終わりなき逆転(第4話)


「それじゃあ、あやめさんと春美ちゃんは、二人いっしょに奥の院にいたの?」
 僕は、奥の院にいた理由を隠す二人に、別の質問を投げかけた。
「はい、そうです。春美さまの協力がなければ、できないことでしたので・・・・。」
「昨日の午後2時ごろから、ずっとあの奥の院にいましたよ。」
「き、昨日からっ!!!一体何をしてたの、春美ちゃん。」
 昨日からずっと奥の院にいた。つまり、そこで一夜を明かしたことになる。春美ちゃんの協力があってできること、って一体・・・・・。とにかく、サイコ・ロックがかかっている以上、それ以上の追求は困難だと考えた。

 僕が考え込んでしまうと、そこに氷水検事が現れた。どうやら、控え室での時よりは落ち着きを取り戻したかのように思える。
「少しはわかったか。おまえが何をしでかしたのか。」
 突然の彼の発言に、意味がわからなかった。2つ目の過ちと、何か繋がりがあるのだろうか。
「いいえ、まだ何もわかりません。それよりも教えてください。昨日の電話はなんだったのか。美柳ちなみが復活する、ってどういうことですか。」
「それは言えない。貴様はまだ、何もわかっていないのだから。」
「神乃木さんとは、どういう関係なんですか?」
「今は、ただの知り合いといっておこう。ただ、彼の命令により、今はこの事件の検事をやっている。そこにいる、葉桜院あやめもその関係者なのだ。」
 彼はそう言って、あやめさんのほうへ顔を向ける。そして、そのまま氷水検事は、去っていったので、僕も葉桜院の本堂に向かった。

 葉桜院の本堂。ここに来るのも久しぶりだ。そこに、白くて大きな丸い物体がこっちに近づいてきた。よく見ると、ここの住職の毘忌尼さんだった。一瞬でも、第2の宇宙人かと思ったことは、もちろん本人の前では言えない。
「あらあら、あんたかい。私のどてっ腹を踏んづけた弁護士さんだったわよね。」
 まだ根に持っていたのか。よく覚えているな。僕でさえも忘れかけていたのに。
「ここになんか用事かい。」
「真宵ちゃんが泊まっていた部屋を見せてほしいんですけど。」
「あ〜、あの舞子さまの娘の。今案内してあげるから、ついてきなさい。」
 ビキニさんの後ろをついていって、1つの部屋にたどり着いた。前に僕たちが泊まった部屋と、作りは一緒だった。まあ、当たり前だけど。女の子の泊まっていた部屋を捜査することに、ビキニさんは白い目で見たけれど、とりあえず手がかりを探そうと、僕は必死だった。すると、ゴミ箱の中に、白い大きな紙切れが、丸められて捨てられているのを発見した。それを広げてみると、衝撃の内容が書かれてあった。

 『      綾里 真宵 に告ぐ
 綾里春美を誘拐した。彼女を解放してほしくば、午後3時に、おぼろ橋の方へ来い。さもなくば、彼女の命は無いと思え。
 また、この事にを外部に漏らした場合も、人質を殺す。』

