Q.E.D.〜逆転の証明〜(第2話)
  同日 午後10時32分 こころ診療所・待合室  「水晶の光・・何のことですか?それは一体?」  僕は健次郎さんに問い詰めた。  「この光のことを君が知る必要はない。逆に知ると後悔する。」  健次郎は冷たくそう言い放った。その口調に、とても優しそうに見える姿は感じられなかった。まるでそう、悪魔か何かのようだ。  「とにかく、私からも頼む。あざみさんの弁護をしてくれ。」  と、先ほどの表情とはうって変わって、今度は優しい顔になった健次郎。  「なっ・・」  上片は言葉を失うしかなかった。  「鹿山君の言う通り、あざみさんは犯人じゃありえない。子供達にあのように優しくしてくれる人が、 私の妻を殺すことが信じられようか・・」  上片はそれを聞くと、椅子に座っている宇沙樹を見た。  「宇沙樹・・ちゃん・・。」  「私からもお願いします。上片さん。」  上片はどうしたものかと考える。しかし、ここまで言われてしまったからには、しないわけにもいかない気がする。  「分かった。僕が弁護しよう。あざみさんという人を。」  上片は、周りの雰囲気に耐え切れなく、遂にそう言った。  「あ、あなたがあざみさんを弁護・・あああああああっ!!!!!!」  その言葉を聞いた刃多が、しばらくして何かに気づく。  「あ・・あなたは上片弁護士!!」  「あ・・あなたは、刃多さん!?」  そう言われてやっと、2人は互いの存在に気づく。そういえば、彼らは数年前と数ヶ月前の2回。会っている。  「上片弁護士。今回の弁護・・引き受けてくれるんですか!?」  「え・・は、はい。まぁ、一応。」  とりあえず、その場の勢いで言ってしまったからといって、今更撤回はもう出来そうにない。上片は覚悟を決めた。  「僕が引き受けます。あざみさんという人の弁護を。」  「そうですか・・」  刃多は少し安心したような様子になると言った。  「あなたなら安心して任せられそうだ。本当は、何かあったら成歩堂弁護士に連絡しろと言われていたのですがね。」  成歩堂弁護士・・この人物は上片もよく知っている。  「それより刃多さん。あざみさんという人と知り合いで?」  まぁ、今はそれより彼がここに居る理由が気になるのだが。  「まぁ、知り合いですね。でも、正確に言えば自分じゃなくて、刀技検事の知り合い・・というか。大切な人なんですけどね。」  「刀技・・検事ですか。」  刀技快登(かたなぎかいと)。優秀な検事で上片も、1度ある事件で一緒になったことがある検事だ。そんな刀技の大切な人。  「恋人・・とかですか?」  「いえ。そうじゃないんです。」  考えられる予想はあっさりと覆された。まぁ、とにかくそれはいいとしよう。 まずは、時間がないのであざみという人物と面会をしなくてはならない。  「宇沙樹ちゃん。弁護を引き受けたからには調査だ。行くよ。」  椅子に座っている宇沙樹に声をかける上片。しかし・・  「嫌だ・・私・・殺される?」  「!?どうしたんだ?宇沙樹ちゃん?」  宇沙樹はさっきから震えて、意味不明なことばかり言っている。  「無理だ。しばらくこの子はこのままにしておいたほうが良いだろう。」  健次郎がそんな宇沙樹を見て言う。  「記憶が鹿山君を締め付けている。」  ここでふと、上片は疑問に思った。宇沙樹とこの診療所の関係だ。  「健次郎さん?」  「何だい?」  先ほどの宇沙樹の怯えようと言い、今日は何かがおかしい。  「宇沙樹ちゃんは、ここを自分の家だと言っていました。どういうことですか?」  「さっきも言った。18年前。この子が3歳の時だ。」  それっきり口を開こうとしない健次郎。上片は憤りを覚えた。  「その18年前だ。一体何があったんですか!?」  18年前。全てはそこから始まっているような気がした。そう、直感だ。  「患者のプライバシー保護のためだ。詳しいことは言えん。」  「しかし・・」  「いいか、上片君?君も弁護士なら知っているはずだ。医療関係者はむやみに患者の事を喋ってはいけない法律があることを。」  そう、確かにその法律はある。それは、2005年の4月から一般的に導入されるようになった制度だ。 この法律の目的は・・ある患者とその家族のプライバシー保護が1番の名目だ。  「ここは知ってのとおり、心の治療を行う診療所。いわゆる精神科の病院だ。 この法律は特にその病院を意識して作られたことは知っているだろう?」  「ですが、宇沙樹ちゃんはもうこの診療所には通っていないじゃないですか!?」  確かに、上片の記憶ではそんなところは1度もなかった。だが・・  「彼女はまだ病気が治っていない。だから、まだ患者なのだよ。」  「治っていない・・病気?」  まさか・・と上片は思った。こんなに明るくて自分をも支えてくれた彼女が病気。一体何の?そう思った。  「治っていない病気って・・」  「仕方ない。それを話したら諦めてくれ。これ以上の詮索はな。」  健次郎はそう言うと宇沙樹のそばにより、診察室へと行くように促す。宇沙樹はそのまま泣きながら診察室へと向かう。  「彼女はな、隔離性障害なんだ。」  「隔離性・・障害?」    隔離性(かくりせい)障害。それは主に大きく5つの分野に分かれる。解離性健忘・離人症性障害・ 解離性遁走障害・解離性同一性障害・その他の症状だ。  その他にはさらに、解離性転換性障害・解離性昏迷・解離性運動障害・解離性知覚麻痺・解離性幻覚性障害・ 解離性同一性障害等が含まれる。解離性同一障害は、わかりやすく説明すると多重人格の事で、多重人格は隔離性障害に含まれる。  日本人で行方不明者のうち何割かは、解離性遁走障害だとも言われている。  「鹿山君は、その中の“解離性健忘”と言う名の病気なんだよ。」  そう言うと診察室の扉は閉まる。  「解離性健忘・・?」  聞いたことのない病名。