Q.E.D.〜逆転の証明〜(第4話) 「それは一体どういう意味ですか?」 聞かずにはいられなかった。僕はあかり検事に尋ねる。内部犯しかあり得ない。どういうことか? 「簡単なこと。あの診療所へ向かうためには、ある道を通らなければならない。」 「ある道?」 イマイチ吾童山の近辺の地図が頭に入っていないだけに辛い。 「刑事。あなた、地図を持っていたわよね?」 「持ってるッスが?」 「それをあの弁護士にあげなさい。命令よ。」 「りょ、了解ッス!」 地図が無理やり糸鋸刑事の手から僕の手に渡った。 <吾童山近辺の地図> こころ診療所が奥にあることが分かる。その他には葉桜院や奥の院。極楽庵などと書かれた部分もある。 「その地図から分かるわよね?あなたたちも通ったはずよ。まぁ、地図には載っていない茨道だから 分からないかもしれないけどね。」 僕は理解できない。宇沙樹ちゃんが横で解説をしてくれる。 「上片さん。ここですね。ちょうど地図で言う、葉桜院への正面を過ぎたあたりのここです。」 と指された場所は、その先の一本道から明らかに逸れた部分。 「道なんてないじゃないか!?」 「まぁ、歩きで森を1つ突っ切りますからね。」 宇沙樹の言葉に愕然とした。遭難する可能性のある森を突っ切っていたわけか!? 「まぁ、そっちのほうが近道なんですよ。」 宇沙樹は笑いながら言う。まぁ、森が庭なのだろうか? 「実際、派出所の警官も、殺人と聞いてそこでパトカーを乗り捨てて走っているわ。 車が通れる道だとあと30分はかかったでしょうね。大回りだから。」 つまり、葉桜院まで車で行き、そこから歩きで森を通ると合計30分で、 車道を通ると合計1時間ということだろう。 「そしてね。あの日、解剖記録から殺害された時間が午前5時30分から50分。 車で行ったなら午前4時30分から午前6時50分の間に、森を通ったとしても、 午前5時から午前6時20分の間に葉桜院の前を通過していることになるわ。」 まぁ、そんな感じだろうが、それで外部犯がいないと言う結論が何故出るのだろうか? 「駆けつけた警官達は、真っ先に診療所内の様子を調べたわ。ここから外部犯が逃げたとしたら、 自分たちの通った道で会うはずだしね。」 「つまり、誰にも会わなかったとしたら、診療所内に隠れていると?」 「そういうこと。」 確かに、その考えは正しいかもしれない。 「それであかり検事。診療所内に怪しい人物はいたのですかな?」 裁判長はわかっていない。この検事がそんな人物がいたとしたら、あざみさんを起訴してるわけがないじゃないか。 「裁判長。いなかったら被告人は起訴されたのよ。」 「ふむぅぅ・・そうですか。」 それにしても、これはとても状況としては最悪だ。でも、まだ勝機はあるはずだ。何故なら、道は1つじゃない。 「異議あり!それだけで外部犯が居ないと決め付けるのは早すぎます!」 検察側に指を突きつけて叫ぶ。 「どういうことかしら?」 簡単な話じゃないか。道は2つある。これが答えだ。 「それは森を突っ切った場合です。しかし、犯人が車道を通ったのなら話は別です。」 「あ、それは確かにそうですな!」 裁判長はこの主張でもう1つの道の存在を思い出す。この裁判長・・うっかりしてるとすぐに判決を下しそうだ。 「とにかく、検察側がその車道を外部犯が通っていないということを主張できなければ、外部犯説は残るはずです!」 してやったり、これであのあかり検事も反論は出来ないはずだ。思わず僕は勝ちを確信した。が 「上片さん。甘いですよ。それだけじゃ。」 「え?」 宇沙樹は依然、厳しい表情だ。 「ふふっ、甘いわ。上片弁護士さん。」 「!?」 「私が彼女を起訴したのは、重層的決定に基づいてよ。」 クマちゃんを撫でながら笑っている。どこまで余裕なのだか・・ 「じゅ、重層的決定?」 そして、その辺の言葉使いは刀技を学んだらしい。嫌味なのかイマイチ分からない。 「刑事。葉桜院の目撃者の話をして。それで全てが明らかになるわ。」 「了解ッス!」 葉桜院の証人だって!?どういうことなんだ!?僕はまだ攻撃手段を持っているあかり検事に正直驚いた。 「葉桜院。ちょうど診療所の通り道にあるお寺ですね。ちょっと覚悟したほうがいいかも・・」 宇沙樹は葉桜院の証人と聞いて真っ先に顔色を悪くした。 「よろしい。では刑事。その葉桜院の目撃者の話を証言するように。」 どうやら、ここが本日最後の大きなポイントのようだ。外部犯についての。 「葉桜院には事件前日の31日から、住職と霊媒師2人がいたッス。どうやらその2人は、寺の仕事を手伝いにきたらしいッス。 そして、翌日の1日の午前5時から、門の前で掃除をしていたらしいッス。その時はっきりと証言してるッス。 警官以外は誰も葉桜院の前を通らなかったと。午前7時まで門の前にいたそうッスから外部犯はこれでいないと言えるッス。」 一通りの証言が終わる。法廷内が少しだがざわつく。 「葉桜院からは車道と森への2つの分かれ道を通過する人間が、絶対に通らなくてはならない道。 つまり、そこから誰も通っていない目撃者が居るということは、外部犯は居ないということなの。」 クマちゃんの目が一瞬だが、上片を睨んだ。 「!?