終わりなき逆転(第8話)


   日本国憲法第39条 【遡及処罰の禁止・一事不再理】
 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

 これが、僕を苦しめる条項。一度裁判で判決を受けた人は、同じ裁判で判決を2度受けることはない、という意味である。それをみんなは『一事不再審』と呼ぶ。もともとは、有罪になった犯罪者が、再び無罪をもらわないようにするために作られた法律である。でも、今回は全くの逆転である。今この原則のせいで、有罪の人物が無罪になろうとしているのである。

「俺からも1つ聞いていいか。俺を狙撃したのはどっちだ。あんたか、それとも検事席にいるカメラマンなのか?」
 そう言ったのは氷水検事だ。肩を押さえながら質問した彼は、証人席と検事席を交互に見回した。その疑問に答えたのは、検事席の姫咲だった。彼女は子供のように、無邪気に手を上げて口を開いた。
「はいは〜い。それは私でぇ〜す。麗さんはその時、更級万有の霊媒の準備をしていたからね。あなたが検事をやると、いろいろと迷惑なのよねぇ〜。」
「そういうことか。それじゃまさか、1日目の法廷で裁判長が交代したのも、あんたの仕業だったのかい?」
「ピンポ〜ン。凄いね、氷水空流さん。あれも、ワ・タ・シ。そこにいる裁判長は、綾里真宵をよく知っているからね。彼女の犯行を疑うんじゃないかと思ったわけ。裁判長の家に忍び込んで、食べ物に薬を混ぜることは、決定的瞬間を撮るよりも簡単だったわ。」
 彼女は、裁判長を見ながら誇らしげに答える。裁判長は、もう何も言い返せないのか、ただ目を見開いて呆然としていた。それを見計らってか、美柳麗が僕のほうを向いて、勝利の言葉を発する。
「さあどうする、成歩堂さん。もうネタは尽きたのかしら。何もできないようなら、このまま私は、ありがたく無罪は頂いていくわ。」
 彼女は、かなりの大声で叫んだせいか、初日の留置所のように目頭を押さえた。おそらくまた、彼女の病気が、発病したのだろう。でも、そんな彼女に、僕も裁判長と同じく、返す言葉が見つからなかった。真実の見えたこの状況を、逆転することはもうできないのか。

 このまま、何分の時が過ぎただろう。たかだか5分程度の沈黙が、僕には20分にも30分にも感じた。そのときだった。この沈黙を覆すような、この世のものとは思えない、地獄から這い出てくるような叫び声が聞こえてきたのは。僕は、声のする方向を向いた。そこには、喉を押さえて口から血を流す美柳麗の姿があった。彼女はなおも、叫び声を発する。
「・・ひ・・・姫咲ー!!!お前・・・・、まさ・・か・・・・・。」
 その言葉を最後に、美柳麗はその場に倒れる。僕は急いで、証人席のほうへ駆け寄る。それよりも早く、御剣が彼女の脈や心臓の運動などを調べ、僕を見ると、無言でただ首を横に振った。そして、あるものを僕の前に突きつけた。それは、僕も御剣も知っているものだった。自分でも、なぜここに存在しているのか、理解できなかった。
「これはまさか、尾並田美散が服毒自殺に使用した、小ビンじゃないか、成歩堂。」
「うん。そして、僕が美柳ちなみと初めて会った時に貰った、小ビンのアクセサリーでもある。でも、このアクセサリーは5年前、僕がやけを起こして食べちゃった筈・・・。ここにあるわけがないんだ。」

   ・・・・・・・ねぇ、何をしてるの、ちいちゃん。

 突然、この言葉が脳裏をよぎる。どこかで僕が発したフレーズ。でも、それが何か思い出すことができなかった。

 そして僕と御剣の視線は、自然と共犯者の姫咲の方へ行く。美柳麗が自殺するとは考えられない。となると、当然矛先は、彼女が毒を盛ったという方向にいくのである。しかし、当の彼女は先ほどとは裏腹に、完全に怯えきっていた。
「わ、私じゃない・・・・。私はやってないわ。やったのは・・・・・、美柳ちなみよ。」
 震える声で彼女は先に答える。でも、彼女だって関係がないわけがない。美柳ちなみを呼ぶには霊媒が必要だし、それに彼女も倉院流霊媒道の地位を求めたからこそ、美柳麗に協力したはずなのだ。でも、そんなことはお構いなしに、彼女は半泣きの状態で、同じようなことを言い続ける。
「違う・・・。毒を盛るなんて知らなかった・・・・。私はただ・・・、美柳ちなみを霊媒しただけなのよ。お願い・・・・・・・・・・・・・信じてください。」
「そうか、それなら、もう1度お願いしようか。美柳ちなみの霊媒を。貴様が毒殺に関して、何もやっていないということは、彼女の証言で明らかにする。」
 御剣がいきなり、そんなセリフを口にする。僕は驚いてしまったが、御剣は僕のほうに向き直る。
「お前も、彼女との再会を望んでいるはずだ。彼女無くして、決着は着かないのだ。もともとこの事件の主犯は、美柳ちなみのようなものだからな。」

