18年目の逆転〜放たれたDL6・5の死神〜(第9話)
 18年前の今日・・12月28日。  それはあの男が父を亡くし、1つの夢を断ち切った・・今後の人生の分岐点。  それはあの男が父を亡くし、何もかも捨て死神になることを誓った・・同じく人生の分岐点。  時を同じくして父を亡くした少年達、まさかその少年達が、  18年後に今度は、互いに対峙する身になろうとは、  少年達の父親は、互いに同じ的へと向かっていた。  だが、その子供たちは・・互いをそれぞれ的として向かっている。  仲間だった者の子孫が敵として会う。それは、悲しいことなのかもしれない。  Chapter 9 〜18年前の今日〜  第1部・切望  12月28日 午前9時20分 地方裁判所・被告人第5控え室  「今日には決着がつくさ。」  俺は家族の写真を見ながらそう無意識に言っていた。  「12月28日・・忘れもしないぜ。」  真正面には仮面をつけた奴がいた。  「お前も忘れることは無いだろう?」  奴は少し拳を握り締めていた。  「あぁ・・無論だ。」  他のものには仮面のせいで、その表情は分からないだろう。だが、俺には分かる。  「今日こそは・・だな。」  「あぁ。」  そう・・一生忘れることは無いだろうぜ。あの日をな。  〜今から18年前〜  12月28日 午前9時20分 地方裁判所・被告人第5控え室    灰色のスーツに黒ぶちのメガネ、髪型もビシッと決まっている男性がそこにはいた。年は30前半くらい。 顔が男前なのもあってか、結構若く見えないことも無い。  「今回の事件・・厄介な感じがする。」  法廷記録を眺めながら、自然とその眉間にはシワがよる。  「御剣さん?大丈夫でしょうか・・私は。」  私のそんな顔を見て不安になったのか、椅子に座っていた私の依頼人が心配そうに尋ねた。  「あ・・いや、これは失礼。大丈夫ですよ。東山さん。」  私の目の前にいる男性。彼の名は“東山章太郎”。年は私よりも3つ下の32歳。服は逮捕された時と同じスーツ姿・・ 髪は若干長めだ。一応私と同じくらいの息子が居るらしい。  「なんだか・・裁判の日程がドタバタ決まったせいか、私疲れてまして。」  ため息混じりにそう言う彼。逮捕されてから22日間、ほとんど休む暇も無く警察の厳しい取り調べを受けた私の依頼人は、 今にも精神の限界を迎えそうだった。  「大丈夫・・頑張ってください。今日は裁判です。確かにドタバタしていますが、今日でこんな生活ともお別れして、 息子さんのところに戻りましょうよ。」  私には彼の気持ちが良く分かる。同じ子供を持つ親として・・痛いほど。それに、この人は絶対に無実だという確信もあった。  「御剣さん・・ありがとうございます。」  彼の目は多少だが潤んでいた。私はしっかりと彼の手を握ってやった。絶対に無実を勝ち取らねば!私はそう決意した。  (そうなれば、もう1度法廷記録のチェックだな。)  私は再び法廷記録の確認を行う。  「と・・父さん。」  とここで、私は聞き覚えのある声がして扉のほうへと振り向く。  「怜侍。見に来てくれたのか?」  そこには私の最愛の息子がいた。今日は一応、法廷に連れて行くと約束をしていたのだが。まさかここまで応援しに来てくれるとは。  「うん。もちろんだよ。」  「そうか・・。」  怜侍の笑顔によって少しだが、私の心に余裕が生まれた。  「どうしたの?父さん?険しい顔をして。」  とここで、怜侍にそう言われて私は、またも眉間にシワが寄っていたことに気づく。本当に子供は正直だ。  「ん?そうか・・怜侍。」  私はメガネをかけなおすと、怜侍に今日の裁判のことを軽く話す。  「今回はな。相手の検事が手ごわいんだ。」  「手ごわい?」  手ごわい・・というよりも、卑怯とでも言うべきだったのだろうか?  「あぁ、有罪にするためなら証拠のでっち上げだってしてしまう。卑怯な検事が相手なんだ。」  私の今回の相手検事は狩魔豪。私は奴のやり方を嫌っていた。  「大丈夫なの?」   怜侍は心配そうに尋ねる。不安そうな顔だ・・よく考えれば、純粋な子供にそんなことをいうのは、 良くないことだったのかもしれない。  「大丈夫だ。父さんは、今日の法廷でその人のやり方を否定し、正義が必ず立証されることを証明して見せるさ。」  そうは言ったものの、子供にそんな大人の汚くて薄暗い闇を話すべきではないだろう。  「さぁ、お前はそろそろ傍聴席に行くんだ。」  「分かった。」  私はそう自分に言い聞かせると、怜侍を傍聴席へと行かせた。息子は一言そう言うと、元気よく傍聴席へと向かって行った。  「御剣さん?今の子供は・・ひょっとして?」  依頼人の東山さんが尋ねてきた。  「えぇ、私の息子です。私の影響もあってか・・弁護士に憧れているんですよ。 だから、今日は前々から約束していた法廷へと・・連れてきてやったんです。」  「そうでしたか。」  彼はニッコリと笑った。一応、息子の事は話してはいた。彼は怜侍に、自身の息子の姿を重ねたのだろうか?    同日 午前9時33分 地方裁判所・被告人第5控え室前廊下  「君・・弁護士さんの子供?」  俺は覚えていた。その時はちょうど、父の居る控え室を探して廊下を歩いている時だったんだ。  係官から聞いて、やっと父の居るという第5控え室前に辿り着いた。  「そう・・だけど・・?」  扉の前で思わず足がすくんだ。どうしてだろう?俺は何を思ったのだろうか?父に会いたかった・・父の弁護士に頼みたかった。  「僕の父さんを・・助けてくれるよね?君の父さんは・・。」  何となく聞いた一言。“弁護士さんの子供?”それが正しかったと分かった時。偶然とは言えその質問をした自分を褒めた。  「うん。大丈夫さ。父さんは言ってた。正義が必ず立証されるって。」  そう言った俺と同じくらいの少年・・俺はひょっとしたら、恐れていたのかもしれない。 心の奥底では、本当に殺人犯かもしれない父と出会うことに。  「君のお父さんが無罪なら、それをきっと父さんが証明してくれる。」  だから、自然に会うことを恐れていたんだ・・あれほど父の無罪を確信していたというのに、 いざとなったら信じられない自分が居たことが悔しかった。  「・・・・・。」  俺は黙っていた。奴は、そんな俺の目を覚まさせてくれた。次第に心の底から何かが湧きあがってくる。 今の俺は、父と会う資格は無いな。  「ありがとう・・。」  そう小さく言った俺は、そのままそこを去った。  (彼に会えてよかったかもな・・おかげで、また信じる勇気を貰ったぜ。)  今の俺には、あいつの言葉が1番響いた。  (決めた・・父さんが無罪になったら、お祝いの言葉を言いに真っ先に控え室へ行ってやるんだ!!)  そんな会話をどこからか眺めている人が居た。  「レイジ・・。」  同日 午前9時35分 地方裁判所・検察側第5控え室  我輩は証拠品の整理をしていた。  (今日も完璧な勝利を・・。)  何故か今回の事件は、色々な人間から期待されていた。まぁ、当然のことなのかもしれない。    「狩魔君・・この裁判。どんな手を使ってでも有罪判決をもぎ取るんだ。」  「これは、私たちの運命がかかっているのだよ。」    そんなことはどうでもよかった。ただ、完璧な経歴に傷がつかなければそれでいい。  「完璧な経歴を持つ君にしか頼めないことなんだ。」  「いつか君には絶対的な地位が約束されるだろう。」  私の手には、1つの証拠が・・  「これらで決めてしまうのだ。」  「君だからできる。信じているよ。」  敵はあの御剣信・・今度こそ叩き潰してやるのだ!!  同日 某時刻 ??????????????  「今日はついに、あの裁判だ。」  「そうだな。」  後ろのテーブルにはDL5号事件の資料がある。  「この事件の真犯人は逮捕できん。絶対にな・・。」  「だからと言って逮捕しないままでは批判がやまん。」  この会話・・それが全ての始まりだったのか?  「彼にこの事件の全ての罪をかぶせてしまえば・・解決だ。」  「そういうことですな。」  彼らには、この事件の犯人が分かっていた。DL5号事件の本来の犯人も・・ そして、DL5号事件と極似している“平夫妻殺害事件”の犯人も。  「そのためには、今回・・多少強引な手を使ってでも有罪判決が必要だ。」  「まぁ、あの男をそれに利用するというのは正しい判断でしょう。」  あの男・・それは狩魔豪。  「もとから不正などの噂が絶えない人間だった。まぁ・・もしここで不正を暴かれたとしたら、 それはそれで丁度良いだろう。」  「もとから不正をしていた人間ですからな。我々の関与などは出てこないということだな。」  彼らは・・一般には公表されていない謎の組織。  「これが、うまくいけば・・“SSUプラン”の足がかりともなる。」  “SSUプラン”・・公安総務・第1・第2・第3・外事第1・外事第2・外事第3課の関わった大きなプラン。  「そのためには、“犯罪者更生特別措置法”も成立させなければ・・。」  「ただ、そっちは反発が多いだろう。」  彼らはただ、盤上で駒を眺めるプレイヤー。  「犠牲を出さずして、この国を守るための計画だ。これが成功するためには・・今が大切。」  闇に埋もれた正義・・だった。  同日 午前9時41分 地方裁判所・被告人第5控え室  私が法廷記録最後の確認を行っている時だった。  「あの・・」  扉が開き、そこから1人の少年が現れた。  「きょ・・恭平!!」  東山さんはその少年の姿を見ると立ち上がった。見た感じ怜侍を同じくらいの年齢だ。  「ひょっとして・・息子さんですか?」  メガネをかけなおしながら私は尋ねた。  「えぇ・・そうなんですよ。どうした?恭平?」  そのまま動かない息子の姿を見ていた東山さんは、少し不安そうな顔をしていた。こんな姿を子供に見られてしまった。 それが一番大きい理由なのかもしれない。  「父さん・・僕は、父さんの無実を信じてるから!!」  「恭平・・」  その純粋でかつ、大きな力を持った言葉。次に少年は私のほうを見た。  「弁護士さん!!」  「何だい?」  少年は涙ぐみながらも、必死になって私に訴えた。  「父さんの・・父さんの無実を!!絶対に証明してください!!」  少年は泣いていた。  「絶対に・・父さんは人殺しなんかする人じゃないんです!!だから・・だから!!」  私はただ黙って頷くと、少年の肩を叩いた。  「大丈夫。君のお父さんを・・必ず無罪にして見せるから。」  少年の心からの願い・・それが父親の無罪判決。  「うっ・・うっ・・あ、ありがとうございます!!」  少年はそのまま控え室を飛び出していった。  「きょ・・恭平!!」   東山さんはその息子の後姿を追いかけようとした。だが、それは今の彼にはできない。  「東山さん・・。」  私はそんな依頼人に、この言葉をかけてやった。  「いい息子さんじゃないですか・・純粋で、力強い目を持った。」  彼のためにも・・そして少年のためにも、絶対に私は負けられなかった。    証拠品ファイル    <平凡吉/凡子の解剖記録>  死亡推定時刻は12月4日の午後4時から30分の間。  死因は両者ともに正面から心臓をピストルで撃ちぬかれて即死。その後両者はナイフで体を数ヶ所刺されている。  <ピストル>  凶器と考えられる銃。リボルバー(回転式)のもの。弾は6発入り3発残っている。東山の自宅で発見される。  <弾丸>  2人の被害者から摘出されたもの。線条痕は一致。  <ナイフ>  殺害後刺したさいに使用されたと思われるもの。被害者2人の血痕が付着。被告の家のもので被告の指紋が付着。  <名松池の看板>  被害者の血文字で看板に“Q.E.D.”と書かれている。犯人が書いたと考えられる。  <名松神社の上面図>  名松神社付近の地図。神社から南側のところに名松池がある。池の桟橋は脆く、水面と高さがほぼ同じ。 池や神社の周りを名松森が取り囲む。看板が桟橋の手前から少し離れた所にある。    <東山章太郎のスーツ>  逮捕後、微量だが火薬などの硝煙反応と思われるものがあった。  <知り合いの刑事からの情報>  所轄署の捜査から約1日。捜査員が何故か本庁のものとそっくり入れ替わったらしい。  人物ファイル  <東山章太郎(32)>  今回の私の依頼人。殺人の罪を着せられている。息子が居る。  <平凡吉(30)>  今回の事件の被害者。名松池で殺害された。凡子の夫。  <平凡子(29)>  今回の事件の被害者。名松池で殺害された。凡吉の妻。  <平凡太(5)>  被害者夫婦の1人息子。事件当時に一緒に親といたらしいが、事件の時の記憶が曖昧である。  <木槌太郎(55)>  今回の事件を担当する裁判長。結構若い方だ。  <狩魔豪(50)>  今回の事件の担当検事。有罪のためならどんな卑劣な手でも使う検事だ。  <黒安公太郎(22)>  公安委員会のメンバー・黒安公吉の息子。所轄署の捜査での最有力容疑者だった。  「さて、もう時間だな。」  私はゆっくりと法廷へ向かって歩き出す。  (依頼人のためにも・・その子供のためにも、絶対に・・)  願いはただ1つ、無罪判決。それのために、今御剣信は法廷に立つ。    同日 午前9時52分 警察署・刑事課  「もうすぐであの事件の裁判が始まるな。」  1人の刑事がそう呟いた。  「あの事件?ひょっとして、あの連続殺人事件の事か?」  同僚の刑事が尋ねてきた。  「あぁ・・そうだ。」  連続殺人犯“Q.E.D.”の犯行。俺たちは最初の事件からずっと捜査を続けていた。  「もう終わったじゃねぇか。それは。」  だが、一連のある事件から、俺たちの捜査は終わってしまった。