(あ、あのクマちゃん、睨まなかったか!?)」 「まぁ、間違ってはないと思いますよ。それ。」 宇沙樹はクマちゃんを見ながら言った。どういうことか? 「それでは弁護人。尋問をお願いします。」 「分かりました。」 それにしても、1つの疑問がある。 (どうしてあかり検事はその霊媒師を証人として召喚しないんだ?) 「まぁ、あかりのことだから何か、都合の悪いことがあったんでしょうね。」 さすが、友人というだけ分かっている。だったら、その都合の悪いことを引っ張り出すしかないだろう。 「糸鋸刑事。本当にその霊媒師は誰も見ていないのですか?その午前7時まで警官しか。」 「見てないッスよ。それは証言であきらかッス。」 明らかねぇ・・だったら、1つ聞かないとな。 「それだったら何で、その霊媒師を証人として召喚しないのですか?」 「え・・」 「あ・・」 糸鋸とあかりが沈黙する。どうやら、ビンゴのようだ。 「弁護人はその目撃者である霊媒師に尋問をする義務があります。弁護側は要請します。」 問題はこれで状況が打破できるかだ。しかし、今より悪くなることはもうないだろう。 「その霊媒師を証人として召喚してください!!」 「うっ・・・・それは・・」 あかり検事の顔が初めて曇った。 「確かに弁護側の言う通りですな。あかり検事。その霊媒師を証人として・・」 「うるさいっ!!」 「はい?」 裁判長が上片の意見を聞き入れ、検察側にそう命令しようとした時だった。 「うるさいわね・・その必要はない!!」 「あ、あかり検事!?」 あかりの言動が突然変わった。 「その被告人が犯人であることは間違いないわ。霊媒師の召喚は認めないわ!!」 認めないって、検察からそう言われてもそれは困る。 「異議あり!検察側にその権限はない!裁判所命令は絶対です!」 「異議あり!この被告は絶対に有罪よ!そんな黒を白にする、悪徳弁護士にとやかく言われたくないわ!」 「な、何ですって!?」 口喧嘩に発展しそうな勢いだ。 「一体何を企んでいるというの!?そこの弁護士は!?」 「異議あり!何を言っているんですか!?そんなことが目的で僕はここに立ってはいない!!」 もう周りの傍聴人達の声も、耳に入らなかった。 「静粛に!静粛に!弁護側、検察側!ともに落ち着きなさい!!」 裁判長が木槌を叩きまくる。が、正直それでもこの2人の口論はやまない。 「何を言ってるの!?そんな目的で立っていないというなら、そんなことは言えないはずよ!」 「しかし、真実をここで見極めるのが裁きの庭に居る僕たちの使命です!」 「使命!?だったら有罪で十分じゃない!?あなたに分かるというの!?大切な人が消える痛みが!? 宇沙樹、あなただってそれは分かるはずよ!!」 宇沙樹ちゃんにそう呼びかけるあかり検事。大切な人。確かに、この2人にとってこの被害者は大切な人だったはずだ。 「あかり、それでも私たちはここに居る以上、真実を見極めなくてはいけないの。」 「う・・さ・・ぎ・・」 それにしても、あかり検事が動揺しすぎている。 「みんなどうしてなにもわからないの・・・・・・みんな・・みんな・・」 よく分からないが、今のうちにもう1度申請するべきなのだろうか。 「裁判長!弁護側は霊媒師の証人としての出廷を要求します!」 「異議あり!検察側は認めない!犯人は誰が考えても被告人よ!」 裁判長に必死に要請をする上片に、食いついてくるあかり。 「異議あり!何度も言わせないでください!それは最終的に裁判長が判断することだ!」 「うるさいわね・・アンタみたいな弁護士がいるから犯罪者が次々と無罪判決を受けるのよ!」 「何ですって!?」 とうとう2人のテンションは怒りというところに達してしまう。 「アンタみたいな腹黒い弁護士がいるからこの世界は腐っちゃうのよ!!」 ズバンッ!!!!! その瞬間、茶色い何かが弁護席に向けて飛ばされた。 「うわああああっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!」 ドテッ!!!!!!!! 「か、上片さん!?」 僕の顔には、あのあかり検事のクマちゃんが噛みついていた。 「な、何をしてるのですか!?検察側は!?」 裁判長も驚いた様子で検察側を見ている。 「くっ・・あ・・あぁ・・」 「どうしました!?上片さん!?」 宇沙樹が上片の異変に気づく。上片は必死に顔に噛み付いたクマちゃんを取り払うと、床を見渡す。 「弁護側もどうしましたか!?」 だが、正直その裁判長の声も聞こえていない。何故なら、上片の聴覚をつかさどるレシーバーが・・ 「あ、上片さん!!レシーバーが・・!!」 上片はクマちゃんに噛み付かれそのまま、頭を壁に強打した際に、その衝撃でレシーバーが2つとも取れていた。 しかし、災難は続いた。 「あ・・レシーバーが・・」 上片の右耳のレシーバが、見事に宇沙樹の足によって潰されていた。 「あ・・あった。左耳・・」 上片はやっとのことで左耳のレシーバーを見つけ出し装着する。だが、 ガガーーザザー 落ちた衝撃で壊れていた。上片のレシーバーは小さく、非常に精密で衝撃に弱かったのだ。 「あ、あかり検事・・」 「何よ。まだ何か汚い考えでも持ってるわけ!?」 