逆転のホワイトホース(第1話)
 ある小さな地方競馬場でとんでもない出来事が起こった。  ある男が一人で3000万円を当てたのだ。しかし、とんでもない出来事はそれだけではなかった。    その日の1番人気は、99連勝中で今日のレースで100勝目を狙っているブラックホースだった。    当然ほとんどの人がブラックホースに賭けていた。だが、レースが終わってみると結果は信じられないものだった。  1番人気のブラックホースはなんと最下位でゴールしたのだ。しかし信じられないことはまだ続いた。  なんと1位でゴールしたのが、99連敗中で99試合すべて最下位だったホワイトホースだったのだ。  当然誰もが、ホワイトホースが1位になるとは思ってなく1円も賭けていなかったのだが、 1人だけ、ホワイトホースに賭け3000万円当ててしまった人物がでてしまったのだ。  その日、その小さな地方競馬・當競馬場は大騒ぎとなった。だが、當競馬場の大騒ぎはこれで終わりではなかった。 次の日のスポーツ紙にはでかでかと1面にこの記事が出された。3000万円の配当金でもない。 ブラックホースが負けホワイトホースが勝った事でもない。           「ブラックホースの騎手、ホワイトホースの騎手殺害!!                           〜100連勝を逃した腹いせか!?〜」  しばらく、當競馬場では混乱が続きそうだ・・・・。                    ※      ※      ※      人間という生き物は、過去の経験に基づいて学習し、物事の予想をする。    しかし、いくら物事の予想をするのが人間だとしても、それは所詮予想に過ぎない。           そう、つまりこの世にはいくつもの例外があるということ。      第1章は、そんな予想外の出来事が起こした事件の裁判の始まりからだ。                第1章・予想外の事件に予想外の法廷  5月5日 午前10時  地方裁判所第7法廷    法廷内は傍聴人たちの声で響き渡っている。とてもうるさい。  今日の法廷には、法廷マニアと競馬マニアの両方がいるという話だ。正直いって成歩堂にはどうでもいい話だったが、 真宵がそう言ってくるのでうるさくて仕方なかった。  今回、成歩堂が引き受けた事件というのが、最近ニュースでも話題になっていた、 當競馬場(あたりけいばじょう)で起きた殺人事件だった。    「ブラックホースの騎手、ホワイトホースの騎手殺害!!〜100連勝を逃した腹いせか!?〜」  とスポーツ紙にも載った話題の事件だ。一応、ミーハーな真宵の影響もあって、 そのスポーツ紙を手渡された成歩堂は、処理に困っていた。  <スポーツ紙>  今日付けの朝刊。當競馬場の事件の事が書かれている。さらに3000万円の配当金の記事もあり、 3000万を当てた圭羽という男性のインタビュー記事も掲載。  それにしても、どうも今回の事件も厄介なことになりそうだと成歩堂は思っていた。  なにしろ、面会したときからこの法廷が始まるまで、彼の依頼人は「自分は無実なんです!」と 言うだけでそれ以外のことは一切話してくれなかったのだ。  しかも、さらに成歩堂を悩ませたのが、被告である彼に現れる心理錠(サイコ・ロック)だった。 錠の数は3つ。最悪なことに、今日に至るまで解除は出来ていない。  カン!木槌がなった。  「只今より、松豊(まつゆたか)の法廷を開廷します。弁護側・検察側、ともに準備は完了していますか?」  入廷してきた裁判長が言った。今回の被告人は、ブラックホースの騎手をしていた松豊だ。  「弁護側、準備完了しています。」  「検察側も、準備は完了している。」  そしてさらに厄介なことは、今回の担当検事だ。  「わかりました。それでは御剣検事、冒頭弁論をお願い・・・・?」  裁判長は戸惑っている。それもそうだろう。今回の担当検事は、諸外国から一時帰国した。御剣怜侍のはずだった。  「うむ、承知した。」  そいつは手元の資料を持って、御剣の口調を真似しながら今回の事件の説明を始めようとする。顔は笑っていた。 成歩堂は状況が把握できない。  「な、なるほど君!?御剣検事じゃないよ!?」  真宵もさっぱり訳が分からないようだ。混乱している。成歩堂も混乱している。  