所轄から本庁へと捜査官・捜査指揮が移行したのだ。  「あぁ・・ただな、今回の事件の裁判。俺の知り合いが被告の弁護を担当しててな。」  御剣信。お前は何を思って弁護席に立とうとしているんだ?  「・・けど、俺はまだ納得できねぇ。」  所轄の人間にとって、この事件のこういう展開は納得できるはずが無かった。 何故なら、今回の事件の裁判、一連の捜査に関わってきた所轄の人間の証人としての証言が拒まれたのだ。 いや、それだけでない、傍聴もさせてくれない・・もっと言えば、裁判所に立ち入らせてさえくれないのだ。  「絶対に・・」  何かある!そうしか考えられない。  「そういえば・・」  「ん?」  ここで同僚の刑事が、ふと俺のところまで来た理由に気づく。  「昨日の傷害事件。取り調べで少し、昨日の証拠品を使用するから持ってきてくれ。と言ってたぞ。」  「え・・そうなのか?」  俺はそう言われると、すぐさま証拠保管室へと向かった。そして・・それが“きっかけ”となる。  第2部・開廷  同日 午前10時 地方裁判所・第1法廷  傍聴人はいつも以上にたくさん居る。その中にきっと、怜侍や東山さんの息子も居るのだろう。  「只今より、東山章太郎の法廷を開廷する。」  裁判長席にいるのは木槌太郎という裁判長。黒髪でふさふさである。そして・・あの印象的なひげは無い。  「弁護側・検察側ともに、準備はよいでしょうか?」  「弁護側、準備完了しています。」  私はビシッと立ったままそう答える。  「我輩がそんな準備もせずにこの法廷に立っていると思うか?」  そしてあの男、狩魔豪もゆっくりとそう答えた。  「いいでしょう。では検察側。冒頭弁論を。」  狩魔豪の言葉を軽く無視した裁判長は、冒頭弁論を迫った。  「いいだろう。御剣信・・貴様は弁護士というちっぽけな存在の中で、それなりに背伸びをしてきたようだな。」  「!?」   早速の挑発。あちらもこちらのことをかなり目の敵にしているのだろうか?  「まぁ、そんな貴様もこれで終わりだ。12月4日・・名松池である子連れの夫婦が殺害された。 警察は被告人を2日後の12月6日に殺人容疑で逮捕した。あの殺人鬼“Q.E.D.”としてだ。」  法廷内が騒がしくなる。  「“Q.E.D.”。ここ最近子連れの親ばかりを狙った殺人鬼ですね。」  裁判長が頷きながら答える。そう、章太郎さんはこの一連の事件の犯人として逮捕された。  「そしてだ。今回起訴されたのは、12月4日のこの“平夫妻殺害事件”のみなのだが、 検察側はこの男の犯行を、完璧に立証するだろう。」  最後に完璧に締めくくられた言葉。完璧・・そう、やつは完璧に異常なまでにこだわる男だ。  「分かりました。では、最初の証人でも呼んでもらいましょう。」  裁判長の言葉が響くなか、狩魔はゆっくりとあの言葉を呟く。  「完璧な証拠、完璧な証人・・それ以上に必要なものは“ない”。」  ということは、今から出てくる証人は当然・・完璧な証人なのだろう。狩魔に馴らされた。  「分かりました。では、最初の証人を呼んでください。」  とりあえず最初は、どんな証人が登場するのか?と言ったところだろう。  「証人。名前と職業。」  狩魔は難しい顔をしながら尋ねる。  「名前っ!神風国斗(かみかぜくにと)。職業っ!本庁の刑事ですっ!」  敬礼をビシッとする男。真新しい白のコートにビシッとしたネクタイ。いかにもできる男と言った感じだ。  「私はまことに恐縮ながらっ!今回の事件の捜査指揮をさせてもらったでございますっ!!」  「そんなことは聞いていない。」  狩魔は不機嫌そうな顔をしている。  (本庁の人間か・・どうも、その辺で怪しい。)  今回の事件、捜査員が何の前触れも無く所轄から本庁に移ったことを知っていた御剣信にとっては、嫌な予感しかしない。  「それでは刑事、まずは現場の説明からしてもらおうか、無駄な説明は省いてもらいたい。」  「了解ですっ!」  そう言って上面図を取り出した神風刑事。  「まずはこの上面図をごらん下さいっ!」  地図は事件現場である名松神社のものだ。  「事件は12月4日午後4時頃。この名松神社にある名松池で発生しましたっ!」  名松神社は郊外にあるひっそりとした神社だ。そこにある名松池はひょうたん湖の2分の1くらいの広さである。  「名松池の桟橋で、被害者である平夫妻がっ!被告人に銃で撃たれたのでありますっ! そしてさらに、被告人はナイフで、殺害した被害者をメッタ刺しにっ!」  「ふむ・・痛そうですね。」  裁判長は頷くと、更なる説明を求める。  「そしてっ!被告はそのまま桟橋から離れ、名松池の近くに設置されている“名松池”の看板に、 被害者の血で“Q.E.D.”と残したのですっ!」  そう言って提出されたのがその看板の写真。  「なるほど・・一連の犯行と同じですね。」  狩魔はここで、現場の写真を取り出した。  「これが、事件当時の名松池を撮影したものだ。」  「事件当時の写真・・!」  御剣はその提出された写真を見る。  <現場写真>  桟橋の一番奥に被害者2人の遺体がある。うつ伏せで池側に頭を向けて倒れている平凡子の背にはナイフが刺さったまま、 出血が酷く桟橋は血で真っ赤になっている。  「凄まじいものです。受理しましょう。」  写真が受理されたことを確認した狩魔は、次の段階に移る。  「では、証人に証言をしてもらおうと思う。被告逮捕までの経緯をだ。」  (つ、ついに証言か・・)  証言・・ここからが問題となる。  「よろしい。では証人、証言をお願いします。」  「分かりましたっ!」  彼はビシッと敬礼をした。そして、証言に入る。  「事件が発覚したのは12月4日の午後4時10分頃。目撃者からの通報によるものですっ! 我々はすぐさま駆けつけ現場を調査っ!亡くなった両親の前で泣いている子供を保護しましたっ! さらに現場を調べたところ、ナイフが被害者に刺さっていたのですっ!我々は鑑識にそのナイフをまわして指紋を調べましたっ! そして、その他目撃者の証言から被告人の逮捕に至ったのですっ!」  証言が終わる。  「なるほど。確かに証言に問題はなさそうです。では弁護人。尋問を・・。」  「分かりました。」  裁判長に促され尋問を行うことにする御剣。  「つくづくもがき苦しむのだな。弁護士。」  狩魔の笑いが妙に気にかかった。怪しい・・。  (罠があるのか?)  だが、情報を得るためにも突っ込むしかない。御剣は尋問を始めた。  「目撃者・・それは一体誰なのですか?」  「それは、名松神社の神主ですっ!」   バシッと言ってきた神風刑事。  「神主・・ということは、彼が通報を?」  「その通りですっ!」  神主の通報で事件が発覚・・まぁ、ここに問題は無いかもしれない。  「それではもう1つ。保護した子供とは・・勿論“平凡太”のことですね?」  「その通りっ!