18年目の逆転〜放たれたDL6・5の死神〜(第12話)
 ・・自由と正義、公平と平等。  これが弁護士バッチの向日葵と天秤が意味するものだ。  ・・刑罰の厳しさと厳正な職務の理想。  検察官バッチの秋霜烈日が例えるものがそれである。  ・・一点の曇りも無く真実を映し出し、公正な裁きを下す。  裁判官バッチを象る八咫(やた)の鏡に“裁”の字が浮かび上がっている由縁はこれである。  この3つのバッチが一同にそろう神聖なる場が、裁きの庭。  人を人が裁く時、そこにはどうしても問題が生じる。  何故なら人は、所詮“人”なのだ。  1人の人間が何をしたのか?当事者でもない限り分からない。  だからこそ、3つの違う役割を持った者たちに与えられた象徴(シンボル)は、  それぞれ3つの違う理想像がある。その理想像が互いに主張しあうことで、  絶妙なバランスで裁判を支えている・・まさに奇跡である。  だからこそ、この3つがそろう裁きの庭は神聖なのだ。  したがって、神聖なる者に扮し忍び込んだ死神は炙り出されるのだ。  残りの象徴たちによって・・。  Chapter 12 〜秋霜烈日〜  第1部・秋霜  「はぁ・・はぁ・・やってくれるぜ。」  裁きの庭の中央に落ちた仮面。その仮面の主はゆっくりと弁護席から中央へと歩む。  「まさかな、私が銃を持っていた手・・それが恭平と逆だったって言うだけで、ここまで導くなんて、流石だよ、アンタは。」  足音だけが法廷内に響く。誰もが言葉を失うこの状況。  「流石に私が右利きだって言う証拠は、隠せなかったなぁ・・。」  しゃがみこむ、やはり仮面を拾う手は・・右手だ。  「こんな仮面で、14年間も自分の面を隠しつづけてきた。私はこのことにいつも悔やんでいた。」  ゆっくりと体を起こす。全てのものを動けなくするほどの動作。  「こんなクソ野郎どもに復讐するために、自分自身の本当の顔を隠すことの辛さが・・あいつらには分からねぇだろうな。」  上げられたその顔を覆っていた前髪を、顔を一振りすることで払う・・仮面をなくした仮面弁護士。そこにあるのは素顔。  「そうさ、自分は東山恭平の双子の兄・・」  ツイン弁護士の時の1人称・私は消え、自身のことを自分と呼ぶ男。恐らく、それが仮面の下に隠された奴の本当の素顔。  「東山怜次だ。」  その憎悪に満ちた顔はまさに、もう1人の死神。法廷内に戦慄が走った。  「全く、自分たちにとって確かに、アンタは最後の標的に相応しいよ。」  仮面を片手に持って、そのままコツコツと弁護席へと戻る男。須々木マコはその男に指を指しながら口をパクパクさせている。  「けれどな、自分が恭平の兄で・・恭平が捕まっている間に恭平に代わって殺人を犯していた。 そんな馬鹿な主張がまかり通るとでも?」  突きつけられたその鋭い目。御剣はその目に一瞬恐怖を覚えるが、怯むことなくあの事件を証拠として挙げる。  「無論だ。そう考えれば・・12月13日の東山恭平管理官の狙撃事件にも筋が通るのだ。 あれは私が、管理官が犯人だと告発しようとした時の出来事だった。目の前で何者かに管理官は狙撃された。」  忘れもしないあの日の出来事。あれで1度私は、犯人が管理官以外にいる可能性を探らなければならなくなった。  「あの犯行の目的は1つ。事件の真相を知りかけた私の目の前で、容疑者が犯人に撃たれることで被害者リストの仲間入りをする。 これで、時間稼ぎを試みたのだ。」  「その証拠はあるのか?」  静かな反論だった。私は平然とその反論をかわす。  「証拠はある。その管理官を狙撃した銃の線条痕が一連のものと一致した。 これで、犯人は管理官以外しか考えられない状況を貴様達は作ったのだ。」  意外な出来事の目白押しで沈黙の法廷内。  「なるほどねぇ・・けどな。アンタの立証は明らかに足りねぇな。」  「・・!?」  足りない立証。兄の怜次は笑っている。そしてまた、弟の恭平も無気味に笑っている。  「自分たちの計画はまだ狂っちゃいない。自分たちの目的は最初から、完全犯罪だ。そしてそれはまだ崩れていない。」  「完全犯罪だと?」  奴らの自信はここから来ていた。完璧なまでの完全犯罪。  「そうさ、呪いと言う名のな。」  「呪い・・だと?」  管理官の言葉がその完全犯罪を補った。そう、正確には呪いによる法律の穴をついた完全犯罪。  「そうだ、恭平の言う通りで・・あいつは呪いによる犯罪を犯している。つまり、この国の法では裁けないのさ。」  「異議あり!しかし、先ほどの立証で被告人が拘留されている時に殺人を犯していたのは、 兄である貴様だと立証したばかりではないか!!」  そう、これで完璧に呪いは科学的に立証したはずなのだ。だが、  「異議あり!それが何になる?御剣怜侍?」  「な、何だと!?」  兄である怜次は1つの資料を取り出す。  「こいつには、ライフリングマークのデータがある。この一連の事件のな。」  (せ、線条痕だと・・!?)  とここで、もう1つの見落としに気づいた御剣。今まさに、こいつが言おうとしているのはそれである。  「注目して欲しいのは、12月27日の呪い殺人が行われた日だ。」  「・・・・・・・・・・はっ!そ、それは一体どういう意味で!?」  とここで、長い間あまりのことに裁判を傍聴することでしかできなかった裁判長が言葉を取り戻す。  「無事に生きていたか、安心するよ。いいか?裁判長・・ここにはな、ライフリングマークについてこう書かれている。 “一連の線条痕と全て一致”ってな。」  全て一致、そう・・奴らが仕掛けた呪いは、同じ人間が2人現れるいう、双子だからこそできる仕掛けだけではないのだ。  「成歩堂龍一を撃った時に現場に居たのがこの自分?はっ、だから何だ?ならばその際、アンタの友達を撃った凶器は、 どうやって持ち出されたって言うんだ?仮にもまだ審理中の事件だ。保管庫には保管さえされていない。」  奴らがこの呪い殺人に関して、圧倒的な自信をもてるのは、この不可能な状態を可能にしたことにある。  「そうさ、どうやって自分は、貴様らに管理されて手にすることすらできなかったあの銃で、 12月27日に人を4人撃てたって言うんだ!?」  「ぐ・・ぐおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!!!!!!!!!」  法廷内の時間が再び流れ出す、ようやく傍聴人達は騒ぎ出す。  「静粛に!静粛に!確かにっ!線条痕が一連のものと一致している限りそれは問題となるでしょう!」  そう、成歩堂に黒安公吉、そして志賀真矢たちを初めとする12月27日に撃たれた4人の被害者達は、 みな法廷に証拠品として提出された銃で撃たれているのだ。  「御剣検事!あなたはこの線条痕に関する説明が完璧にできるというのですかっ!?」  「う、うぬっ!?」   裁判長の目線は御剣に・・いや、法廷中の人間の目線が御剣に向けられていた。  「それにな、御剣怜侍!恭平の手からは硝煙反応が昨日検出された。留置所で拘留されていたあの時もな、 それはどう説明するんだ!?」  「しょ、硝煙反応だと!?」  そう、さらに管理官の手からはあの時、銃を撃った時に検出される硝煙反応が確かにあった。  「さらにな、自分たちがここまでして・・もっというならば、自分が14年前からこの犯罪に備えて仮面をつけて、 このような場面に備えていたと言うならば、それこそ強い動機も必要になる!」  「ど、動機だと!?」  そう、ここまでの犯罪を犯すからには、少なくとも動機はある。  「そうなんだよ、御剣さん。俺は管理官にまでなったがな、少なくともこの犯罪計画、俺が警察の管理官、 兄貴が弁護士という役職につかなきゃ不可能だと思わないか?」  被告席にいる管理官も自信満々にそう反論。そう・・  「自分が14年前からここまでする、その強い動機は何だ!?」  と、ここで木槌が全ての流れをまとめて飲み込む。  「お聞きのとおりです、御剣検事。あなたには次の3点を立証してもらわなくてはならないでしょう。」  「う・・うむぅ。」  次の3点・・それは言うまでも無い。  「法廷に提出されているはずの凶器で昨日、4人の犠牲者が出たという謎。」  そう、これが一番の問題でかつ、あの2人の完全犯罪の要となる最重要ポイント。  「2点目は、被告人から検出された硝煙反応の謎。」  恐らくこれは前者とセットになって考えるべきだろう。これなら今の御剣には何とか説明ができる。 だが、その次に続く線条痕が御剣には分かっていない。  「そして最後はこの2人・・いや、正確には東山怜次の動機です。ここまでの犯罪計画・・ 弟の犯行に協力するには、強い動機が必要となるでしょう!」  動機・・何故これが挙げられたのか不思議で溜まらない御剣。  「異議あり!動機に関しては簡単に説明が可能だ。裁判長!」  御剣は声をあげて反論する。  「へぇ・・面白そうだな。聞こうじゃないか。」  怜次は面白そうに笑っている。  「いいだろうか?今回の犠牲者達はDL6号事件とDL5号事件の捜査に関わった警察関係者たちだ。 そして、この東山兄弟は・・ある事件の関係者なのだ。」  そうだ、動機は最初からはっきりしている。  「か、関係者とは?」  裁判長にその全てを叩きつける御剣。  「DL5号事件で“Q.E.D.”として逮捕され、有罪判決を受けた男がいた。彼の名は“東山章太郎”!」  「ひ、東山ですって!?」  裁判長の言葉とともに、法廷内がこの意外な事実に騒がしくなる。  「そう!全ては明らかだ!DL5号事件の真犯人は半年前、ある事件によって逮捕されている。 ここまで来れば誰でも分かるだろう。」  机を叩いてその一言を叫ぶ。  「彼らの父は冤罪だった!そしてこの事件は、その復讐なのだ!!」  と、勢いよく言った御剣だった。しかし・・  「へぇ・・それだけかい?」  「・・な、何だと!?」  対する2人は笑っていた。  「だったら、どうしてDL6号事件の関係者まで殺害されているんだい?」  「なっ、なにっ!?」  管理官がさらに一言。  「DL6号事件の被害者は俺たちの親父じゃなく、アンタの親父じゃないのか?御剣さん?」  「ぐっ・・そ、そんなっ!」  そうなのだ、確かに2人はDL6のトリガーとなった事件の関係者ではあるが、DL6の関係者ではない。  「それにだ、自分たちは父が無罪だと思ってはいない。」  「・・!?」  そう、最悪のシナリオ展開だった。  「あんたの主張じゃ御剣検事。自分たちは父親が無実だと思ってるから、この事件を行ったことになっている。 でもな、自分たちは現実主義者だ。きちんと現実は受け止める。」  受け止める・・信じられない話だ。  「自分たちは、父が無実だったとは微塵も思ってない。そう・・つまりな、こんな事件を行う動機はないのさ!!」  「異議あり!何を馬鹿な!自分の父親が冤罪なのは、貴様達が一番よく知っているではないか!」  「異議あり!ならば、父が冤罪だと証拠を見せろ!!」  「・・!!」  18年前の事件・・まさか、ここに今復活しそうである。  (18年前の事件・・結果的には東山兄弟が殺害を実際に行っているから、動機の立証は必要ないと思っていた。 だが、この呪い殺人を科学的に説明するためには、どうしても兄の東山怜次が共犯だったということを主張しなくてはならない。)  そう、問題は弟の動機の立証ではなく、兄の動機の立証。  (兄の動機を立証しなければ、いくら兄が呪い殺人の共犯だと主張しても、動機が無いと主張されれば終わってしまう。 つまり、犯行を行ったかどうかが今現在不確かな東山怜次の、動機を立証しなければならないのか・・。)  そして今、兄はそれを否定した。ということは、  「御剣検事。どうやら、あなたは彼が言うように、彼自身が父を冤罪だったと思っていた証拠が必要となるでしょう。」  「そのようだな。(つまり、2人の父が無実だと言うことを証明しても話にならない。)」  御剣は考える、人の頭の中を立証する証拠が必要なのだ。  (あの男が、父親が無実だと思っていた証拠・・そんなものがあるのか!?)  だが、悩んでいても話は進まない。となれば、答えは1つ。  「ならば、話は早い。18年前の事件の事件をもう1度検証してみるしかなかろうな。」  「検証・・ですかな?」  検証・・もう、これしか手段は無い。  「異議あり!検証したところで、自分が父を無実だと思っていた証拠は出るのか?」  それは正直、御剣にも分からない。だが・・1つだけ言えることがある。  (証拠がなくても、絶対にこの2人は父親の無実を信じていたはず。 となれば、ここで無実だと2人が思っていたその根拠を主張するには・・罠しかないな)  何はともあれ事件は起きている。ならば、兄も父が冤罪だと知っていた。