逆転のホワイトホース(第5話)
                 この事件の始まりを覚えているだろうか?                 全てはある1つの地方競馬場から起きた物語だ。             経営が苦しく、必死に頑張っているこの地方競馬・當競馬場は               ブラックホースとホワイトホースのおかげで頑張れていた。                      ブラックホースとホワイトホース。                       全ては、この2頭のために・・                    第5章・ブラックホースとホワイトホース  「動機・・それは!!」  成歩堂は必死になって考える。この2人の動機を。  「どうしたの?なるほど君!?」  そのまま固まって動かない成歩堂を見て真宵が必死に声をかける。  「動機が・・動機が思いつかないんだ。」  「えっ!そ、そんなぁ・・。ここまできて動機が立証できないなんて!」  真宵とともにそのまま崩れ落ちてしまいそうな成歩堂。  「ふっ・・動機の立証は無理。ってことか?」  刀技はレシーバーをいじりながら一言。そう呟く。  (いや、そんなはずはない!動機は存在するはずなんだ!2人がこうしている限り、それは絶対なんだ!)  2人の接点。友人と言うが、何かそれ以上のものはないか?そう考えた時だった。  「そういえば・・」  「!!どうしたの?真宵ちゃん。」  真宵が何かを思い出した。  「あのさ、馬野さんって借金をしてたんだよね。」  借金・・正確に言うと微妙に違うが。  「借金をしていた。と言うか、正確に言うと借金の保証人だね。友人の。」  と言ったところで、ハッ!とした成歩堂。  (借金の保証人・・友人の!?まさか・・)  1つの可能性が生まれた瞬間だった。  「圭羽さん。1つお伺いしてもよろしいですか?」  「えっ!?な、何ですか!?」  突然の問いに困惑するしかない圭羽。成歩堂は簡単に尋ねる。  「あなた。借金をしてませんでしたか?多額の?」  「!!!!!!!!!!」  圭羽の表情が一瞬だが変わった。やはり予想通りだった。  「ずっとおかしいと思っていたんですよ。あなたが當競馬場を辞めた理由は競走馬を育てる事業をするため、 しかし、今の職業は道路工事だ。」  そう、ここでずっと感じていた職業の違和感がはっきりとした。 成歩堂は圭羽の目を逃げられないように捉えながら、ゆっくりと尋ねる。  「あなたはその事業に失敗したのでは?それで多額の借金を作った。」  「異議あり!その借金が何になる。証人の中傷か?」  刀技が反論する。中傷・・下手すれば侮辱罪を受ける可能性がある一言だ。  「違いますよ。ただ、気になる噂が當競馬場で流れていたのでね。」  気になる噂。松が言っていた内容だ。  「気になる噂だと?」  「そうです。馬野さんが友人の多額の借金の保証人になっているという噂です。」  成歩堂はそう言うと圭羽の顔を見る。圭羽は成歩堂から目をそらす。どうやら、そこに何かがあるようだ。  「それに、もう1つ噂がありました。」  ちなみにそのもう1つの噂をここで言ってみることにする成歩堂。圭羽の反応を確かめたかったからだ。  「実は、その友人の保証人になった馬野さんですが、担保として競走馬の“ブラックホース”と “ホワイトホース”があがっていたんですよ。」  「ブラックホースとホワイトホースが担保だと?」  刀技は眉間にしわを寄せる。  「そしてさらに、借金返済の期日はもうそこまで迫っていたとも噂されてます。圭羽さん?」  「!?」  圭羽はビクッ!と体を動かす。成歩堂は続けた。  「馬野さんはあなたの借金の保証人になっていのたのでは?」  これで2人の、もう1つの繋がりが判明したわけだ。だが、それでもピンチはまだ脱していない。  「異議あり!それが何になる?成歩堂弁護士?」  刀技の言う通りだった。  「検察側の言う通りです。その借金が事件と関係あるというのですか?」  そこがポイントだ。成歩堂はよく考えてみる。借金とこの事件がどう繋がっているのか?  「ねぇねぇ。なるほど君?