聞こえない。だが、口の動きで言いたいことの8割は分かる。 「何がやりたいってんだ!!あんたがやってることは検事としてはあるまじき行為だ!!」 「何ですって!?」 「そもそもこんなもの投げつけて・・レシーバーがダメになったじゃないか!!どうしてくれるんだ!!」 耳が聞こえない。とは思えないほどの反論をする上片。 「そもそもこんなものを法廷に持ってくるのはおかしいでしょう!!」 クマを検察側に投げ返す上片。 「静粛に!静粛に!静粛に!もう何度止めれば気が済むのですか!?」 裁判長の顔は心なしか厳しい。 「上片さん!熱くなっちゃダメです。もう裁判長50回は木槌を鳴らして静粛に!と叫んでいるんですよ!」 だが、レシーバーのない上片にどこまでそれが伝わったことか、正直、このままでは上片は弁護は出来ない。 「度重なる静止も聞かず、裁判の進行をここまで悪くする検察側・弁護側は初めてでまた異例です! 検察側、裁判所の要請をこれ以上聞かない場合は、法廷侮辱罪を命じますぞ!」 「ぐっ・・」 あかり検事はやっと落ち着きを取り戻すと、動かなくなった。 「そして弁護側。あなたもあなたです!あなたにもこれ以上審理の妨げになるようなことをしたら、法廷侮辱罪を命じます!」 が、上片はそれどころではない。レシーバーの破損により、耳が聞こえなくなったのだから。 「裁判長。弁護側はこれ以上の審理は無理です。」 宇沙樹が裁判長に今の状況を伝えようと必死になる。 「上片さんのレシーバーがダメになっちゃ、上片さん。耳が聞こえないんです!!」 法廷内はその言葉で再び騒がしくなった。 「弁護人のレシーバーが!?それは困りましたな。ふむぅぅぅ・・」 裁判長は考え込む。最悪の場合。審理の延長がありえるが・・ 「ふふっ、心配は要らないわ。弁護人はもう1人居る。」 「!?」 あかり検事の顔はとても恐ろしい何かを感じさせた。 「どういうことですかな?検察側?」 「簡単なことよ。裁判長。そこにもう1人弁護士が居るじゃない?」 そこで真っ直ぐに指された指は、宇沙樹を指していた。 「なっ!?わ、私ですか!?」 指された宇沙樹は困惑している。 「しかし、彼女に弁護士資格はないのでは!?」 裁判長の言う通り、宇沙樹にはまだ弁護士資格がない。だが、次に放ったあかりの一言は、あまりに無茶なものだった。 「そういうわけじゃなくってよ。裁判長。つまり、あの弁護士の耳がダメなら、 その耳の代わりを彼女にしてもらえばいいということ。」 「耳の代わり・・ですか?」 あまりにも無茶なその主張。 「まぁ、そこの弁護士の耳と口の代わりをしてもらえばいい。それだけよ。」 それだけよ。ではない問題だ、確かに伝達くらいなら可能かもしれない。 だが、裁判のようにスピードを要する出来事なら話は別だ。とてもじゃないが、1日あっても終われない。 「まぁ、確かにそれなら出来るでしょうな。」 「えっ!?」 しかし、序審はスピード勝負。裁判長は速攻で決断を下す。 「分かりました。鹿山宇沙樹に上片正義の緊急代理を許可します!」 「な、何ですって!?」 その決定に、1番驚いているのは宇沙樹。そして、1番嬉しがってるのはあかりだ。 「ふふふ・・良かったわね。長年の夢が早く叶ったじゃない。私に感謝することね。」 「あかり・・憶えてらっしゃい。」 つまりこれは、早い話素人の宇沙樹に弁護をさせるということであって、圧倒的に弁護側の不利を意味する。 つまり、霊媒師の出廷を拒否したあかりにとって、その尋問相手が弁護士ではないということが、どれだけのことを意味するか? 分からない者はいないだろう。 「それじゃあ、その霊媒師を入廷させようかしらね。」 あかりの笑みが全てを物語っていた。 「係官!事件当時葉桜院にいた霊媒師。綾里真宵を入廷させなさい!」 「あ、綾里真宵ですって!?」 その言葉に、さらに宇沙樹は驚愕した。 「それでは証人。名前と職業を。」 そこには本当に意外な人物が立っていた。 「綾里真宵。霊媒師兼成歩堂法律事務所の副所長をしています。」 まさか、皮肉にも上片たちの恩人がここで登場するとは・・ 「あっ、宇沙樹ちゃんに上片さん。お久しぶりです。」 真宵をちょこんとお辞儀をする。2人も真宵にしかえす。だが、正直冷や汗まみれだ。 「それじゃあ、証言をお願いするわ。」 「分かりました。」 いよいよ、あかり検事が隠したかったであろう霊媒師の問題の証言が始まる。 「あのですね。私。はみちゃんと一緒に朝の5時くらいから門の前で掃除をしていたんですよ。 朝の7時くらいまでいろいろと門の前でしてたんですけど。途中パトカーが猛スピードで通過したのしか見てないんです。 それ以外は誰も通ってませんでした。」 証言が終わる。裁判長は尋ねる。 「証人。はみちゃんとは?」 「あっ、私のイトコの綾里春美って子です。私よりよっぽどいい子なんですよ。」 それを自分で言うか? 「なるほど。そう言えば前にもそんなことを言っていましたな。」 裁判長はあの事件を思い出したのだろうか?何かに浸っている。 「それでは、弁護人を尋問をお願いします。」 「わ、分かりました。」 宇沙樹は緊張した様子で言った。 「宇沙樹ちゃん・・大丈夫かい?」 