逆転のホワイトホース(第3話)
先ほどの裁判を例えるなら、それはディナーで言う前菜だろう。
だったらここからが本番。そう、メインディッシュだ。
当然の話だが、食材がよければ料理も美味しい。
さて、ここでこの法廷を見てみよう。
一方は若手実力派弁護士と。
もう一方は御剣の代理を任されるほどの人物同士の法廷だ。
だったら自然と、このディナー(法廷)のメインディッシュ(審理)も
美味しい(白熱)したものなるのではなかろうか?
第3章・成歩堂弁護士vs刀技検事
5月5日 午前11時43分 地方裁判所第7法廷
法廷内に戻った2人。被告の松豊も数秒遅れて戻ってきた。係官に付き添われて・・。
カン!とここで、再開の木槌がなった。
「それでは、只今より松豊の法廷を再開します。刀技検事。早速馬野高次郎さんを証人として呼んでください。」
「了解した。」
刀技は軽くレシーバーをいじると次に言った。
「では、この事件の通報者で第1発見者でもある馬野高次郎に入廷してもらおう。」
(ついに疑惑の人物の登場か・・。)
成歩堂はそう思いながら、何がなんでも真実を引きずり出してやると決意した。
50代の男性が証言台に立った。
「・・証人、名前と職業を。」
証言台に立った男は作業服だ。
「馬野高次郎。當競馬場で主にブラックホースとホワイトホースの調教師をしています。」
男は淡々とした口調で言った。
「では証人。まずは初めに1つ聞いておく。」
「!?(刀技検事、一体何をする気だ!?)」
何か一抹の不安を覚える成歩堂。それに対し、刀技は余裕な表情を見せている。
「先ほどの審理で弁護側が、あなたを梅裕殺害の真犯人として告発したがどう思うか?」
刀技から発せられた問いに、馬野は少し困ったような様子になりながらも答えた。
「検事さん、私はこのようなことを言われて少しショックでいます。弁護士という職がどういうものかはよくわかっておりますが、
いくらなんでも第1発見者であるからといって私を犯人にするなんて・・」
暗い表情でそう言った馬野。周りが少し同情している。
「なるほど・・よくわかった。では、あなたが無実であるという事を証明する意味も含めて、
発見してから通報するまでのことを証言してもらいたい。」
「わかりました。検事さん。」
馬野は刀技のほうを見ながらそう言った。とても明るく。何だか成歩堂がとても悪いことをしたみたいだ。
「ねぇねぇ。なるほど君?」
とここで、真宵が何か気づいたらしい。
「?どうしたんだい?真宵ちゃん?」
「あのね。気になっていたんだけど、馬野さんの右手の動きが不自然なのはどうしてかな?」
馬野の右手。そう言われてみれば動きが不自然に感じる。
(あれ?本当だな?)
成歩堂は馬野が証言に入る前にその右手について尋ねる。
「馬野さん。右手・・どうかしたんですか?」
「あぁ、右手ですか。ちょっと怪我をしたんですよ。仕事中に手のひらを切っちゃって、」
そうして右の手のひらを見せる。バンドエイドが何枚か貼られている。
「仕事中に・・大変ですなぁ。私もおととい、ひざをすりむく怪我をしましてね。痛かったですなぁ。」
(ひざをすりむくって、子供じゃあるまいし・・)
突然話に入ってきた裁判長に成歩堂は突っ込んだ。
「偶然ですかね。私もおととい怪我をしたんですよ。」
馬野のその言葉に、成歩堂が何かを感じる。
「おととい・・?おとといといえば・・」
「燃えるゴミの収集日ですな。」
(裁判長・・・・あなたは一体何を考えてるんだ!?)
突然成歩堂の言葉を遮った裁判長が、意味不明な発言をする。成歩堂が頭痛がした。
「裁判長。おとといは燃えないゴミの収集日だ。燃えるゴミの収集日だったら明日だ。」
(刀技検事!!あんたもか!!)
突然話に加わった刀技。成歩堂はさらに頭を抱えた。
「あ、そうでしたな。うっかりしてました。ちゃんと明日は遅れないようにもっていかないと。」
(裁判長・・・・・・・・・。)
「なるほど君も今日帰ったら事務所をちょっとは掃除してよね。明日ゴミをまとめて持っていくから。」
「う・・・、わかったよ。真宵ちゃん・・。」
成歩堂は自分の散らかったデスクを思い出し、さらに頭を抱える。
「これで皆さん、もう明日は大丈夫ですな。」
「そうですね。」
裁判長が言い、馬野が答えた。
(誰か、この暴走し始めた裁判どうにかしてくれぇ・・、特にあの裁判長を・・)
ゴミの収集日の確認をして、一時法廷内は意味不明な雰囲気に包まれた
「では証人、発見してから通報するまでの経緯について証言してください。」
裁判長のその言葉で、やっと証言が始まる。
証言開始〜発見から通報するまでの経緯〜
「現場のきゅう舎の裏側にある事務所で私は、もう一人の調教師と一緒に仕事をしていました。
1時15分すぎくらいと思いますが、近くのきゅう舎で男2人が言い争っているような声が聞こえてきました。
数分後に私が一人で仕事をしているときもまだ、その言い争いは続いているようでした。
それからさらに数分後、突然言い争いが止まったんです。変だと思い、声が聞こえてきた現場のきゅう舎へ向かうと、
松さんが現場から猛ダッシュで走ってどこかへ行っちゃたんです。
それで私がきゅう舎の中に入ると、梅さんが死んでいたんです。首にロープが巻きつけられていて、体中泥だらけ。
首を絞められたとき苦しんだのでしょうね。両手は必死に抵抗したがかなわず、ぐったりとした状態になっていました。
私はこれを見た後、すぐに裏の事務所へと走っていき、警察に通報しました。」
「ふむぅ。ここまで正確に状況を覚えていてくれるとは、関心です。」
長い証言だったが、その分正確なものに聞こえるこの証言。裁判長は感心している。
「どうもありごとうございます。」
馬のは丁寧に礼をする。
「では弁護人。尋問をお願いします。」
「わかりました。」
成歩堂はそう言いながら、少し尋問がやりにくいなと感じた。
「なるほど君、馬野さんが犯人ならこの証言は・・」
真宵がそう言いかけるのを遮って、成歩堂は断言した。
「あぁ、もちろん嘘だろうね。」
「でも、おかしなところはあった?」
