18年目の逆転〜放たれたDL6・5の死神〜(第7話)
 法律・・それはこの世界のルール。  法が世界を仕切ることで秩序は守られる。  だが、そんな考えを持っているといつかダメになる。   常に完璧な法はないのだから・・穴が必ずどこかにある。  その穴に入られると、もう2度と捕まえることは出来ない。  人は、自らの作ったルールの盲点に討たれる。  Chapter 7 〜完全犯罪の成立〜  第1部・穴  ツイン弁護士の要請により、東山管理官が証言台に立った。  「社交辞令だから聞いておく。証人、名前と職業を。」  私は管理官を睨みながら言った。  「東山恭平。職業は警視庁の管理官だ。」  管理官は逮捕された時と同じグレーのスーツ姿だ。髪を払いながらずっとどこかを見つめている。  「それでは弁護人。証人には何を証言をしてもらうのですか?」  「それは簡単なことだ。裁判長。」  ツイン弁護士は黒スーツの襟を正すと、管理官を見た。  「彼の殺害方法。これを証言させる。」  「さ、殺害方法・・それは、すなわち自供ですか!?」  裁判長は目を大きく見開く。  「それは、証言を聞けば分かるだろう。それだけのことだ。」  ツイン弁護士はさっきから微動だにしない。  「分かりました。それでは、証人には殺害方法について証言してもらいます。」  そう言って木槌がなった。証言開始の合図だ。  (一体・・何を企んでいるのだ?管理官は?)  管理官は目をずっと前に向けたまま、御剣のほうなど向かずに喋りだした。  「私は確かに、人を殺しました。しかし、私は無罪です。」  管理官は笑っていた。法廷中の人間が、この管理官の言葉を静かに聞いている。  「何故なら私は・・」  管理官はここで、法廷中にいるすべての人間が恐れる一言を放った。  「死神だからだ・・。」  法廷中が沈黙した。まるで時が止まったかのように・・本当に、魔法か何かで止まってしまったかのように。  「しょ、証人?し、死神とは?」  裁判長は驚きのあまり声が裏返っている。  「異議あり!管理官!何を意味不明なことを言っている!?精神鑑定による減刑が目的か!?」  私は思わず異議を唱えた。だが、管理官はその異議に、ゆっくりとだが反論する。  「くくくくっ・・ははっ・・ははははは・・精神鑑定?私はこのとおり正常だが?」  私に向けられたその顔。はっきりとした様子は、目が前髪に隠れてしまっていることで分からない。 だが、非常に恐ろしい顔をしていた。  「だったら、今の発言は・・」  「本当ですよ、私は死神の力を持っている・・。」  私の戸惑いに満ちた声を聞いて、管理官はすぐにこう切り替えした。  「死神の力・・そう、私は人を呪い殺したんだ。」  私は目を大きく見開いた。呪い・・殺した!?  法廷中に冷たい空気が流れた。とてもとても・・恐ろしいほど冷たい空気が。  「そう、お聞きの通りだ。被告人は確かに殺人を犯した。しかし、それは呪い殺すという方法だった。」  ツイン弁護士はそう言うと、ゆっくりとその顔を御剣のほうへ向ける。  「つまり、もう結論は出ただろう?」  奴は台の上に半分腰掛けると、にやりとして言った。  「この国の法律じゃ、呪い殺すことを殺人罪として立証できないはずだ!!」  「なっ・・何だとぉっ!!」  先ほどまで静まり返っていた法廷が、一気に熱を帯びたのか騒ぎ出した。  「静粛に!静粛に!」  裁判長も呆気にとられていたのか、数秒後にやっと木槌を叩き始めた。  「異議あり!」  私はすかさず異議を唱える。  「殺人として立証が不可能だと!?そんな馬鹿な!?」  「おっと、言い方が悪かったかな?もっと正確に言うならば、そうだな・・ この国の法じゃ“呪い殺す”ことは“殺人罪”じゃない。と言ったほうが正しいかな?」  やつは机の上に腰掛けたまま、資料を見ながら言う。  「ここに日本の過去の裁判の判例集がある。この国には、“丑の刻参り”という呪いの儀式があるらしいじゃないか?」  「う、丑の刻参り・・た、確かにありますが・・。」  裁判長はこの事態を信じられないのか、言葉があまりでないようだ。  「それによれば、検察が過去に丑の刻参りをした人間を起訴したが、 裁判所はそれを殺人とは認められないとして無罪を言い渡している。」  