ファイナルファンタジーシリーズ:FF物語(7)
最終話 カオスの正体

〜前夜〜

 始まりの街――夢の都・コーネリア。
 最初にここに来た時は右も左も分からなくて、ただ周りの雰囲気に流されるまま、彼らは『光の戦士』となった。
 それからたった十数日ほどの間で、様々な出逢いと別れと戦いを繰り返し、彼らは再びこの地に戻って来たのだった。
 最初の頃に抱いた不安と戸惑いは、今でもまだ、続いている。
 けれど彼らの心の中に、あの時と異なる想いが芽生えたとすれば、それは――決意。
 ここまで来て、退くということは考えられなかった。
 たくさんの出逢いが、状況に翻弄されるままだった彼らを変えてきたのだろうか?
 或いは。いつの間にか深まってきた四人の結束が、そうさせたのだろうか…。

 ――“偶然”ではなく“必然”――

 今となっては預言者ルカーンのあの言葉さえ、真実なのかもしれないと思う。
 偶然ではなく必然で、四人はこの地に揃ったのだと。

 カオスの神殿に向かう前の日の夜、四人はコーネリアの宿屋で最後の休息を取っていた。
 浮遊城から持ち帰った『アダマンタイト』は、ここへくる途中、ウネに預けてきた。それを見た途端、彼は取るものもとりあえず『最高の鍛冶屋に件を鍛えてもらってくるよ』と言い残して旅立った。
 それから丸二日経ったが、彼はまだ戻って来ない。しかし、四人は明日の朝一番に、ここを出るつもりでいた。
 カオスの神殿に何が待ち受けているか定かではないが、おそらく今までとは比べ物にならないほどの大きな闘いになるだろう。
 だから、今夜は体力温存と精神集中のため、早々と個々の部屋に引き取っていた。
 
 ――と、いうのはあくまでもタテマエの話。

 ここにどーしよーもなく懲りてない男が一人。
 誰にも知られず宿を抜け出すことなど、彼にとっては朝飯前である。
 彼は闇に紛れて街の裏通りを走っていた。
 目指すは月の光に照らされて、その優美な姿を浮かび上がらせるコーネリア城。
 固く閉ざされた正門を避け、そそくさと裏へ回る。
 城壁に沿って移動しながら、彼はこの高さをどうやって攻略しようかと考える。そのうち目的の部屋の窓から明かりが洩れているのを発見し、きらりんと目を光らせた。
 と、彼は何処に隠し持っていたのか鉤爪の付いた小手を取り出し装着すると、鼻歌混じりにするすると城壁を登り始めた。
 そして、苦もなく城壁を攻略してしまうとそこから手近な庭木へ飛び移るのを繰り返し、遂に目的の部屋を真上に見上げる位置までやって来る。
 しかしそこから手を伸ばしても目的の部屋までは到底届かないので、今度はもう一つの秘密兵器・鉤爪付きロープを取り出した。慣れた手つきでくるくると回し、勢いを付けてテラスへ投じる。それは上手く手すりに絡んで、彼を更なる高みへ導いた。

