終わりなき逆転(第1話)


 裁判所前は大雨だった。弁護士の成歩堂龍一は、雨に打たれながら、遠い目で空を見上げ、呆然と立ち尽くしていた。自分の無力さに打ちひしがれて。
 『検事・御剣怜侍は死を選ぶ』。ふと、3年前に親友の御剣怜侍が書き残したメモを思い浮かべて、彼は思った。「弁護士・成歩堂龍一も死を選ぶべきなのだろうか?」と。答えは見つからない。ただ、呆然と立ち尽くすばかりであった。


 事件は、一本の電話から始まった。

 ある梅雨時の成歩堂法律事務所で、その電話は鳴った。携帯電話ではなく、事務所のデスクにおいてある電話だったので、直感的に依頼だと僕は思った。
 いつもなら、電話が鳴るとすぐさま受話器を取る助手がいる。綾里真宵だ。法律事務所の助手というのは仮の姿で、本職は霊媒師というとても怪しげな女の子である。今は、倉院流霊媒道の家元になったことで、葉桜院という修行場で、霊媒師の修行に励んでいる(筈である)。そのため、今は一人しかいない僕が、受話器に手を伸ばした。
「はい、成歩堂法律事務所です。」
「お前が、な・・・歩堂・・龍・・・か?」

 電波の具合が悪いせいか、途切れ途切れに雑音が入っていたが、自分の名前を呼んでいることに気づいた。
「はい、そうですけど。」
「いいか、よく聞くんだ。み・・・ぎちな・・・・復か・・・する。」
「えっ?何ですって。」
「だか・・ら、美柳・・・なみが・・復・・活する・・・だって・・・グアッ!!」
「もしもし!!もしもし!!」

 切れてしまった。でも、わずかだが聞き取ることができた。『美柳ちなみが復活する』。そう聞こえた。電話の内容とうめき声が気になるものの、どこでかけられたかも、誰が電話したのかもわからない。仕方なく、次にかかってくるのを待ちながら、テレビを見ていた。すると一時間後、また電話がかかってきた。が、今度は携帯電話だった。携帯電話の時刻は3時15分と表示されていた。ボタンを押して耳に近づけると、聞き覚えのある声がした。
「あっ、もしもしッス。成歩堂ッスか?」
「イトノコ刑事・・・・。どうしたんですか。また何か事件でも起こったんですか。」
「そッス。被告人がアンタに依頼を頼んだから、こうして電話したッス。」
「そうですか。それで、どんな事件なんですか。」
「そ、それなんスが・・・・。」
 糸鋸刑事はその言葉で黙ってしまった。いったいどんな事件なのか、余計に気になってしまう。
「いいから、言って下さい。じゃなきゃ、弁護の仕様がありません。」
「わ、わかったッス。実は、被害者の名前なんスが・・・・・美柳 蒼介(みやなぎ そうすけ)っていうッス。」
「み、美柳だってえぇぇーーーー。まさか・・・・」
「そのまさかッス。美柳蒼介は、美柳ちなみの実の父親ッス。宝石商をやってるらしいッスが。」

 美柳ちなみ・・・。その言葉は、二度と聞くことはないと思っていた。僕と彼女が初めて逢ったのは、6年ほど前の裁判所でだった。運命的な出会いで、僕たちは付き合い始めた。だが、その運命も仕組まれたものだった。
 それよりも昔の7年前、狂言誘拐の犯人殺害として、同じ共犯者の尾並田美散の法廷で、彼女は目撃者として出廷した。しかし、僕の永遠の師匠・綾里千尋と、その上司・神乃木荘龍によって、真犯人として告発されてしまう。だが、被告人の自殺によって、その裁判の判決は無効となってしまった。そして1年後、その再調査をした神乃木荘龍を呼び出して、毒入りのコーヒーを飲ませ、その証拠をたまたま出会った僕にプレゼントして、身体検査の難を逃れたのだ。これが仕組まれた運命だった。
 さらに半年後も、殺人事件を起こし、今度こそ彼女に有罪判決が下され、死刑執行となった。しかし1年前、幽霊になっても、霊媒師に乗り移って殺人計画を実行しようと考えた。計画は失敗に終わったものの、そのせいで真宵ちゃんのお母さんを失ってしまったのだ。
 美柳ちなみの父親は、宝石商ということで事件で何度か話題になった。彼には、ちなみの他にあやめという双子の妹もいた。そして、妻・キミ子から逃げたあとに生まれたのが、真宵ちゃんの従姉妹にあたる、綾里春美なのだ。一度も顔を合わせたことがなくても、春美ちゃんと美柳蒼介は実の親子なのだ。

「実は・・・さらに、驚くことがあるんスが。」
「な、何ですか・・・・・?」
「今回の事件の被告人が、その妻の美柳 麗(うるは)なんス。妻といっても、被害者の再婚相手で、二人ともバツイチだったそうッスが・・・。」

 確かにそれも聞いたことがある。美柳蒼介はキミ子から逃げたあと、再婚したのだ。相手のほうも、勇希という娘を連れていたため、結婚の際、あやめを葉桜院に渡したのだ。そしてその勇希が、狂言誘拐に協力し、その数年後に口封じのために、殺された張本人なのだ。
「とにかく、彼女は留置所にいるはずッスから、行って話を聞くといいッス。」
 僕は、糸鋸刑事に軽く御礼を言うと受話器を置いて、留置所に向かった。


 留置所。今まで僕はここに、何度足を運んだかわからない。ここに閉じ込められている人々を救うのが、僕たち弁護士の仕事なのだ。ガラス板越しに、一人の女性の姿が見えた。とても娘がいたとは思えないほど、若々しくて綺麗な人である。春美ちゃんがもしここにいたら、多分ひっぱたかれていただろう。とりあえず椅子に腰掛け、話しかけることにした。