恐らく、心理学の分野に関わるのだろう。  「上片弁護士。ちょっと・・」  うしろで刃多が呼んでいた。上片は振り向く。  「何ですか?」  「それが・・ちょっと言いにくい話なんですが。実は今、検察側は厄介な検事が動いているんです。」  厄介な検事・・本当にこの検察庁には何人。そんなツワモノが顔を揃えているのだろうか?  「刀技検事じゃないんですか?」  「えぇ、実を言うと検事は、今フランスに出張中です。」  なるほど。と上片は納得した。刀技の大事な人が逮捕されたなら、彼は真っ先に駆けつけるはずだ。 それなのに現れない・・その理由にだ。  「それで・・厄介な検事とは誰の事なんです?」  「それが・・」  刃多はあたりに誰もいないのを確認するとささやくようにして言う。  「灯火(ともしび)あかり検事です。優秀な女性検事ですよ。」  「灯火検事?」  上片は1度。どこかでその名を聞いたような気がしてならなかった。  「彼女が担当検事になったら手ごわいですよ。何しろ、狩魔一族ですからね。」  上片はその言葉にギョッとした。狩魔一族。弁護士なら知らないものは居ないだろう。 有罪判決のためならどんな手でも使う。黒い噂の耐えない一族の事だ。そのモットーは完璧主義。 異様なほどに完璧へのこだわりを持つのが彼らだ。かつてあの御剣怜侍もその一族の1人だった。  「灯火検事って言う人。狩魔の弟子なんですか?」  嘘だと言ってくれ・・上片の目はそう言っていた。だが・・  「えぇ。そうなんですよ。狩魔3大幹部・・と謳われたうちの1人です。まぁ、アメリカにいた狩魔豪の娘は除きますが。」  何だそれ?と上片は思った。狩魔3大幹部なんて初耳だった。  「まぁ、これは検察庁の中でしか言われてなかったのですが、5年程前にそう名づけられました。 当時狩魔の完璧主義をモットーにしていた3人。1人はその主・狩魔豪。2人目は20歳で検事になった若き天才・御剣怜侍。 そして、3人目が狩魔の一族の中でも屈指の異端児・灯火あかり。」  屈指の異端児・・かなりの問題児じゃないかと思われる肩書きだが。  「狩魔冥が日本に帰国する前の、3大完璧主義者です。」  「あの、異端児とは?」  そりゃ、誰でも気になるフレーズだろう。  「あぁ、異端児とは・・彼女。刀技検事を師匠にもしていたんですよ。」  「ええっ!?」  「まぁ、当時御剣さんと刀技検事は同期でしたから、仲はよかったんですよね。その流れのせいでしょうかねぇ。」  いや、ちょっと待て。刀技は狩魔とは違い。完璧ではなくどちらかと言うとルーズだ。 そして、そこまで黒い噂も流れていない正統派で、正統派の中では最強と一部で言われている。  「まさか・・彼女って。正統派で最強の検事と、黒い噂で最強の検事の2人を師匠に?」  「えぇ。そこが厄介なんです。」  確かにそれは厄介なことだ。そんな検事が担当になったら、非常に厄介な手を使ってくるだろう。  「・・そうですか。情報、ありがとうございます。」  「いえ、別に構いませんよ。」  上片はゆっくりと歩き出す。  「僕は、留置所に行ってあざみさんと面会をしてきます。」  「そうですか。お願いします。」  とここで、上片はふと足を止める。  「そう言えば刃多さん。DL6のトリガーって何ですか?あと、“Q.E.D.”も。」  謎多き今回の事件。これは今回の事件の鍵にもなるはずだ。  「“Q.E.D.”は、昔何かの資料で読みましたね。連続殺人犯の名前です。」  「連続殺人犯!?」  一気に事件が生々しくなっていくと感じる上片。  「裕福そうな親子を狙った殺人犯で、子供と一緒に居る親を殺すという殺人犯です。 今から確か・・18年前におきて未解決になったんじゃなかったかな?」  未解決・・つまりそれは、公訴時効を意味する。  「刑法大幅改正の前の事件ですか?」  「そう・・なりますね。」    現在の殺人罪の公訴時効は25年。2005年の刑法改正のときに変更となった。 しかし、刑法が改正される前に発生した事件の時効は、改正される前の刑法の時効が適応される。  つまり、2005年以降に発生した殺人事件の時効は25年だが、2005年以前に 発生した殺人事件の時効は15年だと言うことだ。  「じゃあ、DL6のトリガーは?」   となると、もう1つが気になる。  「あぁ、それは“Q.E.D.”の裁判の事です。」  “Q.E.D.”の裁判?ということは、その殺人犯は逮捕されたと言うことなのだろうか?  「まさか、その裁判って・・」  「えぇ、DL6号事件の引き金となった。御剣信と狩魔豪の裁判だったんですよ。その裁判は。」  なるほど・・だからDL6のトリガーだったのか。と上片は納得する。  「あの事件は、裁判で御剣弁護士が狩魔検事の不正を暴いたことが、 狩魔豪に御剣信に対する殺意を芽生えさせるきっかけとなりましたからね。」  そうだ。あの裁判が全ての始まりだったとも言える。  「まぁ、そもそもあの事件には警察・検察の焦りが反映してましたからね。」  「焦り?」  焦り。当時自分は子供だったので、この事件については知らない。それは刃多も同様のはずだ。  「自分も詳しくは知りません。当時の関係者は口をつぐむばかりで、ただ・・」  「ただ?」  その顔は曇っていた。  「狩魔豪の不正は、しょうがなかったのかもしれない。」  「不正が・・仕方ない?」  弁護士にとっては信じられない言葉だ。だが、次に刃多の言葉から出た言葉は信じられないものだった。  「狩魔豪は、生贄・・もしくは、捨て駒だったのでしょう。」  捨て駒。嫌な言葉だ。まるで次の替えがあるかのような・・そして、そいつはどうなっても良いような。    同日 午前9時55分 ???????????????   「厄介なことだ。18年前に封じ込められたものだと思っていたのに・・」  限られた者しか近づくことのできない一室にある、この会議室。  