ファイナルファンタジーシリーズ:FF物語(4) |
第五話 倒せ!クラーケン ざざー……ざざ〜ん…ざざざ〜…ざー……。 寄せては返す、波の音。繰り返し、繰り返し。 心地よいリズム。そう――それはまるで子守唄。 「もし…、大丈夫ですか?しっかりして下さい……」 誰かが呼んでいる。 (――起こさないでくれ…頼む。とても眠いんだ……) 何とかこのまま眠っていたいとごねてみる。だが、彼を呼ぶ声はますます強い調子になり、終いには身体を揺すられる感覚があった。 仕方なく、重いまぶたをこじ開ける。と、そこには輝くようなブロンドをアップにまとめた、色の白い美少女の顔があって、心配そうな眼差しで彼を見下ろしていた。 「気が付いたのですね?!良かった!」 美少女は、ほっと安堵の吐息を洩らし、微笑する。 (…!なんだ……そ〜ぉいうコトならもっと早く起きたんだぜ?) 彼は美少女に向かって極上の笑みを投げ掛け、もののついでに抱擁にまでこぎつけようと両手をを広げ……。 「お!や〜っとこさ目ェ覚ましたな、ジタン!」 「…………くはあっ!ばばばばばばっつーーーーーーーーーーッ?!!!」 ざかざかざかざかざーーーーーーッ!!! 夢の世界からいきなり現実に意識が覚醒した瞬間、ジタンは思いっきり後退った。 「あはは、元気だな!なかなか起きないから心配したぞ」 「…えーと、ここはドコ?ワタシはダレ?それからそれからっ…オレを助けてくれた金髪の女のコはっ?!」 砂まみれで叫ぶジタンに、バッツは「?」という視線を向けて訊く。 「金髪の女の子?何言ってんだよ。ここには最初っから俺たち二人しかいないぜ?」 「あれ?そーだっけ?じゃあ、あのカワイコちゃんは……?!」 言いかけて、彼はハッと顔を上げた。心なしか、表情を硬くして。 「ちょ、ちょっと待てよ?今あんた、“二人”って言わなかったか?“俺たち二人”って!」 「ああ。言ったけど?」 のほほんと答えるバッツ。ジタンはつかつかっと歩み寄り、彼の襟首を引っ張って叫ぶ。 「おいっ!じゃあティナちゃんは何処にいるんだよ?!俺たち二人だけこんなところにいて、他の二人はどうしちまったんだ?クラウドのヤローはどーでもいいが、オレのティナちゃんまで……って、なぁおい。そういやここって一体何処なんだ?」 「――さぁ?何処でしょう?」 鬼気迫るジタンとは対照的に、バッツは少し引きつった笑みを浮かべていた。 実を言うと、彼自身も全く状況をつかめていない。マリリスの特攻により飛空艇がぶっ飛ばされ、海に振り落とされたまでは覚えているのだが。 この砂浜に流れ着いていたのは彼とジタンだけで、ほかの二人の行方は知れなかった。 「……な〜んてこった」 二人が運良く流れ着いたという砂浜に、ジタンはへたりと座り込んだ。 「ティナちゃんと二人っきりならともかく、何が悲しくてこんな無人島に男二人でしけこまなきゃならないんだか…」 「無人島?」 「だってさ、こういうシチュエーションの場合、行き着くところは無人島だろ?やっぱり」 「……なんの理屈だ、そりゃ」 一人悲観に暮れ、どこまでも暴走していきそうなジタンに、バッツはやれやれと首を振る。ほっとくと、こいつは何処へ流れてゆくか分かったものではない。 「だ・れ・が“無人島”なんて言ったよ?俺はな、あんたが気を失ってる間に、一通り辺りを見て回ったんだぜ?」 「……へ?」間の抜けたジタンの返事。 バッツはますます呆れ顔になって、親指でくいっと背後を示す。 「ほれ、あそこ。あれってどー見ても“町”だ・よ・な?」 二人が行き着いた町は『オンラク』という名前だった。 東は海、西は険しい山脈が南北に伸びて、町自体も森林に囲まれれているため、まるで世間から隔離されたような印象を受ける。 そのため、人の出入りはあまりないようだ。海に面していても港が整備されているわけではなく、町から出るための交通路は山脈と平行に流れる川を下っていくことだという。 「何でそんなに回りくどいことをするんだ?」 街の外れで出会ったコペという名の青年に、バッツはしごく当然の疑問を投げ掛けた。 「そりゃあ船が出せないからさ!」と、コペは少し投げやりな返事をする。 「特に東の海はモンスターの巣だ。船を出せばたちまち水のカオス・クラーケンが放ったモンスターのエジキだからな。出したくても出せないのさ!」 「水のカオスか…」 コペと別れて二人はさらに町の外れ、元は船着場だったという桟橋へ向かった。 「すぐにでも倒しに行きたいところだが、俺たち二人だけじゃあな…」 桟橋に立って彼方の水平線を眺めるバッツ。ここから見る限りでは海は穏やかそのもので、コペの言うようにモンスターが巣食っているとは思えなかった。 「とにかくここを出て、あとの二人と合流しないとな」 「同感同感!」 バッツの横でつまらなさそうに海を見ていたジタンがぼやく。 「この町、かわいい女のコも見当たらないし〜。あ〜…早くティナちゃんに会いたいよ〜っと!」 「お前なぁ…」 相変わらずな調子の彼に、バッツが深い溜め息を吐いたところへ。 「あの…もし?ちょっとお尋ねしてもよろしいでしょうか?」 聞きなれない女性の声がした。 ぴくくっ!途端にジタンのシッポが反応する。 振り返ると、一体いつの間に来たのか、金髪に青いドレス姿の美少女が立っていた。 「何か…」 「何だい?綺麗なお嬢さん」 バッツが何か言う前に、ジタンはすでに少女の手をぎぅっと握り締めている。 (早ッ!) 「――はっ…!もしかしてキミは、オレの夢の中に出てきたコだねっ?そしてオレに熱い抱擁をしてくれようとした…」 「は、はぁ…?」 ボーゼンと見守るバッツの前で、二人の会話は絶妙な食い違いをみせながら繰り広げられてゆく。 「嗚呼…!もしかしてこの出逢いは“運命”の成せるワザ?それとも神様の粋な悪戯?」 「あのぉ〜…」 「ともかく、キミとオレとの素敵な再会に乾杯…うぐっ!」 一瞬の間があって、ジタンの姿は少女の視界より掻き消えた。足元に視線を落とせば、無防備状態の後頭部に強烈な一撃を食らったらしく、苦悶の表情でのた打ち回っていた。 「お前がいると話が進まん!」 変わって、さすがにウンザリ気味のバッツが現れる。 「それで?あんたは誰で、俺たちに何の用なんだ?」 会話の遅れを取り戻すべく、矢継ぎ早の質問を浴びせ掛ける。少女もやっとまともに話の通じそうな人物が出てきてホッとしたらしく、先を続けた。 「私はこのオンラクに住んでいる者で、サラといいます。実は、あなた方にお会いしたのはこれで二度目で……」 「やっぱり!」早くも立ち直ったジタンが、嬉々として叫んだ。 「一度目は、あなた方が海を漂っている時に偶然通り掛ったのでお助けして、近くの海岸までお運びしました」 「そうだったのか。ありがとうな、サラ」 目を覚ました時に彼らが横たわっていた海岸を思い浮かべながら、バッツは納得する。 「ほらな!やっぱりアレは夢じゃなかったんだ!」 「ところでサラ」 小躍りするジタンのことはさりげなく無視である。 「俺たちの他に誰か見なかったかな?あと二人くらい…さ」 バッツに訊かれて、サラは少し思い悩んでいたが、やぱてぽんと手を打った。 「はい!淡い緑の髪の女の方と、ツンと尖った金髪の男の方ですね?」 予期せぬ収穫に、二人は思わず顔を見合わせる。 「そ、その二人は何処に?!」 勢い込んで詰め寄ると、サラは少し困ったような顔になった。 「お助けしようと思ったのですが、私の力ではお二人を連れて帰るのが精一杯でした。それに…あなた方とはだいぶ離れた浮かんでいたので。私があなた方を砂浜まで運んで引き返した時には、もう他の船が来て、あの方たちはその船に引き上げられたみたいで…」 「他の船?」 「はい。