彼だけは無傷だったのですっ!」  まぁ、一連の殺人鬼“Q.E.D.”の犯行と確かに一致する。  「弁護人。そういうことだ。この完璧な証言にケチをつけることが可能かな?」  指をチッチッチッ・・とする狩魔。  「ど、どういうことだ!?」  メガネの奥から狩魔を睨みつける御剣。  「簡単なことなのだ。ナイフには被告人の指紋が検出された。しかも、そいつは被告人の自宅のものだ。」  傍聴人が騒ぎだす。  「静粛に!静粛に!検察側・・続けなさい。」  裁判長が木槌で制すると、狩魔にさらなる説明を促す。  「それにだ。それを目撃した証人もいる。これ以上被告の有罪を立証するのに必要なものはないと思うが?」  狩魔の笑い。自信に満ちている。  「確かに、そう考えてもいいでしょう。この証言はほとんど完璧に近い。」  裁判長も同意している。  (危険だな・・この完璧な証言。崩しておかないと危険だ。)  御剣は証拠品の確認をする。  (まぁ・・完璧な証拠品というが、1つだけ穴があるのも事実だ。)  とりあえず、尋問が強制的に終了させられる前に行動を起こすことにした御剣。  「異議あり!」  指を突きつけて、その異議を腹の底からぶつけた御剣。  「完璧な証人・・完璧な証拠・・それがあなたのモットーでしたね。狩魔検事?」  「貴様ごときに言われなくても、ちゃんと自分のモットーは確認できているが?」  妙な沈黙。御剣はメガネの奥から、その鋭い眼光で狩魔を捉えながら、ゆっくりと言った。  「では、その完璧な証拠品の1つを見てもらおう。」  その手には、先ほど提出された現場写真がある。  「それは、現場写真ですね。それに何か問題があるのでしょうか?」  「そうですね・・大有りです。裁判長。」  御剣は自信満々に語る。  「矛盾か、さっさと指摘したまえ!我輩は無駄なことが嫌いなのだ!」  シャキーン!と指をならす狩魔。  「いいでしょう。では、こいつと矛盾する証拠品を見せてあげよう。」  そう言って取り出したのは茶封筒・・そう、解剖記録だ。  「か、解剖記録ですか?」  「そうなのです、裁判長。ここにははっきりと、被害者は正面から撃たれていると書かれている。 そこで、確認して欲しいのが被害者の倒れ方なのです。」  ここでもう1度問題の現場写真を提示する。  「うつ伏せになって倒れています。湖のほうに頭を向けて・・」  「そっ、それが何だと言うのですかっ!」  神風はわざとらしく言う。きっと、気づいているのだろう。  「倒れた位置。これもまた重要です。桟橋の一番奥・・つまり、ここから言えることは明らかです。」  右手で机を大きく叩くと、これまた大きな声で主張する。  「倒れ方から被害者の正面に犯人が居たのは間違いない!だが、目の間に桟橋はもうない。 つまり被告人は桟橋を挟んで遠く離れた反対側の水際で被害者を狙撃したことになる!!」  「うっ・・うわわわわわわわわわわわわわわわわっっっ!!!!!!!」  神風が大きく体を仰け反る。  「異議あり!だからなんだと言うのだ?桟橋とは反対側の水際で狙撃・・それがそんなに不自然なことなのか?」  「不自然だ!被告人はスナイパーではない!そんな腕は持っていないし何よりも、この銃は狙撃用のものではない! そもそも、この名松池は池とは言うが広さは湖並だ!!」  法廷がどういうことだ?と言った感じで騒がしくなる。  「確かに、それは不自然なことかもしれません。」  「しかしっ!裁判長殿っ!被告人は桟橋の奥に立って被害者を撃ったっ!これが真実なら問題は全くないのではっ!?」  神風が反論をする。だが、それが何度も不自然だと言っているのだ。  「異議あり!それも矛盾しているのです。被害者の倒れた位置。それが桟橋の一番奥。 そう、そこに被害者が立っていたことになる!」  そこから導かれる答えは1つ。  「これだと、被告人は桟橋に立てない!水面に立たなければならなくなる!!」  正面から打たれたことが事実な以上、犯人の立ち位置には大きな矛盾が生じてくるのだ。  「うむ。ますますこの状況は不自然になったと言わざるえないでしょうね。」  「異議あり!裁判長・・何も不自然がることはない。被告人の狙撃箇所が陸地とは限らない。」  陸地場所とは限らない。この言葉に妙なものを感じる。  「陸地場所・・ではない。つまり水面と言うことですか?」  「物分りがいいな。裁判長。そのとおりだ。」  水面・・冗談じゃない。そんなわけがない!  「異議あり!人間はアメンボではない!水面の上を立つことは不可能だ!」  「異議あり!誰もここは人間がアメンボであると言うことを発表する場所ではない。 裁判所だ。人間も道具を使えば水面に立てる。ボートのような物を使えばな。」  法廷中がさらに騒がしくなる。  「静粛に!静粛に!検察側。説明をしなさい。」  「簡単なことだ。被告人はボートを使って桟橋に近づき被害者を撃ったのだ。 解剖記録からも至近距離で撃たれていることは明らかだからな。それで問題はなかろう。」  ボート・・そんな馬鹿な。御剣は机を叩いて反論する。  「ボートを使用した?馬鹿げている!ボートなど名松池にはないはずだ! ひょうたん湖のようにボートを貸し出す店も無いし、ましては観光スポットでもない! 神社や森の奥にひっそりとあるこの池に、ボートは存在しえない!」  「異議あり!我輩の法廷における必要なもの。忘れたか?弁護士。」   「・・!?」  狩魔は人を見下したようなあの不気味な笑みを放つ。  「狩魔は完璧な証拠を持って良しとする。刑事・・現場にあったあの証拠。提出しても良いな?」  その笑みは誰でもない、証人だある神風刑事に向けられていた。  「・・・・・いいですぞっ!構いませんっ!検事殿っ!」  神風刑事も心なしか妙な笑みを顔に含んでいる。  (な、何があるんだ・・この2人の間には?)  妙な疑問を感じてならない。  「裁判長。これを見るがいい。池の底から発見された証拠品だ。」  そう言って提出された証拠品。それはズバリ・・  「こ、これはボートですねぇ。底に穴が開けられていますが。」  裁判長は提出された写真を見ながら唸る。  「ボート・・穴?」  御剣はその提出された証拠品をじっくりと観察する。  <引き上げられたボート>  名松池の底から引き上げられたボート。ボートの床には大きな穴が開けられている。ボートには水蘚(みずごけ)が付着。  法廷中は意外な展開で騒がしい。  「静粛に!どうやら、このボートについて詳しい説明が必要なようですね。証人、ボートについての証言をお願いします。」  裁判長はこのボートを重要だと考えたみたいだ。  「分かりましたっ!この神風っ、そのボートについて証言をしたいと思いますっ!」  どうやら、このボートについてはもう少し、詳しい議論が必要なようだ。  「我々は手がかりを求め名松池の底の捜索も行ったのですっ!