終わりなき逆転(第3話)
6月15日 午後12時36分 地方裁判所 第2控え室
僕は、美柳麗を無罪にした。彼女は僕に、伝えきれないほどの感謝の念をこめて、僕に話をしてる。でも、僕にはその声はまったく聞こえず、ただ適当に相槌を打っていた。。僕の意識は、遠くに飛ばされた感じだった。彼女が帰ってすぐ、氷水検事がこちらのほうへ、向かってきた。先ほどの彼女とは対照的に、怒りの念が遠くからも、ひしひしと伝わってくるのがわかる。
「成歩堂っ!!!貴様、とんでもない事をしてくれたなっ。」
いきなりの言葉に、僕は何も返せなかった。法廷にいたときの彼とは、まるで別人みたいになっている。
「貴様のせいで、綾里真宵は捕まったのだ。」
意識の遠のいた僕に、痛烈な一撃が心を突き刺す。
「ち、違う。僕は・・・・僕は・・・・・・。」
「それだけじゃない。もうひとつお前は、とんでもない過ちをしてしまったのだ。無敗を誇る貴様のような弁護士には、屈辱極まりない過ちだ。」
「もうひとつの過ち・・・・・?」
「言うのは簡単だが、今言ってしまえば、貴様は2度と法廷には立てない状況になる。だが、これだけは言える。貴様は、綾里真宵を真犯人として告発したのだ!」
もう、ショックが大きすぎて、言葉が出てこない。今日で一体、何度言葉を失っただろう?そう言い残した氷水検事は、静かに僕の視界から消えていった。
裁判所前は大雨だった。弁護士・成歩堂龍一は、雨に打たれながら、遠い目で空を見上げ、呆然と立ち尽くしていた。自分の無力さに打ちひしがれて。
『検事・御剣怜侍は死を選ぶ』。ふと、3年前、親友の御剣怜侍が書き残したメモを思い浮かべて、彼は思った。『弁護士・成歩堂龍一も死を選ぶべきなのだろうか』と。答えは見つからない。ただ、呆然と立ち尽くすばかりであった。
僕は、1つ目の悪夢に襲われた。あんなつもりじゃなかった・・・・・ただ、麗さんの弁護をしただけなのに、僕は真宵ちゃんを、真犯人として告発してしまったのだ。弁護士という職業でありながら、一番大切な彼女を守ることができなかった。いっそこのまま、吾童川に身を投げたほうがいいのかもしれない。そんなことを、考えていると、風を切る音と共に、背中に強烈な激痛が走った。
「痛ぇっ!!!!」
つい叫んでしまった。後ろを振り返ってみると、そこには狩魔検事が立っていた。
「あなた、綾里真宵を告発したそうね。」
またしても、痛烈な言葉が胸に響く。反論をしようとしたところに、再び鞭が飛んできた。
「何やってるの。あなたが落ち込んでどうするのよ!!!ここでやめられたら、貴様にずっと負け続けた、私の立場はどうなるのっ!!!」
「そんなこと、僕の知ったことじゃない。僕は、とんでもない過ちをしてしまったんだ。」
「貴様は、まだ負けてない。綾里真宵の有罪判決は、まだ下ってないの。」
「そうだ、急がないと、本当にお前は過ちを犯すことになるのだ、成歩堂。」
いつの間にやってきたのか、御剣とイトノコ刑事がそこにはいた。
「早くしないと、ほかの法廷で真宵くんの有罪判決が出てしまう。そうなってからでは、もう遅いのだ。急げ!!!彼女を守れるのは、お前だけなのだ、成歩堂。」
「御剣・・・・・・。」
「自分はたとえ、給料がゼロになっても、仲間のためなら力になってやるッス。情報をジャンジャン垂れ流すッスから、必ず彼女の無罪判決をもぎ取るッス。」
「イトノコ刑事・・・・・。」
「私は、再審の手続きを代わりにしてやるわ。もし再審を受け付けないなら、この鞭が黙っちゃいないわ。御剣怜侍は、留置所の手配をお願い。」
「了解した。」
「みんな、ありがとう・・・・・・・・。」
僕は今度は、感謝の気持ちで言葉が出なかった。そこに狩魔検事が、なにやら小さなカードのようなものを、僕に手渡した。裏返してみると、それは僕らしき顔の落書きが描かれてある、虎狼死屋 左々右エ門が使っているサザエのカードだった。
「少し渡すのが遅れたけれど、これが4つ目の証拠品よ。」
「4つ目の証拠品・・・・?」
「2年前、綾里真宵が誘拐されたとき、私が持ってきた証拠のうちの1つよ。ヒゲのコートに入っていたものだけど、つい出し忘れてたの。」
「そういえば、そんな事もあったッスね。自分が交通事故に遭って・・・ビシッ・・・・・ギャアァ!」
「ヒゲはお黙りっ!!!!!!」
「それで、この証拠品がいったい・・・・・・・?」
「まだわからないの。相変わらず鈍い男ね。このカードには、みんなの思いが詰まっているの。この証拠品は、綾里真宵を助けるための物だった。それを手に入れるために、みんなが頑張ったの。成歩堂龍一と御剣怜侍は裁判を引き伸ばし、あなたの方が押し潰されそうになったときは、綾里春美が綾里千尋を霊媒して、援護をしてきた。そして、ヒゲはヒゲなりに証拠探しに貢献し、そして私が裁判所までその証拠品を持ってきた。みんなの力があったから、綾里真宵は助かったの。今回も一緒なの。みんなが力を合わせれば、必ず真実は顔を出すわ。」