つまり、それを知った瞬間さえ炙り出せればいい。  「とりあえず、検察側は証人の変更を行おう。」  罠を仕掛ける。だが、相手は管理官の兄・・本人に気づかれないトラップが必要だ。  「証人の変更・・一体?誰を召喚するのですかな?」  召喚する人物・・もはや、事件を語れる人間は1人・・いや、正確に言うなら当事者の唯一の生き残り。  「神風国斗。DL5号事件最後の生き残りである捜査員。彼に全てを聞くしかないだろう。」  「神風・・だって?」  兄貴のほうは眉をピクリと動かす。  「そうだ、彼に事件の事を聞こうではないか。(その事実は、まだ公には明らかにはなっていない。)」  勝算があるとすれば1つ。  (その中の事実のうち、1つでも奴が聞き出す前に情報を知っている発言をすれば、そいつは証拠となる。 関係者から聞き出したという・・聞き出した事実が判明すれば、父の冤罪を知っていたことになるはず。)  問題があるとすればそれは1つ。  (あの男が、その罠に気づくか否か?どのような動きをするか?)  心理戦という名の知能戦が始まる。  「証人、名前と職業を。」  相当な厳戒態勢を強いて入廷してきた男。それは取引により約束どおり保護されている神風だ。  「名前は・・神風国斗。職業は・・本庁の・・公安課所属だ。」  18年前の時とは違い、その声に勢いがない。恐らくは、弁護席と被告席に居る2人の男を見て怯えているのだろう。  「怯える必要はない、証人。」  御剣は平然と神風に向かってそう言い放った。  「貴様の身の安全は警察・検察が全力を持って保証する。彼ら2人に恐怖を抱く必要もないだろう。」  神風はその言葉を聞くと安心したのか、微妙だが背筋を伸ばすと辺りをもう1度見渡した。  「それで御剣検事。何を証言してもらうのですか?」  「裁判長。それは言うまでもない、18年前のDL5号事件で、東山章太郎が逮捕された“平夫妻殺害事件”。 こいつについての証言をお願いする。」  過去への旅が始まろうとしている。実にSL9号事件の時以来だ。しかし、SL9号事件以上に過去へさかのぼるこの事件。  「分かりました。では証人・・18年前の事件について、証言をお願いします。」  「・・いいだろう。」  辺りを見回しながら答えた神風。  「証人・・分かっているだろうな?この法廷で求められているのは、真実だ。」  「・・分かってるさ。」  心なしかあの時の勢いが無い。何か・・あったのだろうか?  「18年前の・・12月4日。名松池で平夫妻が連続殺人犯“Q.E.D.”に殺害された。 当時本庁の捜査1課だった我々は、翌日の12月5日に捜査権を所轄から移してもらい、捜査を行った。」  白いコートを深く羽織りながら、さらに続ける。  「捜査指揮をしていた私たちは、2日後の12月6日に容疑者として東山章太郎を逮捕。証拠も数々あった。 それに、22日後に行われた裁判・・あの裁判での平夫妻の息子の証言が決定的となっている。東山章太郎が犯人だった。 間違いないだろう・・平夫妻殺害の件については。」  証言が終わって傍聴人達は騒ぎ始める。そしてまた、御剣も言葉を失う。  「どうやら、自分の父は間違いなく有罪だったらしい。当時の捜査担当者が今、はっきりと語ったからな。」  東山怜次の顔がにやけた。そんな馬鹿な!  「異議あり!待つのだ!神風っ!あの時と証言内容が全く違うではないかっ!!」  「なっ・・何を言う。我々は初めからそう言っているぞっ!御剣検事っ!」  おかしい、何故だ!?  「ふむぅ、どうやら・・この事実が正しければ、確かに東山怜次に限っては動機が存在しえないですな。」  裁判長は冷静に分析。しかし、これで納得できるわけが無い。  「異議あり!け、検察側はこの証人の証言を認めぬっ!!」  「しかし、この証人を召喚したのはあなた自身ですぞ?御剣検事!」  「・・うぬっ!?」  似ている・・虎狼死家左々右エ門の裁判と状況が同じである。だが、今回はそれよりもさらに状況が悪い。  (弁護士が・・あの男である限り、尋問でも真実は明かされない!ど、どうしたらいいのだ!?)  弁護席の男が笑った。  「どうした?何を焦っている・・御剣怜侍。」  「・・!!(そうか!)」  奴は前髪を払うと静かに言った。  「その焦り、狩魔冥を思い出すぜ・・本当にあいつは諦めの悪い女だったよ。」  そう、全て奴は知っていたのだ。  (公安があのプランの存在を消すために、この事件の黙秘を図っている・・だから、神風は法廷で18年前の真実を語れない。 圧力を公安部がかけている!そしてそれを、あの男は知っている!)  木槌が鳴り響く。  「とにかく、尋問を弁護人にはしてもらいましょう。それで全てははっきりするはずです。」  いや、むしろ現実はその逆だ。  (公安部の弱みを握り、それを利用して自らの動機を否定する・・どこまで頭がキレるのだ!?この2人は!?)  尋問が行われる。とにかくここで御剣がすべきこと。それは・・この証言の矛盾を見つけることしかない。 もはや、この法廷上での弁護士と検事の立場は逆転した。  「じゃあ、聞かせてもらおうか。証人・・あの事件では、決定的な証拠も数々あったんだろ?」  「・・あぁ、アンタの親父さんが犯人だと言う決定的な証拠がたくさんあった。」  決定的な証拠。しかし、それらが作られたと言うことを奴は話していない。  「異議あり!決定的・・とは言うが、それらの証拠品には偽造の疑いが強いものがほとんどだったのではないか?」  「偽造の疑い・・だと?」  弁護席の男は眉をしかめた。  「確か、あの裁判では狩魔検事が処罰を受けていましたな。」  裁判長が18年前の事を思い出しながら語る。  「なるほどね・・確かにアンタの師匠は偽造をしてたな。けども、結果的には父の有罪は変わらなかった。 そんな話は問題にならないな。」  「異議あり!証拠品の偽造・・私が言っているのは検察側の偽造ではない。」  その言葉に神風は反応した。そう、この事件の偽造のほとんどは検察側ではない。  「私が指摘した偽造された証拠・・それを作ったのは、18年前の本庁だ。」  「そ、それは・・警察も偽造をしていたということですかっ!?」  裁判長の言葉に法廷内がうるさくなる。  「異議あり!そんな話は一切問題にはなっていないが?いや、もっと正確に言えばだ・・御剣検事。 本庁が偽造をした決定的な証拠。そんなものがあるのかい?」  「ぐっ・・!(それがないから私の父は負けたのだがな。)」   本庁が偽造を行った証拠が存在しなかった。その18年前の現状は、今も生きている。  「しかし、本庁までもが偽造をしたすれば、何故なのでしょうな? ここまで組織的な偽造があったとしたら、それは大スキャンダルですぞ。」  裁判長が発した問い。組織的な偽造を行った理由があるとすれば・・それは1つ。  「裁判長。偽造をする理由が本庁には無いだろう。そもそも本庁が偽造を行った決定的な証拠もないんだからな。」  奴はそう言った。だが、その理由を本来なら奴も知っているはずだ。  「異議あり!偽造をする理由・・それは何故?突然捜査権が所轄から本庁に移行したのかが物語っているだろう。」  御剣は資料を取り出して主張する。そう、それが全てだ。  「どういうこと・・かな?御剣さん?」  東山怜次のその口調には、笑いが含まれていた。  「そもそもだ、所轄は容疑者を1人の男に特定していた。しかし、翌日に捜査権が本庁に移行してから、 本庁が逮捕した容疑者は違っていた。」  「・・ぐっ。」  神風が言葉を詰まらせる。  「つまりそれは、本庁は東山章太郎を逮捕したが、所轄は違う人間を逮捕する予定だったと?」  裁判長、物分りがいいではないか。  「そうだ。つまり・・この事件の真犯人はその人物だった可能性が高い。」  「異議あり!本庁の捜査で逮捕されたのが父だ。所轄の特定した容疑者は無実だったのだろうさ。」  「異議あり!だが、ここで憶えていて欲しいのは、本庁は証拠偽造の疑いを18年前の裁判で指摘されていたことだ。 つまり、素直に所轄から渡された証拠を元にすれば、おのずと所轄が導き出した容疑者と同一人物に辿り着くはずなのだがな。」  遠まわしにあの男の存在を浮かび上がらせる御剣。  「へぇ・・つまり、それはどういう意味なんだ?なにぶんアメリカで育ってきた時代も長くてね。 そういう遠まわしな主張は苦手になったもんで。」  そう言うものなのか?東山怜次は机に腰掛けてあくびをしながら語った。  「まぁ、そうだな・・結論から言えば、所轄の挙げた容疑者を本庁が揉み消し、 東山章太郎を真犯人としてでっち上げた。冤罪だな。」  「で、でっち上げですって!?」  御剣の言葉は法廷内を混乱させるのに十分だった。  「異議あり!本庁が容疑者を揉み消した・・その理由はズバリ何だって言うんだ?」  机に腰掛けている奴は、前髪をいじりながら不服そうに言う。  「なにぶんアメリカはオープンな国でね。隠し事をされるとその風潮から生き残れない。」  意味が分からないが・・。  「あんたの主張・・聞かせてもらう。本庁が揉み消した容疑者、そいつは誰だ?」  本庁が揉み消した容疑者・・そいつを語れば、おのずと今回の事件も見えてくるかもしれない。  「その容疑者は、黒安公太郎だ。」  「くろやす・・こうたろう?」  裁判長はその言葉を聞いて何かを思い出す。神風は何も言わない。  「今回の事件で、黒安公太郎とその父・公吉が殺害されている。」  御剣は資料を取り出してそう言うと、机を叩いた。  「黒安公吉・・知っているだろうが、国務大臣で国家公安委員会の委員長だった男だ。 18年前は国家公安委員会のメンバーで、さらに前は本庁の公安課にも所属したキャリアでもある。」  「く、黒安公吉氏の・・息子!!」  さて、ここまでくれば明らかか。裁判長も分かっているようだ。  「そう、全ては彼の存在を消すために、本庁は偽造をして東山章太郎を逮捕したのだ!!」  傍聴人達が騒ぎ出した。    「一体・・本庁はどういうことをしているんだよ!?」  「そもそも、偽造した証拠で無実の奴を逮捕って・・」  「しんじられねぇぜ、局長事件だけじゃまだ足りねぇのかよ!」  「静粛に!静粛に!静粛に!静まりなさいっ!!」  裁判長が静止を求める。  「へぇ・・なるほどね。そいつは知らなかった。で?どうした?」  「・・・!?ど、どういうことだ?」  奴はまだ余裕の表情。何故なのか?  「まぁ、そいつが所轄の捜査で容疑者として浮かび上がっていた。それは理解してやるよ。 けど、本庁の捜査で奴が犯人じゃないって決まったんだ。証拠でな。」  「異議あり!しかし、それは証拠品が偽造されていたからであって・・」   「異議あり!だから、その証拠はどこにある?」  「・・!!」  そう、結局はそこに戻るのだ。  「その証拠があるのかと聞いている?そして逆に言えば、そいつが犯人だった根拠が必要だろうな。」   確かに奴の言うことは最もだ。  「それにだ、御剣検事さん。黒安公太郎は犯人じゃありえないっ!」  とここで、神風も反論してくる。  「ど、どういうことだ?」  意外な人物の反論に御剣は困惑する。神風はここで、ある新証言をする。  「あの事件・・犯人はボートに乗って池から、桟橋奥に居る被害者を撃ち殺したことになっている。 だが、黒安公太郎はボートに乗ることができなかったんだ・・。」  「なっ、何だと!?」  この証言をうけ、裁判長が木槌を鳴らした。  「では、証人にはそのボートと黒安公太郎がボートに乗れなかった理由を証言してもらいましょう!」  どうやら、昨日の証言が全てではなかったようだ。御剣も知らない事実。だが逆に言えば、ある新事実が隠されているかもしれない。  「あの事件で、我々は手がかりを求め名松池の中までダイバーを使って捜索していた。すると1隻のボートが沈められていた。 オールで漕ぐタイプのものだ。被害者は正面から撃たれていることは分かっていた。しかし、 被害者は桟橋の一番奥に倒れていたんだ。」  神風の証言・・18年前の御剣信が指摘した不自然な部分と符合する。  「状況から見て、被害者が撃たれた時、桟橋の奥のほうを体の正面にしていたことが分かっている。 だが、それだと犯人の立ち位置が桟橋から無くなり、水面上に立っていたことになる。これは不自然だ。」  そう、これは18年前と全く同じ。  「ここでボートを発見した時。犯人はボートを使って池の上にいたのだと確信したんだ。 そしてこれと同時に、黒安公太郎は犯人ではありえないと悟った。何故なら、黒安公太郎はカナヅチで、 池、川、湖、海には近づくことはおろか、水面と近距離で接するボート等に乗ることすらできない人間だったのだから。」  証言が終了した。最後に発覚した事実。これは初耳だ。  