借金を圭羽さんたちがしていたなら、その借金は今はどうなったのかな?」  借金がどうなったのか?この言葉を聞いた成歩堂は、何かに気づいた。  (借金がどうなったか?まさか!!)  成歩堂は慌てて法的記録からある証拠品を引っ張り出す。  (あった・・これだ。間違いない!!)  成歩堂はそいつを右手に持つと圭羽に見せた。  「圭羽さん。これが何かわかりますか?」  「それは・・スポーツ紙じゃないですか?」  成歩堂が右手に持っているもの、それはスポーツ紙だ。  「ここにある記事が書かれています。今回の殺人事件と同じくらいでかでかとある記事がね。」  成歩堂はそこを思いっきり指さした。  「あなたは事件当日。3000万円の多額の配当金をものにしている!!」  そこには、記事に3000万円の配当金を手にした男のインタビュー記事が掲載されている。 そこには紛れもなく、圭羽の名があった。  法廷内が違う意味で騒がしくなる。  「静粛に!静粛に!さ、3000万をあなたが!!」  裁判長は声が裏返っている。  「ふっ。3000万円の配当金か、1度は自らの手で出してみたいもんだ。それで?そいつが何だ?」  刀技も多少声が裏返っている。  「ここで考えて欲しいのは、借金の返済日が近かったことと、圭羽さん。あなたの3000万円の配当金の事ですよ。」  成歩堂はにやりと笑っている。  「もう1つ伺いたいのですが、圭羽さん。あなたはいくらの借金をしていのですか?答えてください?」  逃げられないようにゆっくりと尋ねる。圭羽はゴクリと唾を飲み込むといった。  「う・・それは、利子も含めて3000万です。」  この言葉が、法廷内を沈黙させた。  「何だと!?」  「何ですって!?」  刀技と裁判長が同時にそう言う。  「それで、馬野さんが保証人になっていましたね。その借金の?」  「は・・はい。」  圭羽は静かにそう答えた。とここで、  「異議あり!弁護側は巧みな誘導尋問で審理を逸らしている!」  刀技が無理やりそれた審理を強制的に戻そうとする。  「異議あり!誘導尋問ではありません!1つここで考えてみてください。この証人は3000万円の借金をしていた。 そして、3000万円の配当金を事件に日に当てた。借金の返済にはうってつけですが、偶然が重なりすぎていませんか?」  異議を唱えつつも、この不自然さを語る成歩堂。  「異議あり!偶然・・?だから何だ?それが動機とどう関係する?」  確かに、刀技の主張も最もだ。だが、ここで言う不自然な偶然はまだ存在する。  「確かに動機とどう関係するのかは微妙な話です。ですが、不自然な点はまだ存在するのです。この3000万円の配当金にはね。」  そう、不自然と言うより、今までは奇跡としか考えていなかったことだ。 だが、配当金を貰った人物が借金をしていたならば、ここまで不自然な出来事はない。  「弁護人。その不自然な点とは?」  裁判長が身を乗り出して尋ねてくる。簡単な話だ。成歩堂は不思議そうな顔をして言う。  「おかくしありませんか?記事によるとあなたは、単勝で賭けてますね。ある馬に・・。」  単勝とは、ただ単純に1着になる馬を予想するだけと言うシンプルな馬券の種類のうちの1つだ。  「3000万円と言う大金です。実際に単勝でどれだけの金額を賭けたかまでは分かりませんが、借金返済がかかっていたのです。 どのみち必死だったはずでしょう。」  成歩堂はゆっくりとそう語る。対する圭羽は震えている。徐々にこの事件の核心に迫ることは出来ているようだ。  「しかし、いくら何でも僕だったら、単勝であの馬には賭けない。絶対に1着で勝つことで有名なブラックホースに賭けますね。 でもあなたは・・その逆をした。」  「ぎゃ、逆ですか?」  裁判長が何かに気づいて声をあげる。刀技もその何かに気づいて口をあんぐりとあける。 そりゃそうだろう。これは有名な話だ。何故なら・・  「あなたは絶対に最下位で負けることで有名なホワイトホースに全てを賭けていたのですから!!」  法廷内がまたしても騒がしくなる。確かに、あれはみんな奇跡と片付けていた。