ファイナルファンタジーシリーズ:FF物語(6)
(後編)

 身を起こすと、強烈な吐き気とめまいに襲われた。まるで、脳ミソと内臓をぐちゃぐちゃに引っ掻き回されたような、何ともいえない不快な気分。
「――う…ううっ……」
 こみ上げる胃液を押さえ込むと、口一杯に酸っぱい味が広がった。
「うえぇ…」
 一刻も早くこの不安定な状態から抜け出さねば…と、本能が必死に警告している。
「ぜぇはぁ……」
 肩で息を吐き、ジタンは一杯に手を伸ばした。…と、右手が何かをつかんだ感触。
(そういえば、ここ、もう浮遊城なんだっけ…?)
 目をこじ開ける努力はしてみたものの、靄の掛かった視界には何も映らない。ともすれば、虚ろな意識はすぐにでもブラックアウトしてしまいそうだった。
 意識を覚醒させるため、仕方なく彼は手探りで詩文の周囲を撫でまくってみる。
(これが浮遊城の床か…?何だか妙に柔らかいんだな)
 ぺた、ぺたぺたぺた……。
(生温かいし…)
 ぺたぺたぺた…むにっ。
(……ん?それに何だか、でこぼこしてる)
 むにむにむに…。
 そこでようやく視界が開ける。そして、やっと気付いたのだ。
「――え?」
 自分が今まで撫でくりまわしていたところは、決して無機物の素材で出来た床や壁などではなく、血の通った生身の人間――見紛うことなきしなやかな、女性のボディだと。
 真っ赤になって硬直したままのティナと、ばっちり目が合ったと時に。
 しかもこの場合、どー見てもジタンがティナを押し倒しているという体勢。
「……あ、う〜…えーーーーっとぉ…、これはその…嬉し…じゃなくてっ、とぉ〜っても突発的な事故でぇ……」
 とかいいつつ、ジタンの両手はティナの両胸をしっかりわしづかんでいた訳であり――結果。
「……□×○△☆っ…やァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」
 ワキを締め、コシを入れ、内角一杯ひねりの利いた右アッパーがその下顎にクリティカル・ヒット。天高くぶっ飛んだ彼の瞬間最高速度は、軽く音速を超えていた…。
「はぁぁ〜っ…ったく、えらい目に遭ったな」
「あはっ…頭ン中、まだぐるぐる回ってるよ」
 しんっ…っと墓場のような静けさが訪れたところに、幸か不幸か何も目撃しなかったクラウドとバッツがやって来る。二人は、ティナより少し離れた場所にいたらしかった。
「お、ティナ!何ともないか?」
 明るく手を振るバッツに、彼女は耳まで真っ赤にして首をこくこく上下させるだけ。
「…で、ジタンは?」
 いつもより過剰反応気味のティナに『?』という表情になりながら、彼はもう一人の仲間の姿を探した。
「ん」
 説明するのもウザったそうに、クラウドが顎をしゃくる。言われるままに目をやると、まずだらんと力なく垂れたシッポが見え、肩から下の身体がぶーらんぶーらんしているのが見えた。肝心の頭部はというと、見事に天井を貫いている。
 目の錯覚などではない光景を、バッツは0.01秒で『よし!見なかったことにしようっ!』と、一人納得する。そこへ、何処にいたのかぎっちょんぎっちょんと例の機械音も賑やかに、マーシーが姿を現した。
「マーシー!何処にいたんだよ?」
「ちょっと見回りです。大丈夫、マダ周りに敵の影はありません」
 予想外に精神的ダメージが大きかったので、クラウドは不機嫌丸出しである。が、恨めしげな視線もロボットのクセになかなかしたたかなマーシーに届くはずもなく。
 彼は白々しそうに天井を仰ぎ、そこでやっとジタンの姿を認めてちょっとびっくりしたように、
「オヤ?ナゼ彼だけがあんなに勢いよく飛び出したのでしょう?」と、首を傾げたものの背中から長いマジックハンドを出して、救出作業に取り掛かった。
「しかし、紙一重でしたね。もう1.5センチ深くめり込んでいたら、外に放り出されていましたよ」
 さらっと爆弾発言しながら、器用に天井深く食い込んだジタンを引き剥がす。
「ほぉ、そりゃあ惜しかったな」
 一連の作業を冷ややかな眼差しで眺めていたクラウドが、つまらなさそうに呟いた。
 バッツも溜息混じりにマジックハンドの動きを目で追っていたが、ふと真っ青な顔で床にうずくまっているティナに気付いて心配そうな顔で話し掛ける。
「ティナ、気分悪いのか?」
「だ…大丈夫、です…」
 ジタンが天井にめり込むハメになった事情を知っている(…というか、モロに原因である)彼女は、恥ずかしさと申し訳なさが相まって、消え入りそうな声で答えた。
「立てるか?ちょっと休んでいく?」と、差し伸べられたバッツの手をそっと押しやり、何とか身を起こす。
「へ、平気っ…です…!さっ!行きましょ…!」
「ところでマーシー。さっき、『外』って言ったよな?」
 曲がりなりにも全員の無事を確認できたところで、クラウドはちょっと引っかかっていた疑問を口にした。
「ここって一体、地上からどれくらい離れているんだ?」
「どのくらい、と言われても…まァ、付いて来て下さい」
 質問に直接答えるわけでもなく、先頭に立ってさっさと歩き出すマーシー。
 クラウドとティナは顔を見合わせ、仕方なく後を追う。ちなみに未だおねんね中のジタンは、バッツにシッポをつかまれたまま、ずるずると引きずり倒されていた。

