Q.E.D.〜逆転の証明〜(第3話)
同日 午後2時18分 こころ診療所・待合室  灯火あかりがこの診療所の関係者だったことに驚愕する中、綾詩刑事が1人、早足でこっちにやって来た。  「現在、灯火検事がこちらに現場検証の為に向かっているそうです。 その際、ここに居る関係者の事情聴取もしたいということなので、部外者は出て行ってください。」  事務的な口調。その言葉は明らかに僕たちに向かって発せられた言葉だった。  「綾詩刑事・・?」   「何かしら?」  一応念のために聞いておくべきだろう。  「それって、僕たちのことですよね。」  「そうよ。」  冷たい。もう少し間を開けてから言って欲しかった。しかし実際は即答。0,02秒後くらいに言われただろう。  「あの、それって検事が僕たちを嫌ってるとか?」  「さぁ、でも、弁護士はお断りらしいわ。」  嫌ってるじゃないか。と突っ込む上片。  「まぁ、弁護士に対しては秘密主義が強いみたいよ。灯火検事は。」  秘密主義・・どのみちいい言葉ではないだろう。弁護士にとっては。  「秘密主義か・・弱ったなぁ。」  「上片さん。今のうちに証拠がないなら手っ取り早く調べては?」  宇沙樹がそう言う。まぁ、当然と言えば当然だろう。灯火検事が来てしまっては、 それこそ現場の立ち入りが制限されて、満足の行く調査が出来ないだろう。  「そうだね。じゃあ、灯火検事が来る前にさっさと調べてしまうか。」  そう言うや否や、2人は待合室から飛び出した。綾詩刑事が何か言ってるのは全く聞かず。  同日 某時刻 こころ診療所・倉庫  やはり気になるのが現場。今のうちにもっと詳しく見ておく。  「この現場でやはり印象的なのはこの血文字だよな。」  宇沙樹は血文字を見ることを恐れて倉庫の入口の前で待機だ。  「被害者の血で書かれたようだな。しかし、何を使って書かれたのか?」  <Q.E.D.の血文字>  現場の倉庫の壁に大きく書かれていた。被害者の血だと考えられる。  そして、凶器が分からない。現場に凶器らしきものはない。  「鑑識が持ってちまったかな?」  そういえば、留置所であざみはスコップか何かに触れたようなことを言っていた。  「スコップがない。ひょっとして・・被害者の死因はわからないけど、スコップが関わってるのか?」  <スコップ>  現場から消えていて、あざみが現場で触れたと言うもの。凶器かもしれない。  倉庫の鍵は取り壊された形跡はない。やはり何度見てもそれは言える。  「それにしても、どうやったらこんなに血が飛び散れるんだろうな。」  壁に血は物凄い、刺されたのでも言うのだろうか?    <倉庫の鍵>  壊された形跡なし。鍵は健次郎が持っていた。あざみが見たときは開いていた。  <倉庫>  事件現場。壁に夥しいほどの血がある。  「上片さーん。まだですか?」  宇沙樹が寂しそうな声を出して言う。まぁ、倉庫内はこんなものだろう。  「分かった。じゃあ今すぐ戻るよ。」  とりあえず外へ出る上片。さて、残りの短い時間でどこを見るかだ?  「さぁ、次はどこを調べるか・・だけど、正直現場以外どこを見ればいいんだろうな。」  それが問題だ。とりあえず他に見る場所はないか?  「そうだ。宇沙樹ちゃん。健次郎さん達の部屋ってどこだい?」  「え?一応診療所の2階になりますけど、どうして?」  宇沙樹は不思議そうだ。だが、1つそこにはポイントがある。  「鍵さ。」  そう、文字通りキーだ。  同日 某時刻 こころ診療所2階・日安寺夫婦の部屋  「上片さん。勝手に入って大丈夫ですか?」  「大丈夫だよ。一応捜査のためだ。それに、見る場所は1ヶ所だけだしね。」  上片は部屋の机あたりを調べる。対する宇沙樹はそわそわしている。 宇沙樹もこの2人の部屋には立ち入ったことがなかったのだろう。  「この引出しっぽいな。」  小さな机の引出しを見てそう感じた上片。  「何がですか?」  「鍵の管理をしているところさ。」  「あぁ、鍵ですか、私は知りませんね。昔からここだけは入れなかったから。」  子供達は確かにここへ入ることを禁じられているらしい。  「お、ビンゴだ。」  