しかし、その3000万円を当てた人物が、 ここまで切羽詰った人物となれば、これほど不自然なことはない。  「異議あり!ギャンブラーなんていうのは分からないもんさ!常に絶体絶命のピンチの時でも自分の勝ちしかイメージしない。 そんな人間だ。」  いつかゴドーこと神乃木が、ウエイトレス毒入りコーヒー事件の再審で成歩堂に言っていた台詞と同じようなことを言う。  「異議あり!これはそんな1人のギャンブラーの美しい人生を描いたドラマのような話じゃない!」  だが、今度は成歩堂も反論できる。  「何故なら、ホワイトホースは絶対に最下位になる馬なのだから!!」  「異議あり!絶対に?確かにそうかもしれないな。あの日までは・・だが、勝ってしまったじゃないか!?あの日にな。 それがこの事件の全ての始まりじゃないか!!」  刀技は机を拳で叩くと、その独特なポーズで指を成歩堂に突きつける。  「確かに、それがこの事件の全ての始まりでした。ホワイトホースがあの日レースに勝った。いや、しかしそれはどうでしょう?」  成歩堂はここで、ふとそんな疑問を投げかける。  「ど、どういうことですかな?成歩堂君?」  裁判長はその言葉の意味が分からない。  「刀技検事の言う通り、この事件の始まりはホワイトホースがレースに勝ったことからなのでしょうか?ということです。」  「何だと!?」  刀技は鋭い眼で成歩堂を睨みつける。だが、成歩堂もここは強気で行かなくてはならない。  「つまり、この事件の始まりが、圭羽さんの借金と馬野さんがその保証人となったところから始まったのだとしたら? ということです。」  この事件が始まりが、全て借金から始まっていのだとすれば・・  「どういう意味だ。事件の始まりがこの2人の借金だって?」  「そうです。刀技検事。この事件の始まりが借金からなら、当然ホワイトホースの勝利も、その延長線になる。」  成歩堂の頭の中で、今全てのバラバラだったピースが1つになってある事実と言う名の絵を完成させる。  「全然分かりません。ホワイトホースの勝利が借金の延長線上とはどういう意味でしょうか?」  裁判長はいつもどおり分かっていない。  「さぁな。どういう意味だろうな?それは・・。」  刀技も今回ばかりはさっぱりのようだ。  「どういうことなの?なるほど君?」  真宵もだ。だが、その中で2人だけ全てを知っている人物がいる。証言台に立っている圭羽と、その後ろの席で座っている馬野だ。  「シンプルな話です。借金3000万円の返済が迫っていた圭羽さん。しかし、金は集まらず返済日だけが迫っています。」  そう言ったところで後ろの馬野を見た成歩堂。  「そして、圭羽さんが払えない3000万円を、保証人になった馬野さんも当然払えるわけがない。」  2人の顔を交互に見ながら、確信に迫ってゆく成歩堂。  「圭羽さんが払えないと、当然馬野さんが支払わなくてはならない。しかしもし支払えないと、担保という問題が出てくる。」  「担保だと?あああああっっ!!!!」  刀技が担保である事実に気づく。  「そう、刀技検事がお察しのとおり、担保にはあの當競馬場の収入源とも呼べる有名な2頭の馬。 ブラックホースとホワイトホースがあったんです!」  成歩堂は机を何度も叩くとそう大声で言った。法廷内がこれを聞き、大変な騒ぎになる。  「静粛に!静粛に!静粛に!」  裁判長が叫ぶ。そして成歩堂は続ける。  「さて、借金返済日が迫った2人。これは2人で1つの問題です。もし支払えないとこの2頭が當競馬場から消えてしまう。 地方競馬場で苦しい経営の中、當競馬場にとってこの2頭はなくては困る存在。だから2人は、 なんとしてもブラックホースとホワイトホースを救わなければならなかった!」  馬野と圭羽。ともに下を向いたままピクリとも動かない。  「そしてその方法は1つ。3000万円を意地でも返済すること。そして、あの日あのレースで、ホワイトホースが勝った。 それにただ1人賭けていた圭羽さんが3000万円を獲得。だが、これは何度も言うがありえない。 ホワイトホースは絶対負ける馬だったのだから!」  「異議あり!だが、圭羽は実際に単勝でホワイトホースに賭けて3000万円を手にしている!」  