語られる逆転〜another story〜過去の呪縛〈中編〉
※注意。この物語は、自分が連載した語られる逆転の番外編の物語となります。     したがって、内容が少し理解できない部分もあるかもしれません。     また、語られる逆転のネタバレもあるかもしれません。     そこを理解した人だけ、お読みください。     「語られる逆転」本編は第3回逆転裁判小説大賞ノミネート作品欄にあります。 罪は罪。償っても償いきれないほどの罪もある。 私自身はどうだったのかは分からない。職業柄、法律に反した者を罪を犯した者と見て 私は償わさせる。1つの事件に真相と言う名の明かりを灯すため。 まぁ、それはあくまで法律という檻の中で見た場合だが。 私のように、罪を犯した意識はあっても自由奔放に生きている人間はいる。 罪だと言っても法律が理由で罰せられない。 だから私は1人で苦しむのだろうか?それとも、これは宿命だったのだろうか?  3月5日 検察庁 「あれ?刀技検事は休みですか?今日・・」 朝、職場にやって来た刃多が空っぽの部屋を見て尋ねた。 「あぁ・・今日は有給を取るらしい。」 同じ事務官の男が言った。 「へぇ・・そうですか。」 そう言うと刃多は、部屋をもう1度見る。よく見ると、椅子が出たままになっている。 「昨日ここに戻ったんだ・・。」 刃多はそう言うと、椅子を戻す。刃多には大体見当がついていた。彼が有給を取るのは、大抵はあの時だ。 「まったく、無理だけはしないでほしいもんだよ。」 そう言うと刃多は、ゆっくりと自分のデスクの椅子に座る。  同日 午前9時16分 墓地 たくさんの美しい花々が墓の前に置かれている。墓石には“蒼井 すみれ”と書かれている。 「それじゃあ、あざみさんの所に行ってくる・・。」 男は革ジャンとジーンズ。そしてスニーカーだ。ようはいつもと同じだ。 ただ、1つだけ違ったのはその上に、コートを羽織っていたことと、リュックを背負っていたことだ。 「無理しない程度で登っておくよ。自力でな。」 線香から出る煙が、やけに寂しかった。  〜今から3年前〜  4月7日 午後8時56分 刃多はどうしたものか考えていた。警察の事情聴取で似顔絵を製作してもらった後、彼は刀技の伝言についてを考えていたのだ。 「できるだけ早く伝えてあげたい。だけど、誰なのかが分からない!」 職場でほとんどすみれの事を語っていなかった刀技。刃多はそれで困り果てていた。 「何か手がかりは・・!!そうだ!検事の携帯!!」 刀技は1人そう言うと、警察へと駆けてゆく。  同日 午後9時36分 ビタミン広場 彼女はリンゴの滑り台の上でずっと彼を待っていた。だが、いつまで経っても現れないので不思議に思っていた。 携帯に電話をしても通じなかった。一体彼に何があったのか? 彼女は空を見ながらそう考えていた。その日はくしくも、綺麗な星空だった。  ♪チャチャ・・チャチャチャチャラララン その時だ。彼女の携帯がなった。着信は刀技だった。彼女は急いで携帯に出る。 「もしもし!?刀技さん!?な、何かあったんですか!?」 彼女はそう言ったが、返事は意外なものだった。 『あ、す・・すみれさん。でしょうか?』 電話を掛けたのは、警察に持っていかれていた刀技の携帯から電話をかけた刃多だった。 何故刃多がすみれを分かったのか?それは、メモリーに女性の名が彼女しかいなかったからだ。 「はい・・そうですが。何か?」 彼女の不安はピークに達する。嫌な予感がしていたのだろうか? 『それが・・非常に申し上げにくいことなのですが・・』 全てを語る刃多。彼女の顔が曇る。くしくもその時、綺麗な星空は雲で覆われていた。  同日 午後10時4分 国立総合病院 刃多からの知らせで病院に駆けつけたすみれ。事情を聞いたあざみも一緒にやって来る。 「すみれさんですか!?」 入口で彼女達を待っていたのは刃多だ。 「そちらは?」 「私の姉です。」 刃多の問いに素早く答えたすみれ。 「蒼井あざみと申します。いつも刀技さんにはお世話になって・・。」 