終わりなき逆転(第7話)


  人は誰しも、決着を着けなければならない時がくる。だけど、決着を着けたつもりでも、また新たなる敵が現れる。決着は、始まったときから、終わりはないのかもしれない。今、僕たちはまた、決着を着けなければならない。たとえ、どんな結末が待っていようとも。


「証人、ちゃんと事実だけを証言してください。」
 神乃木さん相手の法廷に疲れたのか、裁判長はかなり苛立ち、偽証をした美柳麗を責める。彼女も、それに怯えてか、恐る恐る答える。
「わ、わかりました。今度こそ本当のことを話します。」
「それじゃあ、もう1度証言をお願い。」
『待った!!』
 彼女の発言に、どこからともなく待ったが入る。それも、二人の声が重なっているようだ。もちろん、僕と千尋さんではない。その待ったに僕が戸惑っていると、突然法廷の扉が開き、御剣と肩を組んでいる氷水検事が、中に入ってきた。氷水検事は、狙撃の傷のせいか、顔がひきつっている。御剣が、人差し指を検事席につきつけ、みんなに向かって叫ぶ。

「そこにいる更級検事は、ニセモノだ!正体をあらわすんだ!」
「に、ニセモノ!?」
 突然の発言に、みんなが戸惑う。もちろん、僕も。更級検事も、あせって反論する。
「ち、違う。私は偽者じゃない。本物の更級万有よ。」
「そんな筈はない。本物の更級万有は、5年も前に、とっくに亡くなっているんだ。」
「な、何ですって!!!嘘に決まってるわ。」
 一番驚いたのは、他でもない更級検事だった。
「ここに更級万有の死亡届がある。それを提出する。それを見てくれ。彼女の死亡がはっきりしている。」
 その死亡届と、中に入っていた彼女の資料を見て驚いた。写真に写っている彼女は、今そこに立っている彼女と、まったく同じ顔をしていたのだから。裁判長も、彼女の顔写真とを見比べて、更級検事に言う。
「この写真とあなた、そっくりじゃないですか。いったいあなたは、何者なのですか!!!」
「私は、更級万有。他の何者でもないわ。わたしが、死んでいるはずがない!!!」
「君が死亡を知らなくて当然だろうな。突然道端で倒れこんで、意識を失ったまま病院で死亡したのだからな。糸鋸刑事の連絡で調べるまではわからなかった。狩魔検事が知っているのも、あなたがアメリカで法律の勉強をしてきたからだという調べもある。また、死亡に関しても、氷水検事が狙撃の傷の治療をしている、堀田医師が覚えていた。『赤ずきんみたいなかわいい女の子』だった、と。」
「じゃあ、何で私がここにいるの。死んでるんじゃないの?」
「霊媒だな、御剣。」
 僕は、御剣に尋ねた。彼も無言でうなづいた。確信を持った僕は、彼女に説明する。
「あなたは、誰かに霊媒されてるんです。綾里真宵を有罪にするために、あなたは利用されてるんです。」
「違う!!!私は・・・私は・・・・。」
「その霊媒師も見当がつきます。死者を利用してでも、綾里真宵を有罪にしようと考える人たちは、たった2人。美柳麗と姫咲律夢。美柳麗は証言台に立っている、ということは、姫咲さんが今あなたを霊媒しているのです。更級さん、あなたは、殺人犯に利用されているのです。」
「い、いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
 その断末魔のような悲鳴とともに、本体から更級万有の霊魂が飛び出し、勾玉型の鬼火とともに、遥か遠くに消え去ってしまった。そして、本体が、赤いバンダナを取ると、姫咲律夢が姿を現した。サンバイザーはかけていないけど、懐からカメラケースを出した彼女は、間違いなく姫咲だった。