髑髏模様の黒旗をなびかせた、この辺りでは見かけない型の船でした」 『ビッケだ!』バッツとジタンの声が重なる。 「そっか!ビッケに助けられたんなら安心だな、ジタン」 声を弾ませるバッツとは対照的に、ジタンはだんだん浮かない顔つきになっていった。見れば、固く握り締めた拳がわなわなと震え、肩も小刻みに痙攣している。 「どうしたんだ?!」 ただならぬ様子に不安を覚え、顔を覗き込むバッツ。その途端――彼はがばっと頭を上げ、力一杯絶叫した。 「……ってこたぁ!あの船にはクラウドとティナちゃんの二人っきりってコトじゃねぇかっ!あンのムッツリスケベヤロー、まさかオレがいないのをいいことに、愛しのティナちゃんにあ〜んなコトやこ〜んなコトを…っ!ゆ、許せねぇ!!!」 「あー…サラ。コイツ、もっかい海のど真ン中に捨ててきてくれないか?重りも忘れずに頼むわな」 「…………そーですね」 ざざ〜ん……。 その時――バッツとサラの耳に、波の音がやけに遠く聞こえたのは、果たして二人の気のせいだったのだろうか…。 「あの、お願いがあるんです!」 本日二度目、ジタンのどたまが撃沈したところでサラはおもむろに、 「私の仲間を、助けてもらえないでしょうか?」と、潤んだ瞳で訴える。 「仲間ってのは?」 「もちろんさ!キミのように可憐で可愛い女のコたちのためなら、たとえ火の中水の中…」 「――に沈んでろ」 どんっ!ざっぱ〜ん! ……と、桟橋の横で上がる水しぶき。水面から、辛うじてシッポだけが生えている。 「そのあんたの仲間がどうしたんだ?」 バッツは何事もなかったかのように先を促す。サラは戸惑いながら、それでもすぐに、真顔になって答えた。 「先ほどお二人のお話を窺っておりました。あの、クラーケンを倒す…というのは本当でしょうか?」 「ああ。一応それが俺たちの次の目的だ。クラーケンっていうのは水のカオスなんだろ? 俺たちはもう、土の火のカオスは倒して来たからな」 彼の言葉でサラは大きく目を見開いた。その眼差しがみるみるうちに希望で満ち溢れる。 「で、ではもしや、あなた方は伝説の『光の戦士』さま?」 「――ということになる……か、も、な?」 実感も自覚も未だにないが、世間の評判が常に先走っているのだから仕方ない…と、バッツは半ば諦めていた。 「では、改めてお願いします。光の戦士さま!どうかクラーケンを倒し、あいつの根城『海底神殿』に囚われている私の仲間を助けでして下さい!」 「はい、そりゃあもう喜んで!この“愛の狩人”ジタン様に全てお任せく――」 ぐぎょろ。 「そうしたいのはやまやまなんだが……」 割って入ったジタンの頭を反射的に押しやった時、何やら聞きなれない擬音がしたが、バッツはあえて気に留めずにおいた。 「実は俺たちも今、仲間とはぐれちまってる。さっきあんたが行ってた船に助けられた二人がそうだ。あいつらと合流しないことにはクラーケンを倒すことも難しい。だから…」 「あの、あの、あのっ…!だったらその二人をお連れすればいいんでしょうか?」 と、熱血に詰め寄るサラ。その真剣な眼差しに圧倒されて、バッツはこくこく頷いた。 「じゃあ、私が今すぐ行ってきます!大丈夫、船の形は覚えてますからっ!」 「あ、あの?ちょっとあんた……」 バッツが止めるのも聞かず、彼女は一方的にまくし立てた後、くるりと身を翻して駆け出した。 「待てよ!そっちは海――?!」 「宿屋で待っててくださぁ〜い!すぐに戻ってきますからぁ〜っ!!!」 ざっぱ〜ん! 肩越しに言い捨てて桟橋を蹴ると、彼女はドレス姿のまま、海に身を躍らせる。 「おいおい…まさか、泳いでいくつもりじゃないだろうな?」 「沖に船でも停めてあるんだろ?サラちゃんかぁ…。逞しい女性ってのもイイよな〜!」 呆然と見送るしかないバッツの横で変な風に曲がった首をこきこき流しながら、ジタンは納得したように頷いた。 サラがいなくなった後、手持ち無沙汰になった二人は彼女に言われたとおり、宿で待つことにした。 「なぁ、バッツ。何でクラーケンごとき、俺たち二人で倒しにいかねーんだよ?」 宿の一角、粗末な椅子とテーブルに腰を落ち着け、二人はようやく一息ついた。二人の他に客も居ず、宿屋の主人もメインカウンターで呑気にうたた寝などしている。 バッツは何をするでもなくぼんやりと外を眺めていたが、早速退屈してきたらしいジタンが不満そうな顔でその顔を覗き込んできた。 「言っとくけどな、クラウドなんかの力を借りなくたって、オレはあんなイカ野郎をイカソーメンにするなんざ、朝飯前なんだぜ?いや、イカ焼きか…?するめイカも捨てがたいが――とにかく!そーすりゃサラちゃんの仲間のお嬢さんたちのさ、感謝感激雨あられの大歓迎を二人締め出来るじゃん?…なのに、何だってあんなヤツをわざわざ待つんだよ」 「……あのな」バッツは呆れて、頬杖を付いたまま彼を見上げる。 「水のクリスタルに反応するかけらが俺の持ってるやつとは限らないだろーが。それに、相手は曲がりなりにもカオスなんだぞ?四人でもリッチやマリリスに結構苦戦したのに、いくら相手が“イカ野郎”だからっ……て…?」 そこまで言って、バッツはふと眉を寄せる。それからゆらっと頭を起こし、不思議そうにジタンを見た。 「何であんたはクラーケンが“イカ野郎”だって知ってるんだ?町の人たちは、誰も奴がどんな姿をしてるかなんて言わなかったよな?」 「ああ、別に大したことじゃないぜ」 さらっと返すジタン。バッツが何をそんなに不思議がっているのかぴんとこないらしい。 「オレの世界にもクラーケンはいたからさ。それだけじゃない。リッチやマリリス、まだ戦ってないけどティアマットもな。リッチとマリリスは姿形がよく似てたからさ、クラーケンも同じよーなモンだろ?ついでに言や、ティアマットは首が六本あるドラゴンだぜ!」 「ほぉ。そりゃまたニギヤカなことで」 「まー、オレの世界ではあいつら“ガーディアン”って呼ばれてたけど……」 そこで、彼もまたふっと不可解な表情になり、後は独り言のように呟いた。 「でも…不思議だよな、この世界って。オレの世界で耳にしたり目にしたものがいっぱい存在してる。しかもそれがよく似た姿で……何か、変な気分だよ」 ジタンの話を聞きながら、バッツも同じことを考えていた。自分の世界で見たものをこの世界で見た時、幾度も脳裏を過ぎった疑問。 (この世界と俺たち四人の世界は、何かしらのつながりがあるのか?) だが、その答えはどうやっても出てこなかった。 (何故、今――俺たちはこの世界にいる?この世界に来たのは偶然ではないのか?) ――“偶然”ではなく“必然”―― クレセントレイクの預言者・ルカーンの言葉が蘇ってくる。 「偶然ではなく、必然…か」 「ん?何か言ったか?」 「いーや、何でも。…それよりジタン」 いくら考えても今の段階ではそれらの問いに対する答えは見えてきそうにない。そう思って、バッツはいったん問題の追求を先送りにすることにした。 「何だよ?」 ジタンもまた深く考え込むタイプではないらしく、彼が話題を変えても気にしなかった。 「お前の世界のことさ、もっと詳しく話してくれよ。例えば、そうだなぁ…いつか船の上で言ってた、“王女様”のこことか」 ニッと笑って人差し指を向ける。その言葉に、ジタンは一瞬ぎょっとしたが、すぐ照れたような笑みを浮かべた。 「ああ、いいぜ!話してやるよ。オレの一番大好きな女(ひと)のことをなっ!」 天を仰いで、遠くに残してきた愛しい少女に想いを馳せる。 「オレが彼女と出逢ったのは、彼女の城だった。オレは盗賊やってて、彼女を誘拐すべくその城に潜入したのさ!」 「誘拐?まるでどっかのガーランドみたいだな」 バッツは可笑しくてたまらないというように、くすくす笑った。 「黙って聞けっての!」