと首は締め付けられていく。  もはや、そんな抵抗をする気すら失せるほどに、俺の体力は奪われていく。  その後に出てくるものといえば、さっきとはまるで違った弱気な言葉だけだった。  ――生きながら苦しみを味わうのって、地獄より苦しいんだな  だんだんと意識が遠のいていく。  御剣怜侍に対する復讐心も、成歩堂龍一に対する敗北心さえも忘れていた。  復讐心も敗北心も、今は全て自分自身に向けられ、自分自身に嫌悪し後悔した。  ――もう・・・限界かな  そろそろ諦めもついてきた。  自分の末路にケリが付けそうな気がしてきた。  今なら苦しんでいることさえも忘れて死ねるような気がしてきた。    ――ケンジ・・・・・ケンジ・・・  誰だ・・・俺の名前を呼ぶのは・・・・ 「・・・ケンジ。芹緒検事ッ!!」 「え・・・あ、はい」 「何ボーッとしているんスか。自分はこれから捜査会議があるので、これにて失礼するッス」 「あ、あぁ・・・わかりました」  目の前からイトノコ刑事が去っていく。辺りを見回すと、そこは事件現場だった。    ・・・夢、だったのか?  最近、妙におかしな悪夢を見る。自分が死刑囚となって絞首刑を受ける夢だ。  縄で締め付けられてもがき苦しみ、いつも死ぬ直前に目が覚める。  夢の中の私は乱暴で激情家で、まるで別人。でも、それは紛れもない自分。  最近、自分が誰なのか分からなくなってしまう。  まるで夢の中の自分が現実であり、今ここに立っていることが夢であるかのよう。  何も思い出すことができない。  ・・・誰か教えてくれ。自分は一体、何者なんだ!?    同日 某時刻 星影法律事務所  またここに来ることになるとは思わなかった。 「ウォッホン、またチミかね。半年前の事件以来ぢゃの」  半年前というのは、黒原が御剣を陥れるために起こした事件のことだ。  その時、DL6号事件の裏で動いていた黒原の存在を教えてくれたのは星影先生だ。  ひょっとしたら、今回の事件についても何か分かるかもしれない。 「教えてください!!18年前、一体何があったんですか!?」 「い、いきなり言われても困るわい。そ、それより、胸ぐらを掴まんでくれ・・・」 「あ・・・」  我に返ってみると、思いっきり星影先生のスーツを握りしめていた。これも師匠譲りなのかな。 「やれやれ。それで、一体今度は何があったんぢゃ?」  僕はこれまでの経緯を全て話した。今回の事件のこと、狩魔検事の誘拐のこと、 鈴鳴くんから聞いた18年前の法廷のことも、全部・・・ 「DL6号事件が起こる前の裁判か。確かに、そのことならワシも記憶しておる」 「教えてください。18年前の事件について」  星影先生は軽くうなったが、僕の気迫に押されて観念したみたいだ。 「チミの言う今回の事件の関係者。被害者の悪野裁紀は裁判官、証人の鈴鳴聴真と七音美歌は目撃者、 検事の芹緒奏詞は被告人として出廷していた」 「それで、どういう事件だったんですか?」 「今回の事件同様、天野川での銃殺事件ぢゃった。ぢゃが、18年前の事件は、銃殺に加えて爆発があったがの」 「爆発?」 「死体を燃やす際に、天野川に設置されている花火小屋に火を付けて爆破したみたいぢゃ。死体は欠片も残されていなかった」  欠片も残されていない?確かに、火薬に火を付ければ威力は凄いだろうけど、そんなに吹っ飛ぶ物なのか? 「それじゃ、遺体の身元は分からないじゃないですか」 「身元は被告の供述で明かされた。名前は・・・狩魔沙月ぢゃ」 『か、狩魔!?』  思わぬ名前に、真宵ちゃんと共に驚いてしまう。 「そうぢゃ。狩魔沙月は狩魔豪の妻ぢゃった」 「何でそんな人を芹緒奏詞が殺害する必要が・・・」 「狩魔豪はカンペキな有罪判決を求む。それ故に、家庭のことまで構っていられなかったのぢゃろう。 愛が冷めた環境の中、狩魔沙月は一人の男に手を出したのぢゃ・・・」 「それが・・・芹緒奏詞だったと言うんですか」  星影先生は無言で頷く。 「さらに、芹緒奏詞には元から決まっていた婚約者がおった。それが七音美歌ぢゃ」  美歌さんと芹緒検事が婚約者?  つまり動機は、しつこく浮気を迫る狩魔沙月が邪魔になった、というところか。 「妻が不倫してた上に殺された。それで、狩魔豪も苛立っておったのぢゃろう。だからあんな不正を・・・」 「そういえば、狩魔検事ってどんな不正をやったんですか?」  星影先生は黙ってしまった。でも、事件に関係あるかもしれないんだ。 「隠さずに教えてください、先生」 「・・・狩魔豪も悪野裁紀も死んだ。もう何を話しても復讐されることはあるまい。時効ぢゃな」  大きく溜め息をついた後、そう呟いて話し始めた。 「御剣信が暴いた狩魔豪の不正で犠牲になったのは、被告の婚約者・七音美歌だったのぢゃ」 「美歌さんが・・・犠牲?」 「そうぢゃ。チミは不思議には思わなかったか?なぜ、彼女が声帯障害を抱えているのか」 「え?」  法廷で見せた彼女の持病。あの声帯障害は生まれつきあったのだと思っていた。 「彼女の声は・・・狩魔豪によって奪われた。そのことが、御剣信によって明るみに出されたのぢゃ」 「そ、それじゃ、狩魔豪の不正って言うのは・・・」 「証人として出廷した七音美歌から、不利な証言が出ることでも恐れたのぢゃろうな。それで文字通りの口封じを・・・」  なんてことだ。まさか、彼女がそんな重い過去を背負っていたなんて・・・。  