 姫咲は控え室で準備をするのか、僕たちの視界から消えた。それと同時に、係官が担架を持ってきて、美柳麗の遺体を運んでいった。そして、僕が弁護席の戻ったその瞬間に、静かに扉が開く。扉が開くときのきしむ音と共に、美柳ちなみが姿をあらわした。姫咲の短い茶髪を、美柳ちなみの髪型に器用に結ってあった。その何を考えているのかわからない、妙に鋭い目つきのちなみの顔に、僕の心は少なかれ憎悪を抱いていたことだろう。
「お久しぶりね、成歩堂龍一、そして綾里千尋、神乃木荘龍。」
 弁護席の僕ら3人に、にこやかに挨拶する彼女に、神乃木さんも返事を返す。
「今回もまたいろいろと悪さをしたみたいだな、美柳ちなみさんよ。おイタが過ぎると、取り返しのつかないことになってしまうぜ。この俺のようにな。」
「話は聞いたわ。あなた、私を霊媒した綾里舞子を殺して、ブタ箱送りになっちゃったんでしょ。毒入りコーヒーは飲んじゃうし、あなたってホント馬鹿な男よね。」
「クッ、俺が聞きたいのはそんな過去のことじゃねえ。今そこで起こった、美柳麗の毒殺についてだ。完全無罪を豪語した彼女が自殺をするわけがないし、姫咲律夢もあんたがやったと証言してるんだぜ。さあ、どうなんだ。ハッキリさせようじゃねえか。」
 冷静を装っているつもりでも、僕にはわかる。神乃木さんは今、彼女に対して怒りの念を持っていることを。千尋さんもそれに気づいている。でも、口に出そうとはしなかった。きっと彼女も、神乃木さんと同じ気持ちなのだろう。美柳ちなみもそれに気づいているのか否か、堂々とした態度で返答する。
「そうよ、やったのは私。事件当日、姫咲が私を呼び出したとき、私はその小ビンのアクセサリーを探し出し、その中に毒を入れて美柳麗に渡したのよ。強力な血圧上昇の薬だっていったら、喜んで貰ったわ。ホント、笑ってしまうぐらい馬鹿な女・・・。」
「ふざけるなっ。あんたは、人の命を何だと思ってるんだっ!!!」
 つい僕も、大声になってしまう。でも、僕は彼女の行為を許すことができない。たとえ犯罪者といえども同じ人間なんだ。それを、虫のように命を踏みにじる行為がどうしても許せなかった。
「もっとあなたが聞きたいことがあるんじゃないかしら?あなたがおやつに食べた小ビンのアクセサリーがなぜここにあるのか、ってことがね。」

   ・・・・・・・リュウちゃんとの今日の思い出を、これに残したいから。

 まただ。アクセサリーの話の途端、どこかで聞いたことのある会話が、走馬灯のように過ぎ去っていく。ここまで出てきているのに、なかなか思い出すことができない。

「このアクセサリーは、6年前の馬鹿な死刑囚が自殺するときに使ったり、馬鹿な坊やが食べちゃったアクセサリーとは違うわ。あれは、もっと昔に葉桜院に預けられたあやめが、私の誕生日に贈ってきたもの。今もっているのは、そのときあやめが葉桜院に保管していたものよ。どうやらあやめ、私のとペアで買ってたみたい。まさか、この小ビンが凶器に使われるとも知らずにね。霊媒されたとき、真っ先に葉桜院に向かって、このアクセサリーを見つけたってわけ。なんか中に砂のようなものが入っていたけれど、邪魔だから捨てさせてもらったわ。」
「砂!?」
 思わず口に出てしまった。でも、そのおかげで思い出した。さっきの言葉が一体なんだったのか。
 あれは、6年程前、美柳ちなみと出会ってからすぐのことだった。僕ははじめて、彼女をデートに誘ったときだ。彼女は快くOKしてくれた。まさか当日に、あやめさんと入れ替わっていることも知らずに・・・・・・