「あ、あなたが何でここにいるんですか!?」  成歩堂はよく分からないまま叫んでしまう。何故なら、そこに立っていたのは  「刀技検事!?」  成歩堂に人差し指を突きつけられているその人こそ、刀技快登(かたなぎかいと)。  左耳につけた大きなレシーバーが特徴的な検事だ。しかも服装は革ジャンにジーンズ。さらに靴はスニーカーという型破りな検事だ。  「ふっ・・。御剣怜侍の代理で出廷した。刀技快登だ。事件の資料は、昨日帰り際にざっと読んだ。」  刀技はポツリをそう呟く。実は成歩堂。刀技と1度過去に、法廷で戦ったことがある。それは史上稀に見るとんでもない事件だった。  「まさかこうやって2年後に、再びアンタと戦えるとは光栄だ。実はな、河原での殺人事件を少し前に担当してな。 あれで久々にいい弁護士と戦ったんだ。2年前のアンタとの裁判を思い出した。」  レシーバーをいじりだした刀技。どうやら1人で感傷に浸っているようだ。  「河原の事件って、この間話題になってなかった?理由は忘れちゃったけど。」  ワイドショーが情報源の真宵。一応心当たりはあるらしい。 まぁとにかく、1つだけ言えることとしては、あちらも色々とあったらしい。  「それで刀技検事?御剣検事はどうしたのですかな?」  裁判長は未だに?マークが消えない。それは成歩堂も同じことだ。  「簡単なことだ。御剣怜侍は馬に好かれやすい人間だったのさ。」  そう言うと、拳で机を叩いて叫んだ。  「昨日捜査中、事件現場の當競馬場で凶暴な競走馬・アバレーヌ♀3歳に蹴られて、全身打撲の怪我を負い入院中だ!!」  違う意味で法廷内が騒がしくなった。これはとんでもないことだ。まさかあの男が・・馬にやられるとは!!  「静粛に!静粛に!」  騒がしくなった法廷内を静める裁判長。どうやら、やっと事情が把握できたようだ。  「事情はよく分かりました。では刀技検事、冒頭弁論をお願いします。」  何とか、審理は進められそうだ。  「それにしても、馬に蹴られただなんて・・。」  真宵はどこか釈然としない様子だった。それは成歩堂も同じことだったが。  刀技は資料を持って喋りだす。  「今回の事件は5月3日午後1時半すぎ、當競馬場のきゅう舎で発生した。」  事件の全貌が語られていく。  「殺害されたのは當競馬場でホワイトホースの騎手をしていた梅裕(うめゆたか)28歳。 死因は首に巻きついていたロープによる窒息死。」  被害者はあの、奇跡を起こしたホワイトホースの騎手で、被告と名前が同じ梅裕だ。  「検察側は、現場にあった証拠や周辺の人物の聞き込みなどから、同じ競馬場でブラックホースの騎手を している松豊・28歳を、梅裕殺害の容疑で逮捕・起訴した。」  その松豊が、サイコ・ロックを成歩堂がいまだ解除できていない人であり、また依頼人である。  「今回の法廷で検察側は、被告人の罪を完全に立証するだろう。御剣風にな。」  最後に刀技はそう言った。どうやら、御剣の代理というのが少し嬉しいらしい。  「何だか嬉しそうに見えるね。刀技検事の顔。」  「そうだなぁ。」  成歩堂と真宵は、そんな刀技の顔を見ながらそう感じた。  「わかりました。それでは検察側は最初の証人を呼んでください。」  裁判長は言った。  「では最初に、現場の捜査にあたった糸鋸刑事を入廷させてもらおうじゃないか。」  刀技はそう言って手元の資料を下ろした。  証言台にいつもの刑事が立った。  「証人。名前と職業を。」  「はっ、自分は糸鋸圭介。所轄所の刑事をやってるッス。」  刀技の問いに糸鋸は、はりきって答える。  「じゃあ証人には、被告を逮捕するまでの経緯を証言してもらおうと思うが、どうだろうか?」  「いいでしょう。」  裁判長は頷くと、木槌を叩いて糸鋸に指示した。  「では証人、被告を逮捕するまでの経緯について証言してください。」  「了解ッス。」  刑事ははりきって答えた。  証言開始〜被告を逮捕するまでの経緯〜  「事件のあった日、1時半すぎに警察に通報が入って事件は発覚したッス。  すぐに現場の當競馬場のきゅう舎に通報者と駆けつけたところ、現場にはきゅう舎の壁にもたれかかって 死んでいる被害者がいたッス。首にはロープが巻かれていたッス。  我々は、現場に残っていた証拠や周辺の人物からの聞き込みから、犯人を被告人と断定し逮捕したッス。」  