 マーシーに案内されるがまま、一行は浮遊城最下層の長い廊下を歩いていた。
 宙に浮かぶほどの科学力を以って造られた城だけに、機械一色のごちゃごちゃした内部を想像していた四人だったが、実際はだいぶ違う。
 まず、床は清潔感溢れるブルーのタイル張り。淡く発光してはいるが、眩しさは感じない。周りの壁は目に優しい(?)クリアなグリーンで統一されているし、ごてごてした飾りなども一切なく、適度な照明具合と適度な温度に調節された空間は、快適ささえ覚える。
「へへぇ〜っ!これが浮遊城か!結構シンプルなんだな!そう思わない?ティナちゃ〜ん!」 
 ジタンはゴキブリ並みの生命力で復活を果たし、先ほどの誤解を解こうと必死でティナに食い下がっているのだが、そのことごとくを無視された。……当然の結果である。
 事情を知らないバッツは「今度は何やったんだよ?ジタン」とでも言いたげに、クラウドはいつも通り冷ややかな眼差しで、その様子を傍観していた。
「着きました」
 ちょっとぎすぎすした空気の漂う中、一行がやって来たのは通路の突き当たりだった。
「着いたって…あ、窓…?!」
「ハイ。ここから外が見えます。さァ、ドウゾ」
 そこは一見何もなさそうな場所だったが、壁の一部が切り取られたように丸くくり抜いてあった。ティナが指摘した通り、窓なのだろう。しかし、その向こうは真っ暗だった。
(…もう夜か?)
 案内役のマーシーに促されて窓を覗き、バッツはそのまま絶句した。
 他の三人も次々と窓際に集まり“外”の光景を目の当たりにした瞬間、同じ反応を示す。
「――まさか、ここ…“宇宙”なのか?」
 皆が言葉を失って立ち尽くす中、クラウドがいち早く我に返って言った。彼は以前一度だけ、そう呼ばれた場所に出たことがあった。
 はるか彼方まで広がる星の海。真空の闇。無限の空間。
 普通の生活を送っている人間ならば、たぶん一生手が届くはずのない場所。
「ソーデス。ここは“ウチュウ”…惑星の外の空間です」
 マーシーの一言が、やたら重く圧し掛かる。
「――マジかよ…」かすれた声で、バッツが呻いた。
「ウチュウ…っていったら、夜に空を見上げると、バァーッと広がってる星空の…げ!オレたちホントにそんなトコまで飛んできちゃったのかよ!」
 人知を超えた現実は、ジタンの世界の常識を根底から覆すものだったようである。
「信じられない…。ルフェイン人がこんなに高度な文明を築いていたなんて…」
 機械文明というものに多少免疫のあるティナも、窓の外を凝視したまま固まっていた。
「これが、ルフェイン人の科学技術の全てです」
 しばらくの時間が経ち、皆がどうにか今の状況を受け止められたところで、マーシーはおもむろに口を開いた。
「地上に残した飛空艇や磁場バリアなどは、ルフェイン文明の氷山の一角に過ぎません。
 ルフェイン人は自分たちの文明が地上の民にどれほどの恐怖をもたらすか知っていました。だから、己の手でその技術を地上人から遠ざけようとしたのです。ケレド…」
 彼はそこで言葉を切り、身を翻して歩き出す。ロボットであるがゆえにその表情は読み取れない。しかし彼は、人間で言う“感情”に近い感覚を持った高等なロボットだ。
 だから――自分の生みの親であるルフェイン人と運命を共にしたこの城に戻ってきたとき、何かを感じているはずである。
 ルフェイン人が理想とした平和への願いと、高度文明を築いたがために滅びの瞬間を迎えなければならなかった無念の想いが交錯する、この空虚な空間に。
 だが、四人に彼の胸の内を知る術はない。
 400年の時を経て、全ては過去の出来事となったのだから。
「――けれど…いえ、その恐ろしさを知っていたからこそ、『カオス』はルフェイン人の科学技術を奪うことを目論んだのです」
 マーシーに連れられ、四人はいつの間にか一つの扉の前に来ていた。
「この続きは、もう少し後にしまショウ。ここです。中へドウゾ」
 そこは、一風変わった部屋だった。いや、浮遊城の科学技術から考えればこここそあって然るべき場所なのかもしれない。
 とにかく、視界を埋め尽くすものは膨大な機械群。真正面にはどでかいスクリーンが備え付けられ、それを取り囲むように色とりどりのスイッチやレバー、大小のモニターがあった。スクリーンの前には幾つかの椅子が埋まっており、昔これらの機械類は誰かに使用されていたのだと分かる。
「ここは…?」
 見たこともないメカ類に挟まれてカルチャーショックに苛まれながらも、もっぱら好奇心の方が優先するジタンが、マーシーに尋ねた。
「浮遊城のメイン・コンピュータ『マザー・COM/OD−10』と直結する端末コンピュータがある部屋です。メインCOMはおおかたティアマットに破壊されてしまいましたが、重要なデータは全てこちらに移してあります。それを解析すれば、今まであやふやだったことがはっきりするデショウ」
「……な、なるほど」
 マーシーは背中からマジックハンドを何本も出して、慣れた手つきであちこち操作する。
 いつにも増して流暢な口調の彼に押されっぱなしのバッツたちは、その様子を見守っているしかなかった。
「ですが、こちらも一度全機能を停止させているので、再起動に少し時間が掛かりマス」
と、コンソールパネルを操作しながら一人ぶつぶつ言っていたマーシーが、手を止めて振り返る。
「そういうわけで皆さん、ワタシがここでCOMを調整している間に、ちゃちゃっとティアマットを倒してきてくだサイ♪」
「ちゃちゃっと…って、お前、ンな簡単に言うけどなぁ…」
「ま、いいじゃねーか!ここはマーシーに任せようぜ!」
 困惑顔のバッツをジタンがなだめる。その横でクラウドが、
「確かにな、こういう文明の利器がサルの手に負えるとは思えん」と、鋭いツッコミを入れていた。
バッツは少し考えてから、
「分かった。俺たちは俺たちに出来ることをしよう」と、結論を出し、マーシーの頭にぽんっと手を乗せて言った。
「期待してるぜ、マーシー!」
「アリガトウです」マーシーはカックンと首を下げ、感謝の意を示す。
「浮遊城は全部で五つの階層からなります。ワレワレがいるのはその最下層。上へ行くには無重力エレベータを使いマス。デモ、もしそれが壊されていたら、各階層を連結する非常ワープ装置を使って下さい。モットモ、一度に五階まで上がるのは無理ですが…」
『ワープ装置』という単語に、ジタンの口元が引きつった。
「まさかまた、脳ミソぐっちゃんぐっちゃんになるヤツじゃあ…」
「イイエ。ここのは極めて近距離の移動を行うものです。何しろこの城には階段というものが存在しないので――」
「分かった分かった!」慌てて言葉を遮るジタン。
「と、とにかくティアマットのヤローを倒してここへ戻って来る…ってコトでいいんだな?」
「お願いシマス。あ、それと…」
 言って彼は胴を開き、掌に収まるくらいの長方形の箱を取り出して彼らに渡した。
「コレ“通信ユニット”です。浮遊城内でのトラブルはここのコンピュータを使えば何とか対処出来るので、困ったら連絡してくだサイ」
「いろいろすまないな」
 クラウドは『?』顔のジタンから、通信ユニットを素早く取り上げて言った。
「――ソレデハ、また後ほど会いまショウ」
「マーシー…?」
 ティナは何かを含んだような彼の口調が気になって、部屋から出る間際に振り返る。
 が、彼はただ――黙ってそこに佇んでいるきりだった。

 四人が端末室から出て行くと、マーシーはおもむろにあちこちから赤や黄色や緑のケーブルを引っ張り出して、先端のプラグを片っ端から自分のボディに繋ぎ始めた。
 そしてコンソールパネルに向かい、一心不乱に操作を続ける。
 心なしか彼のボディが淡く発光し始めた時、ブゥン…と、虫の羽音のような低い音がして、巨大スクリーンに乱れた映像が浮かび上がった。
「――やっと、還って来ましたよ」
 マーシーはケーブルが絡まった腕を一杯に伸ばし、映像に触れて呟いた。愛しそうに、優しく…そっと。
「ただいま、マスター……」

 マーシーの予想通り直結のエレベータは破壊されていたので、四人は非常用ワープ装置で一階層ずつ地道に上って行くことを余儀なくされた。
 城の中に動くものの気配はまるでなく、墓場のような静寂が満ちている。
 途中立ち寄った小部屋では、壊れたロボットやコンピュータの残骸を見付けた。それらはもう、二度と機能することのない鉄の塊…。
 ルフェイン人が居た頃は、皆の活気と色とりどりの光が溢れていたに違いない部屋も、今ではただの鉄クズ置き場と化していた。
 400年――過ぎ去った年月の重みを肌で感じながら、四人は最後のワープ装置まで辿り着いた。覚悟を決め足を踏み出す。今までと同じように少し身体が引っ張られるような感覚があって、気が付くと周りには別の景色が広がっていた。
 しかし今度の景色は四階までのだだっ広いフロアとは様子が違った。
 真っ直ぐ奥に伸びる細長い通路と、その両脇に立ち並ぶ数本の柱。通路の幅は大人二人が並んで歩ける程度しかなく、一直線ではあるがあまりに長々と続いているため先の様子をうかがい知ることは出来なかった。
 が、おそらくこの通路の終着点では風のカオス・ティアマットが待ち構えているはずだ。
 走り抜ければ程なく辿り着けるだろう。
 だが。最終階層であるここの空気は、今までとは明らかに違っていた。
 今までの、冷たく無表情な空間とは…何かが。
 四人は、その微妙な変化を本能的に察知して身構える。しばらくの間、不気味な沈黙だけがそこに漂う重苦しい空気を支配し、そして。
「行くぞ」バッツの低い呟きに、全員が頷く。
 彼とクラウドを先頭に、ジタンとティナが後ろに付いて、歩き出そうとした――瞬間。

 ダダダダッ!!!

