逆転の旋律〜終わらないDL6号事件〜(闇のエピローグ)
――MPA事件  ――DL6号事件  ――天野川裁判官殺害事件  すべては、終わったと思っていた3つの事件  だが、それは全ての始まりでもあった  そして、それは全ての決着でもあった    ・・・悪夢はまだ終わっていない  僕らが言えることはただそれだけだ    MPA事件、それは愛と憎しみの闇によって生み出された悲劇  DL6号事件、それは不正と隠蔽の闇によって生み出された悪夢  天野川裁判官殺害事件、過去と現在の闇によって生み出された衝撃  全ての事件には“闇”が潜んでいる  そこには、僕らのまだ見ぬ“闇”が隠されている  その闇を暴いたとき、僕らはまた一歩、事件の真実へと近づく  僕らはその真実を求めなければいけない  たとえその真実が、僕らを更なる闇へと突き落とそうとも・・・  たとえその真実が、再び誰かを悲しませることになろうとも・・・  ここから始まるのは、語られることのなかった闇のエピローグ  光り輝いたエピローグの裏には、黒く血塗られた幕がはためいている  その背後に何が隠されていても、僕らはその幕を開かなければならない  “真相”という名の黒幕を・・・  ――闇の向こうの序曲(オーバーチュアー)を求め、僕らはひたすら進み続ける  ――終わりは時として、全ての始まりへと変わるのだから           【追楽章】:overture  男は一人嗤っていた。彼は自分の犯行に酔いしれていた。事件に彼の存在があったことなど、誰も知る由はない。 もう一人の男が現れるまでは・・・ 「やっと、見つけたぜ」  嗤いをこらえる初老の男の前に、もう一人の男が立ちはだかる。まるでそれは、初老の男のこの先の消失を阻むかのように。 「もう全部わかっちまったんだ。さっさと正体を現すことだな」  目の前の男に見せつけるかのように、俺はステッキスタンガンの電源をONにした。  そして、その電流のほとばしるステッキの先端を男の方に向けた。ヤツはそれでもピクリとも動かない。 「はて、君は誰だい?」  シャクに障るほどとぼけた声がかえってきた。俺はそれにムカついて、更にステッキの電圧を上げた。 「とぼけても無駄だって言ってんだよ。今のうちに自首した方が身のためなんじゃねえのか!」  手元が揺れるほどに暴走する電流。たまに『バチッ!』とショートした音が響くが、男は全く動じた様子はない。 つくづく腹の立つ野郎だぜ。 「私が自首?人違いじゃないのかい。私には全く覚えがないな」  真っ昼間に似合わぬ裏路地の闇が、男の表情を隠している。それが幸か不幸か、 俺はそいつの演じられたとぼけ顔に苛立たずにすんでいる。  だが、ヤツの表情を伺えないことに、逆に苛立ちを覚えてしまう。  そろそろ俺も我慢の限界だ・・・ 「これで3度目だ!!何もかも洗いざらい白状しちまいな。そうすれば、手荒なマネはしねえ。 いいか、これが最後・・・いや、最期の警告だ!!」 最大限にまで上げたステッキの電流は、俺の力じゃ止められないほどに唸っている。それでもヤツは、焦った動作1つ見せやしない。  それどころか、ヤツの三流演技にはますます拍車がかかっていく。 「そうか、わかったぞ。君は新手のオヤジ狩りか。でも残念ながら、私を襲っても大した金は手に入らないよ」  今までで一番間の抜けた声がかえってきた。俺はヤツの前へと一歩踏み出した。 「そうか・・・それがてめェの答えか」  俺の堪忍袋の緒は切れるを通り越して、跡形もなくズタズタに刻まれた。もう俺の怒りを縛れる物は何もない。  ステッキスタンガンの電源を切り、ステッキを逆に持ち替えた。スタンガン部分となっているステッキの尾を握り、 ステッキの先頭をヤツの方にかざした。 「もう容赦はしねえ。覚悟してかかれよ」  俺の目から光は消えた。ただその瞳がとらえているのは、これから始末すべき眼前の宿敵だけだ。 「やれやれ。血の気の多い若者はこれだから困る。それなら私も、全力で護りにかかろうではないか」  一瞬だけヤツに陽の光が当たった。そいつの目は、完全にあの時の眼だった。 18年前、俺を崖に突き落とそうとした時の・・・本気で相手を殺しにかかるときの眼だ。 「それじゃあ・・・・・行くぜッ、クソ親父ッッ!!!!」  遠回しに言うなんてまどろっこしいことはもうしねえ。俺の目の前の相手は“黒原飛響”であり、実の“親父”なんだ!!  どんなに言葉を変えたところで、それは事実でしかねえ。  俺はステッキを片手に親父に飛びかかり、ヤツの顔面めがけてステッキを振り上げた。     ・・・キィーーーーン!!  甲高い金属音が鳴り響く。親父と俺の場所が入れ替わる。まるで、どこかの剣客ドラマの1シーンのようだ。  俺は振り返って、ヤツの顔を見る。特に傷というべき傷を負った形跡がない。モチロン、俺もどこも負傷していない。  親父の右手には、いつの間にかステッキが握られていた。そのステッキが少しへこんでいるのを見て、俺は悟った。 「相打ちか・・・」  どうやら、顔面をぶん殴る直前に、そのステッキでガードしたみたいだな。さっきの金属音はその時のモノか。  俺は軽く舌打ちをする。だが、その台詞を聞いて嫌な嘲笑を浮かべたのは親父の方だ。 「相打ちだと?貴様も余程の愚者のようだな」 「なんだと?」  親父に向かって思いっきりガンを飛ばす。だが、それもすぐに終わる。ステッキの頭が、 地べたに転がる音を空しく響かせるのを聞いてしまった瞬間から。 「なッ!!?」  言葉に戸惑う。急いで先端を見てみると、まるで刃物を使ったかのように、綺麗なステッキの断面が現れた。  そして、俺はヤツの方をもう一度見る。そいつの右手のステッキが妖しく輝いていた。 「仕込み刀か・・・・・」  ステッキでガードしただけじゃなく、とっさにそこから刀を抜いて、ステッキに斬りかかったというワケか。 「フン!銃も刀も仕込んでいない空っぽのステッキスタンガンなど、豆腐よりも斬るは易し」  昔から変わっていないその嫌味な笑いと口調が、俺をより刺激させる。親父のステッキスタンガンに仕込まれた刀の刃までもが、 俺をあざ笑っているように見える。  俺が一歩でも間違った動きをしていたら、俺の身体は刀の餌食になっていた。 そんな状況で、仮にも実の息子に向かって刀を振るったりするか、普通?  いや・・・こいつに“普通”なんてモンが通じれば、俺だってこんな強硬手段に出たりはしないか。  自分でそう納得すると、俺はステッキを持つ手をいったん下ろして目一杯嫌味に笑って口を開いた。 「生きてたんだな。俺がせっかく崖から突き落として、てめェの検事局長生活を壊してやったってのに」 「私の辞書には“自害”はあっても“被害”の文字はない。自分以外の誰かに殺害されるなど、私にあってはならないのだ。 故に、私は生きて貴様に復讐せざるを得ないのだ」  ――親父は生きていた  18年前、MPA事件の裁判で狩魔豪の不正が暴露され、そこから芋づる式に狩魔豪の不正の師である親父のことが明るみに出た。 そして、検事局長だった親父はマスコミに散々たたかれ、その責任をとって辞職した。  そして、俺を崖へと連れ込んで一家心中を目論んだ。だが、俺の抵抗によって、そのもみ合いの末に親父は誤って崖から転落した。 親父が死んだ、そう思った俺はその罪の重さを感じて覚醒し、黒くなっていった。なのに・・・  ――親父は生きていた 「俺の人生を散々狂わせておいて、今さら生きていただと?