ファイナルファンタジーシリーズ:FF物語(5)
第六話 死闘!試練の城

 クラーケンとの戦いから三日ほど経つと、バッツも何とか活力を取り戻した。
 宿の一角にてようやくまともに顔を合わせた四人は、先ほどからずっと、最後のカオス妥当のためのささやかな作戦会議にいそしんでいる。
「……で、これがその『石』なのか?」
 誰にともなく尋ねたバッツの視線が、テーブルの中央に置かれた石の板に注がれる。
「ああ。何か文字のようなものが彫られているが…読めないんだ」
 苔むした石版の表面を指でなぞりながら、クラウドがぼそっと呟く。
 問題の石版は人魚のサラが海底神殿から脱出する際に持ち出してきたものである。
 彼女はクラーケンが大事に隠し持っていたそれが、何か重要な意味を持つものだと考え、地上に戻った後、四人に託した。
 彼らが頭を悩ませているのは謎の石版のこともあるが、最後に残った風のカオス・ティアマットの居場所について、手がかりが何も無いことだった。
 飛空艇を探しに行ったビッケからはまだ何の音沙汰もなく、彼らはここで足止め状態のため、イライラも募る。
「あ〜も〜!分からねぇよ!この石が一体なんだってんだ?!」
 特にジタンは、サラを始め人魚たちが元々の住処だった海底神殿を再建するため海底に帰ってしまったことと、ティナが連日バッツの看病につきっきりだったことで、さらに不機嫌だった。残った相手がクラウドでは、睨み合いしかすることがないのだし…。
「う〜ん…。考えても分からないし、移動手段もないってのは困るよな」
 石版と皆の顔を見比べながらバッツが唸った時、
「へぇ〜!驚いたな。こりゃ、ひょっとして『ロゼッタストーン』かい?」
陽気な声がして、ぬっと伸びてきた手が目の前の石版をひょいと取り上げた。
「うむむ…やっぱりそうだ。すごいな!あの話は伝説じゃなかったんだ」
「――な、何をする…っ?!」
 不躾な乱入者の行為を見咎めたクラウドが慌てて席を立った。が、声の主の顔を確認した途端、はっとして息を呑む。
「あんた…ウネ?」
「残念でした!」
 石版を手にした乱入者――長身の青年は、ニッと笑って四人のテーブルに就いた。
「でも、ウネを知っているのなら話は早い。ああ、自己紹介が遅れましたね。私はウネの弟で『ドーガ』と言います。よろしくお見知りおきを」
「お、弟さん…ですか?」
 よく見ると、彼は確かにウネよりも日に焼けて、服装も冒険者風だった。しかし、顔立ちや髪型は鏡に映したようにウネとそっくりである。
「年齢が一つ違うんですけどね、よく双子なんじゃないかって間違われますよ」
 目を丸くするティナに、ドーガは人懐っこい笑みを浮かべて答えた。
「でも性格はまるで逆でね、兄はああ見えて結構努力家の生真面タイプだから、こうと決めたらとことん突き進む頑固者。私はいい加減で飽きっぽくて、そのくせ好奇心は人一倍あるもんだからすぐに新しいことを始めたいんです。
 昔は兄と考古学をやっていたんですが、意見の食い違いから今はご覧の通り、別の道を歩んでいるんですよ」
 四人はぽかんとして、彼の話を聞いていた。口調は丁寧だが、気さくな感じで人を引き込む話術に長けているようだ。
「じゃあ、ドーガさん。さっきこの石を『ロゼッタストーン』と言ったのは…」
 石版を指差しバッツが訊くと、彼はまたニッと笑って、
「そう。兄が一生懸けて追い続けている、『ルフェイン語』解読の手掛かりになる石が、まさにこれなんです。…いつも聞かされていましたからね。ルフェイン人の築いた高度文明に空飛ぶ船――もう、耳タコでしたよ!」
 耳を塞ぐ彼のおどけた仕草に、ティナもつられてふふっと微笑んだ。
「でもまぁ、その石が見付かったってことは“あの話”も本当なのかな…」
 独り言のような呟きに、クラウドの眉がぴくっと動く。
「あの話?」
「あれ?兄から聞いていませんか?『浮遊城』の話」
 首を傾げるドーガ。四人は黙って首を横に振った。
「『浮遊城』――空よりも更に高い場所にあるという、ルフェイン人最後の遺物ですよ。
 現在ではこんなこと知ってる方が珍しい…というか、頭でも打ったんじゃないかって疑われるのがオチなので、私はめったに口にしませんが。
だた、兄は今でも浮遊城が実在するものだと強く信じています。その取っ掛かりになるかもしれないロゼッタストーンが見つかったとなれば、さぞ喜ぶでしょうね」
「そういうことなら、行こうぜ!ウネのところへ!」
 少し考えて、ジタンが勢いよく立ち上がった。他のメンバーも同じことを考えていたようで、すでに席を立っている。
「……だが、問題は移動手段だ」
明るくなったムードの中、クラウドだけは顔を曇らせていた。
 
 ばたん!
 
 派手な音を立てて宿のドアが開け放たれたのは、その時である。
「旦那方!面倒なことになりやしたぜ!」
 ドスの効いた声と共になだれ込んできたのは、お馴染み海賊・ビッケ。その顔が緊張と興奮で僅かに上気している。
「よぉ!いいところに来たな、ビッケ!飛空艇のありかは分かったのか?」
「へぇ…分かったことは分かったんですが、ちょいと厄介な場所に墜落してるんでさぁ」
 ビッケは傍らのドーガを気にしつつも、四人に近付きそう言った。
「厄介な場所?」
 バッツが訝しがると、彼は心持つ怯えた顔になって声を潜めた。
「それが、『ドラゴンの洞窟』なんでさ。そこには世にも恐ろしい人喰いドラゴンがそりゃあもう、うようよいるって話ですぜ」
「ははははははっ!あはははははっ!!!」
 突然――ビッケを始め、その場にいた全員が面食らう大笑いが宿屋一杯に響く。ふと見れば、ドーガが可笑しくて堪らないというようにお腹を抱えて笑っていた。
「おい!何がおかしいんだ、そこのニィちゃん!だいたいアンタぁ、何者でいっ?!」
 気を取り直し、ビッケはさっそく食って掛かる。
「彼はドーガ。メルモンドで会ったウネの弟さんだよ」
 ある程度予測していた展開に、バッツは慌てず騒がず仲介に入った。
「…へ?あのウネ先生の弟なんですかい?」
「そういうことです」紹介されたドーガは、にこやかに会釈する。
「でも、何がそんなにおかしかったんだ?」
 ジタンが訊いても彼は直接答えずに、付いて来るよう手招きした。

 訳も分からないままドーガに連れてこられたのは、オンラクからだいぶ離れた森の中、少し開けた場所だった。
「何だ?ここは…」何もない周りを見回し呟くクラウド。
 ドーガはふっと天を仰ぎ、大きく息を吸い込むと思い切り叫んだ。
「お〜い!出て来いよ〜!!!」
 よく通る声が、木々の間を抜けて響き渡り…しばらくして。
 
 ぶわっさぁっ!

