Q.E.D.〜逆転の証明〜(第6話)
6月3日 午前9時37分 地方裁判所・被告人第1控え室  「あの・・上片さん?今日は大丈夫で?」  あざみの一言で今日は始まる。  「えぇ、今日はばっちりですよ。」  朝から元気一杯・・とまでは言えないが、とりあえずレシーバーの状態も万全。戦闘態勢はばっちりな上片。  「いや、昨日は1度も面会に来てなかったですから。」  対するあざみは少し不安そうだ。  「大丈夫ですよ。昨日はいろいろと調査が忙しくて・・そのかわり、今日で決着はつけるつもりです。」  そう、今日で全てに決着をつけねばならない。  「上片さん。今日が最後なんですよね?」  「あぁ。そのつもりさ。」  そのためには、どうしてもある事件の真相を暴かなければならない。  (18年前のDL5号事件・・通称“Q.E.D.”。この事件の真犯人の正体が全てに繋がる!)  一連の事件は既に時効を迎えた。しかし、この事件を語らずして今回の事件は起こりえなかった。その確信はあった。  「とりあえず、証拠の確認だ。」  <Q.E.D.の血文字>  現場の倉庫の壁に大きく書かれていた。被害者の血だと考えられる。  <スコップ>  被害者を殴った凶器。被害者の血とあざみの指紋が付着。  <倉庫の鍵>  壊された形跡なし。鍵は健次郎が持っていた。あざみが見たときは開いていた。  <倉庫>  事件現場。壁に夥しいほどの血がある。  <マスターキー>  日安寺夫婦の鍵専用管理引出しにはなかった。しかし、事件の時はこれで開けられたはず。  <日安寺こころの解剖記録>  死亡推定時刻は午前5時30分から50分の間。死因は後頭部強打による脳挫傷。  死後かは不明だが、脳挫傷を起こしたあと刃物で全身を数箇所刺される。  <刀>  倉庫内にあった錆付いたもの。被害者の血が付着。被告の右手の指紋が検出。  <吾童山近辺の地図>  こころ診療所が奥にあることが分かる。  その他には葉桜院や奥の院。極楽庵などと書かれた部分もある。  森にはこころ診療所の地下と繋がっている防空壕がある。  <診療所から消えた資料>  2001年の入所者の催眠療法のデータ。入所者の記憶の改ざんが行われた可能性大。  <志賀真矢のバイク>  成歩堂さんに調べてもらった。あの日彼女はバイクで訪れていたらしい。小型なバイクだ。  <QEDの事件ファイル>  特に志賀真矢の両親殺害のデータ。現在も成歩堂さんたちが情報を収集してくれている。  「さて、成歩堂さんたちが問題のファイルをいつ持ってきてくれるか・・だな。」  ここでの目的は1つ。犯人とバイクの隠れ場所を立証し、彼女を引きずり出し、問題の記憶を解明すること。 全てはそれにかかっていた。  同日 午後10時 地方裁判所・第3法廷  「只今より、蒼井あざみの法廷を開廷いたします。」  向かい側には、不気味なクマちゃん2号を持った彼女がいた。  「双方ともに、準備はよろしいですかな?」  「検察側。言うに及ばず。」  相当な自信があるようだ。あかり検事は・・対する上片は。  「弁護側、準備完了しています。」  だが、裁判長は少し心配そうな顔だ。  「弁護人、耳の調子は大丈夫ですかな?」  「あ・・そっちのほうも大丈夫です。ご心配はいりません。」  上片は新しいレシーバーを見せるとそう言った。  「そうですか、よろしい。では検察側。冒頭弁論を。」  さて、まずはあかり検事のあの自信満々な根拠を聞く必要があるらしい。  「いいわ。まず検察側は昨日。弁護側の要請を受けて屋根裏部屋と吾堂川を捜索したわ。相当な人数を動員してね。」  クマちゃん2号がその調査結果と思われる資料を口にくわえている。生きてるのか?あの人形。  「それで、結果はどうだったのですかな?」  結果。まぁ、あの様子からするとあっちにとってはいい結果だったのだろうな。  「まぁ、見ればいいわ。」    <屋根裏部屋の調査結果>  上片正義と鹿山宇沙樹の痕跡意外は見つからなかった。  <吾堂川の捜索結果>  支流手前までくまなく捜索。バイクは見つからなかった。  「受理しました。どうやら、何もなかったようですなぁ・・」  裁判長の顔は険しい。  「当然よ。つまり、これで1つの事が立証されたわ。昨日の弁護側が主張した。 外部犯説は消えてなくなった。そうでしょ?宇沙樹?」  「ム・・なんで私なのよ。」  すこぶる機嫌を悪くした宇沙樹。女の戦いは怖い・・としか言えない。  「資料が抜けたりしてるようなことはないでしょうね?この間みたいに?」  上片は上片で、資料を他の人たちのものと確認しながら尋ねる。こっちにもとりあえず昨日のトラウマがあるわけなのだから。  「心配は要らないわ。今回はそんなミスはない。全くね。」  憎らしいほどの笑顔。1度上片もそんな笑顔をしてみたいものだ。  「しかし、確かにこれで昨日の弁護人の主張は崩れたようですなぁ。」  「当然よ。裁判長。よって犯人は被告。これであなたは落ち着いて有罪と言えるわけ。」  あかりはクマちゃんを撫でていた手をゆっくりとその木槌の差し伸べる。  (はぁ・・残念だけどそうはいかないんだよな。)  上片は机を叩いた。もう早いうちに、昨日見つけたあの事実を伝えなければ終わってしまうと考えたからだ。  「裁判長!昨日は昨日、今日は今日!弁護側はそんなこともあろうかと、あるもう1つの事実をこの裁きの庭に持ってきました!」  まぁ、多少発言に虚偽はあるが、これくらいのアピールは必要だろう。  「な、なんですと!?まさか弁護人!外部犯説を裏付ける、新たな証拠品を提出できるというのですか!?」  裁判長はいきなりの展開に頭が回っていないようだ。  「そういうことです。」  今度はこっちが憎たらしいほどの笑顔を返してやる。いつもどおりのこの法廷、騒がしくなってきた。  「どういうことかしら?面白い冗談ね。」  「それは証拠品を見てから言うべきでしょう。あかり検事。」  いたって真面目な話だ。何故なら、こいつをあかり検事は知っているはずだ。だが、宇沙樹と同じ理由で今、思い出せないだけの話。  「それでは弁護人。新たな外部犯説を生み出す証拠品を提出してください。」  木槌の音がまわりを一喝すると、裁判長は上片に要請した。  「いいでしょう。吾童山付近のこの地図。こいつを見てください!!」  地図・・これには描かれていない。そのため、上片は一緒に現場の写真も提出する。  「これは・・洞窟ですかな?」  裁判長はその写真を見ながらそう言う。まぁ、珍しく正解だろう。  「まぁ、そう言ったところです。正確に言えば、防空壕ですがね。」  「ぼ、防空壕ですって!?」  クマちゃんを撫でる手が止まったあかり検事。  「こいつは、診療所へ向かう森の中にあります。ただ、ポイントはこの防空壕の最後なんです。」  最後の地点。そこが全ての始まりだったと言えよう。  「最後の地点・・ですか?」  「そうです。