私は今のこの状態をようやく理解する。これは・・思っていたより厄介すぎる結果だ。  「つまり・・被告人が呪いで人を殺している以上、この国は被告を裁けない!!」  「そっ・・そんな馬鹿なぁっ!!(これが・・これが“裁かれない殺人”の正体か!?)」  証言台に立っている管理官は笑っていた。不気味なほど静かな笑いだ。  「異議あり!そ、そんな!人間に呪いなどできるわけがない!!」  「異議あり!だったら検察側は、綾里春美の事件はどう考えるんだい?」  「何だと!?」  ツイン弁護士は机から軽やかに机から降りてステップを踏むと、そのまま指を私に突きつける。  「綾里春美の殺害未遂こそが、この事件で被告が人を“呪って殺す力”があり、それを使用したと言う決定的証拠じゃないのか?」  謎に包まれていた、先ほどの綾里春美殺害未遂・・この件について、信じられない事実を奴は主張しようとしている。  「ど、どういうことですか!?詳しく説明を!ツイン弁護士!」  裁判長もどうしたらいいかわからない・・といった様子だ。  「つまりだ。犯行時彼は捜査本部にいたと言う決定的なアリバイがある。」  アリバイ・・綾里春美殺害未遂において一番の肝となる部分。  「彼は捜査本部に居ながらその銃で、綾里春美を撃った。もはや、呪いと考えなくては辻褄が合わない!」  「異議あり!辻褄は関係ない!呪いなど、非現実過ぎるではないか!!」  私は呪いを頭から否定する。それは確かに、先ほども言ったように人間は呪いを使えないからだと言う理由もあるのだが・・ もう1つ、とてつもなく大きな理由がある。  「だったら、検察側はどうやってこの不可思議な事件を説明するつもりだというんだい?」  「!?」  ツイン弁護士は笑っていた。先ほどから本当にしか笑みしか見せないところを見ると、相当この法廷に余裕があるようだ。  「これを現実的に検察側が説明できない以上、呪いと考えるしか方法はないんじゃないのか?」  「・・うっ。」  私はその時、管理官とツイン弁護士の本当にやりたかったことを理解した。彼らは、法廷でこれを狙っていたのだ。  (現実的に今説明できない以上、管理官は呪いで人を殺したと言う結論になってしまう。)  だから、今これを私は呪いではないと説明できないといけないのだ。  (説明できなければ管理官は無罪になってしまう。そして、もし判決後に管理官が呪い以外で人を殺したと言う証拠が出たとしても、 その時はもう遅すぎる!)  頭の良い管理官に最強の仮面弁護士。この2人が協力体制をとったら、これはもうまさに無敵。  (もしこのまま判決が下れば、“一事不再審の原則”で2度と管理官を起訴できない!これが、これが管理官の目的か!?)  法律の穴を見事に突いた“呪い殺人”これを阻止しなければ勝ち目はない。  「・・そもそもだ。その呪いとやらで実際に人が殺せるのか!?その証拠を弁護側は提示できると言うのか!?」  私はとりあえずツイン弁護士に反論する。この勝負、こちらが殺害方法を提示するのは今の段階では厳しい。 ならば、弁護側に呪い殺人の確たる証拠を提示させると言う無茶な方法で、時間を稼ぐしか手段はない。  「呪い殺人の確たる証拠か・・いいよ、見せてやる。」  「!?」  だが、この反論に答えたのは意外な人物だった。  「御剣さん・・私は言った。“いつか、自分が否定した言葉に苦しむ日も来る”とね。」  「か、管理官!?」  東山管理官は相変わらず無気味な笑いをしていた。その左手には、昨日私の部屋から取っていったチェスの駒があった。  第2部・呪  裁判長はうろたえていた。何しろ、被告自身が呪いの証言を始めると言い出したからだ。  「裁判長、被告に証言させてみようじゃないか・・それで全ては明らかになる。」  ツイン弁護士は大げさに両手でそうアピールした。  「ふむぅ・・分かりました。よいでしょう。」  裁判長はしばらしくして、やっと呪いの意味を理解したのか、管理官に証言を要求する。  「それでは証人・・呪いについて誰にでも説明がつくように、証言をしてください。」  「くくっ・・いいだろう。」  管理官はチェスの駒を私に向けて飛ばしてきた。  「!?」  それをキャッチした私は管理官の顔を見た。