証言が終わった。だが、色々とまだ分からないことも多い。  「ふむぅ。わかりました。では弁護人は尋問をお願いします。」  「わかりました。」  成歩堂は尋問を開始する。まずは情報を集めなければと思いながら。  尋問開始。  「イトノコ刑事。通報者というのは第1発見者の事ですか?」  成歩堂は手元の資料に書かれている関係者のデータを見て尋ねる。  「そうッス。」  意外と素っ気ない返答をされた。  「第1発見者は馬野高次郎(うまのたかじろう)。まぁ、後に機会があれば証人として出廷させる。」  刀技がにやにやと笑いながら言う。何か裏がありそうだ。  「とにかく、彼の通報で我々は現場に駆けつけたッス。」  「そうですか・・、わかりました。」  成歩堂はとりあえず、この質問を終了する。これ以上ここから聞き出すことはないと思ったからだ。  「ではイトノコ刑事。被害者の死因についてですが、窒息死で間違いないですか?」  すると糸鋸、自信満々な様子で質問に答える。  「我々をなめてもらっちゃ困るッス。首に巻かれていたロープから、 被害者はそれで首をしめられ窒息死というのは間違いないッス。」  真宵はそんな糸鋸を見ながら一言。  「この自信がいつまで続くのかなぁ?イトノコさん。」  確かに言えているかもしれない。まぁとりあえず、死因に怪しいところなし。だったら、凶器はどうなのだろうか?  「では聞きますが、そのロープはどこにあったものなのですか?」  少し考え方を変えて、凶器の場所について尋ねる成歩堂。だが、糸鋸は即答する。  「現場のきゅう舎ッス。」  「現場のきゅう舎?」  成歩堂は思わず繰り返す。意外と即答だったのに驚いているようだ。  「そうッス。現場のきゅう舎ッス。何しろそこには競走馬が飼育されているわけッスから、馬を引っ張るときとかに 使うロープがそりゃいっぱいあったッス。今回の事件にはもってこいッス。」  「なるほど・・、それはそうですね。」  少し納得をする成歩堂。ここで刀技が説明をする。  「ちなみに現場のきゅう舎は、當競馬場の位置関係から考えるとこんな感じだ。」  提出された見取り図で説明を受ける成歩堂たち。 現場のきゅう舎は、當競馬場の全体図から考えると、レース場の東側。ようは隅にある。  <當競馬場の見取り図>  レース場を中心とすれば、現場のきゅう舎は東側でそこからレース場が見える位置にある。 その他の施設などがきゅう舎の後ろ・さらに東側のところにある。  場所の把握をする成歩堂。これもいずれ重要なポイントになるかもしれない。しかし、今のところこの部分から 矛盾するところは見つからない。仕方なく別の質問に移ることにする。  「そういえばイトノコ刑事。今回の事件、被害者に何か首のロープ以外に変わったことはなかったんですか?」  「えーとッスねぇ。」  何か思い当たる節があるのか?必死に目を宙に浮かせながら頭を働かせる糸鋸。やがて・・  「ロープ以外に変わったことといえば、被害者には犯人と争った形跡があったッス。」  やっと思い出したかの様子で言う。  「争った形跡がですか?」  「そうッス。まず被害者には体中にたくさんアザがあったッス。顔にも一発殴られた跡があったッス。 後頭部も1回壁に強く打ち付けた跡があったッス。」  どうやら話によると、かなり激しく争ったらしい。  「おそらく被害者は犯人と争っていて、そのうち倒れて壁に強く頭打ちつけたと考えられるッス。 そして壁にもたれかかった跡、背後から首を絞められて殺されたッス。」  そう言ったところで刀技が、1枚の写真を取り出す。  「こいつが、激しい死闘が繰り広げられたと考えられる現場の写真だ。」  かなり悲惨な光景だった。泥だらけな被害者から、確かに被害者と犯人が争ったことが推測できる。  「背後から絞められたのは、首に残ったロープの跡や、ロープが後ろに交差していることから間違いないッス。」  糸鋸はそう結論付けた。刀技はレシーバーをいじりながら言う。  「検察側が考えるに、被告は今日のレースで100連勝がかかっていたのに、被害者のホワイトホースに負け、 しかも自分とブラックホースは最下位になってしまった。」  やがてその手を真っ直ぐに伸ばす。  「そのことを根に持って、被告は被害者ときゅう舎で口論になり、争いに発展したのだろう。