18年目の逆転〜放たれたDL6・5の死神〜(第13話)
 “有罪判決”・・それは犯罪を犯したものに下る、裁きの鉄槌。  この鉄槌が、彼らにとって事件を終わらせてくれるものとなるはずだった。  だが、この鉄槌は人にしか効かない。そう、奴ら“死神”には効果がないのだ。  奴らは何処までも、最後の人に取り憑くまで・・事件をやめない。  そこで見るものはただ1つ・・“絶望”。  Chapter 13 〜最終決戦〜  第1部・弾丸  「御剣検事・・?どうしましたか?」  裁判長の声が、御剣を現実へと引き戻した。  「・・・・!!」  御剣は先ほどの衝撃がなかなか抜けない。  「どうした?自身の敗北への道が確定して、目眩でも起こしたかい?」  奴は、東山怜次は笑いを堪えている。そう、勝利を確信している。  「東山兄弟・・まったく、貴様らは頭が良い。」  まず最初に出た言葉はそれだ。それに尽きる。  「そりゃ、ありがとさん。アンタに言われるとは光栄だよ。」  大げさに礼をする。だが、奴らにはそれ以上に当てはまる言葉がある。  「しかし、貴様らはそれ以前に執念深い。だから、18年前と同じ方法を使ったのだ。」  18年前と同じ方法。御剣にとっても18年前の裁判を再び審理ことは、とても大きい。  「どういうことだ?18年前と同じ方法?」  頭の中では分かっているはずだ。恐らく、この父親の事件の真相を知った2人は、ここでこの犯罪計画を思いついたのだろう。  「私も、18年前の裁判を再審理しなければ、この呪い殺人の大きな謎に気づけなかっただろう。」  御剣は慎重に言葉を選ぶ。奴らが最も強気になれているのはこの謎があるから。つまり、ここには何を仕掛けているか分からない。 頭の回転が良い2人のことを考えれば尚更だ。  「み、御剣検事。つまりあなたは、呪い殺人を立証できるというのですか!?」  裁判長の声が裏返っている。  「そういうことになるだろうな。最も、これは“呪い殺人”などではなく。“卑劣な殺人計画”だったと断言できるだろう。」  御剣は腕を組みながら、じっくりと様子を見る。はたしてそれだけの、根拠が揃っているのか?  「へぇ・・つまりアンタには、昨日の4件の事件で発生した。ライフリングマークの謎が立証できるんだな?」  挑発的な発言をする東山弁護士。それもこれも、自らの犯罪計画に対する自信ゆえに。  「御剣検事!そ、そうなのですか!?あなたにはあの線条痕の謎が、立証できるというのですか!?」  裁判長・・先ほど東山が言ったことと同じことを聞いている。しかし今は、それにつっこんでいる暇もないだろう。  「そういうことだ。この2人は、線条痕にある罠を仕掛けた。我々はそれに、踊らされているのだ。」  「線条痕に・・!?」  「ある罠をだって!?」  御剣の言葉に、裁判長・・次いで証言台の小城伊勢が反応をする。  「ふぅん・・そいつは面白いな。俺たちがライフリングマークにある罠を仕掛けた。 無論、完璧に立証ができるんだろうな?その罠とやらを。」  御剣が言った言葉に、全く怯む様子のない怜次。そして被告席の弟・恭平。  「あぁ、私は間違いなく。貴様らが仕組んだ線条痕の罠を立証できるだろう。」  「ふぅん・・なら、やれよ。俺たちが聞いてやるよ。その戯言を一言一句聞きのがさずにな。」  どこまでも頭の切れる2人の死神に、御剣がした宣戦布告。  (今こそこの事件に、決着をつけてやるのだ!!)  御剣は資料を手に取った。  「まず、この事件の線条痕に仕組まれた罠は、18年前に本庁が偽造した手段と同じである。と言っておこう。」  「お、同じとは!?」   裁判長がこの反応をするのはいつものことだ。だが、小城伊勢は本庁と同じ手段と聞いて、ピンときたものがあるようだ。  「それはつまり、平夫妻の体内から摘出された、黒安公太郎の銃から発射された弾丸を・・ 連続発砲事件の犯人に対して発砲をした、東山章太郎の銃から発射された弾丸とすり替えた。っていう意味なのかっ!?」  小城伊勢のこの言葉。ズバリ大正解である。  「その通り。父親の事件の真相を知ったこの2人は、これをもとに今回の完全犯罪を計画したのだ。」  傍聴人達がまさかと言った表情をしている。御剣は、そのまま今回の資料を取り出す。  「ここでだ、思い出して欲しいのが今回の事件だ。黒安公太郎が殺害された時。 黒安公太郎を撃った銃だけ、線条痕が一致していなかった。」  「つまりそれは、黒安公太郎の事件の時だけ、凶器の銃が一連の物とは違ったということですな。」  裁判長。さすがにそれは理解ができているようだ。  「そしてその黒安公太郎を殺害した銃は、線条痕を調べた結果、DL6号事件の銃の線条痕と一致した。昨日の捜査段階でだが。」  DL6号事件の銃の線条痕と一致。またしても登場したこの銃に、再び騒がしくなる法廷内。  「静粛に!静粛に!御剣検事!それは間違いないのですか!?」  「あぁ、捜査本部が鑑識で調べた結果だ。間違いはないだろう。そして、そのDL6号事件の凶器として保管されていた。 オートマの銃。すなわち黒安公太郎が18年前に使用にした銃は、現在行方不明だということも分かった。」  現在行方不明・・法廷内のざわめきはおさまらない。  「ということは、その銃は保管庫から何者かによって盗まれってことなんだろうな。」  小城伊勢は冷静にそう分析する。  「その通り、何者かがそれを盗んだことになる。そして、それが一連の犯行に使用されているということは、 盗んだ人物は東山兄弟のどちらかだ。」  とここで、兄の怜次が面白そうな顔をして尋ねてくる。  「楽しそうな推理ごっこを3人でしているようじゃねぇか。なら、俺も参加していいか?俺たちのうちどちらが、 銃を警察の保管庫から盗めたって言うんだ?」  奴が最初にぶつけてきた問題。しかしその答えは容易い。  「無論、弟である東山恭平であろう。兄である貴様の職業は弁護士。警察の保管庫に立ち入るのは、 警察関係者と検察関係者以外は通常不可能だ。」  そのことから考えると、自ずと銃を盗んだ人物は限られてくる。  「そう考えれば、弟である東山恭平の職業は警察本庁の管理官。最も怪しまれること無く、 保管庫に立ち入ることができる。銃を盗み出すことも簡単だったであろう。」  2人の職業。これもこの犯罪計画を考える上では非常に重要なところにあったのかもしれない。  「なるほどね・・確かに辻褄はあってる気がする。それで、アンタの立証の続きを聞かせてもらおうか?」  とりあえずここは奴らも否定しない。反論の余地がなかったのだろう。  「いいだろう。では続けさせてもらう。つまりだ、この事件には今、証拠品として提出されている銃のほかに、 もう1つ、“DL6号事件の銃”が存在していたことになる。」  2つ存在した銃。これが大きな意味を持つ。  「ここで昨日発生した4件の事件を考えてみようではないか。この事件、全ての事件で発見された線条痕は、 法廷に提出された銃のものと一致している。」  だが、それでは決定的におかしい。御剣は机を叩いた。  「しかし、それは矛盾している!何故ならその銃は、警察で厳重に保管されているからだ! しかし、そうなると今度は4人の被害者が撃てなくなる!だがそれでも、 4人の被害者が銃で撃たれたということは、一体何故なのか!?」  互いに相反する矛盾。つまりここには、嘘がある。  「理由は1つ。どこかに嘘が潜んでいるのだ。」  「う、嘘が潜んでいる!?」  裁判長の言葉をここで、奴が遮った。  「面白い・・一体この事件。どこに嘘があるって言うんだ?」  存在する嘘。その嘘が見抜ければ、自然と犯罪計画の根本が明らかになる。  「簡単な話だ。警察に保管されている銃で、昨日あの4人は撃てない。しかし撃たれているということは、 確かに銃が事件に使用されていた。ただ、その銃は“ベレッタM92F”ではなかったのだ。」  そう、これが考えられる事実。  「異議あり!おいおい・・自分の言っている意味が分かってるのか?ライフリングマークがその “ベレッタM92F”と一致してるんだぞ?」  「異議あり!そう、だからそれが嘘なのだ。」  御剣の言ったこの一言。だからそれが嘘なのだ・・法廷内で多少の混乱が生じる。  「御剣検事・・それが嘘とは一体どうい・・」  「異議あり!それが嘘?具体的に言ってもらおうか、何が嘘なんだ?」  裁判長の言葉などは一切無視している東山。ここが奴らの計画の大柱。今からそれを御剣は、一気に引き抜きにかかる。  「何が嘘か?それは、4人を撃った銃が“ベレッタM92F”だと裏付けている。弾丸しかないだろう。」  「だ、弾丸が嘘ですって!?」  裁判長は言葉を失う。  「異議あり!弾丸が嘘?弾丸の何が嘘なんだ?」  「無論、弾丸に残された線条痕だ。検察側の主張はただ1つ!」  御剣は持っていた資料を机に叩きつける。もはや、答えは1つしかありえない。  「昨日4人を撃った本当の銃は、黒安公太郎を殺害した時に使用したDL6号事件の銃だった。 つまり、ベレッタM92Fは本当の凶器ではない!