自己紹介をするあざみ。だが、2人の顔色は青を通り越して緑になっているようにも見えた。 「とにかく、こちらへ!今手術中です!」 刃多が2人を先導する。 「それで、刀技さんの容態は!?」 すみれは刃多に向かって尋ねた。3人は早足で廊下を渡っている。 「油断を許さない状況らしいです。搬送された時は既に意識もなく、心臓も止まりかけていました。」 刃多はエレベーターのボタンを押す。 「しかも、医者の話だと神経系がやられているそうです。」 「神経が・・!!」 すみれは言葉を失った。エレベーターのドアが開く。3人は中へ入る。 「とにかく、今は手術で命を繋ぎとめるのが精一杯だと。それでもかなり危険なようです。」 エレベーターが手術室のある階で止まった。 「こっちです。」 刃多が手術室のほうを指さす。 「それで、一体何があったんですか!?」 あざみが今度は尋ねた。刃多は目を閉じると言った。 「毒を盛られたんです。」 「そ、そんな!?検察庁でですか!?」 事実とは残酷なものだ。刃多は言った。 「そうです。犯人は逃走中、検問も張っているらしいですが、恐らく効果はないでしょう。」 手術室前で3人は止まった。 すみれは手術中のランプをずっと見ていた。その時のすみれの目は、何かを決意したような目だった。  〜それから約1年後〜  2月8日 午前7時22分 国立総合病院・病室 それは突然だった。 (眩しい・・朝か?) 彼の目は静かに開けられた。カーテンを開けたばかりなのだろうか? 朝の眩しい太陽に照らされている女性がいた。目からはうっすらと何かが見える。 「な・・みだ?」 刀技は気がつけばそう呟いていた。その言葉を聞いた女性がこちらのほうへと顔を向ける。 「!!か、刀技さん!?」 刀技はその顔をじっと見る。そう、それはあまりにも見覚えのある顔。 「す・・みれさん?」 だが、それを聞いた女性は悲しそうな顔をした。 やがて、朝日に照らされて輪郭しか分からなかった顔は、しだいにその本当の姿を映し出す。 「あざみさん!?」 刀技の目の前にいたのはあざみだった。彼女は信じられないと言ったような様子だ。 「か、刀技さん・・」 そう言うと彼女は泣き出してしまった。刀技はこの状況が理解できなかった。  同日 午前7時47分 病室 医者は刀技の様子を見て言う。 「信じられないな。回復するとは・・。」 まさに奇跡としか言いようのない様子だ。 「刀技検事!!」 その時だった。大きな声と共に病室をドアを物凄い勢いで開けて男が入ってくる。 「は、刃多!?」 刀技は彼の姿を見て驚くばかりだ。 「急いで駆けつけたんですよ!よかったぁ・・。」 そう言うと刃多はその場に座り込んでしまった。しかしだ、刀技には1つだけ分からないことがあった。 「あの、1つお聞きしてもいいですか?」 医者にそう言う刀技。医者は刀技の顔を見て尋ねる。 「何だい?」 刀技の聞きたいこと。それはただ1つ。 「今はいつですか?」 その言葉が、やけに静かに響いた。 「私は何日、ここで眠っていたのですか?」 誰も口にしない。あれから既に11ヶ月・・約1年は経とうとしていた。 「それとあと1つ。刃多、あざみさん。すみれさんは仕事で今はいないのか?」 その言葉もまた、静かに響いた。刀技は誰も何も言わない様子を見て言った。 「じゃあ、当ててみようか・・部屋に暖房がついている。私が倒れたのは4月だったはずだ。冬じゃない。」 自分でそう語っている刀技は、何だか寂しそうに感じた。 「今は冬だ。そしてすみれさんは・・」 大体予想は出来た。自らが倒れる前日・・あざみから聞いた言葉が蘇る。 「実は、あの実験に参加した人の5割が、もう亡くなってるんです。4割は体調不良を訴えていて、 残りの1割は意識不明で・・。あの子も最近、体調が優れてなくて・・下手すれば、死ぬ可能性もあるんです。」 今は冬だ。少なくとも半月以上は経っていることだけは確かだ。 「すみれさんは・・」 よく分からないが、目覚めた時に嫌な予感だけはした。直感だ。 