 明らかに鳥のものとは違う羽音と凄まじい風圧が、真上から皆を襲った。
 ドーガ以外は思わず顔を覆う。少しして、ようやく風が収まった頃――
「あ…あ…!あわわわわっ…?!」
 真っ先に“それ”を見たビッケが、音にならない声を上げた。
“それ”は何処からどう見ても、瑠璃色の美しい鱗に覆われた正真正銘本物の『ドラゴン』である。その大きさは、巨人の峠で合った巨人をもはるかに凌いでいた。
 ドラゴンは彼らの上に巨大な影を落とし、はるか高くに位置する二つの瞳をじいっと地面に注いでいる。
「やぁ!待たせたねグゥエイン!」
 ドーガはそのドラゴンに、親しげな調子で話し掛けた。
『も〜っ!遅いよ、ドーガ!あんまり遅いんで、置いてかれたんじゃないかと思ってヒヤヒヤしちゃった!』
「――しゃ、しゃ、しゃっ…しゃべったぁぁぁ〜〜〜〜〜〜?!」
 すっかり引けてしまった腰を更に引きながら、ビッケが絶叫がする。
 他の四人も恐怖すら抱かなかったが、驚きを隠せない表情で『グゥエイン』なるブルードラゴンを見上げていた。それぞれの反応を示す五人に、ドーガは笑って説明する。
「驚かしてすみませんでした。こいつはグゥエインという立派な名前を持つ『ドラゴン』なんですよ。どうやら皆さんがドラゴンに対してあらぬ誤解を抱いているようなんで、そのわだかまりを解いておいたほうがいいと思いまして」
「……というと?」
 平静に立ち返ったバッツが訊くと、ドーガはグゥエインの丸太ほどもある足を優しく撫でつつその巨体を見上げて、
「こいつは…いや、『ドラゴン族』っていうのは、本来争いを好まない温和な生き物なんです。その厳つい姿形からしばしば誤解を招きやすいんですけどね。
 彼らは知力を持ち、言葉を持ち、感情を持ち、昔からこの世界を護り続けてきたのです。
 で、さっき言った『ドラゴンの洞窟』ですけれど、あそこにもそんなドラゴンがたくさん生活しているんです。私は人間よりはるかに永い時間を生きてきたドラゴンたちにいろいろ話が聞きたくて旅をしていたんですけど、その途中でこいつと出逢いましてね」
 ドーガの言葉を受け、グゥエインが続ける。
『ボクは10年前にドラゴンの洞窟に旅立った兄のアディリスを追って来たんだ。ドラゴンの洞窟にはたくさんの勇敢なドラゴンがいて、竜王様の下で暮らしてるんだって兄さんが言ってた。
 竜王様にその勇気が認められると、勇気の証である“称号”が与えられるはずだからさ、ボクも早く兄さんに追いつきたくて、竜王様に会いにに行く途中だったんだ!』
 彼は見かけからは想像できない子供染みた口調で、まだ見ぬ『竜王様』と竜の王国に想いを馳せる。興奮を抑えきれないできらきら輝く金色の瞳は、幼い子どもがおとぎ話を夢見て淡い希望を抱くのによく似ていた。
「この子ってまだ子どもなのね、ドーガさん」
 ティナは無邪気に話すグゥエインを見上げ、くすっと微笑む。
「そうなんですよ、私と同じでね!」と、ドーガは悪戯っぽく微笑んでウィンクした。
「だからまぁ、私と彼はここまで一緒に旅して来た“仲間”なんですよ」
「た、たまげたねぇ…」
 ビッケはまだおっかなびっくりの様子で、グゥエインが動く度にビクっと身を竦ませる。
『それでドーガ、この人たちは誰なの?』
 グゥエインの興味は初めて見た五人の人間に注がれたようで、先ほどから大きな瞳をくるくるさせてドーガに説明を求めている。
「ああ、それなんですけど――落ち着いて聞いてくださいね、グゥエイン。実は、私とあなたの旅はここでひとまずお別れということにさせてもらいたいのです」
『ええ〜っ?!い、嫌だよう!ドーガとお別れなんて!何で?なんでお別れなのぉ〜?!』
 神妙な口調でドーガが言うと、グィエインは駄々っ子のように騒ぎ出した。その声があまりにも大きくて、五人は思わず耳を押さえる。
「しっ、静かにしなさいっ!だから、『ひとまず』って言ったでしょうっ!人の話は最後まで聞く!」
 ドーガの一喝で、グゥエインはぴたっと静まった。こういうことはよくあるのだろうか?
見れば辺りは水溜りだらけ。グゥエインがひとたび駄々をこねれば、その涙は大雨にも匹敵することを、五人はまざまざと思い知らされたのだった。
「私は別にあなたを見捨てるわけではありません。いいですか?今からあなたの旅の道連れは、ここにいる人たちです」
 彼はまだ涙目のグゥエインを見据え、唖然としている五人にびっと人差し指を向けた。
『でえぇ〜っ?!』
 グゥエインが上げた驚きの声に、ビッケの悲鳴に近い絶叫が重なる。
「あ〜…心配しなくてもいいですよ。あなたは私とメルモンドに行ってもらいますから」
 顔面蒼白のビッケに、ドーガはぱたぱたと手を振って笑った。
「え?ってことは…?」
 ほっと胸を撫で下ろすビッケに代わり、今度はバッツたちが訝しげな表情になる。
「つまりですね、あなた方の持っている『ロゼッタストーン』は私がお預かりして兄に届け、あなた方はこのグゥエインと一緒に『ドラゴンの洞窟』へ向かうという訳です」
「何だと?何故俺たちがドラゴンの洞窟とやらへ行かなければならないんだ?」
「まぁまぁ!」
 食って掛かるクラウドを穏やかな口調でなだめ、ドーガは更に話を続けた。
「忘れたんですか?あなた方の『飛空艇』はドラゴンの洞窟にあるのでしょう?」
「…!何故それを?」
 バッツが目を丸くして訊くと、ドーガは一歩下がってうやうやしくお辞儀をした。
「失礼しました。実は今日、私とあなた方が会ったのは、偶然ではないのです」
 ドーガは、バッツとジタンがサラと交わしていた会話を聞いていたこと、彼らが『光の戦士』であること、そしてクラーケンを倒したことなど、ここ数日の様子を窺っていたと告白した。
「――そして、先ほど飛空艇の話が出たので、私の兄が持つ『浮遊石』が関係していることも分かったので、こうして接触をしたのです。
 欺いたような形になってしまったのは本当に申し訳ありませんでした。でも、そのロゼッタストーンの解読は、兄一人では時間が掛かるはず…。私は弟として、少しでもその手助けが出来ればと思っています。だから、どうか私にも協力させて下さい!
 解読が終わったら、必ず知らせに行きますから!」
 ドーガの眼差しは真剣だった。例え違う道を選んでも、かつては同じ夢を見ていた兄弟――その絆の強さを証明するように。
『……わかった!そうしなよ、ドーガ!』
 しばらくして明るい声を上げたのは他の誰でもなく。
「グゥエイン…」
 意外そうに頭上を仰ぎ、ドーガが呟いた。
『ボクも兄さんを追ってここまで来たからさ、ドーガの気持ち、よく解るんだ!
 いってあげなよ!この人たちのことはボクに任せていいからさ!』
 グィエインは嬉しそうに笑って短い前足で胸を叩く。その仕草がやたら滑稽で、ジタンは思わず吹き出した。
「オッケェ〜!そういうことならドーガ、そっちは任せた!」
「…おい、勝手に話を進めるな」
 止めようとしたクラウドにジタンは意地の悪い笑みを浮かべて、
「まぁ、いいじゃねぇの!美しきかな兄弟愛!…ってなもんよ。ドラゴンが怖いってわけでもねぇんだろ?」
「ふ…ふざけるな!」
クラウドはキッと彼を睨んだが、それ以上の反論はしなかった。
「よ〜し、決まり!よろしくな、相棒!」
 ジタンがグゥエインの足を親しみを込めてぽんっと叩くと、グゥエインも甲高い咆哮でそれに応えた。
「……なぁ、念のために訊くけどさ」
 妙に浮かれているジタンとは対照的に、隣のバッツはやけに浮かない顔である。
「ドーガはビッケの船でメルモンドに行くだろ?ってことは、俺たちの移動手段は…」
『大丈夫!みんなは、ボクが背中に乗っけていくよ!ドラゴンの洞窟までひとっ飛びさ!』
「――はぁぁぁ〜っ…」
 予想を通りの答えに、バッツは重〜い溜め息を洩らした。

「わあっ!すごいすご〜いっ!」
 空の碧と海の青に挟まれて、一陣の蒼い風は何処までも高く飛んでいく。
 空や海に溶け込んでしまいそうな鮮やかなブルーの翼をはためかせ、上場気流に身を任せるグィエインの背中に乗って、ティナはご機嫌だった。
「わたし、ドラゴンの背中に乗るのて初めて!」
 島が見えたりカモメが飛んだりするたびに、指を指したり手を振ったりと忙しそうだ。
「まぁ、ドラゴンに乗ることなんて普通ないからな」
 グゥエインの背中は結構広く、四人がゆったり乗れるスペースがある。クラウドは尻尾に近い位置で寝そべるような体勢を取り、すっかりリラックスしていた。
「そぉ?オレ、イカレた格好で銀竜に乗ってたヤツ、知ってるけどな〜」
 ジタンは眼下に広がる景色よりも、無邪気にはしゃぐティナを眩しそうに眺めている。
「――んんっ…?どーかしたのか、バッツ」
 と、突然振り向いた彼女とばっちり目が合いそうになり、慌てて視線を逸らしたところへ、意気消沈気味のバッツを見付けた。
「……」
 しかし、彼はジタンの呼び掛も耳に届かない様子でじっと身を硬くしている。
「そういえば、出発する前から様子が変だったな」
 ぼんやりと空を眺めていたクラウドも、バッツの異変に気付いて起き上がった。
「まさか…、まだどこか痛むんですか?」
 はしゃいでいたティナの表情がサッと曇る。
「い…いや、そぉじゃないんだけど……」と、口ごもるバッツ。
 皆の視線を受けてぎこちなく上げた顔に、引きつった笑みが張り付いている。
「――た、高いところ…ダメなんだよ、俺」
 一瞬、三人の目が点になり……直後、青空いっぱいに大爆笑の渦が巻き起こったのは言うまでもなかった。
『着いたよ!あれがドラゴンの洞窟だ!』グゥエインの弾んだ声がそれに混じる。
 いつの間にか、彼らは大陸も見えないところまで飛んで来ていた。眼下には、いくつもの小島が東西に長く連なっているのが見えた。
『ほら、あのたくさんの島にいくつも穴が開いてるでしょ?ドラゴンはそこを住処にしてるんだよ!』
 グゥエインに言われて目を凝らすと、確かに黒い穴が見えた。はるか上空からでは、それはまるで緑色の布に垂れた、インクの染みのようである。
『じゃあ、みんなしっかりつかまっててね!』
 彼はついにここまで来たという興奮を抑えきれない様子で、その巨体をぐっと傾ける。
『行っくよ〜っ!!!』
「わわわわっ…?!ちょ、ちょっとまだココロのジュンビがぁぁぁ〜〜〜〜…っ!!!」
 一秒後――バッツの絶叫はどこまでも碧い空へ、吸い込まれて消えた。

 そこには、穴の中とは思えない光景が広がっていた。人の手が加えられたようにきちんと塗り固められた壁や通路に、階段や扉が取り付けてある。もっともそのサイズたるや、人間の常識をはるかに超えているのだが。 
『やぁ、君たち!ここは初めてかい?』
 バッツたち四人とグゥエインが内部の様子に気を取られているところへ、何処からか気さくな感じの声が掛かった。
『ほほーお。人間もいるのかい?珍しいねぇ。何百年ぶりだろうねぇ、ここに人間が来たのは…』
 突然のことで成すすべもなく立ち尽くしていると、大きな赤い巨体がぬっと姿を現した。
 それは、グゥエインと同じサイズのレッドドラゴンだった。彼は巨体を揺らしながら近付いて来ると、訪問者たちを興味深そうに眺めて言った。
『あ、あの…あなたはこちらに住んでいらっしゃいますドラゴン族の方ですか?』
 初対面のドラゴンと話す緊張でか、グゥエインはかなりぎこちない敬語になる。
『あははは!そんなに硬くならなくてもいいんだよ!』
 レッドドラゴンは豪快に笑う。しゃべり方からして、グゥエインよりはだいぶ長く生きているように見えた。
 彼は付いてくるように手招きをし、皆はおっかなびっくりながらも後に続いて歩き出す。
『ここはドラゴンの聖地さ。だけど、あまりかしこまることはないよ。
 ここに棲むドラゴンたちは竜王様のために生き、竜王様のために死ぬ、誇り高い一族だからね。町に出たって人を襲うことはないし、航行中の船を沈めたりもしない。
 我々は人間よりもはるかに永い時間を生きてきたからね、人間を襲っても特にならないことは心得ているのだよ。…だがね、カオスたちが目覚めてからというものは、今まで平穏に暮らしてきたドラゴンの中にも闇の世界に身を堕とす輩が増えて困っている。
 我らは今、そういうドラゴンたちが人間を襲わないように見張っているのさ。
 ――さて、着いたよ。ここから先が“竜王の間”だ』 
レッドドラゴンの話を聞いているうちに、一行は他とは明らかに違う雰囲気を漂わせる通路の前に来ていた。
 そこは人一人…いや、ドラゴン一頭分の幅しかない、ドラゴンたちにとってはちょっと窮屈にも見える長い通路で、その先に何があるのか今は見当も付かなかった。
 だが、他のドラゴンの姿が見えないところからして、気軽に足を踏み入れるべき場所でないことはうすうす分かった。
『さあ、行きなさい。君たちは会いに来たのだろう?
 最強にして最高のドラゴン、我らが主(あるじ)――竜王・バハムート様に…!』