そして殺害してしまったのだ。」  そしてその伸ばされた手の先には、くっつけられた中指と人差し指が・・刀技の独特なポーズだ。 その2本の指が成歩堂をきっちりと捕らえている。  「異議あり!しかし!被告が被害者と争った様子など・・」  成歩堂はこの気まずい雰囲気に堪らず、異議を申し立てた。だが、刀技は続ける。  「ちなみに、今も被告人の顔には殴られた跡がある。体中にアザもあった。争ったのは間違いないだろう。」  口がニヤリとなる。  「な、なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」  成歩堂はそう叫ぶと冷や汗をかいた。そう言われてみれば、確かに今も松の顔は腫れている。 しかし、まさかそれが争ったことを立証しようとは・・。法廷内は騒がしくなってきた。  カン!カン!カン!と木槌がなる。  「静粛に!静粛に!静粛に!」  そう叫ぶと裁判長は、しばらく考えていたが、やがて口を開く。  「うぬぅ、これは決定的ですね。」  その様子を見ていた真宵は、隣の成歩堂に嫌な顔をしながら言った。  「なるほど君、限りなく法廷の雰囲気が冷たいよ。」  確かに冷たい。はっきり言って非常に不利な展開だ。  「裁判長。被害者の服には胸のあたりに被告の手のひらの跡があった。」  そう言うと被害者の服を取り出した刀技。続けてこう言う。   「とはいっても、被告はレース用の手袋をしていたようだ。指紋などはわからなかった。 だが、事件当時現場は、雨が降って数時間たっていたからぬかるんでいた。現場のきゅう舎も地面は泥だらけだった。」  刀技は一気に攻めてくる。これがこの男のやり方なのだ。  「その為、泥で手の跡がはっきりと残っていた。おそらく争っているうちに手袋に泥でもついたのだろう。 被害者も、逮捕されるまでの被告も、服・手袋ともに泥だらけだった。普通に考えれば明らかだろう。 被告人が被害者と争いそのうち壁に突き飛ばして背後から首を絞めたということがな。」  (うっ、これはやばいことになってきたぞ・・・・。)  成歩堂は冷や汗をさっきからかきっぱなしだ。  「なるほど君、このままじゃ確実に豊さん有罪になっちゃうよ!」  「うう・・、それはわかってるよ。とにかくこの証言に何か穴がないかを探そう。」  真宵もこの非常にヤバイ状況がわかってきたらしい。このままでは100%有罪判決を受けてしまう。 ここで刀技は、一気にそれらの証拠品を取り出した。そして・・  「裁判長、証拠品を提出しよう。」  <被害者の解剖記録>  3月23日午後1時半ごろ。ロープで首を絞められ窒息死。体に多数のアザ、後頭部には強打の跡。 後頭部を強打して軽い脳しんとうを起こしたと考えられる。  <ロープ>  被害者の首を絞めた凶器。きゅう舎に置かれていたもの。指紋などの手掛かりは一切なし。    <現場写真>  被害者がきゅう舎の壁を背に力なくもたれかかっている。首にはロープが巻きついていて、体中は泥だらけ。右手に何か握っている。  <被害者の服>  服の胸あたりに泥で手の跡がはっきりと残っている。  「証拠を受理しました。しかし、これだけあるともう審理の必要性は全くありませんね。 この場でただちに判決を言い渡すことが可能です。」  「理解を感謝する、裁判長。」  刀技は大げさな礼をしながら言う。どうも御剣のマネのようだ。しかし、そんな真似を悠著に見ている暇もなさそうだ。 裁判長が木槌を取ろうと手を動かしている。  「なるほど君、このままじゃ判決が下っちゃうよ!!」  それを見た真宵が横で焦りだした。成歩堂はすかさず待ったをかける。  「待った!裁判長、まだ弁護側の尋問が終了しておりません!」  「しかし、成歩堂君。もうこれ以上の審理の必要性はないと私は思いますが、」  裁判長は判決を今にも言い渡しそうだ。机を思いっきり叩き成歩堂は、尋問の必要性を説く。  「裁判長!判決はせめて尋問が終了してからにしてください!弁護側はあくまで尋問の権利を主張します!」  その頑なな主張に裁判長。検察側に目を向けると、困ったような顔で言う。  「ふむぅぅぅぅぅぅ・・どうでしょうか、刀技検事?」  「ふっ、いいだろう。検察側はまだ弁護側の尋問を認めてみよう。