終わりなき逆転(第2話)


    6月15日 午前9時27分 地方裁判所 被告人第2控え室

 特に真相がわかった訳ではないのに、今僕はこうして立っている。本当に麗さんの無実を証明できるのだろうか?被告人の麗さんと向かい合っている。意外に彼女は背が高く、腰まで伸びた黒い長髪が印象的だ。彼女の着ている青い装束のような着物が、『和服美人』という言葉を僕に連想させた。彼女のほうから僕に話をしてきた。
「本当に、私を弁護できるのでしょうか。昨日は、厳しいとおっしゃっていましたが・・・・・。」
「大丈夫です。必ずあなたを無罪にして見せます。そして、できれば蒼介さんを殺害した真犯人も、探し出せればと思っています。」
「蒼介さん・・・。彼は真面目を装っていますが、内面では結構、敵を作っている人なのです。その中から、犯人を見つけ出せるのでしょうか?」

 僕も最初、美柳蒼介が真面目な人だと知ったときは、正直言って驚いた。彼が綾里キミ子と結婚したのも、倉院流霊媒道の壮大なる権力が目的だったからだ。だが、キミ子が妹の舞子に家元の座を取られたため、蒼介は、「この里にいる必要はもうない。」と言い残し、娘のちなみとあやめを連れて、倉院の里を出て行ったのだ。

「とにかく僕は、あなたの無罪判決を最優先します。もう一度聞きます。あなたは、美柳蒼介を殺害しましたか。」
「いいえ、していません。」
 サイコ・ロックは現れない。不安だった僕に、一筋の光が差し込んだようだった。


   同日 午前10時 地方裁判所 第2法廷

 いつもどおりの時間に裁判は始まった。それ以外はいつもどおりではないのだが・・・・。裁判官の木槌が、傍聴席の騒ぎを一瞬にして沈めた。

「これより、美柳麗の法廷をしめやかに開廷します。弁護側、準備の方はよろしいですか。」
 今の状況に、準備もしめやかもあるものか。なぜ、裁判長の弟が始めてるんだ。これはやりづらい。実際、彼とは1年前に起こった怪人☆仮面マスク事件の、1度しか会ったことはないのだから。
「最初は、裁判長の兄が出廷する予定だったのですが、ひどい腹痛のため弟の私が引き受けることになりました。」
 それよりも、検事席が気になる。昨日の話からいけば、御剣が法廷に立っているはずなのに、そこには、見たこともない検事が立っていた。大体30歳前後の男性で、地味な黒ネクタイに、茶色いジャケットを羽織っている。今まで、僕が見てきた検事の服装の中では、最もまともと言えるだろう。最初に質問を投げかけたのは、裁判官の方だった。
「資料によりますと、今回の担当検事は御剣検事となっていますが、あなたは御剣検事ではないようですね。」
「確かに俺は、御剣ではない。氷水 空流(ひすい くーる)、以後お見知りおきを。今回は、御剣検事に頼んで、事件の担当を代わってもらったのだ。」
 自分の息子に『クール』なんて名前を付ける親の顔が、ちょっと見てみたくなってしまった。まあ、自分も人のことを言える名字ではないのだが・・・・。
「はあ、簡単に検事を交代してしまうとは。私はどうかと思いますな。」

 裁判官がそれを言い終えるかと思うと、氷水検事はポケットからタバコの箱を取りだした。そして、器用に片手で箱を押し上げてタバコを出すと、それに火をつけた。
「こらこら、法廷内は禁煙ですぞ。」
「禁煙がどうしたって。そんなことだから、この国の司法制度はお堅いって言われるんだよ。今時の検事を少しは見習いな。鞭やコーヒーを持ち込む検事がいるらしいじゃないか。それに比べれば、タバコの10本や20本ぐらい・・・」
「そんなに吸うと、早死にしますよ。」
「人は誰でも死ぬもんさ。それが早いか遅いかの違いだけだ。だが、いつ死のうと、誰でも心残りはあるもんなのさ。吸い終えた後に残る、タバコの吸殻のように、すべてを吸うことはできない。だから人は、その心残りを果たすために、幽霊にだってなれるんじゃねえか?」
「よくわかりませんが、とにかく始めましょうか。」
 やっと始まる。というか、氷水検事って幽霊を信じるんだ。
「なんかかっこいいよね、氷水検事。神乃木さんみたいで。」
 真宵ちゃんまでこういう始末か。無事終わるかな、この裁判・・・。
「では最初に、冒頭弁論を兼ねて、糸鋸刑事に事件の捜査報告をしてもらおうか。」

