終わりなき逆転(第5話)
6月16日・午前9時03分、現在曇り。ここは、裁判所前の駅に停車する電車の車内。通勤ラッシュも過ぎ、一人の男性が悠々と座席に腰掛けている。男性の名は、氷水空流・・・検事である。彼は、一人の弁護士によって、殺人犯の確保の邪魔をされた。そのことについて、彼は考え込んでいる。そこにもう一人、派手な赤いスーツと、白いスカーフのようなものを身にまとった男が、彼の隣に座る。その男の名は、御剣怜侍、こちらも天才という言葉が頭につく検事である。御剣が氷水に話し掛ける。
「奇遇だな、こんなところで出会えるとは・・・・、氷水検事。」
「そうだな。」
彼は、そう言ってタバコの箱を取り出そうとするが、車内禁煙を思い出し、また箱をポケットに戻した。そして、深刻そうな顔つきで、御剣にこう切り出した。
「お前、一度弁護士を夢見てたんだよな。なら、お前はどうする。有罪の依頼人を、無罪にしてしまったら。」
「フッ、どこでそれを知ったかは知らんが、その質問にはどうしても答えなければいけないのか。」
「ああ、頼む。」
御剣は、手で口を押さえてしばらく考え込んで、次に座席に深く座りなおした。
そして、こう答えた。
「そうだな。それは弁護士だけじゃなく、検事にも言えるんじゃないか。無罪の人を有罪にしてしまったら、と。もし、昔の検事の私だったら、きっと何も思わなかっただろうな。完璧な勝利のためには、多少の犠牲は付き物だといって、きっとそのまま放っておいたことだろう。」
「じゃあ、今はどうなんだ。」
少しの間、沈黙が流れた。そして、軽くため息をついて彼は答える。
「昔の自分には、けりがついている。だから、答えが見つかる。しかし、今の自分はまだ終わらない。それが終わるまでは、答えなどないのだろう。」
「その答え・・・・卑怯だな。質問から逃げてる。」
「確かに、この質問を答えるのに理屈はない。自分の考えがそこには現れる。だから、逃げたくもなる。だが、成歩堂はその質問に真正面からぶつかった。私のように逃げることはできない。彼は、1つの答えを導き出さなければならない。」
「その導き出される答えは、正解だと思うか?」
「どうだろうな。でも、間違いではない。そう信じてる。なぜなら彼は、私の信頼できるパートナーなのだから。」
二人の間に、またしても沈黙が続く。だが、考えていることは一緒なのだろう。
裁判所に一番近い駅で降りた二人は、そのまま徒歩で裁判所に向かう。覆い被さっている雲が、さらに黒みを増したようだった。そして、その瞬間時は止まる。小さな花火のような音がしたかと思うと、小さく悲鳴をあげた氷水検事が、すぐに倒れこむ。御剣が急いで駆け寄ってみると、肩からおびただしい量の血が吹き出ている。その血が、降り出した雨によって、道路の方までにじみ出る。急いで御剣検事は、持っていたハンカチを肩に縛って止血を行い、救急車の電話番号をプッシュするのだった。
地方裁判所、被告人第2控え室。成歩堂は自分の無力さにまたしても打ちひしがれ、ソファーに座り込んでうなだれていた。正義感の強い彼には、有罪の人間を無罪にしてしまった自分が、どうしても許せなかった。もう、彼の頭の中には何も考えがない。綾里真宵を無罪にする気力が、彼には出せなかった。そんな彼に渇を入れるように、渾身の一撃で鞭が飛んでくる。その痛みに、彼は飛び上がってしまった。そして、鞭を張って構えている狩魔検事に怒鳴りつける。
「な、何するんだよっっ!!!!」
「貴様、昨日自分で言ったこと忘れたの?必ず無罪を勝ち取るって、自身満々に言ってたじゃない!」
「でもっ!たとえ、真宵ちゃんを無罪にしても、真犯人を捕まえることはできないんだっ!!!!」
「それは違うぜ・・・・・まるほどう。」