フザけんじゃねえぞ!!」 「何を言うか。貴様もその性格を望んでいたことだろう」  俺は言葉に詰まる。俺がこの黒い性格を望んでいたかどうかはわからない。ただ、反論はできない・・・ 「第一、殺人犯の貴様が言える立場ではない」 「松竹梅世殺害の罪なら、既に刑は受けている。今度は、親父の番だぜ」  俺も負けじと嘲笑を浮かべる。ここで一歩引いてしまったら、親父に逃げられちまう。 「私の番だと・・・どういう意味だ?」 「さっき言っただろ。“全部わかっちまった”ってな。MPA事件、DL6号事件、そして今回の天野川裁判官殺害事件。 その全てがな」  この際、親父が生きていたかどうか。そんなことは関係ねえ。俺が今明かさなきゃいけねえのは、3つの事件の真実なんだよ。 語ることの出来なかった、血塗れでどす黒い裏側の真実をな。 「今さら過去の事件など漁ったところで埃も舞うまい。真犯人は七音美歌だった。それ以上何が変わる?」 「何も変わらねえよ。時効によって捕まえることは出来なかったが、確かに真犯人は七音美歌だった」 「フッ、ならば、今さら何物も介入する余地など無いはずでは?」 「そうはいかねんだよ。問題なのは、なぜ七音美歌を捕まえることが出来なかったか、だ」  俺の言葉に、親父は初めて動揺を見せる。どうやら、俺の推理は間違ってなかったようだな。 「おかしいとは思わねえか?芹緒奏詞がかばっていたとはいえ、18年間も七音美歌の存在に誰も気付かなかった。 そこには何か裏があったはずなんだよ」 「裏だと?そんな物は、警察局にも検察局にも私の辞書の中にもない」 「いや、あったんだよ。きっと局長のてめェは気付いてたんだ。MPA事件の犯人は芹緒奏詞ではなく、七音美歌だってことに」  ついに俺は1つ目の核心へと迫る。あとは、じわりじわりと親父の前ににじり寄り、精神的になぶり痛めつける。  18年前のように一息で殺しはしねえから、じっくりとその苦痛を味わうことだな、親父・・・ 「気付いていたなら、なぜ検察側は七音美歌を告発しなかったのだ?」 「気付いた時には既に、芹緒奏詞を起訴した後だったからさ。彼の起訴を取り消して、新しく犯人を提示する。 そんなにコロコロ被告を入れ替えてたら、検察局の信用問題に関わるからな」 「つまり、検察局は真犯人の七音美歌を野放しにしたということか?」 「気付いたのは“検察局”ではばく、“検察局長”一個人だけだ。 てめェ一人が真犯人に気付き、てめェ一人でその事実を隠蔽したんだ!!」  俺は力強く人差し指を親父に突きつけた。それを親父は鼻で笑った。 「ハン!貴様の辞書には“証拠”という単語も無いくせに、どこまでそんな巫山戯(ふざけ)た真似を・・・」 「証拠ならあるぜ」 「何だと・・・」 「MPA事件の裁判で起こした、狩魔豪の不自然な行動だ」  俺の不敵な笑いに、親父の顔から笑みがだんだん消えていく。それを見て、俺はより笑いがこみ上げてくる。 「狩魔豪はカンペキな無敗経歴のために、芹緒奏詞を有罪にした。そして、その判決として邪魔な真犯人の七音美歌に、 男性ホルモン剤を飲ませて声を奪った」 「それのどこが不自然な行動なのだ?」 「じゃあ、狩魔豪はなぜ真犯人が七音美歌だということを知っていたんだ?」 「狩魔君だって馬鹿ではない。事件を捜査しながら、真犯人が七音美歌だということに辿り着いたのだろう」  全てお見通しだっていってるのに、ここまで醜く言い訳してくるその仕草。バカバカしくて笑っちまうぜ。 「だとしたら、どうして不正があんなにお粗末だったんだ」  俺はそう言って《小ビン》を取りだした。芹緒奏詞が自殺をしようとして服用した、“ホルモン障害淡白同化ステロイド剤”だ。 「法廷で宝月って女が言っていたんだ。“男性ホルモン剤は男性が飲んでも無害だ”ってな。 なら、DL6号裁判で御剣信にビンの中身を飲むよう要求された時、なぜ狩魔豪は服用を拒否したんだ?飲んでも平気な薬品だし、 飲むのを拒否すれば不正がバレちまうっていうのに」 「そ、それは・・・」  俺の目の前ではずとカンペキぶっていた親父が、初めて言葉に詰まる。どうやら俺は、親父の高みに近づきつつあるみたいだな。 「わからないなら教えてやるよ。狩魔豪はビンの中身を知らなかったんだ。 だから、ビンの中の“得体の知れないモノ”を飲めなかった」  睨み付けるような感じで、俺はヤツのことを鼻で笑った。 「だけど、自分で用意したはずの薬を何で狩魔豪は知らなかったのか?答えは簡単だ。 男性ホルモン剤を手渡したのは、狩魔豪じゃなかった。もっと言ってしまえば、てめェだったんだ、クソ親父!!」  力の限り叫んだ後、俺はここに1つの結論を提示した。 「DL6号事件の裁判で行われた、狩魔豪の不正行為。その不正は全て、親父が陰で仕組んだモノだったんだ!!」 「フッ、貴様の言っていることがわからぬな」 「何なら、順序だてて教えてやるよ。2001年12月28日午前、MPA裁判開廷直前。 その時、検察側控え室で一体何が行われていたかを」  親父はただ黙っている。特に動揺する姿も見せず、冷や汗1つ流さない。  今のうちにその優越感を味わっておけよ。その冷静さもすぐに失わせてやるからさ。 「MPA事件で芹緒奏詞にかくまわれていた七音美歌だったが、その罪の重さに耐えられず、法廷で自供することを決心した。 そして、控え室で狩魔豪に全てを自供したんだ。そこまでは、親父の予測の範囲内だった。 たとえ彼女がそのまま真実を隠し続けていたとしても、親父が狩魔豪に真犯人の正体を教えていただろう」 「なぜ私がそんなことをしなければならないんだ」 「てめェは芹緒奏詞を起訴した後で、真犯人が七音美歌だと言うことに気付いた。 だが、このまま起訴を取り下げて七音美歌を告発すれば、検察局の信用は落ちる。 このまま信用を落とさずに、七音美歌を裁く方法はないのか。てめェはそう考えた」  ここから先を・・・俺は口にしなきゃいけねえのか。人間の考え方とは思えない、世にも恐ろしい悪魔の計画を。 「そして、親父は1つの結論に達したんだ。“表では芹緒奏詞を裁き、裏で七音美歌を抹殺してしまえばいいじゃないか”という、 とんでもない結論にな」  こんなことは考えたくはなかった。  元々、芹緒奏詞が捕まったのだって、七音美歌をかばうために必死で自分が犯人だとアピールしていたからだ。 その起訴を取り下げて七音美歌を告発したところで、特に検察局の信用に左右される問題じゃない。 むしろ真犯人に正当な裁きを下せるから良いじゃないか。  だが、親父はそう考えなかった。一度起訴した被告は、どんなやり方でも裁く。 なぜなら親父は、異常なまでの“カンペキ主義者”だから。 「芹緒奏詞を起訴した後、担当検事は狩魔豪に決まった。だが、聞いた話によると、 狩魔豪の抜擢はてめェの推薦による物だったらしいじゃねえか」 「私が狩魔豪を担当に推薦した?はて、全く覚えがないな」  そう笑いながら、ヤツは白い歯を剥き出しにする。チッ、見え見えの嘘なんかつきやがって。 「そこから推測すると、てめェが真犯人に気付いたのは、芹緒奏詞が起訴されてから、 狩魔豪が担当検事に推薦されるまでの間だ。この意味はわかるか?」 「つまり、真犯人に気付いた私は、その隠蔽のために狩魔豪を検事に推薦した、と?」 「なかなか物わかりが良いじゃねえか」 「しかし、彼を使って私はどうやって真犯人の存在を隠蔽しようとしたんだ?」  