18年目の逆転〜放たれたDL6・5の死神〜(第11話)
 18年後の今日・・12月28日。  18年前に始まった全ての事件が今ここに、再び終結する。  様々な人たちの運命を狂わした出来事が、今ここに集まった時。  全ての謎は彼らに語りかけるだろう。  “これが事実なのだ!”と。  そう、これらは実際に起こった事実だ。  そしてあとは、この事実をどこまで知ることが出来るか?  結果的な事実しか示されなかった18年前。  そして、再びここに終結してきた出来事は、結果的な事実しか示していない。  “過程は問題ではない!結果が全てだ!”  そういう言葉がある。確かに結果的な事実が最後に物を言う。  だが、その過程に歪みがあったのならば?  “我々は、全ての事実を明らかにするためにここに立っている!!”  この言葉の意味は、そう言うことかもしれない。  秋霜烈日のバッチは、まさにそんな彼の理想を象徴している。  Chapter 11 〜18年後の今日〜   第1部・取引  12月27日 午後11時25分 警察署・刑事課  「それで、糸鋸刑事。その男は今どこにいる?」  「ハッ!現在刑事課の奥のほうで事情を聞いているッス!」  私は例のスーツにコートを羽織った状態で、ツカツカと署内を歩いていた。自然にその足音にも力が入る。  「あそこッスね。」  糸鋸が指を指した先、そこに設けられた小さな応接間のよう空間。周りの殺風景なデスクとは、 少し違う感じをかもし出しているその空間に、男はいた。  「それで、保護して欲しいというのはどういう意味なのでしょうかっ!?」  大きな声が聞こえる。  「今、任意の事情聴取でもしているのか?」  「そうッスね。やっぱり事情を聞かないわけにもいかないッスから。」  御剣と糸鋸は、その男が座っている空間へと踏み込んだ。  「こんな時間までにご苦労だ。かわって・・」  御剣は、事情聴取をしている人間に礼を言い、一先ず自身で話をしようと考えていた。だが、その考えもこの男を見ると・・  「あっ!みっ、御剣検事でありますかっ!!」  瞬時に吹っ飛んでしまう。  「こんな時間まで本当にお疲れ様でありますっ!!」  男はビシッと敬礼をする。首にぶら下がった手錠等のものに、肩にかけているスピーカー・・まさに悪夢だ。  「糸鋸刑事・・?」  「何スか?」   目の前の悪夢・・思い出さずに入られない。  「この男しかいなかったのか?」  「そ、それが・・この時間では誰も手が開いた人間がいなくてッスね・・。」  だからと言って、総務課のこの男が出るまでもあるまい。  「あ、あのですねっ!本官っ!尊敬すべき糸鋸巡査から大事な任務を任されたでありますからしてッ! 夜勤でボロボロの体に鞭を打ちっ!必死にこうやって頑張っているでありますっ!!」  ハウリングが署内に響き渡る。  「糸鋸刑事・・言わずとしていることは分かるだろう?」  御剣の目は本気だった。  「わ・・分かったッス。原灰くん・・もう現場に戻っていいッスよ。」  糸鋸はその御剣の目に怯えながら言う。  「しっ、しかし!本官は巡査から任された重大な任務をまだ果たしていないでありますからしてッ!」  御剣の何かが切れた。  「これは命令なのだっ!原灰巡査!!」  「は・・ははっ!!分かりましたでありますっ!本官、典型的な指示待ち世代でありますからしてッ!」  巡査は命令と聞くや否や、猛スピードで総務課へと突っ走っていった。いや、ひょっとしたらビリーの話し相手になるために、 あの部屋へ向かったのかもしれない。  「・・・・検事。相当な思い入れでもあるッスか?」  「・・・・気のせいだ。」  御剣はそのまま、原灰巡査が座っていた椅子に腰掛ける。 目の前には、顔を真っ青にして体を震わしている白コートを来た男が座っていた。  「あなただろうか?保護を求めてきている人間とは?」  単刀直入に聞く。男は俯いていた顔を上げた。  「・・っっ!!み、御剣・・怜侍っ!?」  その顔を見た男はさらに怯えたような表情になった。  「・・いかにも、私は御剣だが。今回の事件の担当検事だ。この事件で命を狙われていると聞いたのだが、詳しい話を・・」  ここで男の顔を見た御剣。男は明らかに動揺している。  (何を・・動揺しているのだ?)  御剣はとりあえず、分かっていることを並べていく。  「あなたの名前は“神風国斗”。本庁の公安課の人間だと聞いているが・・何故、狙われていると?」  だが、何も言わない。  「狙われているというからには、DL5号・・もしくはDL6号事件の関係者だと私は思うのだが?」   「・・その通りだ。」  消え入るような声で返事をした神風。神風は明らかに御剣を見て怯えている。  「・・何を、怯えているのだろうか?」  「・・・・。」  怯え。命を狙われているならばそれは当然の行為。だが、これは違う。  「命を狙われていることに対する怯えだろうか?」  糸鋸は黙ってその様子を見つづけている。  「1つは・・そうだ。それに、被告を自分は知っている。復讐なんだ・・。」  「!?」  東山管理官を知っている!?これは一体、どういうことなのか?それにもう1つ、気になる点はある。  「1つは・・と言ったが、他に何か理由でも?」  「・・・・。」  無言。しばらくの間静かな時が流れた。  「誰かと思えば、神風さんか・・久しぶりだなぁ。」  その流れを止めたのは、御剣の後ろからした声だった。  「だ、誰だ!?貴様はっ!?」  御剣は後ろに立っている中年男性を見て声を上げた。見た感じ、ベテランな刑事に見えるが。  「お、小城伊勢先輩!?まだいらしたんスか!?」  その姿を見た糸鋸が、彼に向かって敬礼をした。  「な・・何者なのだ?糸鋸刑事?」  御剣は事情が掴めない。そんな御剣に説明をする糸鋸。  「このお方は、署内でも優秀なベテラン刑事。小城伊勢信二刑事ッス!自分も色々と世話になったお方ッス!」  どうやら、話を聞く限りでは凄い人物のようだ。  「まぁ、そう言われるほど優秀でもないさ。初めまして・・になるのかな?御剣検事さん?」  「そ、そのようです・・お初にお目にかかります。小城伊勢刑事。」  御剣は丁重に挨拶をした。  「ははっ、そんなに堅苦しくなりなさんなよ。」  笑顔でそう言い放った小城伊勢刑事。   「それで、小城伊勢先輩。こんな時間まで何をしていたッスか?」   糸鋸は不思議そうな顔をしているが、小城伊勢は当たり前のような表情でこう言い返す。  「聞き込みの帰りだ。ちょっと署内に忘れ物をしてな・・。」  「そうッスか・・。」  だが、小城伊勢刑事はそんなことには目もくれず、ある男をずっと凝視していた。  「神風じゃないか・・18年ぶりだな。」  「・・小城伊勢か。」  2人の間の空気は冷たい。  「あぁ、そうだ。どうだい?その後の調子は?つっても、顔色冴えないな。」  そして頷きながら一言。  「まぁ、18年前のメンバーが次々と殺されてるんだ。そろそろ自分の番が来てると思ってるのか?」  「小城伊勢刑事・・失礼だが、この男をご存知で?」  小城伊勢と神風。そこには何かを感じさせる。  「あぁ、知ってるも何も・・俺たちから事件を奪った連中だからな。」  「事件を・・奪う?」  御剣は分かっていないが、その事件は御剣にとっては大きく影響しているはずだ。  「そうだ。18年前の“DL5号事件”。いや、正確には“平夫妻殺害事件”の捜査権を奪った本庁の捜査本部。 そこの人間だったんだよ、こいつはな!!」  神風は何も言わずに顔を背ける。  「な、何だと!?」  その瞬間、御剣に18年前のあの裁判の記憶が蘇る。あの時の証言台に立っていた男こそ・・  「まさか・・あなたはあの事件で証言台に立っていた証人なのかっ!?」  となれば、神風が御剣の姿を見て怯えているのにも納得ができる。 そうだ、彼らはあの時、不正の疑いを御剣の父親から指摘されていたからだ。  (そう言うことだったのか・・確かに、管理官に殺される動機もある。)  しかし、彼が生き残っていたということは・・1つのある手がかりを得るチャンスでもある。  「神風さん・・あなたの素性はよく分かった。」  御剣は神風の真正面に座りなおすと、早々に切り出した。  「この事件は、18年前の事が全ての発端となっている。18年前に起きた真実を・・話してくれないだろうか?」  「・・・・・・。」                            ズンッ!!  そして、ここでくるものはやはり・・想像していたとおり。  ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ・・ガシャン!ガシャン!ガシャン!ガシャン!ガシャン!  (やはり・・出るわけだな。さいころ錠が。)  神風の周りを取り囲む漆黒の闇、その中で鈍い金属の光を放っている鎖。その中で真っ赤に目立つ錠の数は、ズバリ5つ。  (さて、どうしたものか・・。)  過去の事件を知るためには過去の事件の資料が必要だ。  「糸鋸刑事。保管庫からDL5号事件の資料を探して持ってきてくれ。私は少し出かけてくる。」  「了解ッス!・・で、検事はどこへ?」  御剣は立ち上がると、早口で出かける場所を伝えた。  「実家だ。」  実家に残っている、あの事件のファイル・・それが御剣の目的だった。  12月28日 午前2時25分 警察署・刑事課  日付は変わった。気がつけばあの事件から、もう18回目の12月28日を迎える。  「刑事・・例の資料はあるな?」   「ここにあるッス。」  糸鋸が持ち出した例の事件資料。そして、御剣の手元には古ぼけた1つのファイルが。                      “事件番号125・平夫妻殺害事件”  18年前、父の遺体から押収された持ち物。それは事件発生から1ヶ月ほどで、御剣たちに返された。遺品の1つだった。  「小城伊勢刑事。こんな時間まで神風さんを監視してもらって申し訳ない。」  「別に・・構わないさ。」  小城伊勢は全てを知っているような目だった。これから起きる全てを・・  「俺も、今から起こる全ての事を見させてもらうか・・。」  「お願いします。あなたは事件の関係者だ。むしろその方が助かります。」  御剣はそう言うと、友人が託した勾玉を取り出した。  「全ての元凶は18年前にある。聞かせてもらおうか・・あの事件を全てをだ!」  頭に走る衝撃、それと同時に世界は暗転し、彼を取り囲む5つの南京錠が姿を現した。   「18年前・・か。」  ふと口に出した神風。  