「もう、すみれさんは・・」 自分で当ててみると言っておいて、情けないと思った。 「死んだんじゃ・・ないのか?」 自分で勝手に思うのもあれだが、彼女が生きていたら、ここに来てくれるのじゃないか・・という考えがあった。 「なぁ、正直なことを言ってくれ。今はいつで、すみれさんはどうなった?」 誰も答えようとしない。刀技は堪らず大声を出した。 「刃多!!どうなった言うんだ!!」 その声で刃多の体がビクッと動いた。刀技は苦しそうだ。 「いいんですか?言って・・」 「いいから言え!!」 そう叫んだ瞬間、刀技の頭にズンッ・・と衝撃が走った。 「!!?」 目の前の景色が歪む。あの時と同じく。刀技はベットに再び倒れた。 「け、検事!?」 「刀技さん!?」 刀技は再び意識を失った。    同日 午後1時10分 病室 「刀技さん。あなたは左耳の聴覚を失っています。」 目が覚めた早々、医者から自らの左耳がただの飾りと化していることを聞かされた刀技。 「しかし、右は大丈夫なのだろう?」 「まぁ、右は大丈夫です。だから問題はないでしょう。」 刀技はベットから起き上がった状態で、医者が持っている異常なほど大きい片耳だけしかついていないヘッドフォンを見た。 「それは何ですか?」 医者はゴホンと咳払いをすると説明を始める。 「あなたの左耳についてですが、聴覚を失った以上に厄介な問題がありました。」 すると数時間前のことについて話し出す。 「あなたは自分で大声を出して意識を失った。実は、あなたの毒の後遺症です。それは。」 「後遺症?」 イマイチ理解できなかった。だが、医者は分かりやすく説明をする。 「聴覚を失ったと言っても、あなたの左耳は完全に失ったわけでない。例えれば、空港の滑走路で離陸しよう とする飛行機のすぐ隣にいても、その音が蚊の飛ぶような音にしか聞こえない。そういうものです。」 「ほぼ失っていると思うが?」 それは正論だろう。しかし、問題はこの次にあった。 「それでです。あなたの左耳はちょっとした音でも頭に凄い衝撃を与えるように敏感になっている。 穏やかな風の音のようなものでも。」 これで自分が先ほど倒れたのにも理解が出来た刀技。 「今のは自分の大声で倒れたと?」 そう言われてみれば、今も若干頭痛がしていることに気づく刀技。 「そういうことです。だから、これをつけなさい。レシーバーと言う。」 そう言って医者から手渡されたとてもなく大きいレシーバー。 「まるでSFの宇宙船に乗っている奴がつけていそうなものだな。」 そう言いながらもとりあえずつけてみる刀技。医者は説明を続ける。 「これを使えば、左耳の聴覚も80%は回復する。しかし、これはそれ以上に大きな役割を持っていますがね。」 刀技は左耳をすっぽり覆ってしまったレシーバーを見て言う。 「もう少しコンパクトなものは?」 「残念ながらこれだけです。しかし、これには特別な機能がある。調整ダイヤルがついているのは分かりますか?」 そう言われてレシーバーをいじる刀技。 「あぁ・・確かにあるな。」 「それは、音を一定の大きさにするためのものです。あなたの場合これで外界の音を調節しないと体が持たないでしょう。」 「なるほど・・。」 なんともいえないものだった。これからは常にこれを調節しながら生きてゆかなければならない。刀技は頭を抱えた。  同日 午後1時32分 廊下 レシーバーをつけ廊下に出た刀技。そこには刃多がいた。 「検事・・。」 「刃多か、どうした?あの後研修はどうなった?」 刀技は刃多の姿を見るとこう続けた。 「見た感じ、今は検察の人間になったみたいだな。検事か?」 「いえ、事務官です。」 「そうか。」 刃多はあの事件の後、正式な検察の人間となって戻ってきたらしい。 「さっきは大声を出してすまなかった。だが、どうしても確かめたかったんだ。許してくれ。」 「構いませんよ。」 刀技はしばらく考えていたようだが、やがてこう言った。 「刃多・・今は2月らしいな。あれから11ヶ月の月日が流れたらしい。」 医者から説明の時に今日は何日か尋ねた刀技。