そして、上片が開けた引出しには、それぞれの個所が書かれたシールつきの鍵が保管されていた。  「凄いですね。勘ですか?」  「まぁね。最近どうも鋭いんだ。」  正確には、耳が聞こえなくなってからだが・・  「あれ?ないな・・」  「え?倉庫の鍵はあるじゃないですか?」  「それは健次郎さんが戻したんだろう。僕が言いたいのはそれじゃないんだ。」  宇沙樹は首をかしげる。そう、宇沙樹は聞いていない。  「マスターキーがないんだ。」  あざみが言っていたマスターキーがない。  「マスターキーですか、そんなものがあったんですね。私知らなかったな。」  宇沙樹は意外そうな顔だ。そう言われてみれば、子供達にはこの事実は秘密だったはずだ。 そして、宇沙樹がここを出たのが子供の頃だったのなら、知らなくても当然かもしれない。  <マスターキー>  日安寺夫婦の鍵専用管理引出しにはなかった。しかし、事件の時はこれで開けられたはず。  「それにしても、2階に上がると思い出すなぁ。」  宇沙樹が懐かしそうだ。何を思い出すのだろうか?  「何か2階にあるのかい?」  「えぇ、秘密基地が。」  秘密基地・・?だ。  同日 某時刻 こころ診療所2階・物置  物置と倉庫の違いが分からないが、宇沙樹曰くここは物置らしい。  「ここに入口があるんですよ。えい!」  宇沙樹がジャンプして天井に飛びつく、そして、天井にある小さな取っ手を掴んだ。  「な、何してるんだ!?宇沙樹ちゃん!!」  宇沙樹はにやりとした。その取っ手をそのまま引っ張ると、天上にある隠された、正方形の扉が開く。  「な、これは!?」  「私の秘密基地です。まぁ、屋根裏部屋なんですけどね。」  「それにしても、階段がないけどどうやって上がるんだい?」  そこが一番の疑問なのだが・・  「まぁ、今の私ならそのままジャンプで淵を掴めばそのまま上がれますね。上片さんもそうすれば上がれますよ。」  そう言って上に上がる宇沙樹。しかし、それを使っていたのは子供の頃のはずだ。  「秘密基地は子供時代じゃないのかい?それならジャンプは無理じゃ。」  「あぁ、当時はその衣装ケースとか箱を積み上げて、階段状にして上がっていたんですよ。」  なるほどね。納得である。そんな感じで上に上がる上片。  「結構狭いね。大人が入ると。」  「まぁ、子供の頃の私も狭く感じてましたしね。この部屋。」  そんな屋根裏部屋だが、窓が1つある。  「下はあのベランダがあるな。」  小深と出会ったところだ。それにしても、妙な違和感がある。  「何かにおいがするな。この部屋。」  「上片さんもですか、実は私も・・」  何の匂いなのだろうか?多少気になるがその時、下が騒がしくなった。  「おっと、検事さんが来たみたいだ。そろそろ僕たちは退散しないとやばいぞ。」  どうやら、時間が来たらしい。ただ問題は、ここを出る時に待合室を必ず通ることなのだが。  同日 某時刻 こころ診療所・待合室  降りるや否や一言。  「弁護士さん。そろそろいいかしら?私が現場検証をするから退散を。」  青いドレスを着た女性からきつい一言を言われる。  「あはは・・すぐに退散しますから。そう言わなくても。」  恐らく彼女が噂の検事。灯火あかりなのだろう。  「さぁ、行こう、宇沙樹ちゃん。ゴタゴタはゴメンだ。」  そう言って宇沙樹を連れて退散しようとする上片。だが・・  「あら、宇沙樹ちゃん?久しぶりね。」  宇沙樹の姿を見るや否やそう呟くようにして言う灯火。  「あかりちゃんこそ、お元気そうね。」  宇沙樹もそう呟いた。何か妙な感じだ。  「あなたがまさか、法関係の仕事をしているとは思わなかったわ。」  「そうかもね。まぁ、私は最初、その気はなかったんだけど。」  そう言えば、2人は友達だと聞いた。だが、そんな雰囲気ではない。  「検事と弁護士。ここでまた対立するとはね。」  対立・・また?  「望むところよ。」  「ふふ、受けて立つわ。私たちにとって、いろんな意味でこの事件は決着よ。」  宇沙樹はそう言って診療所を出て行った。あかりは警官を従えて倉庫へ行く。よく見るとその中に糸鋸が居るようだ。  