 その言葉を待っていたかのように、大きな音をたててドアが開き、イトノコ刑事が入廷した。
「証人の名前なんか聞いてもしょうがない。さっさと証言してもらおうか。」
「ムグッ。やっぱり、御剣検事のほうがよかったッス。」
「いいから、さっさと証言しろ!」
「は、はいッス。事件は、吾童山中のおぼろ橋で起きたッス。被害者は、美柳蒼介という宝石商の方で、死因はナイフによる刺殺ッス。犯人は、死体を橋から落とした後、逃げ出そうとしたんスが、事件の目撃者がその犯人を取り押さえ、そのまま通報したッス。その捕まった人が、そこにいる被告人なんス。」
「ふむう、決定的ですな。むっ、私には今、すべての真相が見えましたぞ。」
「いやいやいや。尋問がまだですよ。それでは、イトノコ刑事。通報はいつかかったて来たんですか。」
「2時50分ごろッス。現場から離れた山の中腹で捕まえたらしいッス。」
「その凶器のナイフは、どんなものだったんですか。」
「知らないッス。凶器はまだ見つかっていないんス。」
「異議あり!見つかってもいないのに、どうして凶器がナイフだとわかるんですか。」
「そ、それは、目撃者がそう証言したからッス。」
「なら、すぐにその目撃者を召喚してください。」
「召喚も何も、すぐ目の前にいるッス。検事席のほうに。」
「えっ!?」
 その言葉で思い出した。確か目撃者の名前は、ヒスイ検事といっていた。今の今まですっかり忘れていた自分が悔しい。
「それで、どうしますか弁護人。検事が証言をすると、不利になる場合がありますが・・・。」
「もちろん証言してもらいます。不利になるかどうかは、尋問をすれば、明らかになります。」
「俺が偽証することを前提に話を進めるとはな。いい度胸してるじゃねえか。」
「それじゃあ、証言してもらいましょうか、氷水検事。」

「おれはたまたま吾童山に登りに来たんだが、そこで見てしまったんだ。被告人の美柳麗が、美柳蒼介といっしょにおぼろ橋に立っているところを。時間は確か、2時15分頃だったか。なんとなく気になって見ていたら、彼女が被害者にナイフを刺したんだ。そして彼女は、おぼろ橋から遺体を突き落としたんだ。」
 ここにきて、また1つ思い出した。この声、どこかで聞いたことがあると、ずっと思ってた。今わかった。昨日、事務所に「美柳ちなみが復活する」と、電話してきた人の声にそっくりだ。
「どうした、黙りこくって。決定的すぎて言葉を失ったか?」
「なんでもありません。氷水検事、本当に見たんですか、被告人の犯行を。彼女は生まれつき、病弱な体質を持っています。犯行が行えるものなのでしょうか。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・お前、1箱分のタバコの原価を知ってるか?」
「はい?・・・・タ、タバコの原価ですか??(いきなり、なんだよ)。そうですね、1箱20本ぐらいだから、200円はするんじゃないですか。」
「まだまだ甘いな。答えはおよそ3円だ。」
 安っ!!!!!!
「箱代や国の税金が加算されて、店では300円前後で売られているが、タバコ自体はそんなに安いものなのさ。3円でできる楽しみ、これこそが俺がタバコを吸う本当の理由なのかもしれないな。」
「あの〜・・・・・、結局、何が言いたかったんですか?」
「人は見かけに寄らないってことさ。検事局にだって、顔は良いのに、ファッションセンスが悪い検事や、見た目はただの女子大生なのに、鬼のような顔で鞭を振るう検事だっているぐらいだからな。」
「なるほど、説得力はありますな。」
 裁判官は納得しちゃってるよ。これって、侮辱罪にあたらないのか?
「ところで、氷水検事。昨日、僕の事務所に電話をしてきましたよね。その電話の最後に、『グアッ』といううめき声が聞こえました。時間は2時15分ごろ。あなたが事件を目撃した時間といっしょです。もしかしたらあなたは、事件のあったとき、気絶をしたんじゃないですか?うめき声はそのときのものです。」
「気絶なんてするわけないだろう。」
「それなら、この写真を見てください。岩に血が付着しています。あなたはこの岩で、誰かにガツンとやられたんだ。うめき声は、そのときにあなたが発したものです。この血を調べれば、誰がやられたかはっきりするでしょう。」
「グッ・・・。さ、裁判官。少し時間を貰いたい。この俺が気絶などしてないことを、この弁護士にわからせてやるのだ。」
「うーむ、裁判に時間をかけるのは、私はどうかと思いますな。まあ、特別に許可しましょう。」