「何とか18年前は有罪判決でケリがついた。そして、我らの不正はあの男が背負った。」  窓から見る景色は、とても広い。全てを見下ろすことができる部屋だ。  「世論はこれで抑制できた。しかし、この再発で何かあったら困るのだ。仮にも不安要素はまだ残っているのにな。」  その部屋にいる男達は、みな上流階級のもののような物腰だ。  「今回の事件が、18年前と同一犯なら・・それは大きな問題となる。それは防がねばならない。」  部屋には倉庫の血文字“Q.E.D.”の写真がある。  「つまり、早い話・・今回の事件の犯人が18年前とは違うと言うことを証明すればいいでしょう。」  「可能なのだろうか?果たしてそれは・・」  自ら育てた闇に、人はさらにのめり込んでゆく。  「今回の事件の担当検事に、灯火あかりを任命させた。」  「灯火・・あかりだと?大丈夫なのか?彼女はあれでもあそこの出身者で、ひが・・」  「大丈夫です。彼女は狩魔の教えを叩き込まれている。」  その男も窓に近づく。まるで、この世の全てを手に入れたかのような支配感。しかし、それは闇の中で見える偽りの支配感。  「それに、彼女の病気がこんな時に役の立つでは?」  自らの育て闇に、人はのめり込み、喰われ、そして滅びる。これはその第1段階だろう。  同日 午前11時11分 留置所  人を一時的に拘束する。鉄の屋敷。僕はそこにやってきた。  「もしもし・・成歩堂さんですか?」  僕は、留置所にあざみさんという名の女性と面会するためにやってきた。  「それが・・実はそのことで成歩堂さんに頼みがあるんです。」  ただ、面会する前に、どうしても調べておきたい事件があった。 宇沙樹ちゃんの過去に深く関わっている事件“Q.E.D.”について。  「それで、その事件について調べて欲しいんです。その事件と今回の事件。何かありそうで・・」  それで、僕自身が数年前に知り合った弁護士。 成歩堂龍一と言う人に、こうしてその事件について調べてくれないかと頼んでいる。  「僕自身はそっちまで調べる余裕が無いんですよ。」  複雑な話を最後まで、丁寧に聞いてくれた成歩堂さんはやがて・・  『分かったよ。ちょうど暇だし。』  僕の頼みを快く引き受けてくれた。  「そうですか・・ありがとうございます。」  あとは、あざみさんという女性に面会をするだけだ。僕は面会室の重い扉を開けた。  同日 午前11時21分 留置所・面会室  面会室。アクリル版の向こうからやってきた女性は、とても美しかった。  「あなたは?」  僕は改めて座りなおすと、その女性にこう言った。  「僕は上片正義。弁護士をやっています。」  「弁護士さん?」  女性は青いワンピースを着ている。ちょっぴり大人の女性の魅力と言うものがある。  「蒼井あざみさんですね?」  「はい。そうですが。」  とても物静かな印象が強い。  「僕はですね。こころ診療所の日安寺健次郎さんと、検察事務官の刃多さんたちに、あなたの弁護を依頼されました。」  「そう・・でしたの。」  とても浮かない顔をしているあざみさん。僕は女性と言うものがよく分からない。  「やはり、裁判になりそうですか?」  「えぇ、話によると明日が裁判のようです。」  「明日・・ですか。」  共に沈んだ顔になる。やはり、いくら民事裁判が訴訟の多さからスムーズ化されたと言っても、 刑事の序審制度の速さにはさすがに敵わない。元々民事専門の僕はそう感じた。  「あなたは、殺害してないんですよね?その・・」  ここまで言って言葉が詰まった。何故なら、今回の被害者は・・  「はい。私が殺すなんて・・考えられません。仮にも恩を感じるほどお世話になっているというに・・。」  被害者は健次郎の妻で、共に診療所を営んでいた日安寺こころだ。彼女の死は、夫の健次郎はもちろん、 そこで一緒に暮らしていた子供達や宇沙樹にまでも悲しさをもたらしている。  当然、彼女もそれは同じだろう。  「そうですか・・。宜しければ、あなたが逮捕されるまでの状況を話してくれませんか?」  とにかく情報が必要だ。今回の事件、とても厄介だろうと言うのは想像ができる。診療所で糸鋸も言っていたが、 状況的に犯人は彼女しかありえない。それがとても気になっていた。  「えぇ、分かりました。全ては私自身のためですものね。」  あざみはそのまま顔を下に下げると、話し始めた。  「あれは、私が目を覚ました朝のことでした。私はあの診療所にお世話になっています。 それで、少しでもお役に立てるようにと、朝はこころさんと早起きして仕事をしているんです。」  そう言われれば、事件は早朝に起きたような話だった気がする。  「朝の5時15分頃に起きて、こころさんと子供達の朝食の支度を始めるのですが、その日に限って、 30分になってもこころさんは台所に来なかったんです。」  「来なかった?」  つまり、いつもと違う何かがあの日起こっていたと言うことか?  「はい。それで、私はこころさんと健次郎さんの夫婦の部屋を訪ねたのですが、2人ともすでに起きた後で。」  「起きた後・・、あざみさん。健次郎さんは毎朝起きて何をしているのですか?」  夫婦は共に早起きしている。となれば、その時起きていたはずの健次郎が怪しい。  「健次郎さんは、1キロほど離れた知り合いの牧場で、牛乳を搾りに行っているんです。1週間に2回くらいですかね。」  「ということは、ちょうどその日は搾りに行く日で?」  「そういうことになりますね。」  あんな離れた山奥からさらに離れたところに人が住んでいる。それだけでも驚きだった。  「それで、あなたはその後どうしたんですか?」  その後の行動。まぁ、ここが一番のポイントだろう。  「私は・・その後診療所内を子供達が起きないように探し回りました。でも、診療所には居なくて・・ それで、よく見るとこころさんの靴が無かったんです。」  