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 あの頃は僕も生活が苦しくて、電車を使って近くの海のほうまで行ったときだった。海岸で何もすることもなく、ただ砂浜の上で二人で海を眺めていたときだった。横にいる彼女がしゃがみこんで、何かをし始めたことに気づいた。
「ねぇ、何をしてるの、ちいちゃん。」
「この海のきれいな砂を、家にもって帰るんです。」
「えっ!?この砂を?何で、そんなことを。」
 僕は彼女の行為の意図に気づかず、ただ驚くばかりだった。そんな僕に、彼女はハンドバッグから、小ビンのアクセサリーを取り出した。運命的に出会ったあのときに、彼女から貰った物と少し色違いだったけど、ペアのアクセサリーをくれたと勘違いした僕は、それだけでも嬉しかった。
「このビンに砂を詰めるんです。リュウちゃんとの今日の思い出を、これに残したいから。」
 僕はその言葉に感動して涙が出てしまった。彼女のその純粋な行為に、僕は彼女のことを、本気で信じられるとあのときに思ったのだ。だから、呑田の話も信じられなかったし、美柳ちなみが有罪判決を受けたときも、何かの間違いだと思ったのだ。

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「さて、下らない質問も終えたところで、そろそろ私の話も聞いてもらおうかしら。」
 美柳ちなみは、髪の毛を通す癖をやりながら、そう答える。千尋さんは、その質問の内容がわかったのか、勝ち誇ったような顔で答える。
「なにかしら、美柳ちなみさん。」
「もちろん、今回の勝敗よ。今回の事件にあなたの関与は一切なかった。あなたの止める間もなく、私は事件をやってのけたの。私は今度こそ、綾里千尋に勝ったのよっ!!!」
 その言葉を聞いているのか、千尋さんも癖である髪の毛を払いのける仕草をやった。そして、腕組みをして反論をする。
「勝った?寝ぼけたことを言わないで。美柳麗と姫咲律夢の犯行が完璧だったら、あなたが主犯だとわかるはずがない。あなたがここに立っているのは、おかしいはずよ。」
「えっ!?」
 美柳ちなみは、一歩後ろにのけぞり派手に驚く。千尋さんはその行動に、小さく笑い飛ばした。
「なぜ、あなたが主犯だとわかったか。それは、神乃木さんがこの情報を手に入れたから。そして、もうひとつ言えば、私も少し事件に関係してるの。氷水検事があやめさんに連絡を取ったとき、氷水検事はこういったの。『神乃木さんが、千尋にどうすればいいか相談してみろ、と言っていた』ってね。それで私は春美ちゃんに呼び出され、こうアドバイスしたの。『あやめさんと春美ちゃんは、奥の院に閉じこもりなさい。そして、事件が起こったら、氷水検事の合図を頼りに、美柳ちなみの霊媒を行いなさい。』と。気絶したために、氷水検事の合図は遅れちゃったけど、霊媒は成功して、美柳麗を捕まえ、あなたをここに引きずり出すことができた。これのどこが、あなたの勝利だって言うの、美柳ちなみさんっ!!!」