「異議あり!しかし、これが僕たちだったら、こんな危ない賭けができるでしょうか!?仮にも競馬場の運命が懸かっているのに、 そこは普通ブラックホースに賭けるものです!!」  そう、そこがポイントだった。なぜ彼はブラックホースに賭けなかったのか?だ。  「異議あり!簡単な話だ。ブラックホースは絶対に勝つ馬と有名だ。だから、単勝でブラックホースに賭けても配当金が少ない。 賭ける人間が多いからな。だから賭ける人間が全くいなかったホワイトホースに賭けたんだ。」  刀技はそう言ったところで、何か妙なところに気づいた。  「ん?賭ける人間がいない・・?」  「異議あり!」  ここで成歩堂が異議を唱える。  「確かに、配当金ではホワイトホースのほうがブラックホースよりは高いでしょう。ホワイトホースが勝てばね。」  「異議あり!だが勝っているじゃないか!?」  「異議あり!だから、それがありえないと何度も言っているでしょう!!」  そう、何度も言うがありえない。それなのにだ。  「それなのに、そのありえない馬に賭けた圭羽さんが不自然なのです! まるで、この日だけはホワイトホースが1着でゴールことを知っていたかのように!!」  この一言が、どれだけ法廷内を嫌な予感に包み込んだだろうか?沈黙した法廷内で刀技だけがただ1人。言葉を発した。  「おい・・。どういう意味だ?勝つことを知っていたとは?」  刀技は机に倒れこんでいる。そう、だからこのレースの出来事は借金の延長線上だったのだ。  「そう、これこそが全ての答え。あのホワイトホースがあの日だけは、絶対に勝つことをこの2人だけは知っていたのです!!」  成歩堂は2人に指を突きつけるとそう叫んだ。  「異議あり!だが、あのホワイトホースは絶対に負ける馬だぞ!勝つこと自体ありえないじゃないか!!」  刀技はそのままの体勢でそう叫んだ。  「そう、ありえない。ですが、ブラックホースもあの日ありえないことが起きていた。最下位でゴールと言うことがね! 正確に言えばこの2人、ブラックホースが負ける事も知っていたのです!!」  成歩堂は叫ぶ。そう、全てはありえないことだらけだった。  「異議あり!だが、あの絶対に負ける馬と絶対に勝つが馬が、まるで逆の運命を辿るかのようなことが我々に分かるか!?」  「異議あり!まるで逆の運命を辿る?果たしてそうでしょうか?」  「何!?」  確かに、刀技の言う通りかもしれない。でも、本当にそうなのか?  「逆の運命を辿っているように、僕たちは見えたかもしれない。でも、現実は違った。あの日あのレースで、 確かにブラックホースは1着でゴールして、ホワイトホースは最下位でゴールしたのです!!」  この主張で訳が分からなくなった法廷内は、まさにとんでもない騒ぎだ。  「静粛に!静粛に!静粛に!」  それでも騒ぎは収まらない。  「異議あり!何を馬鹿な!?確かにあの時ブラックホースは最下位でゴールし、ホワイトホースは1着でゴールを・・」  「したように見えましたね。僕たちには。」  「何だとっ!?」  刀技の主張を途中で遮ってまで自分の主張を通そうとする成歩堂。  「したように見えた?・・・・・・・ああああああああっ!!!!!」  刀技がそれっきり動かなくなった。それどころか、レシーバーから煙が出ている。  「ど、どういうことなのですか!?成歩堂君!?」  裁判長は相変わらず、だが、馬野と圭羽は顔が青ざめている。ついに、このときが来たようだ。 成歩堂は大きく言いを吸い込むと、その人差し指を思いっきり突きつけて。この言葉を法廷中に大きな声で放つ。  「全てはこうだった。あの時、ブラックホースとホワイトホースは入れ替わっていたのです!!」  「なっ、何ですっとおおぉぉぉぉぉ!!!!!!!」  裁判長の叫びと共に法廷内のざわめきが最高潮に達する。  「つまり、あの時1着でゴールしたホワイトホースこそが、本物のブラックホースだったのです!!」  「異議あり!ちょっと待て!!じゃあ、あのレース場に存在したもう1頭のブラックホースは何だ!?」  刀技はレシーバーから煙を噴き出している状態だ。