いたって真面目で・・尚且つ恐ろしかった。  「今、この盤上の駒を操っているのは、果たしてあなたか?それとも私か?そして、この盤上で踊らされている駒は・・ 果たして私か?それともあなたか?」  私は自然とチェスの駒を見た。  「それが分かる瞬間だな。御剣怜侍。」  それは明らかに・・挑戦だった。  「呪い殺した方法・・簡単なことだ。私が持っていた銃。そいつを私の死神の力を使い・・ある細工を施した。 それにより、私は遠くにいながら人を殺せる・・遠隔殺人の力が使えるようになった。それを使ったに過ぎない。」  管理官は不気味な笑みを見せながらそう語った。法廷中の全ての人間が言葉を発することが出来ない。  「しょ、証人・・そ、それは・・その・・」  「異議あり!」  同じく言葉を発することが出来ない裁判長に私は訴えた。  「こ、こんな証言などメチャクチャだ!裁判長!このような戯言は即刻却下すべきだ!」  「異議あり!何を寝ぼけている?検察側?」  「何?」  この裁判において私は、何度口にしただろうか?この言葉を・・ツイン弁護士は主張する。  「この証言はさすがに弁護側も予想していなかった。裁判長・・私に尋問の許可をお願いする。」  「じ、尋問だと?このふざけた証言に尋問をすると言うのか!?」  ここでさらに尋問・・どう考えても嫌な予感しかしない。私はこの証言における尋問の必要性をないと主張しようとした。が・・  「確かに、ツイン弁護士の言う通り・・弁護人には尋問の権利があります。」  「さ、裁判長!?」  しかし、これ以上の言葉は木槌が遮った。  「弁護人。尋問を直ちにしなさい。」  「ご理解を感謝する。」  ツイン弁護士は大げさに礼をした。まるで私のように・・  (確実に・・破滅の1歩へと近づいているな。)  そう感じるしかなかった。  「それでは、尋問を行おうか・・。」  ツイン弁護士は早速尋問を始める。  「ところで被告人。死神の力を使い、ある細工を施したと言ったが・・その細工とは何だ?」  奴が早速聞いたのは、先ほどの証言で一番謎な部分だった。  (細工・・確かに、これは何か分からない。)  管理官は前髪を払いながら答えた。  「細工・・それはな。自分の手を銃にする力だ。」  その言葉に、法廷中の人間がまたもや息を飲む。  「じ、自分の手を銃だと!?」  私は言葉を失った。  「そうさ、自分の手にあの銃の力をコピーしたんだ。そして、私自身の目に見えている・・人間に向かって・・」  管理官の左腕が真っ直ぐに伸びた。左手は、よく子供たちが遊びでマネをするような銃の形にしている。  「撃つのさ。」  管理官はそう言うと、静かに・・  「パァン・・」  銃を撃つ仕草のまねをした。それを見ていた法廷中の人々は、その異様な雰囲気に飲まれていた。  「ば、馬鹿な・・そんなことで人が殺せるなど・・」  「それはどうかな?」  私が呪いを否定する発言をしようとした時だ。全てをお見通しだ・・とも言わんばかりの表情で、管理官はそう言った。  「ど、どういうことなのだ!?」  私は背筋に、冷たい氷を入れられたような感覚がした。  「現に今・・私の目にある人間が見えていたら?」  この言葉が、一瞬にして空気を冷たくした。  (ま・・まさか・・)  まさか今、我々が見ていたものが・・犯行の瞬間だったのか!?今まさに、人を殺したと言うのか?  「黒安公吉・・私の目に見えていた人間だ。」  法廷中が一瞬にして沈黙・・しかも、今までとは違う・・完全に無音の空間になった気がした。 もはや、冬の寒さを和らげる・・暖房の音すら聞こえない。  「今、私は殺したんだぞ・・アンタたちの目の前で、黒安公吉を・・呪い殺したんだ。」  管理官の口がニヤリ・・それ以上、何を言ったらいい?奴の目は、憎悪に見ていていた。 それがはっきりと、前髪のわずかな隙間から感じ取れる。  「い・・」  私は震える腕を押さえながら叫ぶ。いや、叫ぼうと試みる。  「異議あり!裁判長!!ただちに休廷を!!け、検察側は・・直ちに黒安公吉の所在を確認したい!!」  黒安公吉・・確実に管理官が殺したい動機を持っている人間。まさか・・そんな馬鹿な!!  「裁判長!弁護側も検察側の意見には同意だ!