「……?」
 ひとりっきりの静かな夜。
 豪奢なソファに身を預け、手にした本を読むわけでもなくぼんやりと目を落としていたセーラ王女は、締め切ったはずも窓から流れ込む冷たい夜風を感じ、ふと顔を上げる。
 そして、そこに佇む人影を見付け、はっと息を呑んだ。
「…ジタン、さん?」
 風に揺れるカーテンの向こうに映った、長いシッポの影。そんなシッポを持つ人物は、彼女の知る限り一人しかいなかった。
「ご機嫌麗しく、セーラ王女」
 懲りない訪問者――ジタン・トライバルは、部屋の中にするりと身を滑り込ませ、驚いて立ち上がったセーラにうやうやしく頭を垂れる。それから途中の道すがらちゃっかり拝借してきたバラを一輪、差し出した。
「ジタンさん、どうしてここに…?」
「ちっちっちっ!そいつは野暮な質問だぜ、お姫サマ」
 彼女の言葉を遮るように立てた人差し指を振りつつ、
「男と女が出逢うのに、理由がいるかい?」とウィンクしてみせる。
 セーラはぽかんとした表情でシッポの少年を見つめていたが、不意にぷっと吹き出した。
「きっざぁ〜っ!」
「あ〜!ひっでぇの!せっかく神出鬼没の盗賊ジタン・トライバル様が迫り来る幾多の危機を乗り越えて愛しい姫の元へ戻ってきたってのにさ!」
 ムードぶち壊しの反応に、ジタンはすっかり機嫌を損ね、すねた顔になる。
「だぁって、似合わないんだもの!」セーラはまだ、きゃらきゃらと笑っていた。
「ふっ…あははっ!」
 その無邪気な笑顔につられ、ジタンも思わず苦笑する。
「そぉそ!そーやっていつも笑顔でいれば、周りも明るく楽しく見えてくるんだぜ!」
 しかしその一言で、セーラの顔から笑いが消える。彼女は無言でジタンの前をふらふらと横切って、部屋の隅の天蓋付きベッドに力なく倒れ込んだ。
「セーラ…?」
「――そうかしら」
 駆け寄ろうとしたジタンへ、彼女はベッドに突っ伏したままでぼそっと問い掛ける。
「あたしが笑うと周りも楽しいのかしら?あたしはちっとも楽しくなんてないのに…」
「セ……」
 くぐもった彼女の声が微かに震えていることに気付き、ジタンは出かけた言葉を飲み込んだ。
「王女がいるとこの国は安泰で、王女がいないとこの国の危機だってみんな騒ぐ。それじゃあ、“王女”じゃない“あたし”って何?あたしは王女である前に、一人の人間なのよ?」
 身を起こし、つかつかとジタンに詰め寄るセーラ。そして、今まで誰にも打ち明けられなかった、秘めたる想いをぶちまける。
「みんなはあたしをもてはやし、ちやほやしてくれる。けど、それはあたしが“王女”って肩書きを持ってるからなのよね!あたしなんて何の力もないただの“飾り”に過ぎないのに…何処へ行っても足手まといになっちゃうのに…っ!
 何でみんなあたしに構うの?なんであたしを護ろうとするのよ?!」
 いつの間にか彼女は、ジタンの胸に顔を埋め、激しく拳を打ち付けて泣いていた。断続的な拳の重みを感じながら、ジタンは黙って彼女を見下ろしている。
「――あなたたちと別れてから、あたしはずっと考えてた。あなたたちが今どこで何をしてるのかな…とか、もうカオスを倒したのかしら…とか、危険な目に遭ってないかしら…とか。目を閉じてそういう空想をしていると、あたしも一緒に旅をしてるみたいでとてもどきどきわくわくした。……だけど、目を開けるとそこは見飽きた自分の部屋で、あたしはいつも独りっきり。たまらなく寂しくて、涙が出るのよ…。
 護られたり助けてもらうばかりはもうイヤ!嫌…なの……。
 …ねぇ、ジタン。あたしはどうして“王女”なんかに生まれてきちゃったのかな?」
「――それは」
 ジタンは彼女が泣き止むのを待って、優しく肩に手を置いた。それから、彼にしては珍しく真面目な表情になり、潤んだ瞳を真っ直ぐ見つめる。
「それはきっと、“王女”の君にしか出来ないことがあるからじゃないか?」
「……あたしにしか出来ないこと?」
 思いもよらなかった言葉に、セーラは大きく瞳を見開き、ジタンの顔をまじまじと見た。
「そうさ!」
 努めて明るく微笑むジタン。両手をばっと広げ、芝居がかった口調でじゃべり始める。
「王女様なんて誰にでもなれるものじゃない!王女になりたくたってなれない女の子もいるんだぜ?
 そりゃ、そうだよな。王女様はいつも綺麗なドレスを着て、素敵なお城に住んで、たくさんの家来を抱えて…ただそこにいるだけで周りは華やかな雰囲気に包まれる。
 黙って座ってたって、憧れの的だよ。王女は!でもな、王女が何も出来ないなんて、一体誰が決めたんだい?王様?兵士?大臣?お妃さん?民衆?――違うね!」
 部屋中を忙しなく歩き回っていた彼はそこで突然足を止め、身を翻してセーラの前までやって来る。そして、呆気に取られている彼女の鼻先にびっと人差し指を突きつけた。
「何が出来るか出来ないか、それは自分自身で決めることさ!他人が抱いているイメージなんて関係ない。お人形さんみたいにおとなしく座ってるのも、自分に出来ることを自分のやり方でやるのも自由さ!
“王女”に生まれてきたってことはつまり、そういうことなんじゃないのかい?」
 セーラは瞬くことすら忘れ、じっと彼に見入っていた。彼の言葉のひとつひとつが耳の奥を伝わり、脳を刺激する。じんわりと心に染み込んで、あったかくなる。
 考えてもみなかった。言われてみれば自分は、周りが望む“王女”を演じ続けてきたような気がする。そうすれば、皆が安心してくれるから…。
 だけど、そうじゃない。“王女”は演じるものじゃない。“みんなの王女様”であり続ける必要なんて、ない。
(――どうして気付かなかったんだろう?こんな簡単なことなのに、あたし…)
 目の前に、優しい瞳。眩しすぎる、笑顔。
「な〜んちゃって♪ちょっとキザだった?」
 ジタンは悪戯っぽくウィンクし、右手を差し出す。セーラはその手をぎゅっと握り、
「ううん。ありがと!」と、笑った。
 全てを吹っ切ったような、晴れ晴れとした表情で。
 トントン、トン!
と。不意に響いたノックの音が二人の時間をあっさり現実に引き戻す。
『…王女!セーラ王女!』
「大臣だわ!」ドアの向こうの声に、セーラがぎょっと振り向いた。 
『王女、王がお呼びです!至急、王の間にお越しくださいますよう!』
 大臣はセーラを急かすように、尚もドアを叩く。
「…わ、分かりました!今は部屋着なので、それを着替えたらすぐに参りますとお伝えください!」
 彼女の返事に納得したのか、大臣の声はそれっきり聞こえなくなった。
「ふぅ…。もう大丈夫よ、ジタ――?!」
 向き直った視線の先に、もうあの笑顔はなかった。ただ風に煽られるカーテンの向こうに、来た時と同じに揺らめく長いシッポの影が見えた。
「セーラ王女!この闘いが終わったら、その時はこのジタン、謹んで貴女を盗みに参上します!――必ず!」
「ジタン!」叫んで窓に駆け寄るセーラ。
 目いっぱい風を受けてはためくカーテンを掻き分けるのももどかしく、テラスに出る。
 しかし、そこで彼女の目に映ったものは、月明かりに照らされた純白のバラ一輪。
 ……それっきり、だった。
「待ってるね、盗賊さん…」
 セーラはそっとバラを拾い、胸に抱いて呟いた。