成歩堂はその問いに答える。大きな声で。  「あのブラックホースこそが、正真正銘のホワイトホースだったのです!!」  「そ、そんな馬鹿な!!!!!!」  馬野と圭羽。彼らはともに顔面蒼白だ。  「しかし・・どうやって入れ替えたと言うのです!?あの2頭の馬を・・全然違う馬じゃないですか!?」  裁判長が信じられないといった口調で尋ねた。だが、実際にあの2頭の馬が違うのは2つの大きな特徴だけだ。  「裁判長。ブラックホースとホワイトホースの2頭は、決定的な違いが2つ存在します。」  「け、決定的な違い?」  裁判長は理解していない。だが、これだけシンプルな話はなかった。  「ブラックホースとホワイトホースは、全身が黒か白か?レースに勝つか負けるか?この2つを除けば、 全くの区別がつかないほど似ている、双子のような馬なのです!!」  そう、つまりあの2頭の馬を入れ替えるには意外と簡単な方法があったのだ。  「つまり、あの時ブラックホースは全身を白に、ホワイトホースは全身を黒に塗られた状態でレースに出走していたのです!!」  「何ですってええええっっ!!!!!!」  法廷内は相変わらず騒がしい。だが、それを止める裁判長も一緒になって騒いでいる。  「異議あり!だが、そんな芸当すぐにばれるに決まってる!!」  「そう、ですが・・ここで馬野さんが圭羽さんと共に共犯関係にあったのならつじつまがあう! 何しろ、馬野さんは借金の保証人で協力せざる終えなかった。いや、協力しないといけなかった!當競馬場のために!」  そしてその計画に、馬野は絶対必要不可欠だった。何故なら・・  「それに馬野さんは、あの2頭の調教師です。つまり、あの2頭と1番近い関係にあった。 だから馬野さんがいれば、あの馬は簡単に入れ替えが可能だった!!」  「異議あり!だがな、それが今回の事件とどう関係する!?」  刀技の必死の反論。確かに、どう関係するのか?今までは分からなかった。しかし、これが分かれば動機はもう簡単だ。  「関係しますよ。動機にね。」  「動機だと!?」  成歩堂はニヤニヤと笑っている。  「そうです。この計画には絶対条件があった。誰にもバレテはならないという。そして、レース終了後。無事にばれずにすんだ。 だから2人は、レース終了後ブラックホースとホワイトホースの全身に塗った黒ペンキと白ペンキを落とすために きゅう舎に向かった。」  そう、これこそが事件の真相だったのだ。  「なっ、まさか!!?」  刀技が叫んだ。そう、そのまさかだ。  「お察しのとおり、その時きゅう舎では、松豊と梅裕が口論をしていた。そして、争いの結果松豊は梅裕を突き飛ばし、 梅裕はそのまま脳しんとうで気絶。松豊は自分が殺害したと思い込み現場から逃走。その後に、この2人がきゅう舎にやって来た!」      「梅さん?・・・・梅さん!?・・・・嘘だろ、まさか死んだのか?うわああああああああああっ!!!」  「あれ?誰かきゅう舎から出て行ってるぞ?」  「本当だ。あれは松さんだ。」  「あぁ、ブラックホースの騎手か。それより、早くきゅう舎に行って2頭を元に戻さないと!」  「分かってるさ、圭羽!」    「そして、きゅう舎に行った2人があの2頭を戻そうとした時、梅裕が意識を取り戻した!」  「いたたた・・あれ?馬野さんじゃないですか?どうしました?ホワイトホースとブラックホースを 連れて行こうとしてるみたいですけど。」  「あぁ・・それはね。」  「その後、どういう経緯かは知りませんが、梅さんに全てがばれてしまった!」  「これは!!ペンキ!?」  「その時、梅裕の運命は決まったのです。2人はこの事実を隠さないといけなかったから!!」  「うっ!!何をするんだ!!馬野さん!?」  「當競馬場のためだ!!許してくれ!!」  「うっ・・止めろ・・・・・・」  「圭羽!急いで2頭をきゅう舎から出せ!!」  「分かった!!でも、」  「大丈夫!ここは私が何とかする!!」  「そして一方が梅裕を殺害。一方があの2頭を元に戻した!これが全ての真相です!!」  成歩堂がそう言った瞬間。2人は床に崩れ落ちた。  (これで、終わったな。)  