「靴・・ですか?」  靴が無かった。つまりこれを見たあざみは、彼女が外へ出たと考えたのだろう。  「そうです。それで私、こころさんは外に居ると思ったんです。そして、外へ出ました。」  外・・そして、あの診療所の外で目に付く場所は1つだろう。  「そしたら、倉庫の扉が開いたままだったんです。」  やはりか・・と上片は思った。宇沙樹の後をついて行って、診療所の敷地内をある程度見た上片は、 外には倉庫くらいしかないんだなぁ・・と感じていた。よって、外で目に付く場所はそこしかありえないだろうと考えていた。  「倉庫の扉が開いていた。やはり不自然なことだったんですか?」  「そうですね。倉庫の扉が開いているのは確かにおかしなことです。いつも鍵がかかっていますから。」  鍵がいつも掛けられている。つまりそれは、あの倉庫は通常密室状態にあったことを意味している。  「あの倉庫。健次郎さんがミルクを搾りに行く日だけ。朝は鍵が開けられるんです。」  「それは、乳絞りの道具か何かを?」  だが、それだと何かがおかしく感じられる。  「えぇ。道具をとるためにです。」  「しかし、それだと倉庫が開いているのは不自然じゃないと思いますけど。」  そこが問題なのだ。この話だけだと倉庫の鍵が開いていると言う事実は何ら不自然じゃない。  「まぁ、そうなのかもしれませんけど。昔子供が倉庫が閉じ込められる事件があってから。倉庫の鍵の管理は厳重になってまして・・」  鍵・・意外と厄介なものになりそう感じだ。  「倉庫・・健次郎さんは道具を取ると、そのまま鍵を閉めて乳絞りへ行くんです。」  「そのまま閉めてですか?」  やはり、厄介なことは現実となりそうだ。  「そうです。そして、そのまま鍵を持って乳搾りに行くんです。」  「そのまま鍵を持って!?」  上片はそんなバカな!?と思った。だったら、どうやって倉庫の鍵は開かれたのか?  「じゃあ、次に鍵が開かれるのは、乳搾りから戻ってきた健次郎さんが開けるときですか?」  「そうなりますね。」  だとしたら、鍵の問題はどうなるのか?  「あざみさん。1つ伺いたいことが。」  「何でしょうか?」  上片は鍵の事である質問をする。  「健次郎さんが持っている倉庫の鍵以外に、倉庫を開けることのできる鍵は存在しますか?」  事件現場を見ても、倉庫の鍵が壊されていたらすぐに分かるはずだ。だが、そんな痕跡は無かった。 つまり、他に開けることのできた鍵が存在しなくてはならない。  「そういえば・・確か、2人の部屋には診療所全ての鍵を開けることのできるマスターキーがあったと思います。 ひょっとしたら、それを使ったのかも・・。」  「マスターキーですか。」  となれば、マスターキーが使われた可能性が非常に高くなってくる。  「それで、あなたは倉庫が怪しいと思ってどうしたのですか?」  話をとりあえずそこへ戻す。ポイントはここからかもしれない。  「私は、何故か倉庫が開いているのが不自然に感じ、中へ入ったんです。 すると、奥の少し暗いほうで誰かが倒れていたのを見つけたんです。」  それは無論、日安寺こころだろう。  「血の匂いも凄くて、私が壁に手をつけると、ベタッと何かがついたんです。見てみると血でした。」  限りなく疑われやすい状況になってきている。  「そして、何かにつまづきました。それを触ったところ、暗くてよく分からないけどスコップみたいでした。」  「スコップですか・・。」  とにかくこの時期の午前5時ごろだ。微妙に明るくなっているとはいえ、窓の無い倉庫では結構暗いものだろう。  「それで、その後どうなりました?」  「それが・・」  とても言いにくそうなあざみ。何かそこであったのだろうか?  「そこでちょうど戻ってきたんです。健次郎さんが。」  「何ですって!?」  上片は最悪のタイミングだと思った。つまり、あの事件の第1発見者である健次郎は、 同時に現場にいたあざみを目撃したことになるのだ。  「なるほど・・と言うことは、鍵を持っていた健次郎さんがそこで戻ってきたなら、 犯行時に倉庫を開けるのに使われたのはマスターキーということになりますね。」  とりあえず、冷静になって状況を整理してみる。  「そういうことになりますね。」  「そして、あざみさんが来た時には倉庫が開いていた。よってマスターキーを使ったのはこころさんが別の第3者か。」  ここでその言葉にあざみが反応する。  「でも、子供達ではないですね。あの子達は殺人なんてできるわけ無いでしょうし・・それ以前に。」  「それ以前に?」  どうやら、マスターキーにはまだ秘密があるようだ。  「あのマスターキー。2人の部屋にあるのを知っているのは、健次郎さんにこころさん。そして私だけなんです。」  「健次郎さんとこころさんに、あざみさんですか。」  つまり、事実上あの診療所で鍵を開けれたのはその3人。だが・・  (健次郎さんは除外だよな。仮にも乳搾りに言っていて、そのアリバイも友人が証明するだろう。)  となれば、あざみさんが犯人で無いなら開けれた人物はただ1人。  (鍵を開けたのは・・被害者本人!?)  どうにも状況が飲み込めない。上片は何度か頭を振ってもう1度考え直す。  「上片さん?やっぱり犯人は部外者なんでしょうか?」  あざみの透き通った声が上片の頭の中で響く。  「その可能性が高いかもしれません。あの診療所の関係者で、殺害が可能だった人物はいませんからね。」  無論、あざみを除外した場合だ。それに上片は当然、あの診療所の子供が殺害したとは考えていない。 それらの2つを踏まえての回答だ。  「そうですか・・ありがとうございます。私を信じてくれて。」  「いえ、それが僕たちの使命ですから。」  弁護士は人を信じることが使命。人を信じることができなくなったら弁護士はできない。自分の師も、成歩堂も言っていた。  「それじゃあ、僕は調査の為に現場へ戻ります。」  