その口の動きから、何となく緊張していることを感じ取った上片が心配して声をかける。 「大丈夫ですよ。私だって上片さんの法廷見てるんですから。少しくらい分かりますよ。」 「そうか・・ならいいんだけど。2つだけ言っとくよ。揺さぶりは少しでも怪しいと思ったらしたほうが良い。 あとは法廷記録をよく見ることだ。」 「分かりました。」 とにかく、初めての尋問が始まる。 「あの、真宵さん?」 「あれ?宇沙樹ちゃんがするの?尋問?」 早速、真宵の勢いに飲まれそうになる宇沙樹。いつもなら大丈夫なのだが、初めての尋問だと話は別だ。 「えぇ、上片さん。レシーバーが今壊れてて。」 「へぇ、そうなんだ。大変だよねぇ。なるほど君でも連れてこよっこか?」 笑いながら言ってくれる。そうだと非常に助かるのだが・・ 「異議あり!証人。お喋りはそこまでよ。まぁ、弁護側にもいろいろあるの。質問は控えてあげて。」 「えー、でもでも、宇沙樹ちゃん弁護士じゃないですよ。」 それでもしつこく食い下がる真宵。 「それは私が許可しましたので、証人は安心してください。」 裁判長がそう言った。まったく、余計なことを言ってくれる人だ。 「そうなんですか・・何か釈然としないなぁ。」 「釈然としなくても尋問は行われるわ。さぁ宇沙樹。尋問を頼むわ。」 かなり容赦ないあかり。 「む・・(憶えてらっしゃい。いつか復讐してやるわよ。)」 女は怒らせると怖いものだ。 「それで、本当に誰も見ていないんですか?真宵さん?」 「うん。それは確かだよ。はみちゃんもそれは間違いって言ってたしね。」 どうも、これ以上突っ込む余地がないところが厳しい。 「宇沙樹ちゃん。一応、困った時は関係ないような質問をしてみるのもいいさ。」 困った様子の宇沙樹を見てそうアドバイスをする上片。上片自身も、人の表情を見て発言するのは苦労しているようだ。 (うーん・・なるほどねぇ。) まぁ、やってみないことには始まらない。とりあえず、その関係なさそうな質問を考えてみる。 「真宵さん。それにしても早起きですよね。5時なんて。」 が、関係ない質問にもその度合いがある。これはさすがに関係なさ過ぎだ。 「はは、まぁ・・私も朝は得意じゃないんだけどね。3時か4時くらいに1度目が覚めちゃったから。あの日はばっちりだったの。」 まぁ、そんな質問にも明るく答えてくれるのが真宵の長所だ。 「それにしても弁護人。この質問、何か関係あるのですか?」 裁判長が尋ねるが、正直そこが難しいところだ。何かこの証言。引っかかるところはあるだろうか? 肝心の上片は真宵の証言を、口の動きだけでは理解できていないはず、伝えたところで今の上片が 満足な攻撃が出来るとも考えられない。頼りになるのは自分の経験のみ。 (この証言、何か気になるところはあるかな?) ここからさらに尋ねるとしたら、この質問しかないが・・ 「真宵さん。何でそんな時間に目覚めたんですか?」 「え?どういうこと?」 宇沙樹は吾童山をよく知っている。だから、1つだけ気になるのだ。 「あの山、とっても静かなんですよ。それなのに、何でそんな時間に目覚めたのかな?って。」 「あぁ、そのことかぁ・・それはね」 真宵がその質問に答えようとした時だった。 「異議あり!本件とこの質問内容は関係がないわ。よって却下を。」 (!?あかり・・?) まったく口出ししなかったあかり検事が、ここで初めて口出しした。それがしかも異議。 (どうやら、あかりはこの質問を恐れていたのね。) そしてまた、その異議は宇沙樹に確信させた。これが検察側の穴なのだと。 (付き合いが長いから分かる。これは、間違いなくこの状況をひっくり返すポイントよ!) 宇沙樹は机を両手で叩くと叫んだ。 「異議あり!そんなことはないはずです。裁判長!弁護側の質問には重要な意味があります!」 重要な意味。それは間違いないはずだ。 「分かりました。証人。弁護側の今の質問に答えてください。」 「裁判長!?」 あかりが悲鳴をあげた。まさか、宇沙樹にここを突かれるとは想像していなかったのだろう。 「うーん、まぁ・・大した意味はないんですけどね。車のような何かのエンジン音で目が覚めたんですよ。 ひょっとしたらバイクかもしれないけど。」 (車かバイクの音?) 確かに、あの夜が静かな吾童山なら目が覚めるだろう。しかし、一体どういうことなのか? 「ふむぅ・・車かバイクの音ですか。弁護人。どうですか?これは何か重要ですかな?」 重要なのか否か、全く分からない。 「言うまでもなく重要なわけがないわ。それで検察側の内部犯説を弁護側が打ち崩すことも不可能はずだしね。」 ただ、1つ言うとしたら。 (やっぱり、昔から危なくなると余計なことを言う癖は治ってないようね。) 昔からあかりを知っている宇沙樹なら、ここから安易に予想できた。これが内部犯説を打ち崩す何かに繋がることが。 「多分。これは重要なはずです。非常に弁護側にとっては。」 宇沙樹は自信満々に言ってやった。 「ハッタリは良くないわね。」 「どうしてハッタリだと言い切れるの?」 あかりと宇沙樹。互いの探りあいだ。 「だって、これであなたは私たちの主張を崩せるの?犯人は外部犯ではありえないということを?」 