そこが問題だ。とても正確な証言に聞こえる。
「うーん、矛盾はなさそうに聞こえる。でも、嘘を馬野さんがつくならその部分は大体限られてくる。」
そう言いながら尋問を開始する。だが、刀技の仕掛けた罠を成歩堂は少し感じていた。
(刀技検事・・証言に入る前もそうだったが、証人の印象を良くしている。これが問題だな。)
2年と言う歳月は、成歩堂を成長させた。だが、同様に彼も成長させていた。
尋問開始
「もう一人の調教師も、あなたと別れるまで争いを聞いていたのですか?」
とりあえず、証言の最初の部分から揺さぶる成歩堂。
「えぇ、聞いていましたよ。1時25分に始まる第2レースを見るために私と別れるまで、すごい争いだなぁ。
とか言いながら仕事をしていました。」
どうやら、この2人の争いは本当に凄まじいものだったらしい。
「まぁ、競馬場関係者で事件現場付近にいた人物はみんなこの争いを聞いているんだ。」
刀技が馬野の証言の後にこう言う。その表情から察するに、『聞こえないほうがおかしいんだ』とでも言っていきそうな感じだった。
「そう言えばなるほど君。第2レースも凄かったんだよ。知ってた?」
「凄い?どういう意味だい?真宵ちゃん?」
何も知らない成歩堂に、真宵はあのスポーツ紙に載っていたもう1つの當競馬場でのニュースを話す。
「あのね。第2レースはスタート直後に騎手の1人が落馬したんだって。
で、それをきっかけに次々とみんな落馬していったんだよ。」
笑っている。落ちた騎手達にとっては笑い事ではないと思うが。
「へぇ・・そんなことがあったんだな。(確かに凄いけど笑えないな。)」
そんな他愛もない会話をしていると、木槌がなった。
「弁護人!私語は慎みなさい!」
「あっ・・す、すいません。」
成歩堂は慌てて謝罪する。よく考えればこんな会話をしている場合ではない。
とにかく成歩堂は今のこの質問はここで切り上げ、違う質問にさっさと移ることにする。
「なぜ、怪しいと思って現場に行ったのですか?」
「愚問だな。」
「はい?」
刀技が一言そう呟いた。次いで馬野が言う。
「そりゃ、突然さっきまでしていた言い争いが止まったら怪しいと思うでしょう。」
言えているかもしれない。だが、ここはあえてさらに突っ込んでみる成歩堂。
「しかし、仲直りしたのかもしれないじゃないですか。そう考えればおかしくはないでしょう?」
「異議あり!まさに愚問だな。異議を唱えるのも馬鹿馬鹿しい。」
「はい?」
だったら異議を唱えるなよ!と突っ込みたい成歩堂。次いで馬野がこう言う。
「まぁ、そうかもしれませんが。私を含めて聞こえていた人たちは皆、聞こえていただけで現場は見ていません。
仲直りしたかどうかは見に行かないと分からないのですよ。」
どうやら、愚問とはそう言う意味らしい。
「それもそうだろうな、成歩堂弁護士もそれくらいの事は考えて発言してもらいたいもんだ。」
(余計なお世話だ!)
心の中のツッコミをいれた成歩堂だった。刀技は何故か勝ち誇ったかのような顔だ。
「ところで証人、被告は猛ダッシュで現場から逃げたようですが、どこへ向かって走っていきましたか?」
ここで成歩堂は、休憩時間の松の証言のウラをとるためにこの質問をした。
「えーと、それはですねぇ・・」
少し悩んだ後、馬野はこう証言する。
「おそらく、騎手の控え室があるところへ向かっていったと記憶します。」
さらにそれを聞いた刀技が付け足す。
「おそらくそれで間違いないだろう。被告は逮捕されるまでそこに鍵をかけ閉じこもっていたのだからな。」
資料を見ながらそう発言する刀技。
「そうですか・・・。(ここは松さんから聞いた話とも合うな。)」
どうやらこの証言に間違いはないらしい。
「では証人、通報についてですが、現場から通報した事務所までの距離は?」
この妙に筋の通った証言を崩すには、積極的に攻めるしかない。成歩堂は次に、通報関連について尋ねる。
「距離はですねぇ、大体全力疾走したら1分で到着するくらいの距離です。」
「全力疾走ですか?」
馬野の答えにそう尋ねた成歩堂。1分・・これは何か重要なポイントになるのだろうか?
「はい、私は通報する際に急いだほうがいいと思って全力疾走しましたから。」
「ほほう。ますます感心ですなぁ。」
「ありごとうございます。」
裁判長のお褒めの言葉にうれしそうに礼をしながら言う馬野。どうやら、印象面では不利なようだ。
「ところで刀技検事。警察に通報が入ったのは何時ですか?」
「愚問だな。」
成歩堂の問いをその一言で片付ける刀技。
「いやいやいや!刀技検事!」
成歩堂は机を叩いて改めて主張する。
「ちゃんと僕の質問に答えてください!」
「まさに愚問。そう答えたが?」
成歩堂は指を突きつけて反論する。
「だから!ちゃんとした通報時刻は何時なのですか!?」
そんなやり取りを横から見ていた真宵が言った。
「刀技検事。何かこの証言にマズイ事でもあるのかなぁ?」
だが、刀技はそれを否定した。
「別にマズイ事はない。だがな、成歩堂弁護士が人の話をきちんと聞いていないから愚問と言った。」
レシーバーをいじりだした刀技。
「ど、どういうことですか!?」
「ふっ・・簡単なことだ。刑事の証言は聞いていなかったのか?1時半すぎだと言っている。」
だが、成歩堂の聞きたいところはそこじゃない。
「だから、その具体的な時間です。記録は残るのでしょう?通報された時刻についても証言してるのですから、
そのウラも弁護側は取りたいのです!」
「そうですね、刀技検事。この際ですから教えてください。」
裁判長もそれに同意のようだ。納得しやすい人だと成歩堂は思った。まぁ、今ごろそう思うのもどうかと思うが・・
「いいだろう、裁判長にまで言われては仕方がないからな。今回だけは特別だ。」
そう言うと刀技は、資料を取り出すとこう言った。
「時刻は午後1時36分だそうだ。午後1時半すぎで大体あっているはずだ?これで問題はないな?」
「36分ですか・・わかりました。」
刀技の返答に成歩堂はこう答えた。これが後に重要なポイントになるのだろうか?