 こ、これは一体なんなんだ。明らかに脅迫状だ。これが真宵ちゃんの部屋にあったってことは・・・・・・。だいぶわかってきた。彼女が事件のことをしゃべらない理由が。

 僕はすぐさま留置所のほうへ向かった。看守に頼んで、真宵ちゃんを呼んでもらった。彼女はまだ、悲しそうな表情を見せている。でも、もう大丈夫。すぐにこの表情が、安心へと変わるはずだ。僕はそう信じて、彼女に向かって勾玉をつきつけた。
「真宵ちゃん、君が事件のことをしゃべれないのは、春美ちゃんが原因だね。」
「な、何言ってるのなるほどくん。何ではみちゃんが関係あるの。」
「この脅迫状さ。真宵ちゃんの部屋で見つけたんだ。春美ちゃんが誘拐されたって内容が書かれてある。そして、このことを外部に漏らすなともある。このせいで、事件のことを喋らなかったんだ。春美ちゃんが殺されることを恐れて。」
「そ、そ、そ、そんな訳ないよ。だって私、事件とは無関係だよ。喋りたくても喋れないよ。」
「いいや。真宵ちゃんは事件と少し関係がある。だから、誘拐を秘密にしてたんだ。昨日僕が、殺人事件があったって言ってた時の、真宵ちゃんの様子がおかしかったしね。」
 そう言って、姫咲律夢の目撃写真を彼女に差し出した。
「この単品の写真のほうに写っている、真宵ちゃんは君だね。さっきまで気づかなかったけど、この写真が撮られた時刻は、2:58と写真に焼き付けられている。ちょうど、脅迫状で指示された時間といっしょだ。顔も、はっきりと写っているしね。もう話してもいいんじゃないかな、真宵ちゃん。春美ちゃんは無事だよ。さっき会ったんだから。」
「本当っ!!!!!!!?」
 そう言ったかと思うと、彼女を取り囲んでいた鎖と錠が、あっという間に消えていった。

「私が昨日、お昼ご飯を食べて、少し休んでから部屋に戻ったんだけど、床の上にあの脅迫状が落ちていて、それを読んでびっくりしたんだ。だって、さっきまで一緒にお昼を食べていたはみちゃんが誘拐されたなんて、信じられなかったんだ。だから、葉桜院の周りを探したんだけど、どこにも姿が見当たらなくて、それでこの脅迫状が本物だと思ったんだ。」
「その脅迫状は、いつ受け取ったの?」
「お昼を食べ終わったのが1時30分ごろで、脅迫状を見つけたのは2時30分ぐらいかな。はみちゃんは、食べたらすぐ部屋のほうへ戻っていったけど。」
「となると、その脅迫状はいたずらだな。」
「えっ!?」
「春美ちゃんにあって聞いたんだけど、午後2時からずっと奥の院にいたらしいんだ。その理由を教えてくれないんだけど、何か知ってる、真宵ちゃん?」
 彼女は少し考え込んだ。でも、知らないと答えた。確かに、知っていれば誘拐だとは思わなかっただろうけど。

「それじゃあ、君は脅迫状のとおり、3時ごろにおぼろ橋のほうにきた。そのあと、何があったか説明してほしいんだ。なぜ、こんな写真が撮られたのか。」
「えっとね〜。おぼろ橋に来たとき、誰もいなかったんだ。それで、ここで待とうかと思ったんだけど、ナイフがそこに落ちてたんだ。それで、そのナイフを思わず拾ったんだ。でも、やっぱり怖いから元の場所に戻しておいたの。その、単品の写真はきっと、ナイフを拾い上げたときの写真だよ。」
 確かに、よく見るとこの写真はいろいろと不自然だった。写真はおぼろ橋の上ではなく、陸地のほうで橋をバックに撮影されたものだ。それに、写っているナイフを持った真宵ちゃんも、殺意のようなものは感じられない。おぼろ橋から死体を落としたのは、彼女に死体を見られないようにし、ナイフを何気なく拾わせて、この写真を撮るための工作だったのか。となると、あのカメラマンが怪しい。脅迫状も、写真をとるために彼女が送ったものかもしれない。僕は、もうひとつの疑問を聞いた。

「この連続写真に写っている後姿のは君じゃないんだね。これは、2:28に撮られている。犯行時刻と一致するんだ。これが君なら、言い逃れはできないけれど・・・・」
「この後姿は、絶対にあたしじゃないよ、なるほどくん。」
 言うまでもなく、サイコ・ロックは見えない。これで、目撃写真のからくりは見えてきた。この後姿の人物は、誰かが真宵ちゃんに化けた変装なのだ。そうなると、この写真をとった姫咲っていう人が、怪しくなってくる。そういえば、彼女に関する情報がまったくない。飛び入りで法廷に参加したから、無理もないけど。僕は、情報をもらうためにもう一度現場に向かった。