全てが終わった瞬間だった。と誰もが思ったその時。  「弁護士さん。」  「!?」  崩れ落ちていたうちの1人、馬野がゆっくりと起き上がった。  「それで終わりですか?」  「う、馬野・・!?」  圭羽が馬野の言葉で顔を上げる。  「私たちが犯人・・そんな推測はどうでもいいですよ。証拠を・・決定的な証拠を見せてください。」  「け、決定的な証拠!?(何だって!?)」  成歩堂は背筋が凍る予感がした。  「なるほど君。馬野さんの様子が変だよ・・」  馬野はそのまま、成歩堂を見るとその指を突きつけて叫んだ。  「もう1度言う!決定的な証拠を見せろ!!!!」  「な、何ですってえええええええええええぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!!!!!!!」  静かになった法廷内が、再びざわめきに支配される。  「確かに、成歩堂弁護士の言う通りだ。動機も完璧。しかし、ホワイトホースとブラックホースを入れ替えた証拠もない。 そうだろう?成歩堂弁護士!?」  「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!!!」  刀技もいつの間にか復活し、成歩堂は叫ぶしかなかった。  「静粛に!静粛に!検察側の言う通りです。弁護側の主張は確かに一理あります! しかし、証拠がない限り疑わしいに過ぎない!!」  「そんなぁ・・」  裁判長の決定に、真宵がそう声をあげる。  「ふっ・・そういういわけさ。成歩堂弁護士。それじゃあそろそろ、この2人を家へ帰そうか。」  刀技がそう言った瞬間だった。                            「異議あり!」  騒がしい法廷内に、成歩堂でも刀技でもない人物から発せられた。鋭い異議が響く。  「誰だ?女の声・・?」  刀技があたりを不思議そうに見渡している。  「なるほど君。あともう少しよ、さぁ、顔を挙げて。」  (そ、その声は・・!!)  「弁護士はピンチの時ほどふてぶてしく笑わないとね。」  「ち、千尋さん!!!!!!」  隣にいたはずの真宵の姿が、いつの間にか成歩堂の師匠・綾里千尋へと姿を変えていた。  「ふっ・・誰かと思えば成歩堂弁護士の助手か、なるほどな、これが噂に聞く。 成歩堂弁護士の助手が突如、美しい女性へと様変わりするってやつの正体か。」  1人納得しながらそう言う刀技。  「この裁判所の7不思議のうちの1つに出会えて、私は嬉しいな。本当に幸せ者だ。」  (いつから7不思議になったんだよ!!)  それ以前に、残りの6つが気になるが。  「それよりアンタ。異議を唱えてくれたが、どういうつもりだい?帰り支度が1人じゃできないのか?綺麗なお姉さん。」  「あら、綺麗だなんて嬉しいわね。口説いてくれてるのかしら?」  千尋は笑いながら刀技を見るとそう言った。  「ふっ・・口説くねぇ。あいにく私にそんな気はない。私が愛した女は1人だけだ。」  刀技はそう言うとレシーバーを軽くいじる。  「おっと、論点をずらされたな。それより、どういうつもりだ?今の異議は?」  顔を赤らめている刀技。余計なことを口走ったと思っているようだ。  「あら、簡単なことよ。弁護側は、馬の入れ替えと殺害の決定的・・ いや、いっそのこと致命的な証拠を提出する準備が出来ています!!」  千尋の放ったその一言。それに誰よりも驚いているのは・・  「な、何だってええええええええええええっっ!!!!!!??」  成歩堂自身だった。  「異議あり!」                        ・・シュ!!パシン!!  次の瞬間だった。  「痛っ!!」  成歩堂の額に何かが当たった。  「これは・・マジックペン!?」  「ふざけたことを言うもんじゃないぞ!!弁護側!!」  そしてそれを投げた人物こそ・・  「か、刀技検事!!!?」  革ジャンのポケットに入っていた。ホワイトボード用のマジックをあと3本は手にしている。  「どうしてふざけたことなのかしら?」  千尋は既視感を憶えながらもそう聞いた。  「簡単なことだ。