終わりなき逆転(第6話)


 傍聴席と法廷の騒ぎの中、たった一人神乃木は勝利を確信し、コーヒーを優雅に飲んでいた。
「そ、それでは、神乃木さん。このムジュンがいったい何を示すのですかな。」
 神乃木は、コーヒータイムを邪魔されたことにムッときたが、すぐさま不敵な笑顔を向けて答えた。
「簡単なことじゃねえか。事件当時の写真の被告人の装束は雨で濡れているのに、事件後の写真では濡れてない。こんなことはあり得ねえ。普通ならな。」
「それじゃあ、この写真は普通じゃないっていうのかしら?」
 更級検事は、的確に彼の言葉に反論を返す。
「そうだ、普通じゃねえ。なぜなら、2つの写真に写っている被告人の姿は、全くの別人なのだからな。」
「べ、別人???」
 裁判長は、頭がこんがらがってきて、もうオウムに成り下がるしかなかった。
「犯行時刻に写した連続写真の彼女は、後姿のとても恥ずかしがりやさんだ。そして、次の単独写真では顔を写したおませさんだ。そうすると、人間ってもんは悲しいもので、格好がいっしょなだけで、つい同一人物と勘違いしてしまう。だが、現実はそうじゃねえ。最初の写真に写っている人物は、被告人の格好をした、ニセモノだったのさ。」
「ま、まさかっ!!!そんなことが!!!」
 かなりヒートアップした更級検事に、神乃木は少しも動じずに話を進める。
「クッ、それじゃあ、これからそれが真実かどうか、確かめてみようじゃねえか。」
「た、確かめる!?どうやって?」
「簡単なことだぜ。確かめたいことがあれば、当事者に聞くのがてっとり早い。ここで、弁護側は要求するぜ。被告人、綾里真宵の召喚を。」
「ひ、被告人ですか!?」
 神乃木のテンポの速さに裁判長はついて行けず、ただ驚くばかりである。その裁判長に向かって、神乃木はコーヒーカップを前につきだして答える。
「ああ、そうだ。さっさとしろ!このコーヒーが冷めちまう前にだ。」
 裁判長は、ただ彼の言われるがままに、更級検事に綾里真宵の召喚を要求した。彼女はすぐに、真宵をつれてきて、証言台の上に立たせた。

 真宵は、突然の証言に少しの間戸惑っていたものの、なんとか落ち着きを取り戻したようだった。そんな彼女に、神乃木は語りかける。
「1年ぶりだな、綾里真宵。調子はどうだ。」
「あたし・・・・正直言って怖いです・・・・。なるほどくんの前では、あんな強気なこと言っちゃったけど、もし犯人になっちゃたらどうしようかって・・・・。」
「大丈夫だ、必ず助けてやる。1年前、俺が言ったことを覚えているか?」
「え!?」
「1年前の事件で、俺が綾里舞子を背後から殺害しようとしたとき、俺の心には2つの思いがあった。1つは、あんたを一途に守ろうとする純粋な気持ち。そしてもう1つは、千尋にあんなつらい思いをさせた、あの美柳ちなみに対する復讐の念。どっちの思いで、綾里舞子を殺害したのかは、俺にはわからなかった。だがあんたは、俺が、自分を救ったのだと信じてくれた。なら俺も、その気持ちに答えるつもりだ。最後まで、俺の弁護を見ててくれないか。」
「か、神乃木さんっ!!!」
 彼女の目からは、大粒の涙が光っていた。俺もつられて泣きそうになった。だが、俺は決して泣かない。男が泣いていいのは、全てを終えたときだけだからな。
「それでは証人、事件当日のことを証言してください。」
 そういう裁判長の顔も、涙でぐちゃぐちゃだった。