<通報時刻の記録>
午後1時36分に當競馬場から通報。
成歩堂は法廷記録にそれをファイルすると、そろそろ馬野のついている嘘についても考えなければならないと思った。
(さっきから気になるのは、真宵ちゃんも言っていたけど刀技検事の態度だ。)
そう、この尋問で刀技はこればっかり言っている。
(愚問・・よく分からないが、刀技検事は何か意図があってそう言っている。
ただ、彼の表情からそれがどういう意味か察することが出来ない。)
だが、1つだけ言えることがあった。
(時間稼ぎをしているのは分かるんだ。というか、それで論点をずらそうとしていると言うか・・)
つまりそれは、この証言に何かマズイ事があったことに彼も気づいていると言うことだ。
「なるほど君、揺さぶってるけど矛盾はあった?」
「大丈夫だって真宵ちゃん。大体もう不自然なところはわかっているからね。」
そこまで考えられれば、おのずとどこがマズイ証言だったのかが予想は出来た成歩堂。
「へぇ・・珍しく分かってるんだね。今日は。」
「余計なお世話だよ。」
とにかく、最後にそこについて揺さぶりを掛けてみることにする成歩堂。
「では証人。肝心の死体発見についての証言は、今の証言で間違いないですね?」
「はい、間違いありません。」
馬野は断言した。成歩堂はさらに念を押す。
「本当に間違いないのですね?証人!!」
「どういうことですか?弁護士さん?」
その時だった。刀技が動いた。
「異議あり!成歩堂弁護士!!何度も同じ事を聞いて時間を無駄に使わないでほしい!!」
「異議あり!この質問は時間の無駄ではない!!証人、どうなのですか?」
すると馬野は、少し困惑していたが、やがてこう言う。
「そうですねぇ・・、そんな風に言われるとなんか急に自信がなくなってきそうですが、この証言どおりで間違いはありません。」
「だそうだ、成歩堂弁護人。」
刀技がそれを聞きうまくまとめようとする。が、この刀技の態度で成歩堂はさらに確信した。
「異議あり!しかし証人。それだと不自然な点ができてしまうのですが、お気づきですか?」
成歩堂はついに馬のの尻尾を掴むとそう言った。
「不自然な点?それはなんですかな?成歩堂君。」
裁判長が身を乗り出して尋ねてくる。成歩堂はその問いにこう答えた。
「実は、先ほどの証言についてですが・・証人はこう言っています。『首を絞められたとき苦しんだのでしょうね。
両手は必死に抵抗したがかなわず、ぐったりとした状態になっていました。』と。」
ここまで言うと成歩堂は、現場写真を取り出して説明を続けた。
「そうなると、この現場写真が不自然なのですよ。特に死体がね。」
「現場写真の死体だと?」
刀技は薄々気づいてきている。成歩堂はコクリとその言葉にうなづきながら、馬野に尋ねる。
「聞きますが証人。両手がぐったりとした状態というのは、どんな状態のことですか?」
「えっ!?そ、それは。」
馬野はしばらく何かを考えていたが、やがてこう言った。
「もちろん、力が抜けていて手がぶらーんとした状態ですが。」
「!!!!!!!!!!!?」
この言葉を聞いた刀技。机に倒れこむ。
「刀技検事、理解できましたか?」
成歩堂はニヤリと笑う。
「ど、どういうことですかな?」
裁判長はいつもどおりわからないようだ。成歩堂は馬野に指を突きつけ言う。
「死体の右手はグーになっていました。そう、何かをにぎっていたのです!!力が抜けて手がぶらーんとはなっていない!!」
「ああっ!!」
裁判長が叫ぶ。
「そ、そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
馬野も叫んだ。だが、間違いなく現場写真では被害者の右手は、何かを握っている。
この事実で法廷内が騒がしくなる。裁判長は木槌をならす。
「静粛に!静粛に!静粛に!証人!!どういうことなのですか!?」
「う、そ、それはですね・・。」
言葉に詰まる馬野。ついに捕まえたと思った。しかし、相手が御剣の代理であるということを成歩堂は忘れていた。
そしてその代理は、御剣の代理に最もふさわしい刀技だということにも・・。
「異議あり!それはとても簡単なことだ裁判長!!これは証人の勘違いだと検察側は主張する。」
勘違い。検察側お得意の戦法の1つだ。弁護側はこれを何とか阻止する必要が出てくる。
「異議あり!しかし、明らかに手がグーになっている。勘違いのしようがない!!」
「異議あり!弁護人はお忘れだろうか?手は右手だけがグーだったのだ。
左は力が抜けてぶらーんな状態だ。現場写真でも分かるとおりにな!!」
「うっ!!(何だと!?)」
成歩堂が今度は言葉に詰まった。
「検察側は証人が、被害者の左手が力が抜けてぶらーんとなっているのを見て、
右手もそうだと勘違いしてしまったのだと主張する!」
成歩堂はまさかと言った顔をする。しかし馬野はそれを聞き立ち直ったのか、やがてこう発言する。
「そういわれてみれば・・」
「!!(まさか・・)」
だが、それは現実となった。
「検事さんの言うとおりかも知れません。私は片手が力が抜けてぶらーん状態だったのを見て、
両手がそうなってると勝手に思い込んで、そのまま事務所へ全力疾走したような記憶があります。」
法廷内が再び騒がしくなる。だが、そんなのはお構いなしで馬野は続ける。
「恐らく、そのとき見た片手というのが、検事さんの主張した左手だったのかもしれません。」
「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
一気に成歩堂の主張が覆されてしまった。やはりそう簡単にはいかないのが、真犯人(?)なのかもしれない。
「では証人、すみませんが、あなたが本当に見た現場の光景について、もう1度証言してくれませんか?」
裁判長はこの勘違いを受け、馬野に新たなる証言を許可する。馬野に対しては不信感も何も持っていないようだ。
どうやら、本当に勘違いで通ってしまったらしい。
「わかりました。今度こそ正しい証言をしますね。」