「あなたは東山管理官に命を狙われていると言った。」  「そりゃそうだろう・・あいつの父親を犯人として逮捕したわけだからな。」  犯人として逮捕、確かにそれは管理官たちにとっての動機だろう。だが、本当にそれだけか?  「神風さん・・果たして本当にそれだけが理由だろうか?」  「・・!?どういうことだ?」  震えている・・そこには確かに理由があったはずだ。あの時裁判を傍聴していたあの息子達も、 私も、父も、恐らくはここにいる小城伊勢刑事も、知っているはずのもう1つの理由が。  「理由・・恐らくそれは、闇に葬られた事実だ。」  <引き上げられたボート>  名松池の底から引き上げられたボート。ボートの床には大きな穴が開けられている。ボートには水蘚(みずごけ)が付着。  父の法廷ファイルから取り出したある写真と資料。  「これに見覚えはあるはずだ。」  「・・ボートッスね。」  糸鋸刑事はそれを見て率直なことを言った。そう、ボートだ。だが、ただのボートではない。  「こいつはあの事件の証拠品として、18年前の裁判で提出されたものだ。」  「何だって?」  その言葉に1人反応した男が居た。  「俺たちが捜査した時、こんな証拠物件はなかった!」  テーブルを叩いて憤る男。それこそが小城伊勢刑事だ。  「そうでしょう、小城伊勢刑事・・こいつは初動捜査では発見されなかった。本庁の捜索で見つかったものだ。」  「・・・・・・。」  神風は無言だ。御剣は畳み掛ける。  「そして、私の父が不正の疑いがあると指摘した証拠だ。」                           ・・ピシッ  と、割れるかと思われた“さいころ錠”だったが、何故か1つにヒビが入って終わった。  (割れない・・のか?)  どうやら、まだ足りないらしい。  「不正か・・だから何だと言うんだ?御剣検事・・アンタの父が指摘した不正。それが何になる?」  どうも、トドメの一言を言っていなかったのが原因のようだ。  「不正に操作された証拠品を使っての有罪判決。つまり、東山章太郎は陥れられた。それは東山章太郎の息子にとっては 立派な動機となるはずだろう。」                           パリーン!  (さて、残るは4つか・・。)  砕けてもまだ残る南京錠。忌々しい。  「不正か・・だから何になる?」  「!?」  神風の言葉は果てしなく重い。  「私たちが不正を行った・・その証拠はあるのか?」  不正を神風たち・・つまり“本庁”が行ったと言う証拠。  「あの事件の後、不正な証拠品の操作で処罰を食らったのは狩魔豪だけだったな。 まぁ、俺にはお前達も不正に関わっていると思うけどな。」  小城伊勢刑事が苦々しい口調でそう語った。  (そう、父は狩魔豪が不正を行った証拠は見つけた。だが・・本庁の不正は見つけることが出来なかった。)  だが、今なら話はどうだろうか?手もとの資料を見るとそこには、明らかにおかしな記述が存在する。  「神風さん・・じゃあ、これを見ていただけるだろうか?」  「・・何をだ?」  明らかにおかしなことが現実には起きている。1つの証拠品が・・2つの事件をまたいで登場しているのだ。  <ピストル>  凶器と考えられる銃。リボルバー(回転式)のもの。弾は6発入り3発残っている。東山の自宅で発見される。  「あの事件の凶器となった銃だ。」  「それが・・何か?」  凶器の銃・・確かにこれだけでは矛盾に気づかない。だが、もう1つのデータをみれば矛盾は明らかだ。  「そして、これを見て欲しいのだ。DL5号事件の証拠物件に関するこの記述を。」   『DL5号事件・証拠物件051“ピストル”。現在“DL6号事件・証拠物件”として保存中。』  これこそが、ありえない事実。  「何故、あの裁判で証拠品として提出された凶器が・・DL6号事件の凶器となっているのか!?」                             パリーン!  まるで、今回の事件と同じである。  証拠品として提出されているはずの銃で、新たな銃の犠牲者が出ると言うその部分が。  「つまり、そこから分かる事実は・・銃が2つ存在したと言うことだ。」  そうならなければ、話に説明がつかない。  「そして、DL6号事件を思い出して欲しい。銃は私も父も持っていなかった。 つまり、あれは灰根高太郎が所持していたことになる。」  そこで問題となるのが次の点。  「灰根高太郎は、どこでその銃を手にしたのか?」  私も灰根が銃を持っていた理由は分からない。恐らくは・・証拠物件だったのだろう。  「灰根高太郎か・・懐かしいな。」  その言葉に突然反応したのは、標的である神風でもない、ある人物・・。  「お、小城伊勢刑事?」  私はその言葉に終始驚いた様子でいた。  「あいつに銃を渡したのは、俺だよ。」  その言葉に場の空気が凍りついた。  「それは、一体どういう意味なのだろうか?」  どうやら、詳しく話を聞く必要が出てきたようだ。  「実はな、本庁に捜査権が移った時、俺たちは全ての証拠品を本庁に渡した・・いや、はずだった。」  18年前のあの記憶が思い出される。  「けどな、何故か俺たちが現場で発見した凶器だけこいつらは、持って行ってなかった。 それで、俺はこれを裁判所へ届けようとしたが・・拒否されたんだ。」  「なっ、なんスとぉっ!!」  糸鋸が大声を出す、そして私は確信した。  「それで、その銃を灰根に?」  「あぁ、裁判所前の入口で、あいつに託したんだ。俺とアイツは友人だったからな。」  託された証拠品・・これで繋がった。  「神風さん・・つまり、18年前のあの銃も、不正だったわけだ。」  銃が不正だった。そうなれば、おのずとある謎が出てくる。  「だが、そこでもう1つ問題が出てくる。」  神風は無言だ。だが、確実に真相には近づいているようだ。汗が尋常ではない。  「ちなみに小城伊勢刑事。その銃はオートマだろうか?」  「あぁ、オートマだったな。」  つまり、ここからあるものが見える。  「しかし神風さん、DL5号事件の凶器はリボルバーだった。明らかに矛盾している。」  「・・・・・・・・・・・・ふっ。」  長い沈黙のあと、神風は笑った。  「御剣検事・・何を言うか?DL5号事件の資料には、ちゃんと凶器はオートマ式になっているだろう?」  そう言われてDL5号事件の資料をめくる糸鋸。  「た、確かに資料にはオートマと明記されているッスな・・。」  「正確には、DL6号事件の凶器と同じ・・という明記なのだがな。」  私はそれに付け加えた。そう、これこそが謎だったのだ。  「DL6号事件の凶器はオートマ式の銃・・それとDL5号事件の凶器は同じだから、 DL5号事件の凶器もオートマの銃。そう言いたいのだろう。そして事件資料もそうなってる。ただ1つを除いては。」  18年と言う時の流れが当事者を消していき、本庁だけで行われた閉鎖的な捜査は、 本庁の捜査に関わりを持たなかった人間には“この事実”を分からなくした。  「ならば何故、私はDL5号事件の凶器の銃が、“リボルバー式”だという資料を見せることができたのだ?数分前に。」  その言葉に御剣以外の3人がハッとする。そう、確かに御剣は凶器の銃が“リボルバー式”だという資料を見せている。  「恐らく、この世でDL5号事件の凶器がリボルバー式の銃だったと明記してあるのは、 “私の父の法廷記録”だけなのだろうっ!!」                           パリーン!  御剣はさらに畳み掛ける。  「つまり、あの事件の資料は・・凶器の部分においては裁判時から不正があった。 だが、DL6号事件発生後に、偽物の凶器から本物の凶器へと資料が書き換えられたのだ。」  問題は、何故都合が悪いからと言った理由で消した凶器を、再び事件の凶器として復活させたのか?  (そこには当然、理由があったはずなのだ。そして恐らくは・・DL6号事件の発生でその理由がなくなった。)  私はここで、唯一このオートマ式の銃の経緯を知っている事件の捜査関係者・小城伊勢刑事に尋ねた。  「時に小城伊勢刑事・・この銃は、どこで入手したのだろうか?」  「入手経路か?そいつはなぁ・・確か見つけるのが大変だったんだ。最初、凶器は見つからなかったからな。」  あの時の捜査を思い出す小城伊勢。恐らくは、その銃の入手経路に問題があったのだろう。  「そう、あれは名松池のすぐほとりにある名松森の木の上だったんだ。俺が金属探知機で見つけ出した証拠品だったな。」  「き・・木の上だと!?」  その言葉に反応したのは神風だった。しかも異常なほどに・・  「(何か・・あるな。)それを発見したのはいつの事だろうか?」  「えーっとな、あれは本庁と捜査権が入れ替わった時だったよ。俺は諦めきれなくて、単独で現場を調べて・・。」  単独で現場を調べた。その結果、見つかったのがその凶器。ならば問題は時期。  「確かアレは・・裁判前日だったような気がするな。それで俺は、そいつを本庁へ渡そうとしたら・・!!」  とここで、小城伊勢が18年前のある出来事を思い出す。  「・・そうか、思い出したぞ!!」  小城伊勢は神風に指を突きつけた。  「それで本庁の捜査員であるお前に聞いたんだ!!そしたら・・」  「では、そいつはあとでこちらが取りに行きましょう。証拠保管室に保管しておいてください。」  (なるほどな・・つまり彼は、証拠の“隠滅”に関わっていたのか。)  小城伊勢が思い出したこの事実は、非常に大きな意味を持ってくることだろう。  「つまり、そのままあなたはこの証拠品を隠滅したわけなのだな。」  「ぐっ・・・・。」  だが、錠は割れる気配がない。  (さいころ錠が消えない・・何故なのだ?)  時間がない。そろそろ引き出してしまいたいところだが・・。  「そんな・・そんな不正とかを暴いてどうなるんだ?」  「!?」  神風は何者かに取り憑かれたかのように喋る。  「結果的に、犯人は東山章太郎しかありえなかったんじゃないのか?いくら証拠品が不正でだらけであったとしても、 結果的に奴が有罪になったのは、お前の親父の提案が決定的となったからなんだぞ!!」  父の提案・・そう言えば、最後に父は何かを言っていた。そしてそれは、 父の最初で最後のある一言が、首を絞めた結果となっていた。  「資料によると、平凡太の証言が決定的だったみたいッスね。」  「平凡太・・。」  私は思い出そうとする。そう言えば、あの時の裁判・・父は幼児の証言に腰を抜かしていた記憶がある。  「平夫妻の息子だな・・憶えてるぜ。