「本当に気絶などしていない。俺は、被告人が被害者をナイフで刺すのを見たんだ。そして、遺体を橋から突き落としたあと、彼女は逃走を図ろうとした。そのため俺は、すぐさま飛び出し彼女を捕まえ、持っていたロープで、彼女を木にくくりつけてから、警察に通報したんだ。」
「ま、待った!!!何でロープなんか都合よく持っているんですか?」
「なぜ持っていたか。そんな言葉に何の意味がある。実際に俺はロープを持っていた、その事実に変わりはないんだ。」
 言っていることは無茶苦茶なのに、なぜか反論することができない。
「本当に見たんですか、事件を。」
「そうだ。」
「その犯人は彼女だったんですか。」
「当たり前だ。」
「凶器は本当にナイフだったんですか」
「くどいっ!!!」
「なるほどくん、あまりに尋問が幼稚だよ。氷水検事が本当に事件を見たかなんて、証明できないんだから、別の角度から責めようよ。」
 ううぅぅーー・・・真宵ちゃんにまでダメダシされるとは、僕も終わりかな。でも、真宵ちゃんの言うことは正論である。
「まったく、無駄な尋問は好きじゃねえんだ。この『マイルドヒスイ』が、まずくなってしまう。」
 あのタバコ、氷水検事の自家製だったのか。どうでもいいけど。
「氷水検事、あなたは彼女が死体を落としたあと、すぐに取り押さえ、通報したんですか。」
「そうだが。」
「異議あり!そうなるとムジュンが生まれます。」
「な、なんだと!!!」
「いいですか。被害者は腕時計をつけていました。そして、橋から落とされたときのショックで、その時計は止まっています。2時30分に。そして、警察に通報が入ったのが、2時50分。この空白の20分間は何なんですか。」
「ハウッ!!そ、それは。」
「そして、もうひとつ。現場から逃げる被告人をすぐに捕まえたのなら、なぜ現場から離れた山の中腹で、通報されたんですか。」
「ググッ!!!それは・・・・。」
「代わりに説明しましょう。あなたは現場にきてすぐ、事件を見ないまま気絶した。そして、目がさめ、橋の下を見ると死体があった。それであなたは、急いで犯人の後を追い、たまたま山の中腹を歩いていた麗さんを間違えて捕まえてしまったのです。」
「クッ・・・・・・・・」

 氷水検事は黙ってしまった。そのとき突然、法廷の扉が開き、係官らしき人が慌てて入ってきた。
「さ、裁判官!!!先ほど、この事件の目撃者と名乗る人物が、こちらに伺いにきたのですが・・・・」
「ノックもしないで入ってくるとは、私はどうかと思いますな。もう少し、しめやかに入廷してもらいたいですな」
 そういう問題か?でも、この事件の目撃者って誰だろう。今、立場は逆転したものの、真犯人を探す決め手が何一つない。これが味方してくれるのだろうか。
「氷水検事、どうしますか。入廷してもらいますか。」
「構わない。この目撃によって、被告人の犯行を立証できるかもしれんからな。」
「どうしますか、弁護人。入廷を許可しますか。」
「いいですよ。氷水検事の証言が崩れた今、新しい証人は必要ですからね。」
 僕は、氷水検事に聞こえるように、たっぷり嫌味を込めて言った。
「それでは、係官。その証人を連れてきてください。くれぐれもしめやかに。」