馬野も自身満々に言った。どうも、刀技の無茶な主張が現実のものとなった。
証言開始〜現場の光景〜
「現場に駆けつけてみると、梅さんは死んでいました。
首にはロープが巻きつけられていて体中泥だらけ、明らかに逃げた松さんが争っている最中にロープで
首を絞めて殺したとしか考えられません。
手は左手がぐったりしているのを見て両手がぐったりしていると思い込んでしまっていたようです。
その後すぐに事務所まで通報のため走っていきました。」
「ふむぅ、今度こそ勘違いはなさそうですね。関心です。では弁護人は尋問を。」
裁判長が言った。たいしてさっきの証言と変わりはないのだが。
「なるほど君。この証言は完璧に聞こえるね。」
「そうだね。さっきとあまり内容も変わってないし・・。」
それもそうだろう。ちゃっかり先ほどの矛盾も訂正されていることから。今度こそやばそうだ。
「どうするの?」
「そうだね、証言にちょっとケチでもつけてみようか。」
真宵の質問に何となく答えた成歩堂。だが・・
「えぇぇぇぇぇ、なるほど君。そんなんじゃ嫌われちゃうよ。」
「うっ!!!!!!!」
意外に的を得ていたりする。
尋問開始
「馬野さん。本当に松さんが梅さんを殺害したようにしか見えませんでしたか?」
いきなり核心をつく成歩堂。成歩堂が思うに、犯人は馬野しかありえないからだ。
「えっ!?」
馬野は案の定、少し言葉に詰まっている。しかし、落ち着きを取り戻すとこう言った。
「それは、正直に言うと推測ですけど・・。でも状況的にはそう見えてもおかしくはないと思います。」
ごもっともな答えだ。刀技も頷きながら賛同する。
「だろうな。現場から争っていた被告が逃げた。それで現場を見ると被害者は死んでいた。
どう考えても被告が殺害したように見えるはずだ。」
「しっ、しかし!それはあくまでも推測にしかすぎません。」
成歩堂は机を叩くとそう反論した。
「確かに。」
裁判長がうなづく。が、この弱気な反論にはいつも検察側・・真っ向から反撃をしてくる。
「異議あり!推測にしかすぎないが、それでも状況的には犯人は被告しか考えられない!
被告がはっきりと被害者を殺害をした証拠がない限り、状況的に見て被告が犯人と考えるしかないんじゃないのか!?」
「うっ!!」
成歩堂は冷や汗をかく。ヤバイ証拠だ。さらに刀技は続ける。
「争いを聞いた人間がいる。それに動機もある。
それでも、弁護人は被告が犯人ではないとはっきりと断言できる証拠があるとでも言うのか!?」
「確かに。」
裁判長はそう言うとうなづく。
(アンタは結局どっちなんだ!!裁判長!!)
成歩堂は突っ込んだ。心の中でだが・・。
「どうですか?成歩堂君。被告が犯人ではないとはっきり断言できる証拠はありますか?」
裁判長に尋ねられる成歩堂。成歩堂はここで首を縦に振った。
「裁判長。検察側の状況的に見て犯人は被告しかいない。という主張に、弁護側は反論する証拠があります。」
「何だと!?」
刀技は疑いの眼で成歩堂を見る。どうやら、今の成歩堂の主張は刀技にも、予想できなかったもののようだ。
「確かに状況的に見れば被告が犯人のように見える。しかし、一つだけこの状況に合わないものが存在します。」
成歩堂は自信満々だ。真宵は隣で少し心配そうにしているが・・。
「面白い。それは一体なんだ?成歩堂弁護士?」
「それは凶器のロープですよ。」
刀技の問いにそう答えた成歩堂。さて、ここは1度整理して考えてみる必要がありそうだ。
「凶器のロープだと?」
刀技は不思議そうな顔をしている。
「成歩堂君。もっと詳しく説明をしてください。」
裁判長も不思議そうな顔をしながら言った。成歩堂はロープについて語りだす。
「いいですか、凶器のロープには指紋などの手掛かりが一切なかったんです!」
手がかりがなかった。どこかで昔聞いたような話だ。
「異議あり!成歩堂弁護士?人の話を聞いていただろうか?指紋がロープに残っていないのは当然のことだ。
なぜなら被告は手袋をしていたからな!」
やはりどこかで聞いたような話だ。指紋・・手袋・・。まぁ、それは置いといて。成歩堂は続ける。
「それは分かっています。しかし、それでも凶器にはおかしい点がある!」
「何?」
刀技は目を大きく見開いた。おかしな点・・それは事件当日の状況がポイントとなる。
「いいですか、この凶器の問題点はただ一つ。指紋などの手掛かりが一切なかった。
指紋はともかく、指紋以外の手がかりもなかったことです!!」
「指紋以外の手がかりがなかったことだと!?」
刀技はそれを聞き、少し下を向いて考える。やがて・・
「あああああああああっっっ!!!!!!!!」
「成歩堂君、早く説明を!」
裁判長が木槌を叩いて急かす。成歩堂は机を叩いて叫んだ。
「なぜロープには泥が付着していないのか?これが問題点です!!」
そう、事件当日の状況から明らかなことが1つだけあった。泥だ。
「被害者の服などは泥まみれだったのに、どうしてロープが汚れないんですか!!」
「そ、それは・・、確かにそのとおりです。刀技検事、どうですかな?」
裁判長は驚きを隠せない様子で検察側のほうを見るとそう言った。刀技は済ました顔で言う。
「被害者が泥まみれだからと言って、被告が泥まみれとは限らないと思うがな。」
「異議あり!何を言っているんですか!?あなたたちの捜査によれば、被害者・被告ともに
服・手袋は泥だらけだったと言っていたではないですか!!」
「うっ!!!!!そっ、それは・・・・!!」
ここでまた、自分が立証した事実で首を絞めることになった刀技。言葉が出ない。
「被告が犯人なら当然、ロープには泥が付着しているはずです。しかしそのロープには泥が付着していなかった。
弁護側は被告が犯人ではないということを主張します!!」
成歩堂は一気に畳み掛ける。だが、ここでの反論が異様に早いのがこの男。刀技快登の特徴だ。
「異議あり!しかしだ、それだとこの証人をはじめとする競馬場関係者の争いを聞いたと言うのはどうなる?