 千尋さんの最後の言葉は、言葉では表現できないほどの迫力があった。そして、1年前と同じように、美柳ちなみは暗い表情で頭を抱える。
「アヤサトチヒロォーーー!!!」
 その言葉を待っていたかのように、氷水検事が彼女の前に立つ。そして、手に持っていたタバコを歯で挟み、そのまま慣れたように話をはじめる。
「どうやらあんたも、俺の正体には気づかなかったようだな。」
「ナ、ナンダト・・・!」
「俺は、あんたを抹消するために、地獄から舞い降りた死神だ。才羽(さいば)流霊媒道という名の、地獄からな。」
『さ、才羽流霊媒道っ!?』
 弁護席の僕と、被告人席の真宵ちゃんの声がシンクロする。千尋さんと神乃木さんは、さして驚いた様子もなく、にやついた口元のまま彼を見ている。美柳ちなみも、今にも頭から?マークでも出てきそうな顔をしている。
「女性しかいない霊媒道があれば、男性しかいない霊媒道もある。それが才羽流霊媒道だ。倉院流は主に降霊術を扱っているようだが、才羽流は除霊を専門に取り扱っているんだ。そう、あんたのような悪霊が、この世でのさばることを防ぐためにな。」
「キ、キサマガ・・・・レイバイシダト・・・。」
「これ以上あんたに好き勝手させない。このまま冥界に送り返し、一生そこに留まらせてやるぜ。」
「ヒスイ・・・・クール・・。」
 彼は口にくわえたタバコを手に持ち替え、怒り狂った彼女に問い掛ける。
「除霊の前にひとつ聞かせてくれないか。なぜ、美柳蒼介を殺した。狂言誘拐でもあんたは、彼から2億円のダイヤを奪った。理由がないとは言わせねえぜ。」
 彼女から、怒りの念が少しずつ消え、落ち着きを取り戻した彼女は語り始めた。
「理由?そんなの簡単よ。大ッ嫌いだったわ、最初から。もともと子供嫌いなクセに、キミ子から私たちを連れて逃げ出し、あやめと私を離した。そして、愛情も何もない環境で私は育てられた。だから、誘拐事件を起こした。見せかけだけの愛情で渡した、身代金のダイヤを奪い取った。でも、ダイヤ1個取られても、あいつには痛くもかゆくもなかったわ。そしてあいつは、世間体をつくろって、私の無事を願った。私の心配なんか1つもしてないくせに。だから、私はそのまま失踪し、あいつのメンツをつぶしたの。ダイヤを取られた上に、警察である美柳勇希を行かせたにもかかわらず、人質は殺されたことになったんですからね。あいつはかなりのダメージを受けた。つくづく自分の娘より、地位や名誉のほうが大切なことがわかったわ。あの、美柳麗と同じようにね。
 今回の事件だってそう。綾里真宵の格好をして、ちょっと声を変えて名乗ったら、あっさり綾里真宵と信じてしまうんだもの。自分の娘だというのにね。ホント、自分という存在自体が、信じられなくなってくるわ・・・・・」

   僕たちはその時、信じられない光景を目にした。
 美柳ちなみが・・・・泣いている。大粒の涙が、彼女の頬を何度もつたう。でも、彼女はそれをぐっとこらえようと顔を引きつる。でも、涙が止まることはなかった。

 沈黙の時間が長い間流れた。それがどれだけ続いたのか、僕にはわからなかった。氷水検事は、タバコの吸殻を携帯灰皿に収め、つぶやくように答える。
「時間だ・・・。除霊を開始する。」
「もう、思い残すことはないわ。」
 初めて見た。美柳ちなみが、こんなに素直になったのは。

   氷水検事が、彼女に向かって両手を突き出し、何語ともつかぬような意味不明な言葉を、小声で何度も繰り返す。そして、だんだんその音量が大きくなってきて、それが最大限に達したとき、どこからともなくすごい風圧の風が吹き込む。それと同時に彼の手から、青白い電気のようなものが走り回る。科学者が、幽霊の正体はプラズマだと言っている意味が、今わかったような気がする。その電気が、姫咲律夢の体から飛び出した、美柳ちなみの霊体の周りを取り囲む。その電気が、ある形に見えた。
 《メビウスの輪》その形を例えるのにちょうどいい言葉だった。表も裏もない、入り口も出口もない迷路のようなその不思議な形は、どこか柔らかで、どこか彼女を永久に閉じ込めるようであった。ねじれた細長い電気の線が、彼女の周りを無数に囲む。そして、その線が彼女を締め付けるかのようにゆっくりと縮んでいき、氷水検事が叫ぶと同時に、一気に彼女を縛り付け、そのまま塵が拡散したように消えてしまった。
 決着は、たった今なされたのだ。

 僕たちはまるで、ファンタジーの世界に引きこまれたようだった。でも、その感覚も長くは続かない。
 今まで影が薄かったが、裁判長がはじめに夢から覚め、木槌を何度も鳴らす。僕たちもそれに気がつき、裁判長のほうを向く。
「えー、私には何がなんだかさっぱりわかりませんが、とりあえず、これで全てが終わったようですので、被告人・綾里真宵の判決を下したいと思います。」
 裁判長は無罪判決を下し、それと共にどこからか紙吹雪が舞う。
 僕は一段落着こうとするが、そうはいかない。まだ、姫咲律夢の拘束が残っているのだ。係官が取り押さえようと彼女に近づいたとき、彼女は追い詰められた表情で、首から下げたカメラケースのファスナーを開ける。僕は、何をしようとしているのかわからなかった。当然、カメラが入っていると思ったからだ。でも違った。中に入っていたのは、紛れもない小型の拳銃だった。彼女はこめかみにそれを近づけ、大声で叫ぶ。
「来ないでっ!!!もう、おしまいよ。捕まっちゃう位なら、死んだほうがマシよっ!!」
 彼女はそう言って、引き金を引く。でも、それよりも早く、風のように速い狩魔検事の鞭が、傍聴席から飛ぶ。鞭は彼女の手にヒットし、手から拳銃が離れる。でも、引き金を引いたらしく、銃口から弾が飛び出る。それが彼女の腕をかすめ、姫咲律夢は気絶した。傍聴席も、銃の乱射でパニックに陥った。その中で、鞭をしまう狩魔検事は、冷静に姫咲さんを見つめていた。パニックがおさまった頃には、姫咲さんは担架にのせられ、そのまま病院に連れて行かれた。そしてこのまま、裁判は閉廷した。