ジタンもつられて苦笑しながら話を続ける。 「オレは別に、嫌がる彼女を無理やり…ってことはしなかったんだぜ?なんたって、オレが誘拐しに行く前に、彼女は城から抜け出そうとしてたんだからな。彼女の部屋の前でオレは彼女とぶつかってさ…で、慌てて追いかけたんだ」 「ふんふん、それで?」 だんだん芝居がかってくるジタンの口調にバッツの気分もノってきたらしく、大きく身を乗り出した。 「逃げる彼女をオレは必死に追い掛けた。それでやっと城の奥まったところでつかまえることが出来たんだ。彼女が逃げたのはオレが彼女を連れ戻しに来た兵士かと思ったからで、そうじゃないと分かった途端、彼女、何て言ったと思う?」 ジタンはぐぐっと顔を近付け、声を潜める。 「さぁ?」 「聞いて驚くなよ?なんと、自分から『私を誘拐して下さい!』って頼むんだぜ?!」 「へぇ!」 バッツは素直に驚いた。ただその時、今まで愉しそうに語っていたジタンの顔に一抹の翳を見たような気がして、首を傾げる。 「オレは彼女と一緒にあちこち旅した。もちろん、他の仲間もいたけど、いろいろ楽しくてさ。……最初に王族専用の席で芝居を見ていた時の彼女は人形のように表情がなくて、虚ろな眼差しをしてた。王宮ってのはきらびやかだけど窮屈で、慌ただしいようで結構退屈なんだと思う。だからオレは彼女をあんな狭いカゴの中から解き放ってやりたかった。 オレや仲間と一緒にいると、彼女はいろんな表情を見せてくれたんだ。笑って、怒って、照れて、ムッとして…時には哀しくて泣いたりもするんだけどな、オレはどの表情の彼女も本当に本物の感情なんだと思ったよ。 キレイなドレス着て、澄まして座ってる彼女はただの人形さ。オレといる時の彼女は本当に生き生きしてた。 最初は頼りない世間知らずのお姫様って感じだったけど、いろんな事件があって、その度に彼女は強くなっていった。時には落ち込んだオレを逆に励ましてくれたりしてな。 …ははっ!ホントはオレの方が彼女を護らなきゃならない立場なのに」 とめどなく溢れる言葉の節々にある彼の想いは、だた“楽しかった”だけの思い出ではなかった。バッツは黙って、彼の懺悔を聞いていた。 彼がこんな風に他人の前で自分の内に秘めた想いを話すことなど、今までなかったのだろう。何故なら、彼の心の葛藤は、彼以外には解り得ないものだったから。 「……ずっと信じてたよ。オレは彼女を幸せにしてやれるってな。彼女をがんじがらめにしてる城って檻から連れ出した時に!オレはそう誓ったんだよ!」 だん! テーブルが激しく鳴った。その上で強く握り締められたジタンの拳が震えている。 「でもな!旅が終わって世界が平和になって、そしたら彼女はまた“王女様”に戻っちまった!…もちろんそれは仕方のないことさ!彼女は“王女”なんだから! だけどあの時と違うのは……彼女が自分の“意思”で玉座に座ってるってことなんだ! 彼女の人生はもう、彼女一人のものじゃない!今はたくさんの国民の人生を背負ってる。 彼女は彼女の意思で自分がいるべき場所を選んだ。オレが手の出せる余地なんかどこにもありはしなかった!だって…彼女は最初から、オレがどんなに手を伸ばしても届かない場所にいた“王女様”だったんだからさ……」 ジタンは力なくテーブルに突っ伏し、自嘲気味な含み笑いを洩らした。 「――オレ、ときどき思うんだ。もし彼女が王女なんかじゃなくて、普通の女のコとしてオレと出逢ってたら……そしたらこんな想いしなくて済むのかな…って」 「――そしたら多分、お前の中に彼女の存在は残ってなかったろうさ」 バッツの呟きに、ジタンはがばっと顔を上げる。 「おそらく普通に街ですれ違うくらいで、ちょっと可愛いなと思うくらいで…それだけで終わってたんじゃないか?」 「バッツ…?」 「お前の話を聞いてると、もどかしくなるよ」 バッツは両手を上に向け、意味ありげに笑った。 「よーするに、だ。お前は“王女”である彼女に心底惚れちまってるんだろ?はっきりいって、態度でバレバレなんだよ」 「何を……」 人を食ったような彼の話し振りに、落ち込んでいたジタンもさすがにムッとする。 「まぁ聞けよ」 しかしバッツは、イライラに任せて隙あらばつかみ掛かってきそうな彼の鋭い視線を、さらっと躱した。数年分の年の功、というやつで。 ジタンは彼の穏やかな笑顔につられたのか、しばらくしてふっと表情を和らげた。 「…いいぜ。好きに言えよ」と、半ば投げやりになってぼやく。 「だからな、お前が惚れたのは“王女”の彼女なんだよ。旅の中で、いろんな彼女を見てきたんだろ?そして、一瞬ごとの彼女に惹かれていった。 強くて、気高くて、勇ましくて……そして誰よりも優しい彼女に。例え見た目は頼りない、弱い存在に思えても、彼女に出逢い、一緒に行動してお互いのことがよく解ったはずだろう?強い面も弱い面もたくさんさらけ出してきたけど、ホントにくじけそうになった時は、彼女の心の強さと優しい笑顔に勇気付けられた…と思うんだ。 それはつまり、さ。“王女”の彼女だけが持っている最大の魅力なんだよ。 大体考えてもみろ。普通の街娘にそれだけのものが備わってると思うか?」 「……」 不思議だった。今まで自分一人の胸の中にしまい込んで、誰にも明かせなかった葛藤を、この青年は何故こうまでズバリ指摘することが出来るのだろう? そしてこんなことを面と向かって暴露されたらきっとやり切れない気持ちで一杯になるはずなのに、何も反論できない自分がいる。 ジタンは無意識のうちにバッツの碧い――空よりも海よりも碧い瞳だけを見ていた。 「確かにな、王族ってのは並大抵のことじゃ務まらないよ。俺たちみたいに気楽に毎日生きてる人間には分からない苦労だらけだろうさ。お前のいう“彼女”が背負っているものは、俺たち庶民には予想も付かないほど尊いものだろうさ」 バッツの言う“彼女”が果たしてガーネットを指しているのか、この時ジタンにははっきり分からなかった。ただ、彼の言葉一言一言が、心の空白を埋めてくれる……その感覚だけが、妙に心地よかった。 「だけどな、盗賊!お前、彼女を盗んだんだろ?一度盗んだものを簡単に手放そうってのか?“王女”っていう身分ごと受け止めて、受け入れてやらなくてどーするよ? なぁ、ジタン!お前のポケットはそんなに小さかったのか?!」 がたん! 「んんっ…!ま、まぁ…これはあくまで“一般論”だが、簡単に訳す『あまり思いつめるな』ってことさ」 派手に倒れた椅子の音ではたと我に返った彼は、少し紅潮した顔で照れ臭そうに言った。 「…じゃ、俺はちょっとその辺を散歩してくるから、お前はここで愛しのサラ嬢が帰ってくるのを待っててくれよな」 自分に注がれているジタンの視線を外すように、バッツはそそくさと宿を出て行く。 「あ〜…今日は暑いな〜」などと、ワザとらしく呟きながら。 後にはぽかんとした表情で彼のいた空間を見つめる、ジタンだけが取り残されていた。 ……ぱたん。 「――何を口走ってるんだよ、俺は。自分だって他人(ヒト)に説教タレてる状況じゃないクセに…。はぁぁ〜っ……」 そして、外では後ろ手に締めたドアに寄り掛かり、自己嫌悪に浸るバッツががっくりとうなだれていた。 さて、一方そのころその時刻。 マリリスに飛空艇ごとぶっ飛ばされて海に落下した四人のうち二人――クラウドとティナは運よく巡り合ったビッケの海賊船に助けられていた。 今まで賑やかだった四人パーティーが二つに分断されただけで、ビッケの海賊船はまるで死者を乗せて海を彷徨う幽霊船のように静かである。 残ったメンバーが普段から無口な二人だったということもその主たる原因だが。 船はこれといった進路も定まらず、闇雲に残り二人の姿を求めてうろついている。 穏やかな波が規則正しいリズムを刻んでいた。