「カナヅチ・・だったと。」  「そうなんだ。裁判長・・ボートに乗ることすらできない人間だったから、 この事実が判明した時に彼は犯人ではないと本庁は考えたんだ。」  神風の言葉、普通に考えれば筋はとおっている。だが・・  (そのボートと犯行現場であった桟橋・・そいつ自体が18年前。本庁が偽造した疑いがあると父が考えていたものだ。)  そしてここでの新たな事実。黒安公太郎は池には近づけず、ボートにすら乗れない。  (どうやら・・この偽造は、全てにおいて黒安公太郎を容疑者から除外することが目的だったようだな。)  となれば、ここに穴がある。  「それでは弁護人、尋問を命じます。」  「尋問ねぇ・・楽しみだな、御剣怜侍。」  尋問・・ここが勝負どころかもしれない。両者にとって・・早速奴は、尋問を開始した。  「証人・・その見つかったボートが、黒安公太郎が犯人ではないと言う決定的な証拠となったわけだ?」  「あぁ・・間違いない。それだけは言えるっ!」  このやりとり、できることならば異議を唱えたいが・・そのためにはボートが偽造であったと言う決定的な証拠が必要だ。  「つまり証人、本庁は所轄がこの証拠品を見つけることができなかったから、犯人を黒安公太郎と断定したと考えられるわけか?」  「恐らく、そうだと思う。御剣検事さん。」  神風は微妙なニュアンスを残しつつもそう言う。  「ダイバーを使っての池の捜索。当然そこには不正なものなどなかったろうな。」  奴は当然と言った口調で言い放つ。それは恐らく、この証拠が不正のない絶対的なものであると主張したい現われなのだろう。  (さて、弁護側はこの質問を終わらせたが、私は検察側としてどうすべきか?)  御剣は考える。何かあるとすればここに偽造の証拠があるはずなのだが。  「証人・・池の捜索について詳しく証言をお願いする。このボートは非常に重要な証拠だ。そこに不正がないと主張するなら、 そこに関して自信を持って証言ができるはずだ。」  「・・・・・いいだろう。証言しようじゃないか。」  神風はその部分の証言をさらに行う。  「基本的にあの日は、雪がうっすらと積もるほど寒かった。午後には雪も解けていたが・・あの頃は記録的な寒波の影響で、 事件当日は1日中気温の氷点下が続いていた。名松池にも氷が張るくらいだったからな。」  時期は12月4日。確かに寒い季節だ。  「事件の証拠品が池の中にある可能性はある。だが、氷が張っているせいで所轄は池の捜索を行っていないと聞いてだ。 我々は捜索を行ったんだ。あれはかなり困難な作業だった。」     寒波・・天候の問題が出てきたが、これはどうなのか?   「ふむぅ、この証言・・どうですか?検察側、重要ですか?」  この証言の重要性・・よくよく考えてみれば、身にしみるほど分かってくるはずだ。  「裁判長・・この証言は重要だと検察側は考える。」  「ほほう、そうなのですか。」  裁判長は少し分からないと言った様子。だが、弁護席のあの男は同意している。  「確かにそれには弁護側も同意だ。この証言は、ボートが違法性のない証拠だということを立証しているからな。」  だが、どうも奴と私の考えは違うようだ。  「なるほどぉ・・。確かに、これは弁護側の言う通りかもしれませんね。」  そんなわけがなかろうに、御剣が主張するのはこの1点なのだから。  「異議あり!それは違うな、裁判長。この事実は、確かにある事実を示している。 だがそれは・・このボートが本庁の偽造だったことを示すのだっ!!」  「なっ、何ですと!?」  法廷内が少しずつ騒がしくなる。  「異議あり!どういうことだ?御剣怜侍?これが何故、本庁の偽造を示すって言うんだ!?」  「ふっ・・貴様もよく考えてみることだ。弁護士。この証言が事実なら、 東山章太郎はボートに乗って池から被害者を撃ち殺したことになる。」  「そうだな。で、それのどこが問題だ?」  奴は睨みつけながら尋ねてきた。  「まだ分からないのか?貴様ともあろう者が、いいか?事件当日の2001年12月4日。 記録的な寒波の影響で名松池に氷が張っていた。そして1日中氷点下の気温が続いていた。 つまり、あの日は1日中名松池は、氷付けになっていたことになる。」  「・・・・へぇ、つまり、何が言いたい?」  その目は鋭かった。いや、悪意に満ちた目だ。  「早い話だ。あの日は黒安公太郎以外のボートに乗ることができる人間も、ボートに乗ることができなかった。何故ならば・・」  机を叩く、そう・・あり得ないのである。  「名松池は事件当日氷が張っていた。ボートを漕ぐことは東山章太郎にはできないのだっ!!」  「あっ・・あああああああああっっっっ!!!!」  神風はその事実に言われて気づく。そう、つまりだ。  「この事件の証拠品・ボートはこの時点で、本庁の偽造と考えられるのだ!!」  木槌が何度も鳴り響いた。  「氷が事件当日ずっと池に張っていたのならば、犯行後に池にボートを沈めることすらできない! つまり、実際の犯行でボートは使われなかったのだ!!」  そう、そしてそうなれば・・黒安公太郎が容疑者リストに復活するのだ。  「さぁ、東山弁護士・・何か反論はあるかっ!!!?」  名松池に氷が張っていた事実が、裁きの庭に紛れ込んだ死神を襲う。  それはまるで、秋のように冷たい霜が死神を襲うように。  第2部・反撃  「へぇ・・確かにそれならその証拠は不正かもな。」  初めて東山弁護士と呼ばれた奴はそう言った。  「つまりそれは、本庁の証拠が偽造であると認めるのかっ!?」  御剣は一気に攻め立てる。だが、奴は頭がいい。回転の速度なら御剣には負けてない。  「何故そうなる?いいか?そう考えれば・・ある不正な証拠は正当な証拠へと移り変わるのが分からないか?」  奴は依然として憎悪に満ちた目でこちらを睨みつけていた。  「ある不正な証拠が・・正当な証拠に、だと?」  「そうさ、アンタの師匠が出した血文字だよ。」  「・・なにっ!?」   御剣信が指摘した狩魔豪の不正な証拠。桟橋に残されたQ.E.D.の血文字だ。  「あれはルミノール反応で検出された。はっきりとした血文字でな。」  そう、それが矛盾だった。18年前は。  「しかし、アンタの親父さんはそれが矛盾していると言った。何故だか分かるよな?」  「そ、それはだな。」  御剣は言葉に詰まる。その理由は・・  「あの桟橋はボロボロで、名松池の水面すれすれのところに設置されていた。 そう・・つまり血文字は池の水で流されていなければならないとな。」  だが、実際は血文字ははっきりと残されていた。よって御剣信はこの証拠品が狩魔豪の不正であると見抜いたのだ。  「けどな、息子であるお前の主張だと、今度は名松池が氷付けになっていたことになる。 となれば、水の流れは凍ることで発生しない。 そう、狩魔豪の提出した“はっきりとした血文字”は、正当な証拠になるんじゃないか!?」  「なっ・・何だとっ!?」  さらにざわめく法廷内。  「大方、ボートで犯行は行われていないと立証することで、犯行現場が桟橋以外の場所だったと 主張するつもりだったんじゃないのか?そうなれば、黒安公太郎も容疑者リストに復帰するからな。」  奴の言ってることは御剣が言いたかったことそのままである。  (よ、読まれていたのか!?)  そして続ける。  「だがな、血文字が桟橋奥にあったってことは、犯行現場はやはり桟橋奥。つまり、黒安公太郎は犯人じゃありえないんだ!!」  「異議あり!だが、そうなればボートが使えないのだぞ!?どうやって犯人は池の上に立って被害者を撃ち殺したと言うのだ!?」  御剣はその問題を再び議論として持ち出す。そう、犯行現場が桟橋奥で、ボートが使えない以上犯人は、 池の上に立っていることになる。  「異議あり!池の上に立つんじゃない!御剣怜侍・・自身が立証したことを忘れたか?池は凍っていたってな?」  「・・なっ!?まさか・・!!」  なんと言うことか、御剣は自身で自身の首を絞めたことにある。  「そう、犯人は池の氷の上に立った!そして、池に近づくことのできない黒安公太郎は犯人でありえない! つまり、犯人はやはり本庁が逮捕した東山章太郎だったのさ!!」  「ぬっ・・ぬおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!!!!!!!」  木槌が何度も何度もこの状態で鳴り響く。  「静粛に!静粛に!静粛に!係官!傍聴人で従わないものは引きずり出しなさい!!」  このどんでん返しに奴は依然として笑っていた。先ほどからの自信はこういう意味だったのだ。  「18年前にアンタの父親が自分の主張で首を絞めたように、18年後息子であるアンタも、 自分の主張で首を絞める結果になるとはな・・。傑作だ。」  その口調は、御剣を上から見下しているかのような言い方だった。対する御剣は、どうすることもできない。  「つまり弁護側の主張は、東山章太郎は平夫妻を、凍った池の上から撃ち殺したということですな。」  「そういうことさ。」  裁判長は考え込む。何しろ事件は18年前。証拠はほとんど残っていない。主張が通ってしまえばお終いである。  「検察側・・どうでしょうか?」  「う・・ウム。そうだな・・」  御剣に同意を求める裁判長。ここで何か反論しなければ・・終わる。  (あの血文字が不正でなかった・・果たしてそれは、水面が凍っていたことで立証されるのだろうか?)  18年前・・時の流れが全てを惑わす。  「あるわけないさ。18年前の事件をひっくり返そうとするのがまず不可能。裁判長・・そういうことなのさ。」  「ふ、ふむぅ・・。」  2人は勝利を確信している。御剣が待ったをかけるなら今しかない。  (18年前の事件・・やはり、ひっくり返すことは不可能なのか!?)  18年前・・先ほどからこの言葉ばかりが繰り返される御剣の頭。  (・・・・18年前!?)  御剣はハッとした。そうだ、18年前は今と決定的に違うではないか。  「異議あり!少し待ってもらおうか、東山弁護士!」  「・・まだ、何か?」  突如息を吹き返した御剣に、男は呆れた様子だ。  「危うく、18年前という事実を忘れるところだった。・・事件が発生したのが18年前なら、裁判が行われたのも18年前だ。」  御剣は思い出す。やはり、狩魔豪の証拠は不正としか考えられない。  「つまり、裁判制度も18年前のまま・・今の序審制度ではない。」  「・・!!」  東山弁護士は眉をピクリとだけ動かした。  「それはつまり、どういうことなのでしょうか?」  裁判長も眉をピクリと動かす。  「つまりだ、これが序審制度下の元だったのなら・・その血文字の証拠は、池が凍っていた事件当日に入手した可能性があるが、 18年前は違っていた。平夫妻が殺害されてから東山章太郎が逮捕されるまで。12月4日から6日まで2日間。 裁判が行われた28日までもを含めると24日間もあったのだ。」  「・・・ああっ!!」  裁判長がその言葉で御剣の主張したいことに気づく。あの男も同様だ。  「そう、それまでの間に24日間もあったのならば・・あの血文字の証拠が見つかった時、水面の氷は溶けていた可能性がある!!」  「異議あり!しかし、事件当日に血文字を発見していたら、そいつが水に流されていなくても矛盾はないんじゃないか!?」  東山弁護士は拳を後ろの壁に打ち付けると、声を荒げた。  「異議あり!つまり、血文字が発見されたのは事件当日ではなかったのだよ。東山弁護士。」  御剣は1つの事実を語る。  「異議あり!その人を見下したような態度、あとで後悔しない事だな。ならば、その根拠を提示してもらおうか!」  根拠・・単純なことだ。18年前の裁判記録が全てを知っている。  「いいだろうか?こいつは狩魔豪が現場で見つけている。ここで考えて欲しいのは、犯人が逮捕されてから、 我々検事は動くということだ。」  警察が捜査をして逮捕した容疑者。その身柄が検察に送られてきてから、初めて検察は動き出す。  「序審制度下の今は、検事と警察が事件が起こった直後に合同で捜査をすることも少なくはない。 だが、18年前では状況が違うのだ。狩魔豪が動けたのは、東山章太郎が逮捕され、身柄を検察に送検されてからだ。」  「身柄を・・送検・・!!」  東山弁護士の顔が曇る。恐らく、あの事件の後すぐにアメリカに渡ったからであろう。 18年前の裁判制度まで完璧に理解していなかったのかも知れない。  「つまり、狩魔豪が証拠を入手した日は、検察に東山章太郎の身柄が送検された日以後。 警察が彼を逮捕したのは事件から2日後の12月6日。つまり、狩魔豪が血文字をでっち上げることが可能なのは、 12月6日以降しかないのだ。」  そしてそうなれば、全ての辻褄はあう。  