「狩魔検事も、だいぶ性格が変わってきましたね。」
僕がそういい終わるか否かに、鞭が顔面を直撃した。そのときの狩魔検事の顔は、少し赤らめていたようにも見える。僕は顔を抑えて、みんなに言った。
「真宵ちゃんは笑ったんだ。僕のせいで捕まったのに、見たこともないような笑顔で、『僕を信じてる』って言ってくれたんだ。彼女は最初から、僕が弁護してくれるのを知ってくれていたんだよな。みんなのおかげで、目が覚めたよ。必ず無罪を勝ち取って見せるから。」
そのとき、ふと思い出したことがあった。
「そういえば御剣。今日はどうして、担当検事を氷水検事と交代したんだ。」
「う、うム。最初は私が担当するはずだったのだが、氷水検事の取調べ中に、担当を交代してほしいと頼まれたのだ。もちろん最初は断ったのだが・・・・。彼はこう言ったんだ。『この事件で、どんな手を使っても、被告人を有罪にしなくちゃいけないんだ。これは、神乃木荘龍の頼みでもあるのだ』と。」
「か、神乃木荘龍だってぇぇぇーーー!」
神乃木荘龍。僕の師匠にあたる綾里千尋の上司の弁護士である。当時は、事務所でナンバー1といわれるほどの名弁護士だったのだが、5年ぐらい前、美柳ちなみに毒入りコーヒーを飲まされ、1年前までずっと眠りつづけていたのだ。そして、ゴドーという名の検事として、僕の力を試していたのだ。その後、霊体となった美柳ちなみの、綾里真宵の暗殺計画を阻止するために、ちなみの霊を呼び出した霊媒師を自らが殺害し、現在も刑務所に服役中である。
「私も昔、神乃木荘龍と法廷で出会ったことがある。彼のためにも、この事件の担当を代わったのだ。」
いったい、氷水検事と神乃木弁護士にどんな繋がりがあるというのだろう。
仲間に励まされた僕は、急いで留置所のほうへ向かった。きっと、御剣が留置所の手配をしてくれているはずだ。案の定、看守は僕を見るとすぐに、真宵ちゃんを呼び出してくれた。僕は早速、うつむいている彼女に話をする。
「真宵ちゃん、話を聞かせてもらうよ。この写真の説明をしてほしいんだ。君は昨日、現場にきたの?」
そう言って、今日の法廷で提出された、姫咲律夢が撮影した写真を彼女に見せた。連続写真のほうには、後姿の真宵ちゃんらしき人物が、おぼろ橋の上で被害者と向き合っていて、ナイフを突き刺して殺すまでの瞬間が、パラパラマンガのように連続して写されていた。もう一枚の単品は、ナイフを持った真宵ちゃんの顔が、はっきりと写し出されていた。
「ゴメン、なるほどくん。私、どうしても言えない・・・・・」
そのとき、彼女の姿が強調されるように背景が変わり、5つの錠が彼女の身を守るかのように、取り囲んでいた。5つのサイコ・ロック・・・これ以上の秘密はないぐらい、硬く閉ざされている。そんな大事な秘密は、永久に封印したほうがいいのかもしれないが、彼女のためにも壊さなくちゃいけない。でも、材料が足りない。とりあえず留置所を後にし、現場のおぼろ橋に向かうことにした。
おぼろ橋では、相変わらず警察が走り回っている。そして、相変わらず暇そうにしているイトノコ刑事を発見する。
「イトノコ刑事、何か情報はありましたか?」
「おお、アンタッスか。残念ながら、真宵くんに関する不利な証拠が、これでもかというぐらい出たッス。」
その瞬間、また立ち直れそうもないほどのショックがくる。でも、聞いてみなければわからない。
「どんな証拠ですか?」
「とりあえず、あまり関係のないものからいくッス。今日の法廷にも提出された目撃写真にも写っているッスが、事件当時、現場には通り雨が降っていたッス。大体2:10〜2:35の間ぐらいッス。この気象データにそのことが載ってるッスから、目を通しておくといいッス。」
そういわれて僕は、気象データに目を通す。かなり強い降りだったらしい。
「ここからは、不利な証拠品のカーニバルッス。まずは、今日提出されたあのメモ書きなんスが、死体の近くに落ちていたメモ帳の破れ目と一致したッス。それにもっと厄介なのは、そのメモ書きの筆跡なんスが、被害者の筆跡とぴったり同じだったッス。つまり、誰かが彼女に罪を着せるために、あのメモを書くことはできなかったッス。あれは、被害者自身が書いたものッスから。」
うぅぅーーー・・・・目眩がしてきた。やっぱりあれは、被害者のダイイング・メッセージだったのか。