 踏み出した足のすぐ先で、派手に炸裂する火花。四人はすぐさま元の場所まで引き返し、身を隠す。
「――な、何だぁ?今の…」
 高鳴る鼓動を必死に押さえつけながら、ジタンは通路の様子を窺おうと、身を隠した壁から頭だけ出し…。

 ズガガガガッ!!!

 第二弾の歓迎は、さっきよりも正確に彼の髪の毛を数本弾いて、背後の壁に着弾した。
「ジ、ジタンさん?!」
「……ひ、ひえぇ〜…!」
 火花が散った辺りの床は無数の穴が穿たれていて、細い煙まで立ち上っていた。
「ヤな予感…」
 バッツの脳裏に、滝の裏での出来事が蘇ってくる。
「ちょっと借りる」
 彼は隣に居たクラウドの背中からディフェンダーを引き抜くと、壁の外に翳した。
 幅広の刀身には案の定、狭い通路に陣取ったロボットの大群が映り込んでいる。
「……やっぱりな。おい、どーずるよ?」
 力なく剣を下ろしてクラウドに返すと、通路を隔てた向こうの壁に隠れているジタンとティナに呼び掛けた。呼ばれた二人は顔を見合わせ、お手上げポーズで首を振る。
 このまま突っ込めば確実に蜂の巣。避けることも身を隠すことも出来ない狭い通路で、剣や拳による接近戦は明らかに不利である。魔法も射程範囲があるし、大量のロボット全てに行き渡る前に反撃されることは火を見るより明らかだった。
 さっきの攻撃以後、ロボットたちは沈黙を守っているが、またいつ仕掛けてくるか分かったものではない。普通のモンスターなら隙も突けるが、相手は戦闘プログラムの命ずるまま破壊行為を繰り返す冷酷無比なメカ。例え、何処か一部を破壊されようとも“苦痛”や“痛み”を感じない以上、攻撃を止めないだろう。 
 はっきりいって、絶望的に最悪な状況だ。このまま硬直状態が続いても、解決策は見えてこない。
「くっ…!どうなってんだ…」
 イライラと呟いていたクラウド、ふと何かを思い付いてポケットを探る。
「…!そうか、通信ユニット!」
 彼が取り出したものを見て、バッツが声を上げた。
 ビーッ…ビビーッ…!
 クラウドが操作に戸惑っていると、不意にそれは鳴った。
『ピー…ザザ…ガガ…ガ…ア、アアーこちラ、マーシー。繰り返…しマス、コチラ、マーシー…聞こエ…マス…カ?ドーゾ?』
 顔を見合わせるクラウドとバッツ。向こう側の二人も聞き耳を立てている。
「ええっと…コチラ、光の戦士。どーぞ?」
 バッツが横から応答すると、少し間を置いて返事があった。
『――ガ…ガガ…ミナサン、無事…ザザー…五階でス…ネ?』
「何だかずいぶん雑音が多いな。大丈夫か?」
『ハイ…まダ、調整…不十分…なの…でス。……皆さン、今の状況…ハ?』
「最悪なんだ。何とかならないか?」
 クラウドがこの場の状況を手短に説明する。通信ユニットからはしばらくの間、雑音だけが聞こえていた。時々、雑音の切れ間に別の機械音が混じっているのは、マーシーが何かの操作をしているからだろうか。待つことしか出来ない四人に、緊張が募る。
『……分かり…ましタ。今、アナタがたの…前にいル…ロボ…トは、ザザー…昔、ワタシ…共に、ルフェ…ン人と暮らして…タ……仲間…でス。
 コチラ…で、彼らノ回路…直結…スル、情報ターミナル…ありマス。
 端末…カラ、彼ラ…回路…侵入シ…全…機能…強制停止…させル…出来…マス』
「――はぁ?それってどういう…?」
 マーシーの言葉は途切れ途切れで聞き取りづらい上に、バッツには理解し難い内容だったが、クラウドは構わず呼び掛ける。
「つまり、あそこにいる無数のロボットはそちらからの働きかけがあれば、機能を停止出来る…ということだな?」
『……明確な…回答…でス』
「…だそうだ。で、それたちはどうすればいい?」
 きょとんとするバッツに頷いてみせ、彼は再び訊いた。
『…ザザー…停止プログラム発動…マデ、待ってテ…クダサイ。もうスグ…セット…完了…シマス。心配…シナイデ……』
「その間に向こうが攻撃して来ないか?」
『……彼ラの…レーダー……赤外線――生身の体温…反応スル…タイプ。コチラから…姿…見せな…けれバ…モンダイ…アリマセン…』
「…分かった、お前を信じるよ。それ、始めてくれないか?」と、バッツは答える。
『――ザザ…リョウ…カイ。それト、気を付けテ…ティアマ…ト、洗脳の術…使ウ……』
「ああ、大丈夫だ」
『…でハ…プログラム、セット……』 
 その後しばらく通信ユニットからは雑音と機械音しか聞こえてこなかった。四人は息を殺して短い時間が経過するのを待つ。その重苦しい雰囲気に耐え切れなくなったジタンが何か言おうとした時、再び通信ユニットが鳴った。
『浮遊城全ロボットの…攻撃…システム…緊急停止プログラム…設定、完了』
 マーシーの声はそう言って、カウントダウンに突入した。
『ザザ…緊急停止プログラム…発動マデ…アト、10秒…9…8…』
 バッツとクラウドが、緊張に身を強張らせる。
『6…5……』
 ティナはぎゅっと目を瞑り、ジタンもごくっと唾を飲み込む。
『3、2、1――…ゼロ!』

 カッ!

 直後――狭い通路を突き抜けて、四人が隠れている僅かのスペースも含め、全てが強烈な閃光に包まれた。
 やがて光は収まって、辺りは再び静寂に還る。
「……どう、なったんだ?おい、マーシー!」
 バッツはチカチカする瞼をしばたたかせながら通信ユニットに問い掛けたが、反応なし。
「どうする?」
 ふうっと息を吐き、隣のクラウドを見やる。しかし、彼はすでに立ち上がっていた。
「おい…?!」
 バッツが止めるのも聞かず、通路に出る。通路の向こうの二人がはっと息を飲む気配。
 銃声は、起こらなかった。
「どうやら上手くやってくれたようだ」呟きながら、ゆっくりと歩き出すクラウド。
 あれだけ激しい攻撃を仕掛けてきたロボットたちは、彼が近付いても微動だにせず、石像のように固まっていた。
 それが――超古代文明の落とし子、圧倒的戦力を誇ったロボットたちの、あまりにも呆気ない最期だった。