裁判長。実は、この最後の地点が、僕たちも知っているある場所へと繋がっているのですよ。」  さて、ここまでくればもう、あとは言うしかないだろう。  「弁護人・・一体この防空壕はどこに?」  「・・実は、僕たちも驚きました。この防空壕。こころ診療所に繋がっていたのです!!」  「な、何ですって!?」  法廷内がとんでもない騒ぎになる。そりゃあ、驚くのも無理はないだろう。  「静粛に!静粛に!」  まぁ、これも想定内だろう。  「異議あり!そんな馬鹿な!!あの診療所に、そんな場所に通じる部屋は存在しなかったわ!!」  そしてまた、この反論も想定内だ。  「異議あり!無理もないでしょう。あの診療所の地下室に通じていたのですからね!!」  地下室・・いや、正確に言えばそれが原因ではない。  「異議あり!だから!その地下室に通じる扉はないじゃない!!あそこには!!」  「異議あり!それも当然でしょう!あの地下室自体が隠し部屋だったのですから!!」  まぁ、ただでさえ分かりにくい場所だ。あの場所に気づくきっかけをくれた真宵さんに感謝したい。  「し、しかし・・そんな部屋に通じる扉がどこにあったというのですかな!?」  裁判長も半信半疑だ。少し具体的に言う必要がありそうだ。  「非常に分かりにくい場所です。こころ診療所の診察室にある薬保管庫。 その中の暗い奥に、地下へと通じる隠し階段が隠されていたのです!!」  「そ、そんな馬鹿なぁぁぁっ!!!!!!!!」  あかり検事が悲鳴をあげた。そして・・  「そんな、そんな部屋・・存在するわけがない!!診療所関係者はみんな言っていたわ!そんな部屋はないと!」  上片は首を横に振る。  「いいえ、違います。診療所ではあの部屋の存在を隠していたのです。」  「しかしっ!診療所の入所者はどうなの!?彼らに地下室を隠す理由など・・」  どうやら、この検事にも催眠はしっかり施されているらしい。  「確かに、診療所の入所者が隠す必要性はないでしょう。しかし、診療所側から見れば、 地下室の存在を知っている入所者は困った存在だった。だから、あなたを初めとする 2001年あたりの入所者には全員、あることがされていた!!」  指はあかり検事を捕らえている。この主張で催眠が解けるかは不明だが、やるしかない。  「こころ診療所では、催眠療法が行われていました。その催眠術で、彼らは地下室の記憶は抹消されたのです!!」  木槌がここで2人の会話を止める。  「弁護人!地下室が存在する。その主張は分かりました。ひょっとして、あなたはそこに外部犯が隠れたと主張するつもりで?」  珍しく裁判長が言いたいことを分かっているではないか。そう、その通りだ。   「裁判長。弁護側が主張するのはまさにそれです!外部犯はそこに隠れていたのです!!」  法廷内が再び騒がしくなる。  「異議あり!あなたの主張には2つ見落としがあるわ!」  「なんでしょうか?」  見落とし、まぁ・・そんな難しいことではないはずだ。  「1つ!その地下室にバイクが入るとでも?」  「えぇ、可能性はあります。少なくとも、地下室よりは通路は広い。それに、バイクは小型だった可能性がある。」  小型だった可能性。まあ、これは今出すべきカードではないが。  「異議あり!小型だったとしても、もう1つの穴がある。あの診療所にそんな地下室があるというのなら、 それを立証する証人が必要よ!」  何を言い出すかと思えば、証人か・・  「診療所の健次郎おじさんはそんな部屋はないと主張している。診療所の入所者もよ。」  「しかし、催眠術がかけられていたと弁護側は主張していますぞ。」  裁判長が突っ込みを入れる。だが、  「だから何?その証拠があるとでも?」  素早く切り返してくるあかり。証拠ときたか・・  「診療所関係者で、地下室のことを言える人間がいないと、捜査令状も取れないわ!」  クマちゃんの顔も心なしか険しい。でも、それは非常に簡単なことだ。何故なら・・  「その証人、僕の隣にいますがね。」  「!?」  あかり検事がそれを聞いて、目を大きく見開く・・  「え・・ま、まさか・・あんたなの?」  「そういうことね。あかり。」  宇沙樹はしてやったりの顔だ。そんなやり取りを見ていた裁判長は、ついにある決定を下す。  「分かりました!それでは検察側!本法廷はこころ診療所に対する、特別捜査令状を出します!」  「と、特別捜査令状ですって!?」  特別捜査令状。序審制度でスピード勝負になった分、より審理に正確性を持たせるため作られた制度。 これが出た場合、裁判を中断をして速攻で裁判所の指示に従わねばならない。  「し、しかし・・!!」   あかりはなおも食い下がる。だが、裁判長を意見を変えない。  「これは義務です。応じない場合は法廷侮辱罪以上に厳しい。審理妨害罪を適用しますぞ!」  「うっ・・!」  まぁ、何はともあれ、これで時間稼ぎに成功したわけだ。成歩堂さんが資料を見つけてくるまでの。  「それでは、1時間後に審理を再開します。よって一時閉廷!!」    同日 午前10時29分 地方裁判所・被告人第1控え室  「何とか、今のところは予定通りですね。」  「そうだね。宇沙樹ちゃん。」  開廷からわずか30分足らずで中断。もう少し伸ばすべきだったか・・と少し思ったが、 相手の検事のことを考えると、これが一番よいタイミングだったろう。  「上片さん・・あの・・」  あざみはいきなりのことに少々驚いている。確かに、衝撃は強かったかもしれない。  「大丈夫です。あなたはなんとしてでも救い出します。そのためにも、これは無駄なことじゃない。」  とにかく、1時間後の11時30分頃には再開する。それまでに資料が間に合えばよいのだが。  「上片君!!」  その時だった。ついに待っていた人物が到着した。  「成歩堂さん!!それに真宵さんも!!」  上片は資料を抱えて持ってきた成歩堂と、その後ろで荷物は持たずに応援している真宵を見てそう叫んだ。  「例の資料・・もってきたよ!!」  息を切らしている成歩堂に、上片は状況を説明した。  「そうか・・作戦は上手くいったのか・・」  「はい。おかげ様で。」  「よし、じゃあ、この資料の説明をするから、この時間で内容を全部叩き込むんだ!!」  詳しい概要がはじめて上片に届いた。これらが、18年前の始まりと、多数の入り混じった記憶の糸を解く鍵となるのか?  <DL5号事件(Q.E.D.)のファイル>  詳しい概要は以下のとおり。一連の事件は2001年に発生。  1、6月1日(午後12時30分頃)発見。    被害者・鹿山理沙(死亡)    現場・吾童山ハイキングコースの崖付近。崖に被害者の血で“Q.E.D.”があった。    状況・頭を岩に打ち付けられて死亡。娘の宇沙樹(当時5歳)は無事。    補足・同時刻頃に同一犯による犯行あり。  2、6月1日(午後1時10分頃)発見。    