そう、ベレッタM92Fの線条痕が残された弾丸は偽物の証拠だったのだ!!」  「異議あり!だが、それが現に現場に残されているじゃねぇか!?それこそが紛れもないあの銃が凶器だった証拠じゃねぇのか!?」  東山も机を叩いて反論する。だが、御剣は真っ向からそれを否定した。何故ならば・・  「つまりだ!あの時貴様は、現場にあった弾丸をすり替えたのだ!ベレッタM92Fの線条痕がある弾丸と!!」  「なっ・・弾丸をすり替えたぁっ!?」  「そっ・・そんな馬鹿なことがっ!?」  小城伊勢と裁判長がぴったりと息を合わせて驚く。傍聴人達も一気に騒ぎ出す。  「異議あり!弾丸をすり替えただと!?しかしな、あの事件が発生したとき、既にその銃は裁判所に証拠として提出されていた! すり替えるも何も、その銃から発射された弾丸が入手できないじゃねぇか!?」  「異議あり!つまり、貴様らは前もってその弾丸を用意しておいたのだ!弟が逮捕される何日も前から、数10発分を この犯行のために撃ち、線条痕付きの弾丸を用意しておいたのだ!!」  その言葉に法廷中の騒ぎ声がさらに増していく。  「静粛に!静粛に!弾丸を前もって用意し、犯行後その弾丸にすり替えた。確かにそれならば、見つかる弾丸の線条痕は、 裁判所に提出されているはずの凶器から発射されたものとなりえます!」  裁判長も御剣の意見に強く同意のようだ。だが、ここからが奴らの猛攻の始まりだった。  「異議あり!弾丸をすり替えた。確かにそれならできるような錯覚に陥るな。けどな、簡単にすり替えたと言っているが、 それが容易くできるのか?」  「ど、どういう意味ですか!?東山弁護人!?」  裁判長はその体をやつの方に向きなおす。  「いいか?弾丸をすり替えるためには、少なからずこの動作が必要になる。1度撃った弾丸を回収し、偽の弾丸にすり替える。 ポイントは、1度撃った弾丸の回収だ。」  「弾丸の・・回収だと!?」   御剣に求められる新たな立証。それは当然といえば当然のポイント。  「いいか?弾丸を回収するという作業は容易いことじゃない。警察さえもが弾丸の回収には苦労させられるんだ。 それを俺がやったとアンタは言う。」  「それはそうに決まっているであろう!?その時弟は留置所で身柄が拘留されているのだからな!」  そう、つまりその作業はそこに立っている兄の“東山怜次”が行ったことになる。  「そうなんだよ。俺がやったことになるんだよ。警察関係者でもない、弁護士の俺がだ。」  「!?」  弁護士の東山怜次が言った。奴が主張したいポイントはそこだった。  「俺は警察関係者じゃない。素人なんだ。それを警察でさえ苦労する弾丸の回収だ。俺がやったら日が暮れちまう。 そうやってモタモタしている間に、誰かに見つかったらアウトじゃねぇか。」  次の瞬間、奴は拳で壁を叩きつけると叫んだ。  「そんな時間がかかりリスクが高い計画。俺ができるわけがない!!」  その反論に傍聴人達の騒ぎ声がまたしても一段アップする。  「静粛に!静粛に!静粛に!確かに、東山弁護人の言う通りです!そこまで時間のかかる作業、 下手すれば誰かに見つかって終わってしまいます。」  裁判長もそれに同意している。本当に流されやすい人だ。  「異議あり!つまりそれは、検察側が弾丸の回収を、素人である貴様がスムーズにできたことを立証すればいいのだな?」  弾丸の回収は確かに面倒だ。体内に弾丸が残ってしまっては、医者でもない彼はますます作業が困難になるだろう。  「その言い草、立証できるかのような言い方だな。俺が弾丸回収をスムーズに行えたことを。」  「少なくとも、貴様にはある強みがあることだけは事実だがな。」  激突する2人の主張。御剣がここで対抗手段として切り出すのは、東山怜次の強みだ。  「強み・・だと?」  「そうだ、強みだ。12月13日の弟を自ら貴様が狙撃したあの事件。あれは相当な銃の狙撃能力がなければ不可能だ。」  前髪をいじりながら嫌な顔をする怜次に対し、御剣は彼に軽く指を指すとあの事件の話を持ち出した。  「貴様はアメリカにいた。アメリカでは銃を日常的に持っていても罰せられないであろうし、 警察関係者でない貴様でも、簡単に銃の訓練ができる。狙撃能力を高めることは簡単だったであろう。」  「だから何だっていうんだ?」  前髪をいじる手を止めた東山。その声は恐ろしい。  「つまり、狙撃能力が高い貴様は、銃で被害者を撃つ時、撃ち込む場所を大方自由に操ることができる。」  「撃ち込む場所を・・自由に?」  裁判長は首を傾げる。そう、ここがこの弾丸回収におけるポイントなのだ。  「裁判長。昨日起きた事件。事件現場をよく思い出して欲しい。」  御剣は資料を取り出すと、昨日の4件の事件の共通点をまとめる。    <弾丸・2>  名松池のほとり、名松森の木にめり込んでいるのを発見。付着していた血液が黒安氏のものだったことから、 おそらく体を貫通したものと見られる。現在線条痕は調査中。  <現場写真・1>  予告殺人の1人目・志賀真矢の殺害現場。場所は留置所入口。弾丸は被害者の数10メートル後ろにあった木から発見。  <現場写真・2>  予告殺人の2人目の現場風景。現場は裏路地のゴミ集め場所。弾丸が被害者の背後にあったそこのガラスにめり込んでいた。  <現場写真・3>  予告殺人の3人目。成歩堂の撃たれた現場。場所は吐麗美庵近くの路地。弾丸は成歩堂の腹部を貫通し、 そのまま看板を貫通、木にめり込んでいた。  「4人の被害者・・その全てを弾丸は貫いていることが資料から分かるだろう。」  御剣は裁判長にそう言った。  「確かに、全ての弾丸は被害者を貫通し、その背後にあったものにめり込んでいますな。」  裁判長のその言葉に、小城伊勢が何か気づいた。  「めり込んだ・・まさかっ!御剣検事!弾丸回収と狙撃能力の意味ってのは!?」  「そういうことなのだ。小城伊勢刑事。」  「どういうことなのかさっぱり私には分かりません。」  どうやら、その辺の理解度には温度差が生じているようだ。  「つまり裁判長、弾丸は全て被害者を貫通し、その背後にあった何かに、“めり込んでいる”のだ!」   「めり込んで・・ああああっ!?」  裁判長もやっと理解してくれたらしい。いい加減1発で理解して欲しいものなのだが。  「これで分かったであろう?貴様はその銃の腕前で、弾丸が被害者を貫通して背後にある、 障害物にめり込むようにして撃ったのだ!」  銃の腕前がないとできないこの犯罪。全ては念入りに行われていたのだろう。  「弾丸が黒安公吉の時は“名松森の木”。志賀真矢の時は“留置所入口付近の木”。 3人目の刑事は“ガラス”。成歩堂の時は看板を貫通して“その後ろにあった木”。 全てが被害者を貫通してめり込んでいる!」  さらに言うならば、その障害物にもポイントはある。  「全て木など、ちょっとやそっとじゃ貫通不可能な障害物にみな、弾丸はめり込んでいるのもポイントだな。」  御剣は最後に、東山怜次に向かって言う。勝ち誇った顔で。  「貴様はそうやって、全ての弾丸がめり込むようにしたのだ!そうすれば、弾丸回収もスムーズに行える上に、 偽物の弾丸をそこに埋め込むだけでいい!そうやって貴様らは、“呪い殺人”という“完全犯罪”を完成させたのだっ!!」  突きつけられたその指は、彼ら2人を真っ直ぐと捕らえていた。暴かれた“呪い殺人”と言う名の“完全犯罪”。 しかし、2人は何故か笑っていた。    第2部・決着  裁判長は不気味に笑いつづけていた2人の男に、いや・・正確には兄である東山怜次に。こう尋ねた。  「べ、弁護人。今の検察側の主張に対して、何か反論は?」  反論。御剣の主張に対して何度もしてきた行為。奴は依然として笑っていた。  「反論かぁ・・ありすぎだね。」  「な、何だと!?」  今まで一番嫌な笑いだった。そしてまた、視線も今まで一番鋭いものだった。  「弾丸のすり替えねぇ・・ふぅん。確かにな、俺の銃の腕前はそうなのかもしれねぇ。 そいつばかりは否定のしようがないからな。利き腕と同じで。」  否定することのできない2つの証拠。しかし、それを持ってしてでも奴は認めない。  「しかし、その弾丸すり替え。弾丸が何かにめり込んでいたといい、そこは筋が通っている。 確かにそれだと、弾丸回収に時間もそうかからないだろう。」  奴は前髪を再びいじる。何度も何度もいじる前髪、次第に奴の目は前髪で隠れてしまう。  「けれども、1つだけ弾丸回収がスムーズに行える・・では説明ができないポイントがある。」  「弾丸回収が行える・・では説明ができない?」  前髪で隠してしまった目。それで真っ直ぐに御剣を睨みつけている男。  「いいか?呪い殺人の2件目。志賀真矢殺害については、それだけでは説明が不可能なんだ。」  「志賀真矢殺害だけ、不可能だと!?」  御剣はゾクッとした。前髪で隠れてしまった目から発せられる力。言葉の重み。全てが弟・恭平のあの姿と一致した。  「ははっ、よく考えてみろよ。志賀真矢は高等裁判所からの計量裁判の帰りで、護送車から出たときに殺害されたんだ。 