「どういう意味だ?」  対峙するように背を向け、2人は後にする。それを不思議そうに見ていたのは、他ならぬ上片だった。  同日 午後5時2分 上片法律事務所  明日の法廷の準備をする上片と宇沙樹。とここで、事務所の電話が鳴った。  「はいもしもし。上片法律事務所です。」  電話の主はあの男だった。  『あ、上片君。』  「あ、成歩堂さん。どうですか?頼んでおいた資料。」  成歩堂からの電話に興味津々の上片。何しろ、Q.E.D.の事件について調べてもらっていたのだから。  『それがね。資料の数が膨大なんだ。だから、ちょっと資料をまとめるのに戸惑っちゃって。 一応明日までにはまとめとくから。それでいいかい?』  「あ、構いませんよ。ありがとうございます。」  電話の会話はそんな感じで終わってしまった。明日は法廷。  どんな戦いになるのだろうか?  同日 午後5時14分 警察署・資料室  DL5号事件とつけられた“Q.E.D.”。この膨大な資料に頭を抱えていた僕は、被害者一覧リストを見ていた。  「最初の事件が6月1日。被害者が・・・・え?」  被害者リストを見ていた僕の目が止まった。そこには見慣れた名があったからだ。  被害者・鹿山理沙(死亡)  現場・吾童山ハイキングコースの崖付近  状況・頭を岩に打ち付けられて死亡。娘の宇沙樹は無事。  詳しい内容は個別の事件のファイルにあるらしく。被害者リストにはざっと大まかな内容しか書かれていない。 でも、これはまさか・・  「宇沙樹ちゃん・・だよな?」  衝撃的な内容だったろう。しかし、上片が見たらさらに驚いたかもしれない。  とびとびではあるが、そこには色々と問題のある名前が沢山あったからだ。  <被害者一覧>  ・灯火雅史/伸子  ・鹿山理沙  ・風呂井和夫/明子  ・滋賀八束/麻由美  ・小深恒治/秋穂  (※一部抜粋)  彼らの息子・娘は、言うまでもないだろう。    6月2日 午前9時39分 地方裁判所・被告人第1控え室  控え室には、控えめな表情であざみさんが立っていた。  「どうですか?あざみさん?体のほうは?」  「あ、上片さん。大丈夫です。ただ、緊張していて。」  まぁ、誰だってそうかもしれない。ある意味慣れていたらそれはそれで怖い。  「あの?そちらの女性は?」  あざみさんは僕の隣にいる宇沙樹ちゃんを見て尋ねた。そういえば、面会の時宇沙樹ちゃんは居なかったな。  「あぁ、彼女は僕の助手をしてくれているんです。」   「鹿山宇沙樹。よろしくお願いしますね。あざみさん。」  宇沙樹ちゃんは明るい笑顔であざみさんを元気付ける。いつもそれには感謝するよ。  「さて、今回の法廷はどうなることか。何しろ刑事事件はこれが・・」  2回目と言いかけて、僕は宇沙樹ちゃんに睨みつけられて言葉を飲み込んだ。  「?」  あざみさんは不思議そうにしているが、確かにこれから命を預ける人が、刑事事件は2回目なんて聞くと心臓に悪いだろう。  「な、なにしろ・・これが記念すべき100回目だからな。」  なんとか誤魔化してみる。ただ、少し表情が硬かったかもしれない。  「はは、そうなんですよ!だから大船に乗ったつもりでどーん!としててくださいね!」  宇沙樹がにっこりと笑っている。内心どう思っているのだか・・  「そうですか、じゃあ、よろしくお願いしますね。」  あざみはそう言うと、先に法廷内へと入っていった。  「全く、もう少し依頼人の気持ちを考えたらどうですか?」  居なくなったことを確認した宇沙樹ちゃんから注意される。  「そうだったね。ごめん。」  謝るしかなかった。それにしても、今回の法廷は2、3年程前の初めての事件よりも厄介そうだ。 そう感じてならない僕が、そこにはいた。  同日 午前10時 地方裁判所・第3法廷  弁護席に立った時、向かい側の検事席には既に彼女が立っていた。あとは裁判長を待つだけだ。  「あ、出てきましたよ。裁判長が。」  宇沙樹が軽く耳打ちする。その声で裁判長席を見る僕は、その人が初めての刑事事件を扱ったときとは違う人だと分かった。  「今回は違うんだな。」  あの時はヒゲが黄色い人だったが、今回は白い。