自分が眠っていた時間を知る。 「なぁ、正直に言ってくれ。1つ目。MD製薬はどうなった?私は担当するはずだった事件だ。」 倒れる前に抱えていた製薬会社と政治家の癒着事件。 起訴まで持ち込めたというのに、これだけは残念で仕方がなかった刀技。刃多は答えた。 「あの後、担当検事が変わりましたが・・有罪には出来ませんでした。」 「そうか、負けたか。」   刃多はさらに事件の事を語る。あの後担当検事は、御剣になると考えられていたが、 何かの圧力によって実力もそこそこであまり良いとは言えない検事になったと言うこと。 全面的に検察側が敗訴したということを語った。 「ふっ・・全てはあいつらの思うツボだったか。」 そう言うと次の質問に移った刀技。正直なところ、これが1番聞きたかったようだ。 「すみれさんのことだが・・」 「!!」 刃多はそれを聞かれてビクッとした。だが刀技は続ける。 「正直なことを言ってくれ。彼女は死んだんじゃないのか?」 刃多は黙っていた。だが、いつかは彼も真実を知るときは来るだろう・・そう悟ったのか。彼はすみれのことを語りだした。 「検事の言う通りです。亡くなりました。薬害で。」 薬害・・予想は正しかったらしい。 「そうか、すみれさんは民事で、MD製薬を訴えていたようだが?どうなった?」 刃多は静かに言う。 「今日が判決の日です。結構長引いて、原告団にとっては不利な裁判だったようです。」 「・・そうか。」 すると刀技は、やがて歩き出す。 「刃多。案内しろ。」 「えっ!?ど、どこにですか?」 刀技は振り返ると言う。 「決まってるだろ?墓参りだ。すみれさんのな。」 そのまま外へ出ようとする刀技。慌てて刃多は刀技の前に行く、もう1つ言っていなかったことを思い出したのだ。 「検事!!本当に行くんですか!?」 「あぁ、せめて行くべきだろう。まだ彼女には何も言っていない。墓で色々と報告しなきゃらないしな。 あの時のことも謝らなければならないし。」 刃多はそれを見て、何故か言葉に詰まっている。 「どうした?何かあるのか?」 刃多は刀技を無言で廊下の椅子に腰掛けさせると、ゆっくりとそのもう1つの事について話し出した。 「検事。ショックを受けないでください。今、彼女の墓はありません。」 「?何を言っている。じゃあ彼女は宇宙葬でもしたと言うのか?」 「違います。そう言う意味じゃないんです。」 意味が分からなかった。彼女の墓はない。これだけは何故か考えても分からなかった。刃多がこの言葉を言うまでは。 「すみれさんは、昨日亡くなったんです。」 刀技は言葉を失った。                     ※      ※      ※  刀技は今、山を登っている。 この山は、今のような春になると・・美しい花が咲く。 (花か・・) 花を見ると、すみれとあざみを思い出す刀技。2人の名前はいずれも、花の名でもある。 大きな山門がある寺の前に来た刀技。寺の住職が腰を痛めながら門の前を掃除している。 「こんにちは。いつもお疲れ様です。」 刀技は何度もここを通るうちに、その住職と顔見知りになってしまっていた。 「おやおや、誰かと思えばアンタかい。今日も“こころ診療所”へお出かけかい?」 「まぁ、そんなところです。」 いたって普通の会話だ。 「しかしアンタも、よくこの山の奥にある、あんな診療所まで行くわねぇ。 オバサンだったら、腰が暴れだして絶対無理だわ。あは、あは、あははははははは。」 女性の住職は大きな頬を揺らしながら大声で笑う。 「無理だけはしないように注意してください。では。」 「おやおや、急ぎみたいだね。こんなところで足止めさせて悪かったね。 帰りにうちへ寄ってらっしゃい。お茶をご馳走してあげるから。」 「そうですか、わざわざすいません。」 そう言うと刀技は再び歩き出していった。こんなに穏やかな日だと、あの時のことを何故か思い出してしまう。 (すみれ・・私はあの日。すみれにあることを誓ったな。) それはあの日。刃多からすみれの死について言われた時だった。