 細く長い通路を抜けた先には、一回り大きい扉があった。その両脇に、グゥエインより一回り大きい純白のドラゴンと漆黒のドラゴンが、威風堂々控えていた。
『あ、あのぉ〜…竜王様にお会いしたいんですけど……』
 グゥエインは二頭の竜の迫力に圧倒されて、すっかり縮こまっている。それでも、後ろに控えた四人の仲間に後押しされて、おずおずと話を切り出した。
『我等が王に会いに来たのか?若きドラゴンと小さき人間よ』
『我等が王は来る者を拒まず。それが真の勇気を持つ者ならばな』
『お主に真の勇気があるのなら、この扉を開け、進むがよい』
『されば王は、勇気ある者を迎え入れるであろう』
 二頭の竜は口々に言って、重厚な扉を開け放った。
「…別に俺たちを咎めるつもりはないんだな」
 バッツは小さく呟くと、まだ小刻みに震えているグゥエインを促して部、屋の中に足を踏み入れた。

 竜王の間――そこは石や土造りだった他の場所とはぜんぜん違う、紫水晶の空間だった。
 磨き抜かれた床も壁も天井も、それを支える幾本もの柱も、全てが深い…紫で。
 じっと立っていると吸い込まれてしまいそうな、現実離れした光景。
 そして“彼”は、そこに居た。まるで自らが、一面の紫の一部であるかのように。
『――来たか。運命に導かれし者たちよ』
 ゆらり…と、“彼”が身を起こした時、広間の奥の壁全体も大きく揺らいだ。
『我は竜王・バハムート』
 篭った声が厳かに響き渡る。バハムートの大きさはグゥエインの倍くらいしかないのだが、全身から醸し出す荘厳さはさすがに竜王というべきか。
 グゥエインは竜の頂点に立つ者が放つ、神々しいまでのオーラを目の当たりにし、言葉もなくただ威圧されっぱなしで突っ立っていた。
「ほれ、どうしたんだよ?グゥエイン」
 話しかける素振りも見せないグゥエインに痺れを切らしたバッツが、足を軽く小突く。
 しかし彼は完全に放心状態。仕方ないので、バッツは代わりに歩み出て言った。
「竜王・バハムート。お目にかかれて光栄です」と、ひとまず形式どおりに挨拶し、
「俺たちはその…この付近に不時着したっていう飛空艇を探してここまで来たんだ。
 あなたがもし飛空艇――空飛ぶ艇を見たのならば、今どこにあるか教えて欲しい」
 要件を告げて、バハムートの返事を待つ。
 しばらくは、重い沈黙が紫色の空間を支配していた。
 緋色の輝きを湛えたバハムートの瞳が、鋭く皆に注がれた。やがて、彼の口は再び言葉を紡ぎ出す。
『そうか…。お前たちが蘇らせたというのか、あの艇を。
 ルフェイン人が残した想い…記憶…全てを封じて沈められた艇――もう二度と、息を吹き返すことはないと思っていた……』
「知っているのか?!ルフェイン人のこと…それから飛空艇のことも」 
 クラウドが目を丸くする。
『私がこの世に生を受け、1500年が過ぎようとしている…。その間に、いろいろあった』
 感慨に耽るバハムート。過ぎた時間に想いを馳せて、深く重い溜め息を吐く。
「教えてくれ、バハムート!オレたちの進む道を!」
 バハムートは、珍しく真剣な眼差しで叫ぶジタンに一瞥をくれた後、その全てを知り尽くしたような緋色の瞳でグゥエインを射据えた。
『若きドラゴンよ。お前は私に言うべきことはないのか』
 名指しされて、彼はびくっと身を竦ませ、今にも泣き出しそうなか細い声で話し出す。
『あ、あの…ボク、ボクは兄を追ってきました。アディリスという名前で、とても勇敢なドラゴンです。ボクは…兄のような勇敢なドラゴンになりたくて、ここへ来ました』
『アディリス――…確かにそういう名の者がここを訪れたことはある』
 バハムートは考え込むような仕草の後、そう言った。
『ほ、ホントですか?!じゃあ、兄は今ここに?!』
 グゥエインの顔がぱっと輝く。バハムートに対する恐怖心も少しは薄れてきたようだ。
 よほどその『アディリス』というドラゴンを尊敬しているのだろう。
『若きドラゴンよ。お前は今“勇敢なドラゴン”になりたいと言ったな?』
 バハムートは直接答えず、逆に訊き返してくる。
『は、はいっ……』
 自分の発言が竜王の機嫌を損ねたのかもしれないと、グゥエインは内心ビクビクものである。バハムートの放つ一言一言に敏感に反応しながら、次の言葉を待っていた。
『その勇気、試してみる気はあるか?』
『……え?』
 予期せぬ言葉に目を丸くするグゥエイン。バハムートは構わず続ける。
『ここは真の勇気を持つ者のみが集う場所。勇気なき者は立ち去るが掟。
 お前が私に真の勇気を示すことが出来たなら、私はお前たちの問いに答えよう』
『し、試練…って?』
『どうした、臆するか?』
 しり込みするグゥエインを、バハムートは厳しい眼差しで見据えた。グィエインは答えに詰まり、黙って成り行きを見守っていた四戦士に助けを求める。
「…その『試練』ってのは何なんだ?」
 すがるような彼の視線に、バッツはまたしても代弁を買って出るハメになった。
『詳しくは行けば分かる。私は挑むか挑まないかを訊いているのだ。
 グゥエイン――お前にな』
 バハムートの押し殺した声を聞く限り、もう他の誰を頼りにすることも出来そうにない。
 グゥエインの口は何かを言おうとぱくぱく動いているのだが、竜王の迫力に圧倒されて言葉にならなかった。
「……なぁ、バハムート」
 見かねたジタンがやれやれといった顔で助け舟を出す。
「その試練にさ、オレたちも付いていっていいか?飛空艇がなきゃ、どの道オレたち足止め状態だし、グゥエインが試練に失敗すると困るわけだし…。だから、どうだい?ここはひとつ、みんな一緒にその試練ってやつを受けるってのは」
「たまにはまともなこと言うじゃないか」
「なぁ、頼むよ。バハムート」
 ボソッと横やりを入れるクラウドを睨みつつ、ジタンは更に食い下がった。
『――いいだろう』
 気まずい沈黙の後、バハムートが言った。
「ホントか…?」
 やけにあっさりした返事に、ジタンはいささか拍子抜けする。だが、事はそう簡単に終わらなかった。
『ただし、試練を受けるのはあくまでもグゥエインのみ。他の者は一切手を出すことまかりならぬ。よいな?』
 言い終わるや、バハムートの瞳が強烈な閃光を放つ。そして、五人は意識を失った。