「おお、セーラ!待っていたぞ」
 正装に着替えたセーラが広間に出向くと、王は仰々しくそれを迎え入れた。王の傍らには彼女を呼びに来た大臣と、彼女の母、王妃のジェーンが佇んでいる。 
 セーラが三人に歩み寄って頭を垂れると、王は早々に話を切り出した。
「セーラ。先ほど預言者ルカーンが尋ねてきてな。光の戦士たちは見事四体のカオスを倒し、無事コーネリアへの帰還を果たしたそうじゃ…」
 普通ならば、王の声はもっと弾んでいるだろう。何しろ、光の戦士は預言通り、この世界を襲った厄災を取り払ってくれたのだから。
 しかし、セーラは感じ取っていた。王の言葉の節々に潜む、一抹の不安を。
 彼女は頭を垂れたまま、黙って話の続きを待つ。
「――だがな、ルカーンはそれだけでは世界の滅亡は止められぬと言うのだよ」
 王も大臣も、神妙な顔つきで眉を寄せていた。王妃は真っ青な顔を夫に向けている。
「何でも四つのクリスタルの光を取り戻したことで、カオスの神殿の封印が解けて、『真の敵』の存在がはっきりしたらしいのだ。
 …信じがたいことだが、それは2000年前の過去の時代にいるということでな。そいつこそが過去から四体のカオスを未来に送り込み、破壊を繰り返している張本人で、諸悪の根源だと。そいつを倒さなければ、世界に真の平和は訪れないという話だ。
 今、使いの者が光の戦士にそのことを伝えるため、城下へ向かっておる。
 しかし、此度の戦いは今までよりいっそう激しいものになるであろう。…そこで、だ」
と、王は言葉を切り、おもむろに立ち上がって宣言する。
「皆で話し合った結果、我らコーネリア兵も微力ながら彼らを手助けすると決定した!」
「お父さ…いえ、コーネリア王!」
 今まで王の話に一切意見を述べなかったセーラが、その時、初めて口を開いた。
 彼女の澄んだ瞳は、真っ直ぐ王を見据えている。
「わたくしセーラ、コーネリアの“王女”として、固く決意したことがございます!」
 そう言うや、もしものためにと持たされていた護身用のナイフをすらりと抜き、自分の髪にあてがうと、そのまま一気に引いた。一瞬の出来事だった。
「なっ…?!何をするのじゃ、セーラ!」
 王が止める間もなく、腰まであったセーラの髪はばっさり切り落とされていた。
「わたくしも行かせて下さい!…いいえ、誰が止めても行きますわ!」
 我が娘ながら王はその凛とした気迫に圧倒され、息を呑んだ。王妃や大臣が信じられないというように、赤い絨毯にばさっと落ちた鮮やかなブルーの髪の毛を眺めている。
 セーラは構わず続けた。自分の決意を、想いを。王女として生きてきた人生、心の中でずっと渦巻いていたわだかまりを言葉にして。
「わたくし、戦います!あの方たちと一緒に…!」
 
 王の間で、そういうシリアスな展開が展開されていたその頃――
「あ〜あ。どーしてオレって、いつもいつも最後が決まらないんだろ…」
 セーラの部屋の真下の庭木。逆さ吊りの状態でぼやくジタンの姿があった。
 テラスから庭木へカッコよく飛び降りたまではよかったが、勢い余ってそのまま落下。
 張り出した木の枝にシッポを絡ませ地面との激突は免れたものの、独り寂しく夜風に吹かれているとムナしさ倍増である。
 しかも、追い討ちを掛けるかのように、彼のつかまった枝が無情な軋みを立てだした。
 そして――程なく。
「げ」 

 この裏通りを歩くのは二度目である。一度目は最初に街を訪れた日に。
 その時、とある建物の看板が目に付いた。懐かしい文句が書いてある。
 そして、今日もまた――誘われるように、彼女はその建物に入っていった。
「いらっしゃい…ああ、貴女ですか」
 中ではあの時と同じように、黒魔道士の男が座っていて、彼女を迎え入れてくれた。
「あ、あの…まだ開いてますか?」
 彼女が遠慮がちに言うと、男は少しびっくりしたような顔になり、それから「あはは」と笑った。
「ここに来るお客さんがいれば、私の店はいつでも営業中ですよ。ティナさん」
「…!わたしのこと、覚えていたんですか?」と、ティナは驚きを露にする。
「もちろん。貴女のように不思議な魔力を持つ女性なんて、私の知る限りではあと一人しかいませんので」
「え?」
「ああ、いや…何でも。さあ、そんなところに立ってないでこちらへどうぞ」
 彼に案内されるがままティナは店の奥まで入り、テーブルを挟んだ向かいに座る。
 そこにはやっぱりあの時と同じに、魔法のオーブが妖しく揺らめいていた。
「さて、今日は何のご用でしょう?僭越ながら私の見立てでは貴女は白黒問わず、ほとんどの魔法を自分のものにしていらっしゃるようだ。初心者用の魔法しか扱っていないこの店の品揃えでは役不足でしょう?」
 遠回しな断り文句だが、突っぱねる感じではない。むしろ、教師が自分の教え子に接するような、優しい問い掛けだった。
「あ…いえ、そうじゃなくて…わたし、何だか寝付けなくて、散歩でもしようと思って…その…夜風にも当たりたかったし……」
 彼に真っ直ぐ見据えられ、ティナは心持ち落ち着かない様子で俯く。
「それで…歩いていたら足が自然にこっちに向いてて、えっと…つまり――」
「私に用があるんですね?…店ではなくて」
 核心を突いたその言葉に、ティナは顔を赤らめてこくんと頷いた。
「そうじゃないかと思いました」
 そんな彼女の様子を面白そうに眺めながら、男は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「魔術師や魔道士に起こった変化は、そのまま魔力に反映される。ここ数日で貴女が何を経験してきたのか、詳しい経緯は知りません。…でも、貴女が宿す魔力の印象は、最初の時と少し違うような気がするのです」
「ど、どんな風に…ですか?」
「そんなに構えなくていいですよ。私はそんなに大した見立ても出来ませんし、気楽な気持ちで聞いてて下さい」
 そう言うと、男は被っていた三角帽子を脱いだ。帽子の下から現れた顔は、ティナが思っていたよりずっと若くて、まだ幼ささえ残っている。
 年齢はジタンより下なのかもしれないが、相手を諭すような口調からはとても予想出来ない風貌だった。
「今日はもう、商売は終わりです。ここから先、私は店主ではなく一人の魔道士として貴女と話がしたい。――純粋に、興味があるんです。今までであったことのないタイプの魔道士であるティナ…貴女にね」
 穏やかな声と深い藍色の瞳に引き込まれそうになりながら、ティナはこっくり頷いた。
「それと、自己紹介がまだでしたよね?申し遅れました。僕の名前は『ノア』といいます」