そこが何度も言うがポイントだろう。外部犯ではない。それを打ち崩すことができるか? (よく考えるの。外部犯が居たということを証明するには、あの道を通ったことが証明できれば良い・・・・・・!?) そして今、ある仮説が宇沙樹の中で生まれた。 「ふふっ。」 「!?何・・何かおかしいことでもあった?」 あかりはその宇沙樹の笑い方を昔から知っていた。そして悪寒がした。何故なら、 この笑い・・宇沙樹が何を企んだ時の笑いだったからだ。 「異議あり!あかり、できるわよ。今の証言で十分なほどの主張がね。外部犯説の。」 「何ですって!?」 あかりはクマちゃん2号を撫でながらも、その顔は困惑している。 恐らく、宇沙樹がこのことに気づくのを予想できなかったのだろう。 「いい。午前3時か4時ごろに車かバイクの音。まぁ、実際真宵さんが見ていないにしろ、これだけは明らかよ。」 「その、明らかなこととは!?」 裁判長は宇沙樹でも気づくようなことに分かっていない。 まぁ、宇沙樹としてはあかりをやり込めることが出来るだけでも嬉しいのだが。 「簡単なことですよ。つまり、その時間帯に何者かが車かバイクで、診療所へ向かったということが考えられるのでは!?」 「あ・・」 「おっ!?」 裁判長が驚きの声をあげ、宇沙樹の隣にいた上片は、その美妙な状況の変化を感じ取る。 「異議あり!何を言ってるの?その時間は死亡推定時刻の1時間も2時間も前じゃない!?」 「異議あり!でも、それなら1つだけ言えることがあるわ。」 宇沙樹は笑っていた。その笑いにさっきから悪寒しかしないあかり。 「ど、どういうことかしらね?」 「簡単なことよ。あの時間真宵さんたちが、現場へ行く外部犯を目撃できたはずがない。 何故なら、犯人はそれよりも早い時間に葉桜院前を通過していた。それなら、真宵さんたちが外部犯を見てなくても筋は通る。」 確かに筋は通るかもしれない。だが、これにはいくつかの問題点があった。 「異議あり!まぁ、それなら現場へ向かう犯人を見ていないことは分かるわ。 でも、逃走した犯人が目撃されていないのはどう説明するの?」 「!?」 そう、そこが次のポイントだ。 「言っとくけど。死亡推定時刻が5時30分から50分と出ているからには、その時間以後に犯人が逃走したことは明らかなのよ。 それだったら、犯人は葉桜院で証人に目撃されているはずじゃない!?」 「うっ!?(確かに、それは言えている。でも・・どこかにヒントはあるはず!)」 考えてみる。逃走中に目撃されなかった。だとしたら、ポイントはどこなのかと? (つまり、逃げた外部犯が葉桜院前で目撃されていないってことは、犯人は葉桜院前を通っていないってことよね。え!?) 通っていない・・これがもし答えだとしたら? 「ねぇ、あかり。犯人は葉桜院前を通らないように逃げたんじゃなくて、葉桜院前を通らなかったのだとしたら、どう思う?」 「な、何ですって!?」 もしそれが答えなら、とんでもない事実が明らかになるかもしれない。 「そんなバカな。葉桜院前を通らなかったとしたら、犯人は・・」 「犯人は隠れていたことになるわよね。」 あかりの言葉を遮って、宇沙樹が言った。隠れていた。だが、 「異議あり!でもね。警官達が必死になって診療所内を、そして、応援に来た警官達も、吾童山一帯を調べているのよ! それこそまさに大捜索。地図上にある森の中から、極楽庵という名のボロ小屋に、奥の院といわれるところまで、 葉桜院の住職の許可を得て捜索している。それでも誰も見つからなかったから、被告を起訴したのよ!」 かなり調べ尽くしている。だが、1つだけ調べていないところがあるような気がしてたまらなかった宇沙樹。 「あのさ。あかり、1つだけ捜索し忘れているところがない?」 「!?」 そう、診療所出身の宇沙樹だから感じた。その感じ。 「あかり。あなたも知ってるはずよ。もしかして、ここだけは警官達が見落としたんじゃない!?」 宇沙樹は診療所内のある場所を思い浮かべていた。 「こころ診療所の屋根裏部屋は調べたの!?」 「!?・・・・・・・・・・あああああああああああっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!」 あかりがやっと、そこの存在を思い出したかの様子で叫んだ。法廷内が騒がしくなる。 「静粛に!静粛に!べ、弁護人!?ど、どういうことですか!?屋根裏部屋!?」 裁判長は声が裏返っている。 「そうです!こころ診療所には屋根裏部屋が存在しているのです!2階の物置部屋の屋根の部分にね!!」 屋根裏部屋。もしそこを警官が調べていなかったら、そこは唯一の盲点ととなる。 「確かに・・そこだけは調べていないわ。刑事たちの報告だと・・」 あかりのクマちゃん2号を持つ手が震えている。 「だったら簡単な話です!外部犯はそこに隠れていたのです!!」 「異議あり!ちょっと待ちなさい!宇沙樹!それだと大きな問題があるわ!」 大きな問題?宇沙樹は首をかしげる。 「いい?確かにあの屋根裏部屋。人は入れる。でも、外部犯が使用したであろう車、もしくはバイクはどこに消えたの?」 「・・消えたですって!?」 