 気が付くと、一行は見知らぬ場所に居た。
 紫色の空間は一瞬にして消え去り、視界を埋めるのは何の面白みもない灰色の壁ばかり。ところどころ無造作に伸びた蔦が、唯一の生きた色彩(いろ)だ。
『ここは…?』
 グゥエインが呆然としているところへ、背後からしわがれた声がした。
「ようこそ、『試練の城』へ」
 慌てて振り向いた一行の前に、紫色のローブを纏った見知らぬ老人が一人。
「あんたは?」
 微かな頭痛を覚えながらバッツは身を起こし、老人に尋ねる。
「ふぉふぉふぉ…。お主たちはここに来るのが初めてのようじゃな。ここはドラゴンの洞窟より北東に位置する無人の古城じゃよ。バハムートに勇気を認めてもらうには、この城での試練に打ち勝たなくてはならないのじゃ」
 謎の老人はクセのある含み笑いを洩らしつつ、手にした杖で奥の扉を指し示す。
「さあ行くがよい、若者たちよ。この先に待つ試練に打ち勝ちし時、竜王・バハムートはお主たちの勇気を認め、進むべき道を示してくれるであろう」
 老人に導かれるまま、グゥエインはふらふらと歩き出した。四人もその後を追う。
 そして、彼が扉を押し開けた途端、またしても白い光が溢れ出し、一行は別の場所に移動していた。
「……今度は、何だよ?」うんざり気味に辺りを見回すバッツ。
 古城の内部だろうか…そこは狭い部屋だった。ドアも窓も無く、目に付くものといえば何の飾りっ気もない白い柱が二本きり。
「何だぁ?この柱、ぜんぜん天井に届いてないじゃないか。変なの…」
 呆れながら、ジタンは何気なく柱に触れた。刹那、柱は白い光を放ち――
 一行は狭い部屋の中に居た。ドアも窓も無い部屋に。目の前には白い柱…。
 触れてみる…白い光が溢れる…見知らぬ部屋に飛ばされる…そして、側には白い柱。
 何度かそれを繰り返しているうちに、彼らはついに柱の無い広間に飛ばされた。
「……どうやらここが、終点らしい」
 広場の真ん中にぽつんと据えられた無人の玉座を眺めやって、バッツはほっと息を吐く。
「ったく、ワープ装置たぁ凝ったモン造りやがって…」
 何の躊躇いもなく、ジタンは玉座に近付いてゆく。
「だけど、これの何処が『試練』なのかしら…?」
ティナはさっきから戸惑いっぱなしである。
「しかし、何も無いな」
クラウドは注意深く辺りを見回していた。
「一体この玉座が何だってんだろーね?」
 ジタンがまったく無防備に、玉座へ手を伸ばしかけた時。
『待って!』
 今まで沈黙を守っていたグゥエインが、突然甲高い悲鳴を上げて飛び出す。その声に、ジタンは反射的に身を引いた。その上に翼を目一杯広げたグゥエインが、覆い被さる。
 直後――彼らの目の前で玉座が派手な音を立てて、炎上した。
 ばらばらと降り注ぐ火の粉を、ジタンは翼の隙間から呆然と眺めていた。
 だがすぐに、ひうっと風を切る鋭い音が聞こえてきたかと思うと、灰になりつつあった玉座の残骸はあっという間に吹き散らされる。
 その玉座があった場所に、ふわりと大きな影が舞い降りた。見ればそれは、シルバーグレイの鱗に覆われた美しくスマートな体形のドラゴンである。
「何だ?!」
 突如現れたドラゴンに、油断なく身構えるバッツたち。だが――
『……に、にいさん…?』
 掠れた声が、彼らの動きを止めた。はっとして頭上を振り仰ぐジタン。
『アディリス兄さん…だよね?』
 グゥエインはのろっと身を起こし、夢遊病者のようにふらふらと彼に近付いていった。
「あっ…!危ないッ!!!」
 ジタンが叫ぶのとシルバードラゴンの口から炎のブレスが吐き出されるのとはほぼ同時。 
 弾かれるように身をひねったグゥエインの翼の先が僅かに焦げる。
『――ううっ……に、兄さん…?』
 勢いあまって床に転がった彼は、驚愕の表情を浮かべてシルバードラゴンを見上げた。
「おい、あいつの眼…」
 成り行きを見守っていたクラウドが剣に手を掛けたまま、隣のバッツに囁く。
「ああ…」バッツも彼の言わんとすることは分かっていた。
「奴のあの眼は…正気じゃない」
『その通りだ』
 彼の呟きに答えるように、重々しい声が部屋一杯に響き渡る。
「バハムート?!どういうことなんだ、これはっ!」 
 ジタンが怒鳴ると、少しの間があってバハムートの声は非情な言葉を投げ掛けた。
『見ての通りだ。グゥエインよ、そのドラゴンは間違いなくお前の兄、アディリス。だが、残念なことに彼は私の試練を乗り越えること適わず、暗黒に身を堕としてしまったのだ』
『ウソだ…あんなに優しかった兄さんが……』
 信じたくないというように、グゥエインは激しく頭を振った。けれども、バハムートは更に残酷な宣言をする。
『お前が乗り越えるべき試練とはすなわち、目の前のアディリスを倒すことだ。彼を倒すことが出来たなら、お前を勇気ある者と認めよう』
「そんなっ…!」真っ青な顔になって、息を呑むティナ。
『出来ないよ、そんな……』
「グゥエイン!」バッツの叫びは、第二段のブレスに掻き消された。
『ぐあっ!』
 動けないでいるグゥエインはまともにブレスを食らい、もんどりうって倒れる。
『どうした、グゥエインよ。殺らなければ殺られるだけだぞ?』
 バハムートの声が、彼を追い込んでいく。
『いやだ…いや……』グゥエインはうわ言のように繰り返すだけで。
『――ならば、退くか?』哀れみを込め、バハムートが言った。
しかし、グゥエインはその場から動けないまま、アディリスを凝視している。
『倒すことも退くことも出来ないというのか、お前は。
 それならば――ここで死ぬがいい!』
 そう言い捨てて、声は途切れた。
「くっ…!仕方ない!」
 バハムートの最後の言葉が合図でもあったかのように、アディリスはむちゃくちゃにブレスを吐きまくる。その攻撃を紙一重で躱しつつ、クラウドはついに剣を抜いた。
ジタンとティナもそれに習う。だが――
「待てよ」低い声が、三人を止めた。
「バッツ…?!」
 それが誰なのか、見なくても分かる。ジタンは抗議の目を向けようとし、そのまま硬直した。他のメンバーも、同様に。
「俺たちは手を出さない約束だ」
 いつもの温和な彼からは想像も出来ないほど厳しい表情がそこにあって…彼は真っ直ぐ、グゥエインだけを見つめていたから。
「でもっ…!」
 泣きそうな顔で叫ぶティナに、バッツは黙って顎をしゃくった。
 彼らの目の前で、グゥエインは炎に包まれていく。いくら強靭な鱗を持つドラゴンといえど、あのまま放っておけば燃え尽きた玉座の二の舞だ。
「くそっ…!」
 思わず走り出そうとしたジタンの身体は、次の瞬間もの凄い力で引き戻された。
「何をす――…?!」ジタンは怒りと苛立ちを剥き出しにしてバッツに詰め寄る。
「これはグゥエインの問題だッ!」
 しかし、バッツは逆に彼の胸倉をつかんで引き寄せ、怒鳴った。
「手を貸すだけが本当の友情じゃないだろ?!グゥエインを大事な仲間だと思うなら――あいつの勇気、信じてやろうぜ。なっ!」
 その手が、小刻みに震えている。本当は、彼もすぐさま手助けに走りたいのだろう。
 抵抗していたジタンの力が、すっと抜けた。クラウドは無言で剣を鞘に収める。

『倒すことも退くことも出来ないというのなら、ここで死ぬがよい!』

 さっきから頭の中で、バハムートに言われた言葉が早鐘のように鳴っている。
(――ボクは…ここで…死ぬ…の?) 
 アディリスが吐く炎にじりじりと皮膚を焼かれながら、グゥエインは思った。
 炎の狭間から垣間見えるシルバードラゴンには、彼の知る優しい兄の面影は無い。
 彼は、闇に心を支配され、本能の命ずるままに殺戮を続けるモンスターと化した。
(に、にいさ……!)
 意識が遠くなる。流れる涙も炎で一瞬にして蒸発していく。
 彼は必死で手を伸ばした。渦巻く煙に浮かぶ、優しかった兄の笑顔。
 それが一瞬にして、虚ろな眼差しにとって変わる。
『にいさん…にいさん……兄さあぁぁぁぁーーーーーーーーーんッ!!!』
 無意識のうちに、彼は絶叫を上げて飛び立った。
 炎を体にまとわり付かせ、頭からアディリスに突っ込む。
『兄さん…兄さん!ずっと、ずっと会いたかったよ!ボクはずっと兄さんに憧れて、兄さんのようなドラゴンになりたいと思ってた!
 兄さんの背中ばかり見て、兄さんを追っかけてここまで来たんだ!』
 グゥエインはアディリスに覆いかぶさったまま、がむしゃらに叫び続ける。
『だからどんなになったって、ボクは兄さんを尊敬してる!兄さんはいつまでだってボクの、たったひとりの大切な兄さんだ!
 絶対っ…ぜったい独りでなんて死なせない!ボクが必ず、元の優しい兄さんに戻してみせる…ッ!兄さんと一緒なら、ボクは何も怖くない!!!』
 刹那、今まであんなに激しく燃えていた炎が、嘘のようにフッと消えた。
「合格じゃ」
 声は、バッツたち四人の後ろから聞こえてきた。
「あんたは…!」
 見覚えのある紫のローブが視界に飛び込んできて、ジタンはハッと目を見張る。
 城に入って最初に会った謎の老人は、そんな彼の反応を楽しみながら、徐々にその姿を変えていった。
「……バハムート、か?」
 バッツが呻くと、竜王は深く頷いた。その瞬間、四人は軽いめまいに襲われて、気が付くと周りに紫水晶が光っていた。
「――戻っ…た?」
『そう、ここは王の間だ。そして、お前たちは見事に私の試練を乗り越えた』
 唖然とする四人に、バハムートの厳かな声が告げる。
『グゥエイン、よく頑張ったな!』
 彼らの後ろでぐったりしたグゥエインに手を差し伸べているのは、あのシルバードラゴンだった。
「これは、一体…?」
『驚かせて悪かったな。見ての通り、おれは正気だ』
 まだ夢見心地のグゥエインを優しく抱き起こしながら、アディリスが答える。
『――に、兄さん?』
『ああ、おれはちゃんとここにいるよ』 
 弟に微笑みかける彼に、さっきまでの虚ろな表情は微塵も見られず、四人はぽかんとしっぱなしだった。
『つまりさ、おれは弟の勇気を身を以って試したというわけ。こいつは実力はあるのに昔っから臆病で、いつもおれの後ばかり付いて来ていた。それがちょっと心配でな…。
 このまま兄離れが出来ないようなら、こいつはドラゴンとしても男としてもダメになる。
 だからバハムート様に提案して、こいつがここを訪れた時には一芝居打つことにしのさ』
 タネ明かしをして、アディリスは悪戯っぽく笑う。
『な、なぁんだ…そぉだったの……』
 グゥエインもつられて弱々しく微笑んだ。
「はっ、人騒がせな兄弟だな!」
 クラウドが小さく愚痴った。だが、その顔には安堵の色が浮かんでいる。
『グゥエインよ。お前の勇気と兄を想う優しい心、見せてもらった。合格だ』
『……うん。よかっ…た…』
 微かな呟きと共に、グゥエインの巨体が前のめりに倒れる。
「グゥエイン!」叫んで駆け寄るティナに、アディリスは、
『大丈夫。少し疲れただけだから』と、ウィンクした。