しかしだ、この尋問で新たな進展でもないかぎり、 被告人の有罪は決定的なものだがな。これは分かってもらいたい。」  刀技はゲームを楽しむかのような目で成歩堂のほうを見ながらそう言った。そして最後に・・  「なぁ?楽しませてくれよ!?成歩堂弁護士!!」  (嬉しそうな目でそう言われてもな。こっちは必死なんだけど・・)  「何だか楽しそうだね。刀技検事・・。」  真宵は何だか複雑みたいだ。そんな一方的な状況の中、裁判長が仕方なく木槌を持とうとした手を止める。  「いいでしょう。検察側が認めるというのなら、尋問を続けることにしましょう。 しかし、この尋問で何か新しい事実が発覚しなかった場合は、ただちに被告人に判決を言い渡します。」  「わかりました。ありがとうございます、裁判長。(ふぅ、なんとか判決は持ち越されたぞ)」  成歩堂はホッと息をついた。しかし、この尋問でないか新しい事実を見つけないと有罪が決まってしまう。 まだ、絶体絶命という状況は変わっていないのだ。  「それでは弁護人。尋問を続けてください。」  尋問が再開される。  「では証人。」  とりあえず成歩堂は、新たな事実を見つけるために質問内容を少し考えながら尋問を行う。  「被告が被害者と争ってそのうち首を絞めて殺害した状況というのは、先ほどの証言のとおりと考えて間違いのですね?」  「間違いないッス。」  成歩堂の質問にあっさりと答える。成歩堂は念を押して聞く。  「本当に間違いないんですね?」  「異議あり!それらの状況については推測にすぎない。 しかし、現場に残っていた証拠や周辺人物の聞き込みの結果、それで100%間違いはない。」  刀技が反論した。裁判長も検察側の意見に納得しているのか、こう言った。  「確かに、それらの証拠などから考えると、被告は被害者と争い最後は殺害したと考えていいでしょう。 弁護人は違う質問をしてください。」  (くそっ、豊さんが争ったのはもう否定できそうにないな。)  成歩堂はそう思った。  「では、その周辺人物の聞き込みというのは?」  とりあえず争った部分については後回しにして、先ほど証言に出てきた聞き込みについて尋ねてみる成歩堂。  「聞き込みの結果ッスか?聞き込みの結果はッスね、現場のきゅう舎の近くにいた調教師や騎手、 それに競馬場関係者たちが激しく言い争っているところを聞いてるッス。」  かなり細かい聞き込みをしているらしい。糸鋸はコートのポケットから手帳を取り出すと、聞き込み関連の証言を続ける。  「それに、第1発見者の馬野高次朗は、被告が現場から走って逃げ出した後、すぐに現場のきゅう舎へ向かったらしいッス。」  「何ですって!?」  成歩堂は思わず聞き返していた。しかし、この言葉は大抵、良くないことの前触れでもある。  「そして現場で、被害者が死んでいるのを発見したッス。証拠品やそれらの証言から我々は被告を逮捕したッス。」  「そうですか・・。(やばいな。新たな事実だけどかなりキツイ。)」  成歩堂はそう言うと黙ってしまった。どう考えても絶望的だ。  「今日のイトノコさんの証言。矛盾なんか見当たらないね。」  真宵はしばらく考えるとそう言った。確かに矛盾は見当たらない。  「現場写真の被害者ですが・・」  苦し紛れの成歩堂。現場写真を見ながら無理やり質問を考える。  「えーっと、右手がグーになっていますが、何か握っていたのですか?」  「ああ、その右手ッスね。」  糸鋸はそう言うと、手袋の説明を始める。どうやら警察が調べているところを見ると、あまりいい予感はしない。  「死後硬直でカチコチになってて、怪しいと思って調べてみたんスが、右手の手袋には被告の服の繊維があったッス。 おそらく争っているうちにひきちぎったと思われるッス。」  「何ですって!?(ここにきてまた不利な証拠かよ!)」  成歩堂はまた冷や汗を大量にかく。本日何度目のピンチだろうか?  「あと、その手袋にはもう一つあるものがあったッス。」  「!?・・もう一つのあるもの?」  これ以上何があるのか?成歩堂は不安でたまらない。そんな成歩堂をよそに、糸鋸はのんきな顔をして言う。  「そうッス。あるものッス。白ペンキが乾いては剥がれた跡のものッス。」  「白のペイントですか?」  裁判長は首をかしげる。不思議にでも思っているのだろうか? まぁ、そうだとしてもこの裁判長はそこで何も思いつかず終わりだろうが。  