「あー…イテテテ…」
 この時間、普通なら人っ子一人いない裏道を、あえて歩く物好きな少年がいた。
 首をこきこき鳴らす音が、無人の通りによく響く。
「…ったくよー。カオスの神殿に乗り込む前日に転落死したんじゃ、光の戦士の面目丸つぶれだったぜ」
 まあ、こうなったのも自業自得なのだが、ジタンはついさっきのアレを“健全な少年を襲った不幸な事故”ということで都合よく処理している。
 結局あの直後、シッポでつかまった枝は無残にも折れ、彼は頭から地面に叩きつけられたという訳。落っこちた瞬間、ステキな擬音がしたのは言うまでもない。一時かなりヤバめな方向に曲がった首だったが、彼は持ち前のしぶとさで何とか復活した。
 で、無事に城から離れたものの宿には戻る気になれず、その足で町をさまよい歩いている。何処かで時間を潰そうと思ったが開いている店もなく、不本意ながら帰ろうとした時、彼は一軒だけ明かりの灯った店を見付けた。
「あれ?ここって…」
 何気なく入ろうとし、気付く。そこが前に来たことのある店で、しかもすこぶる嫌な思い出のある場所だと。
「ん?」
 それでも更に近付くと、中から話し声がした。どうやら男と女の二人らしい。
 ジタンは足音を忍ばせてドアの前に立ち、聞き耳を立て――しばらく経って、ぎょっと目を見張った。
 それもそのはず、女の声は彼がもっともよく知る人物のものに間違いなかったのだから。

 その魔法屋に不審人物が現れる少し前――
 中にいるノアとティナの間には、気まずい沈黙が漂っていた。ティナは俯いたまま、話し始める素振りも見せないノアを見上げている。
 あるいは彼は、ティナが口火を切るのを待っているのかもしれない。彼女はしばらく躊躇った後、ずっと訊きたかったことを口にした。
「…あの、ノアさんはどうして魔道士になったんですか?」
 訊いてから少し後悔する。よく考えたら、ここに店を出していることがその答えなのではないのか。
「そーですねぇ…」しかし、ノアは困った様子も見せず、淡々と話し始めた。
「人間は弱くて脆い生き物です。誰しも心に“恐怖”を抱いて生きている。
 街の外には凶悪なモンスターがうようよしているこのご時世ですからね。いつ何時、そいつらの毒牙に襲われるとも限らない。
 力のある人間ならば剣で戦うことも出来ますが、僕は見ての通りでしょう?
 正直なところ、毎日を生きていくのが恐怖でした。いつ死んでもおかしくない日々…でも、死ぬのは怖かった。力があれば、恐怖に怯えることもないと思いました。
 それで魔法を覚えたんです。心の中の“恐怖”を、完全に消してしまいたかったから」
「――わたしとは、逆なのね」
 まるで他人のことを語るようなノアの話し振りに、ティナは自嘲気味な呟きを洩らす。
「わたしは魔法が怖い…。それは今も変わらない。
ノアさん…わたし本当は、この世界の人間じゃないんです。別の世界――魔法の無い世界に、たった一人だけ魔力を持って生まれたの。
 わたしはみんなから恐れられた。けど、わたしの力を欲する人間もいて…。
 わたしは自分の意思でなく魔法を使って、いっぱい…人を…ころしてしまった…。
 そんな恐ろしい魔力なんていっそなくなってしまえばいいと思っていたら、ある日突然、魔力が消えたの。魔法を使わなくても生きていけた…けど、魔法を使えないわたしは大切な人を護ることも出来なかった…。
 その時になって、ようやく解ったの。自分が魔法に依存してたこと。魔法を恐怖に感じても、わたしには魔法しかなかった。
『魔法って一体なんなの?』『何のために、わたしはこの世に存在していたの?』…って、ずっと考えてた。でも、結局答えが出せないまま、今度は完全に魔力が消えたの。
 そしてこの世界に来て、もう覚えることのないと思ってた魔法を再び胎内に宿した時、なんだかとても懐かしかった。懐かしくて…うれしかった。
 何でかな…?魔法なんて、怖くて怖くてしょうがかったのにね…」
 最後の方は、話すというより彼女自身の懺悔の告白。頬を伝って流れる涙が、膝の上で固く握り締めた拳に当たって弾ける。
 しばらくは、ティナの嗚咽だけが狭い部屋に響いていた。そして。
 すっと差し出されたハンカチを見た時、彼女の意識はようやく現実に戻る。「ご…ごめんなさい…わたしっ…」ティナは慌ててハンカチを受け取り、涙を拭った。
「――僕だって魔法は怖い」
 疲れを含んだその声に、はっと顔を上げる。
「さっき言ったのは、僕の“理想論”ですかね?」
と、目の前にお手上げのポーズで苦笑しているノアがいた。
「確かにそうやって魔法を覚えられれば恐怖なんて感じなくなるんじゃないかと思ったんです」
 ぎっちらぎっちら揺り椅子を軋ませながら、彼はしきりにくせっ毛の赤い髪をわしわしと掻き回している。大人びた口調と、まだ子どもっぽさが抜け切らない仕草が不釣合いで、ティナはふっと表情を和らげた。
「そうそう、その調子!貴女には笑顔がよく似合います」
 ノアと話していると、何もかも見透かされた感じがした。けれど、それは決して不快なものではなく、ありもままの自分も受け止めてくれそうな安心感だった。
「――でも、魔法を覚えるのも一苦労ですよ」
 言いながらノアがオーブに手を翳すと、あの時と同じように中で靄が渦巻いた。
 それに呼応して、オーブ全体が淡く発光し始める。
「貴女が魔法を覚えに来た時、僕が最初に言ったこと…覚えてます?」
「えっと…『魔法を受け入れ、魔法とひとつになる』」
 ノアが頷き「よく出来ました」と、笑う。オーブの中にぽっと小さな炎が点った。
「そう。でもね、口で言うのは簡単ですけど、これが意外と難しいんですよね」
 ふと目を落とせば、オーブの炎はきらきら光る氷の結晶に変化していた。
「人の魔法の収容能力には限界があります。それを超えて習得すれば、器である身体には多大な負担が掛かる」
 ばちばちばち!
 今度は稲妻。ノアが言葉を発する度、オーブのに新たな魔法が発生する。
「…でも、貴女はきっと特別なんだ。僕みたいな未熟者とは違う。
 だから――…受け取ってもらえませんか?」
 ヴンッ…!
 突如、暗転するオーブ。
オーブに魅入っていたティナは、「え?」という顔をノアに向けた。
が、ノアの意識はオーブに集中しているようで、翳した手がぶるぶると震えている。
「――貴女に、受け取って欲しいものがあるんです」
 ヴヴヴヴヴ…ン!
 オーブの中で、低い唸り。ティナは固唾を呑んでノアとオーブの成り行きを見守った。
「貴女を最初に見た時に、決めました。もう一度、貴女がここへ戻って来ることを信じて。
僕は、きっと待っていたんです。ずっと、貴女みたいな人を――」
ノアの額にじっとりと脂汗が浮かび上がり、頬を伝って流れ落ちる。
「貴女にこれを、渡そうと…!」