『――さて、お前たちの飛空艇だが』
 グゥエインを休ませると言ってアディリスが王の間を後にすると、バハムートはおもむろに口を開いた。
「何処にあるんだ?」勢い込むジタン。バハムートはにやっと笑い、
『外に出してある。ようやく修理も終わったのでな』と、答えた。
「最初っから素直に答えてくれりゃ、いいんだよ」
 バッツが苦笑を浮かべると、バハムートは今までの威厳は何処へやら、面目なさそうに頭を掻いた。
『いやぁ、すまぬ。その詫びといっては何だが、お前たちには私から更なる力を授けようと思っている』
「更なる力って、じゃあ…魔石になってくれるのね?!」
ティナの目がきらきらっと光る。男三人も身を乗り出し、
「何?マテリアじゃないのか?」
「最初の召喚魔法がバハムートとは景気いいじゃん!」
「メガフレアだろ?期待してるぜ!」
『――何の話だ…?』
『な〜んだ、違うのか〜…』
 訝しげなバハムートの反応に、四人はあからさまにがっかりしていた。
『……言っておくが私はこれでも竜王だぞ。軽々しくこの身を預ける訳にはいかんのだ』
「じゃあ、何してくれるってンだよ?」
 アテが外れてジタンは少々ご機嫌ナナメである。
『これだから人間は礼儀を知らないというか何というか…』
 ぶつぶつ文句をタレながらも、バハムートは四人の前に掌を翳した。
『さぁ、目を閉じるがよい。我が力、その身にしかと受け止めよ…!』
 そこに現れた淡い光の球は、四人の頭上まで飛んで来ると、ぱっと弾けて降り注ぐ。
「綺麗…」幻想的な光の粒子の乱舞に、ティナは純粋に感動する。
「……でも、別に何も変わってないじゃないかっ!」
 一方、自分の身体を撫でたり引っ張ったりしていたジタンは、早くもいちゃもんを付け出した。
『実戦になればになれば分かる。さて…』
 まったく単純な思考回路にいい加減愛想が尽きたのか、バハムートは彼を面倒臭そうにあしらってさらりと話題を変える。
『光の戦士よ、私に何か訊きたいことがあるのだろう?』
「ああ、山ほどあるぜ」ジタンに代わり、バッツがずいっと歩み出た。
「ルフェイン人のこと、ティアマットのこと、浮遊城のこと――何でもいい。あなたが知っていることを全て、俺たちに話して欲しいんだ」
『よかろう』
 まっすぐな彼の視線を受け、バハムートは頷いた。
『少し、昔話をせねばなるまいな…』ゆっくりした口調で彼は語り始める。
『400年以上も前、この地に高度な文明を築いた民族がいた。お前たちの言う、ルフェイン人のことだ。彼らは飛空艇を始め、さまざまな機械の装置を創り出した。実を言うと、試練の城のワープ装置も彼らの遺物なのだ。
 彼らは遂に、空よりも高いところへ都市を造った。飛空艇でも辿り着けないような、高い高い場所へ…な。そして、いつしか彼らは“天空人”と呼ばれるようになった。
 彼らが造った天空に浮かぶ都市を“浮遊城”という。もっとも今は、風のカオス・ティアマットの巣食う要塞になっているのだが――』
 バハムートはほぉっと溜め息を吐き、天を仰いだ。彼の顔は苦渋に歪み、まるで自分の侵した罪を告白しに来た罪人のようである。
「何か、あったのか…?」
 クラウドが訊くと、彼はハッと我に返って自嘲気味に笑った。
『ああ、すまない…。1500年も生きていると、いろいろ思い出してしまうのでな。
 …先を続けよう。400年前、ティアマットは突如この世に姿を現し、めちゃくちゃに暴れ出した。奴のターゲットは、高度な文明を築いたルフェイン人だった。
 私は仲間のドラゴン部隊を率いて、奴と一世一代の大勝負をした。だが、奴の力は思いのほか強大だった。奴は我らに洗脳の術を施し、同士討ちを仕掛けた。今思えば、あれが奴一体の力だとは考えられないが……長く辛い闘いだったことは確かだ。
 我々は甚大な被害を受けたが、奴もまた深い傷を負いながら徐々に追い詰められていった。奴をここから東の大陸に広がる砂漠にそびえる塔まで追い詰めた時、私は勝利を確信した。しかし…奴はその塔の天辺から、突然姿を消したのだ。
 奴を見失った私はやむなく塔から引き上げた。あの後すぐにその原因を突き止め、追い討ちを掛ればよかったのかもしれない。…だが、私は王としてこれ以上の犠牲者を出すことは出来なかったし、何よりこちらが受けたダメージは甚大だった。
 ティアマットとの闘いが痛み分けに終わり、それから100年ほどの年月が経った頃、ようやく私は奴の行方を知ることとなった。あの闘いで壊滅状態に追い込まれながらも何とか逃げ延びたルフェイン人の一人が、私にあること伝えに来たのだ』
 バハムートは言葉を切り、四人の顔をじっと見つめた。
 仲間たちの鮮血の歴史――そのあまりにも残酷で狂おしい現実が、竜王の両眼をこんなにも深く哀しい緋色に染め上げたのだろうか…。
『――実は、我々が奴を追い詰めた塔もまた、ルフェイン人が造ったものだった。
“蜃気楼の塔”という名前のな。ティアマットはそれを知っていた。だからあそこに逃げ込んだ。何故ならあの塔は、浮遊城に通じる唯一の入り口がある場所だからだ。
 奴はそこから浮遊城にワープした。そうと知ったルフェイン人は、我々が撤退した後でワープ装置の機能を停止させ、ティアマットが二度とこの地に降りて来られないように、蜃気楼の塔そのものにも封印を施した。
だから今ではその塔に侵入することはおろか、見付け出すことさえ不可能でな…。我々も何度か砂漠の上空を飛んだが、昔あった塔を再び見付け出すことは適わなかったよ。
 その名の示す通りまるで蜃気楼のように、砂漠の塔はその姿を忽然と消した。そして、塔の封印を解くことが出来るのは、現在では400年前の大戦で生き残ったルフェイン人の末裔だけなのさ』
「ルフェイン人の末裔…。ウネも確かそんなことを言ってたな」
 メルモンドの考古学者・ウネの仮説とバハムートの語る真実とのずれを頭の中で修正しつつ、バッツは最後の質問した。
「それで…その人たちは今、何処に?」
『東の大陸――“鷹の翼”と呼ばれる地に町を造り、世間の目から逃れてひっそりと暮らしている』

第七話 天空で待つ者(前編)

 バハムートに言われた通り、飛空艇の上から東の大陸を眺めると、その地形はさながら鳥のようだった。世間一般の感覚では、これが“鷹”に見えるらしい。
『蜃気楼の塔』があるという『ヤーニクルム砂漠』が胴体で、それを取り囲むように山脈が連なっている。砂漠から北西と南東に伸びる細長い大陸が翼で、北東の半島が頭。
 この山岳に囲まれた半島は一箇所が繰りぬかれたような平地になっているため、うまい具合に目が出来ているのである。
「あれ?あんなところに町がある」
 “鷹の大陸”を物珍しげに眺めていたジタンが、素っ頓狂な声を上げた。
「ああ、あれは『ガイアの町』さ。通称『鷹の目』と呼ばれたりもするけどね」
 彼の隣からひょっこりと姿を現したのは、ウネである。ドーガの協力でロゼッタストーンの大まかな解読は割とスムーズに終わったらしい。
 そして今、ウネはルフェイン語の通訳をするために同行しているのだった。
 ちなみに途中まで一緒だったドーガは当初の目的を達成すべくドラゴンの洞窟で降りた。
 久々に再会した弟のことについては、ウネは何も語らない。けれども、兄に協力するために駆け付けた弟には、多少なりとも感謝しているように見えた。
 もっそもそれは自分の仮説が証明出来たことと伝説の飛空艇に乗れたことへの単なる興奮とも取れるのだが…。ともあれ、ウネは地図を片手に舞い上がった口調で話し出す。
「バハムートの話を総合すると、ルフェイン人の町は南東の翼の先端だな。森に囲まれた場所だから、ちょっと開けた場所に下りて歩くことになりそうだね。だけどさぁ……」
 
「…いや〜、参ったぜ。ウネってばまるで子どもみたいなはしゃぎようだもんな」
 ほっとくとウネの話は際限なく続きそうなので、ジタンはそそくさと操縦中のバッツの元に避難する。
「まぁ、いいじゃないか。俺たちと違ってウネには飛空艇が珍しくてしかたないんだから」
 飛空艇を大きく旋回させながら、軽く流すバッツ。
「それより、ルフェイン人の町は見つかりそうかい?」
 先ほどから飛空艇は鷹の翼の先端付近をうろついているが、それらしきものは発見出来ていない。
「う〜ん…こう森が多くちゃな。…よし、歩いて探すか!」
 そう決断し、バッツは器用に舵を操って着陸の態勢に入った。

 ウネを含む五人が足を踏み入れた森は、獣道もまともに付いていない鬱蒼としたジャングルだった。時々襲い掛かってくる凶暴化した蛇や昆虫や動物を振り払いつつ、一向はひたすら南下する。
「おかしいなぁ…」
 半日ほど歩いてそろそろ皆の疲労がピークに達しつつあった頃、磁石とにらめっこしていたウネが難しそうな声を上げた。
「お〜い、この期に及んでまさか迷ったなんて言わないよなぁ?」
 代わり映えのしないジャングルの風景にジタンはいい加減うんざりしていた。ウネが立ち止まると、心配そうにその手元を覗き込んで、
「……ん?なんだこりゃ?」と、気の抜けたような声を上げる。
「おっかしぃ〜な?さっきはちゃんと南を指していたのに……」
 ウネが、困惑するのも無理はない。確かにちょっと前までは正常に方位を指し示していた磁石の針が、今は不安定にぐるぐる回っているのだ。
「シャレにならねぇ…」
 へたり込むジタンの様子にただならぬ事態を察し、他のメンバーが集まってくる。
「ルフェイン人の町はこの辺りなのか?」と、眉を寄せるクラウド。
「う〜ん…。もしかしたらこの辺りに磁石を狂わせる何かがあるのかも……」
 皆に迫られて慌てたウネが苦し紛れに言った時。

 ばばちばちばちっ…!