あえて言うならもっと年を取っていそうだ。  「只今より、蒼井あざみの法廷を開廷いたします。」  裁判長の木槌で傍聴人が静まり返る。  「双方ともに、準備は宜しいですかな?」  「弁護側。準備完了しております。」  僕はそう言って戦闘態勢に入る。対する相手は、昨日と同じ青いドレスだ。  「検察側。もとより。」  机には熊の人形が置かれている。何故か・・  「それでは灯火検事。冒頭弁論をお願いします。」  灯火検事はこれでも有名な検事なのだろう。意外とスムーズに話は進む。だが・・  (あの熊については何もなしか!?)  誰もあの人形に突っ込まない。  「上片正義。やっと会えたわね。」  「!?」  涼しい顔をしながら、いきなり攻撃的な発言だ。  「思い出すのは今から2年前。ある殺人事件で私はあなたと出会うはずだった。」  (2年前!?まさか・・あいつの法廷か!?)  思い出すのは僕自身の初めての法廷だ。確か、担当検事は女性と聞いたが、事情があって男性の冴えない中年検事に代わっていた。  「あの時は久々の緊張で倒れてしまったわ、何しろ、男性の弁護士さんとやり合うのは初めてだったから。」  「はぁ・・」  男性の弁護士がはじめて、つまり、女性の弁護士と今までやりあったということか?  「とにかく、私の代理が冴えなかったせいで、結果は惨めなものとなったわ。」  とはいっても、あいつは無実だったのだがな。  「そして2年間。戦いたくてもあなたは意識不明。私の苛立ちは募ったわ。」  にっこりと言われても困る上片。かなり戦慄と言うものを感じる。それに意識不明になったのは好きでなったわけではない。事故だ。  「今日こそ、戦える。そんなわけで本題に入るわ。」  前置きが長い・・上片は早速頭痛がした。   「6月1日の午前5時50分頃。こころ診療所を経営する日安寺こころさんが何者かに殺害されたわ。 目撃者が居たことから警察は、蒼井あざみを逮捕した。以上。詳しいことは審理で明らかになるでしょう。」  非常に簡潔なものだ。だが、逆に簡潔すぎる。  (何かこの冒頭弁論。作為を感じるなぁ・・)  違和感を感じてならない上片。  「気をつけてください。相手はあかりですから。こう見えてもあの人。結構計算高いんです。」  「う、宇沙樹ちゃん!?」  宇沙樹は昨日から、彼女の事を知っているようだが、イマイチ何かこっちも違和感を感じる。友人だとは聞いているが・・  「では弁護人。1つ伺います。」  とここで、裁判長が唐突に尋ねる。  「あ、はい。何でしょうか?」  僕は戸惑った。裁判長は威厳のある顔で言った。  「耳の調子は大丈夫で?」  「はい?」  その声はよく聞こえているはずだ。だが、間違いない。心なしか裁判長の声は震えている。  「はぁ、大丈夫ですが。」  「そうですか、ならいいでしょう。」  分からない。何があったのだろうか?  「以前、検察側に耳が不自由な検事が居ましてな。誰とは言いませんが、法廷がうるさいと怒鳴りつけてくるもので。」  だから確認だと言うのか?意外と威厳がありそうでそうでもないのかもしれない。  「刀技快登ね。あの人らしいわ。」  灯火あかりは笑いながらそう言う。  「それでは、早速最初の証人を呼んでもらいましょう。」  裁判長のその言葉で、灯火あかりは熊のぬいるぐみを持つと言った。  「現場の捜査指揮をあたった刑事にまずは、事件概要を聞きましょう。」  それにしても、あの熊は一体・・  「クマちゃん2号です。気をつけてください。」  宇沙樹が隣でゆっくりとそう言った。  「クマちゃん2号!?」  もう意味が分からない。そんな中、灯火検事は笑いながら僕に問い掛けた。  「さて、現場の捜査指揮にあたった刑事が2人いるのだけど、あなたはどっちから話が聞きたい?上片弁護士?」  「!?・・・・どういう意味ですか?灯火検事?」  証人の指名・・なのだろうか?  「灯火検事、よりも“あかり検事”がいいわ。語呂がいいし。」  そこでそう言われる。いきなり呼び名の注文。どうかとも思うが。  「分かりました。それで、どういう意味ですか?証人の指名とは?」  一応もう1度尋ねる。  