これだと犯人は状況的に見て被告しかありえないぞ!」
「異議あり!しかし、ロープには泥が付着していないという物的証拠があります!
こちらの主張のほうが検察側の主張より断然筋が通る!」
状況証拠と物的証拠。その2つのどちらに証拠能力があるかと問われれば。それは明らかだ。
「確かにそのとおりですな。弁護側の主張を認めます。」
裁判長が木槌を叩いて主張を認めた。だが、それでもしつこく食い下がってくるのがこの男。刀技快登の特徴だ。
「異議あり!泥が何だと言う!?そんなもの、手についたときに乾いてしまった可能性がある!
それならロープに泥は付着しない!!」
「異議あり!そんな主張が通るわけがない!それなら検察側はそれを立証することはできるのですか!?」
いつもと立場が逆になる。だが、こういう時はいつも、弁護側が弱くなるのも特徴だ。
「できるとも!私は成歩堂弁護士の行き当たりばったりで綱渡りな主張とは違い、ちゃんと筋が通って安全だからな!!」
「言われてるよ!なるほど君!」
真宵がその後にさりげなく、『その通りだけどね』とも呟いたが・・。
(真宵ちゃんまで・・トホホ)
成歩堂は心の中で一人悲しんだ。そんな成歩堂を刀技は、哀れむような目で見ながらこう主張する。
「いいか?成歩堂弁護士は先ほどの休憩前の審理で、被害者は1度“脳しんとう”をおこしたと言った。」
脳しんとう。これは解剖記録からも分かる明らかな事実だ。
「それで検察側はこう反論した。被告が被害者を突き飛ばしてから、
その被害者が起き上がるまで被告は、その場で待っていたとな。」
(待っていた!?)
ここで成歩堂は嫌な予感がした。泥というのものの特性だ。泥はある性質がある。
「その待っていた間に、手袋に付着していた泥が乾いたのだ!!」
「なっ、なんですってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
嫌なことは現実となった。カン!と木槌がここで1発ならされる。
「確かに、それならロープの泥の不自然な点は解決されますね。検察側の主張を認めます。」
裁判長は刀技の主張を認めた。再び成歩堂の異議が覆されてしまった。
「弁護側はもう反論はないですかな?」
あるわけがなかった。自分の行き当たりばったりで綱渡りな主張とは違い、刀技の主張は筋が通っていたのだから・・。
「とりあえず証人。先ほどの尋問で話が大きくずれたので。もう1度改めて証言をしてくれませんか?」
成歩堂は今の状況からは何も見えてこないと考えそう言った。
「はぁ、そういうことならかまいませんが。」
成歩堂の要望を馬野は快く引き受けてくれる。刀技は仕方なさそうレシーバーをいじると、
成歩堂に独特なポーズで指をさして言った。
「では、証人にはすまないが、この頭の悪い成歩堂弁護士のためにもう1度証言してくれ。」
やれやれといった感じだ。
「あの、ちなみに何を証言すれば?」
馬野が成歩堂に尋ねる。
「うーん・・そうですねぇ。じゃあ、実際に推測は無しで、見たことだけを証言してくれませんか?」
「分かりました。」
これでとりあえず準備は整った。
「では証人。弁護人の為に証言をお願いします。」
裁判長もやれやれといった感じで言う。
(みんな僕が悪いのか!?)
成歩堂は自分を見るみんなの目が冷たいなと感じた。
証言開始〜現場で実際に見たことだけについて〜
「現場は争った形跡があり、梅さんはぐったりとしていました。
梅さんは体中泥だらけになっていて、首にはロープが巻きついていたので、死んでいるのだとなんとなくわかりました。
手は左手がぐったりしていていました。手にはペンキがついていたみたいでしたね。私が実際に見たことはこれくらいですね。」
やはり見たことだけで断定されると、かなり長かった証言も短くなる。
「ふむぅ、これがあなたが実際に見たことですね。」
「はい。言われたとおり実際に見たことだけをお話しました。」
裁判長は首を縦に振ると、弁護側の席を見ながら指示した。
「わかりました。では弁護人は尋問を。」
ここでもまだ、裁判長は馬野に対して何の疑惑も持っていないようだ。
「なるほど君、今度こそちゃんとした矛盾を突きつけてやろうね。」
「そうだな、せっかく証言してくれたんだし。」
真宵と成歩堂はこう言った。まぁ、成歩堂はこの証言で、やっとすぐに分かる矛盾を見つけたのだが。
尋問開始
「馬野さん。これがあなたが実際に見たことですね。」
「はい。実際に見たことで間違いありません。」
成歩堂は一応、異議を唱える前に最後の確認を取る。逃げられないように。
「争った形跡も?」
「はい。」
「被害者の体の状態も?」
「はい。」
「手についても?」
「はい。」
「本当に間違いないんですか?」
「はい。」
「本当の本当に?」
質問攻めだ。というかしつこい。
「異議あり!成歩堂弁護士。同じ質問は愚問だ。時間だけがいたずらに過ぎっていってしまうからな。」
愚問・・今日で何度この言葉を聞いたことだろう。
「その通りですぞ、弁護人!同じ質問のしすぎです。いい加減にしないとペナルティを与えますぞ。」
裁判長も同意している。少し印象が悪くなったようだ。
「なるほど君。違うことを聞こうよ。」
(なんだなんだ、僕はそんなに悪いのか?)