「あぁ〜あ、もうちょっとでうまくいってたのに。あの馬鹿、勝手に本体から出て行きやがって。」
 ついに、姫咲も本性を表した。彼女も共犯者だったのだ。裁判長は、不思議そうにまばたきを繰り返す。そして、疑問を投げかける。
「し、しかし。先ほどこの法廷で、姫咲さんが証人として立っていた時も、更級検事はいましたぞ。」
「おそらく、そのときの検事は、美柳麗だったのです。そして、10分間の休憩のときに、入れ替わったのです。わざわざ更級検事を選んだもうひとつの理由は、彼女が生前から、赤いバンダナをかぶっていたからです。霊媒しても、髪型や髪の色は変わりません。だから、髪を隠すものがないと、入れ替わりトリックがばれてしまいますからね。」
「と、とにかく、検事不在のこの状況で、裁判をやることは不可能です。審理は明日ということで。」
 せっかく追い詰めたこの状況を、明日に持っていかれたらまずい。僕が叫ぼうとすると、御剣と氷水検事が再び待ったをかける。
「せっかくここまできたのだ。審理を続けてもらいたい。」
「し、しかし。」
「いいじゃねえか、姫咲に検事をやらせれば。もし何かあれば、俺が代わりを務める。狙撃さえなければ、もともと検事は俺がやっていたんだからな。」
「僕からもお願いします、裁判長。もう少しで、真実が見えてきそうなんです。」
 さすがに3人相手はきついと考えたのか、裁判長はしぶしぶOKをした。

 検事が素人の、前代未聞の審理が続けられた。意識を失っていた間の裁判状況を知った姫咲から、話を持ちかける。
「それじゃぁ〜、続きからいくけど、結局あなたは、何が言いたいの?」
「単刀直入にいいます。美柳蒼介を殺害したのは、美柳麗さんです。」
「わ、私!?冗談じゃないわ。第一、この連続写真に写っている人物の身長を見てよ。私よりも低いじゃない。」
 確かに、証言台の彼女は、女性にしてはかなり背が高い。でも、そんなことでは僕から逃れられない。
「簡単なことです。先ほどと同じようなことをすればいい。あなたは、ある人を霊媒して身長を縮めたのです。霊媒すれば、霊媒された人物の身長になりますからね。」
「しかし、いったい誰を霊媒したんですか。」
「裁判長も覚えているはずです。美柳ちなみの名を。彼女の父親の再婚相手が、この麗さんなのです。」
 裁判長は、少し考えてから身震いをした。よっぽど怖い印象が残っていたんだろう。
「あなたは、美柳ちなみを霊媒した。霊媒された美柳ちなみは、真宵ちゃんに変装をして、美柳蒼介を殺害したのです。この写真を撮るためにね。」
「何言ってるの、私がちなみを霊媒したんなら、氷水検事の件はどうなるの。氷水さんに捕まったのは、ちなみではなく私なんですよ。」
「それは、あなたも計算外のことだったのです。殺害を終えたあとに、強い力によって美柳ちなみの霊は、奥の院にいる春美ちゃんのほうへ移ったんですからね。」
 僕の言葉に、姫咲が返事を返す。言うことは大体予想がついた。
「あなたも、倉院流の家元を助手に持っているなら、知ってるはずよ。誰かが霊魂を呼び出したら、別の人が現在呼び出されている霊を、霊媒することはできないの。」

 確かに1年前の事件で、真宵ちゃんが呼び出している美柳ちなみの霊を、春美ちゃんが霊媒しようとしてもできなかった。でも、例外もあった。
「1つだけ可能性があります。呼び出している霊体を、霊媒する方法が。」
「そんなこと、あるわけがない。」
「2年前の事件で、それは起こりました。春美ちゃんが千尋さんを霊媒したとき、突然強い力で千尋さんの霊が引っ張られ、元の春美ちゃんの姿に戻ったことがありました。その理由は、誘拐された真宵ちゃんが千尋さんの霊を霊媒したからです。でも、1年前の事件では、真宵ちゃんや綾里舞子が呼んだ霊を、春美ちゃんが呼ぶことはできなかった。この2つを総合すれば、答えは1つ。霊力が強い人なら、すでに霊媒されてる霊を、呼ぶことは可能なのです。」
「な、何ですってぇ〜〜〜〜」
 姫咲律夢が間抜けな声で驚く。倉院流の分家でも知らないことなので、僕もだんだん自信がなくなった。でも、ここはハッタリで突き進むしかない。
「さて、ここで問題なのは、美柳麗と綾里春美。どちらの霊力が強いかということです。同じ分家でも、春美ちゃんは家元に値するほどの霊力は持っています。麗さんが呼んだ美柳ちなみの霊を、呼び出すことは簡単なはずです。」
 その言葉に、美柳麗も動揺する。でも、彼女はまだ反論をする。