「あの〜、美柳麗さんですよね。」
「はい、そうです。あなたが、成歩堂さんですか。」
「そうです。事件について、詳しく伺いにきました。被害者は、あなたの夫なんですよね。」
「はい。蒼介は私の夫です。事件はおぼろ橋でおきました。刑事さんの話だと、ナイフで刺して殺したあと、橋から落として陸にたたきつけたそうです。」
 おぼろ橋・・・・。これまた、聞き覚えのある名前だ。ここで狂言誘拐が行われた。1年前は、落雷で燃え尽きた橋を僕が渡って、川に落ちて風邪までひいた。
「なぜ、あなたが捕まったんですか?」
「実は私、現場付近にいたんです。そこを目撃者に取り押さえられ、そのまま通報されたんです。」
「取り押さえられたんですか。これは厳しいですね。」
「私、殺人なんてしていませんっ!!!!・・・・ウッ・・」
 彼女は大声を発したかと思うと、急に目頭をおさえて、肩から提げていたハンドバッグから、手探りで薬ビンと水の入ったペットボトルを取り出した。そして、錠剤を口に入れ、水で一気に流し込んだ。少し落ち着いたようだった。

「すみません・・・・・・。昔から体のほうが弱くて、突然血圧が下がったりするんです。今は薬で何とかしていますが・・・・。」
「そうなんですか。」
 さっきの彼女の発言に、サイコ・ロックは見えなかった。病弱な体質から見ても、彼女がやったとは考えにくい。どうやら、信じてもよさそうだ。僕は、彼女といったん別れて、現場のおぼろ橋に向かうことにした。


 おぼろ橋は1年前とほとんど変わらない。そこでは、警察が忙しそうに回っている。そんな中、ぽつんと暇そうにたたずんでいる一人の刑事がいた。イトノコ刑事だ。さすがに管轄が違うと、自分の居場所が小さく感じるのだろう。かわいそうなので、声をかけることにした。
「やあ、あんたッスか。被告人の話は聞いたッスか?」
「聞きました。それで、目撃者のことが気になったんですが・・・・。」
「目撃者ッスか。悪いがアンタに勝ち目はないッス。事件の一部始終を目撃して、逃走しようとした被告人を捕まえた、大物ッスからね。」
「誰なんですか、その人?」
「ヒスイ検事ッス。」
「検事なんですか!?何でわざわざこんな山奥まで・・・・?」
「それは知らねッス。彼なら今、警察署の方で御剣検事の取調べを受けている頃ッス。」
 御剣が取調べをやってるということは、事件の担当検事は御剣か。ヒスイ検事なんて、聞いたことないな。
「でも、どうもあの二人様子がおかしかったッス。まあ、自分の勘ッスがね。」

「とにかく、事件についてもっと知りたいんです。特に、被害者のことについて。」
「しょうがないッスね。とりあえず、例のあれを見せるッス。」
 例のあれといえばひとつしかない。毎回といっていいほど、法廷記録に挟まれる解剖記録だ。それを読んでいて、1つ気づいたことがあった。
「何で、橋から落とされた時間が、こんなに正確なんですか。ここに、2時30分17秒って書いてありますけど・・・・。」
「被害者がつけている時計が、その時刻に止まっていたッス。きっと、橋から落とされたときのショックで壊れたんスね。」
「そういえば、動機はあるんですか。麗さんに。」
「動機といえるかはわからないッスが、被害者は娘のちなみと正反対に、正義感が強く、真面目な人だったそうッス。そのため、夜遅くまで宝石店の仕事をやって、帰りが遅くなることがよくあるッス。そのため彼女は、自分に愛情がないんじゃないかと、思ったんじゃないッスかね〜?」
「そんなものですかね?」

 そんなことを話していると、真宵ちゃんがこちらのほうへやってくるのが見えた。そういえば、彼女が修行している葉桜院はこの近くだっけ。彼女は僕たちのほうへ近づき、驚いた。

「あれ、なるほどくん。なんでこんなところにいるの。」
「あ、うん。殺人事件がここであってね。それで、被告人が僕に依頼を申し込んだんだよ。」
「殺人・・・・・・・・・」
 真宵ちゃんは、そう言うとうつむいて考え込んでしまった。僕は、それが気になった。
「どうしたの、真宵ちゃん。何かあったの・・・・?」
「えっ?い、いや、なんでもないよ・・・・。ちょ、ちょっとね・・・。ハハ、ハハハ
・・・・・。あ、!ほら、なるほどくん。あの岩見てよ。なんか赤いのがついてるよ。」
 彼女の指差すほうを向いてみると、そこには少し大きな岩があった。確かに、少し赤いものが付着している。近づいてよく見ると、それは紛れもない血だった。
「イトノコ刑事。被害者って、この岩で殴られたんですか?」
「いや、そんな報告は受けてないッス。」
「じゃ、この血は誰のなんだろうね、なるほどくん。」
 とりあえず、その岩の写真を撮っておいた。


 事件の捜査はこれぐらいだろうと思い、ぼくは真宵ちゃんと一緒に事務所に戻り、明日の対策を練ることにした。そのときの彼女の表情が、いつもと少し違って悲しそうだった。でも、問い詰めても、何も言ってくれなかった。僕は明日になってから、その表情の真意を知るのであった。これから2つの悪夢が起こることなど、今の僕には知る由もなかったのだ。


               つづく


あとがき


相変わらず一話分が長くてすみません。今回のその原因は、美柳ちなみの説明が長いことにあるのですが・・・・・。

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