 風が、渦巻く。
 全てを巻き込み、高く高く上ってゆく風。
 どんなに永い時間(とき)が流れても、風は姿を変え形を変え、常に吹き続けるもの。
 優しく、暖かく、心地よく、穏やかに――けれど。
 時に風は、牙を剥く。風のうねりがひとつとなって、破壊と滅亡の旋律を奏でる。
 そいつは400年の永き時間に渡り、ずっとこの城を支配し続けてきた悪魔。
 うねる風。渦巻く憎悪。四体目のカオス。最後の砦。絶対悪の存在。
 彼の名は――
『ティアマット!』
 ロボットたちの墓場を抜けて部屋に駆け込んだ四人を、“彼”は余裕たっぷりに迎えた。
『よくここまで辿り着いたじゃねぇか。褒めてやるぜ』
 ティアマットの声は、警報機の響きに似ている。
『ここで見ていたわよん♪あなた方が地上のカオスを倒すのを…ね』
 鮮やかなエメラルドグリーンの巨体は、圧倒的な威圧感を見る者に全てに与えていた。
『人間の分際でなかなかやりおる』
 きらりと光る、十二の眼。
『しかし、私はあんなゴミ共とは違うのでねぇ…』
 六つの首が次々にしゃべる。その度に、毒々しい真っ赤な舌と鋭く尖った牙が覗く。
『君たちの運命もここでジ・エンドだよ☆』
 ざざざ…ざわわっ…。
 長い首に沿って生え、背中で一束になった黄金の鬣(たてがみ)が逆立って、さながら別の生き物のように激しく揺らめいた。
『400年前、血反吐を撒き散らしながら私の前に這いつくばって死に絶えた、愚かなルフェイン人のようにな!』
「その言葉だけはっ…!」
「許さねぇぜ!」
 ティアマットの三つ首がそれぞれ、炎、冷気、稲妻を発したのと、バッツ、ジタンが地を蹴ったのは同時だった。

 バチバチバチィィィイッ…ンンッ…!!!ビシィッ!

 凄まじい閃光の嵐。一瞬辺りは真っ白に染まり、誰の姿も掻き消える。
 思わず目を伏せたティナがおそるおそる顔を起こすと、ほんの1メートルほど向こうの床に、大きな亀裂が奔っていた。
 亀裂の淵は火にくべた硝子のようにどろどろに溶け、幾筋もの黒い煙が上がっている。
 今の一撃をまともに食らったのなら、その身は分子単位にまで分解しているに違いない。
「バッツ!ジタン!」ティナは顔面蒼白になって、悲鳴を上げた。
「ふいーっ…あっぶなかった…!」
「やーっと“さん”なしで呼んでくれたね、テ・ィ・ナ♪」
 はっとして周囲を見回した彼女の前に、両脇の柱の影から間一髪で三段ブレスの攻撃を避けていた二人が姿を現す。
「よかった、二人とも…!」
「…だが、あのブレスは厄介だ。迂闊に近付けないな」
 ほっと顔をほころばせるティナ。しかし、クラウドは冷静に戦況を分析していた。
 ティアマットの六つの首はそれぞれに異なる人格と攻撃方法を備えているようだ。
 絶妙のコンビネーションをもつ十二の眼がこちらの動きを逐一伺っている限り、付け入る隙もない。しかも、彼は壁を背にしているので、後ろに回っての攻撃も無理。かといって、正面きって向かっていけば、ブレスの餌食になるのは目に見えて明らかだった。
 まさに、死角なしの完全な砦がそこにある。
「……参ったな。どうする?」
「せめて、懐に飛び込んであの首の一つでも落とせたらなぁ…」
『どうしました?もうお終いですか?』
 手も足も出なくなった彼らの前で、六つ首はそれを嘲るようにうねうねと波打っている。
「懐に飛び込む……か」
 バッツの視線が解決策を求めて宙を彷徨う。そして、ふと何かを思いついたように傍らのティナを呼び止めて言った。
「ティナ。確か毒霧を発生させる黒魔法があったよな?」
「おー、それって確かクラウドの名前に似たヤツだっけ」
 呼びもしないのに横から首を突っ込むジタン。当然、クラウドは不機嫌になる。
「うん、あるけど…でも、毒なんて効くのかな」
「毒は効いても効かなくてもいいさ。狙いは別のところにあるんだ」
 心配するティナに、バッツはにっと笑って親指を立てる。
「――成程。あんたの考えは理解した。先鋒は俺に任せろ」
 クラウドはさすがに彼の意図を見抜いたようで、すぐに剣を構えた。
「だからっ!何なんだよ?!」と、今度は仲間ハズレにされたジタンがキィキィ叫ぶ。
(……こっちも負けず劣らず人格は豊富だな)
 そんなことを思いながら、バッツは仲間たちに簡単な指示を出した。
『相談はまとまったかね?』
 ティアマットは妨害もせず、余裕でことを構えている。自分たちのフォーメーションに絶対の自信を持っているようだ。
「おっし!こっちのチームワークも捨てたもんじゃないってことを見せてやろうぜ!」
 バッツの掛け声で全員がそれぞれに散った。
「クラウダっ!」
 ティナの前で、ぶうんと歪んだ空間からオレンジ色の煙が勢いよく放出する。
『愚かなり。この儂に毒など利くと思うてか!』
 首の一つをぐわっともたげて、ティアマットが吼えた。
煙はティアマットの鼻先に来たところで破裂し、霧となった。霧はその濃さをどんどん増し、六つの首を包み込むほどの範囲に広がる。
『なになになんだよぉ〜?何も見えないじゃないかっ☆』
『うぬぬ…目くらましとは小賢しいことを!』
 ティアマットの人格たちが濃霧の中、ごちゃごちゃと混乱する気配が伝わってきたところでクラウドは一気に仕掛けた。ディフェンダーを振り被り、のど下へ一気に滑り込む。
 霧に巻かれたティアマットに、忍び寄る彼の存在は見えないはず…と、彼は固く信じていた。前方にエメラルドグリーンの鱗が垣間見えた時、柄を握る手に一層力を込める。
 だが、彼は気付いていなかった。自分が致命的で決定的なミスを一つ犯してしまっていることを。それでも普段の冷静さを持っていれば、途中で思い止まったかもしれない。
 しかし、一瞬の勝負に賭けた地点で、他のことはすでに頭から吹っ飛んでいた。
 突然、視界がクリアになった。その時になって、ようやく彼は思い出す。
自分たちが、『風のカオス』と闘っていたことを――
『な〜んてね、ちょっと慌ててみたりしたのさ☆』
『所詮は人間、浅はかよの』
 翼が起こしたトルネードで霧はあっさり吹き散らされ、露になった六つの首は、真正面から突っ込んだクラウドを迎え撃つ形になっていた。
『うふふっ。ツンツン頭のボーヤ、残念だったわねん♪お・か・え・し・よん♪』
 首の一つが吐き出したピンク色のブレスは、クラウドをまともに包み込んだ。
「クラウドーーーーっ!!!」
 右側から回り込もうとしていたジタンが、慌てて駆け寄る。
 クラウドは得体の知れない煙状のブレスの中で激しくむせ、その場でがっくり膝を折った。外傷は無いが、何かしらのダメージを受けたように見える。
「テメー、こいつに何をしたっ?!…まさか、猛毒ブレスかよっ!」 
 叫んで、ジタンは彼の身体を支える。遅れて駆け付けたバッツがそれに手を貸す。
 ティナはすぐさま解毒魔法の詠唱に掛かった。
『フッ…!ハーハハハハッ!!!』
 高らかな嘲笑が部屋一杯に響き渡ったのはその直後だった。そして、すっくと立ち上がったクラウドが、仲間の手を振り払ったのも。
「クラウ――?!」
 驚いたバッツが止めるのも聞かず、彼はディフェンダーを持った右手をだらんと下げ、ふらふらと歩き出した。
 自分の意思とは関係なく、まるで見えない糸で操られたマリオネットのように。
「クラ…!ま、まさか…っ?!」
 バッツの脳裏に、通信ユニット越しに聞いたマーシーの忠告が蘇る。