息子の目撃証言が、あの裁判の決定的な証拠となった。 そして、御剣信が真実を見ている息子の証言なら、それは信用に値する・・みたいな発言が仇となったって聞いたな。」  小城伊勢刑事は必死に思い出しながら言う。18年前とは・・そこまで遠い記憶なのだ。  「そうさ・・そして平凡太を召喚したのは裁判所だ。そこには本庁の不正が行われる余地がない!」  「う・・うむぅ。」  確かに、裁判所が行ったこの召喚の作業に、不正の入り込む余地はない。  (しかしだ、彼らの父親が本当に無実なら・・あの息子の証言はありえない。 しかし、自分の両親を殺害した犯人を間違えるものだろうか?)  それが一番の問題だ。正直そんなことはありえない。  「いくら不正と言っても、親を殺された息子の証言までは変えることができねぇだろうしな。」  小城伊勢もそこに頭を悩ませる。  「こういう証言・・催眠術でもかけない限り無理ッスね。」  (催眠術!?)  そんな糸鋸に小城伊勢は突っ込む。  「何言ってんだ?糸鋸。そんなこと不可能に決まってるだろ。仮に催眠術が実際に行われたとしても、 本庁がそれを行う余地が今回なかったのだから。」  「そ、それもそうッスねぇ・・。」  (本庁がそれをする余地がなかった!?)  御剣の頭の中で何かが引っかかる。そう言えば、今年は半年前にこれがらみの事件がもう1つ起きていたと。  「・・・・・・・日安寺こころ殺害事件!!!!!!!!!!!!!」  次の瞬間、私は全てを思い出した。さらにその言葉に、糸鋸・神風・小城伊勢は顔を上げた。  「糸鋸刑事・・当然半年前の事件の資料もあるだろうな?同じ“Q.E.D.”事件なのだから。」  「そ、そこにあるッスが・・。」  私は迷わずその資料をめくった。そうか・・最後の証言にはこういう理由があったのか。  「神風さん、何故私が半年前の“日安寺こころ殺害事件”を思い出したか。分かるだろう?」  「ひ・・・・日安寺・・。」  そう考えれば、全てに納得がいく。  「日安寺こころを殺害したのは、18年前の“Q.E.D.”・・そう、DL5号事件の真犯人・志賀真矢だったのだからな!!」                              ・・ピシッ  錠にヒビが入った。  「しかし・・それが何だと言うんだ?」  神風は明らかに動揺している。落とすなら今だろう。  「そして、志賀真矢はこの“平夫妻殺害”以外の罪は全て認めている。しかし、問題はそこではない!」  そう、問題はその被害者だ。  「殺された日安寺こころと、その夫・日安寺健次郎は、こころ診療所を経営している。 そしてそこで、DL5号事件の真犯人を、2重人格で裏の顔を持った志賀真矢だと知った。 この事実を知った2人は、彼女の中にある殺人犯の人格を、“催眠術”で消し去った!!!!」                             ・・・・ピキキ  それが、半年前の事件で明らかになった事実。さらに・・  「あの診療所にはDL5号事件の被害者の子供たちが複数入所、診察を受けていた。この事件資料の入所者リストに名前こそないが、 診察ぐらいは受けに来たのではないか?平凡太が。」  その言葉に糸鋸と小城伊勢が驚きの顔となる。  「まさか・・平凡太の記憶を・・催眠術で?」  小城伊勢は言葉を失う。  「だが、やつらが記憶を消したのは、志賀真矢が犯人だったと言う事実を消すためじゃないか。」  ここで、神風が静かに反論を始める。  「あの事件の犯人が東山章太郎だった。ならば、やつらには消す必要がない。」  「しかし、実際に犯人は東山章太郎だったとは限らない。」  「だが、それでも志賀真矢はあの事件だけ犯行を否認していた。つまり、彼女はあの事件だけ犯人じゃなかった! だから、あの夫妻には消す必要がない!」  消す必要がない。確かに・・言われてみればそうだ。だが・・それでも消されていたと言うことは。  「それでも記憶が消されたなら、答えは1つしかないだろう。」  御剣が導くことの出来る答えは・・この場においてただ1つ。  「本庁に・・いや、もっと大きな存在かもしれないな。例えば・・今貴様がいる公安課。それに日安寺夫妻が脅迫された可能性だ。」  だが、そうなると・・警察はあの裁判による不正以外にも、18年前もっと大きな何かをしでかしたことになる。  「み、御剣君!?日安寺夫妻は・・どんな内容で脅迫されたって言うんだ!?」  小城伊勢は聞かずに入られなかった。だが、これが事実なら・・。  「日安寺夫妻の弱みは1つだ。真犯人・志賀真矢の殺人の記憶を消し、 彼女が“Q.E.D.”であるということを隠していたことしか考えられぬ。」  「馬鹿を言え・・それだと警察が、まるで最初から“Q.E.D.”の正体を知っていたみたいな言い方では・・」  「そう!警察は・・いや本庁は!最初から“Q.E.D.”が誰なのか知っていたのだ!!!!!」  神風の言葉を遮って御剣は叫んだ。もはや、それしか考えられなかった。  「そ・・そんな馬鹿な!?」  「警察が・・犯人を知っていた?」  小城伊勢と糸鋸は絶句した。だが、御剣にはこれが事実としか考えられなかった。                             パリーン!  錠が砕け散ったのが、事実であるということを指し示した。  「け、けれど御剣検事・・」  糸鋸がここで分からないあることを口にした。  「それだったなら、何故警察は“志賀真矢”を18年前に逮捕しなかったッスか!?」  「・・・・!!!!」  そう、事実であることは間違いないが、そこで出てくるのはさらに大きな謎。  「そうだよ・・御剣検事さん。何で警察は知ってた犯人をわざわざ野放しにしてたんだよ?」  神風はボロボロになりながらも、そう反論した。  (さいころ錠の残りは1つ・・奴が知っていた18年前の全ては、ここまでして守り通したかった事実は、 みんなここに繋がっていたに違いない!!)  御剣は持ち前の眼力で神風を睨みつけた。  「だからこそ聞いているのだ。何故警察は・・いや、この場合本庁は、志賀真矢を逮捕しなかったのかと!!」  もはや知っていたことは事実だ。でなければ、日安寺夫妻を脅迫できない。恐らくはその弱みに付け込み、 本庁は・・いや、ひょっとしたら公安課がだ。平凡太の記憶を日安寺夫妻に改ざんさせたのかもしれない。  「それは知らないねぇ・・私はな。」  ただ、問題は父の法廷記録も過去の事件資料も、この闇が何なのかを立証することができないことだ。  (ここまで来て・・どうすることも出来ないのかっ!?)  御剣は考える・・証拠がない。ならばどうすれば奴から情報を引きずり出せるかと。  (こうなったら・・もう卑怯とは言えぬ!あの手段を・・使うしかない!)  だが、御剣にとってこの手段はあまり使いたくなかった。昔の自分を思い出させたからだ。  (だが・・私はもう違う!!)  御剣は立ち上がった。  「け、検事?」  糸鋸は突然の行動に口をポカンと開ける。  「・・もう結構だ。糸鋸刑事・・彼には、帰ってもらうのだ。」  「なっ、何だとっ!?貴様っ!?」  御剣の突然の言葉に神風は顔を青ざめて飛び掛った。  「何を言うか、私はこの男の保護の必要性はないと考えたから、出て行ってもらえと言ったのだ。」  「ふざけるなっ!私はあいつに・・章太郎の息子に殺されるのかもしれんのだぞ!!」  御剣のフリフリを掴む神風、御剣はその手をゆっくりと力づくで離しながら、じっくりと言う。  「そんなことは知らぬ、現に被告人は身柄を拘留されて監視も居る。逃げられるわけがないのだ!」  「だが、それでも奴は呪い殺したじゃないか!!」  「黙れっ!」  神風を床に叩きつけた御剣。  「呪い殺人など科学的にあり得ぬっ!そんなことで殺されるわけがないっ!」  「だが、殺されているではないかっ!実際に!」  「そんなことは知らんっ!出て行けっ!」  怒号が響き渡る刑事課。タイホ君の笑顔だけが、その場に合ってなかった。  「貴様・・命の危険を察している一般市民を、見殺しにする気か!?所詮、お前も親父の復讐として 私が死んでも構わないと思っているのかっ!?」  「なっ、何を言うッスかアンタ!?検事がそんな感情にまかせて・・」  糸鋸が神風に逆に飛びかかろうとした。  「自業自得だろ。神風。」  小城伊勢は冷たく言い放つ。  「そ・・そんなっ・・」  だが、御剣はここで飛び掛ろうとした糸鋸を静止させる。  「け、検事・・?」  御剣はつかつかと歩み寄る。  「そんなに命が惜しいのなら・・取引をしようではないか?神風国斗さん。」  御剣が放った一言に3人が動きを止める。  「司法取引だ。保護をして欲しければ、何故本庁は志賀真矢を逮捕しなかったのか?その理由を言うことだ。」  「・・・・御剣、貴様・・そんなことをして助かると思っているのか?」  「そんなことは知ったことではない。」  御剣は冷酷に言い放つ。  「だがなぁ・・これは1歩間違えば脅し・脅迫による証言となるぞ。そいつは不正となる。それでお前の検事生命が続くと思うか?」  神風の言葉には威圧感があった。  「そうだ、御剣君!君は確かに3年前とは変わった!だがな、それでも査問委員会に、 青影事件と宝月主席検事事件で4度も勧告を受けている!もしこのことが耳に入ったら、君は!!」  小城伊勢もことの重大さに気づく。そう、御剣は5年前・・世間で青影事件と騒がれたSL9号事件で、 そして3年前には司法界の大スキャンダルと騒がれた宝月主席検事事件で4度の勧告を受けている。  「どうせ今回の事件も辿る道は3年前のあの事件と同じだろう、ならば・・真実から目をそらすことよりも私は、 真実の追求に全力を上げるのみだ!さぁ、どうするのだ!?神風!!」  誰だって命は惜しい、その命を盾に取った行為。5度目の勧告をそれで受けたなら・・確実に私も終わりだろう。  「・・S・・プラン。」  「?」  小さな声が響いた。  「・・S・・Uプラ・・」  3人がはっきりと、その消えそうな声を聞いた。  「・・SSUプラン。」  「SSU?」  神風は震えていた。決して触れてはならない言葉だった。  「The secret, it is special, and uncontrolled.」  最後の錠は砕け散った。  第2部・駒  発せられた3つのキーワード。  「これは・・シークレットスペシャル・・なんスか?」  「つまり、“それは秘密で特殊、そして非抑制”だ。」  だが、意味が分からない。  「秘密で特殊は分かるが、非抑制っつうのはどういう意味だ?」  