「だから、事件発生から少なくとも2日以上も経過していれば、池の氷は溶けているはずなのだ。」  御剣は机を叩いた。そう、これで彼の主張はまたしても打ち砕かれたのだ。  「よって、あの血文字が見つかった時には池の氷が溶けていた!そう、血文字がはっきり残っているという事実は、 やはり証拠が不正だったということを物語っているのだ!!」  「ぐっ・・んんんんんんんっ!!」  東山は再び言葉に詰まる。  「静粛に!静粛に!つまり御剣検事!これはどういうことで・・」  裁判長は木槌を叩くとそう尋ねようとする。が・・御剣はそれも聞かずに説明を始める。  「つまり!血文字とボートが嘘である以上、犯行現場はボートの上でもなければ氷の上でもなかった! いや、もっと厳密に言うなら・・名松池の水面上で犯人が、被害者を撃ったとは考えられないのだ!!」  傍聴人達が騒ぎ出す。裁判長はそれを何度も木槌で静める。  「異議あり!被害者を撃った犯人が名松池の水面上にいなかった。御託は十分だ。」  東山は手に持っていた仮面を高く上に放り投げた。  「ならば、本当の犯行現場はどこになる?犯行現場が消滅すれば・・平夫妻は死んでいるはずがない。だが死んでいる!」  高く放り投げられた仮面は、宙を舞った。  「つまり、この事件には別の犯行現場が存在した。御剣怜侍・・アンタの主張はそういうことになるはずだ。」  本当の犯行現場・・これこそが、この18年前の事件のキーポイント。  「弁護側の言う通りです。御剣検事・・あなたの考えを伺いましょうか。」  裁判長の口調も厳しい。どうやら、ここからこの事件の本番となりそうだ。  「平夫妻殺害の本当の犯行現場・・それは一体何処なのですか!?」  本当の犯行現場・・それは、18年前の父が示した場所と、恐らくは同じはずだ。  「この事件における、本当の犯行現場・・もはや、1つしか残されていない。」  「1つしか・・残されていない?」  首を傾げる裁判長。その時だ、宙に舞っていた仮面が、東山の手に戻ってくる。  「御託はいらない。そう言ったばかりだ・・その犯行現場。どこなんだ?」  「・・この一連の事件における犯行現場の手がかりは、血文字が残されているということ。 狩魔豪の桟橋の血文字が偽物だったのなら、本物の血文字は当然・・名松池の看板に残されていたものということになる。」  18年前の裁判資料を持ち出しながら語る御剣。その資料を机に置くと、最後に叫んだ。  「つまり、本当の犯行現場は名松池の看板前だったのだ!!」  父が18年前にそう叫んだかのように、御剣はこの言葉を力強く叫ぶ。  「静粛に!静粛に!本当の犯行現場は名松池の看板前・・ふむぅ。」  「異議あり!その勢いをぶち壊すかのようで申し訳ないがな、だったら・・どうして遺体は桟橋奥にあったんだ? それだと、遺体は名松池の看板前にないとおかしいじゃないか!?」  仮面を机に叩きつけた東山は反論する。だが、これには最も単純な答えが存在する。御剣はそれを知っていた。  「異議あり!そう、つまりだ。この事件・・何者かが平夫妻の遺体を名松池の看板前から桟橋奥に、移動させたのだ。」  その言葉に法廷中が驚愕する。何者かが遺体を移動。  「み、御剣検事・・遺体を移動とは、一体それは・・」  「異議あり!遺体を何者かが動かした。何のために!?そもそも、アンタの言う名松池の看板前が、 本当の犯行現場だって証拠もなぁ。存在しないんじゃないのかっ!?」  裁判長の言葉を、今度は東山が遮るとそう言う。確かに、18年前はそうだったのかもしれない。だが今は違う。  「異議あり!しかし、裏を返せば桟橋奥が本当の犯行現場だという証拠も存在しないのではないのか? しかも、18年前と違い今は・・その決定的な証拠となった“ボート”と“血文字”の両方が、 完全に不正な証拠だったと証明されている。」  つまり、状況は明らかに今度こそ・・こちらが有利というわけだ。御剣は続ける。  「この結果から考えれば、その偽造された証拠は・・本当の犯行現場を桟橋奥に見せるために行われたと考えられる。 ならば、遺体を桟橋奥に移動させたのも、同じ理由だったのだろう。」  「お、同じ理由・・それは、犯行現場を桟橋奥に見せるために遺体を移動させたということですかっ!?」  裁判長が木槌を叩きながら身を乗り出すと、そう尋ねた。  「そういうことだろうな。つまり、遺体を移動させた“何者”かと、証拠を偽造した人物・・ いや、“組織”は同一ということになる。」  証言台の神風はそれを黙って聞いている。正直、心の中は荒れ模様だろう。  「この流れから、証拠を不正したのは本庁だということは明らかだ。」  御剣は本庁を代表する神風に指を突きつけると、そう言い放つ。  「異議あり!じゃあアンタは、遺体を移動させたのは“本庁”だと言いたいのか?一体・・ どうして警察がそんなことをするって言うんだ!?」  仮面をそのまま机に置いた東山は、指を御剣に突きつけるとそう叫ぶ。  「ふっ・・やれやれ。この議論の流れから貴様も馬鹿であるまい。本庁が遺体を移動した理由。 そいつは証拠を偽造した理由と同じだったのだ。」  「証拠の偽造と同じ理由・・・・っっ!?」   本当のところ、この反応が東山怜次の芝居なのかは分からない。 だが、やつが共犯ならば・・それくらいはとっくに知っていたはず。  「全ては、犯行現場を桟橋奥にすることで、犯人が水面上にいたことにするため。 それで得をする人間は、水面上を犯行現場とすることができなかった人間。」  それはもう、只1人。  「それは・・“黒安公太郎”さん。ですかな?」  裁判長が核心を突く。  「その通りだ。何故、黒安公太郎を容疑者リストから外そうとしたのか? それは先ほども語ったので省略する。ここでポイントなのは、犯行現場が桟橋奥である以上、 犯人は水面上にいる必要があるということ。よって、彼は容疑者リストから除外されていた。」  拳を握り締めている東山。声を振り絞りながら言う。  「しかし、アンタの主張だと・・犯行現場は名松池の看板前になっちまう。」  御剣は頷くと、じっくりと言う。  「そうだ。つまり、黒安公太郎は容疑者の可能性があるのだ。」  傍聴人が何やら呟いている。恐らくは、この事件の真相についてだろう。 もう、誰でも分かるかもしれない。ここまでくれば。  「異議あり!だがな・・所詮可能性は可能性にすぎないさ。黒安公太郎が犯人だったというのなら、 その証拠が存在したはずだ。それをアンタは、提示できるって言うのか!?」  東山は起き上がると、その指を検事席に立っている御剣に向けた。  「証拠・・存在するかは微妙だが、彼が犯人であったということを語ることができる人間なら、存在するだろう。」  御剣のその言葉に、にわかに法廷内が騒ぎ出す。  「御剣検事。それを証言できる人がいるというのですかっ!?」  裁判長も驚きの様子だ。だが、黒安公太郎を犯人だと疑っていたものは警察関係者の中にも存在した。それが事実。  「裁判長。検察側は新たな証人を召喚しよう。18年前の捜査員だ。」  「異議あり!18年前の捜査員だと?既に殺害されているんじゃないのか?こいつを除けば。」  東山は言うが、本当は分かっているはずだ。もう1つの捜査本部の存在が。  「異議あり!それは本庁の捜査本部の者。今から検察側が召喚するのは、所轄署の捜査員だ!係官!18年前、 捜査本部が本庁に移動する前に、事件の捜査をしていた所轄署の捜査本部のメンバー・小城伊勢信二を入廷させるのだ!!」  その言葉に、彼ら2人は言葉を失った。  「そ、そんな馬鹿な・・!?」  18年前の真実を知る者が今ここに。全ての反撃はここから始まる。  法廷内に新たに連れて来られたのは、全てを知っているであろう人物・小城伊勢だった。  「証人。名前と職業をお願いする。」  「小城伊勢信二。所轄署の刑事をやっている人間さ。」  彼のコートは、糸鋸以上に複雑な色だ。それだけ経験を積んできたのだろう。  「証人は18年前。平夫妻殺害事件の捜査本部の捜査員だった。間違いないな?」  資料片手に尋ねる御剣。小城伊勢は、どこか遠いところを見ながら答えた。  「あぁ、ってもな・・たった1日で捜査本部は解散。本庁に全指揮権が移動されたがな。」  小城伊勢はそう言うと、真っ直ぐと向き直った。そして訴えた。  「あれは、俺たちが1日だけだったかもしれないが・・必死に追ってきた事件。所轄署のメンバーは誰1人として、 この結果に納得はしていない!」  カン!と木槌がここでなった。  「よろしい。では証人・・18年前のあなたたち所轄署の捜査。一体誰が容疑者として挙がったのか? その全てをここに証言してください。」  「・・分かったさ。」  18年前は本庁の妨害により何も出来なかった小城伊勢。ひょっとしたら今回も、妨害があったかもしれない。 それを考慮した御剣が、小城伊勢を極秘で裁判所内に待機させたことで、現在小城伊勢は裁判所内でこうして証言が可能になった。  「・・何故、所轄署の刑事がこの法廷内に!!」  被告席でそう呟いたのは、弟の恭平のほうだった。兄の怜次も同じ様子だ。恐らく彼らは、本庁が18年前の捜査員を、 必死で裁判所へ入ることを防いでいる事実を知っているからだろう。  「過ぎたことは仕方がない・・そういうことだな。」  御剣は静かにそう言い放った。兄の怜次へと向けられた罠が、確実に近づいていた。  「18年前の12月4日、午後4時30分すぎ。1本の通報で発覚した。我々は、直ちに現場へと急行した。 すると、名松池の看板前で2人の人間が倒れていた。そばには気絶していた子供もいた。」  その証言は、全てを最初に発見した所轄署の刑事の紛れもない事実。  「看板には血文字で“Q.E.D.”と書かれていた。遺体は撃たれた後にナイフで刺された形跡があった。 だが、ナイフも凶器の銃も発見されなかった。しかし、俺たちには唯一の手がかりが残されていた。」  唯一の手がかり。その言葉が法廷中の視線を一斉に小城伊勢へと集める。  「被害者2人の体内に弾丸が残っていたんだ。そいつが、容疑者を特定する最大の証拠となったんだ!」  (被害者の体内に・・弾丸だと!?)  御剣は18年前の法廷記録を見る。確かに、18年前の法廷記録にも被害者の体内から摘出された弾丸が存在している。  「被害者の体内から摘出された弾丸が、容疑者を特定する最大の証拠となった。ちなみに証人、 それで所轄署が特定した容疑者は、誰だったのですかな?」  裁判長のこの言葉、全てを狂わす歯車となった。  「それは言うまでもなかった。先ほどにも何度か名前が挙がったけどな・・“黒安公太郎”だ!!」  小城伊勢の目は鋭かった。と同時に、あの男が叫んだ。  「異議あり!被害者の体内から摘出された弾丸。こいつにはライフリングマークが残されていた! しかしそれは、東山章太郎の自宅で発見された銃の線条痕と明らかに一致していた! むしろ、この証拠は、東山章太郎が犯人であるということを決定付ける証拠だ!!」  東山の兄は、弁護席で持っていた18年前の資料のコピーを叩きつけると、小城伊勢を睨みつけた。  「何を言っている・・俺たちはな、確かにそれで黒安公太郎が犯人であると断定したんだ! 何故ならな、あの銃の線条痕は・・黒安公太郎の所持していた銃の線条痕と一致したんだからなぁっ!!」  「なっ・・!?」  「なにっ!?」  「何ですっとおおっ!?」  東山怜次・御剣・裁判長の順にその声が、そして次の瞬間、法廷内が物凄い勢いで騒ぎ出した。  「静粛に!静粛に!静粛にぃぃぃ!」  裁判長の声が響き渡る。  (黒安公太郎の所持していた銃の線条痕と、被害者の体内に残されていた弾丸の線条痕が一致だと? どういうことなのだ・・確かにあの事件、線条痕は東山章太郎の自宅で発見された銃と一致したはず・・)  御剣は考える。線条痕と銃の謎を・・そこで思い出されるのは、2つの銃の不自然な入れ替えだ。  (これに答えがあるとすれば・・全てはこの証言が意味を持っている。 つまり、銃と線条痕の問題こそが、この事件の核心!!)  御剣は机を叩いた。その音は、一瞬にして傍聴人のどよめきをかき消す。  「小城伊勢刑事!黒安公太郎が所持していた銃。それは一体・・どういう意味なのだ!?詳しい説明を検察側は求める!」  「異議あり!弾丸の問題と黒安公太郎の所持していた銃は全くの別問題!弁護側は検察側のその質問の却下を求める!!」  とここで、それまで何とかして冷静を装ってきた東山怜次が、血相を変えて異議を唱えてきた。  「弁護人の異議を却下します。証人、黒安公太郎が所持していた銃。詳しい説明をお願いします。」  御剣は1人、彼の態度の変化を考えていた・・彼は本当はこの事件の真相を知っている。 ならば、全てはここにある。