『それト、気を付けテ…ティアマ…ト、洗脳の術…使ウ……』

「止まれっ!クラウド!行っちゃダメだっ!!!」
「……どうしちまったんだ?あいつは!」
 訝しがるジタンへ、バッツは絶望的に呻いた。
「まずいことになった。どうやらあいつ、ティアマットに“洗脳”されちまったらしい…」
「ええっ?!」ティナは真っ青になって魔法の詠唱を中断する。
『ほほぉ?人間にしてはなかなか察しがよろしいですなぁ。…誰かの入れ知恵ですか?』
 妖しく煌く十二の瞳で呆然と立ち尽くす三人を見下しながら、ティアマットが言った。
『まぁ、そんなことはどうでもいいでしょう。それよりも――』
 込み上げる興奮を抑えきれず、六つの口はそれぞれに不気味な含み笑いを洩らす。
『こちらにいらっしゃい〜ン♪愚かなニンゲンちゃん。アタクシの前に跪いて、永遠の服従を誓っちゃいなさいな♪』
 クラウドは夢遊病者のようなおぼつかない足取りで言われるままに彼に近付き、六つの首の真下で片膝を付いた。
「……う、ウソだろぉ?」信じられないというように、大きく目を見開くジタン。
『全く、下等な生物は揃いも揃ってこの術に掛かりますねぇ。そういえば、いつだったか下等なドラゴンの大群に掛けた時…あれは見ものでしたよ。誰も彼も、今まで仲間だと思っていた奴等に突然背中の肉を喰いちぎられ、驚愕と絶望の表情を顔に張り付かせて墜ちてゆくのですから。あぁ…あの時の快感といったら…!』
「テメェ…うるせぇンだよっ!」
 シャープソードを逆手に構え、ブチ切れたジタンが真正面から突っ込んでいく。
「ジタン!」
 バシュッ!
 と。バッツの声で一瞬クールダウンし、足を止めた彼の前に、稲妻の光が迫っていた。
 持ち前の瞬発力で咄嗟に身をひねったもののその余波は脇腹を掠め、激痛が走った。
「ぐっ…!」呻きながら、倒れ込むジタン。皮膚の焦げる嫌な臭いが鼻を衝く。
 クラウドは、振り返りもしなかった。
『ふふ〜ん。これで一人は動けなくなったね☆』
『さて、そろそろ殺戮ショーの開始とシャレこもうじゃねェか!』
『術に掛かった哀れな子羊ちゃん。そのコの首を刎ねちゃってン♪』
 ティアマットの命令に、それまで無反応だったクラウドがゆっくり立ち上がる。そして、ディフェンダーを持つ手をスゥと引き上げ、上段の構えを取った。
「バカな!おい、どうしちまったんだ?!クラウド!」
「ムダさ、バッツ!今のこいつにゃ、何を言っても届かねェよ!…クソっ!」
 ジタンは忌々しそうに舌打ちし、せめてもの抵抗にシャープソードを頭上に翳す。
 クラウドが更に腕を反らせた、その瞬間。
「ダメぇっ!!!」
 命を狩るものと狩られるもの、両者の間に立ち塞がったのは…ティナだった。
 白く細い腕を一杯に広げ、彼女は声の限りに訴える。
「何で?何でこんなことになっちゃったの?!何故あなたなの?クラウド…っ!あなた、わたしに真実の“愛”の意味を教えてくれたじゃない!それなのに、なんで…」
 ひしっ!
 広げた両手をクラウドの胴に回し、思いっ切り強く、しがみつく。
「絶対に、絶対にダメ…!お願い!クラウド、いつものあなたに戻ってよ!」
 彼は未だ剣を掲げた格好のままで、眉一つ動かさない。
『……何それ?何なのよ、それっ!!!ウザいのよ!ムカつくのよ!!ムシズが走るのよっ!!!きぃぃっ…!もうっ!ゼッタイに許さないンだから!
 こうなったらもう、命令変更するわ!先にそっちの女を殺っちゃいなさい!…あ。でも、ただ刺し殺すのはダメよン♪その女の腹を割いて内臓を引きずり出すのン♪』
『ほほぉ、良いことを考えましたなぁ。美しい女の顔が苦痛に歪む様はなかなか画になりますからのぅ』
 ティアマットたちはティナを殺す算段について、あれこれ考えを巡らし始めた。
「…ったく、このゲス野郎どもがよっ!」
 手負いのジタンが剣を支えに立ち上がり、首たちを睨み付ける。
『では仲間を殺しますか?おそらくその前に、女の首は飛んでいるでしょうがね』
 と、ティアマットは面白そうに哂う。
『あはん♪アタクシが一声掛ければ、そ・れ・で、ジ・エンドよン♪』
 彼らは完全に勝ち誇っていた。次に起こる惨劇を想像して悦びを噛み締めながら視線を落とし――瞬間、六つの顔が一斉に凍り付く。
 今まで自分がいいように操っていたはずの人間の姿が、その場から忽然と消え失せていたこと、そして、ターゲットの女が無傷でへたり込んでいることに。
「残念だったな」押し殺した低い声は、顔のすぐ側でした。
 本能の命ずるままに、彼は長い首をひねる。
 彼は自分の身に起こったことを瞬時に判断しかねたろう。
 一太刀で胴体から斬り落された首の一つが、青紫色の体液をぶちまけつつ落下(おち)る。自分のブレスで焦げた床の上を転がっていくのを、残った十の目で追う。やけにゆっくりで白々しい、ひとつひとつの映像。
 初めて目にする光景――それはまるで他人事。
 あまりに鮮明すぎて、現実のものとは思えない。
 それから少し経った時、彼はようやく首の一つが何者かに斬り落されたのだと認識した。
 と、同時に。激しい痛みが全身を貫く。
『……っぎゃぁあぁあぁぁーーーーーーーーーーーッ!!!!!』
 首たちの絶叫が見事な不協和音のハーモニーを上げる。
「――クラウ…ド…?」
 ティナは夢うつつの表情で、目の前に降り立った人影に見入っていた。
「お前、正気…か?」
「当然だ」
 呆気に取られているバッツとジタンにも、クラウドは悪びれた様子もなくあっさり答える。それから手にしたディフェンダーをくるくる回し、ティアマットの血を振り払ってから背中の鞘に収めた。
「……ってコトは、テメー、最初っから洗脳なんてされてなかったんだなっ?!」
 詰め寄るジタンのこめかみがピクピク痙攣している。
「ああ…。おそらくはバハムートの加護だろう」
 クラウドは取り合わず、へたり込んだままのティナに優しく手を差し伸べた。
「悪かった。ティアマットの真下に近付くには、この方法しか選べなくてな」
「……心配、しちゃった」
 彼の真っ直ぐな視線にティナはようやく夢から覚めた顔になって、その手を握った。
「Σθдθ;; おいっ!てっ…テメェ!どさくさに紛れて何やってんでェ!」
怪我したこともすっかり忘れて、突っ込むジタン。クラウドはもちろん完全無視。
「――でも…よかった」 
 ティナは少し潤んだ瞳でクラウドを見上げ、ちょっとはにかむ。自分の一番愛した女性とよく似た微笑みにクラウドは一瞬はっとし、それから力強く頷いてみせた。
 それは二人にとって束の間の、心安らぐ瞬間だった。
 ちなみにイイ感じで見つめ合う二人を前にキーキー騒ぎ続けていたジタンは、案の定、蚊帳の外だったりする。
『ききき、貴様らクズ人間の分際で、この俺様の首をよくもぉぉぉーーーーーッ!!!』
 見れば、さっきまでの人を食った態度は何処へやら。すっかり本性を剥き出しにしたティアマットが残る五つの首をめちゃめちゃに振り回して突っ込んでくるところ。
「……何か、怒らせちまったみたいだぞ?」
 呆れたように呟きながらも、バッツの視線は油断なく首の動きを目で追っている。
 その動きは一見どうにも止められないほどの激しさと勢いがあるようでも、冷静さに事欠いた分、無駄が多い。あちこちの壁や柱にぶつかって跳ね返っての繰り返しだ。
 バッツは狙いも何もないブレスの隙間を掻い潜り、一本の首の真下まで奔る。それに気付いた首も彼に狙いを定め、突っ込んできた。
「ストライ!」
 ティナが放った攻撃力上昇魔法の後押しを受けて、バッツは首を十分引き付けたところで跳んだ。常人の数倍の跳躍力で反動を付け、ティアマットの下顎を思い切り蹴り上げる。
『グアッ!』
 仰け反ったその口から青紫の体液がほとばしる。その真上でバッツはくるりと身を反転させ、今度は両足に全体重を掛けて落下した。着地地点はティアマットの鼻面だ。
 ガチーン!
 限界まで開いた口が一瞬にして閉ざされた時、彼の鋭い牙は限界まで伸び切った己の舌を噛み切っていた。
 ぬちゃっ…!
 着地したバッツの横に、どす黒く変色した舌の先端が降ってくる。同時に力を失った首が、だらんと床に転がった。残す首は、あと四つ。