 おぼろ橋についた途端、糸鋸刑事が僕を見るなり、慌ててこちらのほうにやってきた。ちょっとした距離なのに、息切れしてる。もう彼も年なのかな。
「あ、あんた。大変ッス。すごい情報がきたッス。美柳麗と姫咲律夢に関する、とんでもない秘密がわかったッス。」
「ど、どんな情報ですかっ!!!」
「あの二人は、倉院流霊媒堂の分家にあたる人物だったッス。」
「何だってええぇぇぇぇーーーー。あの二人が倉院流霊媒道の分家だって!!!・・・・・ん?おかしいな。倉院の里に2年前に行ったけれど、あんな人たちは見なかったな。」
「そりゃそッス。分家の霊場は倉院の里以外にも、日本中にあるッスから。でも、彼女たちの霊場は、あんたにも少し情報が入ってるはずッス。」
「えっ?」
「1年前の、怪人☆仮面マスク事件のときに、秘宝展で綾里供子の黄金像を高菱屋に寄贈したのが、その霊場だったッス。」
 そういえば、霧緒さんが、分家の霊場から運び出した物だって言ってたな。でも、まだ引っかかる。
「倉院流霊媒道は、毎回娘の中から家元を決めて、家元以外の娘が分家になるはずです。彼女たちは、綾里家の血を受け継いでいるのですか?」
「いや、血の繋がりはないッス。きっと、分家の指導者ではなく、修験者だったッスね。それなら、血の繋がりはなくても修行できるッスから。」
「これが、事件とにか関係があるんですか。」
「今のところないッス。でも、事件が葉桜院なだけに、また霊媒が絡んでる予感がしたッス。」
 霊媒か・・・・。そのとき、大きな衝撃を受けたかのように、謎が1本に繋がってきた。そして、その場を離れ、真っ先にあやめさんたちのほうへ向かった。でも、体は向かっているのに、心は退いている。こんな真相、信じたくなかった。弁護士として・・・・。そして、あやめさんと春美ちゃんを見つけると、すぐさま勾玉をつきつけた。

「あやめさん、わかりましたよ。春美ちゃんといっしょに何をやっていたのか。」
「それなら、何をやっていたのか、教えてもらいましょう。」
「昨日の氷水検事の電話と、春美ちゃんの協力で見当がつきました。それは、霊媒です。きっと、あなたは氷水検事に霊媒を頼まれたんだ。でも、霊力のないあなたには、霊媒ができなかった。だから、春美ちゃんの協力が必要だったのです。」
「さすがですね。でも、いったい私たちが、誰を霊媒したというのですか?」
「昨日の電話の内容を思い出せば、そう難しくはありません。『美柳ちなみが復活する』という内容でした。霊媒したのは、美柳ちなみ、あなたのお姉さんです。」
「で、でも。私と氷水検事は知り合いではありません。今日初めて会いました。」
「確かに、彼とは知り合いではないかもしれません。でも、二人が知っている人物が中継ぎをして、この霊媒を行う気になったのです。」
「だ、誰ですか。その人は?」
 彼女はあせっている。やっぱり、僕の推理に、間違いはなかった。
「神乃木弁護士です。彼は、あやめさんとも氷水検事とも知り合いです。1年前、彼の頼みで死体の後始末をしたあなたなら、彼の知り合いの頼みを聞かないわけにはいかなかった。そうですね、あやめさん。」
「すべて、お見通しなのですね・・・・・リュウちゃん。」

「私は、葉桜院で氷水さまの電話を受けました。携帯電話からだったので、知らない人が話し掛けたとき驚いたのですが、彼が神乃木さまのお知り合いだと知って話を聞いたのです。話の内容はこうでした。 
 『ある人物が、美柳ちなみを霊媒して殺人を行おうと考えている。そして、その罪を綾里真宵に被せようとしている。それを阻止するために、ちなみの霊を呼んでもらいたい。』
それを引き受けた私は、お昼を終えた春美さまを連れ出して、奥の院に向かいました。そして、奥の院の修験堂に入り、氷水さまが外からからくり錠をかけて、私たちを閉じ込めたのです。霊媒したお姉さまが、外に出られないように。そして、見事霊媒に成功し、閉じ込められた部屋の中で、必死に私はお姉さまを説得しました。そのおかげで、お姉さまはそのまま冥界に帰られ、氷水さまが錠を開けるまで、ずっと待っていたのです。そして、先ほど開けてもらってすぐにリュウちゃんに会ったというわけです。あなたの弁護や、真宵さまの逮捕は、氷水さまから聞きました。」
「どうして、そんな危ないことをしたのですか。下手すれば、密室の中で美柳ちなみが、あなたを殺害しようとしたかもしれないのに。」
「お姉さまのために死ねるなら、本望です。私は1度、あの狂言誘拐で裏切ったのですから。殺されても、何も文句は言えません。それに私は、お姉さまにこれ以上、罪を重ねてほしくなかったのです。」
「しかし、奥の院の地盤は崩れかけています。事件当時に地震が起こっていたら、潰されていたかもしれません。そうなれば、あなたも春美ちゃんも・・・。」
「わ、わたくしは、すべての事情を知った上であやめ様についていきました。それに私は、命を張ってでも、真宵さまをお守りする覚悟はできています。」
「春美ちゃん・・・・・。」
 こんな一途な彼女を、真宵ちゃんも守ろうと、事件のことを話さなかったんだろうな。