そう、留置所の入口・・すなわち、留置所の敷地内でな。」  「・・!!(留置所の敷地内・・まさかっ!?)」  東山が挙げたポイント。それは志賀真矢の殺害現場だった。殺害現場が留置所の敷地内。これが意味するものは。  「ちょっと待てよ!確かに御剣検事。弾丸が木とかにめり込んでいたら、弾丸回収もスムーズにいくしすり替えも 簡単にできる。だが、志賀真矢の殺害現場が留置所の敷地内だったら、あいつは近づくことができないじゃねえか!?」  「そ、その通りです!小城伊勢さんが言うように、犯行現場が留置所の敷地内では、 弾丸の回収などしていたら見つかってしまいます!」  さらに小城伊勢と裁判長のダブルパンチ。御剣はと言うと・・  「そ、そんな馬鹿なああああああああっっっっ!!!!!!!!!!!」  KO寸前にまで追い込まれていた。それと同時に法廷内も一段と騒がしくなる。  「ふふふっ・・これでも状況を逆転させたつもりだったか?悪いが、俺も気が長いほうじゃないんでね。 やられたらやりかえす・・って言うように、逆転されたら逆転しかえす人間なのさ。」  「ぐっ・・逆転か。確かに、状況は再び貴様に逆転されたのかもしれないな・・!!」    今までの審理から、流れは完全に御剣のほうにきていた。勝利も目前だった。しかし、最後の最後で とんでもない大逆転が起きてしまった。  (あと最後・・志賀真矢殺害の際に奴が、どうやって弾丸回収とすり替えを行ったのか!! それさえが分かれば、再び逆転が可能だというのに!!)  いかにして東山怜次が殺害後、留置所係員や警察関係者・・さらには捜査員でごった返していた、 事件現場の留置所敷地内で、彼らの目を欺きながら弾丸の回収とすり替えを行ったか? 普通に考えれば、あの状況に飛び込むことさえ不可能だ。  (やはり・・ここまでなのか?何か・・何か可能性でもいいからないのか!? あの時やつに、不自然な動きはなかったのか!?)  不自然な動きがなかったか?とここで、御剣はふと考えた。  (待てよ・・奴があの時犯行を行ったのならば、絶対に留置所敷地内にはいたはず。ん・・?)  確かに、彼が犯行を行ったのならば、敷地内にいなくてはおかしい。それなのに、誰もそんなことをしている人物すら見ていない。  (・・・・いや、しかし!あの留置所で、東山怜次を目撃した人間は確かにいた!)  昨日の話だ。“彼”の目撃者は存在した。だが、“現場ですり替えをしている彼”を目撃した人間はいない。  (“空白の時間の存在”は立証できる。となれば、最後に私がしなければならないのは・・“空白の時間に何をしていたのか?”)  しかし、どうやら捕らえたもの同然だということだけは分かった。    「だが、貴様らの運命は・・東山恭平が逮捕された瞬間から、徐々に狂いだしていたのだろうな。」  奴らが出した、初めてのボロ。ここから御剣の反撃が初めて始まった。  「どういうことなんだ?御剣怜侍?」  先ほどまでの余裕な表情が、まるで嘘のように変わっていく怜次。 どうやら、その言葉が先ほどから嫌な出来事の前兆のように感じているらしい。  「昨日、貴様は弟と留置所で面会を行っている。その時間は、覚えているだろう?」  御剣が出してきたのは、東山兄弟の面会の時間。  「無論だな、記憶が正しければ・・午後3時20分から40分ほどの間だったが?」  御剣は資料を見ながら確認をする。  「ご名答だ。貴様たちの面会は午後3時20分に始まり、正確には午後3時43分23秒に終えて退出をしようとしている。」  そうやって御剣が見せたのは、監視カメラの2人の面会が終わり、東山怜次が退出をしようとしている場面の写真だ。 その右下に、はっきりと“15:43:23”と記されている。  「だから何だっていうんだ?その退出の時間が事件とどう関係がある?志賀真矢が殺害された時刻は、午後4時34分だ。 俺が退出してから51分後のことじゃないか?」  そう、確かにあの時・・弟の恭平が留置所で呪いを行った時刻は午後4時34分。  「確かに、貴様が面会を終えてから約50分後に事件は起きている。しかし、それはあくまで面会が終了してから約50分後だ。」  「・・何が言いたい?」  自然と体に力が入る東山怜次。それが声にも現れている。  「実は、留置所の係官がこんな証言をしているのだ。」                       ※     ※     ※  「えっと・・面会が終わった時刻が“15:43:23”ですね。」  「ん?あれ・・おっかしいなぁ。」  「ん、どうした?」  「いや、自分がここを去るツイン弁護士を見たのは、4時40分頃だったんですけどね。」                         ※     ※     ※  その証言に、裁判長が妙な顔をする。  「おかしいですな。しかし彼は、3時40分頃には面会を既に終了させて、留置所から去っていたはずなのでは?」  裁判長が思っていたことをそのまま口にした。  「そう、その通りなのだ。彼は確かに面会を1時間前に終わらせていたはずなのに、留置所から去るところを目撃されているのが、 その1時間後の4時40分なのだ。」  「・・・・・っ!?」  とここで、東山怜次がやっと気づく。自らがやってしまった最初の失態に。  「でも待てよ、そうなれば彼は・・それまでの1時間。何をやってたんだ?」  小城伊勢が言った一言。それに御剣は便乗した。  「そう、それまでの空白の1時間。この男は何をしていたのか?そしてもっと重要なのは、その空白の1時間の間に、 “志賀真矢殺害の時刻”が含まれていると言うことだ。」  「・・ああっ!そう言われてみれば、確かに!」  裁判長は大きな声を出して叫んだ。法廷中も御剣の言おうとしていることが徐々にと分かってきたような空気だ。  「東山怜次。1つ伺おうか?面会が終了してから、留置所を出るまでの空白の1時間。留置所敷地内で一体何をしていたのだ?」  「・・・・・・っっっっ!!!!!!」  何度も言葉に詰まるこの男を見てきた御剣。だが、今度こそ正真正銘・・言葉に詰まっている。  「さらに言うならば、面会が終了してから、4時40分までに留置所の職員は誰も、貴様を見ていない。 おかしな話だ。あの時は仮面もつけていたはずだから、さらに目立っていたはずだろうのに。」  これでも留置所は広いようだが、1時間の間誰にも見つからないほど広くはない。  「監視カメラの映像を見ても、貴様の姿が写っていればすぐに分かるだろうのに、それにすら写っていない。何故なのかっ!?」  「・・・・・・・ぐぐっ!!」  何故この男が1時間の間、留置所で忽然と姿を消したのか?  「ここで私の友人がよくする、“発想の逆転”をしてみようか?東山怜次。」  「は、発想の逆転だと!?」  御剣は彼に指を指したまま、じっくりと追い詰める。最後の攻撃だ。  「何故、“貴様が1時間、留置所から消えていたのか?”と考えるのではなく、 “貴様は1時間、留置所で何をしていたのか?”を考える。」  勿論、していたことは1つだ。  「していたことは当然、志賀真矢の殺害と弾丸の回収・・そしてすり替えだ。」  「だがっ!それがあの状況下でできるわけがない!すぐに見つかって・・」  そう、それこそが答えだったのだ。  「異議あり!そう、つまり貴様は見つからないようにここで、“留置所の係官に変装”していたのだっ!!」  御剣の放ったこの一言。もはやこの男が留置所から姿を消した理由はそれしか考えられない。  「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」  その証拠に、今の東山怜次の顔が全てを物語っている。  「な・・へ、変装ですって!?」  裁判長、開いた口が塞がらない。木槌を叩くことさえ忘れている。  「そうなのだ!東山怜次はあの面会後に、留置所のどこか・・おそらくトイレで係官に変装をしたのだ! そして志賀真矢殺害のチャンスを待った!」  それで考えれば、何故この男が弾丸回収などを行えたのかも全ての説明がつく。  「そして運命の午後4時34分。貴様は物陰から志賀真矢を銃で殺害。 その後、現場に駆けつけてくる沢山の留置所係員達に混じって、自分も見事現場へ潜り込んだのだ!!」  「じゃ、じゃあ御剣検事!!彼があの状況下で弾丸回収と弾丸のすり替えを行った方法ってのは!?」  証言台の小城伊勢はまさかと言った表情をしている。  「小城伊勢刑事、おそらくはあなたの考えと真実は一緒だろう。そう、この混乱した現場で、 この男は留置所係官に変装することで、見事に現場にいることの不自然さをカバーした。 ここで、弾丸を探す振りをしながら、木にめり込んでいた弾丸を回収、すり替えたのだ!!」  御剣はその実行犯に向かって思いっきりその言葉を叩きつけた。  「異議あり!だが、そいつの主張は1つだけ笑えねぇ部分がある!」  奴は机を怒りのままに叩きつけると声を荒げた。  「いいか!?弾丸は間違いなく志賀真矢の体内を貫通していた!その証拠に弾丸からは、 志賀真矢の血液が検出されている!