「ヘイヘイ!おマヌケな首さんたちよぉっ!」
 同じ頃、バッツの反対側ではジタンが日本の首を相手に闘っていた。彼は持ち前の素早さでちょこまかと逃げ回ってはシャープソードであちこちに傷を付けていく。
 それは決して致命傷ではなかったが、相手を怒らせるには十分すぎるほどのおちょくりぶりだった。首たちが何も考えられなくなるまで、ジタンはとにかく逃げ回った。
「よぉし!そろそろいいかな?ティナ!」
「はいっ!インビジ!」
 フッ…!
 ティナの魔法で分身するジタンの身体。もちろんそれはただの残像にすぎないが、物事を冷静に判断出来なくなっている相手はますます錯乱する。
「ほらほら、こっちだよん♪」
「なんちゃって、ホントはこっち〜!」
「バーカ。ドコ見てんだよ!こっちだってば!」
「さて、本物のジタン君は何番でしょう?」
『??』
 ぐるぐるぐる…二つの首はジタンの影に翻弄されてあちこち動き回る。そのうち、彼らは異変に気付いた。いつの間にか自分たちが微動だに出来ないほど絡まっていることに。
「あははっ!ダッセェの!」
 軽口を叩きながら一人の姿に戻ったジタンは、彼らに確実なトドメの一撃をくれた。
 残った首は、あと二つ。

「!」
 バッツとジタンの補助魔法を掛けた後、クラウドのところに行こうとしたティナの前に、スゥッと黒い影が落ちる。
 血走った目を剥いて荒い息を吐き、それは今にも彼女に襲い掛かろうとしていた。
「闘わなくちゃ…いけないのね?」
 ティナは少し切なそうに目を伏せ、やがて何かを決意したようにぐっと頭を起こす。
 腰の鞘からスラリと抜き放ったレイズサーベルを構え、真っ直ぐに首を見据えて。
「セーバー」
 魔力を与えられた剣は彼女の瞳と同じ色に、淡く発光し始めた。
 首はいたずらに頭突きで彼女を狙ってくるが、他の場所で受けたダメージが蓄積している分、動きもかなり鈍い。ティナは冷静に首の動きを読み、そして。
 ずん…!
 脳天が目の前まで降りてきた瞬間、レイズサーベルを突き立てた。剣の柄が首の痙攣に併せて小刻みに震える。ティナは更に力を込め、それからすっと手を放した。
 首は最期にビクッと跳ね上がり床に落ちると、それっきり動かなくなった。
 残る首は――あと、ひとつ。

 クラウドは最後の首と対峙していた。でっかい図体の真正面。
『成程…な。これがちっぽけな…人間の…実力だというのか……』
 五本分の首のダメージはかなり決定的だったようだ。ティアマットは青息吐息で喘いでいる。
「俺たちだけの力じゃない」
 ディフェンダーを抜き放ち、クラウドは静かに言った。
「バハムートが俺たちを護ってくれたからだ」
『――ふん。バハムート、か』
 ティアマットが口の端を歪めて嗤う。濁った瞳に映るのは、クラウドではなかった。
『あの下等なドラゴンは、いつもそうやって私の邪魔ばかりする…。
 400年前も――私よりもはるかにちっぽけで弱い存在のなのに…何故…なのだ?』
「バハムートは独りじゃない。だから、強いんだ」
 クラウドの言葉にティアマットの首が、ゆらっと動く。400年間、ずっと溜め込んできた想いを全て吐き出してしまうかのように、彼は呟く。
『奴等を操り同士討ちを仕掛けたときも、奴は決して元の仲間を攻撃しようとしなかった。
 あんなところでぐずぐずやらなければ、或いはもっと早く私に追い付き、トドメをさせていただろう。多少の犠牲を払っても、それが一番近道のはずだ…』
「それがバハムートの心の強さだ。そして俺たちもまた、彼の強さを受け継いでいる」
 剣を掲げるクラウド。ティアマットは自嘲気味に嗤い、きらりと光る刀身を見つめた。
『トドメを刺すか…人間よ。だが、今や…その必要も、ない…だ…ろ、う…ッ!』

 ズウゥン…!

 そう言うと、最後の首は呆気なく落ちた。クラウドは剣を鞘に収め黙って背を向ける。
『――フ、フ、フ…。確かに今回は我等が敗北し、お前たちが勝った。しかし、覚えておくがいい…。全ての“終わり”は“始まり”に繋がるのだということを、な…』
 自らがぶちまけた青紫の血溜まりに顔を埋め、ティアマットは息絶えた。

「おーい!クラウドー!」
 ティアマットの骸を呆然と見下ろしていたクラウドは、その声で我に返る。
「これでようやくカオス全員を倒したってことだなっ!」
 バッツはぽんと彼の肩を叩き、明るく笑った。周りには、ジタンとティナも集まって来ていて、晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
「ああ…」
 返事はしてみたものの、クラウドは素直に喜んでいられなかった。
(――ティアマット…)再び、目を落とす。
「どうしたんだ?浮かない顔して」
「いや、何でも…」
 その様子に気付いたバッツが、心配そうに彼の顔を覗き込む。
「今頃になってビビっちまったんじゃねぇの?」
 後ろでジタンが野次を飛ばしていたが、彼の頭は今、ティアマットが死ぬ間際に残した言葉で一杯だった。
(『全ての“終わり”は“始まり”に繋がる』…だと?一体どういう意味なんだ……) 
「…?ヘ〜ンなヤツ」
 相手にされなかったジタンは密かにつまらなさそうにして、バッツに向き直った。
「ところでさ、あんたの番だぜ。最後のクリスタル」
「ああ、そうだったな」
 指摘されてバッツはようやく本来の使命を思い出す。ポケットからかけらを取り出し、奥の部屋へ走って行った。ジタンとティナが後を追い、遅れてクラウドも続く。
 部屋の中はやけに静かで、中央には今までと同じように白い石柱が立っていた。
 バッツはかけらを握り締め、一歩ずつ、ゆっくりと近付く。そして、柱のすぐ側まで来た時、かけらを握り締めた手が淡いグリーンの輝きを放った。
「――風のクリスタル…」
 ぱっと手を開く。ふわりと渦巻いた風が、柱を優しく包み込んだ。
「また、逢ったな」
 彼の小さな呟きは他の誰にも聞こえない。ただ、元の姿を取り戻した風のクリスタルだけが、それに応えるかのようにきらりと光った。
「よぉっし!これで一件落着!さーて、さっさとオサラバしようぜ!」
 ようやく肩の荷が下りたとでも言うように、大きく伸びをするジタン。
「おいおい、ちょっと待てよ。マーシーの方がどうなったか…」
「あ、そうだっけ!」
 早々に魔法陣に向かおうとする彼を、バッツが慌てて呼び止める。
「ええと、通信ユニットは?」
 振り向いたバッツのすぐ前に、それはあった。
「さっきから呼び掛けてるんだけど、ぜんぜん反応がないの…」
 ティナは通信ユニットを持ったまま、申し訳なさそうに呟いた。