あの後、刀技と刃多は霊安室へ向かった。 そこにはまだ、生きているのではないかと思わせるほど美しい女性の姿があった。 「す、すみれ・・。」 その部屋には、ずいぶん前からあざみもいた。目覚めたあの朝、あざみは泣いていたのだ。妹の死で、 「昨日、だったのか・・。」 実に悔やんでも悔やみきれないことだった。 「あの子は、あなたが目覚めるのをずっと待っていました。」 あざみがふとこう漏らした。 「体がボロボロになりながらも、法廷で戦って・・そしてまた、あなたのことを待ちつづけていた。」 刀技はすみれの手を握った。冷たい・・ただそれだけだ。 「あの子は1週間前、法廷で最後の審理を終えた後、倒れました。」 民事は序審の刑事事件と違って、長期戦になる。ボロボロな体で戦いつづけたと思うと、 それまでに眠りつづけていた自分が憎くなった。 「その後病院に運ばれて、もう・・限界だったらしいです。命の。」 聞いた話によると、もう原告の中でも生き残っていたのは彼女1人だけだったらしい。 「すみれは、あの子は奇跡を信じていました。あなたが目覚めると言う。」 冷たい手を握りつづける刀技。すみれの顔は何故か幸せそうだ。 「特に昨日は、苦しそうにしながらも、ずっとあなたのことを気にしていた。私を見るたびに、あなたの事を聞いていた。」 握っていたすみれの手に、何かが落ちた。 「すまなかった・・すみれ。昨日君が私に会いたがっていたのは・・・・・・だったからだろう。」 ぽたぽたとそれがすみれの手に落ちてゆく。 「そうだよなぁ、君だって奇跡を信じるよな・・。」 冷たいはずのすみれの手から、温かみを感じた刀技。 「だって昨日は・・私たちが出会った日だもんな。」 刀技は泣いていた。1年ぶりにすみれの優しさに触れた気がした。 「私たちが、1年前に初めて出会った昨日に、また・・再会できるって信じたんだろう?」 そのまま動かない刀技。 「本当に私は、鈍感な男だよ。目覚める日も間違えちまった・・」                     ※      ※      ※  山の奥を進む刀技。あの後、あざみから1つの手紙を貰った。 すみれが亡くなる前に、自分当てに書いた手紙だそうだ。内容はこうだった。 『私が死んでも悲しまないで、  私はいつもあなたを見守っているから、私のあなたに対する想いが、  いつまでもあなたを守り通すから  だって私は、あな』 手紙はこれで終わっていた。ここまで書いて、すみれは意識を失ったらしい。 ふと、大きな岩の上に腰掛けた刀技。暖かい太陽の日を浴びて言う。 「わたしはあれから誓った。必ずMD製薬をもう1度追い詰めて見せると。」 1度は検事を辞めようと思った刀技。だが、彼女の死で彼はそう決めたのだ。   「何だって!?原告の訴えを退けた!?」 「そうです検事!証拠もなく、MD製薬はそれを予知することも出来なかったと判断されたようです!」 「そんな馬鹿な!?奴らのやったことは明らかじゃないか!?」 刀技は叫びまくった。自分の担当していた癒着事件でもそうだったが、またしても逃げられるとは・・ 「私に毒を盛って、すみれさんの命まで奪い・・あいつらは何なんだ!!?」 病室のものに八つ当たりする刀技。花瓶も台もテレビも、何もかもメチャクチャにしていく。 もともと不器用な刀技は、自分の怒りを押さえることが出来なかった。 「刃多・・いつまでもこんな病室に居るわけにはいかない。私は決めたぞ!」 そう言うと病室を出た刀技。刃多は慌てて後を追う。 「どこに行くんですか!?検事!?」 「決まってるだろ!?検察庁だ!私は戻る!そして奴らを再び捕まえる!」 目覚めて早々、刀技は荒れていたのだ。 「私も若かったと言うことか・・。」 刀技は再び歩き始めた。後ろを振り返って見ると、大きな吊り橋が見える。今彼は、川沿いの道を進んでいる。 この川は、流れがとても急なことで知られており、冬には極寒の地と化すこの山中でも、唯一この川の水だけは凍ることがないらしい。   『ニュースをお伝えします。