違う声が混じる。声の方向をたどってみると、そこには、緑色のシャツに白いネクタイ、薄い黄土色のようなベストを着こなし、白髪に赤い3本の線の入ったマスクを、目の上にぶら下げた男が立っていた。
「か、神乃木さんっ!!!!」
思わず叫んでしまった。格好はゴドー検事なのに、自然とその名前で呼んでしまった。そして、当然の質問をする。
「何で、あなたがここに。まだ服役中なんじゃあ?」
「クッ、ちょっとばかし早ぇ仮出所ってやつだ。鉄の牢に注がれたコーヒーのような闇に、このマスクが慣れちまう前に、現代の光を浴びに来たのさ。」
そういって彼は、手元のコーヒーに口をつける。控え室が静かなせいか、飲み込んだ音までよく聞こえる。
「話は氷水からすべて聞いた。おまえは、とんでもねえ野郎だぜ。自分の過ちを責めた挙句、今日の弁護まで拒否する気かい。」
「それは今、私が聞き出すつもりよ。」
そう言って、狩魔検事は鞭をしならせる。
「クッ!じゃじゃ馬娘はおとなしく、傍聴席で観覧してな。ここから先は大人の話だぜ。」
「何ですって!!!!!」
それを言い終わるが早いか、狩魔検事の鞭が神乃木さんの体を直撃した。生々しい音が、部屋中に響き渡ったが、神乃木さんは顔ひとつ歪めず、微動だにしない。
「クッ、鞭じゃ俺は倒せないぜ。俺は一度、地獄の闇を見てきてるんだからな。」
「神乃木荘龍ゥゥーーーーー、覚えてらっしゃい。バカはバカゆえに痛みを感じないバカとバカげたバカ話をするのが似合ってるのよ。」
彼女はそういいながらも、悔しそうに控え室を後にした。
「クッ、またひとり敵を増やしちまったな。少しはかわいくなりなよ、あんたも女なんだからな。」
神乃木さんは、狩魔検事の後姿にそう言い残したが、彼女は振り向きもしなかった。
「さて、本題に入ろうか、まるほどう。」
マスクで顔は見えないけれど、その中から強烈に怒りのオーラを感じる。
「おまえは、弁護士について何もわかっちゃいない。そんな奴に、綾里真宵は弁護させねえ。彼女の弁護は、俺がやる。」
「な、何だって!!!そんな事はさせない。弁護は僕の仕事だっ!!!」
「おまえは今、他のことで頭がいっぱいだ。あんたがそんな感情的になってたら、守れるものも守れねえんだ。」
僕は考え込む。確かに今僕には、美柳麗の一事不再審の事しか頭にない。
「たった今そこで、氷水検事が狙撃された。」
「そ、狙撃!?」
「肩を撃たれただけだから、命に別状はねえ。だが、そのせいで代理の検事がここにきている。その検事は何も知らない。あんたの事情はお構いなしだ。綾里真宵の有罪判決だけを考えている。だから、代わりに俺が弁護をやる。」
「で、でも・・・・・・。」
「大丈夫だ。俺はヘマはしない。そして、必ずお前に繋ぐ。だから今は、じっとしてろ。」
彼は僕にそう言うと、コーヒーを差し出した。
「クッ、自分に甘いお前のための、カミノギブレンド37号だ。蜂蜜と黒砂糖の入った、特別甘ったるいコーヒーだぜ。それを飲んで、少し気を落ち着かせるんだ。」
僕は言われたとおり、出されたコーヒーを飲む。一口目からやたらに甘い。これが、さっきまでの自分に対する心か・・・・・。僕はまた、仲間の存在を忘れるところだった。そんな中,神乃木さんは、自分が持ってきた資料を再確認し、部屋を出て行った。僕は、コーヒーに再び口をつけた。
もう二度と、法廷に立つ事はないと思ってた。だが、今、俺はここにいる。綾里真宵のため、まるほどうのため、そして千尋のためにも・・・・この法廷は、どうしても負けるわけにはいかない。気を落ち着かせるために、コーヒーの濃厚な香りを楽しみ、一口それを飲む。熱くて黒い液体が、体の中へ流れ込み、感情の高ぶりを静めてくれる。そんな俺の存在に驚きながらも、裁判長は木槌をたたく。