小城伊勢刑事の考えは最もだ。  「公安課が新しく設立しようとしている、諜報機関の3原則・・」  「諜報機関?」  そこから嫌な気配を感じる3人。  「一般には秘密にされ明かされることがない、特別で何者にも抑制されることのない機関。」  「何者にも抑制されないだと?」   最後の言葉の意味が分からない。抑制されない?  「現行法では抑制されない。何をしても正当化される機関だ。例えそれが、危険因子の殺害を任務としたものであっても。」   スパイ活動に当たっての全ての行為の正当化。寒気がした。  「そ、そんな馬鹿な!いくら警察が組織した諜報機関でも、犯罪は犯罪・・」  「だが、この組織はそれら法律に抑制されない存在だ・・。」  「だから、それ自体ありえるはずがなかろうっ!!」  あり得るはずがない。だが、果たしてそれはどうなのか?  「意味が分かってないな・・抑制されない。この言葉の真意は、その諜報機関の諜報部員が“犯罪者”だってことさ。」  「は・・犯罪者だと!?」   つまりそれは、抑制されないのではない。抑制する必要のない人間と言う意味なのか?  「データハッキングならハッキングした人間を・・盗むなら窃盗犯を・・危険因子の殺害なら殺人者を。 例えそいつらが捕まっても既に犯罪者。罰せられることは決まっている。つまり公安は、一切手を汚さずに、 自分たちの関与が明るみになることすらない。」  「そ、そんな馬鹿なっ!?」  神風は俯いたまま続けた。  「つまり“secret, special, uncontrolled”のSSUをとって、この計画はSSUプランと言われたのさ。」  だが、それに対し小城伊勢は何か腑に落ちない様子だ。  「しかし神風、つまりこの諜報部員達は犯罪者なんだろ?犯罪者を警察がさらに犯罪者にしようってんだ。 もしスパイ行為で捕まった場合、この機関の存在が明るみにされたらどうするんだ?」  「確かに、それは不可解ッスね・・。」  だが、御剣にだけは分かる気がした。そこに隠されたもう1つのからくりを。  「・・ふふっ、だから奴らに催眠をかけるのさ。」  「催眠術を・・まさかっ!?」  小城伊勢はこのとき、18年前の“Q.E.D.”が捕まらなかった理由を悟る。  「実際、動いていたのは公安課。おそらく、公安課は警察が志賀真矢に行き着かないように、それに関する証拠は偽造したのだろう。 早い話・・志賀真矢はこの計画の対象にされていたわけか?」  御剣の考えたことは、だいたいにおいて正しかったようだ。  「まぁ、ちょっと違うがな。公安は“Q.E.D.”である志賀真矢に接触した時、奴が2重人格であり 、殺人犯のほうの人格が裏の顔だと知った時、一種の催眠と同じようなものを感じたのだろうさ。 だから、志賀真矢を半永久的に監視することにしたんだろう。プランのために。」  「そこで、こころ診療所の催眠術に行き着いたわけなのだな。」  確かに、そう考えれば全ての辻褄が合うような気がする。  「そういうことだろう。だが、志賀真矢を逮捕しないということは“Q.E.D.”を逮捕しないということ。まぁな、催眠術の 後に犯行が起きなければまだ黙認できただろう。だが、志賀真矢とは違う人間が“Q.E.D.”を名乗り犯行を起こした。」  「つまり、黙認ができなくなったッスか?」  糸鋸にしては鋭い指摘だった。神風は頷く。  「そうだ。それで黙認が不可能となった。しかも、犯人はSSUプランを提唱した人間の1人、 黒安公吉の息子・黒安公太郎の疑いが所轄の捜査で濃厚だった。」  「しかもその時、世間では“Q.E.D.”を逮捕できない警察に対する不信が強まっていたよな。」  小城伊勢は当時の警察を取り巻く環境を思い出しながら語る。  「志賀真矢の監視を続けたい公安は逮捕だけはできなかった。その結果が今だ。」  「・・つまり、黒安公太郎とは別の人間を犯人としてでっち上げることで、黒安公太郎の疑いを消すと同時に、 一連の“Q.E.D.”に終止符を打とうとしたのか?」  御剣の言葉は限りなく真実に近かった。  「まぁ・・そういうことになる。だから、半年前の事件には公安も焦っただろう。 もしこれであの事件の真犯人が分かってしまえば、18年前の出来事で警察不信が強まっちまう。 18年前は全ての責任を、黒い噂の耐えなかった狩魔豪に押し付けることで、自らの危機は回避できたが、 今度はそうもいかない。」  狩魔豪・・つまり彼は、公安にとって捨て駒に過ぎなかったのか?  「もとからそういう噂はあった。だから、狩魔豪にそのツケが回ってきても不自然じゃなかった。」  神風は言い放った。しかし、半年前の事件でそのツケは警察に今度はくる。  「3年前の宝月主席検事事件で、検事局の信頼は狩魔豪とひょうたん湖事件で最悪なまでに悪化していた 状態に追い討ちをかけた。そして、警察局の信頼も瞬時に失われた。」  司法界を揺るがした大スキャンダル・宝月主席検事事件。あれから警察も検察も必死だ。 信頼回復のためならどんな手段でも使ってくる。  「ここで半年前の事件で真犯人が判明した場合、警察の信頼はさらに落ち込む。 同時に検察局も狩魔豪のあの不正がぶり返されるのを恐れた。だが、警察はあの事件で無実の人間を逮捕した。 “Q.E.D.”とは無関係のな。」  「まさか・・それで担当検事を彼女に!?」   御剣には思い当たる節があった。あの事件の担当検事は“Q.E.D.”に18年前両親を殺され、 狩魔豪を師としていた“灯火あかり検事”だったからだ。  「そうさ、彼女の手段なら・・確実に有罪にできる。そうすれば、志賀真矢の存在は再び隠せると考えたわけさ。」  だが、現実は違った。あの事件の担当弁護士は被告人の無実を証明したと同時に、18年前の犯人を明かしてしまったのだ。  「そして今、今度はこの事件だ。我々はあの管理官に手出しできないさ。あいつはあのプランを知っている。」  神風は己の立場を呪いながら言う。  「何故そう言えるのだ?」  「当時のDL5・6号事件だけじゃない。SSUに関わっていた人間達も殺されているだ。 だが、あいつらを捕まえようとしたら、SSUの存在が明るみになる。それを黙認しようとして公安は手を出さない。」  全ての出来事が神風の言葉ではっきりとした。御剣は思った。  「神風さん。私はこの事件の犯人が東山管理官であることは間違いないと思っている。よって全力で彼の罪を追及する。 そうなれば、いずれはこの事実も明らかになるだろう。どのみち、あなたたちのしたことが間違っていたのだから。」  「・・かもしれない・・な。」  神風は言葉少なめにそう言った。  「・・いいだろう。取引は成立だ。糸鋸刑事、彼の保護をするぞ。」  「は、はっ、了解ッス!」  糸鋸は敬礼をすると、神風の保護をするための準備に向かった。  「それじゃあ、俺も糸鋸と準備でもしてやろうか・・アンタとは、もう少し語りたいしな。」  小城伊勢刑事はそう言うと、糸鋸のあとを追っていった。その場に残ったのは御剣と神風の2人だけ。  「御剣検事さんよ・・。」  「・・なんだろうか?」  神風の突然の言葉、御剣は背後に居る神風のほうを向いた。  「アンタ・・当然知ってるんじゃないのか?あの弁護士の正体も。」  「・・一応だ。」  ツイン弁護士の正体。神風も薄々気づいているのだろうか?  「教えてやるさ、あの弁護士・・いや、管理官の兄の消息をな。」  「!?」   神風は椅子に腰掛けると、重要な手がかりを御剣に教える。  「あいつの兄は、親戚に引き取られてアメリカへと渡った。だが、1年後に家が火災に巻き込まれ、奴だけ行方不明となった。」  「行方・・不明?」  「そうだ・・。」  神風はそう言うと、最後にプランについて語りだす。  「ついでだ、SSUについてもう1つ教えてやろう。公安は志賀真矢逮捕後も、彼女を監視していた。 そして、彼女の血液サンプル等も留置所で採取していた。」  「血液サンプルの採取だと?」  この言葉の意味がよく分からない。だが、ひょっとしたら・・  「恐らく、私の知らないところで公安は・・志賀真矢をSSUに基づいた諜報部員にしようとしていたのかもしれないな。」  御剣は黙って聞いていた。とここで、ある疑問が。  「どうしてそのようなことを知っているのだ?貴様も知らなかったのであろう。」  「・・まぁ、そうなのだが。聞いたのさ。志賀真矢が殺害された日。留置所で志賀真矢の血液サンプルが 盗まれたと騒いでいたからさ。」  「血液サンプルが・・盗まれただと?」  この証言・・もしかしたら、呪い殺人の糸口に?  同日 午前9時27分 地方裁判所・検察側第5控え室  あの時の事を思い出した御剣。  (よく考えれば、一睡もしてないのだな・・私は。)  証拠品固めや証人の準備。御剣の疲労はピークに達していた。  「御剣検事・・。」  「うおおっ!!!!!!!」  突然の声に御剣は声を上げた。  「ぎゃああああああッス!!!!!!」  そして何故かこの男もだ。  「な、何をしている!?糸鋸刑事!?」  御剣は放り投げた資料を拾いながら、迷惑そうな顔で尋ねる。  「す、すまねッス。じ、実はッスね。成歩堂龍一が・・」  「成歩堂!?成歩堂がどうかしたのかっ!?」  思わず手にとっていた資料を再び落としそうになる御剣。だが、知らせはどちらかと言えばいいものだった。  「そ、そんな睨まないでほしいッス!成歩堂龍一が、意識を少しッスが取り戻してきていると連絡があったッス。」  「そ、そうなのか・・・・よ、よかった。」  その場に座り込んだ御剣。だが、問題はその次だった。  「ただ、少しうなされているッス。」  「うなされて?」  何かまだ、嫌なことが残っているような感じだ。  「そうッス・・実は、ベットで何度も小声で、真宵くんの名前を呼んでいたッス。」  「真宵くんを?」  そう言えば、何故か成歩堂が搬送されたあの時も、真宵君の姿を誰も見ていない。  (何故だ?どうして嫌な予感がさっきからするというのだ!?)  御剣はその不安を払拭しようとするかのように、法廷記録をめくった。    <一連の被害者のデータ>  被害者のほとんどは警察の幹部クラス。6月下旬から被告の逮捕まで事件は続いた。  <弾丸>  一連の被害者達の体内および、現場で見つかった線条痕は一致。  <ピストル>  ベレッタM92Fと言う名の銃。ほとんどの弾丸の線条痕と一致。被告の所持品。  <クリーニング・ボンバーのデータ>  被告の自宅のパソコンにあった。これで警察のコンピューターに侵入したと思われる。  <硝煙反応>  管理官のスーツから硝煙反応有りの結果が出た。留置所での予告殺人では手から硝煙反応が出た。  <黒安公吉の帽子>  名松池の桟橋に落ちていた。残っていた頭髪から黒安氏のものと断定。  <弾丸・2>  名松池のほとり、名松森の木にめり込んでいるのを発見。付着していた血液が黒安氏のものだったことから、 おそらく体を貫通したものと見られる。現在線条痕は一連のものと一致。  <黒安公吉の解剖記録>  名松池から引き上げられた。非常に低い水温の中、長時間遺体が放置されていたため。 正確な死亡推定時刻の断定はほぼ不可能だった。  <留置所の監視カメラの映像>  ツイン弁護士は管理官に何かの資料を触らせている。  <ツイン弁護士の目撃証言>  ツイン弁護士の面会が終了した午後3時43分から約1時間後の午後4時40分頃。 留置所から出るツイン弁護士を係官が目撃している。  <現場写真・1>  予告殺人の1人目・志賀真矢の殺害現場。場所は留置所入口。弾丸は被害者の数10メートル後ろにあった木から発見。  <現場写真・2>  予告殺人の2人目の現場風景。現場は裏路地のゴミ集め場所。弾丸が被害者の背後にあったそこのガラスにめり込んでいた。  <現場写真・3>  予告殺人の3人目。成歩堂の撃たれた現場。場所は吐麗美庵近くの路地。 弾丸は成歩堂の腹部を貫通し、そのまま看板を貫通、木にめり込んでいた。  <3つの線条痕>  志賀真矢や成歩堂を始めとする3人の被害者を貫通した弾丸の線条痕は一連のものと一致。すべての弾丸には被害者の血が付着。    <須々木マコの調書>  成歩堂を撃った犯人は、東山管理官だったと証言。  <DL6号事件の弾丸>  線条痕が黒安公太郎殺害に使用された弾丸と一致。ちなみにこの事件の銃は現在行方不明。  <父の法廷記録>  18年前の敗訴した裁判の証拠品等がファイルされている。  <志賀真矢の血液サンプル>  留置所から極わずかな量だが、彼女が殺害された日に盗まれている。  <SSUプラン>  公安課が関与して作ろうとしている諜報機関。犯罪者を利用する計画が考えられている。  今の状態に至るまで、様々な分析等が行われていた。  前日はデータが変更になった証拠品も出てきた。  (あとは、12月28日である今日・・全ての決着がつくかなのだ。)  法廷へと歩き出そうとした時だ。ふと、スーツのポケットに何かが入っているのを感じた。  「ん・・これは一体?」  手から取り出された小さなもの。それは・・  「ナイト・・。」  昨日の裁判で管理官が私に向かって投げつけた、チェスの駒だった。  <チェスの駒>  赤いナイト(剣士)の駒だ。  ちなみに関係ないが、御剣の部屋には青いポーン(歩兵)の駒もある。 御剣がこれを購入した意図は、まぁ・・本人にしか分からない。  (これは・・何かに使えるかもしれないな。)  第3部・左右  同日 午前10時 地方裁判所・第1法廷  運命の日・12月28日。  「只今より、東山恭平の法廷を開廷いたします。」  昨日と同じく、騒がしい傍聴人達を静めてやっと始まる裁判。 昨日発覚した呪い殺人とやらで、さらに傍聴人達の興味は増してしまったようで・・。  「弁護側・検察側ともに、準備はよろしいですかな?」  まぁ、興味と言われればこの男にも興味は尽きないのだろう。  「準備は2日前から既に完了してる。それが私の運命だからだ。」  仮面弁護士ツイン。最初から意味が不明だ。  「はい。とてもよく分かりました。それで、検察側は準備のほうは?」  「無論、完了している。」  とはいえ、こちらはかなり時間ギリギリまで粘っていたが。  「それでは、軽く昨日の裁判のことでも思い出しましょうか。」  裁判長は前日までのおさらいを始める。  「まず弁護側は、証拠品として提出されている凶器の銃で黒安公吉が殺されたことから、 被告は呪い殺人を行い、法律的に裁くことは不可能だと主張しました。」  「そう言うことだ。」  ツイン弁護士は頷きながら、黒いスーツの襟を正す。  「それに対し検察側は、正確な死亡推定時刻の断定ができるのならばするべきだと主張。 何故ならば、被告が呪いを行った時に被害者が殺害されたとは限らないから。ということでした。」  「その通りだ。」  御剣は腕を組んだ状態で頷く。  「ではまず、その解剖記録から割り出された死亡推定時刻について議論すべきと考えます。」  「馬鹿馬鹿しいが、それも論理的には間違っちゃいないな。」  ツイン弁護士は仮面を少し動かすと言う。  「それで御剣検事。死亡推定時刻は割り出せたのですかな?」  「只今より提出する資料でそれは明らかだろう。」  相変わらず難しい表情だ。係官が資料のコピーを配る。  「どうやら、ただの紙切れにすぎない資料のようだな。」  資料の一部分を破り取ると、それを紙飛行機にして検事席へと飛ばすツイン弁護士。  「こ、こら!ツイン弁護士!!大事な証拠品で一体何を!!」  裁判長が木槌を叩いて叱る、が・・  「分かってないのは裁判長。あなただ。」  「・・!?」  目を丸くする当の本人。  「いいか、ここに書かれている。死亡推定時刻の割り出しは不可能だったと!」  法廷内がそれに騒がしくなった。その中には微妙に、“ツイン弁護士最高!”なんて声が聞こえるが、  「静粛に!静粛に!検察側!これは一体!?」  御剣は眉間にシワをよせながら理由を説明する。  「どうやら、氷点下の池の中に長時間遺体が放置されたのが問題だったらしい。 発見される半日ほど前から発見されるまで、としか分からなかったようだ。遺体の損傷の酷さからも。」  飛ばされてきた紙飛行機を広げて、問題の部分を指摘しながら説明する御剣。  「ふむぅ・・そうなのですか。」  裁判長は難しい顔つきになる。  「となれば、やはり証拠品として提出されていた銃が、何故か現場で犯行に使用されたなどと、 不可解なことを考えると、呪い殺人としか考えられないでしょうな。」  「異議あり!」  裁判長の呪いを肯定的に見る考え方に異議を唱える御剣。  「呪いを信じるなど、昔の日本ではないのだ。科学的に考えて、死亡推定時刻が発見される半日前からとなっている。 その時に殺害された可能性も十分にあるだろう。」  最初のこの場をしのぐのが、今の御剣の役目。よって御剣の顔は険しい。  「異議あり!ならば、その間に誰がどうやって黒安公吉を殺害したのか?そこの思い上がった検察側は立証できるのかい?」  前髪をいじりながら不敵な笑みを浮かべているツイン弁護士。  「そ・・それは・・。」  「どうせ不可能なのだろう、証拠があるのならば、さっさと提出しているはずだからな。この男は。」  「ぐっ・・。」   御剣は最初から言葉に詰まる。  「どうやら、検察側にはそれを立証することが不可能のようですな。」  裁判長も限りなく弁護側よりだ。  「それに、問題はそれだけではない。まず犯行に使われたライフリングマークが、本法廷に提出されている凶器の銃だという点。 これをどう説明するつもりだ?もはや、呪いと考えなければ説明不可能なはずだろ?」  「それもそうですな。」  裁判長はすっかりダメになってしまっている。  (だが、逆に言えば呪い殺人だけを科学的に説明してしまえば、全ては解決する。)  御剣のやるべきことは1つだ。それの立証。  「しかも、裁判長も分かっているだろうが、昨日被告人は留置所に身柄を移された後、そこで呪いによる殺人を3回も行っている。」  「正確には、2件の殺人と1件の殺人未遂だ。」  御剣はやけくそに主張した。成歩堂はまだ生きている。  「私もそれは聞いています。流石にそれには驚きましたな。」  どうやら、すっかりオカルトを信じ込んでしまっている裁判長。まずはこれを正気に戻す必要性がありそうだ。  「しかも被告の手からは硝煙反応があり、3人の被害者を貫いた弾丸のライフリングマークも一連と一致。 呪いと言わず何と言うんだ?」  「弁護側の主張は最もです。」  ツイン弁護士の華麗な主張。法廷中は完全にオカルト一色に染まっている。  (やりづらい・・)  御剣は疲労のピークとこの雰囲気で、イライラが最高潮に達する。  「しかも、御剣検事は被告を留置所で監視していたらしい。どうだったかい?呪いを見た感想は?」  ツインの挑戦的な口調。御剣は冷静を装いつつもこたえた。  「確かに、呪いと言って手で銃を作って何かはしていただろう。しかも、それと同時刻に殺人も確かに発生している。」  その言葉でさらに法廷中は騒がしくなる。  「静粛に!静粛に!」  木槌の音が響く中、ツイン弁護士は笑っていた。  「ふふっ・・どうやら、自ら呪い殺人を立証してくれそうだな。御剣検事さんは。」  その余裕な顔、見れば見るほど腹が立つ。顔の大部分が隠れているのでさらに悪い。  (そろそろ、こっちに全力で流れを引き戻さないと、完全に奴ら・死神のペースになるな。)  御剣は机を叩いて反撃に出る。  「だが、昨日の呪い殺人は決定的に今までとは違う点がある!」  「!?」  ツイン弁護士の動きが止まった。法廷内の妙な流れも一瞬止まる。  「今までとは違う点・・そ、それは一体!?」   裁判長もやや正気に戻る。まずは、彼からなんとかしなければな・・。  「目撃者が存在すると言う点だ。」  御剣は腕を組んだまま、相変わらず表情は険しい。  「目撃者・・だって?」  ツイン弁護士の表情が一瞬強張る。どうやら、心当たりがあるらしい。  「今までの事件は目撃者が居なかった。だが、今回は存在している。」  軽くツイン弁護士に指を指しながら考えを述べる御剣。  「そこには、呪い殺人で今まで分からなかった謎が判明するのではないだろうか?」  「うむぅ・・確かに、目撃者がいるというのは気になりますな。」  裁判長も深く頷いて同意している。  「分かりました。それでは検察側、その目撃者を証人として入廷させてください。」  木槌を叩くとそう言った裁判長。  「・・ははっ、とんだお笑い種だな。」  「!?」  御剣は声のした被告席を見た。そこには不敵に笑っている管理官がいた。  「目撃者だって?そいつは逆に、自分の首を絞めるだけだ。」  その笑いがツイン弁護士と微妙に似ていたことは言うまでもないだろう。  「それはどうかな?」  だが、御剣には少なくとも確信があった。ポケットにあったチェスの駒を掴むと、 そいつを思いっきり被告席の管理官へと投げつけてやった御剣。  「管理官・・。貴方の言葉を借りるならば。」  「?」  