被害者・灯火雅史/伸子(死亡)    現場・吾童山登山コース入口前付近。看板に被害者の血で“Q.E.D.”。    状況・夫の雅史氏はナイフで腹部を刺され失血死。妻の伸子氏は頭部を強打した後、       そのナイフで腹部と背中を数ヶ所刺され同じく恐らく即死。       しかし、当時両親と一緒にいた娘のあかり(当時5歳)は無事。    補足・娘であるあかりのクマのぬいぐるみが行方不明。  3、6月19日午後5時30分頃発生。    被害者・風呂井和夫/明子(死亡)    現場・水族館駐車場奥の茂み。茂みにあった木に被害者の血で“Q.E.D.”。    状況・一家3人で遊びにきていた風呂井一家を茂みで殺害。連れ出した経緯は不明。       夫の和夫氏はナイフで首を切られ失血死。妻の明子氏も同様の手口で殺害。       息子の俊治(当時13歳)は全くの無傷だった。    補足・犯人は家族連れを狙っていることでほぼ間違いない。  4、7月9日午後6時頃発見。    被害者・志賀八束/麻由美(死亡)    現場・自宅の夫婦の書斎。作りかけの数学の論文が散乱していた。       壁には被害者の血で“Q.E.D.”。    状況・夫の八束氏は心臓一突きで即死。妻の麻由美氏は腹部を刺され失血多量死。       当時14歳だった娘の真矢(当時14歳)は気絶していたが無事だった    補足・凶器はこの家の果物ナイフ。指紋はなし。  5、8月1日午後11時40分頃発生。    被害者・小深恒治/秋穂(死亡)    現場・吾童川支流手前の河原。現場の車に被害者の血で“Q.E.D.”。    状況・夫の恒治氏は左肩から右下腹部を斬られ死亡。妻の秋穂氏も同様にして殺害。       息子の幹司(当時6歳)は無事だった。    補足・切り口が深く、傷が前回よりも大きくなった。  子供たちの診断書。(こころ診療所)  鹿山宇沙樹。隔離性障害(解離性健忘)と診断。  灯火あかり。隔離性障害(解離性同一性障害)を持っており、          事件後。軽い解離性健忘にもなる。  風呂井俊治。隔離性障害(解離性健忘)と診断。  志賀真矢。隔離性障害(解離性健忘)と診断。  小深幹司。隔離性障害(解離性健忘)と診断。    果たして、これが切り札となるのだろうか?そしてまた、人為的に作られた記憶も問題となる。  同日 午前11時30分 地方裁判所・第3法廷  地下室の捜索が終了したのだろう。1時間後に審理は再開された。  「只今より審理を再開します。まず検察側。捜索の結果を。」  結果は言うまでもないだろう。あの地下室が埋められてない限り。  「う・・弁護側の主張した通り、確かにあの診療所から地下室が発見されたわ。」  あかり検事はパッとしない様子だったが。  「どうしてあかり、まだ戸惑ってるのかな・・。」  宇沙樹も不思議そうだ。  「おそらく、完全に催眠が解けていないのかも知れないな。不自然な話だけど。 (どうして宇沙樹ちゃんの時は解けたのに、あかり検事はまだ解けていないんだ?)」  戸惑ったあかり検事を見てそう思った上片。何かがまだ彼女に、強い催眠効果を与えているのだろうか? とここで裁判長、1つの結論を出す。  「分かりました。ということは、弁護人の外部犯説は可能性としてありうるものとなりましたな。」  「そういうことですね。」  裁判長は上片の主張を全面的に認める。これで、とりあえず第1段階は終了だ。  「それでは、本法廷は・・」  さて、問題はここからだ。  「待った!!裁判長!!審理はまだ続けるべきです!!」  大きな声でそう主張する上片。こちらは既に真犯人を挙げる準備は整っている。  「な、どういうことですかな?これ以上審理をしても新たな容疑者の特定は・・」  やはり、裁判長は審理の終了を告げようとしていたようだ。最終日にもつれこんでも悪くはないが、 最終日は余裕がない。できればここで決めるべきだろう。  「裁判長!弁護側には今回の事件の真犯人を、明らかにする用意は既に完了しております!!」  ついに・・ついに・・  「な、なんですっとぉぉぉぉぉ!!」  言ってしまった。さて、ここからはもう止まれなくなる。相変わらずうるさい法廷内。ただ1人彼女を除いては・・  「へぇ・・結構面白いことを言うじゃない。だったら、その外部犯は誰か、説明してもらおうじゃないの!!」  クマちゃんのその目は上片を睨みつけていた。あれはあかり検事の表情の代わりか?  「いいでしょう。まずはこの事件のポイントを押さえてみましょう。」  昨日の審理で分かったことをまとめてみる。  「事件発生した6月1日。午前3時か4時ごろにバイクの音が葉桜院で聞こえている。 つまり、真犯人はその時診療所へ向かっていたことになる。」  あらかじめ真犯人は早い時間に診療所へ向かっていた。  「そして、午前5時に健次郎さんは倉庫から道具を持って乳搾りに出かけた。その後でしょう。 真犯人は被害者・こころさんと接触。倉庫へと行った。」  早い話。健次郎に見つからないようにしてこころと接触する機会を得ようとしていたことになる。  「そして殺害。おそらく5時30分頃でしょう。犯人はその後倉庫から出ると、逃走しようとしたでしょうが。 逃走したなら午前5時。葉桜院で目撃されているはずです。つまり、通っていない。」  事実上。あの前を通らずして下山は不可能だ。  「きっと、犯人は焦ったことでしょう。そんな中、健次郎さんが帰ってきた。そして警察に通報。 逃げたいが逃げられない真犯人は、隠れる必要性がでてきた。」  隠れられた場所は当然1つ。  「その隠れた場所が地下室だった。当然移動に使ったバイクも見つかったら困るので、 バイクと遺書に診療所内に侵入。そのまま地下室に隠れたのです。」  幸い、小型のバイクなら診療所内に隠せることは何となく分かっている。  「犯人は、その後警官達がきた診療所内に出て逃げることは不可能となった。 だから、あの部屋から防空壕に繋がる扉を通って逃げた。きっと、逃げた時間は葉桜院から人がいなくなった午前7時から後。」  ここまで来て、1つのある事実がわかるはずだ。  「異議あり!しかし、その主張には決定的な穴があるわ。」  「穴ですか?」  裁判長は2人の会話に聞きいっている。  「そうよ。外部犯が犯人。もしそうだとしたら、あの地下室の存在がどうして分かったと言うの? あれを知っているのは診療所内部の人間としか考えられないわ。」  そう、それが1つのある事実だ。  「そうなんですよ。つまり、これで犯人像がはっきりしたわけです。犯人は外部犯である。しかし、診療所の内情に詳しいとね。」  「!?」   そんな人物。パターンからして1つしかない。  「つまり、犯人は今は診療所にいないが、昔はいた。そう、過去の入所者なのです。」  となれば、後は昨日調べたある資料を見せるだけだ。  「裁判長。