「それではこれより、綾里真宵の法廷を開廷します。ええ、わたくしは前回腹痛で休んでしまいましたが、持ち前の回復力で完全復帰しました。そのため、弟の代わりに、この裁判の判決を下すことになりました。さて、弁護側、準備はよろしいですかな。」
「前にも、言ったはずだ。準備なんてくだらねえ、と。」
「というか、何であなたがここにいるんですかっ!!!ゴド・・・・うわっ!」
そう言いかけた裁判長に、コーヒーのカップが飛んでくる。中身は入ってなく、カップも裁判長席まで届かなかったので、大事には至らなかった。
「その名前は、口にするな。俺のカミノギブレンドが火を噴くぜ。」
「わ、わかりました。そ、それで、なぜ神乃木さんが弁護席に?」
「クッ、同じ説明は2度もしない。それが俺のルールだぜ。ところで、検事席にいる赤ずきんちゃんは、いったい誰なんだい・・・?」
そういって神乃木は、検事席のほうに目を向ける。そこには、頭から赤いバンダナのような物をかぶった、女の子らしい検事が立っていた。バンダナが長いせいか、後ろ髪のほうまで垂れ下がり、現代の赤ずきんを思わせている。そのせいで、髪型に関しての情報は、バンダナに隠れて一切わからない。服装のほうは,薄紫色のスーツという、いたってシンプルなものである。裁判長も、彼女に目を向け、質問をする。
「あんた、氷水の代理検事だろ?カワイコちゃんには名前を聞く、それが、俺のルールだぜ。」
「こらこらこら、名前を聞くのは私の仕事ですぞ。」
裁判長は、自分の仕事をとられて、悔しそうな目つきで彼に訴えた。
「何度も言わせるんじゃねえ!裁くのは、この俺だぜ。」
神乃木は、中身の入ったカップを、机にたたきつけた。裁判長は、その勢いに言葉を詰まらせた。
騒ぎがおさまってから、検事は鋭い視線を神乃木に送り、そして自己紹介をする。
「私の名前は、更級 万有(さらしな まゆ)、氷水検事の代理で来ました。事件のことは、大体頭に入っているので、被告人の犯行を、完全に立証してご覧に入れます。」
「クッ、面白くなってきたな。安い豆に高い豆を混ぜても、うまいコーヒーはできないからな。」
その言葉に裁判長は、首をかしげる。そして、申し訳なさそうに彼に尋ねる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それだけでは意味が、ちょっと・・・・」
「代理の検事には、代理の弁護士のほうが合うってことさ。類は友を呼ぶ、とも言うしな。」
「あっ、なるほど。それでは、更級検事。最初の証人を呼んでもらいましょう。」
「今回の被告人、綾里真宵の犯行の瞬間をシャッターに収めた、姫咲律夢に登場してもらうわ。証人、入廷をお願い。」
その言葉で、相変わらずサンバイザーと、首からぶら下げたカメラケースが特徴的な、姫咲が入廷してきた。
「証人、前回提出された目撃写真について、詳しく説明してなかったそうね。その写真について、証言をお願いするわ。」
「わかりましたぁ〜。えっと、あの時吾童山には、山の植物を撮影しにいったんです。そして、あのおぼろ橋のところで、二人の人が立っていて、なんとなく見てたんですぅ〜。そしたら、紫色の着物を着た女の人が、男の人をグサッって・・・・。思わず、その瞬間をカメラに収めたんです。でも、顔が見えない写真を撮ったと思ったので、顔の写ってる写真を撮ろうと、犯人が振り向くのを待っていて、振り向いた瞬間を写真に撮りましたぁ〜。」
彼女は、まるで勝ち誇ったような顔つきで、余裕の笑みを浮かべながら、首からかけた皮製のカメラケースを磨いている。
「ふむぅ、それはもう決定的としか・・・。この写真がそうですね。確かに、被告人が写っています。」