「裁判長、ついでだ。その手袋も提出しよう。」    <被害者の手袋>  被害者が何か握っていた右手の手袋は、被告の服の繊維と白ペンキの乾いて剥がれた跡のものが、左手には被告の血液が付着。  「わかりました。受理します。」  刀技から新たな証拠品が提出される。  (うっ、なんてこった!また不利な証拠が提出されちまった。現場写真なんか見なきゃよかった・・・・。)  と思ったところで、成歩堂は何故か体をピクリと止める。  「どうしたの?なるほど君?」  真宵も一緒にその現場写真を覗き込むと尋ねた。  (この現場の状況・・有り得ない!これはどういうことだ?)  成歩堂は現場写真の不自然な点に気づく。  「すみませんがイトノコ刑事、もう1度詳しく被告と被害者が争っていた状況について説明してくれませんか?」  成歩堂は片手に現場写真を持ちながら、糸鋸にそう頼む。  「えっ、いいッスけど・・、えーとッスねぇ・・・」  糸鋸は数分前の自分の証言を思い出すと、もう1度こう証言する。  「被告と被害者は言い争いから殴りあいに発展し、被告が被害者を突き飛ばして被害者が後頭部を壁に強く打ちつけたところで、 背後から首を絞めて殺害したッス。」  この証言を聞いた成歩堂。心の中で確信した。  (やっと捕まえたぞ。刀技検事の完璧に見える立証の穴を!!)  大きく息を吸った成歩堂。腹の底からこう叫ぶ。  「異議あり!」  さらに、その自慢の人差し指まで突きつけて。  「イトノコ刑事。その説明ははっきりとこう言えます。間違っているとね。」  「何ですと!?成歩堂君。それは一体どういうことですか?」  裁判長は驚いた様子で弁護席のほうを見る。  「いいですか?その証言が正しいなら、この現場写真にはある矛盾が生まれます!」  「ある矛盾・・ですか?」  裁判長はそう言われて、自分にも配られた現場写真を見る。だが、いつもどおり分かるはずがない。 刀技はそんな自信満々の成歩堂を見ると言う。  「やっと面白くなってきたな。この裁判も・・さすが相手にとって不足なしだ。」  レシーバーをいじりながら成歩堂をずっと見つづけている刀技。やがてその手で机を叩くと言った。  「いいだろう。その矛盾とやらを示してもらおうか!しかし、これがハッタリだった場合は覚悟しておくんだな。」  「心配はいらないよ、刀技検事。これはハッタリなんかじゃないですからね。」  成歩堂はふてぶてしく笑うと、その現場写真を皆に見えるようにする。  「なるほど君、大丈夫なの?」  横から真宵が不安そうに尋ねる。  「大丈夫さ、真宵ちゃん。心配は要らないよ。」  カン!とここで木槌が鳴った。  「そこまで!では弁護人にお聞きします。この証言だと生まれてしまう現場写真のある矛盾とは何ですかな?」  裁判長の問いに成歩堂は、現場写真のあるところに指を指すとこう答えた。   「その証言だと生まれてくる矛盾というのは、この死体です!」  「この死体にですか?」  裁判長はまだ分かっていないようで、疑いの眼で成歩堂を見ている。刀技も同じ反応だ。  「成歩堂弁護士。この死体のどこに矛盾が生まれると言うんだ?そこまで具体的に述べてもらいたいがな。」  「なるほど君、私も分かんないな。」  3人から責められる成歩堂。仕方なくよく分かっていない3人に、その矛盾点を説明する。  「まだわかりませんか?被害者は背後から首を絞められて殺害されたと言います。 しかし、死体は壁に背を向けてもたれかかっている。」  現場写真を何度も上にあげながら成歩堂は説明を続ける。  「ここで問題なのは、証人も検察側もこう言ったことです。被告が被害者を突き飛ばして、 被害者が後頭部を強く壁に打ち付けたところで背後から首を絞めたと、しかし、現に被害者は背を壁につけてもたれかかっている。」  ここで成歩堂はズバリ結論を言う。  「被告が背後に回って首を絞めるスペースがないじゃありませんか!!」  法廷内がこの矛盾に気づき少しずつだが騒ぎ出す。  「あれっ、おかしいッスねぇ。」  糸鋸は首をかしげた。裁判長は木槌をならすと不思議そうな顔をして言った。  「確かにその通りです。どうですかな?刀技検事。」  刀技はその問いに至って冷静な口調で答える。  「ふっ・・それはいたって簡単なことだ。