 メイン・コンピュータ『マザー・COM/OD−10』
 浮遊城の心臓部。核。中枢。頭脳。
 ここにはありとあらゆる情報が集められ、分析、解析、処理されていた。
 そう――400年前までは。その圧倒的な科学力を誇った機械も、現在では無残に破壊されたただの鉄クズと化している。けれども、ルフェイン人が命懸けで集めたデータはある場所に転送され、保存された。すなわち、メインCOMと直結する端末室に。
 全てのデータがここで永い眠りに就いた。いつかここを訪れる者たちがティアマットを倒し、400年前、闇に葬られた『カオス』の秘密を解き明かしてくれる日が来ると信じて。

 端末室に飛び込んだ時、目の前に広がる異様な光景に四人はハッと息を呑む。
「――こいつぁ…」呆然と呟くジタン。
 無意識に踏み出した足が、床に散らばったケーブルに引っ掛かってこけそうになる。
 別れ際にマーシーが言った通り、機械群は再起動を果たしたようだった。室内は色とりどりの人工ランプで満たされ、先ほどとは比べ物にならないほど明るい。
 だが、彼らの視線は部屋の奥、ちょうど真正面に広がる巨大スクリーンの前の物体に釘付けだった。それはさながら、巨大なクラゲ…いや、ミノムシ。
 とにかくその物体は、無数に生えたように見えるケーブルの塊なのだった。
「お、おい?マーシー?」
 バッツは縦横無尽に床を這うケーブルにつまずかないように注意して、おそるおそるその物体に近付く。彼が部屋の中央付近まで来た時、ビィン…と低い電子音がした。
「あ!あれ…」何かに気付き、声を上げるティナ。
 彼女が指差す先に、巨大スクリーンがある。最初に見た時、沈黙していたはずのそれには、ぼんやりと何かの映像が浮かび上がりつつあった。
 目を凝らしよく見ると、それが世界地図の映像であることが分かる。
 画面は、更に切り替わる。次の現れた映像は全部で四つ。
 そして四人は、そのどれにも見覚えがあった。映像の下に、文字が浮かび上がる。
 驚くべきことに、それは四人が読むことの出来る文字だった。 