そこでなんとっ!ごく最近沈められたと考えられる ボートが発見されましたっ!我ら警察も被害者のその立ち位置については不自然に思っておりましたっ! よって、このボートは重要な手がかりと考えたわけですっ!」  証言が終わる。神風は相変わらずキビキビした態度で証言をしていた。  「なるほど。ボートについてのことは分かりました。それでは弁護人。尋問をお願いしましょう。」  「分かりました。」  御剣はメガネをかけなおすと考える。  (この証言・・あからさまにおかしい部分がある。ただ、問題は検事があの男だ。どんな反論が出るのかが分からない。)  とにかく恐れていても進めない。尋問を行ってそこは切り抜ける決意をするしかないだろう。  「手がかりを求めるために、何故湖を?」  「それは簡単なことですっ!被害者の倒れていた桟橋っ!ここは池の水面と高さがほぼ一緒なくらいボロいっ! だから、証拠品が池に沈んだ可能性があると考えたのですっ!」  神風刑事はバシッと起立した状態でその質問に答える。  「なるほど。それはまぁ・・納得ですね。警察のその方針には感心です。」  裁判長も頷く。  (だが・・捜査は感心できても矛盾はあるのが現実。指摘すべきなのか?)  メガネをかけなおした後、御剣は意を決して異議を唱える。  「異議あり!」  その異議は法廷中に大きく響く。  「確かに、捜査自体には感心できますが・・見つかった証拠に対する認識には感心できません。」  「そ、それはどういうことなのですかっ!?弁護士さんっ!」  神風は動揺を隠せない。こいつ・・本当は知っているのではないだろうか?  「あなたは言った。ごく最近沈められたと思われるボートがあったと。だが、このボートには水蘚が付着している。」  そう、これはささないことだ。しかし、水蘚ははっきりと教えてくれる。時の流れと言うものを。  「事件後すぐに沈められたのなら、水蘚がボートに付着するなどということはありえない!!」  メガネの奥から神風刑事を睨みつける。  「うっ・・うわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわっっっ!!!!!!!」  神風刑事は体を大きく反る。  「異議あり!弁護士・・誰も池の底を調べたのが事件後すぐとは言っていないのだ。」  だが、それとは対照的に狩魔はじっくりと反論と言う名の攻撃をしかけてくる。  「ど、どういうことだ!?」  「早い話。このボートが引き上げられたのは・・事件から2日後。そう、被告人が逮捕された日なのだ!」  シャキーン!と狩魔の指が鳴らされる。  「そう、2日もあればボートに水蘚は付着する!!」  「なっ・・何だとぉっ!!」  御剣は一気にピンチに追い込まれる。メガネがその証拠にずり落ちそうになっている。  「静粛に!静粛に!確かに、2日も池の底に沈められていたら・・水蘚も付着するでしょう。」  「そ、そんなっ!!」  法廷中が騒がしくなる。明らかにおかしい!水蘚が付着していた。明らかにそれは、ボートが事件が起きるもっと 前から沈められていたということではないか。それなのに・・  (・・・・・・!?待てよ、ボートが事件の起きる前からずっと沈められていた!?)  何か嫌な予感がした。ボートが事件前から沈められていた。それ自体別におかしくはないかもしれない。だが・・  (それを警察が池の捜索で見つけた・・いや、問題はそこじゃない。ボートがあくまでずっと前に沈められたものだとしたら、 それを警察が見つけたのは単なる偶然。)  となると、もう1つの疑問が当然生まれる。  (だったら警察は、本当は何の目的で池を捜索したんだ!?)  ボートの発見が偶然なら、立ち位置の矛盾も警察は考えていなかったことになる。 となれば、もう1つそこには、池を捜索しなければならなかった理由が存在するはずなのだ。  (手がかりがないかと思い、池を捜索したをしたと言っていた。だが、その手がかりとは具体的に何を思ったのだろうか?)  「どうした?言葉も出ないようだな。弁護士。」  狩魔は笑っている。勝利を確信したその顔。本当に嫌な顔だ。  「どうやらっ!我々の捜査に問題がなかったことが証明されたようで安心ですっ!」  神風刑事のその言葉。御剣はその言葉を聞き逃がさなかった。  (我々の捜査に問題がなかった!?いや・・違う!!それ以前に大きな問題があるじゃないか!!)  御剣はやっと、この法廷における大きな矛盾に気づいた。証拠品でも証言でもない。それ以前のとてつもなく大きな矛盾に。  (そもそもこの法廷自体・・ある矛盾からスタートしているじゃないか!!)  とここで木槌がなる。  「そこまで、これ以上に議論はもはや必要ないでしょう。」  裁判長が何も言わない御剣を見て判決を下そうとする。  (このままではいけない!この法廷は・・大きな矛盾からスタートしてしまった。だから、今では全てが狂っている!)  次の瞬間に出た言葉。それは言うまでもない。あの言葉だ・・  「異議あり!」  この法廷・・まだ終わらせるわけにはいかない。  第3部・不正  御剣の異議に法廷中の時間が止まった。  「弁護人・・まだ何かあるのでしょうか?」  裁判長は尋ねてくる。  「えぇ。大有りです。我々はまだ、大きな矛盾に気づいていない。」  「大きな矛盾だと?」  狩魔は怪訝そうな顔をしている。  「そのとおりだ。この法廷、その大きな矛盾からスタートしたことで、今では全てが狂っている。」  右手で机を叩きつけた御剣。今ここでそれを指摘しないとチャンスはもう無い。  「弁護人・・その大きな矛盾とは?」  大きな矛盾・・これ以上明白な答えはない。  「それは簡単なことです。この法廷における大きな矛盾・・それはこの証人の存在です!!」  法廷中がその言葉に静まり返る。  「異議あり!貴様・・この証人の人権を否定する気か!?」  狩魔がその指摘に異議を唱える。しかし、問題はそれではない。  「異議あり!そうではない!もっと簡単に言えば、この証人が事件の捜査状況について証言していることが矛盾しているんだ!!」  法廷中がその言葉で騒がしくなる。  「静粛に!それはどういう意味でしょうか?弁護人?」  裁判長も分かっていないようだが、ここまでシンプルな話はない。  「簡単なことです。証人は事件発生直後の捜査状況についても証言した。 しかし、事件発生直後に捜査をしていたのは所轄署の捜査員です。」  「・・!?うっ・・それはっ・・」  神風刑事の言葉が詰まる。  「しかし、彼は本庁の人間・・そう、所轄署の人間ではない!」  「異議あり!しかし本庁の人間もこの事件の捜査をしている!」  狩魔の異議は最もだ。しかし、それはいつの事か?   「異議あり!だが、本庁の人間が捜査を始めたのは事件発生直後、所轄が捜査を始めてから1日後だ! いや、正確に言えば1日後・・捜査員が所轄から本庁に入れ替わったのですがね。」  