弁護側は昨日、診療所の入所者で、事件があった日のバイク音が確認された午前3、4時から、 葉桜院の証人がいなくなる午前7時までの間で、アリバイがなかった人物を調査しました。」  「あ、アリバイ調査ですか?」  裁判長は聞き返す。  「そうです。その結果、4人該当者がいました。不思議なことに、事件があった日に診療所を訪れてた、 昔の入所者だったわけですが。」  クマちゃんを持つ手が震えるあかり検事。  「まさか、私も該当者の1人と?」  「まぁ、そうなりますね。しかし、ここで思い出してもらいたいのがバイク音です。 これを聞いた人間がいる以上、犯人はバイクに乗っている。」  上片はここで、1枚の写真を取り出した。  「犯人はバイクを移動手段に使っていた。そして、またここに何食わぬ顔で訪れたということは、 再び訪れた時の移動手段もバイクだったはずです。そしてあの中に1人だけ、バイクに乗ってきた人間がいたのです。」  それがこの写真だ。上片はそいつを高く上げた。  「これは小型なバイクだ。診療所内に隠すことも可能だ。弁護側は、このバイクの持ち主を告発します。 日安寺こころ殺害の真犯人として。」  「そ、その真犯人とは!?」  裁判長、さっきから驚きまくっている。無理もないかもしれないが。そして上片は、ついにあの人物の名を出す。  「その真犯人の名は、言うまでもなく・・“志賀真矢”です!!」  その言葉に真っ先に反応したのが、向こう側にいたあの人・・  「な、真矢姉さんですって!?」  驚きのあまりクマちゃんを机に叩きつけたあかり検事。彼女も診療所の人間なので、宇沙樹同様知っているはずだ。彼女の事を。  「上片さん。本当に・・真矢姉さんなんですか?」  宇沙樹は今日、裁判所へ向かう前に全てを聞かされていた。彼女にとっても、これほど辛いことはないだろう。 だがそれは同時に、彼女達の親を奪ったのもあの人ということなのだ。  「真実は、ありえないと思ってもそれしか可能性がないなら事実だ。」  上片は手を強く握り締めると叫んだ。  「彼女は、日安寺こころを殺害して、その後何食わぬ顔で診療所内にやってきた!!弁護側は志賀真矢の出廷を求めます!! 彼女はきっと、この裁判所にいるはずだ!!」  そして彼女は現在。裁判所の書記官。召喚に時間はそうかからないはずだ。   「分かりました!係官!今すぐ“志賀真矢”を本法廷に連れてきなさい!!大至急!!」  「了解しました!!」  係官2名がすぐさま書記官室へと駆けていく。  (さぁ・・“Q.E.D.”の決着をつけようじゃないか。志賀真矢さん。)  記憶にメスが遂に入る。  「それでは審理を再開しましょう。」  裁判長はそう告げた。証言台には彼女が立っている。  「証人。だいたいのあらすじは分かりましたね。自分がここに呼ばれた理由も含め。」  「えぇ、分かっています。裁判長。」  志賀真矢。彼女はいたって冷静だった。  「その前に裁判長。私に言わせてください。」  「よろしいでしょう。どうぞ。」  まず、どこから攻めるのかがポイントとなる。  「私が犯人として今1番疑われている。それは分かりました。でも、1つだけ言わせて欲しいんです。 私が何故、お世話になったこころさんを殺害するのですか?」  その言葉は、明らかに上片に向けられて発せられたものだ。  (動機ときたか、早速18年前のことに触れることになりそうだな。)  18年前が動機なのは間違いない。ただ、それに触れることは非常に難しい。  「上片さん・・動機があるんですか?真矢姉さんには?」  上片は1つだけ、宇沙樹に言っていなかった。彼女が“Q.E.D.”であるということだけを。  「分かるさ。審理が進めば。」  自然と口数が減る上片。  「上片弁護士。真矢姉さんに動機があるのかどうか?まずはそれをはっきりさせてもらおうかしら?」  あかり検事はクマちゃんとじゃれながら言う。  「いいでしょう。では、こいつを見てもらいましょうか。」  そう言って上片が取り出したのは、診療所のデータだ。  「こいつは、あの地下室にあったものです。ここには、こころ診療所が行っていた催眠療法の資料があります。」  「催眠療法・・ですか?」  裁判長は聞きなれない言葉に口をポカンとあけている。  「そのとおりです。どうやら、この部屋で催眠療法を日安寺夫妻は行っていたらしいのです。」  資料を見ながら言う上片。資料に書かれているのでそれは間違いないはずだ。  「私の時はなかったみたいね。催眠療法は。」  あかり検事は言う。ない・・正確に言えばその記憶が消されているだけなのだろうが。  「確かに、あかり検事の時には催眠療法がなかったのかもしれない。 何故なら、あなたたちが入所した2001年の資料だけがないのですからね。」  裁判長は疑問の表情だ。  「2001年の資料だけがないですって?」  「えぇ。だから、催眠療法がなかったとも取れます。」  なかったとも・・ここを強調する上片。  「なかったとも・・ですって?」  あかり検事がこの言葉に違和感を覚える。  「そう。なかったともとれる。それが1つ目の可能性。そしてもう1つ。可能性がある。」  「そ、それは一体!?」  簡単なことだ。あったはずのものがない。つまりそれは・・  「盗まれた可能性です。」  「ぬ、盗まれた!?」  クマちゃんを撫でる手は止まらないが、結構動揺はしているはずのあかり検事。  「そうなのです。盗まれた可能性。そして、ここで考えていただきたいのは、 この資料が犯人の隠れた地下室にあったということなんですよ。」  答えは1つだ。  「まさか・・」  「裁判長。そのまさかです。あなたはこころさんを殺害後、地下室に隠れた。 そして2001年の資料を偶然見つけた。だからあなたはそれを盗んだのです!!」  志賀真矢はただ黙っている。何も言わない。  「きっとあなたは、最初からあの資料を探すつもりだったんだ。しかし見つからない。 そんな時、偶然隠れた場所でそいつを見つけたのです。」  「異議あり!しかし、真矢姉さんがどうしてそいつを盗むというの?」  盗んだ理由。これがきっと、直接18年前に繋がるポイントだろう。  「簡単なことです。2001年には志賀真矢を含めた、診療所入所者のデータがあった。」  「でも、それだけじゃ真矢姉さんは・・」   確かに、それだけじゃなんとも言えない。だが、2001年の入所者にはもう1つの共通点があったはずだ。  「同時に、2001年の入所者はある事件に巻き込まれて両親を失った子供たちのデータだったという共通点もあった。 それが答えです。」   「ある事件・・ですかな?」  それは、宇沙樹たちにも当てはまる。いや、彼ら唯一の接点。  「裁判長もご存知のはずです。“DL5号事件”。通称“Q.E.D.”。」  「Q.E.E.ですって・・・・ああっ!!あの連続殺人犯“Q.E.D.”の事件!!」  さすがに裁判長も知っていたようだ。この事件のことを。  