見抜かれるはずはないと高を括って、親父はまたペースを取り戻した。ムカツクまでの嘲笑が、俺のカンに障った。 「おかしいと思ったんだよ。事件の被害者の夫が担当検事になることが。そんなことしたら、一般人はこう思うだろう。 “殺された妻の恨みで、検察側はどんな手を使っても有罪をとるんじゃないか”と。既にこの時点で、検察側の信用は落ちている」 「そうだろう?つまり、そんなリスクを負ってまで、私が彼を推薦する理由はないのだよ」  俺は首を横に振る。そして、ふてぶてしく笑って見せた。 「そうじゃねえよ。そのリスクを負ってまでも隠したい事実があった。それが、真犯人・七音美歌の存在だったのさ」 「だから、私が狩魔豪を推薦することが、どうやったら隠蔽に繋がるのだ?」  そういえば、成歩堂は言っていたな。推理に詰まったら“発想を逆転させる”って。案外、アイツの理論は正しかったかもしれない。 「“なぜ、狩魔豪が隠蔽に繋がるか?”じゃない。“狩魔豪じゃないと隠蔽が出来なかった”のさ」 「どういう意味だ?」 「狩魔豪が被害者の夫であることは、リスクと同時に隠蔽の材料でもあったんだ」 「だから、どういう意味だと聞いているのだ!?」  俺の遠回しな発言に、親父は仕込み刀を振り回す。そろそろヤツも、俺の精神攻撃によって冷静さを欠いているようだな。 「七音美歌は裁判の直前に狩魔豪に、彼女自身の犯行を全て吐いた。それによって、狩魔豪は相当悩んでいたはずだ」 「悩んだだと?」 「葛藤・・・“ジレンマ”だよ」  ヤマアラシのジレンマという言葉がある。  2匹のヤマアラシが冬の屋外にいる。寒くて体を寄せ合いたいが、お互いの針が痛くて近づけない。 だけど、離れると寒い。そんな心の迷いを描いた話だ。  簡単に言うと、『あちらが立てばこちらが立たず』の要領で、どちらか1つしか選択できない その状況に迷い苦しむことを指す言葉なのだ。  ある意味、俺たちの口癖でもある“ムジュン”に似た部分があるかもしれない。 「狩魔豪は本当は妻を愛していたんだ。だから、その妻を殺した七音美歌を裁きたい。 でも、無敗の経歴を守るためには芹緒奏詞を裁かなくちゃいけない。狩魔豪はそんなジレンマに陥った。 てめェの狙いは、そのジレンマだったのさ」 「そのジレンマと私とがどう関わって来るというのだ?」 「そんな悩み苦しむ狩魔豪に、善人のごとく手を差し伸べたのが親父だったんだよ。あの男性ホルモン剤を手渡してこう言ったのさ。 “この薬でまずあの女を黙らせてから、芹緒奏詞を有罪にする。判決が下った後で、あの女をゆっくり始末すればいい”ってな」 「まるで見てきたかのような口振りだな」  確かに、これは俺の推測でしかない。一般人どもには理解できないような点も多々ある。 だけど、これが親父・黒原飛響の考え方なんだ。  そして、それを一番よく知ってるのは、長年親父にその無茶苦茶なカンペキ理論を学んできた俺自身なんだ。 「狩魔豪を推薦し、真犯人・七音美歌の存在を暴露し、狩魔豪にジレンマを起こさせ、あのホルモン剤を手渡す。 全ては検察局の信用を落とさないために仕組んだ、てめェの計画の内だったんだ!!」  俺の人差し指は真っ直ぐ親父の方を指し示していた。絶対に真実を逃したりなんかはしない。  SL9号事件と言い、このMPA事件と言い、検察局はどこまでも捏造と隠蔽がお好きのようだ。  重苦しい暗雲に渦巻かれた闇の世界。それが、親父の作り上げた検察局という組織なんだ。 「以上が、MPA事件の裏の真実だ」  俺は今、その組織に一人で乗り込んでいる。生死を賭けた闘いを起こしちまった。もう後戻りは出来ない・・・ 「親父が組み立てたこのカンペキな隠蔽計画。しかし、それもすぐに崩されてしまった。二人の男によって、な」 「一体誰だ、そいつらの名は?」 「一人目は御剣信だ。親父の予定では、七音美歌の裏の抹殺は判決前にバレてはならなかった。 だが、その尻尾を掴んでしまったのが、狩魔豪が証人に薬品を盛ったことを指摘した御剣信なのさ」  そのせいで、親父は今までずっと七音美歌に手を出せなかった。手を出してしまえば、MPA裁判と関連づけられ、 親父の存在が明るみに出るからな。モチロン、狩魔豪も同じ理由で無力となった。  だからこそ、七音美歌はMPA事件の時効まで、真犯人とバレることなく無事過ごしてきたんだ。 「そして二人目。半年前に殺害された鬼桐玄米だ。たしか、当時はてめェの次に偉い副検事だったよな。 御剣信の不正摘発により、鬼桐玄米はてめェが裏で関わっていることに気付いた。その内部告発が原因でマスコミに不正がバレ、 てめェは辞職せざるを得なくなった」  七音美歌が抹殺されなかったもう1つの理由はこれだ。  親父はこの辞職により、自殺(正確には事故)を起こしたことになり、狩魔沙月や芹緒奏詞と同じように、 この世に生きてはいけない存在となった。ひっそり身を隠さなきゃいけない状況で、彼女を抹殺する余裕がなかったのだ。 「鬼桐玄米は半年前に、俺が殺害を計画した。実際にそいつを殺ったのは、俺が交換殺人を提供してやった女子大生の方だけどな」  確か、そいつは灰根高太郎の娘だったが、今はその話はどうだっていい。  知らぬ間に親父の復讐計画に手を貸しちまったのは悔しいが、今はそれ以上に重大な事実がある。 「だけど、もう一人の邪魔者となった御剣信を殺したのはてめェだったんだ」 「何を言うか。御剣信はDL6号事件で落命し、その主犯は狩魔豪だったのだ」 「表向きはな」  俺は見せつけるようににやついてみせる。 「だが、MPA裁判での不正同様、裏で狩魔豪を動かしていたのはてめェだったのさ」 「どういうことだ?」 「俺は半年前の事件の裁判で、少し成歩堂たちと話したんだよ。“DL6号事件の発端となった地震は、 親父が起こさせたものだ”ってな」 「ッ!!?」  さすがに言葉も出ないらしい。俺がこの事実を知っているわけはない、と思っていたか。 「実際に俺も半年前に検証してみて成功した。そして、地震は人の手で起こすことが出来ることがわかった」 「だ、だから何だというのだ・・・」 「真犯人の七音美歌抹殺計画を指摘されたてめェは悔しかっただろうな。そして、“自分の計画を邪魔した御剣信が憎い。 殺してやる”と思った」  親父は何も返してこない。俺は勝手に、それは当たっていると解釈して話を続ける。 「そしてまず、不正がバレるというミスを起こした狩魔豪を電話で叱った。本気なのか、殺害計画のためなのかはわからないがな」  それが狩魔豪が3年前の裁判で自供したDL6号事件の動機。親父の“処罰”の二文字に耐えられなくて、 御剣信を憎らしく思ったあの話だ。 「その後、タイミング良く自分の手で地震を起こした。御剣信がエレベーターに乗ったその瞬間に。 そして、DL6号事件は始まったんだ。てめェのシナリオ通りに」  どんなに計画が狂っても、すぐに新しい台本を思いつく。それが黒原飛響の利点であり欠点。  その頭の回転の速さは、時にとんでもない悲劇を生む。それがこのDL6号事件なんだ。 「ブッハハハッハッハハッハ・・・・」  豪快に高笑いをする親父。その視線は高みから俺を見下ろしているような感じだった。それが妙に苛ついた。 「何がおかしいんだよ」 「狩魔豪に電話をして、地震を起こした。それでDL6号事件が起きただと?笑わせるな。 そんな微々たる私の行為が、御剣信の殺害に影響されるわけがないだろ!!」 「確かに、ただエレベーターを止めただけじゃ事件は起こらない。