ただちに休廷を要求する!!」  法廷中は瞬時にして騒がしくなる。  「静粛に!静粛に!よろしい!検察側・弁護側の要請を受け入れます!御剣検事! ただちに黒安公吉の所在、ともに安否を確認しなさい!!」  「了解した!」  私はただちに法廷から飛び出し、糸鋸刑事たちのいる捜査本部に連絡をしようとする。  「それと・・1ついいですか?」  とここで、管理官がふとこう漏らした。  「何ですかな?被告人?」  裁判長はゆっくりと尋ねた。管理官は相変わらず、不気味な笑みをこぼしながら言う。  「私の手が銃になっている・・だから、当然私には硝煙反応があるはずだ。」  「!?」  法廷を出ようとした私は耳を疑った。  「しょ、硝煙反応だと!?」  「そうさ、御剣怜侍・・私は私自身の硝煙反応の検査を要求する。」  もう、何が何だか分からない!  「いいでしょう、御剣検事!」  「な、何だろうか?」  裁判長はもう、半ばヤケクソだった。  「被告人の硝煙反応も行いなさい!今すぐにです!」  「そ、そんな・・!!」  もう完全に、法廷は奴のペースだった。  「以上です!よって、本法廷は只今より、無期限に審理を中断します! 結果が分かり次第、審理を再開しますので、検察側はできるだけ急いでください!よって休廷!」  木槌の音が、やけに重く聞こえた。  第3部・必死  同日 午後12時27分 地方裁判所・検察側第5控え室  「糸鋸刑事!!黒安公吉の安否は確認できたのか!?」  電話口で怒鳴っていた私、もしこれで・・本当に奴が呪いで人を殺せることを証明したのなら、一気にピンチとなる。  『それが・・黒安公吉は朝から出かけたまま、行方が分かっていないッス!』  「何だと!?」  まさか・・本当に殺されたのか?  『しかし、我々は気になる通報を現在聞いたッス!』  「気になる通報だと!?」  糸鋸刑事は説明を始める。  『ちょうど昼ごろッスが、名松池の桟橋に帽子が落ちていたそうッス。そしてさらに・・寒さによって一面凍っていた名松池で、 1箇所だけ氷が割れていたそうッス!』  「め、名松池だと!?」  そして氷が割れていた。答えは1つだ。  『おそらく、通報者の話では人が落ちたかもしれないと・・』  私はそれを聞くや否や叫んだ。  「直ちに名松池に捜索隊を派遣しろ!それと同時に帽子に頭髪か何か残っていないか確認!鑑識も直ちに向かわせるんだ!」  もう、必死だった。  「なんとしてでも証拠を見つけろ!これは・・これは我々に対する明らかな挑戦なのだ!!」  『りょ、了解ッス!!』  電話はその言葉で切れた。全てが管理官の思惑通りだった。  「み、御剣検事!!」  とここで、扉を開けて入ってきたのは法廷係官。顔が青ざめている。  「ど、どうしたのだ!?」  「先ほど・・簡単な硝煙反応の検査を行った結果・・し、信じられない結果が出ました!!」  そう言って1枚の紙切れを渡した係官。私はそれを見て驚愕する。  「こ、これは確かなのか!?」  紙を持つ手が震える。  「ま、間違いありません・・。」  そこには紛れもなく、こう書かれていた。“硝煙反応有り”と。  <硝煙反応>  管理官のスーツから硝煙反応有りの結果が出た。  同日 午後1時39分 地方裁判所・検察側第5控え室  糸鋸刑事たちの働きにより、次々と報告書がFAXで送られてくる。  それに目を通す私・・次第にあの呪いは、行為自体は非現実的なのにもかかわらず、妙に現実味を帯びてきた。    <黒安公吉の帽子>  名松池の桟橋に落ちていた。残っていた頭髪から黒安氏のものと、現在8割方断定されている。  <弾丸・2>  名松池のほとり、名松森の木にめり込んでいるのを発見。付着していた血液が黒安氏のものだったことから、 おそらく体を貫通したものと見られる。現在線条痕は調査中。  もう99パーセント。黒安公吉は殺害されたと見て間違いないだろう。とここで、糸鋸刑事からあらたな連絡が入る。  「どうした!?糸鋸刑事!?」  『そ、それが・・ついに遺体が引き上げられたッス!!』  「何だと!?そ、それで・・遺体の身元は!?」  これが最大のポイントだった。糸鋸刑事は言う。  『間違いなく、黒安公吉だったッス!!』  