「あたし、事件当日の数日前から、葉桜院で修行をしていました。それであの日・・・お昼ご飯を食べて部屋に戻ってみると、畳の上に手紙が落ちていたんです。中を見てみると、それは脅迫状でした。人質を殺されたくなければ、3時におぼろ橋に来いと言われたので、行きました。そしたらおぼろ橋に来てすぐ、ナイフを拾ったんです。でも怖くなって、そのナイフは元の場所に戻しました。それで、3時を過ぎても、何も起こらなかったので、諦めて葉桜院に帰ったんです。」
「ナイフを・・・・拾った?」
「クッ、つまり、その写真に写っているのは、ナイフを拾った時に写された彼女かもしれねえな。」
 その言葉に、更級検事が異議を申し立てる。
「まだわからないわ。証人が嘘を言ってるかもしれないんだし。」
「それじゃあ、尋問にシャレこもうか。証人2:58に撮られたこの写真に写っているのがあんただとすれば、証人は2:40分ぐらいまでは、葉桜院にいたことになる。葉桜印から現場までは、歩きで15分ぐらいはかかるらしいからな。」
「それが何か?」
 話の見えない更級検事が、じれったそうに尋ねる。裁判長も言葉には出さないが、頭をひねっている。
「この証言が真実かを確かめるためには、それを証明する人物が必要になる。つまり、被告人が2:40以前から葉桜院にいたというアリバイがあれば、2:28の犯行時刻、おぼろ橋にいた人物は被告人とは別人だってことがわかるはずだぜ。」
 その話を聞いた真宵は少し考えてから、突然ひらめいたように手をたたき、みんなに向かって話し掛ける。
「そういえば、葉桜院でビキニさんと話をしたよ。確か、2:30ぐらいかな。はみちゃんが人質にとられていたんだけど、どこ探してもいなくて、ビキニさんにも尋ねたんだよ。ちょうどそのとき時間も聞いて、2:30だって言われたから、急いでおぼろ橋にいく準備をしたんだ。」
「クッ、それだけ言えりゃ上出来だぜ。早速、葉桜院に確認の電話を入れてみな。」

 係官が急いで葉桜院に連絡をとり、住職の毘忌尼と会話をした。そして、裁判長に結果を報告した。もちろん、真宵の証言どおりの答えが返ってきたそうだ。神乃木は、その話を聞きながら、コーヒーを楽しんでいる。
「だそうだ。2:30に葉桜院にいたんじゃ、2:28に被告人がおぼろ橋にいるわけがねえ。つまり、おぼろ橋で写真を撮られた人物は、誰かの変装だったってことさ!!!」
「しかし、いったい誰が・・・?」
「消去法で考えてみな。事件当日、現場をうろついていた人物は4人。氷水空流、美柳麗、姫咲律夢、そして綾里真宵だ。さっきの電話で、綾里真宵のアリバイが確認できた。そして、カメラマンの姫咲もシロだ。犯行時刻の瞬間に、事件の決定的瞬間を取っていたんだからな。」
「他の人の写真を撮ったということも、考えられませんかな。」
 裁判長が、先ほどの神乃木の推理に疑問をぶつける。だが、神乃木は相変わらず動じない。
「彼女が首からかけている恋人は、とても扱いにくい男でな。彼女くらいのプロでないと、この目撃写真のようにくっきりとは撮れないシロモノなんだ。そこいらの女じゃ、ちょっとやそっとで黙らせることができるような甘い男じゃねえのさ。」
「ふぅ〜ん、よく知ってるじゃない。このカメラは年代物だから、なかなか扱うのに苦労したんだよ。」
 姫咲が、自慢そうに首にかけたカメラケースを見せびらかし、苦労話に花を咲かせようとする。だが、その話も、神乃木にさえぎられてしまう。
「そして氷水検事は、事件当時何者かによって、気絶させられていたことが、昨日の法廷で証明されているらしいじゃねえか。となると、残りは美柳麗しか残らねえんだよっ!!!」
「そ、そんなに言うんだったら、彼女に、美柳麗に証言してもらいましょう。あなたたちが、彼女を真犯人に仕立て上げたいことは聞いております。だから、彼女をここに呼んであります。これで、全ての決着をつけましょう。」
 更級検事の発言に、裁判長は無言でうなづいた。そして、早速召喚の準備を整えるよう指示したとき、神乃木の「待った!」が入る。
「悪いが、10分だけ休憩を取らしてくれねえか。俺の仕事はここまでなんだ。あとは、あいつが全てに決着をつけるんだ。まるほどうの出番を、横取りするわけにはいかねえからな。」
「わ、わかりました。それではこれより、10分間の休憩を取ります。」
 そして、木槌をたたき法廷がまた、ざわつき始めた。