そう確信できた。  「簡単な話だ。黒安公太郎はあの事件が発生する前、連続発砲事件の容疑者として疑われていたんだ。 だがな、相手が相手だ、俺たちも少し・・慎重になっていた。だから、公表まではしていなかった。」  「れ、連続発砲事件だと!?」   そんなものは資料の何処にもかかれていない。恐らくは、この事件は完全に抹殺されたのだろう。  「その連続発砲事件は、民家や建物に発砲する事件だった。俺たちは、あの事件の線条痕がまず、 過去の事件のデータベースに登録されていないか調べた。すると、あの発砲事件の線条痕と一致したんだよ!」  連続発砲事件。そんなものの記録が正式に残っていれば、自分が調べた時にもヒットはしただろう。 だが、ヒットしなかったということは・・  「恐らく、その事件のデータは・・あの事件のあとに抹殺されたのだろうな。」  御剣は考える。連続発砲事件の線条痕と一致。それが意味するものを。  「だから、俺たちは黒安公太郎が犯人だと確信したんだ!線条痕の一致・・連続発砲事件の件については、 もうほとんど証拠固めが出来ていた。あいつが犯人だと分かっている以上、同じ銃が犯行に使用されていたんだ。 奴しか平夫妻殺害の犯人はありえないとな!!」  小城伊勢は声を荒げた。証言台を叩きつけると烈火のごとく叫ぶ。  「異議あり!そうなれば、その連続発砲事件についての審議も必要になってくると弁護側は主張する! そこの時代遅れな刑事の戯言は信用できないねぇ・・。」  東山は呆れたようにそう反論する。小城伊勢は東山を睨みつけた。  「なっ・・何だと!?貴様っ!?」  (どうやら・・小城伊勢刑事はまだ知らないようだな。彼らが東山章太郎の息子だということに・・。)  御剣のそんな思いをよそに、奴は連続発砲事件について意見する。  「連続発砲事件・・確かに、そんな事件はあったのかもしれない。しかし、それも18年前の事件だ。 そんな過去の事件の犯人が、確かに黒安公太郎だったということが立証できるのか?」  「・・!!」  確かにそれはあるかもしれない。そもそも、正式な記録が完璧に残されていないのがこの事件だ。 その事件に全てをすがるのは困難なことなのかもしれない。  「つまり、18年前の事件の犯人が確かに黒安公太郎である必要がある。弁護側の主張はそういうことだろうか?」  「ごもっとも・・御剣怜侍。」  奴は頷いた。18年前の事件を辿るうちに、さらに見えてきたもう1つの事件。  「どうやら、我々はさらに詳しい話を聞く必要がありそうだ。その連続発砲事件について。」  御剣は軽く小城伊勢に指を指すとそう言った。  「そのようですな・・証人。18年前の連続発砲事件について。詳しい証言をするように!」  裁判長は木槌を2、3度叩いて傍聴人を静めると、小城伊勢にそう指示する。  「発砲事件か・・分かった。思い出してみよう。」  小城伊勢は何度か深呼吸をすると、その事件について語りだす。  「18年前の連続発砲事件。あれは7月頃に、商店街の店に銃弾が撃ち込まれたことから始まった。 その後、民家など被害は拡大する一方だった。」  7月頃・・御剣は考える。その頃は丁度夏であり。  (DL5号事件が発生してから丁度1ヵ月後。彼らは丁度・・父がリストラされ、東山怜次が養子に出された頃か。)  この時期、何か関係があるのだろうか?  「1ヶ月間続いたこの事件。何件目かの事件では、犯人と思しき人物を発見した警官が負傷した。 だが、残念ながら犯人の顔までは目撃できなかったらしい。それで警察は、あたり一帯に包囲網を張った。 拳銃携帯命令も出た。警官が負傷したばかりだったからな。」  「相当、凄まじかったのですなぁ・・。」  裁判長は暢気に言っているが、実際はかなり緊迫していたはずだ。  「そんな厳重警戒の中、1人の刑事がその連続発砲犯と遭遇したらしい。そして、犯人が先にその刑事に撃ってきた。 負傷した刑事は犯人に対して3発発砲。だが、傷が深かったらしく、それ以上は何も出来なかったらしい。」  小城伊勢は淡々と語る。  「さらに、弾切れを起こした犯人は、まだ弾が残っていたその刑事の銃を奪った。 そして、そのままそいつの銃口を刑事に向けたまま、逃走したらしい。」  なおも淡々と語る小城伊勢。御剣は先ほどから妙な感じがしてたまらない。  (拳銃携帯命令・・犯人から銃を奪われた・・)  何かが・・何かがある。御剣はそう思ってたまらない。  「ちなみにそれは、どこから聞いたのだ?小城伊勢刑事。」  「えっ・・そうだな。確かそれは、その負傷した刑事を最初に発見した俺の同僚だったな。」  どうやら、かなり大きな事件だったようだ。  「それでまぁ、その事件からぷっつりと犯行が途絶えたんだ。だがな、街中のコンビニなどの監視カメラ等や、 負傷した警官がわずかだが見た犯人の姿。それや遺留品など・・様々な証拠から。 黒安公太郎が犯人ではないかと疑いを持った。それで俺たちは、半年がかりで証拠固めを行っていたんだ。 その矢先の事件だったんだ・・あの平夫妻殺害事件は。」  証言が終わった。どうやら18年前の連続発砲事件。その事情はよく分かった。だが、問題は。  「裁判長。これに尋問したところで・・何が変わるという?」  「・・!?べ、弁護人?そ、それは一体・・」  机の上に腰掛けている東山怜次。いや、寝ている。  「呆れて物も言えない。そこの検事は、私が弟の犯行に協力するその動機を立証すると言ったんだ。 それがまぁ、かなり遠回りをしたもんだ。18年前の連続発砲事件の審議に移り変わっている。無意味だ。」  「・・ふむぅ、そう言われてみればそれも確かに・・。」  東山怜次が痛いところをついてきた。確かに、御剣は動機の立証をすると言った。だが依然としてできていない。  (罠がまだ整っていない・・もう少し、長引かせなければ!!)  御剣は机を叩いた。  「この事件。全ては18年前から始まっている。よって、この18年前の事件の真相を立証した時! おのずとこの男の動機は立証されたも同然だろう。というのが私の主張だ。」  何とか無理をして余裕の笑みを見せる。  「せいぜい・・あとで吠え面をかかないことだな。チワワみたいな鳴きマネをしても、その時は遅いがね。」  (誰がチワワみたいな鳴きマネをするというのだ?)  御剣はいささか不機嫌になったが、とにかくこのままでは奴が尋問することもないだろうので、 御剣がいくつか質問をしてみることにする。  「小城伊勢刑事。2,3・・質問をしてもいいだろうか?」  「構わないが、何を聞くんだい?」  聞く内容。それ自体はいたってシンプルだ。  「簡単な質問だ。その犯人に向かって発砲をした刑事。彼は犯人の顔をはっきりと見ていなかったのだろうか?」  『!?』  その質問に法廷中の者がハッと気づかされる。ある人物達を除いては。  「犯人に向かって反撃をしたということは・・その刑事は、犯人の顔を直に見たのではないだろうか? その刑事の目撃証言さえあれば、直ちに“黒安公太郎”を逮捕できたのではないだろうか?」  「そっ・・そう言われてみれば!そうだよなぁ・・。」  だが、小城伊勢はどうもピンとはこないようだ。  「でも、そいつ・・見ていない。って話になってたな。それにな、俺たちがそいつに話を聞こうと思っても、無理だったんだ。」  「無理・・?それは一体どういうことなのだ?」  どうやらここまできて、ある可能性が浮かんできた。この反撃した刑事は・・“誰”だったのか?  「いやな、あの時の厳重警戒。本庁と所轄の合同だったんだ。そして、その反撃した刑事は本庁のやつだったんだよ。」  犯人に向かって反撃をしたのは本庁の刑事。だが、これだけのことで彼らが接触を諦めるだろうか?  「小城伊勢刑事。それでもあなたは、その男と接触をしようとはしなかったので?」  「うーん、まあな。それでも接触は試みたさ。でも、俺の同僚はそいつの名前までは聞いてなかったし。 何しろ、本庁に問い合わせたら・・その刑事はもう刑事を辞めた。って言われたんだ。それ以上は詳しく教えてくれなくてな。 本庁のほうで取り調べはしたから、所轄署は関係ないと門前払いさ。」  小城伊勢は苦笑いだ。だが、御剣には心当たりがあった。その反撃をした本庁の刑事が“誰”だったのかの。  (今の言葉・・それで確信した。さらに、様々な状況が誰だったのかを指し示している。盲点だった!)  御剣は机を叩いた。この事実は、きっと半年後のこの事件に繋がっている。その自信が御剣にはあった。  「裁判長!彼の証言からすべてがはっきりした。その“犯人・黒安公太郎”に反撃をした“本庁の刑事は誰”なのかが!」  「な、まさか御剣検事!あなたにはその人物の心当たりがあると!?」  裁判長は驚いている。だが、この法廷内には少なくともあと2人。その反撃をした本庁の刑事が誰なのか知っている人物が存在する。 先ほどから顔色を変えている奴らだ。  「裁判長・・黒安公太郎に反撃をした本庁の刑事。それは彼だったのだ!!」  御剣は被告席と弁護席に立っている2人の男に指を突きつける。そして叫んだ。  「東山兄弟の父親、東山章太郎!!!!」  その言葉を発するや否や、法廷中で様々などよめきが発生する。  「な、何だって・・まさか、彼らは息子なのか!?東山章太郎のっ!?」  まず最初に衝撃を受けたのは、東山章太郎の息子とは知らずに法廷で証言を続けていた小城伊勢。  「そんな馬鹿な・・彼らの父親が、黒安公太郎に反撃をした刑事ですって!?」  次に裁判長、月並みだが驚きの声をあげる。  「異議あり!それだけの証言で、何故自分たちの父親がその本庁の刑事と断言されなくちゃならない!? 横暴にも程があるんじゃないか!?」  木槌がここでなった。  「御剣検事!弁護人の意見には私も同意です。そもそも東山章太郎は、 DL5号事件で逮捕されたとき。職業が刑事ではなかった!」  「異議あり!裁判長・・それは事件から約半年後の話だ。そして彼の職業は無職。 彼を良く知る近所のおばあさんから話を聞いたところ。彼についてこのような証言をしていた!」                          ※      ※      ※  「章太郎らん(さん)は、リストラさらてぇな。別れたぁ奥さんとの請求が・・ヒック!あったこともあってなぁ・・ 子供を1人ぃ、よぉしぃ(養子)に出したんだぁ。それぇがぁ・・ここにきて、離婚が成立した年のぉ・・なる(夏)だったなぁ。」                      ※      ※      ※  「子供を1人・・養子?」  裁判長はその言葉を聞いて、弁護席に立っている男を見た。  「そう、その養子に出されたのが貴様だ。弁護士。だが、注目して欲しいのはそこではない。リストラ・・の部分だ。」  御剣は2人をじっと睨みつけながら言う。逃げられないように。  「彼が貴様を養子に出したのは、リストラされたのがきっかけだった。その時期が、夏だと証言されている。」  「・・あっ!!連続発砲事件で本庁の刑事が犯人に反撃をした時期と、まるっきし一緒じゃねぇか!?」  小城伊勢が証言台でそう叫ぶ。そう、一緒なのだ。  「彼女はリストラと証言していたが、実際そこに何があったのかは知らない。しかし、恐らくは見当がつく。 だが、ここで1つ断言できるとしたらそれは1つだな。その本庁の刑事が辞めた時期と、 貴様らの父親がリストラされた時期が同じだ。」  ここまでの偶然の一致。もはやありえない。  「異議あり!はっ、たかだか時期が一緒だったくらいで、何故そう言われなきゃならないのかが分からないな!」  東山怜次は資料は法廷中に撒き散らすと、両手でその机を叩きつけた。  「そんな偶然で俺をハメたと思ったら大間違いだ!もっと確実な、その本庁の刑事と俺の父親を結びつける証拠がないと、 俺は納得しねぇぞ!!」  木槌がここで再び一喝する。  「御剣検事。確かに弁護人の意見には私も同意です。確たる証拠・・それがなくては推測にすぎないでしょう。」  御剣に突きつけられたその事実。だが、御剣が最初にその疑いを持ったのは、まだ語っていないもう1つの出来事がきっかけだった。  「残念だったな・・東山怜次。実は、まだ貴様の父親と本庁の刑事を結びつける証拠は残っているのだ。皮肉なことにな。」  「な、何だと・・!?」  御剣は今こそ、その資料を突きつける。それこそが、1つの真実。  「その証拠こそが、この18年前・・平夫妻殺害事件の凶器として提出された。リボルバー式のピストルのことだ!!」  そう、前々から不思議だった。この証拠にはある矛盾がひそんでいたのだ。  「裁判長。この銃は6発弾丸が入る。そして、3発撃たれている。」  「ふ、ふむ・・確かに。資料にはそう書かれていますな。」  