これは他の3件も同じだ!」  「異議あり!それは極自然なことだ!貴様がすり替えのために用意した弾丸を、 倒れた被害者の傷口に1度入れることで、血などは簡単に付着させられる!!」  「異議あり!かかったな!御剣怜侍!」  「な、何だと!?」  奴の目は追い詰められているはずなのに、どこか恐ろしいほど負けを感じさせなかった。  「だったら、志賀真矢の時はどうなる!?俺が係官に変装できていたとしても、 志賀真矢の死体に近づいて、傷口に弾丸を入れていたら普通ばれちまう!そもそも志賀真矢は 後頭部を撃たれていて、血しぶきすらそんなになかったはずだ!」  ここで再び机を叩きつけると、奴は叫んだ。  「そんな状態で、どうやって偽の弾丸に志賀真矢の血液をたっぷりと付着させるんだ!?」  傍聴人達の声でその声すら聞き取りづらくなる法廷内。ようやく裁判長は自分の仕事を思い出す。  「静粛に!静粛に!静粛に!!!!!!!」  木槌が5回ほどなったところで傍聴人達はようやく静まる。  「御剣検事!弁護側の反論は最もで筋が通っています!どうなのですか!?彼には偽の弾丸に 志賀真矢の血液を付着させることが、それでもできたと主張するつもりなのですかっ!?」  裁判長の問い。今まで一番難題のように聞こえるが、これを切り替えす方法こそ、 御剣はあの男・・全ての元凶である公安課の神風から聞いている。  「はっ・・できるわけがねぇ!これでアンタもお終いだな!御剣怜侍ぃ!」  最後の最後、この証拠品自体が存在しているということを御剣は知らない。 そうあの男は確信している。被告席のあの男もだ。  「異議あり!お終いなのは貴様らのほうだ!東山兄弟!」  だが、それを御剣は知っている。  「何だとおっ!?馬鹿も休み休み言えよ!!狩魔の汚れた血を伝承したお前にできるわけがねぇ!!」  東山の顔はもう、言葉で表すことは不可能なくらい憎悪に満ちていた。  「それはどうだろうか!?言っておくが、貴様が留置所の係官に変装した理由はもう1つあるはずだ。 あるサンプルを盗むために・・違うか!?」  その言葉が、あの兄弟2人の目を大きく見開かさせる。  「な・・さ・・サンプル・・だと!?な・・なぜ・・・なぜ知っている!?」   ここで全く事情が飲み込めない裁判長が御剣に尋ねる。  「御剣検事!?サンプルとは一体何なのですか!?」  御剣はここで、最後のあの出来事を突きつける。留置所で起きた、もう1つの事件を。  「裁判長!留置所にはだ、志賀真矢の血液サンプルが存在したのだ!」  「け、血液サンプル・・ですって!?」  裁判長も、その言葉を聞きようやく話の流れがつかめてきたようだ。  「何故あるのかはいいとして、問題はそれが事件当日に極わずかな量だが・・盗まれている!!」  御剣の主張・・奴の顔はひきつっている。  「な・・何故お前・・それを・・その血液サンプルを・・知っている!?まさか・・神風かっ!?」  奴らは一斉に、法廷の隅で座っている神風を睨みつけた。だがもう遅い。  「とにかく!貴様が係官に変装したもう1つの理由は、その留置所に保管されていた志賀真矢の血液サンプルを盗むためだった。 その理由はただ1つ!」  これで奴らは、完全犯罪を成立させた。そして今ここに、それが暴かれる。  「奪った血液サンプルから、弾丸に血を付着させるためだったのだ!!」  あとは最後に、あの目撃証言と繋げるだけだ。  「そうやって犯行を終えた貴様は、最後に再び留置所のどこかで変装を解き、もとのツイン弁護士の姿に戻った。 そしてそこから去るところを係官に目撃されたのだ!その時刻こそが、午後4時40分頃だった!!」  御剣が放ったその言葉が、勝負を決定付けた。そう誰もが思った瞬間だった。  「異議あり!」  終わらない・・まだこれだけのことで終わるわけがなかった。  「ふっふっふっ・・まだまだだ。御剣怜侍。アンタ決定的なミスを犯しているよ。」  「決定的な・・ミスですって!?」   裁判長をも驚かすその言葉。  「どこにミスがあると言うのだ?東山怜次。言っておくが、これからじっくり留置所全てに設置された監視カメラの 映像を検分すれば、貴様が変装している事実は明らかだと思うが?」  だが、それでも奴は怯まなかった。  「俺たちの面会が終わったという証拠だけどなぁ・・そいつは違法な証拠じゃないのか?」  「い、違法な証拠ですって!?」  裁判長はその意外な指摘に驚く。  「どういう・・ことなのだ?」  その御剣の問いに、奴はじっくりと答えた。  「いいか?面会中の写真・・これは十分な違法にならなかったか?つまり、この時刻を表す写真。 違法な証拠となりえるんじゃないのか?」  「そ、そう言われてみれば・・確かに!」  裁判長は同意する。確かに面会中の撮影は違法ではある。  「幸か不幸か・・俺たちの面会時刻終了を立証する正確な証拠はこれだけだ。 こいつが無効である限り、面会終了時刻が午後3時40分頃だとは断定できないんじゃねぇのか!?」  「異議あり!残念だが、その主張は通らないな。東山怜次。」  御剣はきっぱりと言い放つ。確かに、法律的にその主張は正しい。が、今回が果たしてそのパターンに当てはまるかのか?  「貴様は確かに頭の回転がいい。瞬時にこの国の法律を理解して、法律的に攻撃を仕掛けてくる。 今回の“呪い殺人”も、その法律の穴を突いた作戦だ。」  だが、その点については御剣のほうが1枚上手だった。  「しかし、この証拠品は違法ではない。貴様の言う違法な写真は、“面会中の様子を写真で撮ること”だ。」  「だが、そいつは面会中の様子を写真にしたもので間違いはないんじゃないのかっ!?ええっ!?」  確かに、写真にしたことは事実だ。だが、1つだけ違う点がある。  「異議あり!言っておくがこれは、“面会中の様子を撮った写真”ではない。 正確に言うならば、これは“面会終了時の様子を撮った写真”だ。」  「な・・何だとっ!?」   御剣は再び問題となっている写真を取り出した。  「これには、はっきりと写っている。面会が終了して貴様が退出しようとしている瞬間が、 そしてまた、弟のほうも席を立っている。」  「確かにな、これだと御剣検事が言うように、面会中の写真ではないだろう。」   小城伊勢が深く頷く。  「これはどう考えても、面会中の様子には見えない。間違いなく面会が終了している状態だ。 そして、面会が終了している以上・・この写真は違法な証拠ではなく、正当な証拠となりえるのだ!!」  正当な証拠か否か、御剣が仕掛けた・・写真の最後の罠。  「そ・・そんな馬鹿なっ!!」  奴は何度も何度も机を叩きつけた。  「静粛に!静粛に!御剣検事の言うことは法律的にも正しい。よってこの証拠は、 事件の真相を決定付ける証拠品となりえるでしょう!」  裁判長が証拠として正式に写真を受理を認めた。この瞬間、御剣の勝利はほぼ確定する。  「どうだろうか?東山怜次・・そして被告席の東山恭平。」  御剣は2人にそう尋ねた。無論、2人の顔が笑っていられるはずが無かった。  「まだ何か?反論はあるだろうか?」  「反論・・だと?だったら、弟から出てきた硝煙反応はどう説明する!?」  硝煙反応・・確かにこれも問題になった。だが、線条痕の問題に比べれば考えるまでもないほどの問題。  「硝煙反応・・昨日の法廷での黒安公吉殺害の時は、恐らく貴様は、弟と同じスーツを着て犯行に及んだのだろう。 そして、硝煙反応があるスーツを開廷前に渡して着替えさせた。」  「しかしっ!留置所でのあの硝煙反応はどうなる!?あいつの指から今度は出たんだぞ!!」  留置所拘留中での硝煙反応。しかし、それに関しても証拠はある。  「指から硝煙反応が出たのだ。その件については、スーツよりも簡単だろう。指に火薬を触れさせればいい。」  「いつ!?どうやってだ!?」  東山怜次の苦し紛れな反論。もはや、線条痕の問題が全て片付いた瞬間から、2人の完全犯罪は支柱を失ってしまっている。  「留置所での面会時。アクリル版には受け渡し口がある。資料くらいなら触れさせることが可能だ。 つまり、あの時貴様が弁護士として持ち込んだ事件資料の中に、火薬か何かを付着させた資料を用意していて、 それを弟に触れさせた。」  「・・っっ!!」  言葉が出ない兄、そして黙っている弟。  「だが・・証拠だ!証拠は・・あるのか!?」  やっとのことで兄が出した言葉が、それだった。  「証拠だと?」  「そうだ!・・・・弾丸のすり替えや、硝煙反応など・・決定的な証拠は・・あるのか!? そんなことをしたという・・決定的な証拠は!?」  どうやら、まだ気が付いていないらしい。奴らが何故、有罪判決が下されなかったのかと言う事実に。  「証拠か・・志賀真矢の件については、変装はビデオの検分で明らかになるだろう。」  「しかしっ!それ以上の証拠はあるのかっ!?」  御剣はやれやれと肩をすくめる。  「まだ分かっていないようだな、東山怜次。この事件・・貴様らが犯人だという物的証拠、 状況証拠、目撃証言が完璧に揃っている。」  「その通りですな。」  