 そしてすぐに、その証人がやってきた。こちらは、僕と同い年ぐらいの女性だった。短い茶髪に、サンバイザーをかけていて、首からカメラがぶら下がっている。一目見ただけでカメラマンだということがわかる。
「証人、名前と職業を。」
「姫咲 律夢(ひめさき りつむ)っていいます。職業は、見たらわかると思いますけれど、カメラマンです。」
「証人は、事件の何を見たんですか。」
「たまたま吾童山に撮影をしに行ったんですけれど、そこで事件の決定的瞬間を被写体にしました。」
「つまり、事件が起こったときの写真をとったんですか。す、すぐに提出してください。」
 心なしか声が上ずってしまった。これがもし、麗さんだったら、今までの立証がパアになってしまうのだから。
「これです。連続シャッターでとったものですから、枚数が少しありますが・・・・。」
 そういって彼女は、4,5枚の写真を提出した。そこに写されていた光景に目を疑った。犯人は後姿だけしか写ってなかったが、その後姿だけで、誰かがわかった。腰まで伸びた髪の毛に、大きなビーズのような髪飾りをして、紫色の装束に赤紫の帯を巻いたその姿。まぎれもなく、綾里真宵の後姿が、雨の降ったその光景の中に、はっきりと写し出されていた。僕は、思わず机をたたいて反論した。弁護席の隣にいる彼女に、疑いの眼で見る裁判官に、意義を申したてるために。
「この写真は、後姿しか写っていません!!!証拠としては不十分です。」
「あのぉ〜。もう1枚あるんです〜。その写真。今度は犯人の顔がバッチリ写っているやつ。」
 僕は、その写真の提出を拒否したかった。怖かったから。でも、裁判官が、その写真を受理し、恐る恐るその写真に目をとおした。予感は的中した。その写真には、おぼろ橋をバックにナイフを持っている真宵ちゃんの姿が写し出されていた。ご丁寧に日付も、犯行の行われた日だ。でも、異議を立てることしか、僕には思いつかなかった。たとえ、どんどん絶望のふちに追いやられたとしても。
「異議あり!この写真は、加工されたものかもしれないじゃないですか。」
「わ、私を疑っているんですか!?それなら、決定的な証拠を渡します。ここに、被害者のメモ書きがあります。読んでください。」
 そう言って彼女は、1枚のメモを提出した。僕もそれを読んで言葉を失った。『犯人は、綾里真宵』と、そのメモには書かれていた。明らかなダイイング・メッセージだ。
「ちなみに、そのメモを警察に調べて貰ったら、被害者のものと一致したらしいですぅ〜。」
「そんな馬鹿な。それじゃあ、被告人はなぜ、おぼろ橋にいたのだ。」
 そう言ったのは、氷水検事だ。
「私、実は誰かに呼び出されていたんです。この手紙のとおりに行ったら、現場にたどり着いたのです。」
 被告人席から、美柳麗の言葉が入る。その差し出された手紙には、確かに犯行日におぼろ橋にくるようワープロで書かれた内容だった。そこに裁判官の声も混じる。
「つまり、真犯人は弁護席にいる彼女で、あなたは彼女に呼び出され、罪を着せられそうになったわけですな。」
「あの、私の判決はどうなってしまうのでしょうか。」
「心配は要りません。今この場で判決を下します。」
「やめろぉぉぉぉぉーーー!!!!!!」
 悲鳴に近い奇声を発した氷水検事であったが、その声も木槌にかき消され、美柳麗に無罪判決が下った。

「それでは係官。そこの弁護席に立っている女性を確保し、しめやかに拘束してください。」
 僕は、「私じゃない・・・」と小声でつぶやく彼女に叫んだ。
「真宵ちゃんっ!!!何やってるんだ。反論しなきゃ、捕まっちゃうよ。」
「ダ、ダメだよ、なるほどくん。私、言えない。絶対に。言ったら、オシマイなんだよ。」 
 僕は、嫌がる真宵ちゃんを捕まえようとする係官を止めに入った。だが、仲間の係官に押さえつけられ、身動きが取れなくなってしまい、真宵ちゃんとの距離はどんどん離されていく。
「ま、真宵ちゃんっ!!!」
 思わず、叫んでしまった。そんな僕に、真宵ちゃんは笑顔で話し掛けた。
「大丈夫だよ、なるほどくん。きっと帰ってくるよ。私は、なるほどくんのこと・・・・信じてるから。」
 そういって彼女は、おとなしく法廷を後にした。僕は、その間何もできなかった。僕は改めて、自分の無力さに気づいたのだ。もう、言葉すら見つからない。


           つづく


あとがき


何とか、第2話ができました。氷水検事のセリフに頭を悩ませました。
美柳ちなみの登場には、もう少し時間が、かかりそうです・・・・。

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