そう言って、裁判長は彼女の撮った目撃写真を、まじまじと眺めている。
「それでは、神乃木さん、尋問をお願いします。」
その言葉を聞いた彼は、コーヒーを飲み干し、そして軽く笑って答えた。
「クッ、無駄な揺さぶりはかけない。それが、俺のルールだぜ。姫咲律夢の証言に『異議あり!』だぜ。」
「ど、どういうことですか。」
裁判長は信じられないという顔つきで、彼を見た。彼は、そんなことには動じず、目撃写真と気象データを証人に見せびらかして、淡々と話をはじめた。
「まずは、この気象データを見てもらおうか。2:10〜2:35の間、強い通り雨が降っていたらしいぜ。そして、この連続した目撃写真は、2:28頃に撮られている。だからもちろん、この連続写真には犯人や被害者と一緒に、雨が写っている。」
「それがどうかしましたか?」
「どうしたもこうしたもねえぜ。今度は、この単品の写真を見てみな。撮られたのは、2:58.当然雨がやんでいる。そこまではいいんだが、被告人の彼女が着ている、イカした装束をよく見てみるんだ。何か気づかねえか?」
「イカしたじゃなくて、イカれたの間違いじゃなくて。この装束のどこが不自然なの?まあ、デザインはかなり不自然だけどね。」
更級検事は、嫌味をこめて反論する。神乃木も、ムジュンに気づかない彼女を、あざ笑うかのように反論する。
「それなら聞くが、なぜ彼女の装束は濡れてないんだ。最初の連続写真で、かなりの量の雨を浴びてることが、わかるはずだぜ。たった20分程度じゃ、雨は乾かないし、コーヒーも良い具合に熟成されないぜ。」
「うっ!!!そ、それは・・・・。きっと、気象データが言うほど強い雨じゃなかったのよ。この写真だって、写真がブレてどしゃ降りに見えるだけかもしれないし・・・・。」
「コーヒーの闇はすべてを忘れさせてくれる。その闇は、嫌なことを洗い流してくれ、人々は癒しの時間を手に入れることができる。」
突然の言葉に、更級検事は戸惑い、唖然としている。
「な、何言ってるの。私の言葉に、頭がおかしくなったの?」
「今度は、単品写真に写ってる凶器を見てみるんだな。」
「凶器・・・・?ああぁぁーーーー!!!」
「クッ、今度は気づいたみたいだな。」
「ど、ど、ど、どういうことですかっ!!!」
二人がわかっているのに、自分だけ気がつかない裁判長は、自分だけ仲間はずれなことに、悲痛の叫びをあげた。
「彼女が持ってるこのナイフ、雨によって血がきれいに洗い流されてるぜ。これが、どしゃ降りじゃなくて何だって言うんだい、赤ずきんちゃん!」
その言葉に、検事は言葉を失い、裁判長は目を丸くし、傍聴席は騒がしくなる。
そして一方、その傍聴席で、派手な服装の女の子と、地味なコートの中年男性が座り、話し込んでいた。女性の名は狩魔冥、男性は糸鋸圭介であった。狩魔検事の方から、話を持ちかける。
「更級万有・・・・・ヒゲ、この名前、どこかで聞いたことないかしら?」
「更級検事ッスか?自分は知らねッス。きっと、検事の勘違いッスよ。」
その言葉に、鞭が飛んできて、糸鋸刑事は悲鳴を上げた。隣の傍聴人から、口の前に人差し指を持っていかれ、「静かにしろ」のジェスチャーをくらった。
「とにかく、なんか引っかかるの、御剣怜侍に電話して頂戴。」
「わ、わかったッス。」
また鞭をくらうのが嫌な彼は、しぶしぶ携帯に番号を押したのだった。
つづく
あとがき
とりあえず、いつもどおりの長さに戻しました。
本当は、神乃木さんパートを終わらせたかったのですが、もうちょっと長くなりそうなので、次回にまわさせて貰います。
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