裁判長も頷く。  「綾里春美殺害未遂といい、こいつも意識が回復した少女から犯人の顔を聞けば全てが明らかになる。 あの時捜査会議に出ていた弟の代わりに、貴様が犯行を行ったのだろう。」  そして御剣は、この裁判における最大の論点をここで指摘する。  「そんな100%有罪が確定した貴様に、何故判決が下されなかったのか!? それは、貴様達がこの犯罪を“呪い殺人”だと主張しだしたからだ。 そしてまた、線条痕が一致した弾丸が、その呪い殺人を立証していた。」  呪い殺人だと主張され、それが否定できなかったから、判決は下せなかったという事実。  「そして今、呪い殺人のトリックが明かされた。これがお前達2人に可能だったという 事実だけでも立証できれば、あとはもうどうでもいいのだ。」  そう、最初から明らかだった。全ての証拠は犯人を物語っていたから。  「証拠もある。目撃証言もある。それらが全ての犯人は貴様たちだと叫んでいる。 そして、弾丸すり替えの方法などが提示された時点で、それが可能だったのは、 犯行の瞬間を目撃されている貴様しかありえなくなる。」  須々木マコの証言が、東山怜次が犯人だったという決定的な証拠になる。  「また、東山恭平が行った殺人も、目撃証言が完璧だ。」  つまり、この瞬間勝負は決した。  「つまり、呪い殺人の方法が暴かれた時点で、貴様らの有罪判決は確定したのだ!!!!」  逃れられない事実。それがあの兄弟を襲った。  「・・ははっ!はははははははははははははははっ!そうなのか・・もう、負けたのか!」  そして、唐突に弁護席に立っていた男は笑い出した。  「に・・兄さん!?」  被告席に座っていた弟は、突然笑い出した兄を驚いた表情で見た。  「はははは・・・・くくっ・・くっ・・くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」  次の瞬間、兄である怜次の断末魔が響き渡った。  「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおををををををををををををををををををををををを をををををををををををををををををを!!!!!!!!!!!!!!!!」  「ははっ・・これが、法廷で負ける・・ってことなのか。初めての感覚だ。 今まで俺の法廷人生において、弁護士として負けたことはただの1つもなかった。」  机に向けて倒れる自分。  「13歳で弁護士になって以来負け知らず、あの忌々しい狩魔の血が流れている女も、 この手で葬ってやった。法廷の世界で・・そして、現実の世界でも!!」  だが、実際まだあの女は生きている。考えただけで忌々しい。  「最後はなぁ・・貴様だけだったんだ!!俺たちの父さんをな・・必死になって救ってくれたアンタの父親、 その遺志を踏みにじるかのように!検事なり、しかも!あの狩魔豪の弟子となった貴様が・・許せなかった!!」  何度も何度も、拳を机に叩きつける。  「だったら何故・・成歩堂を撃ったのだ!?成歩堂は全く、関係ないではないかっ!?」  奴が検事席でそう叫んでいる。  「言っておくが、それは大きな勘違いだ。アンタのな。」  被告席に座っていた恭平が、俺の代わりにそう喋った。  「勘違い・・だと!?」  そうさ、言っておくが・・あの男も罪を犯した。  「今から3年前のひょうたん湖での事件。あの裁判で奴は、狩魔豪を法廷で破った・・ そして逮捕にまで追いやり、死刑にしちまった。」  俺の言葉は、奴にそのまま届いたらしいな。顔色を変えている。  「まさか・・その恨みか!?」  「・・そうだよ、あいつのせいでなぁ。俺の計画は崩れた。俺の計画だと・・ あの親子とアンタの3人を法廷でボロボロにぶち負かす予定だった。それなのに、 あの弁護士のせいで狩魔豪にだけ法廷で復讐ができなくなった!!」  机を何度も何度も叩く、叩きすぎて拳が赤くなる。  「さらに、それで死刑になっちまったせいで・・俺たちの手で葬ることすらできなくなっちまったんだよ!! それだけあの男の存在は罪深い!!!!!」                            ・・バキィッ!!!!  叩きすぎてついには、弁護席の机にヒビが入ってしまう。  「貴様らは・・人間として最低だ!!」  奴はそんなことをほざいている。何を言っているんだ?  「俺たちは・・人間じゃないぞ?言っておくがな。」  俺の言葉に、恭平は頷いた。そして言う。  「俺と兄さんは・・18年前のあの日。全てに復讐することを誓った。俺たち家族をメチャクチャにした奴らを、 皆俺たち自身の手で葬ることを・・そしてまた、そいつを邪魔するものもだ!」  俺がそれに続く。  「そのとおり・・だから俺たちはあの日から、人間であることを止めたんだ。だからもう人じゃない。」  俺たち2人の言葉は、次の瞬間法廷中に轟いた。  『俺たちはあの日から、“死神”になったんだ!!』  そして最後、俺はこの18年間の復讐のために、素顔を隠しつづけてきた仮面を手にとった。  「それがここで負けちまうなんて・・つくづくアンタって存在が憎い!憎すぎる!」  仮面を持つ手が力のあまり震える。  「・・ちっくしょおがああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!!!」  思いっきりその仮面を持つ右手を、床に向けて叩きつけた。                         ・・カシャアン!!  その仮面は、裁きの庭の中央で大きく跳ねた。そして・・真っ二つになってその場に落ちる。  (もう・・この仮面の意味はないんだ。本当に、14年間嫌な仮面だったぜ・・。)  俺の目には、意味をなさなくなった欠片しか映っていなかった。    「本当に・・長い法廷でした。」  裁判長は大きなため息と共に、まずこう言った。  「被告人・東山恭平。あなたが今日までに犯してきた罪は、非常に重いものでしょう。」  証言台に立たされている東山恭平。その姿は真っ直ぐとしている。  「そしてまた、その犯行に協力した兄・東山怜次。あなたの罪も許されるものではありません。」  弁護席に先ほどまで立っていた男は、その手に手錠をかけられた状態で、証言台の後ろで座らされている。  「貴方達2人が行った犯罪。これは社会的にも決して許されない。 その罪は、貴方達の全てを持って償わなければならないでしょう。」  2人とも真っ直ぐと何かを見据えていた。その目には果たして、何が映っているのか?  「しかしまた、この事件で我々は、18年前の事件で、一体本庁が何をしたのか?その問題を知りました。 これはこの2人だけの問題ではなく、司法に関わる私たち全員の問題でしょう。」  裁判長は深く唸ると、こう続けた。  「我々は、この事件が私たちに投げかけた。その問題を究明する必要が求められました。」  そして、この戦いの終わりを告げる。最後の言葉が今・・発せられる。  「では、被告人・東山恭平に対する判決を言い渡します。」  結果は勿論・・有罪だった。    第3部・真宵  同日 午後3時14分 地方裁判所・検察側第5控え室  「・・終わった。」  御剣はソファに腰掛けていた。というよりも、脱力して倒れていた。  (長い・・戦いだった。)  全ての資料を床に投げ出し、ソファに倒れている御剣は、もはや立ち上がる気力すらなかった。  「しかし・・最後の言葉が分からない。」  御剣の頭の中で、先ほど遂に終止符が打たれた裁判の様子が思い出された。                       ※     ※     ※  「有罪」  裁判長の重い言葉が響き渡った。  「これより、被告の身柄は司直に預けるものとし、後日・・高等裁判所において通常裁判を行うこととします。」  さらに、裁判長は兄の怜次の姿を見ると付け加えた。  「さらに、近日中には兄であるあなたの序審制度に基づく裁判も行われることでしょう。以上、これにて閉廷!」  木槌が閉廷を告げた。法廷中の人間が立ち上がって去っていく。  「・・・・。」  その中で、あの2人は係官に連れられて、法廷をあとにしようとする。  「御剣怜侍・・1つだけ、言っておこう。」  とここで、2人の足の動きが止まった。口にしたのは、弟の恭平のほうだった。  「有罪判決。それは人には意味があるが・・俺たち死神にとっては何の意味もなさない。」  「・・?」  ついで兄が次に言う。  「事件はな・・死神が最後の人に取り憑くまで終わらない。」  2人の顔は何故か、依然として負けを認めた顔に見えなかった。  「今更何を言っても悔し紛れにしか聞こえないがな。実際、有罪判決を受けて捕まった貴様ら2人に何ができる?」  今度こそ、2人捕まえた。今度こそ、事件は終わったのだ。  「お前はまだ、死神の本当の怖さを知らないんだ。」  兄の怜次はそう言うと歩き出した。  「どのみち貴様ら2人を待っている結末は、変えられない。」  「そうかな?」  ここで弟の恭平が、そう投げかけてきた。