今日午後未明。自販機連続睡眠薬混入事件の犯人と思われる男が、警察に緊急逮捕されました。』 復帰して何日か経ったある日。職場から帰ろうとしていた刀技が、ふとスタッフルームのテレビを見た時だった。 『逮捕された男の名は“竿納靖実(さおなやすみ)”25歳で・・』 (竿納だと!?) 刀技はそれを見て、1年の前の事件を思い出した。1年前のMD製薬の癒着事件。 それをリークしたMD製薬の元社員の名は、“竿納靖(さおなやすし)”だった。 (今でもはっきり憶えている。あの事件をリークし、その後不審な死を遂げた竿納靖と、同じ苗字だ。) 1年前の事件と何かつながりがあると感じた刀技は、この事件の担当検事をかってでた。そして、彼は成歩堂と出会った。 「検事・刀技快登。準備完了している。」 あの日の法廷は、今でも忘れることが出来ない。 「ふっ、自分が1年ほど寝ている間に、こんな弁護士が生まれていたとは・・、あんたの事は知っている。 成歩堂 龍一。まだまだ自分と同じ新人だ。」 刀技はあの裁判の時、冒頭弁論の後、成歩堂に向かってこう言った。そしてさらに、 「しかし、今回職務に復帰したこの自分が、この事件を担当したのは偶然ではない。 ちゃんと意味がある。それは・・決着をつけるためだ。」 「決着?」 「そうだ。自分は今回の被告の有罪を完璧に立証し、この事件に埋もれた大きな闇を引きずり出すのさ!! それが、自分の決着をつけるための1つの大きな足がかりとなるのさ!!」 「なんだって?」 「とにかく、あんたには悪いが、自分はなんとしても有罪判決をもぎ取らなきゃらない。覚悟することだな・・。」 そう言うと刀技は、左耳のレシーバーに手を当てて、レシーバーの位置を調整する。 この時成歩堂は、とてつもなく大きい、使命感みたいなものを刀技から感じ取っていた。   この事件の裁判は3日間に渡る激戦となった。 この事件の決着がついた時、MD製薬の悪事は暴かれ、マスコミはMD製薬と癒着をしていた政治家の2つにスポットを当て、 警察も再びMD製薬の捜査を始めた。この事件がきっかけとなり、2年経った今、次々とMD製薬の悪事は明るみになり、 今のなお捜査が続いている。 そして、刑事告発されなかった事件・・すみれが民事で戦った薬害事件も、刑事告発され、今では決着がついている。 この事件を担当したのは、他でもない刀技自身だった。 刀技は、自分自身のため・・そして、すみれのために今も戦いつづけている。それは、刀技がすみれにそうすると誓ったからだ。 「もうすぐか・・。」 歩いて数時間。刀技はもうすぐで目的の場所に辿り着こうとしている。 「あざみさん・・。」 刀技を苦しめるもう1つの呪縛・・それは、成歩堂と戦った2年前の事件がきっかけだった。  〜今から2年前〜  3月4日 午後8時22分 検察庁・刀技の部屋 上片弁護士が毒を盛られた日のことだ。 「今後は上片弁護士かっ!くそっ!」 明日の法廷で出廷させる証人の聴取と手続きが終了して数時間後のこと。刀技は今まで押さえきれなかった怒りが爆発していた。 「あいつらめ・・どこまでやれば気が済むんだ!!」 後ろにあったホワイトボードを殴り倒した刀技。そのまま部屋に倒れる。 いつもなら止めに入る刃多も、今回ばかりは上片弁護士の助手の鹿山宇沙樹(かやまうさぎ)の護衛に回したためにいない。 そんな感じで部屋を荒らしていた刀技。やがて、ある証拠品の分析結果が、他の事務官の手によって渡される。 事務官は散らかった部屋を見て唖然としている。 数分後に刀技は、その資料をFAXで警察に送ると、成歩堂に携帯でそれを知らせた。 何しろ最終日は、成歩堂と共同戦線を張りそうだったからだ。刀技はその後、部屋でじっとしていた。  午後10時41分 それから時間がだいぶ経った。刀技は疲れのせいか、デスクで寝ていた。 ♪チャチャ・・チャチャチャチャラララン 携帯がなる。刀技の携帯だ。 「ん?誰からだ?」 携帯には非通知と表示されて誰か分からない。刀技はとりあえず電話に出た。 「もしもし。