だからもう1つ。 てめェは事件を起こす刺客を用意したんだ」 「刺客だと?」 「法廷係官、灰根高太郎。彼もおそらく、知らぬ間に黒原飛響に利用されていた男だ」  重ねて言うが、これは全部推測でしかない。  全てが繋がったと言っても、所詮は俺の頭の中だけの話だ。本当のことを知るのは親父のみ。 だけど、親父が口を割らねえから、代わりに喋るしかねえんだ。 「狩魔豪に処罰を下す電話をかけた親父は、今度は灰根高太郎を呼び出した。 この拳銃をエレベーターで資料室まで届けてくれ、とでも言ってな」 「つまり、その拳銃が・・・?」 「そう、DL6号事件の凶器だ。おそらく、暴発しやすいように細工してあったんだろうな」  そうじゃなければ説明がつかない。いくら拳銃とはいえ、御剣が投げただけで簡単に暴発するとは思えねえからな。 「それを灰根高太郎がエレベーター内に持ち込めば、エレベーターを止めて空気が薄くなったとき、 意識の錯乱による暴走やもみ合いで銃は暴発する。御剣信じゃなくても、誰かに当たって怪我でもしてくれればいい。 それを理由に事件でも何でもでっち上げて、御剣信を有罪にする。これがてめェが即座に考えた、御剣信に対する復讐劇だったのさ」  そして、親父の思惑以上の大事件が起こった。それがDL6号事件。  邪魔者だった御剣信は死んで、自分の存在を知っている灰根高太郎まで社会的に抹殺された。 親父にとってはこれほど都合の良い事件はなかったはずだ。 「俺の親父ながらつくづく情けねえよ。検事局長という肩書きを持ちながら、やってることは小中大と一緒・・・ いや、地位と権力を持っている点では、小中以上にタチが悪ィんだよ!!」  使える奴はどんどん使い、使った後は証拠隠滅のために即座に消す。それが親父のやり方。 そのせいで起こったのMPA事件とDL6号事件。  もっと早く気付いていれば、こいつを裁判にかけることが出来たってのによ・・・  その思いを読んでいたかのように、親父は口元を吊り上げた。 「フッ、貴様がそう思うなら私を訴えてみるか?“既に時効となった2つの事件にはこんな裏がありました”とでもほざいて。 どうせ、誰も相手にしてくれないだろうがな」  証拠不十分な上に、発生から18年も経過している事件。  今さらこいつを起訴したところで、狩魔沙月殺害の罪を問えなくなってしまった七音美歌の状況の二の舞だ。 「貴様は単に己の推測を言っているに過ぎないのだ。これ以上無駄な茶番劇は見るに値しない。私はこれにて失礼させてもらうぞ」  そう言って親父は俺に背中を向けると、路地の闇へ溶け込もうとしていた。  まだ、まだ終わっちゃいないんだ・・・まだ言い残していることがあるんだ。俺は固い決意を胸に、口を開きかけた。 「待・・・」  ――待った! まだ貴様を帰すわけにはいかない、黒原飛響ッ!!  俺の叫びに重なるように、聞き覚えのある声は飛び出した。この声は・・・ 「御剣!! 何でこんな所にいるんだ!!」  先を行く親父よりも、もっと先の方にたたずんでいた人物。顔まで見えなくとも、 その独特の真紅のスーツで、すぐに人物は特定できた。 「考えることは皆同じということだ、黒原健司」  まるで勝ち誇ったかのように腕を組む御剣。ったく、ここで余計な邪魔が入って来やがって・・・ 「黒原飛響。貴様を銃刀法違反の現行犯で逮捕する」  銃刀法違反・・・ステッキの仕込み刀のことか? 「黒原飛響を拘留し、その余罪で色々追求すればいいよ。ここで話したって、それはお喋りの段階でしかないんだ」  御剣の後ろから、ひょっこりと成歩堂の姿まで現れる。成歩堂のアドバイス、つまりこういうことか?  黒原飛響をいったん捕まえておいて、その間に証拠を探せばいい、と。フザけるなよ。それは負けを認めたも同じなんだよ。 「さあ、観念するッス。そのステッキを大人しくこっちに渡すッスよ」  薄汚いコートをはためかせ、糸鋸刑事まで姿を現す。  クソッ!!どいつもこいつも俺の邪魔をしやがって・・・  刑事は親父の腕を引っ捕らえようと、親父に近づく。俺は思わず駆け寄っていた。   ――バチィッ!!  強烈なな音と共に電流は弾け、糸鋸刑事の巨体は簡単に吹っ飛ばされた。  そして、その彼の巨体をステッキで指していたのは俺自身。俺は自然と、ステッキスタンガンのスイッチを入れていたようだ。 先端を斬られていても、スタンガンは何とか動いているようだな。 「く、黒原!! 何してるんだよ、一体」  成歩堂が状況も読めずにわめき立てる。俺は、今度は成歩堂の方にスタンガンを向けた。 「これ以上近づくんじゃねえぞ。これは俺と親父の問題だ。てめェら部外者は関係ねえんだよ」 「で、でも・・・」 「いいから、黙って見てろ!!俺は負けたりなんかしねえ」  精一杯の凄みをきかせて、奴らの動きを抑えつける。 「てめェらは弁護士と検事だろ?この闘いが終わった後、親父を裁くことだけを考えていれば良いんだよ!!」  俺は誰の力も借りねえ。この問題は一人でケリを付けてやるんだ。 「そこで、じっくりと見ているんだな。生死を賭けた最凶最悪の親子喧嘩をな」  結局信じられるのは、己の完璧な理論と力しかないんだ。  俺はそう言い聞かせて、俺をただ見守る彼らをバックに親父の方を振り返った。当の親父は、勝利を確信したようににやついている。 「今、私を逮捕しなかったことを後悔するぞ。貴様には、MPA事件の裏側も、 DL6号事件の裏側も、証明することができないのだからな」 「残念ながら、そうもいかない」 「どういうことだ?」 「確かに、MPA事件とDL6号事件は時効を迎えたが、今回の天野川裁判官殺害事件の時効はまだ切れてないってことさ」  ステッキスタンガンの電源を切ると、俺は再び親父の顔を見つめる。親父の表情は嘲りに満ちていた。 「理解に苦しむな。その事件の真犯人は芹緒奏詞ということで、既に片は付いているはずだが?」 「いい加減、学習しようぜ。全てそれは表向きの判決なんだよ」  親父のやり方は全てこうだ。犯人自身でもやったと認めているその犯行の裏で、誰にも知られずにそいつらを操る。  MPA事件の狩魔豪、DL6号事件の灰根高太郎、天野川裁判官殺害事件の芹緒奏詞。 みんな黒原飛響の手の中で転がされていたんだ。 「だが、今回の場合はちょっと違う。あまりにも証拠を残しすぎた。だからこそ、俺はこの手でてめェを裁くことが出来る。 俺の理論に基づいてな」 「自惚れるのも大概にすることだな、健司」  どちらの方が自惚れているか。それはすぐに明らかになることだろうぜ。 「最初におかしいと思ったのは、被害者の《解剖記録》を見ていたときだ。記憶を失ってたときから、 黒さはまだ残っていたんだろうな。俺はあるデータを故意に隠蔽していた」 「あるデータだと?」 「“10m以上離れたところから撃たれる”。解剖記録にはそう書かれていたんだ。いくら現場の河川敷が広いと言っても、 10mは遠すぎる。素人の芹緒奏詞が撃てる距離じゃない、俺はそう感じた」 「しかし、撃てない距離ではないだろう。それに、解剖記録の誤りかもしれないではないか」 「だが、可能性がある以上、俺は追求したんだよ。芹緒奏詞に代わる真犯人説をな」  再び俺は推測の域を超えない話をしなければいけない。いい加減ウンザリしてくる。  でも、ここで諦めたら、真実を見ることは出来ない。親父を捕まえるチャンスも、逃してしまうことになるんだ。 「こう考えれば話は早い。