「・・きっ、きさまっ!何が言いたいっ!」  神風刑事の口調が変わった。どうやら、これが本性のようだ。  「とにかく、所轄と本庁の間で何があったかは知らないが、これだけは言える!」  メガネをもう1度かけなおすと、御剣は反撃に出た。  「初日の捜査を行っているはずの無い本庁の刑事が、初日の捜査段階を証言しているのは矛盾している!!」  「うっ・・うっ・・うがああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!!」  神風の叫び声が響く。と同時に法廷内も騒がしくなる。    「どういうことだよ。」  「捜査を担当していない刑事が捜査を担当しているかのように証言ですって!?」  「それって明らかに不正じゃねぇかよ。」  木槌が鳴り響く。  「静粛に!静粛に!静粛に!静まりなさいっ!」  裁判長はそう叫んだ後、神風に厳しい顔を向ける。  「証人。これは一体どういうことなのでしょうか?」  「そっ、それはだっ!我々は確かに事件発生直後の捜査は行っていないっ!だがっ、その証言に嘘偽りは無いっ!」  神風は明らかに動揺している。  (嘘偽りがない。そんな馬鹿な!?もしこれが正当に行われた捜査によるものなら、 最初に出てくる証人は、所轄署の刑事のはずだ!)  だが、この法廷において御剣は、相手があの男だと言うことを忘れていた。  「異議あり!たかがそれだけのこと・・気にするまでも無い。」  その男は静かにただ一言。そう呟いた。  「どういうことですか?検察側?」  裁判長もすぐさま説明を検察側に求める。  「確かに初動捜査は所轄が行った。しかしだ、わけあって本庁に移ったのだろう。 しかし、この本庁の刑事は所轄の初動捜査についてを語っているだけ。それに何の矛盾も無い。 証拠品もその証言は事実だと言うことを語っている。」  最後に指をチッチッチッ・・と振ると一言。  「本庁の人間が所轄の代わりに証言を行っているだけ、矛盾は存在しないのだ。」  法廷中がその言葉でさらに騒がしくなり、木槌は何度もならされた。  「検察側の主張は確かに正しいでしょう。この証人があたかも初動捜査に関わっていたかのような発言には問題がありますが、 事実を語っていることには変わりはない。」  裁判長は検察側の主張を全面的に認めた。  (そんな馬鹿な!あの刑事・・明らかに動揺していた。つまり・・この捜査員が所轄から本庁に入れ替わった時、 何か変化はあったはずなんだ!)  御剣はこの事件の裏に潜む何かを感じ取っていた。  「しかし、この証人の指摘されてからの言動は明らかにおかしい!」  「異議あり!言動全てが事実を物語るわけではないのだよ。弁護士。」  狩魔は御剣の指摘をことごとく打ち破っていく。  「検察側の言うことは最もです。弁護人。」  裁判長が御剣に向かって尋ねてくる。  「何でしょうか?」  「あなたは確かに、本庁の人間が関わっていない初動捜査に対する証言の不自然さを指摘しました。 しかし、これが何か新しい事実を示す証拠となるのか?これが立証できない限りあなたの指摘は意味をなしません。」  意味をなさない・・ここが一番のポイント。  (本庁の人間が関わっていない初動捜査に対して証言をしている・・これはなにか、新しい事実を立証するものとなるのか?)  この答えは、おそらく法廷記録にあるはずだ。  (新しい事実を立証するのか?その答えは、今までの主張に矛盾があるかないかだ。 それによって、きっと答えは変わってくるはず!)  あたかも初動捜査に関わっていたかのような証言・・それによって生じる矛盾。もしくは説明可能になった矛盾。 いくつか存在する。この法廷において、最初に問題となった出来事だ。  「いいでしょう。弁護側は立証します。この事実が物語る・・最大の矛盾。それはズバリこいつでしょう!!」  法廷記録から1枚の写真を取り出した御剣。  「これは・・何のつもりだ?弁護士?」  狩魔はその写真を見てそう尋ねた。  「これは、ボートの写真ですね。」  裁判長も理解できていない。  「水蘚の矛盾の説明ならしたがな・・ついに記憶能力も劣ったか、弁護士。」  しかし、対する御剣はというと・・  「それは違うな。狩魔豪・・このボートにはもう1つ。大きな矛盾が存在する。」  メガネの奥から光るその眼差し・・あるものを捕らえた表情だ。  「ど、どいうことだ・・矛盾だと?」  狩魔は分かっていない。ならば指摘するまでだ。  「この引き上げられたボートには、あるものが欠如している。そいつがこの証拠品の価値を下げている。」  「あるものが欠如?」  裁判長は首を傾げる。  「そうなのです。こいつには・・オールが存在しないんだ!!」  「あっ・・あああああっ!!」  神風が思わず叫び声を上げる。  「ボートに乗って撃たれたのなら、桟橋の奥・・すなわち池の真ん中まで行かなければならない。 そのためには、どうあがいてもエンジンが付いていないこのボートだと、オールが必要となる。 そのオールが存在しない。これでは、どう頑張っても池を進むことは不可能だ!!」  法廷内が再び騒がしくなる。  「異議あり!オールが池から見つからなかった。ならば話は早い!オールは被告人が持ち帰ったのだ!!」  「異議あり!ならばそのオールは家宅捜索で見つかっているはずだ!!」  家宅捜索・・これにはある心当たりがあった。  「ならば裁判長!我輩は休廷を要求する!すぐさま被告人の自宅の家宅捜索をしたい! そこでオールの事実確認をしようではないか!!」  シャキーンという指を弾く音。裁判長も頷く。  「うむ・・家宅捜索ですか。そうですねぇ・・」  「異議あり!その必要はない!もうすでに家宅捜索は行われている!」  御剣は直ちに異議を唱えた。もしここで家宅捜索の許可が出れば、黒い噂の耐えない狩魔豪のことだ。 証拠をでっち上げるに決まっている。  「どういうことだ!?弁護士!」  「簡単なことだ。狩魔検事・・この凶器のピストルが被告人の自宅で発見されていると言うことは、 既に家宅捜索は行っているはずなんだ。そう・・家宅捜索で初めからオールなどはなかった!!」  「うっ・・こ、この弁護士が!!」  狩魔が言葉を失う。  「確かに弁護側の言う通りです、ならば・・家宅捜索は残念ですが認められませんね。」  裁判長が決定を下す。  「その通り、つまりこのボートは、オールが最初から存在しなかった。池に偶然沈んでいたものを警察・・ いや、本庁が見つけて正式な証拠としてでっち上げたのです!!」  本庁の証拠のでっち上げ。法廷内が今まで以上に騒がしくなる。  「異議あり!まだ1つ可能性を忘れている。そのオール・・被告人がボートとは別に処分したのだろう。 どこかのゴミ箱にでも捨ててしまったのだ!」  