成歩堂はしばらく黙る。だが、矛盾はもうはっきりと見えている。あとは、逃げられなかったら完璧だと思いながら。
「この証言はあなたが実際に見たことだけについてですよね。」
「はい。先ほどから何度もそう言ってますが?」
それでもしつこく尋ねてくる成歩堂に、周りはいい加減イライラしているようだ。
「異議あり!同じ事の聞きすぎだ!」
「そうですぞ、弁護人。ペナルティを与えますぞ。」
刀技と裁判長がついに痺れを切らした。だが、成歩堂はそれに対し余裕な表情で言う。
「裁判長!ちょっと待ってください!この証人は実際に見たことだけを証言してると言っている。
しかし、果たしてそれはどうでしょうか?」
「?・・・・・・どういうことですか?成歩堂君。」
成歩堂から投げかけられた疑問に、裁判長が首をかしげた。成歩堂は、馬野を見ながら言う。
「馬野さん。あなたは今、ありえないことを口にした。」
「!!・・・・ありえないこと?」
馬野がそう言ったところで刀技は、すかさず異議を唱える。
「異議あり!弁護側は訳の分からないことを言って審理を訳の分からない方向へもっていこうとしている!!」
「異議あり!これは決して訳の分からない方向へ審理をもっていこうとしているわけではない!!」
「もう訳が分からないだらけで訳が分からないよ!なるほど君。」
真宵が言った。混乱してきたらしい。ここで成歩堂は、机を叩いてこの意味不明な異議合戦に終止符を打った。
「いいですか!?この証人はなぜ、手にはペンキがついていたことを知っているんですか?」
「!!・・・・な、なな・・どういうことですか?」
馬野は動揺している。どうやら、重要な過ちに気づいたらしい。
「ふっ。そんなことか。成歩堂弁護士。」
「何だと!?」
刀技はレシーバーを少しいじると、簡潔に言った。
「それは簡単なことだ。それを実際現場で見たのだからだな。」
刀技にそう言われて馬野は落ち着きを取りもどす。
「そうだ・・そうですよ。私は現場でそれを・・白ペンキを見たんですよ。」
だが、成歩堂は首を横に振る。
「それもありえません。」
「!!・・・・・・どうしてですか!?」
やっと、今度こそ捕まえたようだ。成歩堂は笑いながら言った。
「馬野さん。ペンキは右手に付着していました。」
「右手・・?あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
馬野は突然思い出したかのようにこう叫んだ。
「どういうことですか?成歩堂君!!」
裁判長はいつもの事だがわかっていない。相変わらず理解力に乏しい人だ。
「つまりです!ペンキはグーになっていた右手にしかなかったのです!!それは証拠品の手袋が物語っています!!
つまり!左手にはペンキがなかった。あなたは何故、その右手の中身のペンキを知っているのですか!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
馬野は叫んだ。法廷内はうるさくなる。木槌がそれを静めるために乱打される。
「静粛に!静粛に!確かにそのとおりです!!証人!!どうなのですか!?」
「う、それはですね・・」
裁判長もやっとここで分かってくれたようだ。
「異議あり!証人が召喚されるまでにその情報をどこかで手にいてたのだろう。
この事件はワイドショーなどで連日放送されていたからな。」
刀技はいつものように異議でそれをかわそうとする。だが、今度こそ無理だろう。
「異議あり!しかしペンキの情報は今日、この法廷で初めて明らかにされました。
しかも、証人がここに来てからペンキの色について何も我々は言わなかった。
それなのに証人は、先ほど白ペンキを見たと言った。色まで知っているなんて明らかにおかしい!!」
成歩堂は指を突きつけてそう叫んだ。
「そのとおりです。証人!答えてください!!」
裁判長も木槌を叩きながらそう言った。馬野は冷や汗をびっしょりかいている。しかし何も言わない。
「馬野さん、あなたが現場に行った時、被害者はまだ生きていたんじゃないですか?だから白ペンキを知っていた!!」
成歩堂はズバリ、核心に迫ってみた。馬野が犯人だという核心に・・
「うっ、ぐおおおおおおおおおお!!」
馬野は図星だったのか、叫んだまま何も反論してこない。
「異議あり!証人は現場で被害者の手を開いたのかもしれないじゃないか!?それで白ペンキを見たのなら、筋は通る!!」
だが、まだ検察側は負けてない。反論を次々としてくる。これに対抗するには、成歩堂も次々と反論を反論で返すしかない。
「異議あり!一体何のために手をわざわざ開いて見たのですか!?」
「簡単なことだ!手はグーになっていたから、何か手がかりがあるかもと思って開いたんだよ!!それなら筋は通るだろう!」
確かに、通るかもしれない。だが所詮、それはかもしれないにすぎない。
「異議あり!珍しいですね、あなたの主張に筋が通っていませんよ。刀技検事。」
「何だと!?」
ついに刀技もこれで終わりだ。成歩堂は最後にそれがあり得ない事だと大きな声で主張する。
「いいですか?被害者の手は死後硬直でカチコチになっていた。それでどうやったら開けるんですか!!」
「ぬぐぅほぉぉぉぉぉ!!」
刀技は机に倒れこんだまま動かない。ついに成歩堂が勝ったようだ。
「さぁ、馬野さん!!なぜ白ペンキのことを知っているんですか!!答えてください!」
「う・・・・・それは・・その・・・私は・・・・」
馬野は自分でなんと言ったらいいか分からないところまできているようだ。
(これで、決着はついたな。)
成歩堂がそう思ったときだった。
「異議あり!」
刀技が大きな声でそう叫んだ。成歩堂は真っ直ぐと検察側の席を見る。
(刀技検事、まだ何かあるっていうのか!?)