真犯人は芹緒奏詞よりもずっと後ろから、被害者の悪野裁紀めがけて狙撃した。 それが原因で、悪野裁紀は死んだんだよ」 「そして、悪野君を芹緒奏詞の背後から狙撃したその真犯人こそがこの私だと、貴様はそう言いたいのか?」  俺は何も言わずに頷く。こっちの方が、緊迫感でより相手にプレッシャーを与えられると思ったからだ。 「しばらく見ぬ間に貴様も馬鹿になったものだ」  親父は吐き捨てるように言うと、勝利を確信するその笑みで語り始めた。 「現場に落ちていた芹緒奏詞の拳銃。あの弾が一発減ってるではないか。それに、悪野君の体からは、 私の銃弾と芹緒奏詞の銃弾の、2つが見つかっていないとおかしいはずだ」 「それは、芹緒奏詞の拳銃には弾が入ってない空砲の状態だっただけの話さ」 「しかし、現場に落ちていた拳銃には、弾が入っていたではないか」  確かに、6発入るリボルバーで5発の弾が入っていた。だから、1発撃ったという形跡が見つかったのだが、 それもタネを明かせば簡単なことだ。 「芹緒奏詞が現場から去った後、てめェが銃弾を補充したんだよ。もちろん、弾を1発抜いた状態で」 「もしも芹緒奏詞が拳銃を持ち帰っていたら、すぐに空砲だとバレてしまうではないか」 「そうとは限らないぜ。自分の発砲した銃声の直後に悪野裁紀が倒れれば、誰でも自分が撃ったと思いこむ。 最後の1発を撃ち込んだから銃弾が残っていない、そう思うだけかもしれねえぜ」 「第一、彼の拳銃をどうやって空にするんだ?私には拳銃をすり替える暇なんて無かったのだぞ」  すり替える必要はない。全てを操作する能力がある親父なら、もっと簡単に空っぽの拳銃を芹緒奏詞に持たせられる。 「芹緒奏詞の拳銃入手ルート・・・まだ見つかってないらしい。拳銃入手の出所、それがてめェだったなら話は早い。 つまり、最初から空砲の拳銃を、てめェは芹緒奏詞に売ったのさ」 「グッ!!」  顔に拡がる苦痛に満ちた表情。俺は思わず胸が高鳴った。  親父をここまで悶絶させることが出来るなんてな。快感だぜ。もっともっと、骨の髄までてめェを苦しめてやるぜ。 「だ、大体、私の辞書には“動機”の2文字はないのだぞ」 「動機だったら予想は付くぜ。てめェの今までの性格をふりかえればな」  そして俺は、スーツのポケットから1枚の紙切れを取りだした。それは《MPA事件資料》の一部を抜粋してコピーした物だ。 「MPA事件の【裁判概要】にこう書かれてある。『検察側に不正らしき点が見られたが、証拠不十分により免罪』ってな。 これを見て何か不自然さを感じた」 「それのどこが不自然だというのだ」  もう何度目かも忘れてしまうほど、俺の言葉をオウムのごとく繰り返す親父。  そろそろ親父にも、反論を考える思考が薄れてきているようだな。 「証拠不十分っていっても、狩魔豪が七音美歌に何か盛ったことは明らかだ。それなのに、狩魔豪には何のお咎めもない。 さらに、芹緒奏詞の動機の供述の中には、“悪野裁紀は不正を知っていながら目を瞑っていたから殺害した”とある」 「それなら簡単だ。狩魔君の不正は悪野裁紀にまで伸びていたのだよ。おそらく、目の前で大金でも積んで、判決を動かしたのだろう」 「ところが、そう簡単にはいかねえのさ」  俺は親父に負けじと嫌味な笑みを浮かべながら、とある項目をお経のように無情な口調で言葉で並べた。 「憲法第80条2項:【下級裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。 この報酬は、在任中、これを減額することができない】」  簡単に言うと、裁判官は賄賂で判決を下さないよう、総理大臣並みの多額の給料を貰ってるって事だ。  つまり、狩魔豪がいくら金を積んでも、悪野裁紀の木槌を振る手を操作することは出来ないんだ。  親父も仮にも元検事局長だった男だ。さっきのも知っていてとぼけたに決まってる。 「狩魔豪だって所詮は一人の検事だ。裁判官の判決まで動かすことはできねえんだよ。 それを動かせたのは、当時の検事局長である親父だけだ」 「金で駄目なら、権力で動かしたと言うつもりか。何とも単純な話だ」 「権力もあるし、脅迫もあるはずだ。悪野裁紀は今までに数々の黒い噂を抱えている。だが、 なぜか彼は弾劾裁判にかけられたことがない。事件になる寸前で揉み消していたのが、実は親父だったとしたら、 悪野裁紀はてめェには頭が上がらないはずだ」  狩魔豪の不正だって、今まで親父が揉み消してきたんだ。悪野裁紀に同じことをしていた可能性がないとは言いきれない。 「そして、MPA事件の判決には親父の力がかかっていたことを知っている悪野裁紀を、口封じのために殺害した。 これが今回の事件の、てめェの動機なんだよ!!」  親父のこめかみから冷や汗が流れ落ちる。親父がこんなに動揺する姿は初めて見たな。  だが、俺はペースを緩めたりはしない。これは18年間募りに募った、俺から親父への復讐なのだから。 「グ・・・ググッ・・・・だ、だが、もう1つ貴様は見落としをしている」 「何だって?」 「なぜ私が手間のかかる仕掛けで、悪野裁紀を殺害しなければならないのだ。放っておいても芹緒奏詞が殺害する男を、 なぜ私が代わりに殺さなければいけないのだ?」  これが俺ではなく、御剣や成歩堂がこの質問を受けたら、絶対に答えることは出来ない。奴らも所詮は一般人でしかない。  悔しいけれど、俺も親父も異常性を極めている。どこまでも“カンペキ”に執着し、人間の考え方からかけ離れた行動もとる。 そんな俺だからこそ、親父の質問に躊躇いなく答えることが出来る。 「俺も半年前の事件で、同じような考え方をした。交換殺人によって、相手の女子大生と標的を交換し、御剣を殺すことになった。 だが、俺は相手のために御剣を殺したくない。だから、その女子大生を先に始末した後で、自分のために御剣を裁こうとした」  その愚かな考えの結果、ボロが出て俺は捕まっちまったわけだ。親父もきっと、同じ考えをし、そして俺と同じ一途を辿るんだ。 「そして、その答えは1つ。“自分で始末すると決めた者は、自分の力で片を付ける”ってことだ。 たとえ、そいつが別の誰かに殺される運命だったとしてもな」  放っておいても死ぬとわかっていながら、自分の力で殺害する。一般人にとって、これほどムジュンした答えはないはずだ。  でも、俺たちカンペキ主義者にとってそれは正解。人の力なんて信用しない。信じられるのは自分だけ。 だからこそ、自分の力で“カンペキ”に殺害するんだ。それは、カンペキに魅せられた者ゆえの因縁。 「貴様も私の考えを見抜けるようになったか。随分と成長したようだな。だが、所詮私を超えることなど出来ないのだ」  親父は勝利の美酒に酔いしれるがごとく、俺をあざ笑いながら指さした。 「貴様の言っていることは所詮は机上の空論に過ぎぬ。私が悪野裁紀を殺したという証拠がない以上、 お友達の言うようにこれは単なるお喋りでしかないのだ」 「そ、そうだよ、黒原。諦めて、黒原飛響を先に逮捕した方が・・・」  成歩堂が心配そうに声をかけてくる。はっきり言ってうっとうしいんだよ。  たとえこいつを今逮捕したところで、証拠が見つかるわけでもない。今見つからない証拠が、 これから先見つかるという保証はどこにもねえんだ。 「黙ってろって言っただろ!!俺の目の前には勝利しか見えてねえんだ。その視界を阻むようなら、俺の電流が黙っちゃいねえぜ!!」  俺は威嚇するように、ステッキの電流を唸らせる。