そこの弁護士が1番驚いているからだよ!!」  この男も、御剣の生霊がとり憑いてるのではなかろうか?  「なるほど君。良い?これをチャンスと捉えるのよ。」  「えっ、でも・・どう見たってピンチじゃ、」  「忘れたの?ピンチの時こそふてぶてしく笑う。そして、絶対に立証するの!それが弁護士のルールよ。」  千尋の顔は厳しかった。そしてこう言う。  「困った時は初心に戻りなさい。全てはそこからよ。」  「初心?」  成歩堂は思い出す。初めて法廷を・・あの時千尋から言われたこと。  (全ての証拠品は法廷記録の中!!)  成歩堂は慌てて法廷記録をめくる。そして・・  (見つけたぞ・・!!)  そして成歩堂は、その教え通りふてぶてしく笑いながら反論をはじめる。  「刀技検事。じゃあ、その決定的な証拠をお見せしましょう。」  「何だと!?」  成歩堂は、この事件の全てを終わらせる1つの証拠品を提出した。  「全てはこの被害者の手袋が物語っている!!」  「手袋?それが何だと言うんです!?弁護士さん!?」  馬野はその鋭い目で成歩堂を睨みつけるとそう言った。  「被害者は、遺体で発見された時、右手に何か握っていました。」  問題のその手は、死後硬直で見事に固まっていた。  「そして、その中に白ペンキの乾いて剥がれた跡があった。これは被害者・梅裕さんが残したメッセージです。」  「残された・・?」  「メッセージだって?」  刀技と馬野が言う。成歩堂は机を叩いて叫んだ。  「この白ペンキ!ブラックホースに付着していたものです!彼は生前、ホワイトホースになりすました ブラックホースと行動を共にしていた。だから、彼は手に付着した白ペンキで全てに気づいたのです! 弁護側は要請します!被害者・梅裕の衣服の再検査を!!」  「再検査だと!?」  刀技が首をかしげる。  「そうです。きっと見つかるはずです。白ペンキが付着したブラックホースの毛がね!!」  「そ、そういうことか・・!!」  刀技は机に倒れこむ。レシーバーから煙が出ている。  「だけど、私たちが殺害した証拠はないじゃないか!!」  馬野が反論した。だが、成歩堂は首を横に振った。  「証拠ならあるじゃないですか、ここにね。」  もう1度成歩堂は、その被害者の手袋を馬野に見せる。  「なっ!?その手袋にあるって言うのか!?」  「そのとおり、こいつにはもう1つあるものが付着している。左手のほうですけどね。こっちには被告の血液が付着してます。」  被告の血液。それが示すある1つの不自然さ。  「きっとこいつは、被告と被害者が口論をしている時に、梅さんの手袋についたのでしょう。」  「それが何だって言うんだ!?」  馬野は我慢できない様子だ。  「まだ分かりませんか!?梅さんが真犯人に首を絞められた時。抵抗はしなかったのでしょうか?」  「て、抵抗だと?」  刀技はレシーバーから煙が噴いている状態なのにも関わらず、必死に体を起こすとそう言った。  「そうです。まぁ、右手はペンキをメッセージとして握っていたとしても、左手は空いている。 その手で必死に首に巻きつかれたロープを取ろうとしたはずだ。」  とここで、法廷記録からロープを取り出した成歩堂。  「ですが、これには指紋などの手がかりは一切なし。被害者が手袋をしていたから、 抵抗していても指紋が残らなかったのは分かります。だけど、手袋に付着した被告の血痕がロープに残っていない。」  「あっ!!」  馬野がそれに気づいて声をあげた。  「馬野さん。あなたには心当たりがあるようですね。」  「どういうことだ!?成歩堂弁護士!?」  「どういうことですか!?成歩堂君!?」  刀技と裁判長が2人でそう尋ねる。というか叫ぶ。  「簡単な話だ!馬野さんは手袋を犯行時していなかった!!」  「ギクッ!!」  馬野が口をパクパクとさせている。  「おそらく、殺害後に気づいたのです。突発的な犯行で自分が手袋をしていないことに、だから、ロープに指紋が付着している。 このままではいけないと思ったあなたは、手袋をつけるか、もしくはハンカチか何かを使い、本物の凶器となったロープを外した。 そして・・。」   