でも、その音がヤケに耳障りなのは、いつも甲板でバカ騒ぎしているシッポの少年がいないからだろうか。 (――フン。馬鹿馬鹿しい) 時々海面で跳ねる小さな魚をぼんやりと目で追っていたクラウド、思いもよらぬ方向に傾きかけていた思考を打ち消すように、ぶんぶんっと頭を振った。 「クラウドさん…?どうしたの?」 「あ、ああ……」 内心冷や汗を掻きながら振り向くと、心配そうな表情のティナがいた。 「……バッツさんとジタンさん、早く見つかるといいよね?」 クラウドが黙って視線を海に戻すと、同じように彼女も横に並んで海を眺めた。 ざざーん…。 重苦しい沈黙に、波の音が混じる。 「――あの、クラウドさん。訊きたいことが、あるの」 最初、クラウドはそれが波のさざめく音だと思って聞き流した。それくらい微かな声だった。ティナは返事を待っていたが、一向に反応がないので改めて訊いてみた。 「…あの、クラウドさん。誰かを愛したことって、ある?心の底から愛した人…いる?」 「?!」 クラウドはぎょっとしてティナを見た。彼女は心持顔を赤らめ、それでも真剣な眼差しで彼を見つめている。 「どういう…意味だ?」渇いた声で、ようやくそれだけ問い返す。 「あ…。ごめんなさい。不躾でしたね、こんなこといきなり……」 クラウドの表情が予想以上に強張っていることに気付き、ティナはますます恐縮する。 「いや、別に構わないが…ただ、どうしてそんなことを俺に?」 「ごめんなさい…」消え入りそうな声で呟いて、ティナは彼に背を向ける。 それからまた、少しの時間が過ぎた。 気持ちを落ち着けているのか、ティナの華奢な肩は細かく上下に動いている。 「――あ、あのっ!わたしっ…!」 クラウドが黙っていると、ティナは意を決したように言った。 「“愛”ってどういうものか知らないの!だからどうしても知りたいの!こんなこと、あなたに訊くべきじゃないって思うけど…でも、あなたはときどきとても哀しい表情をする。 …教えて、クラウド。あなたは“愛”知ると同時に“哀しみ”も知ってしまったの?」 ティナ自身、どうして自分の口からこんな言葉が吐いて出たのか、理性でははかり知ることが出来なかった。そしてクラウドもまた、彼女の淡いグリーンの瞳に魅入られて、すぐさま答えを出せないでいた。 見つめ合う二人の時間だけが、永遠の静寂に包まれる。 が、やがてクラウドの方が優しくも切ない微笑を彼女に向けた。 「――いたよ。俺が世界でたった一人、心の底から愛した女性が」 「え…?い…た……?」大きく目を見開くティナ。 「……ああ」クラウドは彼女の視線を外し、宙を仰いだ。 「“彼女”はもういない。俺の前に姿を見せることもない」 「それって…」ティナははっと口を噤む。 「いいんだ…」クラウドはまた、小さく笑った。 「もう、気持ちの整理はつけたつもりだから」 「そう…だったんですか。ごめんなさい…」 落ち込むティナの肩を、クラウドは彼にしては珍しく、ぽんっと叩いて言う。 「あんたが悪いんじゃない。それに、言っただろう?気持ちの整理は付いている、と」 これまた珍しく、ウィンクなど向けながら。 「確かに彼女が目の前で死んだ時は、どうしようもなく哀しかった――いや、哀しいなんて感情は通り越していたな。…どうしようもなかった。 あの時は怒りや哀しみを何処へ向けていいか解らなくて、涙すらでなくて……俺の腕の中で冷たくなっていく彼女を、ただ呆然と眺めてた。まるで、他人事のようにな」 「……」 ティナは無言で、無表情のまま淡々と語るクラウドの横顔を見つめていた。その仮面の下に、どれだけ大きな哀しみがあったかなど、彼女は断片すら読み取れない。けれど、話を聞くことで、少しでも彼の想いを感じたかった。 「――いつから彼女を好きになったのかなんて、覚えていない」 クラウドは続ける。例えそこに誰もいなくても、彼は話を続けただろう。 何故なら彼は“彼女”の話をすることで、“彼女”の記憶を言葉にすることで、“彼女”を想い続けることが出来るのだから。 「気が付いたら、彼女は俺の一番大切な女性になっていた。いや、もしかしたら出会った瞬間からそうだったのかもしれない。 彼女に逢って、俺の運命は大きく変わった。何に対しても興味を持つことを拒否してきた俺が、たくさんのものを見て、たくさんの人間と出会って、いろいろな想いを感じ取ることができたのは彼女のおかげだよ。 『他人と干渉するのは面倒だ』『他人に関われば関わるだけ、それが重荷になってくる』『他人を想い、想われることがやがて足枷となってくる』――彼女と出会ったその日から、そんな俺の考え方が少しずつ変わっていくのが解った。 それは決して嫌な気分じゃなかった。むしろ、心地よくさえ感じられた」 クラウドは右手を伸ばし、空をつかんだ。彼の手に触れるものは穏やかな潮風だけ。それでも彼は、その手をそっと引き寄せて、愛しそうに胸に抱いた。 「彼女が死んで、俺も一度は心を壊しかけた。何も考えられなくなって、こんなことなら全てを捨てて、彼女のところへ行ってしまえたらどんなに楽か…って、そう思った。 けど、彼女――エアリスは微笑ったんだよ。生命の灯火が消える寸前に。俺に向かって、微笑んだ。優しく、何もかも知っていてその道を選んだ…そんな、微笑だった。 そして、頷いて……囁いた。 『世界を、護って。それから――…ありがとう』 俺の腕に抱かれながら、それがエアリスの最期の言葉だった…。その言葉を受け入れられるまで、随分時間が掛かった。彼女が死んで何もかも終わりだと思った。こんな想いをするくらいなら、俺は昔の無感情な俺のままでいたかった…と。 だけど、そう考えるってことは、彼女の存在そのものを否定することになる。 自分の気持ちも、彼女の想いも――たった一度だけ、本気で愛した女性が、俺の中から消えてしまうってことなんだよ。 だから俺は、後悔しない。彼女と出逢ったこと。エアリスの出逢いが、彼女との想い出ひとつひとつが、俺にとってもっとも尊い“愛”の形だと信じている」 クラウドは迷いなき眼差しでティナを見た。ティナ真っ直ぐな瞳で彼を見ている。そして、さっきよりも少しだけ明るい笑顔になって俯いた。 「わたしもいろんな人たちと出逢った。その人たちはわたしの仲間で、みんなとても優しくしてくれたの。わたしはみんなのことが好き。でも、それは愛するってこととは少し違う気がしてた…。ねぇ、クラウド。わたしもいつか、心から誰かを愛せる日がくるのかな?」 無垢な少女の問い掛けに、クラウドは精一杯の優しさで答える。 「ああ。きっと…きっとあるよ」 ティナはくすっと微笑んで、また彼方の海を眺めた。 「あ〜、早く見つかるといいね。あの二人!」 「殺しても死なないだろ?あいつらは」 彼女のおどけ調子にクラウドが合わせたときだった。 ざぱん! それまでの単調なリズムとは違う波の音が、二人のすぐ下で響いた。 「……?魚でも跳ねたのかな?」 「気をつけろ!モンスターかもしれない」 顔を見合わせ、二人はおそるおそる下を覗き込む。 ざぱ〜ん! 派手な水しぶきが上がったのは、それとほぼ同時だった。 「うわっ?!」 「きゃっ!」 小さく叫んで、顔を覆う二人。 「あっ!すみませ〜ん!もしかして、水かかっちゃいましたぁ〜?」 と、そこへ素っ頓狂な声が飛び込んできた。 二人はまたきょろきょろ辺りを見回し、はたと気づいて下を見る。 今度こそ、そこには彼らを呼んだ張本人の姿があった。 「あ!よかった!やっと見つかりましたわ!失礼ですけど、光の戦士さまですよね?」 見間違いなどではなく、水面から顔を出しているのは金髪ポニーテール頭の少女。 クラウドがぎょっとしたのは言うまでもない。が、ティナは警戒する様子もなく、 「あなたはだ〜れ?