 すぐ目の前の空間が激しくスパークしたかと思うと、ぐにゃっと歪んだ。
 確かにたった今まで、そこには何も無かったはずである…が、ようやくスパークが収まっておそるおそる目を開けた五人の視界に映ったのは、初めて目にする町並みだった。
 彼らの両足はちゃんと石畳の道を踏みしめているし、整然と道に沿って立ち並ぶ木は、明らかに人間の手で植えられたもの。どうやら、この光景は夢でも幻でもなさそうだ。
「ル…パ…ガミ…ド?」
 五人が面食らって突っ立っていると、背後から声がした。
「――え?」
 振り向くと、ゆったりした衣を纏った髪の長い青年が穏やかな笑みを浮かべている。
「ア…バ…ミシ…ヌ……カカ…」
「はい?」
「ソイェ…グ…アイ…ラ…」
『????』
 何故か、彼らの耳には青年の話す言語が全く意味不明に聞こえた。訳も分からず顔を見合わせていると、青年は少し困ったような顔になってきた。
「分かった!これぞまさに『ルフェイン語』だよ!」
 お手上げのポーズをするバッツを押し退けて、ずいっと前に歩み出たのはウネだった。
「あ…えーと、ア…イニイエナ、サアト、コエタイ…スタド…ルフェ…イン?」
 発音を探り探り、ウネは何度も青年に話し掛ける。青年は、最初こそ首を傾げていたが、やがてぱっと明るい顔になって頷いた。
「ウイ!アバミシヌ…マラ!コゥオイ、ルフェイン!」
「シヴァイ、シィ!」
 ウネはたどたどしいルフェイン語を操ってしばらく彼と話していたが、やがて身振りで待つように言って、ぽかんと成り行きを見守っていた四人に向き直る。
「いやぁ!ロゼッタストーンの力は素晴らしいよ!」
 満面の笑みを湛え、彼は興奮した口調で言った。
「だからっ!その人は何て言ってるんだ?」
 暴走気味のウネにクラウドは少々苛立っている様子。ウネは「悪い悪い」と手を合わせてから、急に真面目な表情に戻る。
「彼の話では、ここは間違いなくルフェイン人の町だそうだよ。さっき、森の中で磁石が狂ったのは、この町を包み込んでいる特殊な“バリア”とかいうもののせいなんだって。
 ここに住むルフェイン人の末裔は、居場所を知られないように町全体をバリアで隔離しているそうだ。…で、これから僕たちをこの町のリーダーに会わせてくれるってさ!」

 ルフェイン人の隠れ里は見た目は他の町と大差ない外観だったが、町全体がバリアに包まれているとすれば、その技術は大したものである。
 一行が青年に案内されるがまま連れて来られたのは、町の一番奥にある周りの民家よりは少し大きめな石造りの建物の前だった。
 途中、何人かのルフェイン人を見たが、皆似たような格好をしてやたら物静かで、よそ者の五人を見ても驚く素振りのなく、すれ違いざまに軽くお辞儀をしていくだけ。
 姿形は外界の人間と変わらないのに、何処か神秘的で儚げな印象を受ける。
 青年は身振りで五人をその家に招き入れた。入ってすぐのところは土間になっており、そこから床張りの廊下が奥へと続いている。外見はレトロでも中身は精密機械で一杯…みたいな光景を想像していた五人にはちょっと拍子抜けだった。
 案内されるがまま入った部屋では、さっきの青年と同じような服装で黒髪の青年が木製の椅子に腰掛けて待っていた。
「ようこそ」彼はにこやかに笑って、一行を迎えた。
「あ、どうも…」
 何気なくお言葉に甘えようとして、五人は全く同じ違和感を覚えて立ち止まる。
「――なぁ、今…」
「しゃべった…よね?普通に…」
 皆の視線を受けても、青年はきょとんと首を傾げただけだった。
「どうしました?私の顔に何か付いていますでしょうか?」
 その後、青年は『デッシュ6世』を名乗り、世間話でもするように口を開いた。
「どうも、失礼しました。確かにこの町は世の中から隔離されているので、町の人間は地上語を話すことは出来ません。ですが、私の先祖――即ち、初代デッシュは地上語学を研究していたこともあって、私の一族は代々それを受け継いできたのですよ」
「だから普通に会話できるのか。有難いね」と、ウネ。
「何しろこっちの解読はまだ穴だらけなんですよ。何しろロゼッタストーンの風化は激しかったし、即興でやらなきゃならなかったもので…」
「即興でもあれだけ話せれば大したものですよ!」
 それでも、デッシュはしきりに彼を褒めた。
「だけど、普通に話せる人がいて良かったよな。オレたちも普通に話を聞けるしさ」
 お気楽ジタンが横から口を挟み、場に笑いの渦が起こる。
「ところで、俺たちが聞いた話ではルフェイン人というのは計り知れない科学力を持っていたということらしいのだが…」
 お互いにすっかり馴染んだところで、クラウドはずっと抱えていた疑問を口にした。
 仮にも飛空艇や浮遊城を造ったと言われているルフェイン人の住処がこの石造りの家では、どうにも釣り合いが取れない。その疑問は他のメンバーも同じだった。
「まぁ、期待に添えなくて残念ですが――」
 デッシュは気を悪くする風でもなく、気のいい微笑みを浮かべたままで言った。
「私たちはルフェイン人の末裔とはいえ、その血はもうだいぶ薄まってるんですよ。
 ティアマットに壊滅的なダメージを受けた我々の先祖たちは何とか逃げ延びたものの絶滅に近い状態でした。彼らはこの特殊な空間に逃げ込み、自給自足の生活を続けながら、時折迷い込んで来た地上人と交わることで、何とか生き長らえてきました。
 この隔離された空間でも、外の世界と同じように時間は流れていて、毎日代わり映えのしない日常が訪れているのですよ。
 先祖たちは確かに高度な文明を築きましたが、今の私たちにそれを復元させる技術はない。この町のバリアも先祖の置き土産で、その仕組みを問われても分かりません」
 デッシュはそこで言葉を切り、目は五人を見据えたまま、人差し指を天に向けた。
「ですから、古代ルフェイン人に関する全ての記録ははるか天空に存在する『浮遊城』にのみ、眠っているのです。――風のカオス・ティアマットと共に」
「じゃあ、そこへ行く方法は?あなたは何も知らないと?」
 ここで手掛かりを途切れさせるわけにはいかないと、バッツは執拗に食い下がる。
 更に、彼と同じ想いの宿った八つの瞳が、デッシュ6世に注がれていた。
「――私の一族に伝わる、初代デッシュからの“伝言”は二つです」
 重い沈黙の後、デッシュはそう答えて立ち上がり、奥の部屋から何かを持って来た。
「一つはこれを『400年後、ここを訪れるであろう四人の冒険者に渡す』こと」
 と、彼は皆の目の前に小さな銀色の箱を置く。そっと蓋を持ち上げた中に、掌に納まるサイズの銀色のベルが、柔らかそうな布に包まれて入っていた。
「これは『チャイム』というものだそうです。あなた方は、先祖が封印した『蜃気楼の塔』に行こうとしているのでしょう?でも、あそこはこの町よりもっと強力なバリアで護られています。そのバリアを解除できるのが、この『チャイム』なのだそうです。
 この町の北、ヤーニクルム砂漠でこれを鳴らしてごらんなさい。蜃気楼は現実のものとなって、あなた方の前にその姿を現すでしょう」
 デッシュは箱からチャイムを取り上げ、バッツに握らせた。それから少し潤んだ目になって、一同の顔を見回す。
「あぁ…感動です!私はこの日をどんなに待ちわびたことか!
 『この世暗黒に染まりしとき、四人の光の戦士、現れん』…ルフェイン人がティアマットに滅ぼされてから400年。今、ようやくその無念が晴らされようとしているのですね!」
「あーっ!もう!分かった、分かりましたってば!」
 すっかり耳タコな預言はうんざりだというように、ジタンは首を振った。
「それはいいから、もう一つの“伝言”とやらを早く教えてくれよ!」
「あ、ああ…失礼」
 促されて、デッシュは照れ臭そうに頭を掻く。それから、再び真剣な表情に戻って。
「さて、これで『蜃気楼の塔』への道は開かれたわけですが、そこから浮遊城にいくためにはもう一つのアイテム『ワープキューブ』が必要になります」
「ワープキューブ…?」
「初代デッシュの伝言はこうです。
 『浮遊城はまもなくティアマットの手に落ちるだろう。だが、我々は長い間かけてカオスたちの秘密を調べることに成功した。それらのデータと蜃気楼の塔の再起動させるためのワープキューブは、我々が創り出した“忠実なる僕(しもべ)”に託し、奴らの手の届かない場所――400年後の未来へ転送した。
“忠実なる僕”は、やがてここに来る者たちを導く道標となるだろう』
 …チャイムと共に入っていた小型レコーダという機械に、この言葉が入っていたそうです。実物はもう壊れてしまったそうですが、初代デッシュの子どもは生き延びて、この『伝言』を末代まで伝えていくように書置きをしていたのです」
「……解らないな」
 デッシュの言葉が途切れると、ウネは深い溜息を吐いた。
「何故“400年後”なんだ?400年後に光の戦士が現れると分かっていたというのか?
 馬鹿な…っ!あり得ない話だ!いくら高度な文明を築いた者たちでも、正確に未来を予測するなんて。そんなこと、不可能だよ!」
「私も詳しいことは…」
 デッシュは頭を抱えるウネを、哀れみすらこもった眼差しで見つめ、穏やかに言った。
「ただ、浮遊城に行けば全てが分かるでしょう。ですから、お願いです!
“忠実なる僕”を探し出し、浮遊城へ行って下さい。そして先祖が残した『伝言』を、その目で確かめて来て下さい。
 ――私にはそれしか、言えませんから」

 デッシュ6世と別れた一行は、『鷹の目』こと『ガイアの町』の宿屋に居た。
 険しい山脈の中にぽつりと開けた平地は、ルフェイン人の町と同じく世間から切り離された空間といえた。それでも物好きな人間は、険しい山道を抜けてくるらしい。
『でも、空から来た人間はあんたらが初めてだよ!』
 町に入って最初に出会った青年は、そう言って笑った。
 通りすがりに人間観察をしてみると、服装や肌の色、訛りも様々な商人や冒険者風の人たちが気さくに情報や物資を交換している。
 そのせいか武器や防具、魔法屋も充実していた。バッツ、クラウド、ジタン、ティナはそれぞれ装備を整えた後で宿に集まり、今後の方針について話し合うことにした。
「それにしても、何なんだろうな?“忠実なる僕”ってのは…」
 だが、四人の話は一向に解決に向かわない。当然、疑問の種はこのことばかりだった。
「……過去から送り込まれた使者、といったところじゃないのか?」
 このまま仏頂面を付き合わせていても答えは出ないと思ったのか、珍しく積極的にクラウドが言った。
「現在の文明レベルじゃすぐには信じられない話だが、何らかの機械を用いて人か物を別の時間に転送することは…まぁ、不可能じゃない…からな」
 現に俺自身、そーゆー体験をイヤというほど経験済みだ…という言葉は辛うじて飲み込んだ。口にしてしまうと、ますます気分が滅入ってくる。
「ん…?どうかしたか?」
「いや、別に。…そういえば、ウネは?」
 バッツに古傷をつつかれる前に、クラウドはさりげなく話題を変えた。
「疲れたからって上で寝てる。まぁ、無理もないか。長年の研究を裏付ける事実をいっぺんに知りすぎて混乱してるんじゃないかな?
 学者ってのは、とにかく難しく考えるだろ?気楽な俺たちと違ってさ」
 話しながら、彼もまた知り合いの科学者の顔を思い浮かべていた。彼もまた己の半生を費やした研究が過ちだったことに気づいて、ずいぶん苦労していたっけか…。
「とにかく今は“忠実なる僕”だ。せめて、物と人とか…形だけでも分かればな」
 ここでまた、話が戻ってしまうのである。ジタンがイライラとシッポを振って叫んだ。
「ああ〜っ!ラチが明かねぇってんだよ!だいたいさ、そいつはどうやってこの世界に現れるんだ?流れ星みたいに空からひゅ〜って落ちてくるとでも言うのかよ?!」
 その答えは、意外なところから返ってきた。
「へぇ!兄ちゃんたちもやっぱり気になるのかい?例の“隕石”が!」
 声のした方を見ると、安酒のボトルを抱えた中年オヤジがご機嫌な調子で笑っていた。
「しかし、驚いたよな。東の空が突然パァッと明るくなったと思ったら、銀色に光る塊がひゅ〜…どかーん!…ってよ」
「それって、いつの話だ?隕石は何処に落ちた?」
 身振り手振りを交えて話す彼を、バッツはかなり真剣な口調で問い詰める。
「ええと、あれは…四日前の夜だ。落ちたのはここからだいぶ西…オンラクの辺りだな」
 八つの瞳に睨まれて、男はかなり居心地悪に肩をすくめる。
「十中八九、当たりだな」
「四日前ってぇーと、オレたちがちょうどバハムートの洞窟に居た時だぜ?」
「オンラク、ちょっと戻らないとね」
「よし!行くか!」
 目的が決まって明るく笑う四人とは対照的に、すっかり酔いの冷めたオヤジはそそくさとよそへ退散した。