「異議あり!オールは大きくて目立つ!そう主張するならば、1人くらいそれを目撃した人間がいるはずだ! どうなのですか!?」  メガネをゆっくりと掛けなおすと、その人差し指を狩魔に向けて御剣は突きつけた。  「そんな証人は存在したのか!?」  「うっ・・うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!」  返事の代わりに叫び声が返って来た検察側。  「静粛に!静粛に!本庁が証拠のでっち上げ。どういうことですか!?証人!?」  裁判長も顔が険しい。  「うっ・・そ、それはっ!知らんっ!!私の話はこれで終わりだっ!!」  「異議あり!」  神風は一方的に証言を終わらせようとする。  「終わりなはずがない!あなたたちは証拠をでっち上げ、こうして裁判で偽りの証言をしている。 これは、真実を隠そうとしている行為に他ならない!」  「うっ・・うんんんんんんんんっっっっ!!!!!!!!」  神風は唸る。  「しかし、証拠のでっち上げがあったとなると、これらの証拠品は認められないでしょう。」  裁判長が証拠品の不正について言及をしだす。だが、  「異議あり!しかし、弁護側の今の主張には決定的な矛盾があるだろう。」  「な、何だとっ!?」  狩魔が不敵に笑いながらそう語りかける。  「いいか?貴様の指摘だと、ボートは偽の証拠だったということになる。」  「そ、そうだが・・!?」  狩魔は詰めが甘いといった表情になる。  「だったら、被害者はどうやって被告から撃たれたのだ?」  「!?(殺害方法か・・。)」  狩魔は上面図をだして指摘する。  「被害者の立ち位置からも明らかなのだ。被告が被害者の正面に立っていて撃ったのは、 だが、そこには池しかない。肝心の桟橋は被害者の目の前で途絶えていたのだからな。」  法廷中が“ハッ”とする。  「それはどういうことかな?検察側?」  「簡単なことだ。裁判長・・ボートが偽の証拠なら、被告人はどうやって被害者を撃ち殺したのだ? それこそ、ボートが無いと不可能だと考えるが?」  そう、ボートが偽の証拠だとしたら、それが問題となるのだ。  「弁護士。貴様がボートという証拠品が不正であると考えるのなら、どうやってボートなどを 使わずに被害者を犯人が撃てたのか?この立証が必要だ。」  その不敵な笑み。何度見せ付けられてきたことだろう。  「確かに、狩魔検事の言う通りです。ボート以外に犯人が被害者を撃ち殺す方法が無ければ、 ボートは正式な証拠と考えるしかないでしょう。それしか方法が無いのですから。」  裁判長の首を縦に振るとそう言った。  (ボートがなくても被害者を撃つ・・それは可能なのか?)  メガネを何度もかけなおしながら考える。それは実質・・不可能だ。  (ボートが無ければ確かに犯行は不可能・・しかし、それだと状況は変わらない!何か手を打たねば!)  ボート・・こいつがなくても被害者を撃つ方法。とここで、御剣はふと思った。  (待てよ、ボートが犯行に使われていないなら、それは不可能だというのは紛れもない事実。 だとしたら、何故それがそもそも可能になった?絶対に不可能なのに・・)  絶対に不可能な犯罪が可能になった。それが可能になったわけ。  (いや、1つだけ方法がある。可能が不可能にされたケースが!!)  とここで、木槌がなった。  「そこまで、弁護側にこれ以上の時間は与えられません。弁護人、あなたの意見をお聞きしよう。」  裁判長は御剣に意見を求めた。御剣は、先ほどの仮定の立証を試みる。  「確かに、ボート無しでは犯人が被害者を撃つのは不可能でしょう。」  「それはつまり、ボートは正式な証拠だったと認めるわけだな?」  狩魔がやれやれといった顔をする。だが、それは違う。  「いいや、それは違うな。」  御剣はメガネを光らせる。  「それはあくまで、これらの検察側の主張が全て正しかった場合だ。」  「・・!?ど、どういうことだ?」  可能だった犯行が不可能にされた。理由はともかく、この事件・・全てがウソで塗り固められている。 御剣はそう考えるしかなかった。  「簡単な話じゃないか?被害者が桟橋の奥で撃たれたのなら、ボートが無ければ犯行は無理だ。 だが、撃たれた場所が桟橋の奥でなかったら、ボートは必要ない。」  「っっっ!!!!!」  神風の顔が曇る。どうやら・・図星らしい。  「弁護人・・それはつまり、犯行現場は桟橋の奥ではなかったと?」  裁判長は木槌で傍聴人を黙らせながら尋ねた。  「その通り、本当の犯行現場は桟橋奥ではなかったのですよ!!」  先ほどから何度も木槌が鳴らせれるが、正直おさまりそうにもないこの現状。  「異議あり!犯行現場が桟橋奥ではないだと!?ならば弁護士!この現場写真は何だというのだ!?」  「勿論!でっち上げられた偽の現場写真ですよ!!それしか考えられない!!」  木槌が何度も打ち付けられる。  「静粛に!静粛に!静粛に!静まりなさい!!」  裁判長は静めるので精一杯、狩魔は相当驚愕している。  「異議あり!それが偽の現場写真だと!?ならば貴様っ!本当の犯行現場はどこだったと言いたいのだ!?」  本当の犯行現場・・それが次の問題となる。  「検察側の主張は最もです。犯行現場が桟橋の奥ではない。ならば、 本当の犯行現場はどこだったと考えているのですか?あなたは?」  裁判長の意見も最もだ。真の犯行現場・・それは、普通に考えれば明らかかもしれない。  「本当の犯行現場・・それは考えればすぐに分かるはずだ。」  メガネの奥から見えるその目。実に鋭い刃物のようだ。  「ならば、弁護士に指摘してもらおうではないか。その真の犯行現場をこの上面図で。」  狩魔はシャキーンを指をならすとそう言った。  「いいでしょう。この事件における真の犯行現場。それはここだ!」  突きつけられたポイントはただ1点。  「そ、そこは、名松池の看板前・・ですか?」  裁判長は尋ね返す。  「そのとおりです。」  「異議あり!その根拠は何なのだ?」  狩魔は納得していない様子だ。だが、普通に考えれば明らかだ。  「難しいことじゃない。犯人は被害者を刺したさいに出血した血で、血文字“Q.E.D.”を 現場のすぐ近くに残している。そして、今回の事件の血文字は名松池の看板に残されていた。」  それが意味する不自然さ・・それがこの事件の本当の犯行現場を語る。  「そ、それが何だというのだ?」  そう言う狩魔だが、実際は分かっていると御剣は考える。  「まだ分からないのか・・狩魔検事?犯行現場と血文字の残された現場・・離れすぎている。」  「・・ぐっ!!」  離れすぎている。これが非常に面倒な犯行を立証している。  「犯行現場が桟橋の奥ならば、そこから被害者を刺して出血させ、その血でそのまま 桟橋の手前から少しはなれた看板まで血文字を残す。