何でわたしたちのこと、知ってるの?」と、尋ねた。 (やれやれ。ちょっとは怪しんだ方がよさそうなもんだが……) クラウドは隣で呆れていたが、口を挟まなかった。 「あの、私〜!バッツとジタンっていう光の戦士様から頼まれて、お二人を探しに来たんで〜す!あなた方がこの船に助けられたのを見てましたから〜!」 目的が叶ったからか、水面の少女は嬉々とした顔で水をバチャバチャやっている。 『ええっ?!』 驚いて、顔を見合わせるクラウドとティナ。少女はさらに言った。 「バッツとジタンは〜、ここから東の『オンラク』という町であなた方を待ってま〜す! 案内しますから、どうか一緒に来ていただけませんか〜?」 そう言うと、彼女は身を翻して手招きのポーズをした。 「わたし、ビッケ船長に知らせてくる!」 ティナはあたふたと船室に向かう。一人残ったクラウドは、水面の少女をじっと見つめていたが、少し嫌な予感にとらわれて尋ねた。 「…なぁ、あんた。もしかして泳いで案内してくれるんじゃないよな?」 「もっちろんですよ!ちゃんと付いてきてくださいね。あ!でもオンラクから東の海域は危険だから、南側から迂回しま〜す。ちょっと遠回りですけど、その分急ぎますから〜!」 少女は振り向き、にっこり微笑む。 「……好きにしてくれ」 クラウドがうんざり気味に呟いたところで、船は大きく迂回し東の進路を取った。 うろうろウロウロうろうろウロウロ、ウロウロうろうろ……。 さっきから落ち着きなく部屋の中をうろついているのは、他ならぬジタンである。 自己嫌悪の散歩から戻って来たバッツはベッドの上にあぐらをかいて座り、そんな彼の様子をぼーっと眺めていた。 すでに日は落ち、外も暗い。サラと別れて半日。まだ彼女は帰って来なかった。その間に、ジタンは幾度となく桟橋と宿を往復している。 「やっぱオレ、も一回外見てくるっ!」 ばたばたと部屋を出て行こうとする彼に、黙っていたバッツがようやく一声掛けた。 「あのな…。そんなにすぐ戻って来れると思うか?海は広いし、あの娘が一人で船で漕ぎ出したのだとすれば、そう簡単には探し出せないと思うぜ?」 「分かってる!けどな、こうしてる間にもあのむっつりスケベヤローがティナちゃんを口説いてたらと思うと……ああっ!やっぱし見てくるっ!」 「……お前じゃあるまいし」 バッツはもう、どつく元気もないらしい。ベッドにごろんと横になる。 「いーや!甘いぞ、バッツ!」 だがこんな時に限ってそんな小さなぼやきでも耳に届いたらしく、彼はつかつかと抗議しに戻って来た。 「ああいう無口無感情無表情男に限って、その下心は計り知れないものなんだ! ましてやあのいけ好かないチョコボ頭だぜ?腹ン中じゃ、何考えていることやら…」 (お前が何考えていることやらだよ。まったく…) 思ったが、口には出さなかった。また何を言い返されるか分かったもんじゃない。しかも、ジタンの口は止まらない。 「ああっ!チョコボヤローの毒牙に掛かってなきゃいいけど、愛しのティナちゃん!」 「――あ」 さっさと眠りに就こうと思ったところで、バッツはふと、視界を過ぎった人影に目を止めた。ジタンは全く気付いていなかったが。 「だいたいあいつは初めて会った時からムカつく態度だし、愛想はないし、チョコボ頭だし!…それからほんのちょっとだけオレより背が高いからって人を見下した態度でしゃべるし!」 「……あのな、ジタン」 「でも何故かああいう根暗なタイプがおんなのコの気を引いたりするんだよ!ったく! あんな無口のムッツリスケベのツンツン頭のドコがいいんだか!」 「盛り上がってるトコ悪いんだがな、ジタン…」 「だがしかしっ!そおいうヤツに限ってクールを装っときながら、実は影でコソコソ“女装”なんかしてたりしてなっ!なぁなぁ、バッツもそう思わねぇ?」 「後ろ」 「へ…?」 諦め半分同情半分で人差し指をちょいちょいと動かすバッツ。その先が示すのは、ジタンの肩を越えたさらに向こう側。 「だ〜れ〜が〜…“チョコボ頭の女装シュミ”だって?」 カッチカッチカッチ…。 鋭くブルーの輝きを放つアイスブランドの刀身が、魔法金属(ミスリル)製の肩当て(ショルダーガード)に当たって規則正しくもかなり不吉な音を立てていることに、ジタンはそこで、初めて気付いた。しかもそれは、自分のすぐ背後から聞こえる。 「よ!遅かったな」 バッツはベッドから軽やかに飛び降りて、ドアの前に立つ二つの人影に軽く手を上げた。 「これで、『光の戦士』四人、めでたく再会出来た訳だ。いや〜、良かった良かった!」 少しおどけた調子で言って、バッツはクラウドとティナの肩をぽんぽんっと叩く。 「――いや。三人、だな」 再開を喜ぶティナをしり目に、クラウドは足元に転がったぼろゾーキンのような塊を剣先で突つく。 「バッツの旦那!無事だったんですね?!」 ビッケが飛び込んで来たのはそのすぐ後だった。 「おー、ビッケ!いろいろ悪かったな!」と、陽気に返すバッツ。 ビッケは柄にもなく感激に目を潤ませているようだったが、ふと足元に目を落としてぎょっとする。 「こ、こりゃあ……ジタンの兄貴?!くぅっ…!なんてひでェ有様だ。一体誰にやられたっていうんですかいっ?!」 「…ま、まぁ、その辺は話すといろいろややこしいから。 それよりビッケ。お前、俺たちの飛空艇が撃墜されたのを見ていたのか?」 「もちろんでさぁ!グルグ火山のでっかい音は、あっしらにも聞こえましたからね」 ビッケはジタンにちらちらと視線を送りながらも、バッツの問いに答えた。 「見れば、旦那たちの飛空艇が追撃されてるじゃねぇですか。だから、あっしは急いで後を追って、海に投げ出されたクラウドの旦那とティナの姉御をお助けしたんでさぁ。 その時は、旦那方の姿はどこにもなくて、もう駄目かと思ったんですが……こうして助かって嬉しい限りでさ!」 ビッケは得意げに話していたが、再び足元に視線を落として暗い顔になる。 「しかし…ジタンの兄貴は何だってこんな目に……」 「ままま、明日になればケロッとして起きてくるから。コイツは」 ビッケ以外の事情を知っているメンバーは、乾いた笑いを浮かべている。 「…で、その飛空艇なんだが。何処へ飛んで行ったか分かるか?」 「ええと、煙を上げながらふらふらと……確か、北の方角でしたねぇ」 「よし!」 バッツはパチンと指を鳴らしてビッケに近付き、言った。 「ビッケ!悪いがもうちょっと俺たちに付き合ってもらうぜ。その墜ちた飛空艇だが、何とか探し出して欲しいんだ。俺たちはこれから水のカオス・クラーケンを倒さなきゃならないからさ」 ビッケは一瞬面食らった顔をし、それから満面の笑みを浮かべて敬礼のポーズを取る。 「アイアイ・サー!このビッケ、『光の戦士』の皆さんのお役に立てるなら、この命も惜しかないでさぁ!」 ビッケの気持ちが昂るのも無理はない。何せ、光の戦士と一緒に世界を救う手助けが出来るのだ。長年の海賊人生、一世一代の大勝負である。しかも、それは今までさんざやってきた悪行ではなく、彼が海賊に求めた“男のロマン”だった。 だからこの時示した彼の決意は、本心からの言葉なのである。 「……命は惜しんでくれ。まぁ、とにかく頼んだぜ」 バッツは相変わらず細かく突っ込んでから、ビッケの肩を叩いた。 「あ、それと…ここまでお前を案内して来てくれた女の子はいなかったか?」 バッツが問うと、ビッケは思い当たる節があるのか深く頷いた。 「そうそう、あの金髪のお嬢さん。ありゃあ、海女でもやってるんですかい?」 「――というと?」 「はぁ、あっしが途方に暮れてましたら突然海から現れて、船を誘導してくれたんで…。その泳ぎの速いことといったら、まるで魚のようでしたよ!」 (やっぱりあのまま泳いでいったのか…) バッツの予感は的中したようである。どうも、彼女はただの女の子ではないらしい。 「それで今、その子は何処に?」 「へぇ。それが、この街の近くまで来たところで『明日、オンラクの桟橋で待っていることを皆さんに伝えて欲しい』と言い残して、何処かに行っちまいやした。 ……ありゃあまさか、幽霊とかいうシロモノじゃないでしょうね?」 蒼ざめた顔でビッケが呟いた時。 がばっ! 「サラちゃんは幽霊じゃないっ!オレはこの手で彼女をぎゅ〜っと抱きしめたんだ!」 「――ちっ。トドメを刺し損ねたか」 ジタンが起き上がって叫ぶのへ、クラウドは忌々しそうに舌打ちした。 「ジタンの兄貴!無事だったんですね?!」 「ああ、もちろんだぜ!ビッ…!」 感激の再会よろしく、がばっと手を広げるジタンとビッケ。しかし、0.01秒を待たずしてジタンの視線はその後ろに佇む人物に釘付けになる。 「兄貴ぃ〜!」 「ティ〜ナちゃ〜ん!」 すかっ! 次の瞬間、ビッケの両手は見事に空を掻いていた。ジタンは呆然とする彼の横をささーっと通り抜けて、一直線にティナを目指す。 「……そりゃないですよ、ジタンの兄貴ぃ〜っ!」 ビッケは涙目で訴えたが、ジタンの耳に届くはずもない。 「ティナちゃん!会いたかったよ!大丈夫だったかい?」 「う、うん…」 当の本人は戸惑いがちで、バッツとクラウドはゴキブリ並みのしぶとさを併せ持つ仲間に、突っ込む言葉もなく立ち尽くしていた。 「ティナちゃん、オレとはぐれてから寂しくなかった?危ない目に遭ってないかい?それから…あのムッツリスケベヤローのクラウドに何かされなかった?」 ティナの両手をぎゅうっと握り締め、迫るジタン。 ちゃっ…! その背後で、剣の柄に手を掛けた音が響く。 「クラウド…?」 ティナはきょとんとした顔でジタンを見つめていたが、やがてにっこりと微笑んだ。 「うん!クラウドね、いろいろ教えてくれたの。それでわたし、とてもすっきりしたわ!」 ぴっきーん! ジタンの頭から理性が吹っ飛ぶ。そっとティナの手を押しやって、ゆらりと振り向いた。 「ぢゃっ!あっしはこれにて失礼仕りますぜ!」 ビッケは彼の脇をすり抜けて、そそくさと退散した。 「ちっ…!うまく逃げたな、ビッケのやつ」 脱兎の如く部屋を出て行くビッケの後姿を目で追いながら、バッツも窓際へ後退する。 「『いろいろ教えてもらってすっきりした』だぁ〜?しかもしかもこのオレを差し置いて『クラウド』だなんて、さりげなく呼び捨てにされやがって……許さねぇっ!」 鼻息も荒くクラウドににじり寄るジタンの眼は、もう完全にイッちゃってた。 ティナは訳も分からず、おろおろと二人を見ている。 「オレのティナちゃんに何をしたぁぁぁーーーーッ!!!」 ぢゃきんっ! 静かに迎え撃つクラウドの手で、アイスブランドが不気味な蒼白い冷気を放った。 「超究武神覇斬・ダッシュ・ターボ・零式・凍結クラァーーーーーーッシュ+αッ!!!」 その日――オンラクの宿屋がいきなり半壊したことを、町の人々はクラーケンの怒りの制裁だと、噂したとかしないとか…。 しっとり乳白色の朝靄がすっぽりと周りの景色を飲み込む、そんな朝。 結局あの後テント泊まりになってしまった四人は、夜が明けるとすぐに桟橋に向かった。 クラウドとジタンは道の両端に散って、お互い顔を見ようともしない。 (やれやれ。犬猿の仲とはよく言ったもんだけどな) バッツはほとほと呆れていたし、ティナはおろおろと二人を見比べている。 そうこうするうちに町並みも途切れ、四人は左右を背の高い針葉樹に挟まれた細い道に入り込んでいた。朝靄はそこからさらに濃くなって、桟橋の姿を隠している。 「なんだこりゃ…?参ったな」 呟いて、バッツは足を止めた。クラウドとティナも立ち止まり、辺りを見回す。 ジタンだけは怒りの表情を張り付かせたまま、ずんずん先を行っていた。 「おい、ジタン!そっちは……」 どぱーん! 靄の向こうで、派手な水音が響く。飛び散る水しぶきを避けながら、クラウドは小さく「阿呆が」と呟いた。 「だ、大丈夫ですかっ?!」 慌てて駆け寄るティナへも、「ほっとけ」と冷淡だ。 「やれやれ…」 ジタンを必死で引っ張り上げようとしているティナの側に、バッツが近付いた時。 「来てくれたのですね?光の戦士さま!」 喜びに溢れた声が、靄の中から響く。その瞬間――視界を遮っていた靄がぱあっと晴れて、四人は目の前の海面に浮かぶ謎の物体を見た。 それがかなり大きな樽を横にしたもので、何故かあちこちに大小のパイプや窓や、魚のひれのようなものが取り付けてあった。 「サラちゃ〜ん!」 その上に乗っかっている人影に気付いたのは、ようやく水から引き上げられたジタンである。水に落ちたことも忘れ、桟橋の先でびちゃびちゃ飛び跳ねる。 「皆さん、無事に再会出来てよかったわ!」 「ああ、あんたのおかげで……?!」 だんだんと近付いてくる謎の物体とサラに目を見張ったのは、バッツだけではなかった。 クラウドもティナも、ジタンでさえも開いた口が塞がらず、ただ一点を凝視している。 謎の物体に座る少女・サラの…足。否、足があるべきはずのところ。それはしなやかな白い両足ではなくて、きらきらと光る鱗に覆われた、魚の尻尾らしき形状のもの。 彼女の腰から下は全て鱗で、さらには胸やら肘やらも鱗やヒレが付いている。 「――君は?」 やっとのことでバッツが問うと、サラはざぶんと水に飛び込み顔だけ出して答えた。 「見ての通りの『人魚族』です。仲間たちと一緒に海の平和を護り続けてきた種族なの。 でも、クラーケンが現れてからというもの、海の生物は凶暴化し、仲間の人魚たちはみんな海底神殿に囚われの身に…。うまく逃げ出せたのは私一人でした」 「でも君、最初会った時は人間の姿だったよね?」 バッツはまだ、驚きを隠せないでいる。サラはこっくりと頷いて、 「はい。人魚族の尾びれは、乾かすと人間の足になるのです。水に漬けるとまた元の尾びれに戻るのですけれど。…そういう訳ですから、どうか早く仲間を助け出して下さい!」 「もちろんさ、サラちゃん!君が人魚だったなんて、ロマンチックな展開だなぁ〜!」 ジタンにとっては、種族うんぬんはどうでもいいらしかった。というか、未知なる美しい生命体に心は躍っている。 「そりゃまぁそのつもりだが……『海底神殿』なんだろ?だったら当然海底にあるんだよな?そこまではどうやって行くんだ?俺たちは人間だから『潜水艦』でもなきゃあ…」 「潜水艦――」 クラウドが人知れず眉を寄せた。『潜水艦』には嫌な思い出があるらしい。 「それなら、心配しないで!」 バッツの心配をよそに、サラは嬉しそうに先ほどの謎の物体を指差した。 「これはこの時のために私が造った潜水艦なんです!材料は樽と鉄パイプとガラスと…」 「……つかぬことをお伺いしますが、もしかしてこれで海底へ行け、と?」 機械仕掛けの人形のように、ぎぎっと首を持ち上げるバッツ。他のメンバーに至っては、言葉もない様子。 「はい!この日のために私が一生懸命造りましたっ!」 サラは自信に満ち溢れた顔で、四人に同意を求めている。 「降りる」 「待てい」 回れ右したクラウドの腕を、ジタンがむんずとつかんだ。 「悪いがまだ死ぬわけにはいかない」 「サラちゃんと人魚たちがどーなってもいいと?」 「だったらキサマが一人で行け」 「テメーも道連れだってんだよ」 ばちばちばちっ…! サラに見えない位置で、命を張った睨み合いが繰り広げられていた。どちらも少し引きつった哂いを浮かべているのが妙にムナしい。 「あの…これで本当に海に潜るんですか?」 二人のやり取りを目の当たりにして、ティナもようやく事の重大さに気付いたらしい。 