成歩堂たちは何も言ってこなくなった。 「証拠なら・・・・・・あるんだよ」  俺は精一杯の強気な態度で親父に食ってかかった。 「今までに比べて随分と迫力に欠ける台詞だな。そんな物がどこにあるというのだ?」  親父も段々、自分のペースを取り戻しつつある。余裕を持ったのか、自信満々な態度を俺に見せつけてくる。 そろそろ“こいつ”の出番かな。 「これが何かわかるか、親父?」  俺はハンカチ越しにその証拠品を上げてみせた。親父はそれに目を凝らした。 「それは・・・弾丸か」 「そうだ。被害者の悪野裁紀を貫いた凶器の弾丸だ。線条痕を調べれば一発でわかる。どの銃で撃たれたのかがな。 モチロン、その線条痕はてめェのそのステッキの仕込み銃と一致するだろうがな」  親父は武器を全てステッキに隠し持っている。おそらく目の前のステッキも、片方には仕込み刀、 もう片方の端には仕込み銃がある筈なんだ。 「貴様・・・私を愚弄する気なのか?」 「何?」 「私は常にカンペキなのだ。凶器の弾丸ぐらい、とっくに処分している。その弾丸だって、貴様のハッタリなのだろう!!」 「ッ!!」  何も言えない。俺が親父の立場に立っても、金属探知器を使ってでも、一発で足がつく弾丸は見つけて処分している。  だからこそ、俺はこの証拠品に確信が持てないのだ。  これが凶器の弾丸であり、なおかつ親父のステッキから撃たれた弾丸だという証拠は・・・無い。 親父だったら、とっくに始末しているはずだからだ。 「発想を逆転させるんだ、黒原。“凶器の弾丸は処分されているかどうか”じゃなく、 “その弾丸はどうして残っているのか”を考えるんだ」  成歩堂から精一杯の声援が飛ぶ。ったく、余計なお世話なんだよ。 「そこの尖った頭の男。貴様も私を馬鹿にしているのか!完璧な私が、弾丸を残すなど考えられぬ!!」  チッ、成歩堂のせいで火に油を注いじまったじゃねえか。親父の口調は強くなる。 「黙って聞いておれば好き勝手なことをぬかしおってからに。貴様ら全員、容赦しないぞ。 まずは健司、貴様から片付けてくれるわ!!」  まるで親父の背後に炎でも浮かび上がってきそうな程、親父の怒りの形相は凄まじい物になっている。  親父は顔を真っ赤にして、刀を持つ手を修正する。その研ぎ澄まされた刃が、俺を睨み付けているようにさえ思える。 「そろそろ・・・フィニッシュが近づいてるようだな」  俺の頬から一筋の汗が流れる。そのフィニッシュが良い物なのか悪い物なのか、俺には想像もつかねえ。  だが、こうなってしまった以上作戦変更。証拠よりも先に力で黙らせるしかないようだな。 「仕方ねえ・・・親父の挑戦を受けてやるぜ。命を賭けてな」  俺は決意を固めた。そして、重苦しく感じていた、漆黒のスーツを脱いだ。  その下から現れるのは、薄グレーのシャツと黒のベスト。これが文字通り、俺の勝負服なんだ。  堅苦しいスーツを脱ぐことで、俺の細めの体が自由に動けるようになった。よし、これで闘える。 成歩堂たちがどう止めようとも、俺はそう決めた。 「こっちの準備は万端だぜ、親父」 「良い覚悟だ、健司。ハンデのある相手を負かしてもつまらぬからな。しっかりと万全に体勢を整えておくのだぞ」  親父の刀が妖しいほどにぎらつく。  俺はこの切れたステッキ一本で闘わなきゃいけない。でも、もう後には引けない。これは命懸けの闘いなんだ。 「それじゃあ・・・・・行くぜッ、クソ親父ッッ!!!!」  最初に親父に飛びかかったときと全く同じ台詞で、俺はヤツに向かってステッキをかざした。  だが、その瞬間、俺の視界から親父が消えた。そして、気が付いたときにはヤツは俺の間合いに飛び込んでいた。 「この勝負もらったぞ、健司ッ!!」  親父は刀を俺に向ける。俺の頭は一瞬で真っ白になった。  ・・・殺されるッ!!  そう思った瞬間、俺の頭の中に蘇った記憶。18年前、親父に襟元を掴まれ、今にも崖に投げ飛ばされそうになったあの瞬間。 あの時の俺の感情と全く同じだ。 「ウワァァァァァァッッッッッッ!!!!!」  あの記憶は決して蘇ってはならない封印された悪夢。それが脳裏に浮かんだ時の反動で、俺は思わず叫んでいた。    ――シュッ!!  ――バチィィッ!!   刀の生み出した風切り音と、俺のステッキが響かせた電撃の音。それが同時に生み出されたとき、 俺は一瞬、時が止まったように見えた。  気が付いたときには、俺の目の前で親父の動きは止まっていた。そのみぞおちには、俺のステッキスタンガンが食い込んでいた。  電流がまたバチッと小さく弾ける。それを合図に、親父は鈍く唸り声を上げて倒れていった。  どうやったかはよくわからない。  だけど、俺は思い出したくない記憶を見たときのショックで我を失い、無我夢中でステッキを振り回し、 それが親父のみぞおちにヒットしたようだ。ステッキを突き立てる衝撃と、その強力な電圧で親父は気絶したようだ。 「か・・・勝ったのか?」  自分でも何が起こったのかよくわからない。  確か18年前も、しばらくは親父を崖に突き落としたという実感は湧かなかった。多分、それと同じ感じなのだろう。  俺の頬からは生温かい物が流れた。それをすくい取った掌が赤く染まった。親父にステッキが当たる直前、 刀が俺の頬をかすったようだ。傷を負ったことも、その痛みも、その赤いものが血とわかるまで気付くことが出来なかった。 「これで、終わったんだね、黒原・・・」  成歩堂は優しく肩を叩いてくる。御剣も俺のことを見守っているような目をしている。  俺はそこで我に返って、腰の力の抜けたその体に鞭打って、ゆっくりと起きあがった。 「まだだ・・・。まだ終わっちゃいないんだ」  俺はそう言って、親父の頬を何度も強く叩いた。親父はゆっくりと目を開けた。  ここからが最後の勝負だ。力の無くなった親父を相手にしてもつまらないが、 このままでは“カンペキ”に打ちのめしたことにはならない。 「話の途中だったな。てめェが弾丸を処分したか否かって話だ」  親父は何も言ってこない。素直に負けを認めたのか、それとも力の全てを使い果たしたのか。 いずれにせよ、もう反撃の心配はなさそうだ。 「確かにこの弾丸が、てめェのステッキ銃と一致するかという保証はない。 だが、てめェは弾丸を処分したと言い張るのに、ここに弾丸が残っている理由。それぐらいなら想像は付く」  親父の目の前に弾丸を突きつけて、そしてとどめの推理を放った。 「てめェのことだから、現場で弾丸を見つけて処分したのだろう。だが、それは凶器の銃弾じゃなかったんだ。 てめェは別の弾丸を間違って持ち帰っちまったのさ」 「そ、それって・・・」  成歩堂は驚いたような声を上げる。ようやく気付いたようだな。 「現場をいくら探しても、悪野裁紀が抵抗して撃った銃弾は見つからなかった。この弾丸も、審議中に線条痕検査してみたが、 悪野裁紀のピストルとは一致しなかった」  成歩堂が誘拐犯の証拠品にイチャモンを付けたときに発覚した事実。その時から俺は、この銃弾の真の意味に気付いたんだ。 「てめェが持ち帰ったのはステッキ銃の銃弾じゃねえ。悪野裁紀のピストルから出た銃弾だったんだよ!!」  親父はもはや驚く力もないようだ。ただ金魚のように、口をパクパクと開けているだけだ。 「つまり、現場に残ったこの銃弾が凶器である可能性が高いってことだ。 後は凶器の銃さえ押収すれば、てめェの犯行は確実な物になる」  俺は最後の嘲笑を浮かべた。