面倒で非常に面倒だ。 今までの一連の犯行パターンと比較しても矛盾している!」  「異議あり!現在被告人は一連の犯行ではなく、“平夫妻殺害容疑”のみで裁かれている! 一連の犯行の比較は愚か者がすることだ!」  「異議あり!しかし、あなたたちは被告人を一連の犯行の犯人としようとしている事実に変わりはないはずだ!」  互いに指を突きつけるわけでもなく、ただその鋭い目で睨み合いながら反論を続ける2人。  「全ては明らかです!裁判長!本当の犯行現場は名松池の看板前だったのです!!」  そして、犯行現場が“名松池の看板前”から“名松池の桟橋奥”へと変えられた。 これは何か意図的なものがあったとしか考えられない。  (あとは、そいつを考えて立証するまで・・)  だが、ここで意外な形での反論がきた。  「異議あり!」  勿論、狩魔の特徴的な低い声による異議だ。  「まだまだ、弁護士は詰めが甘かったらしいな。」  「何!?(まだ何かあるのか!?)」  狩魔は懐から1枚の写真を取り出した。  「これを見て欲しい、我輩が現場で見つけた血文字だ。」  その意外な証拠の提出に、再び法廷にざわめきが・・  「こ、これは・・青白く光っていますね。」  裁判長は冷静に分析する。  「それは勿論、ルミノールで検出した血痕だからだ。」  だが、正直問題はそこではない。見つけた血文字の内容・・それが。  「“Q.E.D.”と書かれているっ!?」  御剣は衝撃のあまり机に倒れこむ。  「なっ・・こんな証拠っ・・我々も知らないぞっ!」  証言台に立っている神風も狩魔からの意外な証拠提出に言葉を失う。  「この血文字は、被害者の倒れていた桟橋の足場に残されていたのだ。」  狩魔は冷静にそう言ってのける。  「かっ・・狩魔検事っ!アンタっ・・その証拠はどういうっ!?」  「証人・・我輩は完璧な証拠をモットーとしている。」  その問いにいたって真面目に答える狩魔。  「見つけた証拠品は自分で処理し管理する。それが一番安全なのだよ。」  最後に口の端をゆがめながらそう一言。  「か・・狩魔豪っ!きさま・・いい度胸をしているな・・。」  神風の顔が一瞬変わった。今までに無い顔に。  (い、今の顔は・・どういう意味だ!?)  狩魔は最後にまとめた。  「おそらく本当の犯行現場は桟橋の奥で間違いはなかろう。そして、被告人は桟橋の足場に血文字を残した。 だが、この桟橋は水面すれすれのところに設置されている。水で血が流れてしまったのだろう。」  「ま、まさか・・!!」   御剣は倒れこんだ状態で、何度もずり落ちるメガネをかけなおす。  「貴様も分かったみたいだな。そう・・だから血文字が消えては意味が無い。 だから、わざわざ看板まで行き血文字を残したのだ。これで、我輩の説明は終わりだ。」  「そっ・・そんな馬鹿なぁっ!!!!!!」  法廷中のささやき声が、御剣のその叫びと同時に大きなざわめきへと変化する。  「静粛に!静粛に!その写真を証拠として受理します。」  <桟橋の血文字>  被害者の倒れていた桟橋の足場に書かかれていたらしい。 ルミノール反応ではっきりと“Q.E.D.”が浮かび上がっている。  (こ、これは一体どういうことだ!?)  御剣信は動揺するしかなかった。  (何が本当の証拠で、何が偽りの証拠だと言うんだ!?)  同日 午前10時4分 警察署・証拠保管室  「あった。これだな。」  俺は頼まれた傷害事件の証拠品を手にとっていた。  「さて、あとはこれを持っていくだ・・け?」  俺は絶句した。何故・・あの証拠品が残っている?  「これら一連の証拠・・全部本庁が持っていたはずだろ?」  だが、ここにこうして1つ残っている。置き忘れた証拠品か?いや、もしそうだとしても・・  「裁判は今日だぞ・・忘れたことに気づいて取りに来るはずじゃねぇか。」  それが取りに来ない・・まさか。俺の頭の中で最悪のシナリオが浮かんだ。  「まさか、持っていかれた証拠品も・・本当は・・」  ここでさっきの同僚が、遅い俺を心配したのだろうか?様子を見にやってきた。  「どうした?お前?たかが証拠を取りに行くだけでそんなに時間をかけて・・・・え?」  「すまない。お前がこれを持っていてくれ。」  同僚の手に例の傷害事件の証拠を渡した俺。  「おい、どういうことだ?」  「急用だ・・裁判所へ行ってくる。」  俺はその証拠品を掴むと、保管室から飛び出した。  「お、おい・・」  今の俺に、事情を説明する暇は無かった。  (問題は・・どうやって裁判所に入るかだな。)  署から出た俺はパトカーに乗り込む。  (絶対に・・あの裁判では不正が行われているに違いねぇ!!)  俺が乗り込んだパトカーの助手席。そこには例の証拠品があった。 俺たち所轄の人間が証拠として保管していた、あの事件の凶器“オートマティック式ピストル”があった。  Chapter9 end  ・・・It continues to chapter 10

あとがき

 さて、Chapter9は18年前の今日。  すなわち2001年12月28日。あの日のことなんですね。  遂にあの裁判を再現してしまいましたよ・・。  第1部・切望。まぁ、これの意味は父の無実を願う息子の気持ち・・と言ったところでしょうか? 過去の話で始まる第9章。その幕開けです。控え室での会話ってやつですね。  第2部・開廷。そして開廷・・しょっぱなから結構異議とか飛ばしてますね。 本編の裁判より短いはずなのに、結構本格的にやってるかもしれません。こっちも。  しかし、御剣信に狩魔豪。どっちも描きづらい・・どうなんだろう?  第3部・不正。文字通り不正が明るみになってきた裁判。まだ御剣信は狩魔の不正を指摘してませんが、 あえてここは不正です。(?  不正ばかりで塗り固められたような事件・・真実は一体?そこで終わりです。 最後に出てきたある証拠。何と関連しているか?勘がいい人は分かりそうだな。  しかし、蘇る逆転を自分もプレイしましたが・・なんだか一連のこの話と同じような部分が あって驚いたり、ネタバレだから言いませんけど・・皆さんもネタバレにはご注意を。(?  そしてまた、公安が登場してきました。いやぁ・・公安ネタは最初に出すことが決まった時。 斬新でいいかも。とか思っていましたが・・意外と使っている人がいまして。被ってしまう。  それにしても本編で出てきたSSUプラン。正直ここまでを8月に書いて終わっていたので、 正式名称を自分もなかなか今では思い出せない。(オイ  ただ、この事件の発端となった・・というか、重要な意味を持つプランだから。 なんとしても思い出さなくてはならないわけで・・面倒だ。  そんなわけで、次回で決着がつくと思います・・では。

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