「隕石?ああ、降ってきたよ!すごい音でね!」
 ドラゴンの洞窟でウネと別れ、一向は再びオンラクに舞い戻って来た。
 そこで出会ったのは、クラーケンにさんざ愚痴をタレていたコペだった。クラーケンの脅威が去ってからオンラクには活気が戻り、コペも快く情報を提供してくれた。
 彼の話では、隕石は町の西を流れる川に落ちらしい。四人はカヌーで川の探索に向かう。
 川を遡っていく途中、何かが落っこちたのか深くえぐられた痕があり、そこには水が溜まっていた。けれど、問題の隕石は影も形も無い。
「う〜ん…流れていっちゃったのかな?」
 水面をオールでバチャバチャやりながら、諦めたように呟いた。流れが激しい上流付近、ふと見れば目と鼻の先にどかどかと水しぶきを上げる滝が見える。
 滝に近付くのは危険なので、四人はカヌーを降りて滝つぼ付近まで歩いていった。
「――なるほど、そうか!」
 バッツはしばらく無言で滝を見ていたが、ふとそう呟いて皆を手招きする。
ジタン、クラウド、ティナが彼の指差す先――滝の裏側をを覗き込むと、その向こうに大きな空洞がぽっかりと口を開けているのが見えた。

「こんなトコに洞窟があったとはね…」
 自然の産物か人為で掘られたものか、滝の裏の洞窟は何処までも続いていた。
 中は真っ暗で人の気配はない。ティナが火を灯すと、それに驚いたコウモリがヒステリックな羽音を立てて飛び立った。
「お〜い!こんなところに扉があるぞ!」
 ほとんど一本道の洞窟を先に立って歩いていたジタンが、暗がりで声を上げる。
「さっ・て・と!鬼が出るか蛇が出るか……お〜ぷん・ざ・どあ〜っ!」
「おいっ!ちょっと待て、ジタ…!」
 バッツの制止の声も聞かず、ジタンは扉の前に立つと、今までの鬱憤を晴らすかのように力任せの蹴りを入れた。

 べききっ…ぐわた〜ん!

「あ〜あ…。やっちまいやがんの」
無残に崩壊した扉の残骸を前にして、バッツは頭を抱えた。
「お前なぁ、もうちょっと緊張感というものを持って行動してくれよ」
「無駄だ。あのサル野郎にそこまで高等な思考回路はない」
「ん?何か言ったか、チョコボ頭」
「何でもないぞ、単細胞」
「へへぇ〜?そろそろ逝きたいらしいな、能面男」 
「返り討ちにしてくれる」
「まぁまぁ、お二人とも…」
「ティナちゃんがそういうなら〜♪」
「……(怒)」
 もはや日常茶飯事となった戯れも交えつつ、四人は意気揚々と中に踏み込む。
 ――と、それは一瞬の出来事だった。
 
 どぎゅーん!ずがががん…っ!

 微かに漂う白い煙、背後で起きた派手な爆音、髪を撫でて過ぎるキナ臭い風…はっきりとは分からなかったが、すり抜けていった“もの”の痕跡は、まだ四人の間に残っている。
 これらの事実を総合すると、導かれる結論はただ一つ。
「――ま、さ、か…?!」
 ぎこちなく首を動かすと、今まで壁だったところに見事なまでの風穴が視界一杯に広がる。そこから見える水平線なども、決して目の錯覚ではなく。
『ピーガー…ピーガー…ログインログイン……』
 この世界に来てから耳にすることもなかった機械音。
 それは前方の物体X(仮)から響いてきた。
「――きっ…キケンな、か・ほ・り(^_^;)」
 ジタンの腰はすがすがしいほどまでに引けている。
 ガチャガチャッ…!
 前方の様子は揺らめく煙に霞んでいたが、耳に飛び込んできたのは銃火器系の武器が標準を合わせた音だった。
「にっ……」
 一斉に回れ右。
「にっ、げろぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
 バッツの号令を待たずして、すっと晴れた煙の向こうで謎の物体Xから生えた(…ように見えた)銃口が、一斉に火を噴いた。

 ズガガガガンッ!!!

 銃弾の雨が洞窟の壁やら地面をところ構わず剥ぎ取ってゆく中を、四人は生きた心地もなくひたすら逃げ惑う。
「ななな、何なんだよっ!アレはいったいっ…?!」
「訊きたいのはこっちの方だっ!」
 必死に逃げながらも、ジタンとクラウドは小競り合い続行中である。
「おいっ!ンなこといってる場合か!状況を把握しろ、状況を!」
 いつもなら止めに入るバッツだが、さすがに余裕のない声を張り上げた。その一瞬、他に気を取られたのが災いしてか、彼は瓦礫の山に足を取られてバランスを崩す。
「うわっ…?!し、しまっ――…!」 
 ゆっくりと傾く身体。ぐるんと反転した視界の向こうで、鈍色に光るメタリックボディが見えた。肩に担いだ筒状の物体は、俗に言う“レーザー砲”だろうか?
(――メ、カ…?まさか、ロボッ…ト?!)
 逆さまになってはいるが、バッツはようやく謎の物体が何なのかを認識した。
 機械には疎い彼だが“メカ”あるいは“ロボット”については幾らか知っている。
 それらの形は様々だが、丈夫な金属の装甲を持ち、魔法とは違う原理で熱と光を発する強力な武器を備え、痛みや苦しみといった感覚も喜怒哀楽などの感情もなく、斬ろうが突こうが一滴の血も流れない、完全な無機物。入力されたプログラム通り行動し、完了するまで他の命令は一切受け付けず、ましてや妨害があれば執拗に排除しようとする。
 これが彼の“ロボット”に関する全知識だった。
「――や、やば…!」
 思った時にはもう手遅れで、彼の身体はもんどりうって地面に倒れる。0.1秒後――そのすぐ真上、ギリギリのラインを赤い光線がかすめて過ぎた。
 髪の毛の焦げる嫌な臭いが風に乗って漂ってくる。
(ひぇ〜っ!)
「バッツ!」
 こうなりゃもうやるしかないと覚悟を決めたのか、武器を手に駆けて来る三人。
「待てっ!こいつは危険すぎる!」
 叫んで立ち上がろうとしたバッツの懐から飛び出した何かが、砕けた石の破片に当たって澄んだ音を立てた。
「…っと!クリスタルが――」
 反射的に手を伸ばした彼の背後でロボットの頭部にはめ込まれた赤いレンズが、キラーンと光った。
「バッツ!逃げろ!」剣を振り翳し、クラウドが奔る。
 ロボットが持つライフルの銃口は、バッツの頭にぴたりと照準を合わせていた。
 冷たい鉄の輝き。この無機質な灰色が赤く染まった瞬間、自分の頭は熟れたザクロのように弾け飛ぶだろうか?覚悟を決め、バッツはぎゅっと目を瞑る。
 だが――いつまで経ってもトドメの一撃は来なかった。おそるおそる顔を上げると、今までの激しい攻撃が嘘のように、ぴくりとも動かないロボットがいた。
「……なんだぁ?壊れちまったのか?脅かしやがって。こ〜の、ポンコツ野郎!」
 遠くから様子を伺っていたジタン、ロボットの繊維が消えたことを確認すると余裕の笑みを浮かべて近付き、お返しとばかりに蹴りを入れた。
「あの、止めた方が……」
「だ〜いじょ〜ぶだって!こーんなポンコツメカ…」
 がこっ!
 はらはらしながら見守っているティナに軽く手を振り、彼は性懲りもなく最後の一発をお見舞いする。
 ヴ、ヴヴヴ…ン…。 
 虫の羽音にも似た低い唸りは、ロボットの内部から響いてきた。
 びくっと身を竦ませて後退る四人。素早く瓦礫の陰に隠れ、様子を伺う。
『ピー…ガー…ピー……』
 ロボットは、さっきみたいに攻撃を仕掛けてくる素振りは見せなかった。
 ずんぐりした胴体に乗っかった半円形の頭を360度ぐるぐる回しては、妙な機械音を響かせている。それは何かを考えている風でもあり、遠目にはなかなか滑稽な仕草だった。
『ピー…ガガ…ガ…』
 しばらくそうして、突然ロボットの動きは停止った。頭は四人のいる方に向いている中心で、例の赤いレンズを不気味な光をを湛えている。
 四人はロボットから目を離すことが出来ず、ロボットもまた彼らを見ているようで、その奇妙な睨み合いはしばらく続いた。
『ピー…ガー…ウセイ…チョウセイ…チュウ……』
「……ん?」
 ロボットの動き一つ一つに注意を払っていたクラウドの眉が、ぴくっと吊り上がる。
 濁った機械音に混じって耳に飛び込んできた音の切れ端が、人間の発する言葉のように聞こえて。彼は耳に全神経を集中させた。
『ピー…ガー…チョウセイチュウ…ホンヤク…キノウ、調整中…ピー…ガガガ……』
「言葉、しゃべってる……?」
 どうやら今度のは他のメンバーにも届いたらしい。ティナが大きく目を見張る。
「……ガガ…翻訳機能プログラム…調整…完了。あー…聞こえたカ?聞こえましたカ?
 ワタシ『マミーシーカー』……マーシー言いマス。…OK?」
 かなりぎこちない発音の合成音声だが、それは紛れもなく人間の言葉だった。
「くりすたるのカケラ、解析シマシタ。アナタ方を、光の戦士と認識いたシマス。
 ワタシは『るふぇいん人』の手で生み出された戦闘用マシン・T260G型…『忠実なる僕』マーシー」
「なっ…?!忠実なる僕?!」
「ソーデス。ワタシ、400年前の『フユージョー』より転送されてキマシタ」
 しゃべるのに慣れてきたのか、ロボット『マーシー』の口調はだんだんと流暢になってきた。開いた口が塞がらないまま、四人は黙って彼(?)の話を聞いていた。
「ワタシの役目は、ヤガテここに来る光の戦士たちを、浮遊城に導くことデス。そのタメに必要な『ワープキューブ』、ココニ所持していまス」
 マーシーが自分の胴体をぱかっと開くと、そこに手のひらサイズの黒い箱があった。表面は墨でも引っ掛けたように真っ黒で、スイッチらしきものもない立方体の箱。
「これが…?」
 手に取って、物珍しげに眺めるジタン。光に翳すと箱の中心に微かな煌めきが見えたが、他には特に変わった様子もない。
「ハイ。これを『ミラージュの塔』の最上階、ワープ装置にセットするのデス。
ワタシはルフェイン人の意志を継ぎ、光の戦士を『てぃあまっと』の元に導くべく、ここでずっと待っていましタ」
「その割にはずいぶん派手に攻撃してくれたじゃないか」
 こけた拍子に捻ったらしく、バッツはさっきからしきりに足首をさすっていた。
「それはトテモ失礼デシタ。『ワープキューブだけは何に変えても死守すべし』…それが、ワタシの最重要プログラムでしたので。
 シカシ、こうして無事にクリスタルに選ばれシ光の戦士と巡り会えて、バンバンザイです。ネ♪」
「調子いいヤツ。こっちは危うく殺されかけるトコだったってのに…」
「ま、いーじゃないか。これで浮遊城へ行くためのアイテムが揃ったんだ。
 じゃあな、マーシー。ワープキューブは確かに受け取ったぜ!」
 皮肉たっぷりにぶータレるジタンをなだめてから、バッツはマーシーに手を差し伸べた。だが、マーシーは短い足をキャタピラへと変形させ、瓦礫の山をすいすい乗り越え、あっという間に外に出る。
「サァ、皆サン!張り切って浮遊城にGO〜!ですっ!」
 ぎっちょんぎっちょん。
 彼が手足をばたつかせると、鉄のボディが賑やかに鳴った。ロボット特有の喜びの表現なのだろうか?
「な、何?!まさか、あんたも一緒なのか…?」
「モチのロンロンで〜っす♪」
 唖然とするクラウドに、マーシーは得意げな調子で胸を反らした。
「……」
「なんか、ニギヤカになりそーだな…」
「あ…ちょっと頭痛が――」
 と、その後ろでティナとジタンとバッツは今までに覚えたことのない程の、凄まじい脱力感に襲われていた。