「あのダイイング・メッセージはどうなるの?あれにははっきり、『犯人は綾里真宵』って、書いてあったじゃない。警察の話では、筆跡も蒼介と一致したらしいじゃないですか。これはどうなるの。」
「ウッ・・・・・それは・・・・・」
「ほら御覧なさい。結局、何も考えがないんじゃない。」
 僕が戸惑っているところに、千尋さんの援護が入る。
「なるほどくん、よく考えるの。誰があのメッセージを書いたのか。そんなのはデータを見ればわかるじゃない。発想を逆転させるの。誰が書いたかじゃなくて、どうやって書いたかが重要なの。」
「どうやって・・・・・あっ!!!」
 僕は、こんな簡単なことに気づかなかった、自分が歯がゆかった。誰が書いたか、そんなのは決まっている。そして、その方法は・・・・。
れも、霊媒を使えばたやすいことです。おそらく、3:00に真宵ちゃんが来て帰った後、姫咲さんが美柳蒼介を霊媒したんです。そして、正義感の強い彼なら、美柳ちなみが犯行時に綾里真宵と名乗れば、きっと犯人の名前を書き記すだろうと予測して。そして、案の定彼はメモを書き残した。後は、メモ帳を死体のそばに投げ捨てて、ダイイング・メッセージのメモを、法廷に提出したのです。」
 彼女たちは、もう動揺を隠せないほどあせっている。でも、しつこいほど僕に食いかかってくる。

「まだ完璧じゃないわ。動機は何?」
「動機はあなたにはないです。でも、美柳ちなみなら動機はあるはずです。そのせいで彼女は、狂言誘拐を起こし、父親から2億円のダイヤを奪い取ったんですからね。」
 彼女は、今までにない表情で笑った。まるでそれは、この状況にも関わらず、勝ち誇ったようだった。
「ちなみには動機があるかもしれない。でも、私にも動機がなくちゃ、この殺人は起こらなかったはずよ。」
「そ、それは・・・・・。」
「フフフ、どうやら私たちの勝ちのようですねぇ〜」
 姫咲も笑う。もう、ネタは尽きてしまったのか。
「まだよ、なるほどくん。あきらめちゃだめ。弁護士は、ピンチのときほどふてぶてしく笑うものよ。」
 千尋さんが励ましてくれる。でも、倉院流霊媒道と関わりのない自分には、もうこれ以上の動機が追求できなかった。でも、そんな僕の顔を見た千尋さんが、代わりに話した。
「動機は、倉院流霊媒道そのものね。倉院流の政財界のつながりは絶大だった。その地位を得るために、あなたは殺人を行った。おそらく、綾里キミ子がこう言ったのね。綾里真宵を消してしまえば、綾里春美が家元になる。もし、綾里真宵を消してくれたら、春美に頼んで倉院流の本家として特別に入れてやる、と。」