 ピ!

 刹那――真っ暗闇だったオーブの中心に、針穴のような紅い点が生まれた。
 それは一瞬で膨張し、ついにはオーブ全体が煮えたぎるマグマのような朱に染め上がる。
「――これは…?!」
「究極の黒魔法『フレアー』です」
 彼の言葉に、ティナはハッと顔を強張らせた。
フレアー。凄まじい熱と光で標的を跡形もなく消滅させる、究極の攻撃魔法。MAXレベルで放てば、街一つを破壊することも可能である。その力を、彼女は十分知っていた。
 どくん!
 心臓の鼓動が高鳴る。
 破壊の力。負の力。滅亡の力。確固たる信念と何事にも動じない鋼鉄の意志を持って受け入れなければ、精神が崩壊することもあるという。それは、中途半端な迷いを持つ者では決して使いこなせぬ諸刃の剣なのだった。
 マスター出来なければ、精神が自壊する。結果は、二つに一つしかない。
(わたしに…出来る?こんなにも、弱い…脆い…わたしに…っ…!)
 どっくん、どっくん、どっくん!どっくどっくどっくどどどっ…!
 鼓動が、ますます早く強くなる。
(――…っ!苦しい…!怖い…っ!)
 ぎゅっと自分の肩を抱いた。自分が自分でなくなる感覚。
 初めて幻獣と共鳴した時のように。だんだん遠くなる意識…。
(ダメ…!わたし、消えて…ッ…!)
「大丈夫。貴女は…強い。きっと、誰よりも」
(――え?)
 穏やかな声に、ティナは朦朧とした意識を奮い立たせ、頭を起こす。
 オーブの向こうにノアの顔。優しい眼差しがじっと彼女を見つめている。
「貴女は弱くなんかない。ただ、自分に自信が持てないだけです。誰よりも繊細で、純粋な心の持ち主だから…。最初に貴女をを見た時、僕は確かに感じました。
 貴女の心の深い場所に根付く不安や戸惑い…恐れ。だけど、貴女は戻って来た。
 この店――私の元に。それは貴女が、ちゃんと“魔法”というものと正面から向き合う決心をしたからじゃありませんか?
 僕は貴女を信じています。貴女の心の強さをね。だから僕は僕の中に、一生封印すると決めたこの魔法を…貴女に託そうと思いました。
貴女ならきっと、受け入れられると」
(――なんでだろう…?)ティナはゆっくり瞳を閉じた。
 彼の言葉を聞く度に、不思議と安らいでくる。
(何故…なぜなの…?)
 今まで恐怖し、嫌悪さえしていた魔法の力が、こんなにも温かく力強く感じられたのは、生まれて初めてだった。
(ノアさんとわたしって、何だか…似てる。とても…)ふと、そう思った。
「はい」
 無意識のうちに、彼女は答えをだしていた。そっとオーブに手を翳し、頷く。
「…ありがとう、ティナ。これが僕の――全て、です」
 ノアが穏やかに微笑した。オーブの上で、お互いの掌をぴたりと合わせる二人。
 ノアから流れ込む波動をティナは自然に受け入れた。
 身体の内が熱くなっていくのを感じながら…。

 ばんっ!