「分かりました。それでは、明日はよろしくお願いします。」  立ち上がった上片に、あざみは深く礼をした。  「任せてください。健次郎さんのためにも、そして・・刀技検事のためにもあなたを救って見せます。」  「刀技・・・・検事・・・・さん?」  あざみが不思議そうな顔をしている。だが、それ以上に不思議な顔をしているのは上片のほうだ。  「え?知り合いじゃないですか?刀技検事と?」  確か、刀技とあざみは・・知り合い。というか、刀技にとって大切な人だと聞いたはずなのだが。  「いえ、私はそう言う方を存じておりません。」  おかしい。何故彼女はそう言うのか?だが、顔は嘘をついているような顔じゃない。  「そうですか・・すいませんでした。最後に妙なことを言って。」  「いえ、構いませんよ。」  上片は扉に手をかける。  「それでは失礼しました。」  バタン・・と扉の閉まる音。やけに虚しく響く。ここで上片はハッとした。    (まさか、彼女は・・)  彼女自身。あの診療所の出身者ではないかと言うことに気づく。診療所の出身者。 つまり、その過去には何が潜んでいるということに。  同日 午後12時43分 葉桜院・境内  「あ、イトノコさーん!!どうしたんですか?こんなところに!?」  怪しげな装束を着ている少女がいる。いや、少女に見えるだけで、実は大人なのかもしれない。  「いやぁ、実は事件があってッスね。」  「あ、おヒゲの刑事さん!お久しぶりです。」  「お、お久しぶりッス。お嬢ちゃん。またしばらく見ないうちに大きくなったッスねぇ。」  そしてさらに、似たような装束を着ている女の子が居る。こちらは正真正銘の少女だろう。  「事件ですか?ここで?」  「そうなんスよ。この奥のほうの診療所で殺人事件があったッス。」  この2人は姉妹だろうか?だとしたらこの女性は姉になるのかもしれない。  「でも、イトノコさんはこっちの管轄じゃないじゃないですか?」  「まぁ、そうなんスが。」  2人は境内の掃除をしていたらしい。  「この間の事件でここに来たッスから、ちょっとこの周辺の案内を頼まれたッス。」  「案内・・ですか?ひょっとして、イトノコ刑事さんのお隣にいる美しいこの方が?」  小さい少女が私を見てそう尋ねている。  「そうッスよ。さすがお嬢ちゃん。頭がいいッスねぇ。」  誉めているつもりなのだろうが、普通隣にいる人間を確認できない人はいないだろう。  「イトノコさん。その人は誰ですか?ひょっとして恋人とか?」  「よよよ、よしてほしいッス!!自分はマコ君一筋・・あああああッス!!」  いちいち騒がしい刑事だ。  「お、お姉さんの名前は何て言うのですか?」  小さい少女が尋ねてきた。私は少女の目線まで体を下げると優しく言った。  「灯火あかり。検察局からやってきた検事よ。」  「へぇー、検事なんですか。ドレスを着ているから全然見えませんでしたよ。」  もう1人の少女が言った。  「そう、一応お褒めの言葉として受け取っておくわ。」  今日は私のお気に入りの青のドレスだ。少し嬉しかった。  「あの・・そのクマのお人形さんは何ですか?」  小学生くらいなのだろう。小さいその少女は、私が手にしているクマの人形を見ると、興味心身に尋ねてきた。  「これはね。私のお友達・・クマちゃん2号よ。」  「クマちゃん2号って言うんですか、とても可愛らしい名前ですね。」  私は嬉しくなって彼女の頭をなでてあげた。  「そうそう、刑事。ここには住職がいるのよね?」  「えぇ、ビキニさんという住職がいるッスけど。」  まぁ、1日は長い。ゆっくりしていもいいのだが、準備が必要なのも事実。そこまで悠著に構えてもいられない。  「あなたたちにも聞きたいことがあるの。話を聞かせてくれるかしら?」  同日 午後1時22分 こころ診療所・倉庫  早速現場へと戻ってきた僕は、真っ先にこの現場へと向かった。  「“Q.E.D.”か、一体どういう意味なんだろうな?」  現場に残された血文字。これの意味する言葉が分からない。  「我証明せり。って意味さ。ラテン語で証明終了との意味も持つ。」  「えっ!?」  突如後ろから聞こえた声。慌てて振り向いた。  「あなたは?」  「俺か?俺は“風呂井俊治(ふろいしゅんじ)”。見ての通り暇人さ。」  倉庫のテープの前に立っている彼はそう言う。何者なのだろうか?  「あなたは?」  「さっきも言ったけど暇人さ。それより、アンタは弁護士だろ?」  20代後半から30代前半に見える年齢。服装は今時のファッションでも意識しているような感じだ。  「ど、どうして・・弁護士だと?」  バッチはしているが、背後ではそれも見えないはずだ。だが、彼は言う。  「まず、警察関係者ならそんなスーツは着てねぇ。」  彼は僕を真っ直ぐと見つめながら続ける。  「しかし、刑事の可能性もある。が違う。周りの警官や鑑識に指示をしていない。 逆に指示を受けているところを見ると、警察関係者じゃねぇだろ?」  そう言えば、さきほど現場を荒らさないでくれと言われていたとことを思い出す。  「でだ。序審制度において、検事はよく警察と合同調査することが多くなった。 その場合、犯罪を立件する検事が立場上では上だが、さっきも言ったように指示されているから違う。」  確かに、検察が警察と合同調査をする機会は序審制度の成立以後、格段に増えた。  「つまり、警察でも鑑識でも検事でもねぇスーツを着た事件に関わる人間なんざ。弁護士しかいねぇわけよ。」  「確かに言う通りですね。」   的を得た推理である。  「あなたはここの関係者で?」   何にせよ。新たな関係者であることは間違いなさそうだ。一般人立ち入り禁止の診療所に、 警察関係者でも何でもない人物がいるのだから。  「あ?まぁな。」  「話を良かったら聞かせてもらえませんか?」  