「クッ、千尋が代わりにしゃべるとは、まだまだ子供だぜ、まるほどう。」
 僕は、声のするほうを向いた。千尋さんの隣には、いつの間にか神乃木さんが立っていた。
「ここからは、大人の話だ。この事件のいきさつを全て話してやるぜ。
まず、留置所に入っていた俺の耳に、綾里キミ子が面会をするという情報が入った。また何かたくらむんじゃないかと思った俺は、看守に頼んで氷水と連絡をとった。氷水が美柳麗の話に聞き耳を立ててわかったこと。それは、美柳ちなみを霊媒しての殺人計画だった。俺は氷水に、なんとしても阻止するよう、葉桜院あやめに連絡をとるよう勧めた。そして、あやめの方は綾里春美に頼んで、霊媒をして阻止することを決めた。氷水もその計画に乗った。
だが、そこで予想外のことが起きちまった。この計画を、共犯者の姫咲に聞かれてしまったことだ。姫咲は、綾里春美が奥の院に閉じこもることを逆手に取り、綾里真宵に脅迫状を送った。もちろん彼女は春美を探したが、奥の院にいるなんて事は知らない。
そんなことを露知らず、おぼろ橋のほうでは、殺人劇が起ころうとしていた。氷水が、起こるときを待っていたのだが、俺たちの計画を知った美柳麗が、氷水を気絶させた。その間に、美柳麗に霊媒された美柳ちなみは、綾里真宵と名乗って被害者を殺害。その瞬間を、姫咲はシャッターに収めた。そして、綾里真宵の髪形をとき、私服の着物の上から羽織っていた、綾里真宵の装束を吾童川に流したんだ。綾里真宵の格好のまま逃げ、誰かに見られちまったら、変装のトリックがばれる恐れがあるからな。そして、死体も橋から落とした。これは、後からくる綾里真宵に死体を見られないようにするためだ。
そして、美柳ちなみは逃亡を図った。が、そこでハプニングが起こった。綾里春美が、美柳ちなみを霊媒し、元の美柳麗の姿に戻ってしまったことだ。病弱な彼女じゃ、走って逃亡することはできない。仕方なく、歩いて山を降りなくてはならなかった。そして、彼女の嫌な予感があたった。目を覚ました氷水が、急いであんたを追っかけた。そして、山の中腹まで来たところで捕まっちまったのさ。
一方その時、綾里真宵は、脅迫状のとおりおぼろ橋に来た。そして、ナイフをそこで拾った。その瞬間を、待機していた姫咲が写真を撮影した。もしものときの保険としてな。そして、綾里真宵が帰った後で、被害者を霊媒して、あのメッセージを書かせた。その時に綾里真宵の指紋のついたナイフを、山奥のほうに隠したんだ。」

「全く非の打ち所のない完璧な推理ね。綾里真宵の抹消計画には、あの男が邪魔だった。私が倉院流の分家であると感づき、ほかの人に言いふらそうとしたんですからね。計画のためには、私の正体を知られてはまずい。だから、根を絶やした。でも、無罪を勝ち取った私には、誰も手出しはできないわ。誰にも私は止められないの。」
 美柳麗は完全に開き直る。真相がすべてわかったのに、手を出せないもどかしさ、これはもう普通じゃ抑えきれない。そして、僕は彼女に、最後の尋問をする。
「1つ聞いていいですか。」
「何かしら。私に無罪をくれた成歩堂さん。」
「留置所と初日の法廷で、僕はこう聞きました。『あなたは、美柳蒼介を殺害しましたか』と。そしたらあなたは、断固否定した。あれも嘘だったんですか。」
「嘘?とんでもないわ。私はやってない。蒼介を殺したのはち・な・み。私はその時、霊媒して意識を失っていたんだから。」
「でも、あなたは、美柳ちなみという凶器を使って、彼を殺害したのです。」
「そんなのは価値観の違いでしょ?私はそうは思わない。ちなみという人間が、ナイフという凶器を使って、蒼介を殺害した。私の名前はどこにもないの。だから、あれは嘘じゃないわ。」
 彼女の発言に、僕は今までの怒りが爆発した。
「あなたって人は・・・・・。あなたは、美柳ちなみと血の繋がりはない。でも、あなたのやったことは、美柳ちなみといっしょだ!!!どこまでも卑劣で、残酷で、自分勝手で、最低の人間だ!!!!!」
「そんな事言ってもだめよ。一事不再審のおかげで、私はつかまらないんですから。その手助けをしたのは、あなた自身なんだから。」

 もう、本当にこれで終わりなのか?彼女に罰を下すことは、できないのか?その原因を作ったのは、僕自身。弁護士が、完全犯罪の手伝いをした。決して消えることのない過ちを、僕は犯してしまったのだ。

             つづく


あとがき


あぁ!!読者をひきつけようと謎を溜め込んじゃうから、1話で解決できなかった!!!ホント、自分は馬鹿です。すみません、エピローグの前にもう1話だけ書かせてください。
パート3でも言いましたが、逆転裁判1を持っていない自分には、このトリックが本当に使えるのかはわかりません。指摘は構いませんが、直せないかもしれないことを、ご了承ください。
また、成歩堂の言ってた2年前の例外で、強い霊力を持っていれば、霊を呼ぶことが可能というのは、ゲームを見て勝手に自分が解釈したことです。2年前の例外が気になる方は、『逆転裁判2 第4話 第2回・法廷 前編の休憩シーンの会話』をご覧ください。

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