 その時、背後で派手な音がした。全開に開け放った扉の向こうに、仁王立ちのジタン。
「てンめェっ!さっきから聞いてりゃ『あなたは特別』だの『あなたを待っていた』だの『僕の元に戻って来た』だの『受け入れられる』だの『僕の全て』だのと、いかがわしいことばっかり抜かしやがってッ!」
 どうやら外で二人の会話を立ち聞きしていたらしいが、すがすがしいまでの勘違い。
 一体ドコからドコまでを聞いていたのやら…。
 彼はずかずか押し入ると、ノアを睨み付けて叫ぶ。
「おいコラ黒魔っ!テメー、ガキのクセにティナを口説こぉたぁ、十年ばかし早ぇンじゃねェか?!」
 しかしながら、今の状態の二人に彼が見えるはずもない、儀式はすでに佳境だった。
「――うっ…ううっ…!」
 ティナの艶やかな唇から、苦しげだが悩ましくもある喘ぎ声が零れる。ジタンが思いっきり反応して振り向いた時。
「さぁ、ティナ!ひとつになるということを、心を静めてイメージするのです。
 恐れることはない。僕を信じて。貴女なら…きっと、出来る」
「て…テメェはまだ、そんな勝手なコト抜かし――…!」
 ノアの静かな誘(いざな)いを、ジタンがぎゃあぎゃあ喚く声を、ティナは遠くで聞いていた。

 真っ白になった頭の中、ぽつんと自分の姿が見える。
 ずっと閉じ込めていた…恐れ、不安、迷い。
 鏡に映った自分の影。表情のない顔。閉ざした心。膝を抱えてうずくまって…。
(――これで、いいの?)
 鏡の自分に向かって問い掛ける。
(このままで、ほんとうに…いいの?)
 返事はない。けれど、冷たい鏡に閉ざされて、“彼女”は独りで泣いていた。
 たった独りで…ひとりっきりで。
 手を伸ばし、鏡に触れると、それはあっけなく溶けて消滅(きえ)た。
(ごめんね…あなたを独りにして、ごめんね……)
 ティナは優しく“彼女”を抱く。それは、凍った時間から解き放れたもう一人の自分。
(魔法を受け入れ、魔法とひとつに――わたしはあなたと…ひとつになるよ)
 込み上げてくる、熱い…想い。
 幻獣だった父、人間だった母。種族を超えてひとつになった両親の話を思い出す。
(お父さん…お母さん…忘れてた、わたし――)
 顔すら朧げな両親なのに、彼女はその時、二人の姿をはっきり見ていた。 
 温かく、自分を迎え入れてくれる二人の笑顔を。二人が命を懸けて託してくれた希望の力を、全身で受け止めながら…。
(……まほうって、こんなにもあったかくて、やさしいものだったんだね。
 まほうがうみだすのは、ハカイだけじゃないんだよね…)
 バッツ、クラウド、ジタン、セーラ王女…短い間だったけれど、一緒に旅してきた仲間。出逢った人たちの顔が、浮かんでは消えてゆく。
(――わたし…)ティナの身体に、魔力が溢れた。
(わたしは、たたかう!魔法の力で!この世界に生きる、みんなのために!)
 心の迷いが消えた時、彼女は両の瞳を見開く。そして両手を天に掲げ、叫んだ。
「フレアーっ!」

 はるか天高い場所で、満天の星が輝いている。手を伸ばせ届きそうなくらいの光。
 けれどその輝きは、何処か哀しげな涙の粒にも見える。
 あれからどのくらいの時間が過ぎたのか、ティナは瓦礫の山で仰向けに転がり、そんな星の海を眺めている自分に気が付いた。
「あれ…?わたし…」
 起き上がろうとすると、ひどく頭がずきずきした。
「気が付きましたか?ティナ」
 鈍い痛みに眉をしかめながら、ティナはようやく顔を上げる。と、そこにノアの穏やかな笑顔。
「どうしちゃったのかな…?わたし……」
 我に返り周囲を見回せば、店の壁も天井も、全てが見事に粉砕している。
「もしかしてこれって…わたしが?」
 その時、ティナの脳裏にフレアーを受け継いだ瞬間の記憶が、まざまざと蘇る。
(確か…フレアーが私の中に入ってきて、身体がとても熱くなって……それからわたし…どうしたんだっけ…?)
 再び押し寄せてくる不安。溢れる魔力を抑えきれず、また暴走したのだろうか?
「ティナ」
 真っ青になって小刻みに震えるティナの肩に、ノアはそっと手を置いた。
「何も心配知ることはありません。貴女は天井に向けてフレアーを放っただけ。これはその余波ですよ。周囲には何の被害も影響も出ていません。
 そして…おめでとう、ティナ。貴女は見事にフレアーを自分のものにしたのですね」
「――わたし…が?」
 ティナはまだ夢うつつの表情でノアを見、自分の掌に視線を落とす。
「さあ、立って!」その手をノアが優しく取って、立ち上がらせた。
 震える足に力を込めるティナ。だが思うように動かせず、何度もよろけては彼に寄り掛かる。まるで宙を歩いているような、おぼつかない足取りだった。
 それでも何とか自分の足で立ち、周りの様子を眺めてみる。そこはいつもと変わらない、静かな夜の街があった。
 ふと、空を仰ぐ。満天の星空に、ひときわ紅く輝く光。それは、彼女が放ったフレアーが天を貫き、そのまま星になったようにも思える煌きだった。
「ノア、わたし…!」
 ノアは黙って頷くと、瓦礫の上に落ちていた自分の帽子を取り上げて頭に乗せた。
「どうやら僕は、本日を以って永久に店じまいのようです」
「あっ…!ご、ごめんなさいっ!お店、こんなにしちゃって……」
 ようやく平静を取り戻したティナは、ぺこぺこと頭を下げる。
「いいんですよ。どうせ近いうちに店じまいするつもりでしたから」
 ノアは恐縮しきりの彼女に、明るく笑い掛けた。
「え…?そうだったんですか?」
「ええ…まぁ。……おや?」
 曖昧に語尾を濁しながらさりげなくティナの視線をやり過ごした時、彼はふと、瓦礫の中から覗く、見慣れぬ黄色い紐を目に留めて首を傾げる。紐…いや、よく見るとそれは細かい毛がびっしりと生えた、まるで生き物の……。
「――しっ…ぽ…?」
ノアの微かな呟きに、ティナがサッと顔色を変えて叫んだ。
「ジタン?!」
 あたふたしながら瓦礫を掻き分け、その下から半死半生のジタンを発掘する。
「や…やは。ティナ…っ…!」
 それでも彼は持ち前のしぶとさで、ティナに愛想を振り撒いていた。
「ジタン、ごめんなさいっ!まさか、こんなところにいるとは思わなくて…」
「い、いや…君が無事で何より…。でも、オレ…明日カオスの神殿に行けないかも〜…」
 がっしゃん!
 最期――いや、最後の力でそういい残して、ジタンは瓦礫の山にあえなく撃沈。
「……しっかし、飽きないねぇ。この人も」
 ティナがおろおろする後ろで、疲れ果てた顔のノアが苦笑していた。