飛びっきりに黒いヤツをな。 「そ、そんな馬鹿な・・・」  親父が必死で口にした言葉。  “策士、策に溺れる”、カンペキ主義者の親父にとって、これほどの大ダメージはない。 「カンペキな・・・カンペキなこの私が・・・・私の辞書に・・・“敗北”の2文字など・・・・・」  息の上がった親父の枯れた声は、言葉にすらなっていなかった。  その姿が何とも哀れに思え、俺は思わず“同情”なんて単語をちらつかせたが、それを振り切るように言葉を重ねた。 「知ってるか、親父?ハツカネズミの持つ“致死遺伝子”の話を」 「は、ハツカネズミ・・・? チシイデンシ・・・?」  何も考えられなくなった親父に、自分の辞書を開く余裕など無かった。  知識的には中学校の理科の話なんだが、まあ、親父の辞書の代わりに説明してやるか。 「ハツカネズミには、毛の色を“黄色にする”遺伝子と、“灰色にする”遺伝子の2種類がある。  たとえば、親が灰色同士なら子も“灰色”、っていう具合に、親の毛の色が子どもの毛に反映される。 これがいわゆる『遺伝』ってヤツだ。  だが、オスかメスの片方が黄色で、もう片方が灰色だった時、生まれる子供は“黄色”になる。 つまり、この場合、遺伝子的には“黄色にする遺伝子”の方が灰色よりも強いんだ」  こんな遠回しな表現をしなくても、ストレートに俺の言いたいことを伝えることも出来る。  だが、あえて俺はそうしない。親父の心に隙間ができたこの瞬間にこそ、最も心に響くやり方で俺は親父に言ってやるのさ。 「さて、ここで問題だ。灰色よりも遺伝しやすい、その“黄色”の遺伝子。 両親がどちらも黄色だった場合、子供のネズミはどうなると思う?  それとも、人間でもっと分かりやすく説明してやろうか。頭の良い親同士から生まれてくる子供は、 果たして頭が良いのか否か、ってことだ」  俺は問題を出し終えて、仰向けになっている親父に向かって不敵に笑う。  親父も必死で口元を吊り上げて、引きつった嗤いで答えた。 「そんなの簡単だ。親は子に反映される。親が頭が良ければ、子にもそれを強制する。 故に、貴様の問題には小鼠の毛の色は“黄色くなる”と答えればよいのだ」 「馬ーッ鹿」  俺の予想通りの答えが返ってきたことに気が抜けて、思わず罵倒まで間延びしてしまう。  そろそろ、この問題も本題に入ってやるか。 「答えを教えてやるよ。黄色い親同士から生まれた子ネズミは、生まれてすぐに“死ぬ”んだよ」 「な・・・なんだと・・・」 「“天は二物を与えず”ってな。いくら親が有能な遺伝子を持っていても、それを子供が受け継げるかどうかは別問題ってことなのさ」  これは引っかけ問題なんかじゃねえ。正真正銘、真実の答えだ。  人間の話だってそうだ。親が頭が良いかどうかなんて関係ねえ。頭が良くなるかどうかを、それを決められるのは子供だけなんだよ。 「結構遠回りしちまったな。“俺は親父のようなカンペキを歩むことはもうしない”、俺が本当に言いたかったのはただそれだけだ」 「き、貴様・・・黒原流を捨てる気か!!」 「黒原流?なんだそりゃ。てめェの言う黒原流ってのは、カンペキを保つためなら不正でも隠蔽でも殺人でも しでかすようなヤバイ流派なんだろ。それを俺に受け継がそうってか?俺をナメんなよ!!」  親父の首筋にスタンガンを突きつける。  半年前の俺は、カンペキを求め続けた。そのために俺は殺人まで犯し、“黒原流”にまみれた身体になった。  だが、今は違う。MPA事件から続く3つの事件の裏側。それを知ったとき俺は、心の底から恐怖を感じた。 そして、心底親父を見損なった。 「元々俺は、人のために動くような人間じゃないんでね。これで清々するぜ」 「馬鹿なヤツだ・・・貴様から完璧さを除いたら何も残るまい」  その言葉を聞いた瞬間、血管が冷たくほとばしり、俺は親父の喉元に軽く電流を浴びせていた。 親父の鈍い悲鳴を聞きながら、俺は言ってやった。 「勘違いすんなよ。俺は自分自身の力で“カンペキ”の道を切り開く。もう親父の敷かれたレールの上は歩かねえ。 これ以上親父のレールを歩けば、その先に待っているのはハツカネズミ同様、“死”だけだ」  悶える親父を充分見下した後、スタンガンの電源を切った。  そして、とどめの一言を飛ばしてやった。 「“天は二物を与えず”ってな。親父のように地位や権力は手に入っても、“カンペキ”までは手に入らない。 誰もが認めるカンペキなんて、この世に存在しねえんだよ!!」 「ば・・・馬鹿な!! そんな・・・そんなはずは・・・」 「まだそんな口を叩く気か?目の前に置かれた状況を考慮してもう一度言ってみるんだな。 この完全なる“敗北”を目の前にしながらな!!」 「う・・・・・・・・・ウォォォォォォォッッッ!!!!!」  最後の力を振り絞って親父から出てきたのは、最高にして最悪の悲痛の叫び。俺はその光景を目の当たりにしながら改めて悟った。  やっぱり、本当のカンペキなんてこの世には存在しないのだと―― 「いい気味だぜ」  俺は誰にも聞こえないように小さくそう呟いた。  カンペキの消えたこの世を知った俺には、その言葉すらむなしく感じた。  一番の敗北を味わったのは、親父ではなくて、事実を突きつける俺自身だったのかもしれない・・・  ――殺してくれ  ふと、俺の耳にそんな言葉が入る。  それは、今にも消えかかりそうなほどのかすれ声で呟く親父の声だった。 「てめェの辞書には、“被害”は自分の死に方に反するんじゃなかったのか?  負けを認めたから殺せなんて、随分とムシが良い話じゃねえか」  ――私のことを恨んでいるのなら、一思いに殺ってくれ  俺の嫌味など聞く耳も持たず、ただただその言葉を連呼する。  その表情は、俺が26年間見てきた人生の中で、一番情けない面をしていた。  もはや嫌味すら言う気も萎えてしまい、俺は溜め息1つついて少し間を取った。  そして、言い放ってやった。 「・・・・・・・・・・・・・・・嫌だね」 「な、なんだと・・・」 「確かに俺は、殺したいほどにてめェを憎んでいる。だけど、ここで殺すわけにはいかねえんだ」  闘いで受けた頬の血を親指で拭うと、見下すような体勢で口を開いた。 「親父だけ死んで逃げようったって、そうはいかねえんだよ」  そして、一呼吸の間を置いて、震える声でとどめの一言を放った。 「死にたくても死ねなかった屈辱、一人の一般人として法で裁かれる屈辱、負けたくない相手に負けちまった屈辱・・・ 俺の味わった苦しみを全て、てめェにも味わってもらうんだよ。一生を代償にしてな」  きっと、それを言った時の俺の目は、今までに見たこともないぐらいに冷たかったと思う。  だって、俺は死よりも苦しいその現実を、半年前、この目に何度も焼き付けてきたんだからな。  殺人犯・黒原健司として――  ――そして、真犯人・黒原飛響は静かに連行されていった  それと同時に、芹緒奏詞は殺人犯のレッテルから解放された。ただし、悪野裁紀殺害を計画したのは事実のため、 そのまま刑務所に拘留となった。  あの銃弾の線条痕が、親父の持っていたステッキの仕込み銃と一致したのを知ったのは、それから数日後のことだった・・・    7月29日 午後2時57分 プラットホーム 5番乗車口 「どうしても行ってしまうのか?」  僕は最後の確認を取った。それを鬱陶しく思ったのか、表情を少し歪めてあいつは愛想なく答える。 「しつけェな。俺が一度行くって言ったら行くんだよ!」 