そして・・  「死は見かけによらず、惨くもないし苦しくもない・・死神はそれを知っている。」  そこで見せたものは、笑みだった。  「何を言う・・お前達にそんな最後が待ってるはずがない。今さらお前達に、理想的な最後が選べるわけがない。」  私はきっぱりと言い放った。だが、それはきっぱりと否定された。  「俺たちは何度も言う。もう人間じゃない・・もう俺たちは18年前に、終わったんだ。」  2人はそのまま法廷を去った。                       ※     ※     ※  「まだ・・何かあると言うのか!?」  御剣は不安で仕方がない。  (何故だ!?何故・・どうしてこんなに不安なのだ!?)  同日 午後3時16分 地方裁判所・廊下  連行されていく2人がいた。  「俺が、法廷で失敗をしたせいで・・失敗しちまった。」  「兄さんが・・何故謝る?」  係官に連行されていく2人の会話だ。   「兄さんは、精一杯やってくれたさ。それに、俺たちの計画はまだ終わっていない。」  まだ2人が見せない・・負けを認める“白旗”。  「確かに、俺たちの計画は何重にも仕組まれている。だがな、それで本当にいいのか?」  これからの計画・・そう、まだ終わっていない。  「いいんだ。俺が決めたことだ。それに・・」  まだ、12月28日は終わらない。  「どうなろうとも、俺たちの描いた計画の“最期”は、あいつには阻止できない。」  「・・それも、そうだな。」  やがて、2人の留置所行きのパトカーが見える。  「俺はこれから、身柄が再び留置所へか。」  「そして俺は、緊急逮捕されたから・・やはり留置所か。」  外への扉・・そこから漏れる光。  「予定通りだからな。兄さん。」  「分かってる。」  2人はそのまま別のパトカーに乗り込む。その2人が歩いてきた真っ直ぐに続く廊下。 そこには、2人が残した最後の罠への・・チケットがあった。  同日 午後3時18分 地方裁判所・検察側第5控え室  携帯の着信が御剣の耳に響く。  (・・ん?電話?)  御剣は携帯を見る。公衆電話からの電話だ。  「(誰からなのだ?)もしもし・・御剣だが?」  『御剣かっ!?』  電話に出て1発目の言葉がそれだった。しかしその声は、御剣にとっては嬉しいものでもあった。  「なっ、成歩堂か!?どうした!?大丈夫なのかっ!?」  突然の成歩堂からの電話。ということは、今かけているのは病院内の公衆電話からなのか?  『あぁ・・何とか大丈夫だよ。ある意味こうして生きているのが不思議なくらいだ。』  確かに、吾童川に落ちたときといい、ある意味この男は強運の持ち主なのかもしれない。  「それで、いつ頃意識が戻った?開廷前は少しずつだが意識が回復しているということだったが・・」  『あぁ、それか。僕が目覚めた時・・確か10時を回っていたかな?』  ということは、開廷してしばらしくしてから意識が回復したということか。  『それよりだ、御剣!今こうして看護士さんに無茶言って電話をさせてもらってるんだけど・・1つだけ、不安なことがあるんだ!』  「不安なこと・・だと?」  今のこの状態だけでも、十分御剣は不安な状態に駆られているのだが・・  「意識が回復して早々、一体何があったというのだ?」  『それが・・“真宵ちゃん”のことなんだ。』  綾里真宵・・その言葉が出てきた瞬間、何となく御剣には不安の正体が分かってきた気がした。  「そう言われてみれば、貴様が病院に運ばれた時といい、今の今まで姿は見ていないが・・里に帰っているのではないのか?」  嫌な予感はした。何故彼女がいないのかに。ただその理由が、里にいるから・・であってほしかった。 修行か何かで病院には来れないのだ・・そういう理由であってほしかった。  『いや、真宵ちゃんは確かに、僕が撃たれる直前まで一緒に行動してたんだ! それに、倉院の里に連絡を入れてみたけど、帰ってないって・・』  「携帯には連絡を入れなかったのか?もしかしたらどこかで・・」  『それもない!携帯は全く繋がらないんだ。恐らく・・電源が切れている!』  目眩がした。真宵君は成歩堂が撃たれる直前まで、一緒にいた。そして唐突に消えてしまった。  「ちょっと待て!真宵君は、君と別れる前に何か言ってなかったのか?」  まさか・・と思った。まだ事件は終わっていないのか?成歩堂が撃たれる直前までに一緒に行動していた真宵君が消えた。 偶然とは考えられない。  『吐麗美庵からの帰りだったんだ。あの時真宵ちゃんは確かにこう言った。春美ちゃんの様子を見に行く・・って。』  「春美君の様子を・・?」  綾里春美・・確かに撃たれていた。しかし一命は取り留め、少しずつだが意識を取り戻してきているとの話だ。  「ちょっと待て成歩堂!春美君が搬送された病院は、確かお前と同じではなかったか!?」  『そうなんだ!!だけど、真宵ちゃんは来ていないんだ!病院に!!』  「な、何だと!?」  確信した。彼女の格好は何処にいても目立つ奇妙なあの和服だ。よって、病院へ確かに来たなら、目撃者がいるはず。 しかしいない。現に自分が病院へ成歩堂が撃たれたと聞いて駆けつけた時も、いなかった。  『御剣!真宵ちゃんの身に何かあったんじゃ・・』  「貴様が取り乱してどうする!!まだ体調も良くないものが無理をするな!休んでいろ!!」  そう言った御剣自身が、一番取り乱していた。  『だけど・・』  「いいから貴様はもう病室へ戻っていろ!あとは私が何とかする!!」  ・・ブッ!!  御剣は一方的に電話を切った。  (病院では真宵君の目撃者がいない・・それはつまり、真宵君が成歩堂と別れてから、 病院へと辿り着くまでの間に何かがあったということ!)  そしてまた、この事態が成歩堂の撃たれた直後の話だと考えると・・。  (真宵君は誘拐・・拉致された。しかも、奴に!!)  ただ1つ、目的が分からない。しかし・・そうなれば問題が発生する。  「一体・・真宵君は今、どこにいる!?」  同日 午後3時43分 留置所・入口  「着いたぞ、降りろ!」  2台のパトカーが留置所前に到着した。  「はぁ・・またここか。」  降りてそう言ったのは弟のほう。  「俺はまぁ、初めてだがな。」  そのまま歩いていく。留置所へと真っ直ぐ。  「そういうわけだ。」  「・・分かったよ。」    ・・パァン!!  その瞬間、全ての人間が驚愕した。  「ほらな・・やっぱり俺はロクな最期が待ってねぇぜ。」  「・・そうなのかもしれないな。」    ・・どさっ  「あいつらだ!あいつらを捕まえろ!現行犯逮捕だ!!」  響く怒号。  「・・・・俺も、すぐに行けるさ。」    同日 某時刻 ???????????????  開かれた扉。  誰もいない部屋。    (事件はまだ、終わらない。)  扉を開けた人間がそう言った。  (俺がまだ、残っているから・・)  そして、中にいた彼女は部屋から出された。  そこに残ったものは・・  開かれた扉。  誰もいない部屋。  『ピー・・433465971494971423041認証シマシタ。ドアヲ開錠シマス。』  同日 午後3時44分 東山恭平の自宅マンション    「御剣検事・・たった今、捜査本部の設置が完了したと連絡があったッス!」  「そうか、ご苦労。」  管理人からもらったマスターキーで、東山恭平の自宅マンションへと入る御剣と糸鋸。高価な1級マンションだ。  「しかし御剣検事。」  「何だ?」   部屋に入っていきなり捜索を始めた御剣に対し、糸鋸は不思議そうに尋ねた。  「事件の経緯は分かったッス。真宵君が何者かに誘拐された可能性があること。 そして、その犯人があの2人の可能性があること・・」  「正確には、彼女が誘拐されたと思われる日が27日。だから犯人は東山怜次だと思っているが。」  しかしだ、そうにしても分からないことがあった。  「しかし検事。ここは管理官が逮捕された翌日に、家宅捜索が行われたッスよ。 ここに真宵君が監禁されている可能性は低いかと思うッスが。」  確かにそれもある。しかし、御剣には真宵が監禁されている場所が分からない。むしろ手がかりすらない。  「だったら糸鋸刑事。君はどこに真宵君が監禁されていると思う?」   「そ、それは・・きっと弁護士だった東山怜次の住んでいた場所じゃないッスかねぇ・・?」  御剣は呆れた。まぁ、ここにも監禁されている可能性は0に等しいのだから、御剣も糸鋸のことを言えた立場ではないが。  「さすがに、家宅捜索をした後だ。手がかりは1つもないな。」  御剣は部屋中の棚や机の引出しを調べる。  「絨毯の下にもないッスね・・。」  屈んでいる糸鋸が言った。  「・・いいか?糸鋸刑事。そもそも我々は、たった今組織された捜査本部と共に協力して、東山恭平の自宅マンションと、 東山怜次が滞在していたホテルの部屋を調べている。」  この2人が拠点としていた場所。このどちらかに真宵は監禁されているのか?  「だが、ここは逮捕後に家宅捜索・・さらに警察関係者以外立ち入り禁止で、真宵君を連れ込むことは不可能。」  御剣は植木蜂を持ち上げると続けた。  