おそるおそる訊いてみたが、サラは満面の笑顔で答えてくれた。 「あ、もしかして水漏れの心配とかしてません?大丈夫ですよぉ〜!この『空気の水』を取り付けますから!これはね、外の海水を空気に換える不思議な水なんですよ!」 どこからか取り出した小ビンを見せる。ビンの中の水は空気の泡を吐き出しながら、ぼこぼこと音を立てていた。 「そ、そういう問題じゃ…」 潜った瞬間、水中分解しそうな潜水艦を恨めしげに眺め、呻くバッツ。と、突然。サラが彼の腕をぐいっと引っ張る。彼女の見かけにそぐわない、モノ凄い力で。 どぼん! 『バッツ?!』真っ青になって叫ぶ三人。 海中に引きずり込まれたバッツは潜水艦まで連れて行かれる。 「さあっ!皆さんも早く乗ってくださぁ〜い!」 バッツを押し込んだ後で、サラは嬉々として他の三人を手招きしていた。 ぼこぼこぼこ…。 タル潜水艦の上部に取り付けた空気の水が、海水を空気に換えて内部に送り込む音を響かせながら、四人を乗せた潜水艦は深い海の底へ沈んでゆく。 潜水艦を引っ張っているのはサラ。人魚の力は水の中では人間の何倍にもなるのだという。だが、海底神殿に囚われた仲間たちは水のない部屋に閉じ込められてしまったため、出られない状態にあるらしい。そこで必要なのが人間の力なのだが…。 ぼこぼこぼこ…みしみしみし…ぼこぼこ…ぎしぎし……。 空気の泡の音に、時々木の軋むイヤな音が混じってくるのは何故だろう。 確かに水が入ってこないように、樽の継ぎ目は鉄板と樹脂でコーティングされているが、四人は生きた心地がしなかった。 中は思った通り狭くて、サラが岩や海草などをの障害物をよけるたびに大きくぐらつくのだが、クラウドですら乗り物酔いより恐怖心が勝っているようで、言葉を発することすら出来ず、身を硬くして座っていた。 コツコツ…。 緊張感漂う沈黙の中で、突然円形の覗き窓が鳴った。四人は思わず身をすくめる。 バッツがそおっと覗くと、外でサラが何かをしきりに指差していた。首を傾けて確認出来たのは、巨大な石造りの建物だった。何とか目的地までは来れたらしい。 『あれが海底神殿です』窓の外でサラの口がそう言っている。 『行きましょう!』と、彼女は窓の外から姿を消した。 数秒後―― ぎしししししみしししいしししっしいいいいっ…!ばききいっ!!!! 壊滅的な音と共に、潜水艦の内部があらぬ形に歪んだ。それが目の錯覚ならばどんなによかったか知れないが、残念ながら現実らしい。 大きくへこんだ板の隙間から、ぷしーと水が漏れている。一本二本……あっという間に水柱はその勢いを増してきた。 コッコッコッ…! さっきよりも激しく、ヒビの入った窓が叩かれた。 『潜水艦、もう限界みたいで〜す!出来るだけ入り口に近付けますから、皆さんそこから素早く進入してみてくださいね〜!ご健闘を祈りま〜す!』 『だあぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!!!』 四人の絶叫が最後の一押しになったのかもしれないが、サラの無責任な言葉を残して姿を消した瞬間、水圧に負けた潜水艦は、無残にも海の藻屑となったのだった。 「ぜーはーぜーはー…あ〜、死ぬかと思ったっ…!」 水圧で遠くなりかけた意識を奮い立たせ、四人は何とか海底神殿に転がり込むことが出来た。バッツは肩で息を吐いてから、ふらふらと立ち上がり、注意深く辺りを見回す。 「ここが、海底神殿……」 彼らが立っている場所は、苔むした石畳に覆われたフロア。そこから奥に向かって朽ちた石柱が並んでいる。その向こうに、頑丈そうな扉があった。 「どうやらあれが、クラーケンの部屋らしいな」扉を鋭い眼で見据え、クラウドが呟く。 「あれ?そういえば、サラちゃんは?」 相変わらずマイペースなジタンの視線は、ここまで案内してくれた人魚の姿を求めて彷徨っていた。しかし、何故か彼女の姿は何処にもない。 「…ったく。地上に帰れるんだろーな、俺たちは」 足元の小石を蹴飛ばすバッツの口調は絶望的な響きを帯びていた。 「あの、マリリスの時みたいに、クリスタルの間には魔法陣があると思います」 重苦しい空気に支配されつつあった男三人、ティナの言葉で顔を見合わせる。 「ここまで来たら、引き返せないって訳か」 仕方なさそうに呟いて、クラウドは歩き出す。後から他のメンバーも続き、真っ直ぐに扉を目指した。 ジタンが宣言した通り、クラーケンは“イカ”だった。しかも、悪趣味なド紫のマントを下げている。 『フォフォフォ…』 四人が部屋になだれ込むと、クラーケンは十本の足をうねうねさせながら、不気味な含み笑いを洩らした。 『コノ ミズノカオス クラーケンニハムカウトハ、ミノホドヲシラヌ ムシケラドモヨ』 「……なぁ。なんか力抜けないか?」 とりあえず剣を構えた格好のままで固まっていたクラウドが、隣のバッツに耳打ちする。 「イカだからな。仕方ないんじゃないの? ま、でも…こいつは煮ても焼いても食えそうにないこた確かだな」 「しかも頭悪そうだぞ」 話には聞いていたものの、何のひねりもなく正真正銘巨大な“イカ”であるクラーケンのあまり緊張感のない姿に、バッツは脱力していた。 『ナニヲ コソコソハナシテイル?オジケヅイタカ!』 びゅっ! しかし、クラーケンはでかい図体の割になかなか素早く触手を伸ばしてきた。 「だったら、のしイカにしてやらぁ!」 ルーンブレードを逆手に構え、ジタンが跳んだ。他の三人もそれぞれ散って態勢を整える。いくらイカといっても相手は水のカオス、油断は出来ない。 「たあっ!」 迫り来る触手を難なく躱して、懐に飛び込んだクラウドと真上に飛んだジタンがそれぞれの剣を繰り出したのはほぼ同時――だが、態勢を崩したのも同時だった。 (えっ?) (何ッ?!) バランスを崩し、隙が生まれた二人の脇腹に食い込む触手。大きくしなったクラーケンの足は軽く払っただけで絶大なパワーを生む。 二人の身体は軽々と吹き飛ばされ、クラウドは水溜りの中に、ジタンは壁にしたたか叩き付けられる。 「クラウド!ジタンさん!」 悲鳴を上げて駆け寄るティナ。その背中にも触手は容赦なく襲い掛かる。 「させるかよっ!」すかさずバッツが間に入り、触手の進路を塞いだ。 『フォフォフォ…シニイソグカ、コゾウ!』 ぐおんっ! 身構えたバッツの両脇から八本の触手が迫る。 「…ンのヤロォ!」 触手を十分に引き付けて、拳と蹴りを繰り出すが、そのことごとくはクラーケンのぬめぬめした皮膚を滑っただけで、何の効果も示さなかった。 「げっ…!」 気付いた時にはもう遅く、全身にまとわりついた数本の触手は、彼の身体を楽々と持ち上げてしまっていた。 『フォフォフォ!コノカラダハ ドンナブキモ コウゲキモウケツケヌ。コノママ ジワジワ シメコロシテクレルワ!』 「ぐあぁッ…!」 身体を締める触手の力が強くなり、バッツは堪らず呻き声を上げた。 「バッツさん?!」 クラウドたちの回復を終えたティナが、その光景を目の当たりにして真っ青になる。 みしみしっ…! 不気味にうごめく触手の下、骨が軋むくぐもった音が聞こえた。 『コイツヲ バラバラニシタラ、ツギハ キサマラノバンダ』 クラーケンは余裕たっぷりにティナを見下して言った。 「そうはいくか!」 「バッツを放せ!このイカゲソ野郎ッ!!!」 そこへ、復活したクラウドとジタンが再び襲い掛かる。しかし、結果はおなじだった。彼らの剣はクラーケンのぬめった皮膚を滑っただけで、傷一つ付けられない。 『フォフォフォ!ムダダ ムダダ!』 クラーケンの嘲笑の下、途切れ途切れにバッツの苦しげな呻き声が洩れてくる。 「ちくしょう!どーすりゃいいんだ?!」 焦りと苛立ちを含んだ声で、ジタンが叫んだ。武器が通用しなければ、バッツを救い出すことも叶わない。 