宇沙樹唯一の盲点。それはバイクもしくは車の行方だった。 「さすがに車・バイクは屋根裏部屋には入らない。それに、現場周辺はそれこそくまなく捜索された。 もしバイクや車があれば、そこで外部犯はジ・エンドよ!」 「うっ・・(落ちついて!私!バイクか車が消えたからくりが分かれば。勝てる!)」 だとしたら、隠された場所は現場周辺の地図にあるはずだ。 「いいでしょう。弁護側はこの地図のどこに、バイク・車が隠されたか図示して見せます!」 「何ですって!?そんな、あなたに出来るわけがない!!」 それは分からない。何事もやってみることに価値がある。そして、幸い宇沙樹は吾童山を知っている。 つまり、その周辺の地理に詳しい。冷静に考えれば、隠し場所が1箇所しないことは目に見えている。 「あかり、あなたにとってここは盲点だったはずよ。犯人は恐らく、移動に使ったのはバイクだったのよ。 何故なら、隠した場所はここなんですからね!!」 宇沙樹は思いっきり地図上のある1点を指さした。 「ここは・・」 裁判長が愕然としている。 「そこは、吾童川じゃないの!?」 あかりが叫んだ。 「そう、あの急流で有名な吾童川よ!!犯人はそこに、バイクを突き落とした!車じゃさすがに流れないでしょうからね。」 してやったりの顔。これで、外部犯説を再び引きずり出したことになる。 「何かよく分からないけど。やったみたいだね。うまく。」 上片は横でその様子を見ながら、状況が自分たちに傾いてきたことを悟った。 「とにかく、弁護側は要請します!吾童川の上流から中流域にかけての川底の捜索を! 弁護側の予想が正しければ、そこにはバイクが放棄されたバイクがあるはずです!!」 宇沙樹はその主張を改めてあかりに叩きつけた。 「う・・そんな、バカな。あいつが有罪に・・」 ううん。とそれに対して首を横に振る宇沙樹。 「全ては調べればはっきりする。そして、屋根裏も調べてみるべきね。」 これで、今日は確実に終わった。その証拠に木槌がなる。 「よろしい。本法廷も吾童川の捜索と屋根裏部屋の調査が必要と考えます。」 それは、外部犯説が裁判長には伝わったことを意味する。 「検察側にはそれらのことを命じます!それまでは、被告が犯人とは断定できない!」 法廷内がその決定に騒がしくなる。これで、あとはあの言葉を待つだけ。 「それでは、本日はこれにて閉廷!!」 1日目の審理がこうして終わった。外部犯という、大きな謎を残したまま。 同日 午後12時10分 地方裁判所・被告人第1控え室 何とか無事に乗り切って見せた法廷。 「あの、上片さんは大丈夫なのでしょうか!?」 あざみさんは心配そうだ。無理もない。自身の弁護士が途中で弁護を出来なくなってしまったのだから。 「大丈夫です。何とか乗り切れましたしね。」 その様子と口の動きから上片さんは、きっとあざみさんの言った言葉を理解したのだろう。 「あの、上片さん。耳は、どうなるんですか?」 私は自分の耳に手を当てる動作をしながら上片さんに言葉を伝える。 「まぁ、今から病院に行って何とか対策を練るさ。」 とりあえず、レシーバーの代用品があれば何とかなるらしいけど。 「とにかく、僕は少し病院へ行ってから、再び調査をすることにします。」 笑顔で言っているけど、実際はどこまで不安なのだろう。上片さん。 「そうですか、分かりました。何かあったら留置所に方にいますので、来てくださいね。」 「分かりました。」 あざみのその言葉に、私がそう答える。 「宇沙樹ちゃん。悪いんだけど、今日の裁判記録を貰ってくれないかな?書記官あたりの人に頼めば何とかなると思うから。」 「分かりました。ちょっと待ってて下さいね。」 そうか、上片さんは今日の裁判。途中から全く内容が分かっていないんだ。 私は急いで控え室から出て、とりあえずその記録を貰いに行くことにする。 同日 午後12時21分 地方裁判所・裁判官執務室前 とりあえず、よく分からないがここに来てしまった。ちょうど裁判長が執務室から出てきたところだ。 「あの、すいません。」 「ん?確かあなたは・・」 裁判長は私の顔を見ると、どこかで見たような・・と言った顔をしている。 「あの、私。上片弁護士の助手をしている鹿山宇沙樹と言うのですが。」 「あぁ、弁護人の助手ですな。今日はご苦労でしたなぁ。」 裁判長、そう言われて気づいたのだろう。笑っている。 「実は、上片さんのために、今日の裁判の記録がほしいのですが、どうしたらいいでしょうか?」 「記録ですか、そう言えば、弁護人は耳が不自由だったのでしたな。」 少しばかりの間が開いた後、裁判長は私に説明した。 「書記官のほうに頼めばもらえるでしょう。私から許可を与えておくので、そのまま書記官室へ行くといいですぞ。」 「ありがとうございます。」 私はそう言うと、書記官室へと向かう。 同日 午後12時19分 地方裁判所・廊下 「すっかり遅くなっちまったな。」 僕は上片君に頼まれた例の資料を持って裁判所に来ていた。どうやら、今日は裁判だったらしい。 「あ、なるほど君!!」 とここで、後ろから馴染みの声がした。 「ま、真宵ちゃん!?」 僕は真宵ちゃんの姿を見て驚いた。