私はその言葉を聞き、目の前が一瞬ふらっ・・とした。  「し、司法解剖の準備は出来ているのか?」  その問いに糸鋸は、少し黙っていたがやがて・・  『今聞いてみたッスが、準備はもう出来ているらしいッス!しかし、氷が張るような水温の中、 長時間遺体が放置されていたため、正確な死亡推定時刻はでないだろうと注意を受けたッス!』  「何だと・・」  正確な死亡推定時刻が出ない・・まさか?  <黒安公吉の遺体>  名松池から引き上げられた。非常に低い水温の中、長時間遺体が放置されていたため。正確な死亡推定時刻の断定はほぼ不可能。  「御剣検事。鑑識からの検査報告です。」  とここで、突如係官が私のところにやってきた。  「あぁ、すまない・・。」  私は資料を受け取り軽く目を通す。  『他に何か聞きたいことはあるッスか?』  「そうだな・・」  資料を見ながら私は質問を考えようとした・・が、  「聞きたいこと・・そうだな。じゃあ、1つ刑事に聞く。」  『?』  私の顔は、きっと真っ青だったのかもしれない。  「何故、線条痕が一連のものと一致している?」  弾丸の線条痕に関するデータ  ・今回発見された弾丸の線条痕は、一連の事件で一致した線条痕と同じ物だった。   なお、それはほぼ間違いないと言える。  おかしいではないか?その問題の銃は、今日の午前からずっと・・裁判所に証拠として提出されていると言うのに・・。  同日 午後1時50分 地方裁判所・第1法廷  審理は再開された。  「御剣検事。迅速な調査に感謝します。」  「礼には及ばない。」  裁判長からお褒めの言葉をもらうが、正直嬉しくない。  「そして・・この提出された証拠品ですが・・。」  言いたいことは良く分かる。私も同じだ。  「どうやら、これらの証拠からはっきりと言えるようですね。」  ツイン弁護士は資料を右手に持ちながら冷静にそう言った。  「被告人が言ったように、殺害された人間は確かに黒安公吉だった。 そして、彼の腕が凶器の銃の力を持ったと言うのも、彼自身からでた硝煙反応で証明できる。」  「くっ・・」  私は反論できない。  「さらに、線条痕が一連のものと一致。普通ではその銃が、今法廷に証拠として提出されている以上不可能だ。 たった1つの“呪い”という可能性を除けばの話だが。」  奴は資料を机に叩きつけると叫んだ。  「線条痕が一致、それは彼の手が凶器の力をコピーしたと言う証拠!その銃と化した手は、遠く離れた名松池で 黒安公吉の命を奪った。そして、その弾丸は凶器の銃の力をコピーした被告の手から発射されたので、線条痕は一致した!」  ありえない言葉だらけが発せられているが、これも全て、確実に存在する証拠品を前提に主張される。いわば・・ありえない正論。  「弁護側はここに、真にこう言う形での立証は不本意だと感じつつも・・無罪を主張する。 あくまで、この国の法律という名の原則にしたがってだがな。」  法廷中の騒ぎがやまない。さて・・どうしたものか?このままではいけない。  「ふむぅ・・弁護側の主張は、一件メチャクチャなものだと感じることが出来ますが、確かにそれらを証拠品は物語っています。」  何か・・審理を延ばす材料が・・  「そして、それが事実としか判断できません。そうなった以上、被告は殺人罪として本来、裁かれるべきなのですが・・ わが国の法律では罰することが出来ません。」  裁判長が木槌を持った。これはまさに・・最悪としか言えない。  「それでは、被告人に判決を・・」  「異議あり!」  私はギリギリで待った!をかける。  「な、何ですかな?御剣検事?私はもう判決を・・」  もうこうなったら、もっともらしい正論をこちらもぶつけて張り合うしかない。  「少し待っていただきたい。裁判長。」  私は資料を取り出すと言った。  「これらの提出された証拠品には、1つだけあることが分かっていない。」  その言葉に法廷中が再び騒がしくなる。  「静粛に!静粛に!御剣検事・・その分かっていないこととは!?」  裁判長は驚きの目をしているが、よく資料を見れば分かることが1つだけあるはずだ。  「検察側・・これ以上まだ悪あがきをするつもりかい?」  「!?」  ツイン弁護士は机の上に腰掛けると言う。  