「また、東山怜次はアメリカで生活をしていた。日本に生活拠点はない。よって帰国した今はホテルに宿泊していた。 そのホテルに真宵君を連れ込んで監禁・・それもありえぬ。」  見つかるリスクが高すぎる。しかし、そうなると一体何処に?糸鋸は疲れた表情で尋ねた。  「だったら、一体何処に真宵君はいるッスか?」  そう、ここが問題だ。  「いいか?2人の生活拠点は共に監禁場所ではありえぬ。となれば、自然と第3の場所が存在することになるのだ。 2人の生活拠点とは違う別の場所。そこが監禁場所の可能性が高い。となれば、あとはこの2人の生活拠点から、 その第3の場所に繋がる手がかりが必要なのだ。」  そしてその監禁場所を突き止める。それしか可能性がない。また、御剣にはもう1つ不安があった。  「そしてまた、真宵君が誘拐された理由が分からない。奴らが犯人だとしたら、ますます謎なのだ。 何故真宵君は殺さずに、誘拐したのかが。」  真宵が誘拐された理由。何故2人は真宵を殺さなかったのか?  「殺すのが目的ならば、その場で銃を撃てば良いことだ。しかしあえて誘拐。これには、もっと深い理由が存在するはずなのだ。」  部屋中には何も残っていない。この現状を見ながら御剣は、深いため息をついた。  「・・管理官の車が駐車してあった地下駐車場。そこに行ってみるッスか?」  「・・そうだな。」  2人はそのまま部屋を出ていった。  同日 午後3時32分 地方裁判所・廊下  「ん?これは・・?」  1人の裁判所係員が、1枚の紙切れを見つけた。  「こいつは・・写真か?」  見たところ、1枚の家族写真のようだ。5人写っている。  「おい、どうした?」  「あ・・いや、これが落ちててさ。」  やってきた同僚の係官に写真を見せる。  「そういえば、さっきここを有罪判決を受けた奴が通ってたからな。そいつのじゃないのか?」  「うーん・・そうなのかもしれないな。でも、どうする?」  写真をずっと自分が持っているわけにもいかない係官。  「これ被告のだぞ。俺たちが持ってるわけにもいかないし・・。」  「じゃあ、捜査本部へ持っていけばいいんじゃねぇか?」  5人の古い家族写真。  「それもそうだな。じゃあ、持っていくよ。」    同日 午後4時 マンション・地下駐車場  現場に来てみて愕然とした御剣。これほど矛盾したことはない。  「糸鋸刑事・・1つ聞く。」  「な、なんスか?」  目の前の光景がありえない。  「管理官の車は黒の乗用車だ。窓にはスモークが張られ、ナンバープレートは隠されていた。」  「そ、そうッスけど。」  だったらこれは何なのか?  「そして、管理官が逮捕されたとき。管理官の車は署の駐車場に停めてあった。」  「その通りッス。そこで我々が現行犯逮捕したッスから。」  ならば、これは一体どういう意味なのか!?  「刑事・・だったらどうしてここに、“全く同じ車”があるのだっ!?」  目の前にはそう、確かに黒で乗用車で窓にはスモーク、ナンバープレートは見えるが車内に、 そいつを隠していた道具が見えた。全く同じだ。  「つまり・・えー、そうッス!管理官は全く同じ車を2台持っていたッス!!」  糸鋸は御剣に聞かれたその問いに、かなり悩みつつもそう答えた。  「そんな馬鹿な・・全く同じ車を2台も・・・・・・・・・・!?」  御剣の頭の中であの時の出来事が思い出された。  (同じ車が2台!!そうか、あの時の違和感はそれか!!)  御剣が思い出したのはクリスマスの出来事。  「糸鋸刑事!分かったぞ!何故あの時のカーチェイスで、踏み切りで振り切ったはずの管理官の車が、 再び我々の目の前に現れたのかに!!」  御剣は全てが繋がる答えを見つけた。  「そうなのだ!あの時点で既に2人は合流していた。そして、踏み切りで振り切った恭平はそのまま署へ逃走。 全く同じ車に乗った兄の怜次が、遮断機の向かい側で待機したのだ!」  つまり、御剣たちが後半・・管理官だと思って追跡をしていた車に乗っていたのは。  「じゃあ・・まさかあれは・・」  「そうだ!あれは兄の怜次だったのだ!恐らく、管理官は車の中に凶器の銃があることから、 捕まればそれが見つかって言い逃れが出来ないと考えた。だからここで、1度振り切った我々の目の前に、 凶器も何も持っていない兄の車を持ってきた。そして、兄を追跡するように仕組んだ。 そうすれば、もし兄が捕まっても凶器がないから逮捕できない!そう考えたのだ!」  となれば、あの時に御剣たちが管理官を逮捕できたのは・・。  「じゃあ、パトカーがあの時エンストして、兄の怜次を追跡できなかったから我々は・・」  「そう、まだ兄を追跡していると考え、凶器の始末をしていなかった弟に出会え、逮捕ができたのだ。」  つまり全くの偶然だった。これこそが、あの2人が予想だにしていなかった誤算だったのだ。  「ということはだ。これは兄の怜次の車。弟・恭平の車は捜索したが、こいつはしていない。」  御剣はこの車の中に、手がかりがあると確信した。  「糸鋸刑事。この車のロックを解除する手続きを!」  「了解ッス!!」    同日 午後4時11分 警察署・第4会議室  捜査本部が置かれた第4会議室。  「これは・・どういうことだ?」  捜査員たちは顔面蒼白だ。  「この写真・・とんでもないぞ!」  問題となっているのは、裁判所係官が持ってきた、2人の落とした写真。  「なんてこった・・!」  この捜査本部が衝撃を受けたのが、これで2回目。  「さっきあんなことがあって、驚いたばかりだってのに・・。」  1つ目の衝撃は、捜査本部が設置された瞬間にやってきた。  「とにかく、これを報告しないと・・!!」  2つの出来事。それはどれも・・悪夢だった。  同日 午後4時13分 マンション・地下駐車場  「御剣検事。捜査本部から緊急のお電話がきているッス!」  「何?」  糸鋸はそう言って、署から連絡用に持たされていた携帯を御剣に渡した。  「全く、ロックの解除を待っている最中に何なのだか・・。」  御剣は不服そうに電話に出る。  「どうした?何があったのだ?」  だが、それに対し捜査官から出た言葉といえば・・  『た、大変です!御剣検事!!し、信じられないことがっ!!』  「信じられないこと?」  その声から異常な出来事が起きていることだけは分かった御剣。  「何があったのだ?一体?」   『それが・・・・・・・・・・・・・・・』  捜査員の口から出た驚きの言葉。御剣の顔は真っ青になっていく。  「糸鋸刑事・・」  「な、なんスか?」  電話を切った御剣の顔は震えていた。  「今から署へ行ってくる。わるいが、ここをお願いできるだろうか?」  「い、いいッスが・・」  御剣はゆっくりと歩き出す。   「わるいな・・何か見つかったら、連絡を頼む!」  そのまま歩きが走りに変わった御剣。  (そんな・・そんな馬鹿な!?)  同日 午後4時36分 警察署・入口  「有罪判決が下り、もう1人は逮捕された。これでもう、大丈夫だろうさ。」  「・・そうなのかもしれないな。」  入口に立っていたのは2人の男。小城伊勢と神風だ。  「お前これから、どうするんだ?」  「さぁね・・やることやって、辞表届でも出そうと思う。」  神風は吹っ切れたような感じがした。  「これからはきっと、過去の償いでもすることになるだろうよ。」  「過去の償い?」  神風から出た言葉に、小城伊勢は耳を疑った。  「そいつは・・18年前の事件の事か?」  「・・そうだ。」  小城伊勢のほうを振り向いた神風。その決意は、固かった。  「今度こそ、あの事件の真相を世間に公表しようかな・・と思っている。」  「そう・・なのか。」  再び神風は、真っ直ぐと歩き出していく。  「その時は、きっとお前でも納得できる結末が待ってるだろう。」  「・・・・・。」  無言だった。  「遅すぎたかもしれないが、それが償いになるだろうさ。じゃあ。」  去っていく神風。小城伊勢は小さく呟いた。  「・・わりぃな。」  そう言って小城伊勢も、署内へ戻るため体を動かした。  「・・・・・・・・・。」  ここで、足の動きがぴったりと止まった。  「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」  顔の動きが次に止まった。  「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?」  次には、心臓が止まりそうになった。  (おい・・あれは、何だ!?)  目の前のガラスの扉に写っている神風の姿。奴は俯きながら歩いている。だから、見えていない。  「・・・・・・・・・!!!!!!?」  目の前に写っている背後での出来事。小城伊勢はすぐさま振り返った。    「か・・神風ぇぇぇぇっっっ!!!!!!!!!!!!!!」  その悲鳴にも近い叫び声で、ふと神風は顔を挙げた。  その瞬間、体が動かなくなった。  「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!???????????」  