 でも、まだしっくりとこない。なぜなら、ここまで彼女は話したのに、サイコ・ロックが1つ残っているからだ。僕の背筋に悪寒のようなものが走る。さっきの嫌な予感といっしょだ。信じたくはない。でも、解除しなくては、真実は見えてこない。
「あなたはまだ秘密にしていることがある。もしかしたらあなたは、美柳ちなみを霊媒して、殺人をしようとした犯人を知っているんじゃないですか。」
「そ、それは・・・・。」
「この事件の容疑者で、美柳ちなみを霊媒できる人は少ない。そして、あなたが氷水検事に協力したのも、なんとしてもその犯行を止めたかったから。つまり、犯人は、あなたが知っている人物です。そこまでいえば、この犯人像は見えてきます。僕にかまわず、正直に言ってください。犯人は、美柳麗さんですね。」
「・・・・・・・・・・・・はい・・・・・。」
 彼女はためらって答えたものの、サイコ・ロックは非情にも割れてしまった。これがこの事件の答え・・・・。もうおしまいだ。僕は、有罪の依頼人を無罪にしてしまったのだ。

「自分の過ちにやっと気づいたか、成歩堂。」
「ひ、氷水検事!!!」
 そこには、氷水検事が立っていた。あの時と同じ、鬼のような形相で。
「もうひとつのとんでもないことの意味がこれだったのだ。貴様は、有罪の依頼人を無罪にしたのだっ!!!」
 もう、交わす言葉がなかった。すべて当たっているのだから。
「で、でも、なるほどくんの弁護で、もう一度その人を有罪にすれば。」
 春美ちゃんがフォローしてくれている。でも、それも無駄である。
「春美ちゃん・・・・。無理なんだよ。春美ちゃんには、ちょっと意味がわからなかったかもしれないな。」
「な、なるほどくんっ!!!なぜ無理なのです。」
「『一事不再審』って決まりがあるんだ。一度判決の下った人に、もう一度同じ裁判で、判決を変えることはできないんだ。つまり、一度無罪を言われたら、その人は有罪にはできないんだ。覚えてるかな。一年前の事件で話題になったんだけど・・・・・・。」
「『いちじふさいしん』?あっ!あの、怪人さんの事件で、コーヒーの検事さんが言ってた・・・・。」
「ちなみに『一事不再審』の原則は絶対だ。もう貴様は、一生肩書きを背負って生きていくんだ。有罪の人を無罪にした挙句、無罪の人間を告発したっていう肩書きをな。」

 あの事件がよみがえる。2年前、真宵ちゃんが誘拐され、有罪の依頼人を無罪判決を要求されたあの事件。あの時は、ギリギリのところを逆転し、依頼人を有罪にした。でも、今度は違う。すでに無罪判決の下った今、もう僕には成すすべが何もないのだ。でも、裁判は消えない。明日、真宵ちゃんを無罪にしても、真犯人、美柳麗を有罪にすることは、できないのだ。晴れ上がっていた空が、雲で覆い隠され、大雨を予感させるのだった。

             つづく


あとがき


なんか、順調にいきすぎて、あとでとんでもない間違いを起こしそうで怖いです・・・・・。

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