最近まで事務所を留守にしていた言うのに、まさかここで出会うとは。 「どうしたの?こんなところをほっきつき歩いてさ。」 「いやいや、それはこっちの台詞だよ。真宵ちゃん。どうしてここに?」 弁護士だから裁判所を歩いても不自然じゃないだろ?と少し言いたかった。 「あ、私?私はねぇ、今日証人として裁判に出たんだよ。」 「証人!?」 一体僕のいない間に、何があったというのだろうか? 「それでね。その裁判。上片さんたちが弁護士だったんだ。なんだかとても焦ってたみたいなんだけどね。特に宇沙樹ちゃんが。」 「宇沙樹ちゃんが?」 焦っていた。それだけ状況が悪かったのだろうか?そんなことを考えながら、控え室へ向かいながら会話をしている僕と真宵ちゃん。 ふとここで、書記官室の前を通る。 「あなた・・・・」 「はい?」 冷たい空気が流れた。 「なるほど君。何か・・妙な感じがしない?」 真宵ちゃんがふとこう漏らした。 「妙な感じ?」 「そう、なんかこう・・悪寒って言うの?」 それは僕には感じない。でも、さっきから頭が妙にズキズキする。 「何もあの部屋の事を覚えてないの?」 「・・え?」 そして、それは書記官室の扉の前に来た瞬間。突然現れた。 ズンッ!! 突如目の前が真っ暗になった。この状態。あれしかない。 ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ・・ガシャンガシャンガシャンガシャンガシャン!!!! 「!!!!!!!!!!?」 突如その鎖の南京錠は現れた。書記官質の扉の前にいる2人の人物にだ。 (う、宇沙樹ちゃん!?それと、あともう1人の女性は!?) 扉の前に立っている宇沙樹ちゃんと、もう1人の女性。この2人に、南京錠が見える。 「なるほど君。あの部屋から、なにか妙な空気が・・」 そしてそれは、感覚的に真宵ちゃんにも何かの影響を与えていた。 「サイコ・・ロック?」 そして僕は、その風景を見て妙な感じがした。宇沙樹ちゃんに見えるサイコ・ロック。鎖に赤い南京錠。でも錠がおかしい。 (いつは、はっきりと南京錠が見えるのに・・おかしい、南京錠自体が鎖で何重にも巻きつけられている!?) その時、成歩堂のポケットにはいっている勾玉と、真宵の首についている勾玉。その両方が異様な光を放っていた。 「あ、成歩堂さんに真宵さん!」 宇沙樹ちゃんの話が終わったのだろうか?女性は部屋の中へと入っていき、 宇沙樹ちゃんは廊下側に振り返った時に僕たちに気づいた。 「や、やぁ。宇沙樹ちゃん。久しぶり。」 ふと目の前にあった妙なサイコ・ロックは、一瞬にして消え去った。そしてまた、真宵が感じていた妙な感覚も消えたようだ。 「どうしたんですか?こんなことろでお2人とも。」 「あ、いやね。上片君に渡したい資料があって。」 成歩堂は手にしたファイルを見せた。そこには例の事件の資料がファイルされている。 「それなら、私が渡しましょうか?」 「え・・そうだね。じゃあ、お願い・・。」 ちょっと待てよ。と成歩堂はここで言葉をストップする。 (これはあんまり宇沙樹ちゃんに見られたくはないんだよな。できれば上片君に手渡ししてあの事を説明したほうがいいよな。) 例の資料に書かれていた被害者リストの部分の名前。これが何を意味するのか? 「いや、やっぱりが僕が直接渡すよ。話したいことがあるし。」 「そ、そうですか・・。」 だが、何故か宇沙樹ちゃんは乗り気でない。 「どうしたの?」 「いや・・」 上片君に何かあったのだろうか? 「ちょっと今上片さん。耳が・・」 同日 午後12時31分 地方裁判所・被告人第1控え室 「あ、成歩堂さん。それに真宵さん。」 「こんにちは。上片さん。」 控え室を訪れた成歩堂と真宵の姿を見て、上片はそう言う。見た目では耳が聞こえないようには見えない。 「上片君。耳・・大丈夫?」 僕は耳に手を当てながら聞く。すると、内容が大体伝わったのだろう。 「えぇ、なんとか。」 そう言われた。 「上片さん。今日の裁判記録です。どうぞ。」 「ありがとう。宇沙樹ちゃん。」 上片君は裁判記録を受け取ると、ページをめくりながら内容を見る。 「へぇ、結構良く出来てるね。宇沙樹ちゃん。」 「えへへ。そう言われると嬉しいですね。」 ページをめくる上片君。真剣そうだ。 「上片君。こっちも渡したい資料が・・」 僕はそう言うとあの例の資料を目の前に出す。 「あ、成歩堂さん。例のやつですね。ありがとうございます。」 でも、少しその資料について話したいことがあるんだよな。 「宇沙樹ちゃん。上片君。そのまま病院に行くんだよね?」 「えぇ、そうですけど。」 だったら、話す場所は1つしかないか。 「あのさ、ちょっと上片君と2人だけで話したい重要なことがあるんだ。僕が一緒に付き添っていいかな?宇沙樹ちゃん?」 「え・・べ、別に構いませんが。」 「ありがとう。」 僕はそう言うと、例の資料の余白部分にペンでそのことを書いて上片君に見せた。 「そうですか・・わかりました。お願いします。成歩堂さん。」 さて、これでとりあえずはOKか。 「あの、上片さん・・」 少し宇沙樹が不安そうな顔をしている。 「あぁ、宇沙樹ちゃん。そうだなぁ・・」 上片は宇沙樹が不安そうな理由を分かっているようだ。