ぎりっ…と、クラウドが悔しそうに歯噛みした。ティナは顔面蒼白でがくがく震えている。誰も手が出せないで、時間だけが無情に過ぎようとしていた。と、その時。微かな声が彼らの耳に届く。 「……魔法…だ。水棲系の…モンスタ…は、雷系の…魔法…よ、わ…い…」 聞き覚えのあるかすれた声に、三人はハッと顔を上げた。声は、ほとんど触手で埋め尽くされようとしていたバッツの顔の、僅かな隙間から零れてくるようだった。 「ティ…ナ――早く、魔法をっ…!」 「でも…っ!それじゃああなたはどうなるの?!魔法を放ったら、あなたを巻き添えに…」 「いいからやれっ…!最大級の稲妻で…っ、こんなイカ…焼き尽くしてしまうんだ…っ!」 声はだんだんとか細くなってくる。だが、そこに潜む鋼鉄の意志は、全く衰えていない。 「ティナちゃん…」 「決断は、あんたに任せる」 ジタンとクラウドの視線を受け、ティナは真っ直ぐクラーケンを見据える。 触手から僅かに覗くバッツの手と足。口元は、少し笑みの形に吊り上っていた。 いつでも追い討ちが掛けられるように、両脇で二人の剣士が身構えたの気配を察し、ティナは意識を集中させる。掌に、高出力のエナジーが渦巻いてゆくのを感じながら。 『クダケロ!!!』 クラーケンが、触手に更なる力を加えようとした瞬間。 「サンガー!!!」 駆け抜ける轟音と閃光――高圧電流の嵐が、クラーケンの表面を覆う粘膜を、一瞬で拭い去る。 『ギィヤアァァァーーーーーーーーッ!!!』 耳障りな咆哮を上げて崩れ落ちるクラーケンを、クラウドたちの怒りの刃が襲った。 「ヘイスト!」 間髪容れず、ティナは二人に加速の魔法を掛ける。それを受け、二人はまさに電光石火の勢いで、クラーケンが態勢を立て直す前にそれぞれ五本ずつ、足を斬り落としていった。 『これでトドメだーーーーッ!!!』 ざしゅっ! 右からクラウド、左からジタン。足を全て斬り終えた二人が、ぴったりの呼吸でクラーケンの両目に剣を突き立てる。 『グヴォアーーーーーーーーーーッ!!!!』 それが、巨大イカの最期の絶叫だった。派手に墨と体液をぶちまけながら、水のカオスは程なく力尽きた。 「……あー、効いた効いた〜っ!」 今やただのゲソとなった触手の下敷きになっていたバッツは、駆け寄ってくる三人の仲間に向かって弱々しく微笑った。 「何とか生きていたようだな」 言葉少なのクラウドも安堵の表情を浮かべている。 「…ったく、無茶なこと考えるよな〜、あんたは!オレだったら絶対ゴメンだぜ」 悪戯っぽくジタンが茶化す。しかし彼もまた、バッツの無事を確認してほっと胸を撫で下ろしたのだった。 「ご、ごめんなさいっ…!わたしあの…い、痛くなかったですか?本当にごめんなさ……」 「いや、こいつを倒せたのはあんたのおかげだよ。気にすんなって。俺は丈夫なだけが取り柄なんでね…!」 ティナはもう半泣きで、さっきからずっと回復魔法を掛けていた。そんな彼女を、バッツが優しく慰める。 「それより、クリスタル…だ。どうやら俺のは……まだ反応しないらしい。ティナ…はやく、あんたのかけらを…早く柱に…っ!」 「でも……」 ティナはまだぐったりしたままのバッツと、ポケットから取り出したクリスタルのかけらを交互に見つめた。彼女のかけらはこの海の底のように、深い青に染まっている。 「俺なら…大丈夫だって。それに、早く地上へ帰った方が…なんぼか楽だし…なっ!」 応急処置で何とか元気を取り戻したらしいバッツは、ぐっと親指を立てて笑う。小刻みに震える指先を見ればかなりの無理をしていることは明白なのだが、クラウドとジタンの視線を受けて、ティナはようやく決意した。 「水のクリスタル…お願い。あなたの力でこの美しい海に、再び平和を――」 かけらが放つ青と柱を包み込む青が共鳴し一つになるまで、長い時間は必要なかった。 「水のクリスタル、良かった…」ティナは振り返り、嬉しそうに微笑む。 「ワープポイントだ!さ、早いトコおさらばしようぜ!」 クリスタルの後ろにグルグ火山の時と同じく魔法陣の輝きを見付け、歩き出すジタン。 「それもそうだ――?!」 クラウドも苦笑を浮かべてあとを追おうとした、その時。僅かに吊り上った眉が、絶望的な異変の起こり物語る。 「……!この音…」 「お、おいッ…!」 ティナとジタンの耳にも、恐怖の足音はすぐに届いた。サッと顔色を失う二人。 バッツは首をゆっくりと傾けた。それが合図でもあったかのように。 彼らが抜けて来た扉を破って、大量の海水が押し寄せた。 「くそっ!どいつもこいつも、往生際が悪すぎだぜ!」 忌々しそうに叫ぶと、ジタンはひょいとティナを抱えて走り出す。 「脱出するぞ!バッツ、早く立てっ!」 必死の形相で手を伸ばすクラウドに、バッツはふっと苦笑を浮かべた。 「――悪ぃ。俺、ここから一歩も動けないんだわ…」 「何ッ?!」 驚愕を露にするクラウドの後ろで、ジタンとティナが真っ青になる。 「何…してる?さっさと走れぇっ…!」 バッツは呆然と立ち尽くす彼らに向かって叫んだ。しかし、一度勢いを持った水のスピードは凄まじい。その叫びはどどどどっという水音に掻き消され、一瞬後――四人がいた部屋は大量の海水に飲み込まれていた。 波の音で、目が覚めた。少し前にもこれと同じ感覚で起きたんだっけ…。 波の音と、砂の感触。そして、やさしい少女の声。 「――ジタン、ジタン!」 「……はっ?!サ、サラ…ちゃん?」 目が覚めて一番最初に映ったのは、見慣れた美少女の顔だった。 「気が付いたのですね、良かった!」 「こ、ここは…?」 虚ろな意識を奮い立たせ、ジタンはゆっくりと身を起こす。そこは見たことのある砂浜で、すぐ隣にはクラウドとティナが同じように身を起こし、座っていた。 「サラ、オレたち……?!」言いかけて、さっと蒼ざめる。 「バッツは?あいつは何処にいるんだ?!まさか――」 「宿だ」 慌てて立ち上がりかけたジタンに、クラウドが短く言い放った。 「サラさんの仲間の人魚さんたちが、わたしたちをここまで運んでくれたのよ」 ティナがフォローする。サラも明るく笑って、 「安心して下さい、バッツさんは仲間がちゃんと宿にお運びしましたから」 「それならそーと…早くいってよ……」 どさっ…! 安堵の溜め息を吐いた瞬間、ジタンは背中から砂の上にひっくり返った。 大の字に寝転がると海よりも青い空が見えて、倒れた時に巻き上がった砂がぱらぱらと顔の上に降り注ぐ。 それは太陽の光を受けてきらきら輝き、とても幻想的な美しさを見せていた。 to be continued |
紫阿 2004年05月21日(金) 18時41分57秒 公開 ■この作品の著作権は紫阿さんにあります。無断転載は禁止です。 その5を見る/FF DATA MUSIUM TOPに戻る |
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この作品に寄せられた感想です。 | ||||
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FF批判が多いここで、この小説をだすのは凄い決心だったと思います。(へ?) もちろんそれだけじゃないですが、 最近、かなりはまってるので作ってくれて感謝です。 |
50点 | ガアルム | ■2004-05-22 00:36:37 | 219.167.58.223 |
潜水艦、ギリギリセーフっすねー。(汗)最後の、詩的な描写力がすごいッス!毎回、奥深く味のあるものを書けるなんて、尊敬するッス! | 50点 | うらら | ■2004-05-19 13:38:20 | 210.198.101.209 |
合計 | 100点 |