上片は体を前に向けるとそう言った。  「いいぜ。でも、話をするならその黄色のテープから出てくれねぇか? さすがに倉庫の前の“KEEP OUT”だけは踏み越える勇気がなくてよ。」  そう言えば、さっきからこの男性はそのテープを手でいじっているだけで入ってこようとはしない。まぁ、それが普通なのだが。  「分かりました。ちょっと待ってください。」  倉庫から外へ出る上片。風呂井は外へ出た上片を見るとこう言う。  「あんた、耳が悪いのか?」  両耳にある小さいレシーバーを見ての発言だろう。  「えぇ、ちょっと。後遺症みたいなやつです。」  「そうなのか・・まぁいい。」  風呂井は淡々とした口調で話をしている。  「それより、あたなはここの関係者で?」  「まぁな。」  関係者だろうと言うことは確かだ。だが、どういう意味での関係者か分からない。  (診療所の職員じゃなさそうだよな。だったら、可能性は1つか・・)  ここまで考えれば、おのずとそれしか答えは出ないだろう。  「ひょっとして、診療所出身者ですか?」  風呂井は面白そうな顔をする。  「へぇー、鋭いね。その通りさ。俺はこころ診療所の出身者さ。」  診療所の出身者・・つまり、この人生において悩みを持ってなさそうに見える彼も、何か過去の秘密を抱えていると言うことだ。  「今はこの通り普通に生活してる。プログラマーと言う職にも就いた。」  どうやら、今は本当に普通の生活をしているらしい。  「それにしても、今日はどうして診療所に?」  「ん?俺か?えーっとな、診療所のパソコンの調子がおかしいってこころさんが言ってたんで、直しに来てやったんだ。 ついでに俺特性のプログラムでも組み込んでやろうと思ったんだけどな。」  どこか寂しそうな顔をしている風呂井。まぁ、そのこころが殺害されたのだ。無理もないだろう。  「風呂井さんは、いつこの診療所に?」  考えてみれば、自分たちが最初に訪れた時には風呂井はまだいなかった。  「あぁ、俺は1時10分頃だったかな。その時間に来て、で、警察と優雅に俺を入れるように説得してこの敷地内へ入った。」  非常に普通の顔をして普通に言っているが、実際は口論になっているような気がしてたまらない上片。  「自分は到着してからそのまま倉庫へ行ったから見てないんだ・・」  ふとそう漏らした。しかしそれにしても、1つだけ引っかかることがある。  「そういえば、どうして“Q.E.D.”の意味をご存知で?」  「あぁ、あれね。」  自慢げな顔をしているところを見ると、専門分野なのだろうか?と感じる。  「まぁ、プログラマーって仕事してるからには、高等数学を学んでるわけよ。一応俺は。で、数学の証明ってあるだろ? 大学の数学好きや数学者が使うのかも知れねぇが、証明が終了した時に、よく証明終了って意味で “Q.E.D.”を証明の最後につけるんだよ。」  「はあ・・」  法関係はそういうものに無縁だ。よって上片は多少頭を痛くする。  「まぁ、弁護士は数式とは無縁だよな。はは。」  そう言って笑われると少しムッとするが・・。  「それにしても、以外ですね。そんな風呂井さんが診療所出身者なんて。」  「そうか?人ってのは見かけにはよらねぇのよ。弁護士さん。」  もっともらしいことを言われてしまう。それにしても、疑問なのだが・・  「風呂井さんって、過去に何があったんですか?」  場を一瞬の沈黙が支配する。  「弁護士さん。」  「何ですか?」  マズイ事を聞いたような雰囲気だ。  「人の心は繊細なんだぜ。どんな動物よりも傷つき、壊れやすい。それこそ機械以上にな。」  風呂井はそう言ったきり早足で現場を去る。  (診療所出身者にこの質問はタブーなのか?)  風呂井が診療所内に入っていくところを静かに見守りながらそう感じた上片だった。  同日 午後3時43分 地方裁判所・資料室  私はこの資料を見て体が震えた。理由は1つ。  パパの完璧と言う名の歯車が、15年と言う月日をかけて狂いだした事件だったから。  「12月28日。担当検事・狩魔豪。担当弁護士・御剣信。」  15年・・長いようでそれまで積み上げてきた完璧な経歴の時間と比べれば短いもの。  「事件は12月4日発生。」  15年・・それまで築き上げた経歴と言う名の歯車を狂わせるには妥当な時間。  「“Q.E.D.”の犯行と見られる殺人・・。」  15年・・出来事が風化して消えかける時間。  「有罪判決が下る。」  15年・・人の気持ちを更なる何かへと誘う時間。  あの男に携帯で連絡をしようとするが、私の手は動かない。震えたまま。  何が私をそうさせるのか?私にはそれが分からない。  いつの間にムチを床に落としていることにも私は気づいていなかった。  同日 午後1時56分 こころ診療所・ベランダ  ロッキングチェアを眺めている男性がいた。年は風呂井と同じくらいだろう。  「どうして・・彼女が・・。」  切なそうな目だ。僕は思わず声をかけていた。  「あの?どうしました?」  「あぁ、ちょっと美しい思い出に浸ってました。」  「はぁ・・。」  早速意味が分からなかった。   「で、あなたは?」  そしてまた、この人物も診療所の関係者らしい。先ほどまで見なかった。  「あぁ、私は“小深幹司(こふかかんじ)”。作家をしてます。代表作は・・」  何か言い出した小深。  「“嗚呼 ゲシュタルト”が新人賞を受賞しました。」  (どんな本だよ!!?)  同時にタイトルにセンスがないと感じる。  「恋愛をテーマにしてます。嗚呼、まさにゲシュタルト!!」  非常に恐ろしい光景が目の前に広がってる。  「そして今の私もゲシュタルト!!」  もはや理解不能だ。  「あの・・あなはここの診療所の関係者で?」  「嗚呼、ゲシュタルトとは青年が淡い恋をした女性の名前!!」  聞いていない・・としか言いようがない。  