そう、何故18年前に議論されなかったのか?どうして弾は3発撃たれているのか?  「裁判長!この銃は矛盾しているのだ。平夫妻殺害の状況と比較すると!」  「む、矛盾ですって!?」  法廷内の騒ぎは収まらない。  「異議あり!この凶器に矛盾だと?ど、どういうことだ!?」   「簡単な話だ。弁護士・・。平夫妻の体内から発見された弾丸は、1人につき1発。計2発なのだ。」  ここで御剣は簡単な話を持ち出す。小学生の算数の問題だ。  「“6−2=4”だ。しかし、“6−2=3”という引き算がここで発生してしまう。 つまり、もう1発はどこへ消えてしまったのか!?」  最初から明らかに矛盾していた。どうして1発余計に弾が撃たれているのか?  「異議あり!それは犯人が、どこか別の場所に外してしまったのかもしれない!!」  「異議あり!それだと警察、特に所轄署が最初の捜査段階で見つけているはずだ。そしてそれをここで証言しているに違いない!!」  そして、その証言に対して小城伊勢は答える。  「だ、だが・・俺たちはそんな弾丸は見つけていないぞ!?」  つまり、これが真実なら・・3発目はこの事件で発生していないことになる。  「小城伊勢刑事がそう証言している以上、3発目はこの事件では撃たれていない。つまり、3発撃たれたこのリボルバー式の銃は、 本庁側の偽造された証拠品と言うことになるのだ!!」   「静粛に!静粛に!静粛に!係官!何とかするのですっ!!」  裁判長が先ほどから声を荒げている。  「異議あり!その銃が本庁の偽造だった!?だがな・・論点をずらしても俺の思考回路はにぶらねぇぞ!それのどこが、 俺の父と本庁の刑事を結び付けるんだ!?」  「異議あり!すでに結びついているのだ・・弁護士。いい加減芝居をするのもこれくらいにしたらどうだ?」  「・・!?」  しかし、裁判長と小城伊勢はまだ分かっていないようだ。  「御剣検事・・俺にはさっぱりわからねぇが?」  「私もです。御剣検事!」  どうやら、2人にもう1度教える必要があるようだ。御剣は再び叫ぶ。  「まだ分からないだろうか?黒安公太郎に反撃をした本庁の刑事は、発砲をしていたであろう?計“3発”!!」  『!!!!!!!!!?』  2人がその瞬間、ある事実に気づく。さらに御剣は続けた。  「そして、その銃は彼が力尽きた後、黒安公太郎によって奪われた。リボルバー式のこの銃・・ 日本警察が所持するものと一緒ではないか?よく見ると。」  つまり、ここから18年前の家宅捜索であることが言える。  「黒安公太郎経路でその銃は、父親である黒安公吉の手に渡った。そしてそれはあの事件後、本庁を通じて戻ってきた。 そらにその銃は、本庁の東山章太郎家宅捜索のさいにでっち上げられた!指紋も当然、 東山章太郎のものが付着しているであろうしな!!」  銃の経緯。これですっきりしたはずだ。だが・・まだ問題が残っていた。  「異議あり!御剣怜侍・・確かにその主張。筋が通っているように感じるぜ。でも、1つだけ忘れてねぇか?」  「1つだけ・・忘れている!?な、何のことだ!?」  東山怜次・・奴は何度も言う。弟の恭平と同じく、頭が良い。  「だったら何故、リボルバー式の銃のライフリングマークと一致する弾丸が、平夫妻の遺体から摘出されている?」  「・・!!(リボルバー式の銃から発射された弾が、何故平夫妻の体内から摘出されたか!?)」  確かに、最初の裁判時にはそうなっていた。しかしそれは、DL6号事件後。リボルバー式の銃と弾丸の2つに書き換えられた。  「摘出された・・それは恐らく偽装だろう。現に所轄はリボルバー式の線条痕と一致した弾丸を摘出しているからな。」  これが事実だろう。だが・・  「異議あり!そこじゃないな・・御剣怜侍。」  「・・そこじゃ、ないだと!?」  東山怜次が尋ねてきたポイントはそこではない。どういうことなのか?  「いいか?あの銃は発砲事件で犯人で反撃した際に使用されてから、全く持って使われていない。 そんな状態で、どうやってあの銃のライフリングマークがついた弾丸を入手できたんだ?本庁は?」  「なにっ!?弾丸の・・入手方法!?」   ここで奴は簡単な問題を持ち出す。小学校の算数の問題だ。  「あの銃には弾丸が3発残っている。そして、平夫妻の事件では2発撃たれている。 つまり、あの銃には弾丸が1発だけしか残っていないとおかしい。」  “3−2=1”の原理だ。  「また、そこで本庁が弾を補充して6発にしたとしても、4発残っていないとおかしい。」  「ならば、弾を2発だけ補充して、5発の状態にしてから2発撃ったのかもしれないではないかっ!」  “6−4=2”に対し、“3+2−2=3”で反論する御剣。しかし・・  「異議あり!それでも、普通に考えれば矛盾しているんじゃないか?わざわざ本庁がそうしたにしても、 何故残りの弾数が3発になるようにしたんだ?」  「!?」  「残りの弾が3発だったら、アンタが先ほどした矛盾が生じる。さすがにそれは本庁もマズイと思うだろう。 だから、弾数を偽造するなら・・4発残したはずだ。」  東山は笑いながら指を御剣に突きつけた。  「そう、このことから本庁は・・あの銃でこれ以上発砲はしていない。 つまり、平夫妻の遺体から摘出したという、偽の弾丸を提出することは不可能だった。 つまり、この銃から発射された弾丸の入手方法がないんだよ。」  「にゅ、入手方法が・・ないだとっ!?」  東山は先ほどから傑作だ。と言わんばかりの表情だ。  「つまりな、アンタがあの銃が偽造だと主張するつもりなら、ズバリ答えてもらおう。弾丸はどこで入手した!?」  木槌の音がここで1回、全てを中断させる。  「そういうことです。御剣検事・・お聞きしましょうか。」  「なにっ!?」  どうやら、立証しなければならないらしい。弾丸の入手方法を何としてでも。  「リボルバー式の銃から発射された弾丸。本庁はどこで入手したと考えますか?」  (入手する方法・・いくつもあるかもしれない。ただ、事件が発生した時、すでに東山章太郎が警察を辞めていた事を考えれば、 射撃訓練の際・・はないだろう。つまり。)  御剣はやれやれと肩をすくめると、その1つしかない答えに思わず笑ってしまう。  「弾丸・・つまりそれは、東山章太郎が最後の銃を撃った時に発射された弾丸を使ったとしか考えられないだろう。」  この言葉に裁判長は考え込む。  「最後の銃を撃った時・・と言いますと?」  つまりだ、早い話あの時しかない。  「最後の銃を撃った時。それは言うまでもなく、連続発砲事件の犯人に反撃をした時だ。」  「そ、その時だって!?」  東山は1歩、後ろへと後ずさる。  「そう、そのときしか考えられないのだ。その時に発射された弾丸を、恐らく本庁が証拠物件として 回収をしていたのだろう。しかし、この事件の資料が残されていないということは、 この証拠も残っているという保証はない。」  となれば、その時に回収された弾丸はどうなったのか?答えは1つだ。  「だから本庁は、その時回収した“東山章太郎の銃から発射された弾丸”を、平夫妻の体内から摘出されたと偽った。 しかし、その回収の際に3発見つかっていたら、適当に3発目を偽造できたのだろうが、発砲事件の際に3発目までは 見つけることが出来なかった。だから、平夫妻の体内に弾丸を埋め込むことまでしかできなかったのだ!!」  これが弾丸の答え。この立証でようやく全ては解決だ。御剣がそう確信した時だった。  「異議あり!御剣怜侍・・確かにその主張も、筋が通っているように感じるぜ。でも、もう1つだけ忘れてねぇか?」  「な、どういう意味だ!?(ま、まだあるというのか!?)」  これだけで奴の攻撃は終わらなかった。奴は次のカードを切り出してくる。  「だったら何故、俺の親父は本庁に罪を着せられたんだ?その理由が、分からないじゃないか?」  「・・!!(東山章太郎が、本庁に罪を着せられた理由!)」  確かに、彼が本庁からそうされたということは、それなりの理由があるはずだ。  「その話だと、俺たちの親父は、その連続発砲犯が“黒安公太郎”と知っただけじゃないか。 それが理由で警察を解雇されたことは別問題としてだ。その代償は解雇で済まされたじゃないか・・ 何故、ここでさらに本庁から仕打ちを受けるんだ!?」  「・・!!」  代償が解雇・・確かにそれで1度は通っている。だが、それでも現に彼らの父は仕打ちを受けている。 ならば、その理由は1つしか考えられない。  「恐らくは、本庁にとって発砲事件の犯人を知っている貴様の父親が邪魔だったのだろう。 いや、正確には“黒安公吉”にとって邪魔だった。」  「異議あり!しかし、親父はそんなこと俺たちには一切口にしなかった!つまり、沈黙を守っていたんだろう! そんな親父が何故、本庁からさらに仕打ちを受ける!?」  東山怜次のその主張。もしそれが本当なら・・答えは1つ。  「ならば、もう答えは1つだ。東山章太郎は、貴様達の知らないところで発砲事件の犯人を暴こうとしていた。 それしかあるまい。」  そして、運命のあの日はやってきた。  「そんな矢先、平夫妻が殺害された。犯人はまたしても黒安公太郎。所轄の捜査の手はもう伸びていた。 ここで黒安公吉とその息がかかった公安課は、捜査の指揮権を本庁へと強制的に移動させた。」  つまり、あの事件は仕組まれていた。ある男を陥れるために。   「そして証拠を偽造し、黒安公太郎を容疑者リストから除外した。そして、発砲事件の犯人の正体を明かそう としていた男を陥れることで、その口を塞ぐことを同時に考えた。」  「しかし、それだけのことで公安課がどうして動くのでしょうか!?流石に私にはそれが理解できませんな。」  裁判長が難色を示した。だが、それにも単純な答えがある。  「裁判長。この事件・・黒安公太郎が何を思ったのかは知らないが、親子連れの家族の両親だけを殺している。 そして、犯行現場に“Q.E.D.”とも残している。」  「そ、それが一体!?」   とここで、小城伊勢が口に出した。  「DL5号事件・・その、馬鹿としか言い様が無いな。“マネ”か!?」  「なっ・・!!」  しかし、それしか考えられない。  「そう、マネだった。当時警察はDL5号事件の犯人“Q.E.D.”を逮捕できなかった。 それで、世間的に信用ががた落ちだった。ここで、犯人をもし逮捕できれば?」  「ま、まさか・・信用が回復できると考えたのですか!?」  そしてこれには、もう1つあるものが関わっている。SSUプラン。だが、ここでこれを公表した場合、 さらに収拾がつかなくなることを考えれば、流石に言いづらい。  「まぁ、そういうことだろう。そしてそれに、公安課が荷担したのだ。」  「な、なんと言うことでしょう・・まさに前代未聞です!」  法廷中から聞こえる声が、一斉に警察への非難へと変わった。  「おい、一体警察はどうなってるんだよ!?」  「国民の信頼回復のために、無実の奴を死刑にしちまうなんて!!」  「しかも黒安って奴は何なの!?自分の息子の犯罪を棚に上げるなんて!!」  「所詮こんなもんだったのかよ!警察って組織は!」  「主席検事事件以前からこんなのばっかだったのかよ!?警察ってのは!?」  その怒号のような騒ぎ声は、裁判長の静止する声までもをかき消した。  この状態では、木槌の音さえも無意味。  これはまるで御剣に、2年程前の“宝月主席検事事件”を思い出させた。  第3部・烈日  裁判長の静止すら効き目のない法廷の騒ぎ。だがそれは、ある人物の意外な一言で止まる。  「異議あり!」  法廷中の騒ぎ声以上に、大きく響いたその異議。  「銃の出所・・そして、俺たちの父さんと連続発砲事件の犯人に反撃をした本庁の刑事が同一人物だったこと。 そこまでを立証したのはいいさ。けどな・・まだ終わっていない。」  異議を唱えたその後の静かな言葉が、法廷内を再び沈黙へと導く。  「・・どういうことだ?東山弁護士?」  御剣は嫌な予感がした。確かに、まだ立証していないことは存在する。まさか、それを突く気なのだろうか?  「凶器がリボルバー式の銃でなければ、本当の凶器は何だったのか?その質問に・・答えられるんだろうな?」  本当の凶器・・やはり問題になるか。  「貴様に心配される筋合いはない。小城伊勢刑事!」  「・・ん?何だ?御剣検事?」  小城伊勢は御剣から呼ばれて目をそちらに向ける。  「黒安公太郎が所持していた銃。そいつはオートマだったのだろうか?」  「あ、あぁ・・一応そうだったと認識しているが・・。」  黒安公太郎が最初から所持していた銃がオートマだった。つまり、ここであの資料が生きてくる。  「なるほど・・結構だ。では次に、この資料を見てもらおうか。もう1つの“平夫妻殺害事件”の資料を。」  