だけど、気にかかる点がまだある。 「そんなあからさまな不正を御剣弁護士がバラしたのに、どうして被告は有罪になったんですか?」 「悪野裁判長は不正の証拠が不十分と言っていたが、おそらくはそれも口実。 本当は裏で無理矢理有罪にするよう動かされていたのぢゃろうな」  星影先生はやれやれといった感じに横に首を振る。 「ほれ、これがその事件の簡単な資料ぢゃ。持っていてそんはないと思うぞ」  そういって、やたらと分厚い資料を僕に手渡した。  簡単とは言ってもこの量か・・・もっと要約する必要があるかな。僕はそう思って、自分なりにまとめて法廷記録に閉じた。  《事件資料》・・・星影先生から貰った、DL6号事件の引き金となった事件の資料。    ファイル名:天野川検察官夫人爆発炎上事件    事件日時 :2001年12月25日    被害者  :狩魔 沙月(但し、現場・被害者の消失により生死は未確認)    事件概要 :天野川付近に設置されてある花火小屋で火災が発生し、爆発炎上。           目撃者の通報により、重要参考人として芹緒奏詞を逮捕する。           その後の供述で、検察官夫人の銃殺遺体を焼却していたことが判明。           しかし、痕跡はあるものの、遺体は現場から発見されなかった。    法廷日時 :2001年12月28日    目撃証人 :鈴鳴 聴真           七音 美歌(体調不良による失神のために、証言は無効)    裁判概要 :芹緒奏詞の自供と目撃者の証言により、被告に有罪判決が下る。           また、検察側に不正らしき点が見られたが、証拠不十分により免罪。 「この有罪になった被告人・・・芹緒奏詞はその後どうなったんですか?」 「ワシもそこまでは知らないが、それほど重い罰ではないはずぢゃ。きっと今頃、どこかで生きているぢゃろう」  その姿が、あの法廷で見た芹緒検事だというのか?有り得なくはないけれどやっぱり不自然だ。犯罪者は検事になれない。 「七音美歌さんは、何を証言しようとしたんでしょう?狩魔検事に口止めされるぐらいだし」 「被告をかばおうとしたんぢゃないのかのぉ。彼女は芹緒奏詞の婚約者だから」  それほど美歌さんと芹緒検事は親しい関係にあった。  にしては、今日の法廷。互いにそっけない感じだった。甘い台詞も上っ面だけみたいで。  まるで、2人が赤の他人同士みたいに・・・・・・あれ? 「・・・ちょっと待ってください。婚約者って、2人は許嫁の関係だったんですか?」 「そんな個人のプライバシーまでは知らんな。同い年ぐらいぢゃし、恋愛結婚ぢゃなかったのかのぉ」  法廷記録のデータ上、芹緒検事は26歳。18年前に美歌さんと婚約していたのなら、当時の年齢は・・・8歳。  明らかに結婚できる年じゃない。どういうことなんだ?  考えられる可能性は2つ。芹緒検事がサバを読んでいるか、あるいは・・・   チャラッチャ〜ララ〜チャラララ〜〜♪  真剣な推理とは明らかに場違いなトノサマンのメロディーが流れる。急いで僕は携帯に出た。 「もしもし」 『成歩堂か、私だ』  “私”と言って名乗らないところと特徴あるその声で、相手はすぐに見当がついた。 「どうしたんだ、御剣。もしかして狩魔検事が見つかったのか!?」 『いや、まだそちらの方は捜索中だ。分かったのは芹緒検事のことについてだ』  絶妙なタイミング。これで自分の推理を裏付けることが出来るかもしれない。 『芹緒奏詞について調べてみたのだが、彼はDL6号事件が起こる前の裁判に被告として出ていたみたいなんだ』 「うん、それはさっき星影先生の話で聞いた」 『芹緒検事の年齢は26歳。しかし、その当時、出廷した被告の芹緒奏詞の年齢は・・・』 「年齢に矛盾が生じた。おそらく、8歳よりももっと年上だった」 『その通りだ。18年前、芹緒奏詞の年齢は17歳だった。戸籍の計算上も、そちらの方が正しい』  思った通りだ。ここから導き出される結論は1つ。  ・・・芹緒奏詞を名乗る人物が2人いるということだ。 『そして、もう1つ。とんでもないことが分かった』  電話越しに御剣の声は震えていた。 『・・・黒原健司も生きている。ヤツは死刑を免れたらしい』 「な、なんだってッ!?」 『芹緒検事の年齢が26歳という点から言っても間違いない。彼の正体は黒原だったのだ』  死んだと思っていた黒原が検事・芹緒奏詞を演じていた。確かにそれなら筋は通るかもしれない。  初めて芹緒検事に会った時から思ってた。あまりにも彼とヤツは似すぎていた。  でも・・・一体何のためにヤツがそんな真似を?  それに、サイコ・ロックはかかってたけど、或人くんも彼がお兄さんであることを受け入れているんだぞ。 『今回の事件もまたDL6号事件が関係してくる。それに黒原が絡むとなると、これほど厄介なことはない』  18年前の裁判という言葉で確信した。殺人事件も誘拐事件も、DL6号事件と何らかの関わりを持っていることを。  少しずつ陰に迫ってきている。でも、正確にはDL6号事件が僕らに迫ってきているのだった。 続く

あとがき

ちなみに、最後の方に出てきた暗号。 音楽無知な自分が必死に練りだした物なので、 かなり無理がある上に、間違いの可能性もあります。 その辺はご了承下さい。

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