刀技はいつの間にか復活すると、御剣のように大きな礼をする。
「裁判長をはじめとする皆様にお詫びをする。御剣怜侍に代わってな。」
「お詫びだって?」
この妙な感じ。昔に覚えがある。よく御剣が昔に使っていた戦法だ。
「どういうことですかな?刀技検事?」
刀技の発言に成歩堂と裁判長は同時に首をかしげている。だが、この中で嫌な予感がしていたのは成歩堂だけだろう。
「実はだ。御剣怜侍がアバレーヌに吹っ飛ばされる前、この証人を検察局に事情聴取のため呼んでいる。
そこで、係官が不手際でペンキの資料を見せた可能性がある。」
この言葉、まさに検察側お得意の戦法・その2だ。成歩堂は当然・・
「なななななな何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
そう叫んで思いっきり冷や汗をかいた。
「だから証人は知ってしまったのだろうよ。白ペンキについてな。」
刀技がそう言うと、馬野はまた思い出したかのようにこう発言した。
「そう言われてみれば・・そうでした。前の担当検事さんに出頭を求められて行った時に、
そこの係官にペンキについて聞かされていたんです。だから自分はまた、実際に見たと勘違いを・・・・」
馬野は申し訳なさそうに言う。
(そ、そんな馬鹿な!?それに、刀技検事がそんな戦法を使うなんて!!)
どのみち成歩堂にとっては信じられないことだった。だが、今とはなってはもう遅い。
「本当にすみませんでした。」
馬野が謝罪をしたことで、法廷内が今までにないほど騒がしくなる。
「そんな・・そんなバカなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
審理はまた振り出しに戻ってしまった。
「証人、事情についてはよくわかりました。」
裁判長はそう言うと、今度は首を横に振りながら言った。
「しかし、これはあるまじき行為ですな。」
「最もだ。検察側もこれだけは、今後も注意しなくてはならないことだ。」
今日の刀技は、いろんな意味で強い。そう感じた成歩堂。だが、次の彼の一言が、成歩堂を救うことになる。
「しかし、このままじゃすっきりしないよな?成歩堂弁護士?」
刀技はにやにやと笑いながら成歩堂を見ると、そう言った。
「!!ま、まぁ・・確かにすっきりするわけないじゃないですか。(一体なんだ!?刀技検事?)」
隣にいた真宵も、何か不思議に感じるらしい。
「どういうことかな?今の刀技検事の言葉?」
2人して不思議に思っていると、刀技が次に、思ってもいない言葉を発する。
「すっきりしないのはお互い様だ。だから、もう1度証言してもらおうじゃないか?」
「!?(何!?)」
刀技が自ら、馬野に証言をさせようとしている。
「裁判長。あなたもすっきりしないだろう?こんな証言で終わってしまっちゃ。」
「え!?わ、私ですか!?」
裁判長は突然自分に振られて困惑している。
「まぁ、そこが御剣と私の違いだろうよ。馬野さん?もう1度証言をお願いする。」
「えっ!?しょ、証言ですか!?」
馬野自信も困惑している。
「そうさ、じゃあなぁ・・アンタが見たことだけを、もう1度最初から証言してもらおうか。おさらいだ。」
「お、おさらいですか・・。」
馬野はしばし考えている。
「心配は要らないさ。これで無事に証言が終われば、判決も下るはずだ。じゃあ、証言を頼む。」
半ば強引に証言をさせる刀技。
「なるほど君?一体どういうことなのあれ?」
「さぁ?(僕に聞かれてもさっぱりだよ・・。)」
よく分からないが、刀技の言葉で最後の証言が始まる。これは一体・・どういうことなのか?
証言開始〜最後の証言〜
「私は1時15分頃に2人の争いを聞いていました。その後、争いが止まったので怪しいと思ったんです。
それで第2レースが始まった頃にきゅう舎へ行きました。
すると、きゅう舎から松さんが走って逃げてました。それで、自分がきゅう舎へ行くと梅さんが、
首にロープを巻かれた状態で死んでいました。」
最後の証言らしく何もたいしたことはなかった。
「ふむぅ。シンプルな証言ですな。そろそろ判決も下せるでしょう。」
裁判長は深く頷きながら何かを考えている。
「どうよ?なるほど君?何か矛盾はありそう?」
「うーん・・難しいところだね。でも、1つだけこれで分かったことがある。」
成歩堂はこの証言で新たに分かったことが、実はあの証拠と深くかかわりがあることに気づいた。
「大丈夫。今度こそ捕まえたさ。彼をね。」
成歩堂はそう言うと、ふてぶてしく笑ってやった。
「それでは弁護人。尋問をお願いします。」
裁判長の言葉に頷く成歩堂。
「ふっ・・さぁ、ここからが本当の戦いだな。いろんな意味で・・」
刀技はレシーバーをいじりながらそう呟いた。
尋問開始
「馬野さん。現場へ行ったのは第2レースが始まった頃で間違いはないですか?」
「えぇ、間違いありません。レーススタートの合図が聞こえましたからね。」
馬野は自信満々に言った。これが、大きな矛盾とは知らずに・・
「異議あり!馬野さん!ついにボロを出しましたね。」
成歩堂はその言葉を聞いた瞬間。大きな声で異議を唱えた。今日の裁判で、初めて大きな自信をもって言えた異議だろう。
「ふっ・・本当の戦いらしくなってきたな。どういう意味か説明を頼もうか?成歩堂弁護士?」
刀技は笑っている。そして、成歩堂も笑っている。
「簡単なことですよ。刀技検事。第2レースの開始時刻です。」
「開始時刻か・・。面白いネタを引っ張り出してくれるじゃないか。それで?」
ここで振り返ってみる。第2レースの開始時刻を。
「証人が最初の証言で言っています。第2レースの開始時刻は午後1時25分だと。」
「た、確かにそう言いましたが。」
馬野は自分の過ちに気づいていない。なら気づかせるまでだ。