「アンタのもがく様を見ていると、アメリカでのあの無知な鞭女を思い出すぜ。」  「何だと!?」  奴は仮面に手を当てながら私を見た。  「そう言って、奴は散っていった。アンタも散っていくんだろうよ・・師匠と、その娘に相応しい形でな。」  師匠・・狩魔豪のことか?私はここで、ツイン弁護士にも、管理官と共通の何かがあるように感じた。  「心配はいらない。こちらが指摘する証拠品の問題点は、きちんとしたものだ。」  「へぇ・・そうかい。だったら、見せてもらおうか・・その証拠品の問題点とやらをな!!」  私はそこで指摘する問題点。1つしない。  「問題点は引き上げられた遺体なのだ!」  「遺体だと?」  私が机を叩いて強く主張したのに対し、ツイン弁護士は全く持って理解していないようだ。  「この資料によると、遺体は正確な死亡推定時刻を出すことが不可能・・と書かれていますな。」  とここで、珍しく裁判長が御剣の言いたいことに気づく。  「その通りなのだ。つまり・・」  この呪い殺人を否定する材料は、もはやこれしかない!  「管理官が呪い殺人を法廷で行った時に、黒安公吉が殺害されたと言う証拠は全くないのだ!!」  その主張に、机の上に腰掛けていたツイン弁護士は・・  「なはぁっ!!!!!!!!!!!」  そう叫ぶと思いっきり机から転がり落ちた。  「た、確かに・・検察側の主張は最もです。死亡推定時刻が判明しなければ、あの時に被告が殺害したとも考えづらい!」  「異議あり!笑えねぇアメリカンジョークだぜ!」  ツイン弁護士は倒れた体を必死に起き上げながら、そして・・机から顔だけを辛うじて出すと言った。  「アンタのジョークは差し詰め、女を口説く台詞しか考えていない鼻の高いキザ男・・ すなわちイタリアンジョークにすぎねぇのさ!!」  (イタリア人がいたら石を投げつけられるぞ・・)  ツイン弁護士は腕を机にかけると、本題に入る。  「いいか?死亡推定時刻が何だ?もう1つこれには動かせない証拠があるんじゃないのか?線条痕が一致と言うな!!」  「!?(ム・・た、確かに。)」  ツイン弁護士は起き上がり、改めて机の上に腰掛けると大声で言った。  「ここにずっと証拠品として提出されていた銃が凶器として使われた謎。これがある以上!呪い殺人としての立証は完璧だ!」  「異議あり!だが、時刻が曖昧ではどうしようもない!それがはっきりしない以上、呪い殺人と断定はできない!」  「異議あり!しかしなぁ、この法廷にいると言うアリバイはあるが銃は使えたはずがない。 こいつは綾里春美殺害未遂の状況に極似している!これと極似してるってことは、これも呪い殺人なんだよ!」  「異議あり!その綾里春美殺害未遂についてもまだはっきりしていないではないか!本来の法廷の流れだと、この被告の証言で、 綾里春美殺害未遂についての呪い殺人を立証すると貴様は言っていたぞ!」  木槌が何度も鳴り響く。御剣は机を大きく叩いて叫ぶ。  「その結果がこれだ!ここで不自然さが残り、完璧な立証が出来ていない以上、 綾里春美殺害未遂の呪い殺人も、弁護側は立証できていない!!」  「ふんがぁっっっ!!!!!!!!!」  ツイン弁護士はまたしても机から転がり落ちそうになる。だが、今度は右手を壁に押さえて、 器用に体を支えているようだ。落ちてはいない。  「くっ・・鞭女とは違って無知じゃないようだな、アンタは・・」  「!?」  奴はゆっくりと体を机の上に戻すと言う。  「しかし、だから何だ?そのアンタの主張があったとしても、それ以上話を進展できるのかい?アンタは?」  「ど、どういうことだ!?」  奴は笑いながら言った。  「死亡推定時刻がわからない遺体。確かに不自然さは残る。けどな、線条痕の問題が生きている限り、 いくらアンタが不自然を語っても、こいつの無罪判決行きの列車は止まらねぇ!所詮あんたの語る不自然さは、 列車を止める大自然の災害にはなりえねぇのさ!!」  「な、何だと!?」  木槌が再び鳴り響く。  「静粛に!静粛に!た、確かに弁護側の言う通りです!」  「異議あり!それはどうかな?ツイン弁護士?」  「なにっ!?」  ツイン弁護士・・それは分からないぞ。