「そして私のゲシュタルトは今檻の中!!何故に!!嗚呼、どうしてゲシュタルト!?」  ベランダで3流以下の役者の演技を見ているようで腹が立ってきた上片。  (ゲシュタルトってあざみさんのことか?あえて言わないほうがいいみたいだけど。)  賢明な判断だろう。  「そうそう、私はここの診療所の関係者ですよ。」  「はぁ。」  急にそう言われても逆に困る上片。  「あの、僕は先ほどあなたを見なかったのですが、いつ来たのですか?」  とりあえず、彼も風呂井と同じく自分より後に来たと考えるが。  「あぁ、私は1時丁度にここに出現しました。しばらく待合室等にいましたが。」  なるほど。だから最初会わなかったのかと納得する上片。  「ちなみに、何故今日は診療所へ?」  「あぁ、それはですね。今度発表する新作を2人にプレゼントしようと、無論私のゲシュタルトにもね。」  「はぁ。」  やはり意味不明だ。  「ちなみに新作の名前は“仮視的な運動”。今度はミステリーに挑戦しました。最後は燃え上がる恋で終わりますがね。」  どんなストーリーだよ。と誰もが思うだろう。  「今日は私のゲシュタルトに近づいている忌々しい革ジャン男がいないから、アタックのチャンスだと思ったのに・・ こんなことになるなんて。」  態度を一変、今度は急に落ち込む小深。ちなみに革ジャン男とは恐らく・・  (刀技検事だな。)  彼しかいないだろう。  「そういえば、あなたもこの診療所の関係者で?」  まぁ、当然と言えば当然の質問だろう。風呂井もそうだったのだから。  「言うに及ばず、私も一応ここの出身者ですが?」  そう考えるとここの出身者の宇沙樹が普通の性格なのにやや疑問を感じてきた上片。  「はぁ、何か病気でも?」  「・・・・・・。」  今までとは変わり、一気に黙り込んだ小深。  (あれ・・?)  「あなた。名前は?」  やっと出した言葉はそれだった。  「えっ!?上片正義を言いますが・・」  「上片さん。あなたは知らない。ここの出身者の傷をね。」  傷・・どういうことなのか?  「あなたは何も感じずにその傷を広げているのでは?」  そう言うと診療所内へと入っていった小深。どうも、ここの出身者達は、みな話したくない過去を持ってるようだ。  同日 午後3時59分 警察署・資料室  僕は携帯を取っていた。  「もしもし。狩魔検事?何か見つかりましたか。」   電話の主は狩魔冥だ。ムチが飛んでこない分電話のほうが会話では安心できる。  『えぇ、DL6号事件の資料を見つけたわ。』  DL6号事件・・まさかこれが“Q.E.D.”に関わっているとは思わなかった成歩堂。  『しかし、有罪判決になったことくらいしか、詳しいことが書かれていない気がするわ。 まぁ、あまり真面目に見ていないから断定はできないけど。』  「そうですか・・。」  成歩堂は2001年の2月の資料を探っていた。  『一応FAXで送っておくわ。』  「ありがとう。すまないね。狩魔検事。」  僕は無難に例を言う。電話越しにムチの音を聞かされても困るからだ。  『しかし、どうも気になるわ。“Q.E.D.”は。』  「何がですか?」  僕はまだ何も不思議に思っていなかった。だが、裁判所の裁判記録を見た冥は気づいていたのかもしれない。   『“Q.E.D.”はあなたの話によると連続殺人犯よ。でも、裁判所の裁判記録をいくら手当たり次第に探しても、 “Q.E.D.”の裁判は12月4日の殺人罪の審理しかないのよ。』  無論、その裁判があったのがあの28日だが・・  『どういうことかしら?何故殺人1件しか裁判記録が無いのだと思う。成歩堂龍一。』  「えっ!?」  資料を探っていた手が止まる。まさか・・裁判記録が1つしかない。それが意味する事実は。  同日 午後2時9分 こころ診療所・待合室  待合室へと戻った僕は、ここで再び初めて見る人を見つける。  「あの?」  「はい?」  茶色い美しい髪が手でいじりながら僕を見る女性。  「あなた、さっき僕がここに来た時は見なかったのですが・・この診療所の関係者で?」  「えぇ、そうですけど。どなた?」  椅子に座りながらその真っ直ぐな目でこっちを見つめてくる。  「僕は上片正義。弁護士です。この事件を調査しています。」  「そうなの。」  あくまで余計なことを口に出そうとはしない。  「あなたのお名前は?」  「“志賀真矢(しがまや)”。この診療所の出身者よ。今は裁判所書記官をしているわ。」  やはり出身者だったか・・、と思った。それにしても、ここでも気になるのは3点。まず1つ目。  「あの、何時ごろここに?」  「1時20分頃かしらね。そうだったと思うわ。」  1時20分・・やはり倉庫へそのまま行った自分が見ていないのには納得ができる。2つ目。  「今日は、何か用でも?」  「えぇ、今日はね。こころさんが最近腰を痛めたと聞いてたから、見舞いにと。」  「そうでしたか。」  来た時間。来た理由。これは普通と言えるだろう。ただ、もう1つの気になることが問題だ。  「もう1つ。お伺いしてもよろしいですか?」  「どうぞ。」  その質問を、違う形で聞く事にする。  「この診療所の出身者についてなんですが・・」  その時、どこかへ行っていたのだろうか?風呂井と小深の2人が待合室へと戻ってきた。  「出身者がどうかして?」  「えぇ、その・・出身者の人に、昔何があったかと聞くんですが・・」  後ろの診察室の扉が開いた。出てきたのは宇沙樹だった。  「あ・・上片さ」  だが、僕が彼女にこの質問をするのが若干速かった。  「誰も話してくれないんです。この診療所の出身者は、何故秘密にするのでしょうか?何かを?」  ズンッ!!  その時だ。僕の頭に鈍い衝撃が走る。まさか・・数時間前にも似たようなことがあった。  僕の目の前の景色が、一瞬にして漆黒の闇へと変貌していく。    ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ・・ガシャンガシャンガシャン!!  まただ。目の前に、無数の鎖が見える。  それは、この診療所内にいる風呂井・小深・志賀・宇沙樹の4人全員の周りに複雑に絡み合っている。  「こ、これは一体!?」  そして、これまた全員に赤い南京錠が見える。3つずつ。  「上片・・と言ったわね。あなた。」  「は、はい。」  志賀の言葉は冷たかった。  「人の心を覗いていい者はこの世にいないの。それが例え神であろうと。」  何故、ここの者達はそれほど恐れるのだろうか?いや、一種の拒絶に見える。 そして、その4人の意思に深く結びあっているのか。待合室の真ん中にある水晶が、今まで1番大きな光を放っている。  「その力に触れることを禁じたはずだ。上片さん。」  気がつくと、後ろには健次郎がいた。  「健次郎さん。いい加減説明をお願いします。これは何ですか!?」  僕はこの異常な景色を唯一説明できる健次郎さんに詰め寄る。  「これはな。君のような何も知らない人間が持ってはいけない力だ。」  健次郎はそのまま、待合室の水晶を持つ。  「これをそのままここに放置していた私の問題でもあるかもしれない。だから、これは私が持っておく。」  「ちょ、ちょっと待ってください!!」  健次郎はその呼びかけには答えず、そのまま水晶を持って去ってしまう。 そして、その光が遠くへ去ると共に、目の前の闇は消え、鎖と錠はぼやけて消えてしまった。  「か、上片さん?」  次に響いたのは、宇沙樹の声だ。  「う、宇沙樹ちゃん・・。」  僕は振り向くと思い出した。宇沙樹ちゃん自身にも錠があったことを。  「どうしたんですか?顔色悪いですよ。」  「い、いや。大丈夫だよ。それより、宇沙樹ちゃんはもう大丈夫なのかい?」  僕は、この動揺を隠すために、平静を装い宇沙樹ちゃんにそう言った。  「えぇ、私は少し診察室のベットで休ませて貰ったから大丈夫ですけど。本当に大丈夫ですか?」  「うん。大丈夫さ。調査も順調に進んでいるし。」  まぁ、謎な部分も多いのだけれども・・  「そうですか、ならいいんですけど。そう言えば、今回の事件の担当検事って誰なんですか?」   そう言えば、宇沙樹は先ほどまで休んでいたから知らないんだったなと、上片は思い出した。  「あぁ、灯火検事って言う人らしいよ。今回の検事は。」  だけど、僕はここでさらに驚きの事実を知ることになる。  「と、灯火・・あかり!?」  宇沙樹はとても驚いている。というより、言葉を失っていると言うのが正確か?  「う、宇沙樹ちゃん?どうして、名前を・・」  知ってるんだ。と言おうとした。でも、その問いよりも早く返事が来る。  「あかりと私は、この診療所の出身者で・・友達でした。」  「何だって!?」  灯火あかり・・まさか、この診療所の出身者だったとは。  同日 午後4時3分 警察署・資料室  僕は1つの仮説をたてた。何故、“Q.E.D.”の裁判が1件しかなかったのかに?  「狩魔検事。ひょっとしたら、“Q.E.D.”の事件は・・全部解決していないのかもしれない。」  『解決していない!?そんなバカな・・裁判が行われていると言うことは、逮捕されたということじゃない。』  確かにそうだ。だが、ここで1つの問題がある。  「だったら何故、それらの事件は裁判が行われていないんだい?」  『それは・・。』  そう、つまり答えは1つ。  「警察は、その他の事件で12月4日に捕まった“Q.E.D.”が犯人であると言うことを立証できなかったんだ。 そして、その裁判記録がいくら探しても無いと言うことは・・」  『まさか、事件は・・』  そう、答えは1つだ。  「そう、事件は未解決で終わったんだ。」  未解決。そして、これだけの凶悪事件となれば、当然事件は・・  「あとは、これらの事件の犯罪識別ナンバーが分かればいいだけなんだ。きっと・・」  犯罪識別ナンバー。警視庁がつける事件の名前だ。  『成歩堂龍一。事件のナンバーは、事件が起きた順につけられるのは知ってるかしら?』  「起きた順?」  狩魔冥が突然そう言った。どういうことなんだ?  『もし、その仮説が正しければ、“Q.E.D.”関連として1つに事件がまとめられていれば、 “Q.E.D.”最後の事件は12月4日になるわ。』  12月4日・・何が言いたいのだろう?  『いい。12月28日のDL6号事件と時期が近いわ。』  「!!!!!?」  僕は急いで2001年12月の資料をまとめているところへ戻った。まさか・・と思った。 僕の記憶が正しければ、あの時“DL6号事件”のファイルの隣には・・    <2001年事件資料>  DL6号事件(解決)  DL5号事件(未解決・2016年11月27日。全ての時効成立)  「あった・・。」  僕は無意識のうちにそのファイルを手にとった。  同日 某時刻 ???????????????  ばれてない。まだばれてない。  やっぱり警察はバカだ。弁護士もだ。    そのスリルが何ともいえなかった。    僕は、あの時とは違う。知能を得た。18年と言う月日の中で・・  そして、今回もまた、身代わりができた。  そいつが有罪になれば・・  つづく

あとがき

前回の連載は非常にオリジナル色が濃かったです。まぁ、それでいて長かったですが。 で、この話から、徐々に逆裁本編のストーリーが絡んできます。 前回オリジナル色が強かったのは、一応彼らの紹介の意味あいが強いですね。 この話もそう言う意味ではオリジナル色が強いでしょうが・・。 ここから少しずつ、逆裁本編に繋げていくことが自分の目標です。 ちなみに、今回のテーマは記憶。 以上、麒麟でした。

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