「でも、それをあたしがどうして盗んだと?」  ここでだった。今まで黙っていた志賀真矢がポツリと呟いた。  「盗んだ理由。実は、これが最大の理由だったのですよ。裁判長。“Q.E.D.”の事件は時効を迎えましたよね。」  「え、えぇ・・確かにそうですが。」  裁判長は過去の記憶を辿りながらそう言う。時効を迎えたこの事件。遅すぎたかもしれないが、やっと明らかに出来そうだ。  「その連続殺人犯“Q.E.D.”の正体。これが真相だった。」  「しょ、正体ですって!?」  志賀真矢は笑っていた。  「正体・・それが何になるのかしら?」  明らかな挑発。上片は言ってやるしかなかった。  「それが何になるか?簡単なことですよ。“Q.E.D.”の正体が、実は弁護側には分かっています。」  その言葉が、静かだった法廷内を騒がしくする。  「何ですって!?弁護側に時効となった事件の犯人の正体が!?」  「上片さん!!本当なんですか!?母さんを殺した犯人を!?」  「上片弁護士!!私の両親を殺した犯人の正体が分かるって言うの!?」  裁判長・宇沙樹・あかりが同時に上片に突っ込む。だが、1人だけ自分の両親を殺した犯人を知っているのか? と言わなかった人物がそこにはいた。  「すぐ目の前にいます。我々のね。」  「え・・・・?」  宇沙樹はその瞬間、目線の先にいた人物を見て動きが止まってしまった。  「ま、まさか・・・・・う、ウソ・・」  あかり検事もそのまま動かなくなる。  「まさか・・弁護人・・」  裁判長もその目の前の人物を見ながら唖然としている。  「もうおわかりでしょう、18年前の“Q.E.D.”の正体。それこそが彼女、志賀真矢だったのです!!」  「な、何ですっとおおおおおっっ!!!!」  裁判長は思わず椅子から落ちそうになる。  「そ、そんな・・真矢姉さんが犯人!?」  宇沙樹は頭を抱え込んでそのまま床に座り込む。  「う、嘘よ!!」  さらに、動揺を隠せない人物がもう1人いた。  「異議あり!な、何を言っているの!?真矢姉さんも被害者なのよ!!真矢姉さんは、自分の親も自分で殺したというの!?」  あかり検事は涙目だった。  「そのとおりです!彼女は自分の両親を自分で殺したのです!18年前にね!!」  上片は容赦なかった。  「異議あり!しかしっ!姉さんは当時14歳よ!14歳がそんな殺人を犯すなんて、 そんな・・そんな悪魔のようなことはありえない!!」  「異議あり!彼女は悪魔だったのです!!それが事実だ!!」  指を突きつけられたあかりはそのまま床に倒れこむ。  「そ、そんな・・そうなの!?」                          「あなた・・誰?」  交錯する18年前の出来事。だが、あかり検事はその人物の顔を思い出せない。                            「お母さんが・・」    あかりと同様に、宇沙樹も思い出そうとする・・あの日の事件風景。しかし、宇沙樹も肝心の犯人を思い出せない。  それが、2人に働いた自己防衛機能。解離性健忘という名の記憶の弊害だった。  「しかし!彼女が犯人だという証拠がどこあるのですか!?」  裁判長は叫んだ。18年前の事件となると、事件の風化も激しい。だが、上片にはあの資料があった。  「裁判長!彼女が犯人だということは、この資料から分かります!」  上片は例の資料を叩きつけた。  「そ、それは・・?」   「18年前の事件の資料です!まず、ここではっきりさせたいことがある!」  上片は事件の資料で凶器についての説明欄を指さす。  「事件が最初に発生した6月1日から、彼女が両親を殺害した7月9日まで、 刺された被害者の凶器は全てナイフと断定されている。」  志賀真矢は上片を静かにずっと見つづけている。  「だが、その次の小深夫妻が殺害された8月1日からは、凶器がナイフではなく、別のものに変わっている。」  それが意味することはおそらく1つ。  「彼女の両親が殺害された日から、凶器にナイフが使われなくなった。それはどういう意味か?答えは1つ。 それまでの犯行に使われた凶器は、7月9日の事件の凶器だったあなたの家の果物ナイフだったんですよ!!」  志賀真矢は顔色を1つも変えない。  「それまで凶器が見つからなかったのは、あなたが持ち帰ったから、だが、あなたの両親が殺害された日。 警察に凶器は押収された。だから、次からは別の凶器を使わないといけなかった。だから凶器が変わったのです。」  「へぇ・・なるほどね。」  志賀真矢がはじめて言葉を口にした。  「でも、私はあの事件の後、こころ診療所に入所したわ。その後も事件は続いてる。 その間も私は、“Q.E.D.”として殺人を犯したと?」  「そのとおりです。」  というか、それしかない。  「だったら、その証拠はあるのかしら?」  証拠・・実はあったりするのだ。  「では、次に8月1日以降の凶器についてよく見てください。こう書かれています。」  変わった凶器の特徴が、あるものを指し示す。  「切り口が深く、1つの傷が大きくなっていた。とあります。つまり、その後の凶器は果物ナイフよりも、 深く体を刺せて、また1度斬り付けた時の傷がナイフよりも大きいものとなる。」  単純に考えてみる。その凶器の形を・・  「つまり、果物ナイフよりも断然長い刃物となるわけです。そして、左肩から右下腹部を一気に切りつけるなど、 ナイフじゃ不可能。この傷はまさに、刀で切られたような傷なのですよ。」  「!!」  志賀真矢の表情が少しだけ歪んだ。  「か、刀ですって!?弁護人、それはまさか!?今回の事件に使われた・・」  裁判長の言う通りだ。  「そう、今回の事件と同じ刀が18年前犯行に使われていたのです!!」  しかし、真矢はまだ余裕の表情だ。  「確かに、そうかもしれない。でもそれが何になるっていうの?弁護士さん?」  「冷静に考えれば分かることです。あなたが診療所に入所する前は凶器が自宅のナイフ。 入所後は診療所の刀。こんな偶然はおかしいです。」  それにだ。証拠はそれだけじゃない。  「それに真矢さん。あなたの両親は数学者ですよね?」  「そうだけど。それが何か?」  数学者。それが今回の事件のキーワードを生んだ。  「“Q.E.D.”は数学の証明終了で使われることがあります。そして、あなたの両親の論文を読ませてもらいました。 全て文末に“Q.E.D.”があります。」  志賀真矢は目を閉じた。上片は続ける。  「あなたは事件が起きる前から、“Q.E.D.”という言葉を知っていた。 当時14歳だったあなたがどこかでこの言葉を知らなければ、あんな血文字は残せない。 そして、それを最も身近に感じることが出来たのがあなたしかいない限り、犯人はあなたと言うことになる。」  上片は見事にそれを証明して見せた。しかし、志賀真矢を目を開けると、ゆっくりと言った。  「仮に、私が“Q.E.D.”