私だって、この無罪判決行きへの列車が、 “正真正銘の犯罪者”を乗せているならば、止めることはできるのだぞ。  「言っておくが、まだ司法解剖は行われていない。まだ時間はかかるかもしれないが、 正式な解剖が行われれば、死亡推定時刻がわかることもあるのだ。」  「異議あり!何を言うか?遺体は警察がモタモタしていたせいで、長時間冷たい池に放置されたままだった。 正確な死亡解剖が出ることはない!」  ツイン弁護士は机の上に腰掛けたまま、壁を叩いて反論する。  「それはどうかな?これは何も・・私のような素人の見解ではないのだ。」  私は資料を再び取り出すと、その問題の部分を指差した。これで終わりだ。  「ここにはっきりと、その筋の専門家からのコメントがついているのだ。“正確な死亡推定時刻の断定はほぼ不可能”とだ。」  「ど、どういうことだ?」  ツイン弁護士はそう言うものも、状況は分かっているらしい。その証拠に・・笑みがない。  「簡単なことだ。死亡推定時刻の割り出しは、“ほぼ不可能”であって“不可能”とは言っていない!!」  「ぐはぁっ!!!!!!!」  ツイン弁護士は再び机から転がり落ちる、と同時に、頭を思いっきり壁に打ちつける。  「静粛に!静粛に!もう結構です!」  裁判長は木槌を叩くと結論を述べる。  「検察側の意見に本法廷は同意します!確かに確実な解剖記録が出るまで判断は出来ない! じっくりと、全ての証拠を吟味した上で判決は下すべきだと考えます!」  やった・・なんとか今日は乗り切ることに成功したみたいだ。  「よって、本日の審理はここまでとしてます。閉廷!」  やっと・・やっと終わりの木槌が響いた。  (ふぅ・・問題は山積みだが、とりあえずは良しとしよう。)  法廷内で御剣は1人、ため息をついた。  同日 午後2時45分 地方裁判所・被告人第5控え室  「何を見ている?」  「あぁ・・写真だ。家族のな。」  「・・・・そうか。」  俺は写真をずっと見ていた。今日の法廷では決着がつかなかったが、まぁ、予想は出来た。相手は御剣だったから。  「明日だ。明日に全ての決着がつく。」  明日は忘れもしない・・12月28日。  「父さん、母さん。それに・・・。」  俺はそのまま写真を、大事にポケットにしまう。ぐちゃぐちゃになっても・・それは大事な写真。かけがえのない家族の。  これは、俺の失った家族のための戦いなんだ。俺はそう、改めて感じた。  その写真に写っていたのは、家族の姿。  ランドセルを背負っている男の子がいる。小学校の入学祝だろうか?  そこには家族5人が笑顔で写っていた。  もうかれこれ、20年前の写真だ。  Chapter7 end  ・・・It continues to chapter 8

あとがき

 さて、Chapter7は完全犯罪の成立。  今回はこのタイトルの意味するところが微妙だったかもしれませんが、冒頭の部分で何となく分かるかな? まぁ、結局は成立していないのですが・・ほぼ成立してるも同然ですね。今のところ。  第1部・穴。こいつが意味するのはまさに文字通り“穴”。法律の落とし穴みたいなやつです。 法律をも味方につける男。東山管理官。つくづく彼は悪知恵が働く奴です。    第2部・呪。今回のテーマがはっきりしてきました。それはなんと“呪い殺人”。 まぁ、呪いで人を殺しても罪にならない。こいつはドラマ・トリックの影響ですな。 いや、参考にしたと言ったほうが無難か?そんな感じです。  第3部・必死。とりあえず、全てに必死になってもがく御剣の話。ここでやっと、 線条痕が意味するもっと大きな意味が分かったと思います。個人的にはツインさんが落ちるところが大好きです。(?  とまぁ、テーマが呪い殺人だと判明した第7章。ここからはどうやって御剣が、 呪い殺人のからくりを解くのか?が重点になったりするのかもしれません。  あと、微妙に最後・・管理官の過去が出てきましたね。ポイントは5人・・推理してる人。頑張ってください。(?  そして次回からは、徐々に過去との繋がりが出てきます。個人的に頑張りたいところです。 ちなみに第8章は、あの2人にもついに魔の手が・・以上です。

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