 被告人の控え室。コーヒーを飲み終えた成歩堂は、少し落ち着きを取り戻したようだった。そして、神乃木さんの弁護が気になり始める。そんな気持ちも束の間で、すぐに控え室の中に神乃木荘龍が入ってきた。
「クッ、ついにお出ましするぜ、美柳麗がな。」
「ありがとうございます。もしあのまま弁護をしていたら、真宵ちゃんはどうなっていたことか・・・・。」
「たっぷり感謝しろよ。これから先は、コーヒーの味を良くも悪くもするのは、おまえ次第だぜ。」
 その言葉で、成歩堂は手元にあったコーヒーカップを思い出し、神乃木弁護士に渡す。
「そういえば、このコーヒー、ありがとうございます。おいしかったです。少し甘かったけど・・・・・・」
「クッ、あのコーヒー、全部飲んじまったのかい。・・・・・・・の入った、特別濃いコーヒーだったのにな・・・・・・・・・・・・・・・・ククッ・・・・・。」
「いやいやいや、何入れたんですかっ!!!ていうか、今のはうらみさんのモノマネですか!?ちょっと似てたし。」

 そんなとりとめのない会話をしていると、控え室のドアが開く音がした。そして、懐かしい声が、僕たちの耳に響く。
「あら、意外に楽しそうね。なるほどくん、神乃木先輩。」
「ち、千尋さんっ!!」
 そこには、僕の師匠の千尋さんがいた。彼女は3年前、ある事件を調べていて殺された。でも、真宵ちゃんや春美ちゃんの霊媒で、何度も僕を助けてくれた。今ここにいる千尋さんは、髪形から見て春美ちゃんだろう。神乃木さんは、彼女の依頼人を信じる純粋な心に魅かれていた。毒を盛られた神乃木さんが目覚めたとき、彼女はもうこの世にはいなかった。だから、彼女を守れなかった僕を恨み、たった一人の妹である真宵ちゃんを必死になって守ってくれたのだ。
僕が彼を告発して悩んだときも、彼女が僕を支えてくれた。僕にとって彼女は、天使のような存在なのだ。
「私もあなたを援護するわ。あなたはまだ、真実から拒否しようとしているように見えるの。」
「真実というのは・・・・・?」
「もちろん、美柳麗の事件の関わりよ。あなたは、あやめさんの話を聞いたとき、まだ彼女は事件の犯人ではないと思っているんじゃないの。美柳ちなみの霊を、春美ちゃんたちに呼ばれたため、殺人未遂のままに終わった、とまだ心の中では考えている。」
「弁護士という立場から、依頼人にこれ以上大きな罪を被ってほしくないと思うあまり、そんなことを考えているのは事実です。でも、正直言って・・・・、僕にはもう、何が真実なのかわからないんです。」
「その気持ちは、痛いほどわかる。でも、これだけは頭に入れておいて。実際に、美柳蒼介は殺害されている。犯人は、美柳麗でしか有り得ないの。」
「そろそろ再開の時間だぜ。早く法廷に戻りな。真実を信じるか信じないかも、あんたが決める事なんだからな。」
 神乃木さんに後押しされたものの、僕は迷っている。たとえ真実を信じたところで、無罪判決を受けた彼女に、手を出すことができないのだから。『一事不再審』がある限りは。