だとしましょうか。それが今回の事件の動機とどう関係が?」  彼女には余裕があった。何しろ、この事件の犯人が自分と証明されても、時効が成立しているためどうにもならないからだ。 あくまで証明するのは“日安寺こころ殺害事件”の犯人ということ。  「じゃあ、考えてみましょうか。それと今回の事件の動機を。」  盗まれた。それとこれは絶対に繋がるはずだ。   「まず、あの診療所の診断書を見てみましょう。あなたは“隔離性障害(解離性健忘)と診断。”と書かれている。」  1時間前。上片は成歩堂からこの隔離性障害の概要を聞かされた。その時ハッとしたのだ。  「解離性健忘とは、一時的に過去の記憶を失ったりすることを言います。宇沙樹ちゃんもあかり検事も。 そして他の人もです。だから、事件の記憶がないために犯人が捕まらなかった。」  ただ、志賀真矢はどうだったのか?それがポイントなのだ。  「そして、あなたも解離性健忘と診断されている。しかし、これは事実なのか?」  この事件の真相がややこしくなったのには、自己防衛の記憶と作られた記憶が絡み合っているからが1番の要因だろう。  「でも、真矢姉さんは殺人を犯すような人じゃない。とっても優しい人なの!」  宇沙樹が言う。まだ、彼女は自己防衛によって封じた記憶が解けていない。  「そうよ!宇沙樹の言う通り、彼女は殺意を持つような人間じゃない。 私にこのクマちゃん2号をくれたのも真矢姉さんなのよ!!なのに何で・・」  あかり検事も同様だ。だが・・  「殺意を持っていたとしたら?」  「だから違う!上片弁護士!何度も言わせないで!真矢姉さんは・・」  殺意を持っていたか否や。彼女自身は確かに持っていなかったかもしれない。だが・・  「彼女は、確かに殺意は持っていなかったかもしれない。でも、もう1人の志賀真矢が殺意を持っていたとしたら?」  「なっ・・何ですって!?もう1人の真矢姉さん!?」  そもそも、診断書にあかりの場合は解離性同一性障害(多重人格)と書かれているが、 日安寺夫妻は、志賀真矢の場合は分かったのだろうか?  「事件後の診断。あかり検事は既に診断時から多重人格障害と分かっていたから、 文面上では“解離性同一性障害を持っていて”と書かれています。だが、志賀真矢の場合はまだ、 誰も彼女が多重人格障害になっているとはきづかなったとしたら・・。」  宇沙樹が隣で信じられない様子で言う。  「まさか、おじさんたちはそれに気づかなかった?」  「そのとおりです。」  だから、文面上には“解離性健忘”としか書かれていなかったのだ。  「きっと、彼女のもう1つの人格がこの事件を引き起こしたんだ。そして、事件後元の人格に戻ったあなたは、 そのまま診断を受けた。実際はもう1人の自分が殺害を行ったから、その時の記憶はもう1人の自分にならないと分からない。」  上片は机を叩いた。つまり、真実は1つ。  「だから、日安寺夫妻はあなたを解離性健忘と間違って診断したんだ!!」  だから、彼らも気づけなかった。志賀真矢が犯人であると。  「しかし、それだとまだ動機の立証には・・」  裁判長がそう言いかける。確かに、それだけだとまだ不十分だ。だが、もしそれに続きがあったしたら?  「裁判長。まだ続きがあります。」  上片はそう言うと続ける。  「確かに日安寺夫妻は気づかなかった。だが、診断後に何らかの形で多重人格に気づいてしまったとしたら?」  それが、複雑な記憶の交錯のきっかけだったら?  「そして日安寺夫妻がその人格を見て、志賀真矢を犯人だと知ってしまったとしたら?」  その言葉を聞いた宇沙樹が反論した。  「でも、もしおじさんたちがそれを知ったら真矢姉さんは警察に・・」  「でも、捕まってないんだ。」  そう、何故捕まってないのか?  「上片弁護士・・あなた・・ひょっとして・・おじさんたちはそれをもみ消したって言うの!?」  あかり検事が真っ先に気づいた。  「そのとおり!日安寺夫妻はそれをもみ消した!そして、彼女がもう1人の人格を出して他の人物から、 “Q.E.D.”だとばれないようにするために、催眠療法を用いてもう1人の人格を封じ込めたんです!!」  そしてそれは、診療所全体を巻き込んだのだ。  「そして、少しでもその記憶が蘇ることがないように、催眠が解けるきっかけとなる、催眠療法を行った部屋を隠そうとした。」  その言葉で、宇沙樹とあかりは頭に何か衝撃が走るような感覚に襲われる。  「そしてまた、同じく催眠療法を受けて、催眠療法と言う名の治療を知っていた入所者の記憶から、 その部屋と催眠療法をしていたという記憶を消したのです!!志賀真矢の記憶が蘇るきっかけを消すために!!」  その言葉を聞いていたあかり検事、急に震えだす。  「あ・・・・・・あ・・あ・・・・・そうか・・・・・だから・・ひみつきち・・・やねうらじゃ・・なか・・っ・・・た」   徐々にあかり検事の記憶から、あの日消された秘密基地などの思い出が蘇る。  「そ、そうか・・そうだったのか・・確かに、確かにあの部屋はあった。そうよ、 宇沙樹・・私たちはあの記憶・・あの記憶を消されたのよ!!」  あかりが両手の拳で思いっきり机を叩くとそう叫んだ。  「静粛に!静粛に!静粛に!」  裁判長は木槌を乱打する。  「そして真矢さん。あなたはその消された記憶が徐々に蘇ってきた。そして今年、事件が起きる直前、 その催眠が解けたのではないですか!?いや・・多重人格に気づいたんだ!!」  上片は真矢に人差し指を突きつける。対する真矢。少しずつ焦りの色が見えてきた。  「だからあなたは、その真相を確かめるためにあの日、診療所へ行こうとした。」  「異議あり!でも、どうして真矢姉さんはあんな時間にこころさんと会うためだけに行ったと言うの!?」  人為的に記憶を封じ込められていたあかりは、とっさに真矢を弁護するために反論した。  「それは、きっとまた記憶を封じ込められるのを恐れたんだ。そして、もしそうなった場合、 そこにいる人間が女性のこころさんだけなら、力づくで抵抗してそれを防げると考えたんでしょう。」  だが、それでもこの事件には大きな謎が残る。  「でも上片さん。だったらどうして真矢姉さんは倉庫なんかに行ったんですか?その意図が分かりませんよ!!」  「そ、そうよ、宇沙樹の言う通りだわ。真矢姉さんが倉庫に行く理由がないわ。そして行く理由がない以上、 真矢姉さんはこころさんを倉庫で殺害してないわ!!」  確かに、そうかもしれない。だが、彼女が倉庫に行った理由は、この法廷での言動ではっきりと分かった。 上片にはそれが、今回の事件最大の動機だと思っている。  「理由か・・よく思い出してみてください。この法廷での真矢さんの言動を。」  「言動ですか?」  裁判長は分かっていない。だが、そこにはあるポイントがある。ヒントは、今現在の彼女だ。  「彼女は今、催眠も解け多重人格も分かっている。