それが、神風が“そいつ”に見せた最後の表情だった。  同日 午後4時34分 警察署・第4会議室     「そんな・・そんな馬鹿なことがっ!?」  捜査本部に戻ってきた御剣は、1つ目の事実にまず驚愕した。  「犯人は、鹿羽組の組員2人でした。留置所で現行犯逮捕です。」  「殺人・・でか?」  御剣は恐る恐る尋ねた。  「えぇ、もうすでに・・息は引き取っていたと。」  そしてまた、もう1つの事実が今・・御剣に突きつけられている。  「そして、この写真は何なのだ!?」  「それは、裁判所の係員が持ってきました。東山兄弟が落としていったものらしいです。」  その写真には、5人の人間が写っていた。  「これはどうも・・東山管理官の家族写真のようです。幼い頃の。」  「確かに・・この少年の顔は、微妙だがあの2人の面影がある。」  1人は、過去の資料で何度も見た顔・・東山章太郎。  その横にいるのは、恐らく離婚する前の写真だったのだろう・・東山兄弟の母親。  「そして、ここにいる2人は・・」  「おそらく東山兄弟です。」  捜査官がそう言う。確かに、この同じ顔はそうだろう。  2人で並んでいるのは・・東山恭平に怜次。  「だが・・このもう1人は誰なのだ!?」   御剣が指を指す、東山兄弟5人目の家族。  「分かりません。しかし、東山章太郎は離婚後・・2人の子供を引き取ったのは知っていました。」  捜査員は顔が真っ白だ。  「ですが、子供が“3人”いたとは思ってもいませんでした・・。」  「つまり、その“3人目”の子供は、母親に引き取られたのだろうか?」  「恐らくはそうかと・・御剣検事。」  3人目の子供・・しかし問題は、その3人目の子供にある。  「全く同じ服装・・同じ背丈・・そして、同じ“顔”!!」  写真に写っている3人目の子供・・それはまさに、東山恭平と怜次だ。  「つまり東山兄弟は・・三つ子だったと言うのか!?」   御剣の言ったその一言。いや、もうそうとしか考えられなかった。  「我々も、そう考えます。そしてその3人目は、今・・初めて捜査線上に浮上しました。」  全員が頭を抱えている。そう、3人目の存在が出てきたのはたった今。  「いかん・・まだ事件は終わっていない!!」  御剣はカレンダーを見る。そう、まだ“12月28日”は終わっていなかった。  (しかし待て・・もう1つの出来事はどう考えればいいのだ?)  とここで、もう1つの事実が御剣の中で浮上する。  (あれは・・じゃあ偶然なのか?)  ここで御剣は思い出す。あの2人の言葉を・・。                       ※     ※     ※  「有罪判決。それは人には意味があるが・・俺たち死神にとっては何の意味もなさない。」  「事件はな・・死神が最後の人に取り憑くまで終わらない。」  「お前はまだ、死神の本当の怖さを知らないんだ。」  「死は見かけによらず、惨くもないし苦しくもない・・死神はそれを知っている。」  「俺たちは何度も言う。もう人間じゃない・・もう俺たちは18年前に、終わったんだ。」  「今、この盤上の駒を操っているのは、果たしてあなたか?それとも私か? そして、この盤上で踊らされている駒は・・果たして私か?それともあなたか?」                       ※     ※     ※  「意味のない有罪判決、最後の人に取り憑く・・」  御剣がふと呟きだした。  「人間ではない、死は惨くも苦しくもない・・」  御剣の頭の中で、東山兄弟最後の計画の輪郭が浮かんでくる。  「・・駒を操る者に踊らされる駒。」  そしてここに、1つの事実がある。  「あの兄弟の計画性の高さと・・実行力は人を超えている。」  御剣の中で、バラバラだったピースがつながりだす。  「みんな、落ち着いて聞いて欲しいのだが・・」  写真を持った御剣は、混乱している捜査員全員に告げた。  「この写真を鑑識に・・合成写真の疑いがないか調べるのだ。そして・・今度こそケリをつけるぞ。」   バンッ!とホワイトボードを叩いた御剣。これがおそらく、最後の手段。  「東山兄弟の家族を徹底的に調べるのだ!特に!我々が知らないこっちのほうをだ!」  写真の右サイドに指を指す御剣。写真の右サイドとは・・母親だ。      同日 午後4時39分 警察署・入口  「か、神風・・!!」  しばし呆然といていた小城伊勢は、すぐさま神風の元へと駆け寄った。  「おい!大丈夫か!?しっかりしろ!?神風!?」  左胸を撃たれていた神風、もはや死も時間の問題だった。  「お・・おぎいせ・・・・あいつだ・・・・」  「あ、あいつだって?」  神風が最後の力を振り絞って、動かした右腕・・  「あ・・ありえない・・な・・・ぜ・・・・・・・だ・・・・・」  神風が残した最期の言葉は、投げかけられた疑問だった。  「・・・・え?」  そして、その指の先を見た小城伊勢もまた、誰かに疑問を投げかけたくなる。  「ど・・どうして?」  倒れた神風と、小城伊勢の目の前にいた人間は、こう笑いながら言った。  「有罪判決。それは人には意味があるが・・俺たち死神にとっては何の意味もなさない。」  その目は、驚異的なほど鋭かった。  「事件はな・・死神が最後の人に取り憑くまで終わらない。」  黒いスーツ。そして、前髪で隠れかけている目。口の歪みから見せる恐ろしい笑み。  「今、この盤上の駒を操っているのは、果たしてアイツか?それとも私か?そして、 この盤上で踊らされている駒は・・果たして私か?それともアイツなのか?」  声はまさに、法廷で聞いた死神そのものだった。  「ど・・どうしてなんだ!?」  小城伊勢は驚愕していた。そして、絶望を感じた。  「お前は・・本当に死神なのかっ!?」  目の前の男はゆっくりと頷いた。  「馬鹿な・・ありえん・・・・・」  この世は夢じゃないのか?何度思ったことだろう。特に今日ほどそれを強く思った日はない。         「何故、お前がここにいる!?東山!!!!!!!!!!!!!!???」  それに対し、彼はゆっくりと答えた。  「御剣怜侍にお伝えください。あとは、アンタに取り憑くだけだと。」  「な、何だって!?」  口元がにたぁ・・となった。  「ははっ・・ふふふふっ・・はっはっはっはっはっはっはっはっ」  彼は警察署をあとにする。  「あーはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!!!!!!」  現場に続々と警官達が集まってくる。数人が、警察署の敷地内から出て行く彼のあとを追った。 だが、彼は警察署の門を出たと同時に、ぷっつりと消えてしまった。  ・・最終決戦の火蓋は、切って落とされた。  Chapter13 end  ・・・It continues to chapter 14

あとがき

 さて、Chapter13は“最終決戦”。  最終決戦が終わったのではありません。始まったのです。  第1部・弾丸。この事件最大の謎だった呪い殺人の線条痕の謎。このトリックが解明されるのが第1部。 まぁ、前回の18年前の真相を知ってしまえば、答えは見えてくるトリックでしたがね。  ただ、一番の根底となっていた部分だけあって・・これが法廷での一番の見せ場でしょうか?  第2部・決着。ここでの決着は法廷での決着と言う意味。つまり、御剣が有罪判決を勝ち取ったという意味です。 個人的にはあの兄弟の最後の部分がお気に入りです。仮面が割れるシーンとか。  ここもまぁ、法廷だと最後の追い詰め段階だけあって、色んな事実が明らかになったと思います。 まぁ、筋が通らない部分があるかもしれないけど。(!?  第3部・真宵。ここで忘れているんじゃないかなぁ?と思って登場してきたのが真宵ちゃん。 しかし、登場はしてません。つまりここでは、真宵ちゃんの問題が新たに浮上してきたことを意味してます。  しかもそれと同時に色んなことが起こりすぎですからね。ここの最後の部分も個人的お気に入りです。  えー、ツイン弁護士と言う名前などから・・また、その他モロモロの表記から、 ずっとあの兄弟は双子だという事実が、頭から離れなかったかと思います。  で、ここにきてそれはないだろう!?と思った皆さん。確かにそれはないだろう!?と自分も思いました。 そう、ここでのポイントは、それが本当なのか嘘なのか?という1点に尽きるのです。  読んでみればこの時点では、本当でも話の筋は通るし・・嘘だとしても話の筋は通るのです。 ここであの兄弟の言葉を借りるならば・・『今、この盤上の駒を操っているのは果たして読者か? それとも筆者か?そして、この盤上で踊らされている駒は果たして筆者か?それとも読者か?』。  他にも色々と謎は残っているのですがね。まだ謎が多いあの兄弟の母親辺りなど・・ まぁ、この辺で自分のコメントは終わろうと思います。

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