逆転の検事(第1話)
4月12日 午後1時2分
成田国際空港
私は再びこの国に帰ってきた。
これで何度目の帰国手続きだろう?
私は諸外国の検事局で様々な文化と法律に触れ、色々と学ぶことが出来た。
そして功績を挙げ、検事局に尽くした。
今回はその功績のお陰か、4日の休暇をいただいくことができた。
向こうでのんびりと過ごしても良かったのだが、なんとなくあいつらの顔が見たくなって、私は帰国の手続きを済ませた。
私自身は迎えを呼ばなかったが、どこからか帰国の噂を聞きつけたらしい。
顔馴染みの刑事が嬉しそうに手を振りながらドタドタと走ってくる。
はっきり言って恥ずかしい。
他人を振りをしようかと思った時、「ミーツールーギーけーんーじー!」と名前を呼ばれてしまった。
何事かと他の利用客達がその男の方へ視線を浴びる。
無論男は私に近づいてくるので、私も視線の被害を被ることは当然だった。
うう、何故こいつが刑事になれたのだ?
男は息を切らしながら私の前で走るのを止めて立ち止まった。
「……久しぶりだな、糸鋸刑事」
私は無視する訳にもいかず、先に声を掛けることにした。
「お久しぶりッス! 御剣検事!」
空振りの気迫で私の挨拶を返したこの男は糸鋸刑事。
所轄署の捜査課の平刑事で、低給料でこきを使われることで有名だ。
どういうわけか私と度々の事件で顔を合わし、いつのまにか私の腰ぎんちゃくのようになっていた。
マヌケでドジな刑事だが、なんとなくいないと寂しい気がする。
まぁ、なんとなくだが……。
「どこで私の帰国のことを?」
とりあえず私は第一の疑問を投げかけることにした。
すると糸鋸刑事は嬉しそうに、
「検事局から課長に電話が入ったのを盗み聞きしたッス」
と言ってのけた。
どうやら私の帰国のことを知った検事局が一応捜査課の方にも連絡を入れたらしい。
休暇で帰ってきたつもりなのだが……。
「糸鋸刑事、迎えに来たのか?」
当たり前のことだが、一応確認してみた。
「表にタクシーを止めてるッス。
ちょっと料金が掛かって驚いたッス」
心なしか流れる汗に冷や汗が混じっているような……。
さすがにパトカーを持ち出そうとはしなかったらしいな。
いや、もしかしたら持ち出そうとして止められたのかもしれないな。
私は真意を探ろうと糸鋸刑事の顔を見つめたが、相変わらず不気味な笑顔を浮かべているだけで何もつかめなかった。
とりあえず今はこの場から立ち去るとするか……。
私はまだ止まない視線の雨を避けるべく、糸鋸刑事が止めているというタクシーの方へ歩き出した。
右手にローラーのついた旅行カバンの振動が響き、私ははっきりと日本へ帰ってきたことの自覚を持った。
私の名前は御剣玲侍。日本では天才検事と呼ばれているらしい。
功績は上々。外国への研修も許可されている。
そして私はこの休暇を、日本での仕事によって潰されることとなる。
同日 午後2時21分
成歩堂法律事務所
まず最初に会いたかった人物、というより会うことが可能な人物。
成歩堂龍一の事務所へと私達は向かった。
もう一人、矢張政志という男がいるが、神出鬼没、奇想天外な奴なので、真っ先に会いたいとは思わない。
タクシーを降りる際は私が金を払った。
あまりにも財布を睨みつける糸鋸刑事に、私が見兼ねて自分の財布を取り出した時の彼の嬉しそうな笑顔。
しばらく彼を恨む事になるだろう。
私はタクシーの走り行く音を背中で聞きながら、成歩堂法律事務所のある雑居ビルを見上げた。
3階の窓の横の看板に、成歩堂法律事務所と書かれている。
隣の糸鋸刑事は意味不明な笑顔を浮かべながら、ただ黙ってそこに立っている。
とりあえず彼に会うために、私はガラス張りの扉を引いて開けて中へと足を進めた。
赤い扉のエレベーターに乗り込み、パネルの『3階』を押す糸鋸刑事を見届けると、モーターの低い振動音がかすかに聞こえた。
独特の音を響かせてエレベーターは止まると、長い廊下へと続く扉を勝手に開けた。
前に一度訪れたことがあったので、私はさっさと目的の場所へと足を進めた。
糸鋸刑事は何故か物珍しそうに、廊下の所々にある扉を見渡した。
奥から2番目の扉───白い小さな看板に『成歩堂法律事務所』と書かれている───に辿り着くと、私は一度咳払いをした。
少し出てくることを期待したが、どうやらこっちまでは私の噂は届いていないらしい。
仕方なく私は扉を手の甲で2度ノックした。
上着を正したり、袖口を直したりしていると、しばらくして扉が開いた。
成歩堂が出てくると思っていた私は、小さな女の子の登場にいささか戸惑うこととなった。
「あ、ミツルギ検事さん!