つまり、18年前の犯人が自分だとはっきりと今は分かっている。 その状態で、自分は“Q.E.D.”じゃない。そう言っているところがミソです。」  上片は彼女の行動をあげていく。  「診療所でのファイルを盗む・・まるで、自らの手で証拠を隠滅しているようですね。」  「ぐっ・・」  志賀真矢は一瞬だが上片から視線を逸らした。  「つまり、彼女は記憶が戻った今、自らの手で証拠を隠滅しに診療所へ来たんです。」  そう考えれば、倉庫の謎が一気に解ける。  「まさか・・真矢姉さんが倉庫に行った理由って・・!!」  宇沙樹はもうそれ以上何も言わなかった。  「そう、倉庫内にあった凶器の刀を処分するためだったのです!!」  上片は全てを語りだす。これこそが真相だったのだ。  「倉庫へ行くためには鍵が必要。そして鍵は日安寺夫妻の寝室です。だからこころさんが1人のときに、 こころさんに倉庫の鍵をあけて欲しいと頼んだ。だから、こころさんは健次郎さんが持っていてない 倉庫の鍵の代わりにマスターキーを渡した。」  「あった・・刀だわ。」  「ちょっと、何をしているの?真矢?」  「!?こ、こころさん!?」  「だが、処分しようとしたところを見つかった。そして恐らくこころさんは、催眠術で再び記憶を消そうとした。 それを恐れたあなたは・・」  「い、いやあああああああああっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!」  ガンッ!!!!    「倉庫にあったスコップでこころさんを殺害してしまったのです!そして同時に、刀を使って血を出し、 その血で壁に“Q.E.D.”とメッセージを残した!」  「異議あり!しかし、何故そんなことを!!」  あかりは悲鳴に近い叫びをあげる。  「簡単なことだ。そのまま自分が逃走して誰かに罪を着せれば、一連の犯行はその人間の仕業にできると考えたんだ!!」  「でも、それだと刀の処分が!!」  宇沙樹が反論した。でも、それもそう考えればわかる話。  「第1発見者に罪を着せれればそれはもう関係なくなる!!」  そして上片は、そのまま真矢から目を離さずにゆっくりという。  「そして、その次に地下室から例のデータを丸ごと処分するために地下室へ行った。 その際、こころさんから渡されたマスターキーを持って、地下へと通じる薬保管庫の鍵をあけた。」  じっくりと顔色を伺いながら続ける。  「そして、逃げようとした時に健次郎さんが戻ってきた。いや、警官達が駆けつけていたのかもしれない。 きっと、隠し扉を見つけたり、ファイルを探し出すのに時間がかかったためでしょう。 だから、見つかる前に急いでバイクを持って地下室へと逃げ、隠れたわけです!」  これで終わった。上片はそう思った。が、  「弁護士さん。証拠は?」  「え?」  嫌な予感がした。これは今まで、あの成歩堂をも苦しめた嫌な展開だ。  「私がそれらの犯行を犯した。決定的な証拠はどこにあるの?」  「な、何ですって!?」  その志賀真矢の意見に裁判長も同意らしい。  「確かに、弁護側の意見ももっともに聞こえますが、全て推測の上にまた推測を重ね合わせた主張に過ぎません。」  「そ、そんな・・!!(何か・・何か見落としてないか!?)」  宇沙樹が隣でポツリと言った。  「やっぱり、違ったんですよ。」  「何だって・・」  「真矢姉さんは犯人じゃなかった。」  それを聞いた上片は憤った。  「それで、真矢さんも救われるのかい?」  「!!」   上片は姿勢を元に戻す。いつもどおりの開廷した時と同じ状態に。そして一言。  「僕は、真矢さんを救うためにも戦っているんだ。宇沙樹ちゃんやあかり検事は間違っている。」  「ど、どうして・・」  上片は、1つの賭けに出た。  「裁判長!弁護側は要請します!志賀真矢の身体検査および、自宅の捜索を!!」  「な、どういうことですかな!?」  彼女が犯人なら、当然ある証拠があるのだ。  「裁判長。倉庫や薬の保管庫を開けるために使われた。マスターキーがまだ見つかってないのですよ。」  上片は自信満々に言った。  「あ!!そう言われてみれば!!」  上片は机を叩いた。今度こそ終わりだ。  「彼女の身体検査及び、自宅の家宅捜索の結果。マスターキーが見つかった場合、 犯行現場である倉庫に入ったのも彼女ということになる。つまり、それが決定的な証拠となるのです!!」  「うぐっ!!!!!」  真矢が核心をつかれた顔をする。これでこの長い法廷も・・  「異議あり!」  終わらなかった。次に反論したのは・・  「あ、あかり検事!?」  あかりはクマちゃん2号を撫でながら言う。  「その捜索は認められないわ。」  「な、何でですか!?」  それには、ある意味もっともらしい疑問があった。  「真矢姉さんが犯人だったら、そんな用なしのマスターキー。処分しているはずよ。」  「なにっ!?」  今まで以上に嫌な予感がしてきた上片。  「処分している可能性があれば、捜索の意味はない。」  「しかし、ないということは処分したということだから、それでも彼女が犯人に・・」  だが、甘かった。  「でもそれだと、彼女が処分した証拠もない。」  「うっ・・!!」  あかりは笑いながら言った。  「序審においてそんな無駄な家宅捜索や身体検査は許可できないはずよ。裁判所も。 あなたがそこまでしてマスターキーを見つけたいなら、マスターキーを彼女が持っている という100パーセント断言できる証拠が必要なのよ!処分せずに持っているというね!!」  「そ、そんな馬鹿な!!」  持っている証拠。そんなものがあるというのか?  「発想を転換しましょう。上片さん。」  その言葉でふと我に返る上片。  「う、宇沙樹ちゃん!?」  宇沙樹は上片から目をそらしながらも言う。  「これが、真矢姉さんのためになるんですよね?」  「宇沙樹ちゃん・・」  上片はなんとしてでもその証拠をあげねばと決意した。発想の転換。これから何か見えるか?  (志賀真矢がマスターキーを持っているとしたら、何故処分しないのか?・・・・待てよ!)  きっとこの時、上片の頭の中では成歩堂がやっている“発想の逆転”と同じことが起きていたのだろう。  (18年前の証拠を処分するためにマスターキーで倉庫を捜索していたんだよな・・ だったら、まだ持っているとしたら・・処分していない証拠があるんじゃないか!!)  まだ見落としている18年前の事件の決定的な証拠。それがあるとしたら・・その時だった。 上片の目の前にあかり検事の姿が映った。  (あかり検事・・・・・・・・・・・・・・・・あああああああああああっっっ!!!!!!)  今度こそ、遂に糸口を見つけた。  「裁判長!!彼女は100パーセント持っています!マスターキーを!!」  この言葉に法廷内がざわめく。  「静粛に!静粛に!どういうことですか!?弁護人!?」  上片はゆっくりと語りだす。  