「そして、こうも証言している。現場のきゅう舎から通報をした事務所までは走って1分。」
「そうだな。」
刀技も頷きながら同意する。
「つまり、馬野さんは1時25分に事件を目撃。そして、その1分後に通報したことになる。
そこで登場するのが、あの通報時刻です。」
成歩堂はそれを右手に持って読み上げる。
「通報時刻は“午後1時36分”。」
「あっ!!」
裁判長が声をあげた。そう、全てはこういうことだったのだ。
「さぁ、馬野さん。説明をお願いします。」
机を思いっきり叩いた成歩堂は、その指を馬野に逃げられないように突きつけて尋ねた。
「何故通報時刻に誤差が生じているのですか!?」
「うっ、うわああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」
法廷内が馬野の断末魔で騒がしくなった。
「静粛に!静粛に!静まりなさい!!」
「異議あり!通報時刻に誤差だと?それが何になる!?」
拳を机に叩きつけた刀技は、その勢いで成歩堂に迫る。
「単純なことです。午後1時25分に事件を目撃。そのまま全力疾走で事務所まで走り通報をしたとしましょう。
そうなれば、この資料は午後1時26分と記録されるはずなのですよ!!」
そして成歩堂は、その指を再び馬野に突きつけると大声で主張した。
「しかし、実際に通報時刻は午後1時36分!その差は10分!この空白の時間は何なんですか!?」
「そっ、それは・・」
馬野が今度こそ本当に言葉に詰まった。
「異議あり!空白の10分!?それが何だと言う?殺人現場を見たんだ。ちょっぴり放心しちまったに決まってる!!」
「異議あり!この場合10分はちょっぴりとは言わない!!」
須々木マコの法廷でいつか検察側に言った台詞と似たような言葉をそのまま刀技にする成歩堂。
「異議あり!ちょっぴりだと言わない!?そんなエゴイズムな主張は私には通じないぞ!!」
「え、エゴイズム!?(いつから横文字まで使うようになったんだよ!?)」
成歩堂は意味が分かっていない。
「なるほど君!ゴドー検事の例えより難しいかも・・。」
横で真宵がそう呟いた。しかし、正直今はそれで戸惑っている暇はない。
「エゴイズムだろうが何だろうが、弁護側は主張します!馬野さん!
あなたはその空白の10分間!現場で何をしていたのですか!?」
「うっ・・それは・・。」
うまく証言できない馬野。成歩堂はそれを見て・・
「だったら、代わりに僕が言ってあげましょうか?」
笑いながら言った。
「な、成歩堂君。せ、説明を!!」
裁判長の言葉も受け、成歩堂は説明を始めた。
「事件の真相はこうです。馬野さんは午後1時25分。現場で倒れている梅さんを目撃。
しかし、その時梅さんは脳しんとうを起こして倒れていた。それで、現場にいた馬野さんは、
梅さんが意識を取り戻したところで殺害。通報したのです。だから10分の誤差が生じているんだ!!」
そうはっきりと言い切った成歩堂。だが、
「異議あり!だから成歩堂弁護士はエゴイズムなんだ。」
刀技が静かに反論した。
「何だと!?」
「か、刀技検事。せ、説明を!!」
裁判長の言葉も受け、今度は刀技が説明を始めた。
「ふっ・・成歩堂弁護士。悪いんだがアンタに、追い討ちを掛けるようなことが実は、3つある。」
「み、3つもですか!?」
成歩堂は冷や汗をかきながら言う、嫌な予感がしてたまらなかったのだ。
「そうだ。3つ・・。」
ここで刀技は1つずつ説明を始め出した。成歩堂の主張の穴を。
「1つ。殺害した決定的な証拠がない。」
「異議あり!しかし、馬野高次朗の証言を聞けばそれは分かるはずだ!」
「焦るな。あと2つ残っている。」
「うっ!!」
もっともらしい正論に押されて言葉を失う成歩堂。
「2つ。馬野高次郎が梅裕を殺害する動機がない。」
(ど、動機か・・)
確かにそれは休憩時間のときも問題だった。そして極めつけの最後がこれだ。
「3つ。馬野高次朗のアリバイを証明する人物が存在する。」
「なっ、何だって!?」
法廷内のざわつきが収まらない。
「なるほど君!?そんなの初めて聞いたよ!!アリバイを証明する人なんて!!」
「僕もだ!でも、それが本当なら、馬野高次朗は犯人じゃなくなっちまう!!」
「そ、そんなぁ・・。」
アリバイ証人。これほど大きな壁がかつてあっただろうか?
「裁判長!弁護側が馬野高次朗を梅裕殺害の真犯人として告発するなら、検察側は反論として、
馬野高次郎のアリバイを証明をする証人を出廷させる!どうだろうか!?」
その言葉を聞いてしばし考え込む裁判長。だが、その眼は既に結論を出しているかのようだった。
「いいでしょう。刀技検事。その証人の出廷を認めます。」
どんどん話が進んでいく。
「ご理解を感謝する。裁判長。」
御剣風の礼をした刀技。
「なるほど君!?どんどん話が進んじゃうよ!どうすればいいの!?」
「そ、そんなこと言われても・・」
成歩堂と真宵の2人は混乱している。動機もわからないのにアリバイ証人まで出されたら一溜まりもない。
どうやら、刀技の言っていた本当の戦いとはここからのようだ。
つづく
あとがき
第3章投稿の麒麟です。
さて、真犯人と思われる人物が出てきましたが、イマイチそれをうまく主張できない成歩堂のお話。
刀技検事がいい感じで頑張ってます。
さて、馬野さんが事件にどう関わってくるのか?これは微妙な話ですね。しかもアリバイ証明者が登場しましたし。
さて、第3章は前回中断した部分から初公開の部分までが収録されています。
前回を知っている人は、アリバイ証明者の名前くらいは知っているかもしれませんね。
登場人物の欄に馬野と一緒に出てましたから^^;
では、これにて自分は失礼します。
小説投稿道場アーガイブスTOPへ/第4話を読む