投げつけられた駒を左手で素早くキャッチした管理官。どういう意味だ?といった表情だ。  「今、この盤上の駒を操っているのは、果たしてあなたか?それとも私か? そして、この盤上で踊らされている駒は・・果たして私か?それともあなたか?」  「・・・。」  駒を見る管理官。それは、自らが起訴が決まった日に御剣の部屋から取ったもの。 昨日は法廷でそれを投げ返してやった。  「それが分かる瞬間だろう。管理官。」  挑発ではないが、その口調はまるで昨日の管理官そのもの。  「なるほどね・・受けて立とうじゃないか。御剣怜侍。」  管理官はそのままチェスの駒を持っていた手で投げ返した。チェスの駒はそのまま御剣の手の中に治まる。  (自信はないが・・この事件における呪いが双子と言う事実から始まっているのなら)  御剣はあの2人を見据えながら思っていた。  (目撃証言からズレが1つはあるはずだ!)  双子は双子・・だが、所詮違う人間だ。  証言台に立った目撃者。それはウエイトレスだった。  「それでは証人。名前と職業を。」  彼女はビシッと何故か敬礼をして始める。  「名前は須々木マコ。吐麗美庵でメシと笑顔を運ぶウエイトレスをやっているッス!」  その顔を見た裁判長は、早速何かを考え込んでいる。  「・・ふむぅ、そう言えばあなたは、以前裁判で被告として見ましたな。」  「あ、それは成歩堂さんのニセモノ事件ッスね。」  思い出されるのがそのニセモノ事件だ。確か、そのニセモノも今回の犠牲者の1人だったはずだ。  「そう言われてみればそうでしたな。あの時は私も散々言われましたな。 ボール紙の弁護士バッチを見破れなかった裁判長!と叩かれましたな。ほっほっほ。」  笑えないことだ。  (この国の司法制度は大丈夫なのだろうか?)  御剣は頭痛がした。  「まったく、この人が裁判長として存在しているのが不思議なくらいだ。」  ツイン弁護士も同感らしい。  「それで、今回は目撃者ということですが・・。」  「そうなんスよ、スズキもビックリしたッス。何しろ・・」  ここで彼女は言葉に詰まる。  「どうしましたか?証人?何か気まずいことでも?」  裁判長の言葉にマコは、ちょっと俯き加減になりながらもこう言う。  「まぁ・・撃たれた人が成歩堂さんだったッスから。」  その言葉に裁判長の動きが完全停止した。そして・・  「な、なんですっとおおおおおおおおぉぉっっ!!!!!!!!」  どうやら、裁判長は初めて知ったらしい。  (自分の事件くらい把握して欲しいものだな。)  御剣は帰りたくなった。  「それでは、成歩堂君は亡くなったのですか!?な、何という事でしょう・・彼はいい弁護士でした。なのに・・」  「異議あり!裁判長・・悲しんでいる最中申し訳ないが、あの男は幸い重症だが命に別状はない。 先ほど言った1件の殺人未遂の被害者は彼のことだ。」  親友が勝手に殺されたことに怒りすら覚える御剣。しかも相手はボケで言っているわけではない。 まぁ、違う意味でのボケかもしれないが。  「な・・成歩堂君はちゃんとまだ生きているのですかっ!?それはそれは・・完全な早とちりでしたな。 しかし・・私たちの成歩堂君が生きていると聞いて、安心しました。」  (いつからあの男はそこまで愛されるようになったのだ?)  涙すら浮かべている裁判長に疑問を憶える御剣。  「それで、証人が見たことを証言してもらえばいいんだな?御剣検事?」  いい加減進行しない裁判に痺れを切らしたツイン弁護士が言った。  「・・ム、まぁ、そういうことだ。」  「だったら、さっさと証言を始めてもらおうか。」  仮面を少しいじったツイン弁護士。口の端を歪めた。  「・・?」  この証言・・検察側に有利な点が出てくるか?弁護側に有利な点が出てくるか?そのただ1点にかかっている。  「では証人、あなたが目撃したことを証言してください。」  「了解ッス!」  鍵を握る最初の証言が始まる。  「スズキが事件を目撃したのは昨日の夜7時ぐらいッス。丁度店を出た成歩堂さんの忘れ物を届けに走ったッスが・・ その時銃声が聞こえたッス。それで現場付近の十字路を見たら、血まみれで倒れいる成歩堂さんと、 銃を持った男が居たッス。そいつはすぐに私を見ると逃げたみたッスが、その時はっきりと顔を見たッス! 間違いなく・・信じられないけど被告人だったッスね。」  証言が終了した時、法廷内は騒がしいどよめきで一杯だった。  「ひ、被告人を現場で見たのですか!?あなたはっ!?」  裁判長も木槌を叩くのを忘れて、傍聴人と一緒になって驚いている。  「そうッス・・あれは、あれだけ近くから見たッスから間違いはないッス。あの顔は・・東山管理官だったッス!!」  「うっ・・うぬぅぅぅぅぅぅ。」  裁判長は深く考え込む。この呪い殺人の目撃者が登場した事実。何を果たして意味するのか?   「簡単な話じゃないか?裁判長。」  だが、ただ1人冷静な男がいた。  「つ、ツイン弁護士!?それは一体どういうことですか!?」  ツイン弁護士はやれやれ・・と言った仕草をすると答える。  「被告人は遠く離れた場所から、呪いで人を殺害できる。つまり、彼女が見たのは呪いによって実体化された 被告人だったと考えられると私は思う。」  とてつもなく真面目に言っているが、正直そのような理屈が通っては欲しくない検察側。  「異議あり!呪いが事件現場で実体化だと?そのような科学的根拠がない主張は・・」  「だったら御剣検事?アンタは証人が現場で見た被告人とウリ2つの男をどう考える?」  「・・!!」  御剣の現実的な反論にそう答えた弁護側。  (管理官とウリ2つである男の正体・・それは確実に分かる。だが、問題はその証拠だ。)  今の御剣には、管理官と同じ顔をした人間が、この人間であると断定できる証拠を持っていない。  「とにかく、全ては尋問ではっきりするでしょう。弁護側に尋問を命じます。」  裁判長の一言で、ツイン弁護士の尋問が行われる。  「では証人、その男の服装は分かるかい?」  「服装・・ッスか?」  須々木マコはじっくりとあの時光景を思い出す。  「暗くてよく見えなかったッスが・・あれはスーツ、多分黒じゃないッスかねぇ?」  黒スーツ。調書でも確かそのように証言はしていた気がする御剣。ただ問題は・・  「なるほど・・被告人の服装と同じだったわけだ。」  法廷内の傍聴人が、数人だがささやいている。  (服装が身柄を拘束されている管理官と同じ・・確かに、呪いの実体化を主張するには有効だな。)  腕を組みながら法廷の流れを読み取る御剣。まだ流れは弁護側だ。  「そして、顔は・・間違いなく被告人だったのですね?証人?」  ゆっくりと、法廷中によく聞こえるように尋ねたツイン弁護士。  「・・え、えぇ・・間違いないッスが。」  やはり、顔が同じという点が、呪いに1つの効果を与えているようだ。  「本当に・・あの被告席の彼だったのですね?」  「そ、そうッスが・・。」  須々木マコはツイン弁護士の、何かを企んだような言葉に不安がる。  「弁護人・・先ほどからその類の質問しかしないのだな?」  御剣は軽くツイン弁護士に指を指すと、不機嫌そうにそう主張する。  「それは言うまでもないだろう?この証言で重要なのは・・目撃された人間の正体が誰なのか?なのだから。」  そう、確かにそこはこちら側もはっきりさせなくてはならない。  (向こうが犯人を管理官と主張するなら、私は犯人が管理官でないことをこの証言から立証しなければならないのだ。)  須々木マコの証言には、御剣の考えが正しいのならば、どこかに1つだけ符号しない点があるはず。だが、まだそれは出てこない。  「裁判長、ここまで聞いてしまえば尋問の必要性はもうないと思う。 何故ならば、証人が見た人物は確実に、被告人で間違いはなかったのだからな。」  「ふむぅ・・確かに、この証言に矛盾する点は見つかりませんな。」  裁判長はそれに納得、御剣も現段階では納得せざる得ない。  「どうですかな?御剣検事?」  御剣は裁判長からの問いかけに腕を組みながら答える。  「大方弁護側の主張は想像できる。証人が見た犯人が管理官であり、その証言に矛盾がない以上、 これは拘留されている管理官には不可能な犯罪・・だが、呪いならば全ては解決。と言ったシナリオを描いているのだろう。」  「ご名答。」  パチパチ・・と手を叩くツイン弁護士。だが、それに対して御剣は、手に持っていたナイト(剣士)をツイン弁護士に 投げつけることで反論した。  「だが、現実に起こっているということは、それは間違いなく現実。呪いではないのだ!」  「・・チェスのナイトか。」  投げつけられたその駒を、右手で掴み取ったツイン弁護士。  「夢を見ているわけではないのだ。その主張を検察側は認めるつもりはない!」   「・・同じナイトでも、夢を見る時間じゃない。少なくとも今はな。それくらい、その駒を通して言ってくれなくても分かるがな。」  そのまま持っていた手で駒を御剣に投げ返したツイン弁護士。御剣はそいつを掴み取ると、ここで1つ勝負に出る。  「ならば・・その呪いとやらを検証してみようではないか、証人と被告人で・・証言をともに聞きながら。」  その言葉が法廷内に響き渡った。呪いと目撃証言の検証・・場が瞬時にして静かになる。  「検証とはどういう意味ですかな?御剣検事?」  「・・裁判長。何も難しく考えることはない。被告が言う呪いの効果と、目撃証言を比較するだけの話だ。 もはや、これしか確認の方法がないのだからな。」  この比較で、決定的なボロが出なかったら終わりだろう。  「よろしい。検察側の主張を認めましょう。では、被告人。証言台に立ちなさい。」  御剣の要請を受けて、管理官が証言台に立った。  「検証か・・御剣さん。貴方も随分と面白いことをやりますね。」  笑いながら証言台へと歩き、証言台に立った今も、前髪をいじりながら笑っている管理官。ややその目が前髪で隠れている。  「それでは御剣検事・・具体的にはどういうことを?」  裁判長は完全に御剣まかせ・・というか、分かっていないのだろう。  「そうだな。では、呪い殺人の方法と、実体化という件について語ってもらおうか。」  指を軽く管理官に指す御剣。管理官はまだ笑っている。  「昨日とあまり証言は変わらないだろうがね・・御剣さん。」  昨日とは変わらない・・確かにそうかもしれない。ある一部分を除いては。  「自分の手に銃の能力をコピーする。それにより、私は自らの手を銃にすることができる。」  左手で銃の形をつくる管理官。ここまでは一緒だ。  