耳が聞こえないというのに感心ばかりだ。 「とりあえず、現場へ行って調査の続きをしてくれないかい?」 「分かりました。じゃあ、先に調べてますね。」 そう言って宇沙樹は出て行く。 「ねえねえ。なるほど君?」 「ん?どうしたんだい?真宵ちゃん。」 とここで、真宵ちゃんが僕の肩を叩いた。 「あのさ、私も宇沙樹ちゃんと一緒に現場に行っていいかな?」 「え?それまたどうして?」 意外な言葉だ。一体、何が真宵ちゃんをそうさせたのか。 「あのね。さっき宇沙樹ちゃんから変なものを感じたの。 霊媒師の私が感じることの出来るような、何か妙なものが、だから気になるの。」 宇沙樹ちゃんから感じる何か?それは僕にも確かにあった。 「そうか、分かったよ。でも、邪魔にならないようにするんだぞ。」 「リョーカイ。じゃあ、行ってくるね。」 そう言うと真宵ちゃんは走って出て行った。 「じゃあ、僕たちも行こうか。」 とりあえず、話はその後だ。 同日 午後1時36分 国立総合病院 「ふぅ、何とか元に戻ったぞ。」 上片君はその両耳に、新しいレシーバーをつけていた。基本的に前の物と同じ性能らしいが。 「ちょうど予備があって助かりましたよ。それで成歩堂さん、話したいこととは?」 「あぁ、実はこれなんだ。」 そう言って僕は、例の事件の被害者リストの部分を見せた。 「こ、これは・・!!」 被害者・鹿山理沙(死亡) 現場・吾童山ハイキングコースの崖付近 状況・頭を岩に打ち付けられて死亡。娘の宇沙樹は無事。 「やっぱり、この事件の被害者の娘って。」 「宇沙樹ちゃんかも・・しれませんね。」 やはりそうだったか、だが、上片君はさらに違うところにも注目した。 「あれ・・最初の事件は6月1日で2件ありますね。」 「2件?」 資料の整理ばかりで僕は気づかなかった部分だ。 「これは・・あかり検事!?」 「あかり検事?」 被害者・灯火雅史/伸子(死亡) 場所・吾童山登山コース前付近 状況・夫の雅史氏はナイフで腹部を刺され失血死。 妻・伸子氏は頭部を強打した後、そのナイフで腹部と背中を数ヶ所刺され同じく恐らく即死。 しかし、当時両親と一緒にいた娘のあかりは無事。 そして、事件の日付がともに6月1日だった。 「本当だ。同じ日じゃないか・・」 僕は驚愕した。だが、上片君はそこからさらにある共通点を見出していた。 「ちょっと待てよ、2人とも診療所出身じゃないか・・まさか!」 物凄い勢いで被害者リストを調べだした上片君。そこには、事件を捜査していた上片君本人にしか分からない共通点があった・ 「風呂井和夫/明子。滋賀八束/麻由美。それに・・やっぱりあった!!小深恒治/秋穂。」 上片君はその3人の夫婦に注目した。 「事件は順にそれぞれ、6月19日・7月9日・8月1日に発生・・」 風呂井・滋賀・小深。この3人と宇沙樹・あかりの共通点。正しければきっと、この3人の子供の名は・・ 「やっぱりだ。間違いない・・」 上片は考え込む。 「どういうことだ・・あの時の被害者が、全員昨日診療所にいたことになるぞ。」 上片君の言っていることはよく分からないが、何か重要な意味を持っていそうだ。 「成歩堂さん。」 「何だい?」 上片君は真剣な顔をしていた。 「全ての偶然と思える出来事は、実はみんな必然だった。そんなことはあるんでしょうか?」 偶然が必然。僕は分からない。でも、1つだけ言えることがある。 「分からないな。でも、ありえないことを全て消去していけば、残るのはたった1つの真実。そう言った人がいた。」 だったら、調べればいい。その結果、ありえないことをすべて消去した結果がそれならば。 「それらがありえることなら、意図的に引き起こされた結果しか残らなかったら、それは必然かもしれないね。」 どうやら、この事件のポイントが、完全にこの5人の間に絞られたようだな。 同日 某時刻 ???????????? あの部屋・・一体何のこと? 「お母さんが・・」 「大丈夫。落ち着いて・・そう・・」 !!? 部屋・・・・? 「さぁ、あとはその・・・・。」 お、思い出せない!? 記憶とは実に不思議なものだ。 自らが生み出した記憶と作られた記憶。 自分と第3者が生み出した記憶が複雑に交わる時。 それが解けた時の感覚は、人によっては安心を。人によってはまた絶望を・・・・。 つづく
あとがき
さて、予定では次が最後の探偵パートかな?の麒麟です。となれば、あとこの作品は順調に行けば(7)で終わりか。 さて、記憶の正体が徐々に明かされようとしています。成歩堂と真宵が本格的に動きます。 余談ですが、正直今回の法廷。3回書き直しました。しかも最初、弁護士・検事が法廷侮辱罪で退廷して終わり という衝撃的なものでして・・。きついなぁ。 さて、次回で犯人と記憶の正体を明らかにしたいです。記憶のほうは今回の最後、新たなキーワードと 同時にある糸口が隠されています。 ポイントは、サイコ・ロックもあるかな?謎の。そんなわけで、こっから徐々に核心を描いていくことに プレッシャーを感じる麒麟でした。
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