 僕と千尋さんは、再び一緒に法廷に立った。この事件には、美柳ちなみが絡んでいる。彼女の協力は絶対だった。検事席には、またしても見たことのない検事が立っている。神乃木さんが、赤ずきんといっていた理由もわかる。かなり、頭の上の赤いバンダナに目がいってしまう。そして、これまた子供のようなかわいらしい声で、美柳麗の入廷を願った。いよいよ、この事件に、美柳ちなみに、そして自分自身に決着をつける時がきたのだ。
「それでは、美柳麗さん。事件当日の事を、話してください。」
 更級万有という検事が、証言台の彼女にそうお願いする。

「私は、手紙で誰かに呼び出されていたんです。事件当日の2:20におぼろ橋へ来いと。それで行ってみると、紫色の着物を着た女の人と蒼介が、おぼろ橋の上で話をしていました。そしたら突然、女の人がナイフのようなもので蒼介の体を刺して、お逃げになったのです。私とすれ違って彼女は逃げたのですが、そのとき私は怖くて動けませんでした。すると今度は、30歳ぐらいの男の人が、草むらから飛び出してきて、私を犯人だと思って捕まえにきたのです。私は逃げたのですが、山の中腹まで行った所で捕まってしまったのです。」
 この証言が通じれば、真宵ちゃんが犯人になってしまう。もう、目がさめた。彼女が犯人なんだ。真宵ちゃんが殺人なんてするわけがない。必ず崩して見せる、この証言を。

「それでは麗さん。お聞きしますが、先ほどの法廷で真宵ちゃんのアリバイは証明されたはずです。彼女が現場にいるわけがありません。」
「成歩堂さん。あなたは聞いているはずです。私が、倉院流霊媒道の分家であることを。私が知らないとでも思ったのですか。真宵さまが本家の家元であること、彼女が葉桜院の住職と知り合いであることも。彼女と住職がグルになって、アリバイを作り上げたかもしれないじゃないですか。」
 あらかじめこういわれることは予測していたのか、彼女はスムーズに答える。別の角度から攻めたほうがよさそうだ。
「その呼び出しの手紙ですが・・・・、昨日の法廷で差し出したものですよね。あれはワープロで書かれてありました。真宵ちゃんが書いたという証拠はありません。」
「でも、別の人が書いたという証拠もないですよね。」
 うまい事いうな。逆にこっちが追い詰められちゃってるよ。
「感心してないの。ムジュンはもう出てる筈よ。彼女が緊張を解いた、今が狙い目よ。」
 千尋さんの喝に、僕はさっきの証言と、今までの出来事を思い出す。そして、明らかに食い違うムジュンに気づいた。
「麗さん、あなたは昨日の法廷をお忘れですか?」
「えっ!?」
 彼女は、何のことかわからず戸惑っている。これからわからせてやるんだ。
「昨日、僕はこう立証しました。気絶した氷水検事は、犯人に逃げられたことに気づいて、慌てて追いかけたところ、山の中腹を歩いていたあなたを見つけて確保した。でも、先ほどの証言では、現場ですでに見つけられています。証言に食い違いがあるようですが・・・・。それに、もしあなたの言ったことが本当なら、有り得ないことが起こっています。大声を出しただけで、目眩のするほど病弱なあなたが、犯行から確保までの20分もの間、あなたを追いかける氷水検事から、走って逃げられるわけがないのですっ!!!」
「あぁ!!」
 どうやら、僕は真実を信じなければならなくなった。彼女は真犯人だ。そして僕は、その彼女を、無罪にしてしまったことも、すべてを認めざるを得ない。『一事不再審』・・・・これほど法律が厄介なことを、僕は改めて実感した。

             つづく


あとがき


できれば、残り1話で法廷パートを終わらせ、その次の1話でエピローグが書ければいいと思っています。今までに何度も、有罪の人を無罪にしたとか、一事不再審とかがしつこいぐらい出てきていました・・・・すみません。
いよいよ次回で、全ての謎が解き明かされます。美柳麗に対する筆者からの究極の罰、更級・氷水検事の正体、美柳ちなみとの最終決着、霊媒だらけのトリックなどを盛り込む予定です。

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