 >アース ノ ドウクツ
 >グルグカザン
 >カイテイシンデン
 >フユウジョウ

 切り替わる画面。二回目に現れた世界地図は、四つの大陸から伸びた光の筋が中央の一点に集まっている映像だった。が、それも一瞬だけで、また別の画が映し出される。
 四人には分かっていた。それが何処の何の映像なのか。下の文字など見なくても。
「カオスの…神殿」バッツが呻く。
『ザ…ザザー…』
 次に現れた画面はだいぶ映像が乱れていた。けれど、映し出されたものが人間の顔の輪郭だということだけは辛うじて見て取れる。
『ザッ…ザザ…私は…ザザー…ルフェイン人、あるいは…ザザ…天空人…呼ばれている。
 諸君が…ザザー…この映像…見る頃、我々すでに滅び去って…ザ…ことだろう…。
 …ザザ…君達がカオスを排除し…ッザ…ここに来ること…我々…ザザ…信じている。
 我々…は、カオスの…秘密を解き明かし…ザザ…データ残すこと…成功し…た。…確かに…ザザー…この世界…四体のカオスによって…滅びつつ…ザザ…。おそらく諸君は…ザ…そいつらを倒し、ここ…来たことだ…う。だが、諸君が倒した…四体…ただの――影」
「なっ…?影?!」
『ザザー…先ほど…の映像。四つのカオス、祭壇の場所…ザザ…それらからある一点に流れ込むプラズマ流…ザッ…諸君も気付いているはず…あのあ場所…カオスの神殿であると。
 ザザ…この場所に全ての元凶…いる。我…ここまで解析…ザザ…その元凶…正体探るため、ガイア五騎士…と…名の勇敢な…五人の戦士…送り込んだ…彼等再び帰ってくることは…なかっ…――ザザザー…ピー…レーザメモリー…エラー…データ回線破損…ザザザ…バックアップ機能低下…ピー…メモリーキューブ…修復不可…全機能停止…ゼン…キノウ…テイ…シ…ピーッ…!……ザザザーーーーーーーーーーーーーー…………………』
 画面が暗転した後も、四人はしばらく口が利けず、呆然と突っ立っていた。
「――な、何だったんだろう…?今の……」
 画面の向こうの顔が告げた衝撃的な事実。雑音が酷かったけれど、彼の言葉は、一字一句洩らさずに聞いた。聞かずにはいられなかった。
「…ふ、ふざけるな!何なんだ、これはっ…!」
 クラウドが光を失いつつあるコンソールパネルを思い切り叩き付け、叫ぶ。
「カオスは四体とも倒した!俺たちの役目は終わったはずだ!それなのにっ…何故俺たちは元の世界に戻れない?!」
「――それハ、アナタが…選ばれた…光の戦士…ダカラ…でス」
 聞き覚えのある声が、四人のすぐ側でした。低く曇った合成音声。四人はきょろきょろと視線を走らせたが、あの愛嬌あるずんぐりしたボディは見当たらない。
「マーシー!何処だ?!」
「ココ…アナタの…すぐ近ク……」
返事はすぐにあった。四人から最も近い場所で。
「――まさか…!」
 何を思ってか、ジタンは目の前の巨大ミノムシから生えたケーブルを、手当たりしだい引きちぎり始める。巨大ミノムシの正体が判明するまで、長い時間は掛からなかった。
『マーシー!』
 ケーブルを掻き分けていった先に覗く、色あせた赤いレンズを見た瞬間、四人はほぼ同時に叫ぶ。それから彼らは、一心不乱にケーブルを抜いた。
「おまえ、一体なにやったんだよ?!」
 ようやく露出した肩をつかみ、激しく揺すぶりながら問い詰めるジタン。
「――端末…コンピュータ…再起動ニ、ワタシの電力…スベテ使用し…マシタ…」
 マーシーは弱々しい声で答えた。おそらく、彼の内部に流れる電気エネルギーはほとんど空っぽの状態に違いない。
「そんなことしたら…あなたはっ…!」ティナがぐっと息を詰まらせた。
「…分かって…マシタ。こうなるコト…最初カラ……」
「そうじゃねぇだろ!」ジタンは怒りすら覚えて叫んだ。
 かつて彼はこうやって、少しずつ時間が停止ってゆく仲間を看取ったことがある。
 機械の仕組みはよく分からないが、彼には目の前のロボット・マーシーとその仲間の最期の姿が重なって見えた。
「何で勝手にそんなことするんだよ?!オレたちがいない間に…なんで……」
「ジタン…サン…」子どものように泣きすがる彼を、声は優しく諭す。
 ジタンはハッと顔を上げ、マーシーを見つめた。
最初は不気味に見えた顔のレンズの赤い色が、今は限りなく温かい。 
「ジタンさん…バッツさん…クラウドさん…ティナさん…聞いテ、クダサイ…」
 マーシーは僅かに首を動かした。皆の姿を求めるように。四人は赤いレンズの前に集まる。彼らの姿を確認すると、マーシーはゆっくり話し始めた。
「……ワタシ、ココで生まレ…ましタ。さっき、スクリーンに映った顔…ワタシ創った人…ワタシのマスターでしタ。…ナマエ、『デッシュ』いいマス」
「デッシュって、じゃあ…ルフェイン人の隠れ里にいたデッシュ6世の?」
 チャイムをくれた青年の顔を思い出しながらバッツが訊くと、マーシーは微かに頷く。
「――先祖デス。彼ハ…時空転移装置ヲ使い、ワタシ…400年後の未来に転送シまシタ。
 転送ポットの…フタ…閉めル前に、マスター…いいマシタ。
『光ノ戦士…探しテ、再びココへ、ワタシ…生まレた“コキョウ”…還っテ来い…』ト…。
 そしてワタシ…ようやく還って来まシタ。…ダカラ、後悔しテまセン。
 モチロン、アナタ方に出逢えタことも…。マモナク…ワタシモ、しゃべルことデキなくなるデショウ。…デモ、哀しまないデ…クダサイ。
 ワタシ、ロボ…トとして、この世に生まれテ良かっタ…思ウ。マスター…トテモ可愛がってくれタし、ワタシ…マスター愛してル…とても。
 機械ガ…こんなコト考えるの……変ですカ?」
「ううん!ちっとも変じゃない!」
 ぶんぶんっと首を振り、ティナは夢中で叫んだ。
「愛を知る権利は誰にだってあるもの!花も鳥も、小さな虫や魚にだって…もちろん、あなたにだってちゃんとある!絶対、ぜったいあるよ!ね…そうでしょう?マーシー!」
「――ティナさん…アリガト…でス」
 マーシーは穏やかに微笑む。微笑んだように…見えた。
 例え表情の無い金属のロボットでも、彼は確かにその時――人間以上に人間らしく、微笑んだのだ。
「皆サンとは…ココでお別れデス。デモ、ワタシは…独りじゃありまセン。ココにハ、400年前…マスターや他の…ルフェイン人タち…ロボットの仲間と…イッショニ過ごしテ…キタ時間…大切な想い出、いっぱい詰まってマス。…だから、トテモ…あったかい。
 ワタシ…風のクリスタルと一緒に、この広イ…宇宙カラずっとズット見守っテまス。
 地上ノ運命を…行く末ヲ…アナタたちノ最後の闘いヲ。どうカ後のこと…よろ…しク」
「ああ、オレたちに任せろ!全ての元凶とやら、必ず倒してみせるからな!」
 熱を失い冷たくなっていくマーシーの手をぎゅっと握り、ジタンは力強く頷いた。
「ここまで来たんだ。行くとこまで行くさ!」
 バッツがビッと親指を立てる。
「大丈夫…みんなが、ついてる」
 とめどなく溢れる大粒の涙を拭おうともせずに何度もマーシーの頭を撫でるティナ。
 クラウドは黙ってマーシーを見つめた。言葉にしなくても、彼の瞳に宿る揺るぎない決意が全てを物語っている。
「――それでハ、みなサン。ワタシの…残りのエネルギーで、ワープ装置が動くうちニ、クリスタルルームの…魔法陣カラ、地上に…降りてクダ…サイ」
「マーシー…」ジタンはまだ、彼の手を離せずにいた。
「ジタンさん…こノ部屋ノ隅に、タブン、ケーブルに…隠れてまスけど、銀の箱…探シテくだサイ。その中に、ルフェイン人の開発シタ…この世でモットモ硬い金属…『アダマンタイト』入っテ…マス。加工…スレバ、きっと…強い剣に…なるハズ。
 ドウカ、それヲ…ワタシの身代わりニ…しテ……」
「マーシー!でも、オレっ…!」
「……サァ、行っテ下サイ!モウ…時間がない…デス!」
 必死に食い下がるジタンの手を最後の力でそっと押しやり、マーシーが叫ぶ。
「立て、ジタン!」
 マーシーの手から離れ、空を切るジタンの腕をバッツが素早くつかみ、引っ張る。
 ジタンは抵抗したが、がっちり食い込んだ彼の手を振り解くことは出来ず、そのままずるずると引きずられていった。

 四人が出て行くと、端末室は時が停止ったかのような静寂に包まれた。
 程なく、浮遊城全体も凍った時間の中に閉ざされることだろう。
 血塗られたあの日から400年を経て、ようやく訪れた安息の瞬間――その幸せを、マーシーは今、全身で受け止める。
「――マス…ター…」
 掠れた声で呟き、彼はそれっきり動かなかった。

 地上に降り立った四人を、激しい砂埃が迎える。
 ここからミラージュの塔を見上げていたのはほんの数時間前のことなのに、何だかずいぶん永い時間が経ったように思えた。
 地上の景色が、自然の色彩が、やけに懐かしく…とても、切ない。
 不思議な気分だった。誰かが『今までのことは全てミラージュの塔が見せた幻だよ』と囁けば、彼らは納得してしまうかもしれない。
 けれど――マーシーが最期の瞬間に託した『アダマンタイト』は紛れもなく現実のもので、彼らの手の中にあった。
 銀色の箱の中で、淡くブルーに輝く金属の小さな粒が輝いている。
 それは無数にあって、手ですくうと指の間からばらばらと零れた。まるで滅び去ったルフェイン人や、浮遊城と運命を共にしたマーシーの涙のように。
 彼は不幸だったのだろうか?それとも…幸せだったのだろうか。
 その答えを唯一見つけられる場所があるとすれば、それは。
「――行こう。カオスの神殿に」
 言ってバッツはぐっと拳を突き出した。その上に、ジタン、クラウド、ティナが黙って自分の手を乗せる。
 地平線の向こうに沈み行く夕日が四人を照らし、その影は乾いた砂の上を何処までも伸びていった。


                          to be continued


紫阿
2004年05月25日(火) 19時10分46秒 公開
■この作品の著作権は紫阿さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
 リッチ、マリリス、クラーケンに関しては、なるべくゲームそのままのしゃべりを使っていますが、今回ティアマットの「六つの首にそれぞれ人格がある」というのはオリジナル設定でして…。
 はて?どこかで見た人格が…なんてことがふと頭をよぎっても、それはきっと錯覚ですから!
 さて、前回言った名前の元ネタばらし。アディリスはロマンシングサガ1のドラゴン、グゥエインは同じく3に登場。
 マーシーは初代聖剣伝説に登場の古代遺跡探索ロボットなのですが、ここでの運命もまた…なわけで、ダブらせてみたのです。
 さて、ようやくクライマックスが近付いてきました。ここまで根気よく読んでくださった方へ、もうしばしのお付き合いを、よろしくお願いします。

この作品の感想をお寄せください。
むー、毎回毎回、ここまで書き込めるとは、すごいッス!!(しつこいかもしれないッスけど。汗)ジタンに翻弄される敵の姿を想像して、クスクス笑ってしまったッス!(そこまで描写が核心をついているッスよー。)クライマックス!・・・でも、この小説があと少しでクライマックス、なんて淋しいッスねー。(←作者の予定を狂わせるな!) 50 うらら ■2004-05-25 22:25:33 210.198.102.46
合計 50