「そして撃つ。その際、呪いで私の目に見えていた人間が銃殺されている。 これらが全て、遠隔殺人を可能にした私が持った力・・死神の力だ。」  昨日と同じ口調で淡々に語る管理官。だが、問題はここからだ。  「では、次に実体化についての話でも聞こうではないか。」  「くくっ・・実体化か。」  管理官は笑っている。  「何がおかしい?」  そんな質問をよそに、しばらく笑っていた管理官。やがてこう答えた。  「これはそのままだ。私がしていた動作と全く同じ動きをする実体化された私が、標的の前に現れる。 私はその実体化されて現場にいるもう1人の私の目を通じて、現場を見ているようなものなのさ。」  新しく発覚した実体化の事実。新しく出たこの証言に、何かの糸口が出てくるはずだ。  「ふむぅ、分かりました。では御剣検事、次はどうしますかな?」  さて、こう来れば次にすることは1つ。  「ならば次は、現場を目撃した証人に、その時の事を聞けばいい。」  御剣の笑いにツイン弁護士は不安を憶えている。  「それが何になる?」  「直に分かるだろう。ツイン弁護士。」  そう言ったところで、証言台には再び須々木マコが立った。  「では証人、もう1度詳しく話を聞かせてもらえないだろうか?犯人の特徴についてだ。」  「と、特徴ッスか?」  まぁ、彼女にもう少し分かりやすく説明するならば・・   「まぁ、犯人の動きだ。私の言いたいことは。」  「あぁ、なるほど!そう言うことッスか。」  彼女はバシッ!と敬礼すると、その問いに答える。  「犯人はスズキが見たとき、銃を持っていたッスね。まぁ、成歩堂さんが撃たれる瞬間は見ていないッスけど。」  彼女の証言は簡単なほど短かった。あとは、これと実体化の検証だ。  「証人、銃を持った男だが・・何か特徴はなかっただろか?」  「うーん・・そうッスねぇ。」  この分では、大した特徴はなさそうだ。  「まぁ、犯人の顔を見たのが正面からあたしの横を走って逃げた時ッスからね。スズキが来た道を男は逃げていったッス。」   (顔見たとき・・)  御剣は腕を組んで考える。何かを感じる。  「異議あり!いつまでこんな無駄な検証を続けるつもりなんだ?全てはこれではっきりしていると私は思うが?」  「異議あり!あいにくだがツイン弁護士。私の質問は終わっていない。」  机を思いっきり叩くと御剣は、須々木マコに対してこう尋ねる。   「証人、横切った時に顔を見たのだな?」   「・・えっ!そ、そうッスけど。あたしの右側を逃げていった男を、スズキは見たッスからね。顔を上げていくと銃を持った腕、 そしてあの顔が見えたッス。」  「!?」  須々木マコが証言した最後の一言。  「どうやら、もう何も問題はない。検証の結果これで矛盾している点などないことが、検察側には・・」  全てはやはり、最後の一言だ。  「異議あり!」  御剣はやっと待ちに待っていたこの台詞を、初めて大声で叫んだ。  「どうやら・・検証は正しかったようだ。」  「ど、どういうことなのですか?御剣検事。私にはさっぱり・・」  まぁ、裁判長には分からなかったかもしれない。だが、この事実は大きい。  「いいか?先ほど証人は、正面から自分の右側を横切りながら逃げた被告を見たという。」  「確かにそう言っていたな、だが、これが何だと言うんだい?御剣検事?」  ツイン弁護士は仮面と重なっている前髪を払う仕草をすると、このように尋ねた。  「何、簡単な問題だ。そこで彼女は銃を持った手を見ている。 正面から自分の右側を通った人間、顔を上げていくと銃を持った腕が見える。 恐らく、証人のすぐ横を横切ったのであろう。」  冷静の事態の分析を行う御剣は、この事実が示す1つの矛盾を導こうとしている。  「そこに何か問題でもあるのかい?検察側は?」  半ばこの立証に飽きてきたのか、ツイン弁護士は机の上に腰掛けるとそう言う。  「まぁ、最後まで聞けば貴様も分かるだろう。ツイン弁護士。」  御剣はそう言い放つと話を続けた。  「いいか、証人は自分の正面から右側を横切った人間を見た。つまり、犯人の体の右側面を見たことになる。」  「確かに、そうなりますな。」  裁判長は頭の中でその状況を必死に整理しながら頷く。  「右側面・・?」  ツイン弁護士は小さくそう呟いた。  「そうなのだ。そして、右側面を証人が見たならば。おのずとその犯人が銃を持っていた腕は、右腕ということになるであろう。」  「まぁ、そうなりますな。左手に持っていたらそんなに近くからは見えないでしょう。」  裁判長もその点は同意する。  「ここでだ。思い出して欲しいのは被告の証言だ。」  「被告の証言だって?」  ツイン弁護士は被告席の管理官を見た。御剣もまた、管理官を見ながら言う。  「本当に重要なので思い出して欲しい。管理官ははっきりとこう証言している。」                 ※          ※          ※  「私がしていた動作と全く同じ動きをする実体化された私が、標的の前に現れる。」                 ※          ※          ※  御剣は腕を組みながらこの矛盾の意味を考える。  「管理官と全く同じ動きをした人間が現れる。・・そして私は、成歩堂を撃ったと言う呪いの現場をこの目で見ている。 そうだったな?管理官?」  昨日の留置所での出来事。忘れたとは言わせない。  「あぁ・・確かにそうでしたね。御剣さん。」  管理官はそう言うが、どことなく先ほどまでに感じられた余裕を感じさせる口調ではない。  「そこで私ははっきりと見た。管理官が左手で銃の形を作って、そいつを撃った瞬間をだ。」  その御剣の一言が、法廷を固まらせた。そう、違うのだ。  「もう明らかだろう?管理官が銃を撃った手と、証人が目撃した犯人が持っていた銃を持った手が、左右逆だと言う事実に!!」  「のほおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ!!!!!!!!!」  ツイン弁護士は机から転がり落ちた。法廷内も大騒ぎだ。  「静粛に!静粛に!確かにこれは明らかに矛盾してます!」  裁判長もこの事実に驚きを隠せない。  「異議あり!アンタの見間違いじゃないのかい!?左手で銃の形を作ったっていうのは!?」  「異議あり!残念だがそれはないな。ツイン弁護士。私はかなり近くでそいつを見ている。」  「だが、近くで見ているからと言って、見間違いをしているとは断言できない!」  確かに、ツイン弁護士の主張も一理ある。だが、もう1つ切り札がそれに関してはあるのだ。  「何もツイン弁護士、これは私の目撃だけが根拠となっているわけではないのだ。」  「何だと?」  全ての出来事をまとめれば、そこには動かせない事実が浮かび上がってくる。  「被告が見せた呪い殺人。昨日の法廷でも、今日検証の際に見せたものも、全て“左手”で銃の形は作られている。」  「・・ひ、左手だって?」  さらに、まだ証拠はある。  「そしてだ、致命的なのは昨日といい今日と言い、私のこのチェスのナイトの扱い方だ。」  御剣はその手に問題の駒・赤のナイトを持って不敵に笑う。  「こいつを投げた時、管理官は左手でキャッチして、左手で私に投げ返した。 つまりだ、被告人は“左利き”だったのだよ。完全な。」  だが、その言葉に意外な人物がこう叫んだ。  「でも、スズキが見た犯人は銃を右手に持っていたッスよ!それだけは断言できるッス!」   「・・!!そ、そうだ!彼女は被告人が右手に銃を持っているのを現に見ているじゃないか!?」  現に右手に銃を持った被告人を見た・・そう、次の問題はそこになる。  「異議あり!だが、被告は左利きだ。右手に銃を持っていることなどあり得ない。 ましては人を撃つのに利き腕ではないほうを使うだろうか?」  「異議あり!しかし、現に彼女はそれを見て・・」  「異議あり!そう、それだと全てに説明ができなくなる。だからこそ、この証言には1つだけ誤りが生じるのだ!」  御剣は机を叩くと大きくそう叫んだ。ここまでくれば、一気に流れをこちら側に引き寄せることが可能となる。  「誤りが生じるだって・・一体どういう意味なんだ!?」  ツイン弁護士の反応は予想通り。  「私も知りたいですな。では御剣検事・・お聞きしましょう。その1つだけ生じる誤りとは何なのですか!?」  裁判長が問い掛けたその一言。きっとそれが、反撃の狼煙となる。  「簡単なことだ。本当にあれが被告を実体化したものなら、銃を右手に持っているわけがない。 つまり、証人が目撃した犯人は被告人とは全く違う“別人”だったのだ!!」  「な、なんですって!?証人が目撃した被告人は・・別人!?」  法廷中のどよめきが、裁判長の叫び声までをかき消した。  「異議あり!だがな、彼女ははっきりとその犯人が被告人だったと証言しているぞ!これは一体どう考えるつもりだ!?」  ツイン弁護士が右手で後ろの壁を叩くとそう反論した。  (やはり・・な。)  それを見た御剣は、捕まえたと感じた。  (やはり、双子は双子でも・・内面的に致命的な違いが存在したか・・。)  御剣は笑いながらその反論に対する答えを言う。  「ならば・・、被告の顔にそっくりな別人を証人は見たのだろう。」  「異議あり!そんな馬鹿な!?被告とそっくりな顔した別人。そんなものが存在するわけがない!」  存在するわけがない。果たしてそうなのだろうか?  「異議あり!1つだけ・・可能性は存在する。管理官!」  「・・何だ?御剣さん?」  先ほどから黙って審理を聞いていた管理官の顔は険しい。  「貴様の家族関係・・少しだが調べさせてもらった。」  『!!!!!!!!』  管理官とツイン弁護士が全く同じ驚きの動きを見せた。  「貴様には、養子に出されて今は居ないが・・兄がいたな?一卵性双生児である双子の兄が。」  その言葉に、法廷でこの裁判を聞いていた全ての人間が固まる。  「ふ、双子ですって!?」  裁判長は呆気に取られた顔だ。  「そうだ。つまり、証人が目撃した犯人は・・管理官!貴様の兄だったのだ! これならば、綾里春美殺人未遂の事件についても説明ができる!事件発生同時刻に捜査本部と倉院の里、 この2つに被告人が存在したからくりは、管理官が双子だったという事実で明らかになる!!」  「異議あり!黙っておけばぬけぬけと馬鹿みたいなこと言ってくれるもんだ・・ だったら検察側は、その目撃された人間が、双子の片割れだったと言うことを証言できるのか!?」  