「じゃあわたし、宿に戻ります。いろいろありがとう、ノアさん!」
 ティナが昏倒したままのジタンをずるずる引きずって帰ったのは、それからすぐのことである。しばらくの間、ノアは彼女を見送り続けていた。
 そして、その姿が見えなくなると壊れた店にとって返し、たった一つだけ破壊を免れた自分の揺り椅子に、どっ…と崩れ落ちる。
「――ふぅ…っ」
 冷たい夜風を胸いっぱい吸うと、不思議と気分が安らいだ。
今までに感じたこともない、穏やかで満たされた気持ち…。
 震える手で帽子のつばを下げ、低く呟く。永い時間――心の中に封じ込めてきた、想いの全てを解き放つように。
「これで…僕はこれでよかったんですよね?師匠――…」
 微かに笑い、彼はゆっくりと目を閉じた。

 静かな夜だった。
 人が眠りに就くにしては、まだ少し早い時間だというのに。
 それでも街全体に淡い緊張感を感じるのは、『光の戦士最後の決戦』という噂が広まっているせいだろうか…。
(そうはいっても当の本人たちは結構気楽に構えてるんだけどなー…)
 宿屋の戸口脇、壁にもたれかかり、バッツは一人、物思いに耽る。
 がちゃり。
 と、その時。彼の頭の近くでノブが回って、誰かがぬっと顔を出した。
「こんなところで何をしている…?」
「あぁ、星を見てた。綺麗だなーと思ってさ」
 相変わらずのぶっきらぼうな呼び掛け。苦笑混じりに答えてから、すっと身をずらす。
「ふん…呑気なヤツだな」
 クラウドは後ろ手にドアを閉めると、さして面白くもなさそうな表情で彼の隣に立った。
 二人はしばらく並んで星を見ていた。が、先に口火を切ったのは、意外にもクラウドの方だった。
「――あの二人、まだ帰ってこないのか?」
「知ってたのかい?」
 バッツが目を丸くするのへ、クラウドは思いっ切り不機嫌な声で「トボケるな」と言い放つ。
「俺が気付かないとでも思っているのか」
「ま、明日の朝までには帰って来るだろーからさ、別にどっちでもいいんだけど〜…」
「……フン」
 へらへらと笑うバッツ。クラウドはますますふてくされた。でも、そんな彼の態度に嫌悪感や苛立ちは感じない。おそらくは、これが彼の“自然体”だろうから。
 風のようにつかみ所がないくせに、炎の感情も持っている。そんな性格を、クラウドは時に羨ましく感じたりもする。
 こんなことを思うのは、長いようで短かったこの異世界での旅が、もうすぐ終わろうとしているからだろうか…。
「なぁ…クラウド」
 不意に話し掛けられ、はっと我に返る。
「今、何考えてた?」
平静を装い振り向くと、すぐ側にバッツの顔があった。
「……別に」
 反射的に目を逸らす。何となく、視線が合わせ辛かった。
 この男にだけは、全てを見透かされてしまいそうで。
「あ〜あ…」
 クラウドが答えないでいると、バッツは諦めたようにその場に座り込んだ。
「…なんか、旅の終わりって感じじゃないよな?」
「!」
 思わず振り返る。その瞬間、ばっちり目が合った。
 満足そうな笑みを浮かべ、鼻歌混じりに座り直すバッツ。クラウドは心底うんざりする。
(…やっぱり苦手だな。こいつといると調子狂う)
 半ばやけくそ気味で地面にどっかと腰を据え、バッツを睨んで、
「……何が言いたいんだ?」
「おいおい、そんな怖い顔すんなよ」
 バッツは人差し指を眉間に、上目遣いで彼を見やった。
「ここにこう…シワばっか寄せてるのってさ、何かと疲れないか?」
「ほっといてくれ。この顔はもともとなんだ」
「あはは!違いねーや」
 静寂漂う星空の下、バッツの乾いた笑いが響く。クラウドはそれ以上突っ込まず、あきらめ半分でそっぽを向いていた。
「――俺な、長いこと一人で旅してきたんだよ。いや、一人ってわけでもないな。相棒の“ボコ”ってチョコボと一緒だった。当てがあるわけじゃなかったけど、『大きくなったら世界中を見て回れ』ってのが、死んだ父さんの口癖だったからな」
 ひとしきり笑った後、おもむろにバッツは語り始める。誰に聞かせる風でもなく、淡々とした口調で。
 クラウドも星空を見上げたまま、彼の話を聞くともなしに聞いていた。
「…目的のない旅ってのもそれはそれで楽しかったよ。けど、目的を持って旅するのはもっと愉しい。共に戦う仲間がいれば、尚更だな。…そういう旅をしたこともあったよ。
 でもまぁ、目的を果たした後はみんな元の鞘に収まらなきゃならない。ずっと一緒ってわけにも行かないのが旅ってヤツさ。…それは、仕方のないことだよな。
 それでも人は、たくさんの出逢いを別れを繰り返して成長するんだと思う。
 今回の旅もさ、正直愉しかったぜ。最初、この世界に飛ばされてきた時は驚いたけど…正直さ、それ以上にわくわくしたりしてな。火山抜け、海底潜って空飛んで…」
 目一杯、星に向かって手を伸ばす。届きそうで届くことのない空間へ。
 空をつかむ手。指と指の間を冷たい夜風がすり抜ける。それはどこか、止めようとしても止められない時間(とき)の流れに似ていた。
「果ては…あ〜んなところにまでいったりしてさ。ははっ…!でもまさか、こんな大冒険になるなんてなー」
「……」
「さっき、コーネリア城の使者ってのが来た。例のルカーンって預言者の伝言を持ってな」
「ルカーン…だと?」
 よく知っている名前だった。いや、因縁といってもいい。今、彼らがここにいるのも、全ては彼の導きに従って行動した結果に他ならない。
「ああ。真の敵の名は『カオス』――なんとそいつ、2000年も過去の世界にいるんだと」
「んなっ…?!馬鹿な…!」
 驚愕を露にするクラウド。バッツはしかし、鼻で笑う。
「ホント、バカな話だよな。…だけどさ、ここまで来たらなんでもアリだよ。そう思わないか?
 カオスを倒せばおそらく俺たちの旅も終わるだろうし、元の世界に戻れるはずだ。俺たちは、前に進むしかないのさ」
 沈黙。
「……ありがたい話だな。こんな世界はもうたくさんだ」
 少し経って、クラウドが言った。その顔は、いつものポーカーフェイスに戻っている。
「そいつはお前さんの本音かい?」
 意地悪く問われ、クラウドは無言で立ち上がった。バッツに背を向け、空を仰ぐ。
「ああ、そーだよ。これ以上ここに居ても、いいことなんて何ひとつない…」
 異世界の風を胸一杯に吸い込んで、彼はゆっくり振り返った。
「俺たちは、必要以上にこの世界に関わりすぎたんだ」
 この男には珍しく、声に寂慮(せきりょ)の想いを込めて。
「ここで関わった人たちの存在全てが、今の俺には重過ぎる。…俺たち四人の出逢いも含めて、な」
「へへぇ〜?えらく感傷的なことを言うじゃないか」
 茶化すような口調とは裏腹に、バッツは穏やかな笑みで彼を見ていた。
「うるさいっ…!寝るっ!」
 小さく吐き捨ててノブに手を掛けたクラウドの前に、バッツは草むらから取り出したものを投げて寄越す。反射的に受け止めてよく見ると、それは小さな酒瓶だった。
「さっき宿屋の女将さんからもらったんだ。餞別だってさ」
 バッツは彼にやった酒瓶と同じものをゆらゆらさせながら、悪戯っぽくウィンクする。
「付き合えよ。景気付けに一杯やろーぜ!」
「…は。景気付け、か。冥土の土産じゃないだろな?」
 酒瓶の向こうに屈託のないバッツの笑顔がある。クラウドも苦笑を浮かべ、彼の隣に腰を下ろした。