「つまり、彼女は何故殺害後、診療所に戻ってきたのか!?ということです。」  「何ですって!?」  あかり検事はその意図が掴めずにいる。  「実は、まだ処分しなければならない証拠が診療所には残っていたのです! そう、18年前の事件の決定的証拠に繋がるものが!!」  「面白い・・弁護士さん。それは何だって言うの?」  真矢には絶対にばれない自信があるのだろう。だったら、ここで全てを明かすのみだ。  (もしここで逃したら、100パーセントマスターキーは処分される! だって、彼女はこの法廷に来て意外な事実を知ったのだから!!)  上片は机を叩くと、例の成歩堂が持ってきた資料を叩きつけた。  「6月1日。あかり検事の両親が殺害された日です!あかり検事!自らの記憶を良く思い出してください!!」  「なっ!?私!?」  あかり検事はいきなり自分に上片がそう言ってきたので戸惑っている。  「いいですか!?クマちゃんはどこに消えたのですか!?」  あかりの両親が殺害された事件。資料には補足にこう書かれていた。 娘であるあかりのクマのぬいぐるみが行方不明・・と。  「そ、それは・・・・・」                         「あなた・・誰?」  そこには真っ赤なナイフを持った誰かがいた。そして、お母さんとお父さんは動かない。              「おかあさぁぁぁん!!!!おとおさぁぁぁぁん!!!!」  そして私は、自分も殺される気がした。その時・・犯人の顔を見て・・                         「お・・女の子?」  女の子!!!?              「ぬ、ぬいぐるみは・・す・・すきでしょ?女の子だから・・」  あ、頭が痛い・・思い出せそう・・けど・・思い出せない・・                    「これ・・あげるから。殺さないで・・。」  !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!  あかりはハッと顔を挙げる。  「そうよ・・あげたんだわ。クマちゃん1号を犯人にあげたんだわ!!」  法廷内がその言葉でさらに騒がしくなる。  (やっぱり・・やっぱりそうだったか!!)  「静粛に!静粛に!ふむぅ・・確かにそれなら熊のぬいぐるみが消えたのは説明できます。しかし、それが一体?」  上片は、全て1本に繋がった真相を手繰り寄せるかのように言った。  「よく思い出してください。犯行現場はどれも血文字が残されていました。つまり、それだけ血も飛び散っている。 当然、当時幼かったあかり検事にも、そのクマちゃん1号にも血は付着しているはずです。」  血が付着・・それこそが1つ目の問題。  「そして、それをあかり検事は犯人に渡した!」  それが2つ目の問題。  「そして、これが最大のポイント。あかり検事が今もっているクマちゃん2号は誰から貰ったのか?」  よく思い出してみれば、記録があるはずだ。それはちょっと前のことだ。                        ※    ※    ※  「でも、真矢姉さんは殺人を犯すような人じゃない。とっても優しい人なの!」  「そうよ!宇沙樹の言う通り、彼女は殺意を持つような人間じゃない。 私にこのクマちゃん2号をくれたのも真矢姉さんなのよ!!なのに何で・・」                        ※    ※    ※  「あ!!!!!!!!!!!!!!」  あかり検事が叫んだ。そう、とんでもない思い違いがそこにはあったのだ。  「当時、真矢さん・・あなたの中にいたもう1人の自分が犯行を行っていた。 そして、もう1人のあなたは、血の付着したクマちゃん1号を処分すべきと考えた。 だが、処分する前に人格が殺人犯でない志賀真矢に戻った。そして、クマちゃん1号の入手ルートも重要性も忘れてしまった。」  これはすべて、記憶が複雑に絡み合った結果。  「だから、あなたが診療所に来た時、持っていたクマちゃんのぬいぐるみは、あの時の“クマちゃん1号”だったのです!!」  そう、そしてあかり検事は勘違いを起こした。  「そしてそれをあなたは、あかり検事にあげた。何も思い出せないまま!そしてそれをもらったあかり検事は、 クマちゃん1号を“クマちゃん2号”命名し、全く違う人形として扱った!!それを18年後あなたは思い出したのです!!」  さらに、そこを彼女はもう1つ勘違いをしたのだ。  「真矢さん。あなたはあかり検事がそれを、こころ診療所において退院していったと思い込んだのです。 だから、マスターキーを使って診療所内の部屋を捜索し、その致命的な証拠を処分しようとした! だから殺害後あなたは診療所に戻ってきたんだ!!」  「うっ・・っぐ・・」  志賀真矢は何も言わない。  「両親の血がついたクマちゃんが見つかれば、すなわちそれはあの時消えたぬいぐるみ。 それをあかり検事が、あなたから貰ったと証言すれば、あなたは窮地に追い込まれる。だから処分しようとした!」  そして今、彼女は初めて気づいたことになる。彼女はまだ自らの手にそのクマちゃんを持っていることに。  「よく考えてみれば、1日にあかり検事が来た時は、クマちゃんを手に持っていなかった。 きっと昨日見たリュックか何かの中に入れていたのでしょう。そして今、あなたは早く処分したいに違いない。マスターキーをね。」  何しろ、マスターキーを使う必要性はもうないのだから。  「さぁ、どうですか!?志賀真矢さん!!」  志賀真矢は何も言わなかった。だた、ポケットから1つのあるものを取り出した。  「真矢姉ちゃん・・それは!?」  あかり検事は愕然とした。宇沙樹もそれを見て同じ反応をする。  「マスターキー。お返ししますね。」  そう言うと志賀真矢は、ゆっくりと係官に連行されていった。  宇沙樹とあかりはともに・・・・泣いていた。  「これで、全てが終わったのですね。」  裁判長はあざみを証言台に立たせると静かに言った。                             「無罪」  無罪を祝う紙吹雪が、どこからともなく舞った。  それに対して、2人の涙は対照的なイメージを上片に与えた。  エピローグに続く

あとがき

序章最後の法廷。いかがでしたでしょうか? 長かったですね。とても・・。 しかしそれにしても、真矢さんは口数少ない人だったな。 まぁ、イメージというか最初から口数少ない人という設定だったので。 しかし、なんて言うか初めて法廷らしくない法廷を書いた気がします。 今までの謎を明かすことだけに重点を置いていたため。 まぁ、もともといつもよりは少し変わった小説になる予定だっただけに、そこは想定内かな。 最後に、微妙なエピローグを書いて、序章は終わりにしたいと思います。 それでは・・。

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