片割れが犯人だったと言う根拠。ここで木槌がなった。  「弁護側の言う通りです。検察側はそこまで言うのならば、その犯人が確かに、 被告人の双子の兄だということを証明する必要があるでしょう。」  裁判長の言葉は最もだ。この裁判において、管理官の身柄が拘留されている時に殺人を代わりに 犯していたのは間違いなく双子の片割れ。それを立証するには・・。  「やはり、この呪い殺人に目撃者が出てきた意味は大きい。ならば、その犯行を双子の片割れが行った根拠も、 当然証人の言葉に隠されている。」  「証人である彼女の言葉だと?」   ツイン弁護士は須々木マコの言葉を思い出そうとする。そう、須々木マコが目撃したことは、あらゆる意味で決定的なものだった。  「証人の言葉で明らかになった事実。それは、言うまでもなく銃を持っていた手が右手だったという事実だろう。」  と言うことは・・ここで犯人に関する1つの手がかりが出てくるわけだ。  「つまり、証人が目撃した双子の片割れは、“右利き”ということが分かるのだ。」  「・・!?」  ツイン弁護士の口元が歪んだ。だが、その歪みは不敵な笑みなどの歪みではなく、焦りの歪み。  「しかし御剣検事。その目撃された犯人が右利きだと言うことが証明されても、 被告人の双子の兄が右利きかどうかは分からないのでは?」  裁判長に最もな発言。当然、御剣の立証がここで終わるわけがない。  「ここで1つ聞こう、裁判長・・。管理官が昨日、呪いで人を殺したと言う時間に、確かに被害者達は撃たれている。 これは、あらかじめ管理官とその双子の片割れが、時間についての設定などを打ち合わせしないと無理だろう。」  「ふむぅ、それはそうでしょうな。」  つまりだ、ここから分かることは1つ。  「ということは、その双子の片割れは逮捕された管理官と接することのできる人間でないといけない。 しかも、不自然でない形に。」  「異議あり!だが、被告人と今日まで接してきた人間の中で、被告人と同じ顔をした人間はいないじゃないか!?」  「異議あり!果たしてそれはどうだろうか?というよりも・・その双子の片割れも馬鹿ではない。 当然、自分がノコノコと管理官の前に素顔で出て行ったらバレてしまう。だからこそ、片割れは最も不自然でない状態かつ、 顔を見せずして接触する方法を考えついた。」  「か、顔を見せずして接触!?し、しかし御剣検事。それこそ不自然なのでは?」  裁判長の言うことは正しい。そりゃ、普通ならば顔を見せずして接触するのは不自然極まりない。ある1つの可能性を除いては。  「被告人に怪しまれず接触でき、また・・素顔を見せなくても怪しまれない人物。1人だけ存在すると思うがな、私は。」  その目は真っ直ぐとある人物に向けられていた。  「ま、まさか・・」  その目の先の人物を見て絶句する裁判長。ついで傍聴人達。  「私が調べたところ、東山恭平の双子の兄の名は・・」                 ※          ※          ※  「すいませんが・・その養子に行った子供の名は?」  「あぁ、それはなぁ・・確か“怜次(れいじ)”って名前だぁ。」                 ※          ※          ※  昨日その名前を聞いた時には驚いた。だが、それと同時に18年前のあの裁判のことを思い出した。  「どうやら、18年前のあの裁判で、私が自分の名前を聞いたのは間違いだったらしい。」  1人その昔の記憶に浸る御剣。当然法廷中の人間は意味が分からないだろう。あの2人を除いては。  「あの時私が聞いた名前は、他ならぬ“貴様”を呼ぶ声だったのだ。」  机をバシッと叩いた御剣は、次の瞬間そいつに向かって大声で叫んだ。“本当の名前”を呼びながら・・  「つまり、それが可能な人間は貴様しかいないのだ。“ツイン弁護士”。いや・・“東山怜次”!!」  その突きつけられた指の先には、間違いなく弁護席のその男。ツイン弁護士がいた。  「静粛に!静粛に!静粛に!静まりなさいっ!!」  法廷内がその意外な事実に皆驚愕する。  「異議あり!面白いな・・そいつはとんだ茶番劇だ。アメリカじゃ受けないだろうがな。」  笑いながらそう言い返すツイン弁護士。だが、正直その姿に余裕はない。  「つ、ツイン弁護士!今の検察側の主張に何か反論はないのですかっ!?」  反論・・しかし、彼は笑うばかりだ。  「ツイン弁護士!貴様は顔を見せると、すぐに双子だとバレてしまうことが分かっていた。だから、その仮面を装着しているだ! しかも、不自然にならないように・・アメリカで弁護士になった13歳の時から!!」  法廷中が騒がしい。いつものことだが・・しかし、これは流れが検察側に傾いている証拠でもある。  「つまり、この仮面は14年後のこの犯罪のためにつけられていたの言うのですか!?検察側はっ!」  裁判長の声は裏がえっている。  「その通りなのだ!全ては14年前から既に始まっていた!ツイン弁護士!今すぐその仮面を取ってもらおうか! これで全ては明らかになるはずだ!!」  だが、この男も管理官と同じで頭がいい。一筋縄では仮面を取らないはずだ。その証拠に。  「断ろう。」  短いたったその一言で全てを済ませたツイン。  「こ、断るですって!?しかし、それでは自分が双子の兄だと認めた証拠に・・」  「そんな証拠がどこにある?」  「!?」  裁判長をたしなめながらツイン弁護士は、仮面を少しいじると机を叩いた。そして一喝。  「まだ私と東山怜次を結びつける接点はない!私がまだ、東山怜次だという証拠はどこにもないからな!」  「しかしツイン弁護士!あなたはそれを自分で立証できるのですか!?」  いつぞやの裁判と似ている。狩魔豪を成歩堂龍一が告発した時のあの裁判と。  「その必要は私にはない。言っておくが、これを主張したのは検察側だ。よって、検察側がそれを立証する義務がある。」  「そうであろうな。」  御剣は一言そうまとめると、人差し指をゆっくりと顔の前に持ってくる。  「だが・・甘いな。ツイン弁護士。」  チッチッチッ・・と、師匠譲りな嫌味で不敵な笑いをしてやる。そう、御剣にはそれが立証できる。  「簡単なことが先ほど1つ分かった。証人が目撃した犯人は“右利き”だった。つまり、双子の片割れは右利き。 早い話、私は貴様が“右利き”だと証明できればいい。」  「・・!!」  ツイン弁護士は後ずさりした。恐らく、今の発言に焦っているのだろう。  「貴様の昨日の法廷での動き、憶えているぞ。指を突きつけるときは、はっきりと右腕を伸ばしていた。 さらに数分前、貴様は右手で後ろの壁を叩いていた。」  さらにだ。もう1つ決定的な証拠がある。  「そしてだ、何度も言うが貴様達にとって致命的だったのは、私のこのチェスのナイトの扱い方だ。」  御剣はその手に問題の駒・赤のナイトを再び持つ。  「どうも、この盤上の駒を操っているのは私で、その盤上で踊らされている駒はお前達だったようだな。 文字通り、躍らせている駒・・いや、それは少し違うな。正確には、駒に踊らされたようだな。」  御剣は今でもはっきりと憶えている。ツイン弁護士のあの時の動きを。  「貴様はこのチェスの駒を右手でキャッチし、そのまま右手で投げ返した。つまり、貴様は右利きなのだ。ツイン弁護士。」  「ぐっ・・くうぅぅぅっっ!!!!!」  ツイン弁護士は言葉も出ない。御剣は最後に、再びこの言葉を言う。  「さぁツイン弁護士!その仮面を今すぐここで取るのだ!おそらくその仮面の下には、 “東山怜次”という素顔が隠されているはずだ!!」  「う・・ううっ・・くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!!」    彼のある種、不思議なオーラを放っていた謎の仮面は、  次の瞬間、宙を舞った。  そして、我々の目の前には仮面が取れ、前髪で素顔を隠している男がいた。  そいつはまさに・・“もう1人の放たれた死神”だった。  Chapter11 end  ・・・It continues to chapter 12

あとがき

 さて、Chapter11は“18年後の今日”。  Chapter 9の“18年前の今日”とタイトルの意味としては繋がりがあります。  あの章が18年前のことを思い出せた話だったのならば、今回は18年後の今日を始めるお話。    第1部・取引。意味は最後で分かったと思います。昔は御剣もよく使っていたのでしょう。司法取引と言う意味です。  さて、ここでは何かと過去の御剣や話が出てくるわけで・・どうしてもそれを描くのに“蘇る逆転”の要素が必要だったり。 蘇るをプレイしていない人。スイマセン。  そして序章との繋がりが最も濃かった部分でもある第1部。SSUの意味は・・ちょっと忘れていて思い出すのが大変でした。 (オイ  結構序章あたりの謎も分かってきた部分。しかし、まだ分からない部分が結構ありますね。 どうして公安がDL5号事件の犯人と接触できたのか?ここが語られていないのは意図的です。 えぇ、これが終盤で大きな意味を持つのです。  第2部・駒。深い意味はなかったり・・、とりあえず狩魔豪が捨て駒にすぎなかった事実。から来てるのかな? と思いきや、最後の本当にわざととも思える部分を指していたり。  でも、役立ったと思いません?(聞くな  第3部・左右。このタイトルを見て第3部を注意深く読むと、妙に左右の表記が強調されて見えたかもしれませんね。 そして案の定、それ関連の話だったり。  全然関係ありませんが、自分はマコちゃんが出せただけで嬉しいのです。(マコファン)  そういえば、ここで始めて奴の名前が分かりましたね。実は、“Chapter1の第1部・レイジ”って、 御剣の名前もあったのですが、もう1つは奴の名前を意味していたのですね。しかも検事と弁護士・・ これは衝撃、もしくは笑撃ですね。(?  まぁ、謎はまだ山積みなのですがね。先ほども語った何故公安課がDL5号事件の犯人と接触できたのか? 実は、元を辿ればそれが動機でもあるのですね。まだ作中では明かされていないあの2人のもう1つの。  さらに問題と言えばもう1つ。線条痕の問題が・・ちょっと書こうと思って話が破綻しないか不安な自分がいます。 えー、多分次回はその話か、18年前の裁判の真実を再び争う話となるでしょう。  2つの作品がかりでばら撒いた伏線の収拾に精一杯な作者でした。では・・。

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