「もう1つの・・」  「事件資料だと!?」  裁判長と東山が、御剣の言葉にそう反応する。  「そうだ、先ほど私が見せた資料のコピーは、父が18年前・・実際に裁判で使用した法廷記録だ。 そして今、係官を通して配られているのが、現在正式に記録されている事件・裁判記録だ。」  さて、こいつには1つだけ。おかしな点が存在することが分かっている。  「おや、この2つの資料。凶器の銃が違いますぞ。」  「・・・・・。」  裁判長がいち早くその異変に気づく。奴は・・無言だ。  「そう、私の父が裁判をしていた時。凶器は間違いなく偽造された“リボルバー式の銃”だった。 だが、のちの裁判資料には、本物と思われる凶器“オートマの銃”が記録されている。」  御剣の淡々とした口調に、語気を強めた東山が反論する。  「つまり、最初から本物の凶器は資料に示されているわけだ。だったら、 先ほどのアンタの長ったらしい主張は意味がなくなるじゃないか?」  「・・・・果たしてそれはどうだろうか?」  「!?」  先ほどの立証では、凶器うんぬんと言うよりも・・何故東山章太郎が罪を着せられ、 何故リボルバー式のあの銃が偽造に使われたのか?ということを証明したに過ぎない。  「いいだろうか?この凶器は、DL6号事件の凶器としても使用されている。おかしいと思わないだろうか? 凶器として法廷に提出されている銃が、凶器となっている。新たな事件の。」  「別におかしくもないだろう?その時は偽造されたリボルバー式の銃が提出されていたんだ。 本物の凶器は自由に扱えたんだろうさ。」  東山はそう言う。至って冷静に。  「確かに、そう考えれば納得はできる。では次に聞こう。どうして偽造した証拠品データから、 本物の証拠品データに裁判後、本庁は書き換えたのだろうか?」  次に待っていたのはその問題だ。  「それはアンタの立証が物語っている。あの犯行で弾は2発しか撃たれなかったのに3発撃たれている。 あの銃は俺の父を陥れるのには十分だったかもしれないが、冷静に考えてみれば矛盾している。 だから、それを指摘される前に書き換えたんだろうさ。」  その問いに関しても、冷静に切り返す東山。  「なるほど。確かにそれで筋は通る。だったら何故?DL6号事件の凶器は弾が2発撃たれたことになっているのだろうか? 普通なら、平夫妻殺害の時の2発を合わせ、計4発撃たれたことになっていないとおかしいだろうに。」  「・・4発ねぇ。それならば、答えは1つだろうな。犯人がオートマの銃で平夫妻を殺害した。 その直後、銃が弾切れを起こした。」  淡々に答える東山。  「所詮この事件は、“Q.E.D.”の偽者だ。本物とは違う。ひょっとしたら、さらに遺体に向けて 撃とうとしたのかもしれないし。まだ死んだと確信が持てず、さらに撃とうとしたのかもしれない。そこで弾を補充した。」  御剣は黙って東山の主張を聞いている。  「だが、補充したはいいがその銃を犯人は発砲しなかった。でなければ、DL6号事件の銃がDL6号事件後、 2発撃たれた形跡になることが不可能だ。つまり、その銃は弾を補充したが、撃たれずして捨てられた。 何が捨てる行動へと向かわせたのかは謎だがな。」  御剣はその主張にケチをつける。  「犯人が、それを持ち帰った可能性はないのだろうか?」  「はっ!ないな。だったら俺たちの家の家宅捜索で見つかってるだろうよ。しかし見つからなかった。 偽造された銃が見つかった芝居ならあったがな。つまり、本物はどこかに捨てられたんだ。」  完璧に聞こえるやつの考え。  「捨てられた。確かに、それはあるだろうな。現に警察はその銃を探し回っていた。私はそれもよく知っている。」  御剣はそう言う。確かに、銃は見つからなかった。だから捜索は行われていただろう。  「アンタも知ってたのか・・ならば、そんな本庁の池の捜索など、今更こうやって話したところで何になる。」  御剣は黙っている。さて、全ての準備は整った。  「東山弁護士。貴様は知っているか?“北風と太陽”。という童話を。」  御剣はゆっくりと眺めていた。  「・・知っているが、それがどうした?」  御剣はにやりと笑った。  「貴様は聞いた。話したところで何になる?と。その答えが北風と太陽だ。」  「・・・・下手なジョークはジョーク好きなアメリカ人が嫌うと思うが?」  御剣は確かに世間話が苦手だ。だが、こればかりは面白いジョークにはなるかもしれない。彼を除けば。  「私はさしずめ太陽だろう。北風のように短時間でケリをつけずに、じっくりと時間をかけて・・じわじわと勝負に勝とうとする。 まさに、厳しく照りつける夏の日差しのようにだ。」  そう言った御剣の胸には、“秋霜烈日”のバッチが光っていた。  それはまさに、夏の暑い日ざしが死神を襲っているように・・。   「どういうことなんだ?御剣怜侍。今の発言は一体何だ?」  御剣には見えている、あの男が今、罠にはまり、じわじわとその首にかかったロープが絞まっていくのを。  「いいか?東山怜次。貴様はさっき、本物の銃がどこかに捨てられたと言った。何故、捨てられたと断言できた?」  「何かと思えばそんなことか。簡単なこと・・銃を俺の父は持ち帰っていないんだからな。先ほどの立証から。」  どうやら、まだ奴には分かっていないらしい。  「そうではない。何故、貴様は凶器を自分の父が隠したという可能性を提示しないのだ?」  「隠した・・だと?」  奴の首にかかったロープが、じっくりと動き出す。  「自宅に無くても、自宅以外の場所に隠した可能性が残されている。何故それを考えなかったのだ?」  「・・・・それは、流石に盲点だったな。じゃあ、訂正しよう。隠した可能性もあるだろう。」  そして、動き出した首のロープの動きは止まらない。  「もう既に遅い。貴様は私の罠にもうはまっている。」  「何だと?」  ロープの動きは加速する。  「そもそも、どうして隠した・・もしくは捨てたの結論に至るのか?実際本庁がその凶器を既に押さえていて、 それを提出せずに、偽物の証拠をでっち上げて裁判に提出した可能性もあるだろうに。」  「・・・・!!」  そして加速はさらに増す。  「しかし、それはアンタが警察も銃を探し回っていたと言っていたから。間違いはないはずじゃないのか?」  もがけばもがくほど、それは抜けない。  「確かに、それに間違いはない。まぁ、そこは良いとしよう。問題はその次なのだ。」  「その次・・だって?」  どうやら、奴は最後までこの罠の存在に気づけなかったらしい。  「警察が銃を探し回っていた。そう言うと貴様は、本庁の池の捜索など・・と言った。」  「・・それが、何だっていうんだ?」  罠・・御剣の作戦は成功したらしい。  「まだ分からないか?つまり貴様は、警察が銃を探し回っていたことを知っていた。その証拠に、本庁の池の捜索を挙げている。」  「・・・・ちょっと待て、何が言いたい?」  ようやく、御剣の作戦の真意に気が付いていきた東山。だが遅い。  「いいか?私は確かに警察が銃を捜していると言った。だがそれは所轄署の話で、現に所轄署の小城伊勢刑事が見つけている。 名松森の木の上で。」  「・・・・ちょっと待て!しょ、所轄署だと!?」  どうやら、御剣の罠に気づいたようだ。だがもう遅い。  「私も知らなかった。本庁が必死になって凶器を見つけるために、名松池に潜っていたとはな。 そのついでに、ボートでも引き上げたのか。」  「な・・そ、そんな・・そんなばかなっ!!」  東山怜次は、そのまま頭を抱えて机に倒れこんだ。  「恐らくは、黒安公太郎の銃を池に投げ捨てたという証言で、必死に本庁は探していたのだろう。回収するために。 大方・・投げ上げた銃がそのまま、池のほとりの木に引っかかっていたのだろうな。」  「ぐっ・・な、なんていうことだっ!!」  御剣はやれやれと言った表情だ。  「まぁ、もとから池には近づけなかった黒安公太郎だ。池に落ちたことが確認できなかったのかもしれないな。しかし・・」  バン!と机を叩きつけた御剣。  「そんなことはどうでもいい。今はこれだけを貴様に尋ねたい。東山怜次!何故、本庁が本物の銃を探すために、 池を捜索していたことを知っていたのか!?何故、池に凶器の銃が投げ捨てられたことを知っていたのか!?」  「ぐっ・・ぬうううっっ!!」  東山怜次は何も言わない。ただ唸るだけだ。  「べ、弁護人・・?」  裁判長は静かに東山に声をかける。だが返事はない。  「ならば、代わりに私が言おうか。東山怜次。」  御剣は彼に軽く指を指すと、この罠の真意を明かす。  「きっと、DL5号事件の関係者を殺そうとした時に聞いたのだろう。その事実を。いや、むしろだ。 今現在、捜査員がここにいる神風以外が全員死んでいるからな。神風自身は貴様と面識がないようであるし、 となれば・・これを知ることができる方法は1つだ。」  この罠は、それをやつの口から言わせることだった。  「この事件の裏の記録は、当然残されていない。つまり、この事実を知るには当事者から聞き出すしかない。 そして、当事者から聞き出すということは、自然とこの事件の犯人は、“黒安公太郎” であるという大前提のもとで聞き出したことになる。」  そしてそれを、奴は遂に言った。  「そして貴様は、自身の口からそれを知っていることを認めた。つまり、真犯人を知っていた。」  「こ・・このやろう・・は・・はめたのか!?」  東山に必死に搾り出した言葉がそれだった。  「そういうことだ。そして貴様はまんまとその作戦にはまってくれた。正直、頭の良い貴様が私の作戦にひっかかるか? それが不安だったがな。」  心理戦という名の知能戦。どうやら・・勝者は決まったようだ。  「貴様が真犯人を知っていたということは、父親は無罪だと知っていたことになる。そうそれは・・」  御剣は最後の一言を放つ。これでやっと、これが指摘できるのだ。  「貴様が弟の犯行に荷担する動機が存在するという、大きな証拠なのだ!!」  「・・・・・・くくっ、くくくっ!くくくっ、くっ!くくくくくくく・・・・ ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」  東山怜次が出した初めてのボロ。この犯行計画を通じてみると、東山兄弟が犯した致命的な失敗は2つ。 1つ目は弟の逮捕されるきっかけとなった銃の所持。2つ目は兄の発言だ。  「静粛に!静粛に!静粛にぃぃ!!静まりなさいっ!そして東山弁護士!いかがですかっ!?」  裁判長は木槌を叩きながら説明を求める。しかも初めて、やつを東山弁護士と呼ぶ。  「・・くくっ!やられたよ。アンタが言った言葉、警察が必死になって銃を探していた。 てっきり、本庁が黒安公太郎の銃を捜索していた事実を知っているのかと思ったぜ。 まさか、所轄署の1人の男の行動を言っていたとはなぁ・・。」  前髪で目は隠れてしまっているが、その奥からは鋭い視線を感じさせる男・東山怜次。  「それでは、認めるというのですか!?あなたには、東山恭平の犯行に協力する動機があったと!?」   傍聴人達の視線が一斉に弁護席へと注がれる。  「そうだなぁ・・認めざる得なくなるだろうな。仮にもだ、この男の立証は完璧なんだから。さすがだよ、さすが・・ あの男を師にしていただけあるぜ。」  右手の拳を机につけたまま、不気味に笑う東山。その笑いはとてつもなく、恐ろしい。  「まさに完璧主義に相応しい立証を聞かせてもらったよ。御剣怜侍!はは・・くっ、アンタには恨みしか持っていなかったが、 やっとここで1つ、感謝と言うやつを憶えたよ。」  「そいつは俺も・・同感だ。兄さん。」  被告席に座っていた弟の恭平も、深く頷きながらそう言った。  「どういう・・ことだろうか?」  2人の全く同じ顔をした男。逆に言えば、そこには死神のような男が2人も存在するということ。これほど恐ろしいことはない。  「やはり、アンタにも父親の血が流れていたということだろうな。アンタの父親にはこれでも、相当感謝してるんだぜ。 俺たち2人ともな・・ははっ、そう・・俺たちの父さんを必死になって救おうとしてくれた、恩人だったんだからな。 今でも忘れないさ、御剣信は、俺たちが尊敬すべき人間でもあった。」  拳を机に当てたまま、左手を顔にかざした東山怜次は、口元を歪めながら続けた。  「そして今日、俺たちはお前に感謝する。何故なら、18年の時を経て・・俺たち父さんの“完全無罪”を 証明してくれたんだから。感謝するぜ。」  「・・まさかっ!?」   その言葉を聞いたとき。御剣は2人のもう1つの考えというものを予感した。まさかとは思うが・・もしかすると。  「貴様の動機の立証で、私を利用したのかっ!?自分の父親の無実を証明するためにっ!?」  