「それはそうだけどさ・・・」 「なら、お前が俺を引き止める理由はどこにもないだろ」  未練など全く無いように振る舞って、あいつは背を向けた。  “見送りに来なくて良い”なんて言ったことから考えても、なんだかんだ言って照れてるんだろうな。 「『検事・黒原健司は死を選ぶ』。貴様の言葉を借りるなら、それが俺の動機には相応しい。そう思うだろ、御剣?」  記憶を一度失っても全く変わることのないその嘲笑が、御剣の方へと向けられる。  御剣は黒原の言葉に、自分の忌まわしい過去を思い出したのか、少し唸ってうつむいた。 「確かに、昔の私なら貴様と同じ考えをしたかもしれぬ。何度も負け続け、 私を取り巻く黒い疑惑も晴れなかった。だから逃げた・・・」 「わかってるじゃねえか。俺は貴様らのように協力し合うなんてまっぴらだ。 俺はカンペキの道を一人でひたすら突き進む。誰の力も借りない」  黒原の目は真っ直ぐに僕らを見据えていた。  それは、今までのような光を失った“敗北者”の眼とは違う。光を求めて必死でかけずり回っている“挑戦者”の眼だ。 「これから・・・どうするんだ?」 「さあな。だが、アテもなく旅に出かけるのも悪くねえ。しばらく世間から離れることになりそうだからな。 この孤独の旅が、俺をより強くさせてくれるはずだ」  MPA事件、DL6号事件、天野川裁判官殺害事件。この3つの事件の裏に隠された黒原飛響の存在。  それがニュースで明るみに出たとき、世間は黒原飛響に対する非難の嵐だった。 そして、その風を間接的に被ったのが、彼の息子である黒原健司だ。  半年前に彼もまた殺人をやらかしていた上に、元々黒い疑惑の耐えなかった黒原。 親子揃ってのその黒さをマスコミが大々的に報じたために、黒原には居場所が無くなってしまったのだ。  だが、黒原はそれは何とも思っていないらしい。自分が非難されるのには慣れているから、と。 心の内ではどう思っているのかわからないけど―― 「親父とはもう縁を切った。たとえ同じ黒い血が流れていたとしても、あいつはもう俺の親父なんかじゃねえ。 だからこそ、世間がまだ俺らを親子と認めている間は、俺はこの世にいるわけにはいかない」  裏側の真実が明かされたときの黒原の覚悟。父親との絶縁。彼の覚悟は絶対だった。 「俺は俺、親父は親父だ。親子という関係を切り離し、俺は自分なりのカンペキを突き進む。 それだけあれば、貴様らが俺を引き止める理由なんて無い」 「でも、カンペキを突き進むってことは、まだ黒原飛響のカンペキの考え方から離れられてないってことなんじゃないのかな・・・」 「馬鹿か、成歩堂。俺と親父の“カンペキ”の考え方を一緒くたにしてんじゃねえよ!!」  僕の言葉が気に障ったらしく、激しく怒鳴りつけてくる。 「良いか?親父の言う“カンペキ”ってのは、地位や権力や財力など、上の方に力を求めるやり方なんだ。 だからこそ親父は、検事局長という立場からその全てを手に入れた。だが、俺は違う。 俺が求める“カンペキ”は上に進む力じゃない。前に進む力なんだ」 「前に・・・進む?」  イマイチ黒原の言葉にピンと来なかった。黒原は軽く舌打ちすると、かったるそうに説明を再開した。 「親父のように上に上がるってことは、下の者を従えることだ。だが、俺は人を従えたりはしない。 誰の力も借りない。一人でどんどん前へと進み、どんな奴らも追い越してみせる。これが、俺の目指す“カンペキ”なんだ」 「黒原・・・・・」  黒原の覚悟は絶対だった。彼はもう、一人で歩む道を決めて進み始めている。 「知ってるか?俺は親父のようになりたくないのにはまだ理由がある。それは、親父のように上を目指すやり方が嫌いだからだ。 なぜだかわかるか?」  黒原から出題された突然のクイズ。それを考えるのに、そんなに時間はかからなかった。 「その答えはきっと、今回の旅の移動手段が“飛行機”なんかじゃなく、 わざわざ“列車”だったっていうのと関係あるんじゃないのかな」 「なかなか鋭いカンしてるじゃねえか」    ピリリリリリリリ  ピリリリリリリリリ・・・・  発車のベルが僕らにお構いなく鳴り響いた。  その音を聞いた黒原はまとめた荷物を肩へと担ぎ、静かに列車の方へと乗り込んだ。 そして、入り口から顔だけ出すと、叫ぶように最後の言葉を言い残した。 「次にお前に会うことがあったら、その時はきっとお前の華麗なる敗北デビューの日だ。覚悟しておけよ、成歩堂!!」  黒原は火花の舞い散るステッキを堂々と掲げて奮い立つ。  黒原と再会する日・・・その時はきっと、黒原が僕らと共に法廷で闘う日。 それは単なる勝敗ではなく、真実を決める闘い。そうなることを、僕は信じている。 「それで・・・結局、あいつのクイズの答えは何だったのだ?」  未だに答えのわかっていない御剣。どちらかというと、御剣の方が解きやすいはずなんだけどな。 「御剣が地震が苦手な理由と、きっと同じだと思うよ」 「私が地震が苦手・・・・・・・・あァッ!!」  解答を閃いて思わず大声が出てしまった御剣。その後は、軽い苦笑が漏れた。 「バカなヤツだな・・・。そんな理由のために、あいつは高みに行く道を捨てたというのか」 「しょうがないよ。だって、あいつは18年前の絶壁での悪夢のせいで・・・」    ――高所恐怖症になっちゃったんだからね 「だからこそあいつは、前に進むことを選んだというワケか」 「それもまた、黒原らしいんじゃないのかな」  僕らはそんな会話を交わしながら、黒原の乗りこんだ列車が薄霧に隠れるまで見送り続けた。 ただひたすら前進していくだけの、行き先のないその列車を・・・  黒原は父親の逮捕にもくじけず、自分の行くべき道を切り開いた。僕たちもそれを見習わなくちゃいけない。  DL6号事件だって完全に終わったわけではない。いや、全ての事件は終わりという物を知らない。  最終楽章から生まれる追楽章、そして新楽章。それと同じように、終わりは時として、 全ての始まりへと変わる。だからこそ、永遠にこの世はあり続ける。  僕らはそんな循環を目の当たりにしながら、前へと進みその最先端を行こうとする一人の男に対して、 敬礼を兼ねて餞別の一言を風に乗せた。  ―――  異議あり!  ―――  再会した黒原からその言葉を聞けるように  この言葉をまたみんなと分かち合えるように  お互いにこの言葉で真実を見つけられるように    僕はここで誓いの「異議あり!」をここに立てる。  僕らの創り出す物語は、まだまだ終わらない―――   ――Fin.

あとがき

これでこの物語は本当に完結です。 前作に引き続き、自分の全てを出し切った感じです。 でも、このエピソードはとっさのひらめきで作ったので、話の所々に無理があります。 あと、今までの中で1話分が一番長いですね。すみません。 http://www.ne.jp/asahi/jurassic/page/sound/mozart/sanc_le_full.htm 黒原の携帯の着信音:モーツァルトの『レクイエム』です(開く場合は、音量に注意) 作中にも書きましたが(第7話OPより)、レクイエムの楽譜は未完成のため、これ以外にもいくつか種類があります。 その中でも、自分のイメージにあったレクイエムがこれです。 この曲をBGMに、法廷で黒原が登場するシーンなんかを描いていました。

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