それにイトノコ刑事さんも!」
女の子は嬉しそうな表情を浮かべて私と糸鋸刑事の名前を呼んだ。
たしか……真宵クンの従妹の……。
「春美クン、だったかな?」
君付けされて少し驚いたような表情を浮かべたが、覚えていたことに素直に喜んでくれた。
「成歩堂はいるかな?」
出来る限り柔らかく訊いたつもりだったが、春美クンは困ったような表情を浮かべた。
「その、ナルホド君は今……」
「はみちゃーーん、誰ーーー?」
春美クンが言い淀んでいると、奥から明るい声が響いてきた。
パタパタと足音がして、もう一人女の子が出てきた。
「あれ、ミツルギ検事じゃないですか!!
それにイトノコ刑事も!」
真宵クンは相変わらず元気そうだ。
「一体どうしたんですか?
いつ帰国を?」
私が質問に答えようとした時、糸鋸刑事が喋りだした。
「つい先程帰国したッス。
それで弁護士のナルホドに会いに来たッスが……。
いないッスか?」
私は自分が言う手間を省かれたことに少し感謝したが、先に言われたことにやはり腹立たしさを覚えた。
無論糸鋸刑事はそんな私の思いなど知るはずもなく、何か誤解して笑顔を浮かべた。
さっさと視線を2人の方へ戻すと、困った表情で満ちていた。
どうも様子がおかしい。
私が不審に思っていると、それが表情に出たのか、真宵クンが説明してくれた。
「今朝事務所に来たらナルホド君はもういなくて。
でも事務所が開いてるってことは一度来てるハズなんですよ。
私達ずっと待ってるんですけど、今日はまだ一度も会ってないんです」
不安そうな顔で説明した彼女を、糸鋸刑事が何とかなだめようと努力していた。
「きっと大丈夫ッスよ。
多分たこ焼きでも買いに行ってるッス」
恐らくここに来る途中のタコ焼き屋のことを思い出したのだろう。
だがそれでもあまりにも時間が立ち過ぎているようだ。
一体彼の身に何が……?
同日 ??時??分
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激しい痛みが腹部から脳へと伝わり、僕は目を覚ました。
コンクリートの冷たい地面に寝ている僕は、全身に痛みが走って顔を苦痛に歪めた。
その際に、手首が何かに縛られて全く動かないことに気付いた。
しかし後ろ手で縛られているらしく、どういう状態なのか把握出来なかった。
不安が僕の眠気を吹き飛ばし、異変に気付いた。
見たこともない場所で、僕は縛られて地面に寝させられている。
いつもの青いスーツは着ているが、点々と黒い斑点があった。
それが僕の血だと気付いた時、はっきりと今の状況を把握した。
僕は誰かに暴行され、監禁されているようだ。
つづく
あとがき
本当は闇色の逆転の後に書くつもりでした。
でも書いてしまいました。
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