刀技だが・・」 『刀技快登か?』 「!?」 機械的な声が自分の名を言う。ボイスチェンジャーでも使っているのだろうか? 「誰だ?お前は?」 『そんなことはどうでもいい。それよりアンタは、1年前の事をもう忘れているのか?』 (1年前?) 1年前・・考えられることは、自分の毒殺未遂だ。 「私の毒殺未遂か?」 『あぁ、そうだ。しかも貴様はまた、我々の事を探っている。』 我々の事・・我々で考えられるのはMD製薬だ。 「てめぇ、MD製薬の回し者か?」 『それはお前が1番良く分かっているはずだ。』 とにかく、この電話の主の目的がわからない。刀技は注意深く聞く。 「それより、人の2人称くらい固定してくれ。目的は何だ?」 『目的ねぇ・・簡単なことだ。明日の睡眠薬事件の審理さ。確実に有罪判決が下るのだろうな?』 機械的な声だが、人を見下していることには変わりないと感じた刀技。 「さぁな。事実がそうならそうなるだろうよ。」 『事実か、我々にとってはそんなことはどうでもいい。とにかく、睡眠薬事件にしろ、毒殺事件にしろ、 確実に明日の最終日では有罪判決をもぎ取ってくれなきゃ困るんだよ。』 簡単に言えばこれは、脅迫のようだ。刀技は椅子から立ち上がると続ける。 「ふっ、自分たちから我々が犯人だと自首してくれるのかい?それほどありがたいことはないがな。」 『何を言っている?刀技?』 2人称を刀技にしてきた電話の主はさらに続けた。 『とにかく、明日の法廷で我々の運命は決まる。しかし、ここまでしつこいハエどもも初めてだ。』 「そりゃどうも。ハエはどこまでも腐ったものに集まるもんだ。貴様らのようにな。」 こちらからたっぷりと皮肉を言ってやる刀技。 『腐ったか・・面白いことを言う。とにかく我々の要求は1つだ。この事件から手を引け。』 「そいつはゴメンだ。」 『そう言うと思ったぜ。だったらこれだ。明日の事件は是が非でも有罪判決をもぎ取れ。』 「断る。私は真実の赴くがままに動く。」 電話の主はチッと舌打ちすると、やがて言う。 『刀技さんよぉ。1つ忘れてないかい?我々の恐ろしさと言うものを。』 「そっちも忘れてないか?こちらはどんな圧力にも屈しないと言うのを。」 真っ向から立ち向かってゆく刀技。だが相手は笑った。 『面白いね。刀技さん・・アンタは。じゃあ1つだけ言っとくよ。あんたはどんな圧力にも屈しないと言った。 でも、1つだけ弱点がある。』 「弱点だと?」 刀技は考える。今回の事件で自分が何か見落としていると言うのだろうか? 事件関係者にはすべて護衛をつけて、MD製薬の魔の手がこれ以上伸びないようにした。これ以上に何があるというのだろうか? 『アンタの恋人、蒼井すみれ。それが刀技さん、アンタの弱点だ。』 「すみれさん。だと?」 この期に及んで死者を出すとは、どういうつもりなのだろうか?だが、やつらが切り出してきたのは死者ではなかった。 『そして、その姉・蒼井あざみも同様にな。』 「何だと!?」 蒼井あざみ。この言葉が出た瞬間。刀技の体に冷たいものが走った。 『もう分かるだろ?言っとくが、警察にそのことを流してもかまわない。何故なら、我々の目的はこの事件を闇に葬り去ること。 アンタが我々を捕まえようとしても、そちらが有罪判決さえもぎ取ってくれれば文句は言わない。』 「おい貴様、あざみさんに何をした!?」 ・・ピッ だが、電話は切れた。刀技は部屋から物凄い勢いで飛び出した。 (あざみさん!!くそっ!!)  つづく

あとがき

えー、悲恋じゃないということに完全に気づいてしまった麒麟です。 しかし、こうやって1人のエピソードを深く語ってゆくのは奥深いですね。 さて、語られる逆転で言うと(12)・(13)と(14)の間のストーリーかな。これは。 まぁ、そんな感じです。しかし、今回は本編を知っている人にも微妙なネタが出てきましたね。 逆転裁判本編です。ふふふ・・以上です。

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