「まぁ、綾詩刑事と糸鋸刑事。両方に捜査指揮を任せたから、どちらでもいいのだけど・・どう?」  不敵な笑み・・何かを企んでいるような感じだ。例えるなら刀技の笑い方だ。  (どっちかを選べばドボン・・なんて罠があるとは思えないが、何か仕掛けがありそうだよな。どうする?)  宇沙樹の計算高い・・とうい言葉が蘇る。  (癖とかを知っているのは付き合いが長い綾詩刑事だ。だから、そこに予防線を張っているかも。 だったら糸鋸刑事にするべきか?いや、その裏をかいてひょっとしたら・・)  推敲した上で結論を出す。  「あや・・」  その時だった。あかりの口が歪んだ。  「!?いや、糸鋸刑事でお願いします!!」  上片は大慌てで訂正した。何か作為を感じたからだ。  「分かったわ。係官!糸鋸刑事を入廷させて!!」  その言葉で糸鋸が証言台に立った。  「どうして言いかけて止めたんですか?上片さん?」  「え?いや、口元がね。にやりって。」  その言葉を聞いた宇沙樹、目を大きくした。  「上片さん・・それ・・ひっかかりましたね。」  「え!?」  それ以上宇沙樹は何も言わなかった。まさか・・妙な胸騒ぎがした。  「それじゃあ、糸鋸刑事。事件概要をお願いするわ。」  「了解ッス!」  証言が始まった。妙な胸騒ぎを感じさせたまま。  「事件は6月1日の午前5時50分頃に倉庫で発生したッス。被害者は日安寺こころ。 こころ診療所を経営していた夫婦のうちの1人ッス。死因は後頭部を強打されたことによる脳挫傷ッス。 我々は第1発見者の通報で駆けつけ、蒼井あざみをほぼ現行犯の状態で逮捕したッス!」  証言が終わる。やはりこの証言にも、何かが足りない。  (やはりこの証言にも作為を感じる。だが、証拠がない今、飛び込まなければ話も進まない。)  裁判長は命じた。  「それでは弁護人。尋問を。」  「分かりました。」   こうして尋問が開始される。  「刑事。ほぼ現行犯とは?」  「あぁ、それはッスね。」  とまぁ、幸先のよいスタートは・・  「異議あり!そのことは追って証言させます。よって却下。」  「なっ!」  あかり検事の異議でくじかれた。  「却下は私が決めますが、まぁ・・後に証言があるならよろしいでしょう。弁護人、違う質問を。」  「は、はい。」  どうもやりにくい。あちらのペースに飲まれている気がした上片。  「それで、死因は後頭部強打による脳挫傷とのことですが・・」  「そうッスよ。」  さっきからそう言う相槌しか聞いてない上片。ここにはさらに突っ込むべき問題がある。異議がないなら突っ込むまでだ。  「糸鋸刑事。ズバリお聞きします。凶器は何なのですか?」  そこが問題なのだ。  「凶器はこれッス。倉庫内にあったスコップッスね。」  「スコップだって!?(あざみさんが言っていたものだな。やはり、押収されていたか。)」  あかりがスコップの詳しい資料を取り出した。  「このスコップのデータを提出するわ。実は、そのスコップ。被害者の血痕と被告の指紋があったの。」  その発言で法廷内がにわかにざわつきだす。  「静粛に!静粛に!分かりました。証拠品を受理します。」  <スコップ(訂正)>  被害者を殴った凶器。被害者の血とあざみの指紋が付着。  (まずいな・・スコップはあざみさんが触れていたみたいだからしょうがないとして、それを今は立証できないぞ。)  早速出だしが鈍ってきた上片。  「大丈夫ですか?何か雲行きが怪しいですよ?上片さん。」  あながちそれも間違っていない。正しい表現だろう。  「それと、解剖記録も提出するわ。」  「いいでしょう、受理します。」    <日安寺こころの解剖記録>  死亡推定時刻は午前5時30分から50分の間。死因は後頭部強打による脳挫傷。  「脳挫傷か・・。」  どうもこの尋問。仕組まれていた感じがしてならない上片。  「まぁ、これで何も問題はないッスね。」  糸鋸はそう結論付ける。だが、本当にそうだろうか?  「異議あり!問題はこれで解決はしてないはずです。」  上片は速攻で異議を唱える。が、少し戸惑った。  (この異議も・・仕組まれている気がする。)  