被告が突き飛ばした後、被害者を起こして背後に回りこみ首を絞めたのさ。」  「異議あり!そんなはずはありません。被害者は泥だらけでした。 しかし、被害者の体を起こすような行動を被告がとったなら、 被害者の服にはまだはっきりとした手のひらの跡が残っているはずです!」  先ほど刀技から提出された証拠品・被害者の服を提示してそう叫ぶ成歩堂。  刀技は最初から、強力な証拠などをバンバン出して、早い段階で勝負を決めようとするタイプだ。 つまり、最初の猛攻さえ交わしてしまえば、徐々に有利になってくる。 1つ矛盾に気づけば、それらの大量の証拠も逆に仇となる。その証拠に・・  「ぐっ・・、だったらこれはどうだ?被害者は後頭部を強打した後に起き上がった。そしてその時に被告は背後から首を絞めて殺害。 死んだ被告は壁に背を向けて倒れた。これなら筋はとおるだろう!」  「異議あり!被害者は解剖記録によると、後頭部を壁に打ちつけて強打した際、軽い脳しんとうを起こしています。 起き上がったとは考えにくい。」  今度は解剖記録で首を絞められる刀技。だが、この男もこれくらいでは負けない。  「異議あり!軽い脳しんとうだ。数分後に起き上がったかもしれないではないか!!」  「異議あり!つまりそれは、数分間気絶していたと検察側は認めるわけですね!?」  議論が白熱してくる。刀技は机を拳で叩きつけると叫んだ。  「その通りだ!脳しんとうを起こしてすぐに起き上がることは不可能だからな。 つまり、数分後に意識を取り戻した後、被告は殺害したのだ!」  「異議あり!それはどうでしょうか?僕が被告と同じ状態に立ったらこう思いますけど。 被害者が脳しんとうを起こして気絶しているのを見て、死んでいるとね。」  成歩堂のこの主張で刀技が、何かに気づく。そしてだ。  「まわりくどく言うよりも、単刀直入に言ってくれたほうが嬉しいがな!成歩堂弁護士!」  やけになってそう言った。しかしまぁ、なんとか成歩堂たちにとっては、激しい議論の末にやっと見えてきた光だ。 これを生かさないチャンスはないだろう。    「被告が被害者と言い争ったのはもう否定はできません。」  成歩堂は最初にそう説明しておいて、本題に移った。  「しかし、それだと被告は争っていた時に興奮していたと考えられる。そうなれば、壁に頭を打ちつけた被害者が、 脳しんとうを起こして倒れたのを見たとき。死んでしまったと当然思い込んでしまうでしょう。」  「あ・・!!」  裁判長がここで声をあげた。どうやら成歩堂の主張したいことに気づいたらしい。ここで成歩堂は最後に、こう言い放った。  「となれば、被告が被害者の首をさらにロープで絞めるとは非常に考えにくい! 弁護人は被害者を絞殺した人物は別にいると主張します!」  法廷内が騒がしくなる。カン!カン!カン!と木槌もなる。  「裁判長!早く黙らせてくれ!私の体がもたない!!」  刀技は声を荒げて言う。レシーバーをつけた彼の、唯一の弱点が“うるさい環境”。顔を苦痛で歪めている。  「静粛に!静粛に!静粛にぃぃぃぃ!!」  裁判長も静めさせるので必死だ。そして言う。  「弁護人!あなたはいつものことですが、この事件の犯人は別にいる、 つまり真犯人がこの被告に罪を着せようとしたとでも言うつもりですか!?」  「その通りです。」  成歩堂はコクンとうなづく。それを見た刀技は、物凄い表情で成歩堂を睨みつけると言った。  「よくもまぁ、こんな酷い状況にしてくれたもんだよな。成歩堂弁護士・・」  「うっ!(怖ぇ!!)」  成歩堂は一瞬怯む。この刀技の眼、前にも見たことがある成歩堂。その時も怯んでいた。  「裁判だからな。意見を侃侃諤諤に戦わせるのは仕方ないさ。」  「何言ってるか分からないよ。なるほど君。」  横で真宵が?マークを頭の上に出している。  「でもな、ケジメはつけるべきだ。だったら聞かせてもらおうか?成歩堂弁護士は一体誰が真犯人だと主張するつもりなんだ!!」  刀技がそう言った。というか叫んだ。  (真犯人か・・確かにそこが問題となる。だが、考えてみれば答えは1つだ。)  成歩堂はその可能性を提示してみることにする。とにかく、ここが1つの大きなポイントだ。  「弁護側は、被告が被害者が脳しんとうを起こしたのを見て現場から逃げ出したと考えます。」  