 被告人の控え室。僕は千尋さんと神乃木さんと向かい合う形で立っていた。僕は、千尋さんのほうに話しかける。
「これで、良かったのかな。僕たちは結局、勝ったんでしょうか。それさえも、もうわからなくなりそうです。」
「神乃木さんの言ったとおり、あなたはまだ、弁護士についてわかっていないわ。かくいう私も、そして神乃木さんも、すべてをわかっているわけではないけれど・・・・。でも、これだけは言えるわ。弁護士の実力は、勝ち負けでは決まらないわ。この事件は、あなたの弁護士観を改めて考えさせるものね。」
 僕はまだ、弁護士の全てをわかっていなかったのか・・・。それはあっているかもしれない。2年前に、オートロの判決だって、結局、自分に答えは出ていなかった。僕は今回の事件で、ひとつの答えを見つけたのだろうか。
「でも、これですべてに決着がついたんですよね。」
 いつの間に来たのか、真宵ちゃんがそういう。僕も彼女と同じ考えだったが、意外な言葉が神乃木さんの方から返ってくる。

「俺がなぜ、検事の自分に『ゴドー』と名付けたか、知っているか?まるほどう。」
「ゴドーという名前は、吾童山から取ったものですよね。」
「そうだ。そしてわざわざ、それを選んだ理由。それは、俺たちの全てが吾童山から始まっているからさ。
 11年前、美柳ちなみ・尾並田美散・美柳勇希の3人が、吾童山の上で狂言誘拐を起こした。その誘拐事件の真相を、暴露しようとした美柳勇希を、美柳ちなみは殺害し、俺と千尋が法廷でそれを暴いた。そこからが、俺たちの運命を大きく変えた。俺は毒を飲まされ眠りにつき、その間に千尋は死んだ。美柳ちなみも捕まり、死刑判決が下った。だが、それが終わりじゃなかった。またしても吾童山で事件が起こった。そして、今回も美柳ちなみと吾童山の絡んだ事件がおきた。そしてまた、俺や千尋も、毎回その事件に絡んでいる。結局、俺と千尋と美柳ちなみは、吾童山から、切り離すことができないのさ。
 だから、自分の名前に『ゴドー』と名付けた。避けられない運命にあるのなら、いっそのことその名を使って、美柳ちなみの再会を願ったわけさ。まさか、殺人という形で会うとは、自分でもまだ信じられなかったがな・・・・。」
「神乃木さん・・・・」
 僕は、なんだか彼に同情する。彼にそれを話したら、きっと笑い飛ばされるだろうな。
「結局のところ、吾童山は消えたわけじゃない。だから、すべてに決着をつけたとは言い切れない。美柳麗のように、倉院流霊媒道の地位を狙って、またそこで殺人が起こらないとも限らない。」
「そんな・・・・。」
 真宵ちゃんはうつむき、小さくため息をつく。彼女はこれまで家元という地位のために、何度も怖い思いをしてきたのだから。
「俺は今でもゴドー検事のつもりでいた。だが、あんたは俺のことを、神乃木さんと言ってくれた。あんたの中の吾童山は、もう終わりを告げていたってことさ。
 スタートは切られたんだ。ここから先、何が起こるかわからねえ。千尋も俺も、必ずしもいるとは限らない。綾里真宵を守ってあげられるのは、あんたしかいねえんだ、成歩堂龍一。」
「はいっ!!!」
 僕は、なんとなく大声でそう返事をした。僕たちのスタートは、今からだった。これからも僕たちは、逆転を通じて真宵ちゃんたちを守っていくことだろう。

           僕たちの逆転に、終わりはない。

             つづく


あとがき


ゴドー検事の『ゴドー』の出所には、いろいろ説があるかもしれませんが、1番可能性の高いものを使いました。あと、除霊に出てきたメビウスの輪は、倉院流の名前のもととなった、クラインの壷と同じような原理があったので使ってみました。
次回、いよいよエピローグです。予定では、次が最終話になるはずです。かなりのバッドエンドに終わった今回の物語に、なるべく綺麗な終止符(ピリオド)を打ちたいと思っています。

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