しかし、止まっても居られない。上片はある証拠品を糸鋸に突きつけた。  「糸鋸刑事!1つだけとてつなく大きな問題があります。」  「なんッスと!?」   まぁ、死因が後頭部強打というのが非常に不思議に思えてくるのだが・・  「倉庫内の写真です。ここには、壁に夥しいほどの血があります。」  「それがどうしましたか?」  裁判長はわかっていない。どうやら、この裁判長は理解力がなさそうだ。  「いいですか、スコップで後頭部を殴っただけで、どうしてこんなに血が異常なほど飛び散るんですか!?」  その指摘に、法廷内がざわつきだす。  「静粛に!静粛に!」  上片は机を叩いて主張する。  「現場には血文字も残されていた。後頭部を殴っただけということ自体妙です!!」  精一杯の主張だった。だが、糸鋸もあかりも顔をピクリとも動かさない。  「確かに、弁護士さんの主張も分かるわ。でも、それは妙でもない。」  「ど、どういうことですか!?」  あかりは笑いながら言う。  「実はね。被害者はスコップで殴られた後、全身を数箇所刺されていたの。」  この言葉は、かなり上片に重くのししかった。  「な、何ですって!!」  刺されていた。新事実だ。  「しかし、解剖記録にはそんなことが1つも・・」  「あれ?おかしいわね。あなたの解剖記録、資料の束が薄いわね?」  「なにっ!?」  上片は自分の解剖記録の束を、あかりのものを比べる。  (おかしい・・確かに厚みが足りない!!)  「あなたの解剖記録。ひょっとして刺し傷のあたりがないのかしら?」  「!!(まさか・・!?)」  裁判長も理解していないと思ったが、理解していないのではない。むしろ、理解していなかったのは上片たちだったのだ。  「弁護人。私の資料にも刺し傷のことはありますが?」  宇沙樹は顔をしかめた。  「あかり・・・・」  そう小さい声で呟いてもいた。  「きっとこのデータ。あとで付け足されたものだから忘れられていたのね。 あなたのところだけ。係官。ここに予備があるわ。渡して。」  違う、こんなはずはない。上片は何度も首を横に振る。  (は、はめられた!!)  相手はそう、刀技だけでない。狩魔の教えも受けている。  「あかり検事・・」  睨み付けるしかなかった。相手の笑いは、どことなく無気味だった。まるで狩魔豪のように。  (彼女を告発したい・・しかし、今のところ証拠偽造の証拠はないからやり込められるのがオチだ!)  とにかく、訂正された解剖記録のデータに目を通す上片。     <日安寺こころの解剖記録(訂正)>  死亡推定時刻は午前5時30分から50分の間。死因は後頭部強打による脳挫傷。  死後かは不明だが、脳挫傷を起こしたあと刃物で全身を数箇所刺される。  「あかり検事。1つ伺ってもよいですか?」  資料を見ながらとりあえず、新たな疑問について尋ねてみる。ここはどんどん突き進むしかない。  「何かしら?」  「当然、被害者を刺した凶器です。審理ではその凶器が提出されていません。」  刺した凶器、被害者を殺害したスコップの他に存在していたはずだ。  「被害者を指した凶器。まぁ、それについては検察側もバカじゃないわ。これを見て。」  そう言って右手にクマのぬいぐるみ。左手にその問題の証拠品を持つあかり検事。  「そ、それは!?」  「刀よ。簡単に言うと日本刀。錆付いてきていたけど、殺傷能力は十分にあるわ。それに、被害者の血があったしね。」  刀が、なぜ倉庫に!?そんな疑問が上片の頭をよぎる。  <刀>  倉庫内にあった錆付いたもの。被害者の血が付着。被告の右手の指紋が検出。  「ポイントは指紋ね。彼女の指紋もあったわ。」  「何ですって!?」  法廷内は相変わらずうるさい。レシーバーで耳は大丈夫なのにもかかわらず、一瞬周りの音が聞こえなくなる。  「異議あり!しかし、大人はあざみさんも含め倉庫内に入ることはあるはず。 触れたりしたことで指紋がついていも不自然はないはずです。」  頭痛を押さえながら異議を唱える上片。ここで反論しなくては示しがつかない。  「弁護側の主張も分かります。どうですか?検察側?」  裁判長は頷きながらそう言っている。