 それぞれの想いを胸に、それぞれの夜が更けてゆく。
 これから先『光の戦士』たる四人の運命がどう動いていくのか…それは、誰にも分からない。けれど、確かな事実が二つあった。
 明日もまた、いつも同じ日が昇ること。
 それと――どんな旅にも必ず終わりはやってくるということだ。
紫阿
2004年05月27日(木) 14時13分09秒 公開
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■作者からのメッセージ
 なんだかんだでここまできて…おきながら、まだ引っ張ります!(苦笑)嵐の前の静けさというところでしょうか。次回はもう、ほぼ全編バトルんですけどね。
 さて、終わりも近いということで、今回はこの場を借りて主人公たちについて一言ずつ。
バッツ:『FF一影の薄い主人公!』の汚名を返上すべく(こらこら)、登場させ、ばっちりリーダーシップ切ってもらいました。それともう一つは、彼の場合、5本編で同年代の男性キャラとの友情がなかったんで(ギルガメッシュとはあったけど)、一杯友情させてあげたいってのもありました。
 設定年齢の割に落ち着いた感じなんですが、天野さん画の彼をイメージしていただければと思います。
ティナ:前にも書いたけど、乗り越えるものが多い彼女。自分自身の中には絶対ないキャラ性なだけに、しゃべらすのには一苦労しました。後で読むとこっ恥ずかしい台詞が満載です。(赤面)
 エドガーとのカップリングを押すわけじゃないんですが、まあこういう展開になることもあるでしょう。
 さて、残る二人は次回で。ではまた!

この作品の感想をお寄せください。
うおー、バトル!いいッスねー!(興奮。)ティナ、やっぱり大変な運命ッスねー。彼女の心情、こんな風に魅せられるなんて、すごいッス。(感動) 50 うらら ■2004-05-29 13:39:50 210.198.101.188
さて、終わりも近いので今までためらってた感想のほどを・・・
最初見たときこんな長い小説を見て「すげー!!」って思いましたね。
自分はFFを9しかやったことがないんでジダンしか知らないんですが・・・
でもなんか見れば入り込めるのがありますね。
P.Sいままでこんなに長いのに感想がつきにくいのはのは単に長くて入りにくいというだけではなく
とあるアンチFFの噂が立つ管理人の報復を恐れて(笑)うわおまえなにをするやめr
50 わた ■2004-05-28 23:06:09 220.108.48.190
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