1つずつポイントを押さえてゆく。そうすればやがて、事実は姿を現してくる。   「そうなれば、被害者が意識を取り戻し起き上がった後、何者かが背後から首を絞めたということになります。」  ここまで押さえることができれば、あとは簡単なことだ。その何者かを挙げればいい。  「つまり、被告が逃げ出してから数分後に、意識を取り戻した被害者に真犯人は首を絞めたわけです。 そうなれば、弁護側が真犯人としてあげる人物は一人しかいません。」  「そ、それは、一体?」  裁判長はまだ何もわかっていないみたいだ。いつもの事だが、しかし、刀技はもう薄々わかってきているようだ。  「その人物ってのはまさか・・」  「刀技検事。多分あなたが思っているまさかで間違いないと思いますよ。」  不敵な笑みを浮かべながら成歩堂は言った。そして次に、問題の一言を放った。  「弁護側は第1発見者・馬野高次朗を梅裕殺害の真犯人として告発します!」   机を思いっきり叩いたうえでの主張。この言葉はまさに、群衆の中に突如投げ込まれた爆弾と、同じような働きをもたらす。 カン!カン!カン!と木槌がまたなる。  「静粛に!静粛に!分かりました。弁護側の主張を認めましょう。刀技検事!馬野高次朗さんを証人として召喚できますか?」  裁判長は馬野高次朗の出廷を刀技に求めた。刀技はレシーバーをいじりながら、しばらく考えてからこう言った。  「馬野高次朗を証人として召喚する準備はできている。なにしろ、この次の証人として用意をしていたからな。」  そしてその手の動きを止めると、静かに言う。  「だが、この刑事だけで証人は十分だと検察側は考えていたので、あまり詳しい打ち合わせについてはしていない。 だが、裁きの庭からの要請だ。15分ほど準備をくれれば、検察側は馬野高次朗を次の証人として召喚させてやろうじゃないか。」  刀技はその手を成歩堂に突きつけるとそう言った。これを聞いた裁判長、結論を出した。  「いいでしょう。では今から本法廷は15分間の休憩に入ります。 それまでに検察側は次の証人・馬野高次朗さんとの打ち合わせを済ませておくように、」               「了解した。」  刀技はそう言うと、最後にこう呟いた。  「再開した時に、法廷が喧喧囂囂にならないことを祈っておく。」  「はい?(い、意味が分からない・・)」  成歩堂は意味不明な状態だ。頭に?マークが2つ出ている。だが、さらにその上手もいた。  「それ以前に読めないよ。わたし・・。」  真宵は?マーク5つだ。そんな?な2人に裁判長が言った。  「それでは、本法廷は今から一時中断します。」  木槌が中断を告げた。とにかく、成歩堂はその15分間にすべきことがたくさんできた。 まずは、今まで黙秘を続けている依頼人・松豊に話を聞くべきだろう。そう思いながら成歩堂は、ひとまず被告人控え室へと向かう。  問題のサイコ・ロックをこの休憩中に、なんとか解除せねばと思いながら。                                           つづく

あとがき

さて、リメイクが一応は完了した第1章を投稿した麒麟です。 まず、このタイトルを見て何か違和感を感じた方、そして内容に見覚えがある方。 ひょっとしたら居るかもしれませんね。そんなわけでまずは軽くカミングアウト的な事を。 自分・麒麟は、麒麟と言う名で道場に登場する以前、AOIと言う名で“逆転のホワイトホース”という作品を投稿していました。 道場が設立される前のことです。結局あの作品が完結されることはなかったのですが・・。 チャットでこの話をしたので、チャットの常連さんの中には知っている人もいるかもしれません。そんな皆さんには一応この言葉。 「大変長らくお待たせいたしました。」 さて、当初と比べると検事が変わっています。実は最初、この作品の検事は御剣怜侍でした。 まぁ、それはある人からのリクエストでこいつに変更したのですがね。 それ以外にも、この作品には変更点がいくつか存在しています。この作品の以前の形を知っている方は分かるかもしれませんね。 一応、第1章はここまでということで、次は第2章でお会いしましょう。以上です。

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