もしそうだとしたら、ここまで頭の回転が良い・・というよりも、最悪な人間は存在しないだろう。  「ふふっ・・くくっ・・それはまぁ、アンタの考えの自由さ。御剣怜侍。だけどな、アンタがここで立証したことを、 忘れてももらっちゃ困るぜ。」  「り、立証したことだと!?」  ここで東山怜次は、御剣が立証したことをそのまま言った。  「アンタが立証したことは、俺が呪い殺人を行った恭平の犯行に、協力する動機があったということだ。いや、“だけ”だ。」  「だけ・・・・あああああああああああああっっっっ!!!!!!!!」  御剣はやっとここで思い出した。この長時間かけて議論した末、自身が立証できたのはたった1つだけだったということに。  「まぁ、俺の父さんの無実や、真犯人の立証など・・色々していたけどな。実際この本審理で議論している内容だけから見れば、 俺が弟の犯行に協力するだけの動機があった・・だけにすぎない。」  法廷内の傍聴人達も、何を思ったのか少しずつ騒ぎ始める。まぁ、長いこと18年前の事件のことしか議論して いなかったせいだろう。今実際に、ここで議論すべき内容を大半が思い出しているのだ。  「静粛に!静粛に!確かに・・そう言われてみればそうでした。本法廷における審理は、まだ少しも終わってはいません!!」  裁判長も唖然としている。そう、この18年前の事件の検証で、時間を多大に費やしてしまったのだ。  「しかし、動機が立証できたということは!東山怜次!貴様が東山恭平が拘留されている間、呪い殺人と称して、 弟の代わりに犯行を行っていたことになるのではないのかっ!?」  「何故・・そう思う?」  奴は只一言。そう尋ねた。  「な、何故だと!?それは、須々木マコが目撃しているからだ!成歩堂龍一を撃った犯人が、東山恭平と同じ顔でかつ、 銃を右手に持っていたことから、その犯人はあの顔で右利きの人間だったと!つまり、“東山怜次”だったのだと!!」  「異議あり!確かにそうなのかもしれないが、俺にはあくまで動機があっただけ。弟の犯行には協力していないと主張する。 現にこれは、弟が1人で行った“呪い殺人”なんだよ!」  動機があることを認めた兄。しかし、犯行までは依然として認めない。  「異議あり!しかし、この須々木マコの目撃証言が決定的だ!あの時現場にいて成歩堂を撃ったのは貴様しかありえない!!」  「異議あり!しかしそれを弁護側は、東山恭平が呪いで出した“分身”だったと主張する!」  「異議あり!呪いだと・・非科学的だ!ふざけているっ!」  「異議あり!そうだ、呪いは非科学的だ!だからな、その分身が銃を右手に持っていただけということで、 俺が犯人とも断言できないんじゃないのか!?だったらそれ以外の呪い殺人でも、 みんな右手に銃を持っていたことを証明できるのか!?アンタは!?」  「な・・何だとおおおおおおおおおおっっっっっ!!!!!!!!」  そう、確かに呪い自体は非科学的だ。呪いが科学的に証明されているというのなら、出された分身が銃を右手に持っていたことは 矛盾だと指摘できるかもしれない。だが、  「呪いが科学的に証明されていないってことは、そいつに法則性があることも証明はできない! つまりな、分身が銃を持っていた手が利き手ではなかった。そんなのは、誤差範囲とでも考えれば説明はつくじゃないのか!?」  「ご、誤差範囲だと!?」  さっきまでとは明らかに違う東山怜次の力。怒涛の勢いで御剣を追い詰めていく。  「裁判長。検察側は依然として、私が共犯であるという決定的な証拠を提示してはいない!これじゃあ、話になるわけがない!」  奴は裁判長に向けて両手を挙げるとそうアピールする。その顔は、無気味に笑っていた。  「ふむぅ・・東山弁護士の言う通り。確かに決定的な証拠は提示されたようなされていないような・・。」  全く持って流されやすいのも裁判長の特徴だ。御剣は全力でその流れを引き止めにかかる。  「異議あり!裁判長!決定的な証拠は須々木マコの証言だと検察側は主張する!彼女の証言は犯人の顔と利き腕を説明している! そしてそれに該当する人物はもはや、そこの弁護席に立っている男しかあえりえない!!」  その指を真っ直ぐと東山怜次に突きつける御剣。ここでこの死神を食い止めないと、何が起きるか分からない。  「異議あり!さっきも言ったじゃないか・・そいつは呪いの誤差範囲の可能性だってあるとな。」  「異議あり!呪いは何度も言うが非科学的ではない!その主張をそのままかえすなら、 誤差範囲だと言い切れるわけもないのではないかっ!?」  その反論に眉をピクリと動かした東山。そのまま体を御剣へと向きなおす。  「言ってくれるじゃないか・・でもな、アンタはまだ立証できていないことがある。こいつが仕組んだ完全犯罪についてな!!」  右腕を御剣に向けて真っ直ぐと伸ばす男。その顔は依然として恐ろしい。  「現行法では裁くことの出来ない“呪い殺人”。だからこそこいつは完全犯罪となる。そしてそれをアンタは何度も否定する。」  彼の言葉に机を叩いて反撃する御剣。  「そうに決まっているであろうが!何度も言うが呪いなどありえない!そして、現場に現れた分身の正体は、 兄である貴様だったと考えれば辻褄があう!」  だが、それに対して奴も、机を叩くと反撃をする。  「辻褄があう?だからアンタは甘いんだ・・まだ辻褄の合わない事実が残っているじゃないか!!」  「何だと!?」  さらに奴はまくしたてる。  「それがな、まだこいつの犯行が呪い殺人だと証明しているんだよ!!」  木槌が3回鳴り響いた。裁判長は興味深そうな顔になる。  「おもしろい。東山弁護士・・まだ御剣検事が立証していないこと。それは一体何なのですかな?」  御剣がまだ立証していないこと。それは、この事件における最大の謎。  「それは簡単なことだ。ライフリングマークの問題さ!」  「せ、線条痕の問題だと・・・・・・ああっ!!」  御剣は思い出した。そうである、この事件にも線条痕という最大の謎が残されていた。  「呪い殺人が起きたとき。凶器の銃は裁判所に提出され、警察で厳重に管理されていて持ち出されていない。 なのに、呪い殺人で撃たれた被害者たちを襲った弾丸のライフリングマークは、その凶器の銃と一致している。何故だ!?」  「な、何故といわれても・・。」  御剣は焦る。正直この問題が残っているとは思っていもいなかった。  「この厳重に管理されて使えない銃で、殺人を被告人が遠く離れた留置所で行っていた。 それこそが、呪い殺人の確たる証拠だと弁護側は主張する!!」  傍聴人が何度目だろうか、またしても大騒ぎをおこす。  「静粛に!静粛に!静粛にぃぃぃぃ!!!!!!!」  御剣はやつを追い詰めたと思っていた。しかし、気がついたら自身が追い詰められていたのだ。  「お聞きのとおりです。御剣検事。あなたが彼らを犯人とするならば、あと1つ。 証明しなければならないことがあるでしょう。」  裁判長の顔は険しかった。それもそうだろう。  「一体どうやって、警察が管理している証拠品の銃で、昨日4人の人間を彼は撃ったのか?」  とにかく、ありえないと主張しても、現実におきていることだけは紛れもない事実。 つまりそこには、不可能を可能にした手段があるということ。  「御剣検事。もう1度尋ねます。あなたにはその方法が、立証できるのですか?」  「・・・・・。」  御剣は考えるしかなかった。そして、立証する・しないの問題ではないと感じていた。  (私の使命・・それは、立証することなのだ!!)  奴は依然として笑っていた。  「はは・・どうだ?最後に追い詰められた感想は?どうあがいてもアンタは、 もうこれ以上俺たちを裁くことはできないんだよ!!」  彼らがここまでして強気でいられる理由も1つ。この犯罪計画に対して絶対的な自信を持っているからだ。 絶対に見破れない・・そう確信しているのだ。  (そんなあの兄弟の仕掛けたトリックを・・私は立証しなくてはならない。いや、するのだ!)  何か手がかりはないのか?それだけしか考えられなかった。  (この事件の最大の謎にして最大のポイント。線条痕!こいつの謎が解けたとき・・全ては終わるはず!)  残された線条痕の謎。そう御剣が考えたときだった。  (線条痕・・待てよ!?)  御剣の頭の中であることが思い出された。  (似ている・・2つ存在した銃。証拠品として提出されているはずの銃での犯行。今回の事件と18年前の事件では、 その根底となっている銃の存在が・・極似している!!)  18年前の“リボルバー式の銃”と“オートマの銃”。18年後の凶器ある“ベレッタM92Fの銃”と、 一連の凶器とは唯一違った、黒安公太郎の命を奪った“DL6号事件の銃”。  18年前に“証拠品として提出されていたはずの銃が凶器として使用されていたDL6号事件”。 18年後に“証拠品として提出されているはずの銃が凶器として使用されていた呪い殺人”。  (すべてが、同じといっていいほど似ている。そして、私は18年前の事件の真相を立証した。だから全てを知っている。)  ここで、御剣の中にある1つの仮説が浮かび上がった。  (となれば・・この事件の線条痕の答えも、18年前と一緒だとしたら?)  そう考えた瞬間、東山兄弟の仕組んだ絶対的な自信を持てるほどの完全犯罪。その全貌がはっきりと、見えてきた気がした。      (つまり彼らは、18年前に本庁が父親を陥れたその方法で、                       今度は父を陥れた本庁の人間を殺したというのか!?)  そう考えると、御剣はゾクッとした。やられたらやり返す。しかしこれは限度を越えている。 ここまでのことができるとしたら、それはもう人間の精神ではない。まさにそう・・  “死神”。いや・・あるいは“それ以上”であるかもしれない。     Chapter12 end  ・・・It continues to chapter 13

あとがき

 さて、Chapter12は“秋霜烈日”。  物語も遂に、1つ目の佳境に入ってきたわけです。  第1部・秋霜。秋霜とは、読んでの字のごとく“秋のような冷たい霜”という意味です。その秋のような冷たい霜が死神を襲う。 名松池の氷を、その霜に例えているのですね。  まぁ、そんなこんなで18年前の裁判が再び蘇るわけです。皮肉なことに検事である御剣が、弁護士だった父の意思を継ぎ “無実”を訴え。その被告人の息子であった男が、弁護士となり自分の父の有罪を主張する。 一種の矛盾に満ちた議論の幕開けなのであります。  第2部・反撃。依然として決定的な証拠が無く、イマイチ決め手にかける18年前の再審。 ここで一気に流れを引き寄せるために御剣が召喚したのが小城伊勢刑事。  東山弁護士の主張に反撃を仕掛けるために全ては始まりました。というか、第2部は始まりから反撃を行う話でしたがね。  そしてこの反撃。第2部を読み進めていけば分かるでしょうが、連続発砲事件の犯人に刑事がした行動も意味として 含まれていたのです。  第3部・烈日。烈日とは、これまた読んでの字のごとく“夏の暑い日ざし”という意味があります。そしてまぁ、 その暑い日ざしが死神にボロを出させたわけです。  御剣も言っていましたが、これを分かりやすく言うなら“北風と太陽”です。北風は旅人の服を脱がすために、 強風を吹かして脱がせようとする強硬手段に出ますが失敗します。それに対し太陽は、ゆっくりじわじわと その暑い日ざしを旅人に照り付けていくことで、遂に服を脱がすことに成功します。  作中では、御剣のじわじわと確実に・・ゆっくりですが罠へと誘導していく部分が太陽のようだ。と言っているのです。 そしてその日差しを表したタイトルが“烈日”なんですね。  えー、今回はタイトルに面白い意味がつけられた話でした。とは言っても、凝りすぎたかな・・と今では反省していますが。  秋霜烈日。冒頭でもありましたが検察官バッチの呼称です。そう言われているのですね。秋のような冷たい霜と、 夏の暑い日ざしが、刑罰の厳しさに厳正な職務の理想を表しているのです。  やっぱり御剣は検事ですからね。そういう部分をちょっと表して見たかったわけですよ。 とはいえ、逆裁で御剣がバッチをつけているところは見たことがないが・・。(オイ)  さて、今回は18年前の事件の再審が全てとなってしまいました。まぁ、これで動機は立証できたわけですが。 最後の呪い殺人の大きな謎。こいつも終盤の部分でほとんどの人が分かったと思います。しかし、これがうまく立証できるかが問題。 相手は奴らですからね。  物語はますます終盤に向けて加速している麒麟でした。

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