「それに、凶器のナイフが見つかったッス。山の奥のほうに捨てられてるのを発見したッス。雨で消えかかっていたッスが、綾里真宵の指紋が残っていたッス。他の人物の指紋の痕跡はなかったッス。さらに、真宵くんには被害者を殺害する動機があるッス。」
「そ、そんな馬鹿な。彼女と被害者には、何の接点もありません!」
「確かに、直接的な接点はないッス。でも、ある人物を通すと、接点が見えるんス。」
「ある人物?」
「アンタも知ってるはずッス。被害者が、綾里春美の父親だということを。春美くんはいわば、父親に捨てられたようなものなんス。父親が倉院の里を出て行ったことで、彼女は男女の恋に敏感に反応するようになったらしいじゃないッスか。悪く言えばそれは、恋愛不信にも値するッス。それを許せなかった綾里真宵は、父親を呼び出して・・・・」
「そんなの、ただのこじ付けじゃないですかっ!!!確かに春美ちゃんは、僕と真宵ちゃんの中を結ぼうとするほど、恋に敏感ではあります。でも、それで真宵ちゃんが被害者を殺害するのは不自然です。」
「自分だってこんなことは、信じたくないッス!!!でも、仕事上どんな人間も疑わなくてはいけないッス。それが刑事の仕事であり、一番つらいことなんス。」
糸鋸刑事の泣きそうな顔を見て、僕は何も言い返せなくなってしまった。人を信じるのが弁護士なら、人を疑うのが検事や刑事だということを、実感した。
僕は、彼の話を聞き終え、立ち去ろうとしたとき、葉桜院側のおぼろ橋の1番近くにある草むらの中に、白い棒のような物がたくさんあることに気づいた。急いで駆け寄ってみると、そこには大量のタバコの吸殻が落ちていた。それをよく見ると、巻紙に小さくMILD HISUIと焼き付けられていた。これは、氷水検事が法廷で吸っていた、『マイルドヒスイ』だ。何でこんなものが草むらの中に、しかもこんなに大量に。まるで、何かを待っている間、ずっとこれを吸っていたって感じだ。でも、彼は何を待っていたのだろう。この山にはただ登っただけだと証言してたのに。
そのとき、耳慣れた2つの声を耳にする。
「あっ!なるほどくん・・・・・・。」
「・・・・・・リュウちゃん・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
声のしたほうを見てみると、そこには春美ちゃんとあやめさんの姿があった。
「あれっ?春美ちゃん。何でこんなところに。」
「何を言っているのですか。私は真宵さまと一緒に、この葉桜院に修行をしに行くと、なるほどくんに言ったじゃありませんか。」
「そ、そういえばそうだっけ。あやめさん、お久しぶりです。もう出所されたんですか。」
「はい、お陰様で殺人犯の汚名を着せられることなく、無事出所することができました。これもすべて、リュウちゃんのおかげです。」
葉桜院あやめ。彼女が、美柳ちなみの双子の妹で、とてもおしとやかで優しい人である。僕が彼女を弁護したのは、1年前。美柳ちなみが立てた暗殺計画で殺された、綾里舞子の殺害容疑にかけられたときだった。殺人犯は神乃木さんだという事は証明したのだが、彼女はそのあとの死体の後始末を行い、細工をほどこしていたことがわかり、刑務所に服役していたのだ。死体を細工する罪は、霧緒さんと同じなので、1年もたてば出られるだろうとは思ってた。
「それよりも、どうしてなるほどくんがここに?」
「殺人事件があったんだよ。それで、真宵ちゃんが捕まってしまったんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・そうなのですか。でも、なるほどくんなら、必ず真宵さまを助け出してくれますよね。だって真宵さまは、なるほどくんの思われびと、なのですから。」
彼女は、手で顔を覆い隠して無邪気に照れている。とてもこれが、恋愛不信に発展しているとは、僕には思えなかった。
「ところで、二人がなんで一緒に奥の院のほうから出てきたんですか。」
『そ、それは・・・・・・・』
二人が同時に言葉に詰まったかと思うと、またしてもサイコ・ロックが5つ、僕の前に顔を出した。二人にも何か、事情があるらしい。
でも、これが2つ目の悪夢の序章になっているとは、僕には気づくことができなかった。決して消えることのない、弁護士人生の中で最大の過ちが、少しずつ僕のほうに近づいてくるのだった。
つづく
あとがき
無事に探偵パートの推理編まできたのですが、いまさらながら、ここで1つお詫びを申しあげます。自分は、逆転裁判の1を持っていません。そのためこの小説に、誤り(特に霊媒関係で)が生じる可能性があるかもしれないことをご了承お願いします。
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