なんとな異議の効果はあったようだ。  「まぁ、それも考えられるかもしれない。だから、次の証言をさせるのよ。」  あかり検事はにっこりと笑いながら次の証言へと移ろうとする。あくまで自分のペースを崩さないその姿勢。かなりツワモノだ。  「ふむぅ・・なるほど。証言ですか。いいでしょう。」  裁判長は証言を認めるようだ。どうやら、勝負は次の証言へと持ち越しらしい。  「それじゃあ、次に刑事には逮捕までの経緯を頼むわ。」  「了解ッス!!」  相変わらず返事だけはよい刑事だ。  「第1発見者からの通報を受け、我々は現場へ急行。事件発生時に倉庫内にいた被告を逮捕したッス。 ちょっと警官の到着が遅れたッスが、警官が現場を見てすぐに応援を要請したらしいッス。 ほぼ現行犯逮捕ッスね。」  先ほど以上に曖昧な点が多い。経緯なのかよく分からないのが心情だ。  「では、弁護人。尋問を。」  「分かりました。」  妙な作為をここでも感じてならない。どこかに地雷が仕掛けられているような気分での尋問開始だ。  「第1発見者は、被害者の夫。日安寺健次郎さんですね?」  「そうッスね。乳搾りの帰りに倉庫を見て事件を目撃したそうッス。」  目撃・・ここが重要となるのだろうか?  「目撃とは?」  「そりゃ、現場で倒れている被害者と、その横に立っていた被告ッス。」  傍聴人がひそひそと囁く。だいたいその内容も分からないことはないが。  「静粛に!それで、その後通報があったのですね?」  裁判長が木槌を叩くと糸鋸刑事にそう尋ねた。  「そうッスね。まぁ、自分としてもあざみさんが犯人とは信じられなかったッスが・・」  「!?」  刑事が初めてしょんぼりした。  「刑事?あざみさんとは知り合いで?」  「そうッスね。刀技検事を通じて2、3年程前にお会いしたッス。自分には彼女が」  「異議あり!」   これ以上のお話タイムを異議が打ち切った。  「刑事。そういう見かけの判断は誤認逮捕を生むだけ。第3者の目線から客観的なデータを見ないと全ては闇に埋もれるわ。」  その言い回し方から、狩魔を若干感じさせるあかり。  「それに、給与査定でドラマが起こることも・・」  「そそそそ・・それだけは勘弁ッス!!!!!!!!」  どうも刑事の扱いは、刀技ではなく狩魔のほうを学んだらしい。  「まぁそれはともかく、証人。通報を受けて警察はどのくらいで到着を?」  上片はとりあえず問題をそこに戻す。  「そうッスね。吾童山ふもとの派出所の警官がパトカーですっ飛ばして30分ッスからね。6時20分くらいッスかね。」  「30分ですか・・。」  確かに、診療所は山の奥だ。しかし、それで気になるのはどうしてもここだ。  「では、ほぼ現行犯逮捕というのは?」  「それはッスねぇ・・」  「それは私が説明するわ。」  あかり検事が糸鋸の言葉を遮り、こちらから言おうとする。  「実はね。倉庫内にいた人間が、被告しかいなかったからなの。」  「被告しかいない?」  被告しかいない。どうやらポイントはここにあるらしい。  「いや、いっそのこと言い方を変えれば、被告しかあり得ない。」  「あり得ない!?」  あり得ない・・先程より何かがパワーアップしている。  「実はね。あの時“吾童山の診療所”に、事件当時訪れた人間がいないの。」  その言葉が、上片たち弁護側の席に、冷たい空気を送り込む。  (つまりそれは、外部犯はいないと言っているのか?検察側は?)  となれば、おのずと嫌な予感は当たるものだ。  「外部犯がいない。そうなれば、診療所の内部犯の犯行になる。そして、それを検察側は立証できるのよ。」  クマのぬいぐるみをやさしく撫でながら、あくまでもニッコリなあかり。  弁護側は、その表情に反論することも出来ず、ただその立証を聞くしかなかった。  「あかり・・変わってないわね。」  宇沙樹の声が、心なしか寂しそうだった。  つづく

あとがき

ちなみに、あかり検事が逆転姉妹の御剣っぽく感じて仕方ありません。うーん・・以上です。

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