 飛空艇は今、蜃気楼の塔があるというヤーニクルム砂漠上空を旋回している。ヤーニクルム砂漠は、飛空艇が眠っていたリュカーン砂漠の十倍の面積を持つ、巨大な砂漠だった。
 しかし、上空から窺う限り建造物のようなものは影も形も無い。
「……で、何処にあるんだ?蜃気楼の塔は」
 代わり映えのしない景色に痺れを切らし、クラウドは傍らのマーシーを睨んだ。
「あの付近の磁場は周りと微妙にズレています。ホラ、空間が歪んで見えるでしょう?」
 マーシーはもう、人間が普通にしゃべるのと変わらないくらい饒舌になっていた。もっとも、合成音声には違いなかったのだが。
「ええっと…ちょっとよく分からないんだけど……」
 律儀なティナは言われた通りよく目を凝らして見てみるが、それでもやっぱり何も無い。
「ああ、シツレイ。人間の肉眼であのズレを捉えることは不可能でした」
「早く言えよ、そーゆーことは!」ジタンがすかさず突っ込んだ。
「とにかく、ミラージュの塔は特殊な波長の磁場に護られているので、外からはその姿を確認することは出来ません。あの磁場を中和させられるのは、ルフェイン人が造った『チャイム』が発する、特殊な音波だけです。さあ、下に降りてチャイムを鳴らしましょう!」

 限りなく透明で何処かもの哀しくもある、澄んだ音色。
 チャイムが奏でる短いメロディーが途切れた時、異変は起きた。

 ヴ…ヴヴン…!
 
 何処を見ても砂漠しかなかった景色が突然激しくスパークしたかと思うと、ぐにゃりと歪む。ルフェイン人の隠れ里に入ったときと同じような感覚。
 数秒後、一行は石造りの当を目の当たりにした。
 塔の天辺は、下からでは確認できそうもない。朽ちかけた外壁は触るとぼろぼろ剥がれ、かなりの年代物ぶりを思わせたが、造り自体はしっかりして400年間もずっとここに存在していた事実を裏付ける。
 はるか昔、ルフェイン人はどんな想いでこの塔を『蜃気楼』と名付けたのだろう。その高度な技術を持ってすれば、世界を滅ぼすことなど他愛もなかったはずである。
 けれども、彼らはまるで地上人の目を避けるように、遠い場所を目指した。
 地上人がどんなに手を伸ばしても届かない場所へ…。そして時間の流れと共に、彼らの存在は人々の記憶から薄れていった。まるで、蜃気楼のように――
 しかし、彼らは確かに存在していた。四人の目の前に現れたこの『ミラージュの塔』が、それを証明している。
「行きましょう!」
 塔の荘厳な外観に圧倒され立ち尽くしていた四人に、マーシーが声を掛ける。彼らは顔を見合わせ大きく頷くと、塔に通じる門を潜った。

 入ってみれば、中も外と同じように石壁石床の通路が延々続いていた。
「何か、普通だな…」
 今までの話からして中身はさぞ近代的な構造かと思いきや、“あの外観にしてこの内部あり”的な現状に、ジタンはだいぶガッカリしている様子。
「ここはまだ“地上”ですからね、そんなに目立ったものを造るわけにもいかなかったのです。でも、浮遊城に行けばご期待に添うものが見られると思いますよ」
 気落ちする彼を、マーシーが慰める。
(…よく出来たロボットだな。まったく、どっかのサルにも見習って欲しいもんだ)
 その光景を、クラウドは憮然と眺めていた。
一向はひたすら上を目指す。石壁のいたるところに、明らかに巨大な生き物が付けたと思われる爪痕が無数に刻まれているのは、バハムートの話通り、昔ここで激しい闘いが繰り広げられたという印なのだろう。
「着きました。この扉の向こうがワープ装置です」
 最上階まで辿り着いた四人の前に現れた巨大な扉を指差して、マーシーが説明する。
「ここを抜ければいよいよ浮遊城です。準備はよろしいですか?」
「ああ。そのためにここまで来たんだからな!」にっと笑って、バッツが答えた。

 ミラージュの塔――最上階。入ってすぐ、部屋の中央の床に描かれた複雑な模様とそれを取り囲むようにして立つ四本の柱が目を引いた。
「それでは、ワープキューブをセットします」
 マーシーは胴体の中から例のブラックボックスを取り出し、柱上空に向けて放り投げた。
「あっ!」
 ジタンが声を上げた時にはキューブはもうマーシーの手から離れ、重力に反してぷかぷかと宙に浮かんでいた。目を見張る四人の前で、周りの四本の柱から光の筋が伸び、キューブはちょうどを光に支えられるような形で静止する。
 四本の光線がキューブに集中して閃光を放った直後、ヴン…と低い音がした。
「ワープ装置作動確認。さ、皆さん。思い切ってあの中に飛び込んじゃってくだサイ♪」
 マーシーは何故か妙に弾んだ声で促す。
「……う〜ん。なんか、めちゃくちゃ不安なんだが」
 血を流したように不気味な紅に染まりつつある床の模様を眺め、バッツが唸った。
「だがまぁ、行くしかないな」
「へへッ!本番近し…ってことかい?面白くなってきやがったぜ!」
「浮遊城って、ここよか更に高い場所なんだよな〜…うぅ……」
クラウドとジタンは迷いなき足取りでワープ装置に向かい、ティナがその後から無言で続く。最後にバッツが足を踏み入れたところへマーシー、トドメの一言を放つ。
「あ!そうでしタ。言い忘れましたガこのワープ、生身の人間にはショウショウ負担が掛かるかもしれません。くれぐれも注意し・て・ネ♪」
『…………早く言えーーーーーーーーーーーーッ…!!!!』
 次の瞬間、四人の勇気ある戦士とおちゃめなロボットの姿は、その場から忽然と消え失せていた。まだ見ぬ彼方の空へ、悲痛な絶叫(さけび)を道連れにして。
紫阿
2004年05月22日(土) 23時09分50秒 公開
■この作品の著作権は紫阿さんにあります。無断転載は禁止です。
その6を見る/FF DATA MUSIUM TOPに戻る
■作者からのメッセージ
 ようやく物語は核心へ近付いてきたわけですが…。(遅ッ!)そんなわけで、今回は二本立てです。
 でも、長くなりそうなので7話は途中まで。後半は後ほどということでご了承のほどを。
 今回出てきた「グゥエイン」「アディリス」「マーシー」辺りの名前の元ネタが分かった方はぜひぜひご一報を!(笑)

この作品に寄せられた感想です。
今回も、かなりの出来映えッス!!バハムート、好きッス!前から思ってたッスけど、クラウドの書き方が絶妙でカッコイイっす!(他のメンバーもカッコイイッスけど、オレ、クラウドが一番好きッスから。)むぅぅ、元ネタわからないッスー。(汗) 50 うらら ■2004-05-23 18:48:03 210.198.100.103
合計 50