「いけない・・どうしよう・・そうだ!違うロープを首に巻きつければ・・!!」    「きゅう舎にあった大量のロープのうち、1本を指紋がつかないように持ち、 新たに被害者の首に巻きつけて、凶器としてでっち上げた!」  馬野は口をパクパクとさせながらも、反論を試みる。  「そ、そんな証拠はどこにある!?」  「証拠ですか・・そうですねぇ・・」  成歩堂はしばらく考えるふりをすると、その後わざとらしくこう言った。  「じゃあ、弁護側は要請しましょう。當競馬場全てのゴミ箱。もしくはゴミ保管庫の捜索を。」  「!?」  馬野の顔が見る見るうちに真っ白を通り越して表現できない色へと変わってゆく。  「恐らくあなたは、偽の凶器をでっち上げた後、悩んだはずだ。」   「どうしよう、本物のロープを処分しなくては!!そうだ!!ゴミ箱に捨てちまえ!!」  「だからきっと、あなたは競馬場内のゴミ箱に捨てた。さて、ここで皆さんにお尋ねします。」  成歩堂は法廷中に確認を求める。  「燃えるゴミの収集日はいつですか!!!?」  法廷中がハッと息を飲む。成歩堂は1人ニヤリと笑っている。  「そう、これはあなたが入廷した時にみんなで言いましたよね。」  「ぐっ・・わ、私が言ったな。確か・・明日だと!!」  刀技が軽く目眩を起こしたようだ。ふらふらっとしながら言った。  「そうです。だから、今日捜索をすればまだ間に合うはずです。ゴミ保管庫あたりに競馬場内全ての燃えるゴミを集めた袋がね。 そこを捜索しましょう。」  馬野は言葉を失って、今度こそ正真正銘、床に崩れ落ちる。  「そこに、被告の血痕がついたロープがあったなら、そのロープの指紋を確認しましょう。 きっと、あなたの指紋があるはずです。」  これで、全てが終わった。  「刀技検事。馬野高次郎と圭羽剛は?」  裁判長が尋ねる。あの後2人は、係官に連行されていった。  「緊急逮捕した。梅裕殺害容疑でな。」  刀技はレシーバーをいじりながら言った。  「しかし、驚きました。2人が共犯関係にあって、また競馬場を守るためにあそこまで大掛かりな偽装をしたとは・・。」  裁判長は信じられない様子だ。  「まぁ、何はともあれ1つだけはっきりしましたので、ここでそろそろ、この審理を終わらせたいと思います。」  証言台に立った松豊に、裁判長はこう言った。                             「無罪」  紙吹雪がどこからともなく舞う。ひょっとしたら、刀技の裁判所7不思議のうちの1つは、これかもしれない。  「それでは、本日はこれにて閉廷!」  その声と共に木槌が終わりを宣言する。競馬場を舞台にしたこの物語は、ついに終わりを告げたのだ。                                                 エピローグにつづく

あとがき

第5章投稿完了の麒麟です。 さて、もともとストックは第4章の途中まではあったので、 それまでは検察側の口調を刀技に変更したりと地味な作業をしていました。 で、第4章を投稿したあと頑張っていたら、第5章が完成してしまいました。驚きです。 さて、この話でも意外な展開が起きてます。まず、刀技のマジックペン飛ばし。 これはリレーをしている時に思いついたのですが、銭湯さんの時野に投げつけるのに 抵抗があったのでボツに。その後、語られるにもいれようと思いましたが没になった、ある意味レアなネタです。 それとあともう1つ。千尋さんの降臨(?)。 千尋さんを出さないつもりだったのですが、気がついたら出てました。 千尋さんと刀技が法廷で会うのは初めてですね。微妙にその辺はネタで遊びすぎました。 さて、あとはじっくりとエピローグを書いていきます。個人的にはこの入れ替えトリックというか、動機がお気に入りです。 自分はいつも、事件のトリックは現実味があるものにしようと思っていたのですが・・ ここでいろんな人に突っ込まれそうだから言っておきましょう。馬にペンキを塗って別の馬に見せかける。 これは実際に海外であった事例です。 以上、麒麟でした。

小説投稿道場アーガイブスTOPへエピローグを読む