ファイナルファンタジーシリーズ:FF物語(3)
第三話 腐る大地

 外界に出て丸二日。クラウド・ストライフはここへきて最低最悪のピンチを迎えていた。
「――うっ…。も、もう少し静かに操縦出来ないのか?」
 船室のベッドに突っ伏し、彼は今、必死に戦っている。
「しっかし、意外だねぇ〜!いっつもスカした顔したあんたに限って…ぷぷっ!ふ、船酔いとは!」
 反論する余裕もないクラウドをしり目に、ジタンは不規則に揺れる狭い船室の中を、身軽にひょいひょいと飛び回っていた。何だか妙に嬉しそうである。
 そんなクラウドを嘲笑うかのように、昨日からひっきりなしの雨と風はますます強くなっていった。
 高波と高波がぶつかって生まれる三角波は容赦なく海賊船を襲い、上下に斜めにと翻弄する。そしてその結果――もともと乗り物とあまり相性の良くないクラウドは、すっかり参ってしまっていた。
「ほれ!しっかりしろよ、ツンツン頭!それとも思い切って吐いちまう?ラクになるぜぇ!」
 言われ放題言われながら、いつまでもサル男(…とクラウドは思っている)の暴言に甘んじる彼ではない。少し揺れが収まったところでゆらりと身を起こし、恨みがましくジタンを見上げた。
「…キサマ、人事だと思っ…うっ!」
 がっくん!
 どうやら運に見放されているのはクラウドの方だったらしい。ようやく半身を起こしたのに、ひときわ大きな揺れに見舞われ再びベッドに叩き付けられる。
「あ〜りゃりゃ。撃沈しやがった」ジタンがつまらなさそうに呟いた時。
「旦那方!このままじゃ、ちょいと都合が悪そうですぜ!」
 ばたばたという慌ただしい足音と共に、びしょ濡れのビッケが飛び込んできた。
「ここから少し北に行ったところに『メルモンド』って町があるんで、緊急避難させてもらおうと思うんですがね?よろしいですかいっ?!」
「……た、頼む」
 ベッドに突っ伏したまま、クラウドが真っ先に呻いた。
「そうだな…。船も心配だし、少し物資の補給もしたい。寄ってもらえるか?」
 部屋の隅の椅子で身体を休めていたバッツもすぐさま同意する。
「そぉか?オレは別にこのままでも…」
 一方ジタンは意地悪く、グロッキー状態のクラウドを眺めて楽しんでいた。
「あの…わたしもちょっと、さっきから気分が……」
 控えめな口調で最後に言ったのはティナ。心持ち蒼ざめた顔が白い肌によく目立つ。
「港に直行だ!急げよ、ビッケ!!!」
「アイアイ・サー!」
 その直後、鶴の…もとい、ジタンの一声で船の行き先はあっさり決まった。

 港に着いても雨足が収まることはなかった。
 船を調整すると言ってビッケは残り、四人はメルモンドという名の町を訪れた。
 激しく打ちつける雨が、容赦なく四人の体温と体力を奪う。
 真っ先に町の入り口に立ったのはジタンだった。後からクラウドを支えたバッツと、蒼白い顔のティナが続く。
「ちっ…。宿は何処だよ?!」
 建物にぶら下がった看板はこの激しい雨に遮られ、すっかり翳んでしまっていた。
「これじゃ、何処へ向かって歩きゃいいのか……よし!」
 ジタンは一人呟くと、くるっと後ろを向く。
「ティナちゃん、ちょっとここで待っててくれ。オレ、ひとっ走り行って見てくるよ!」と、ティナの返事を待つまでもなく駆け出して――  
「お〜、早いな〜!もう見えなくなったぞ!」素直に感心するバッツ。
彼に支えられていたクラウドの視線が、ティナの足元に注がれる。
「…じゃあ、そこに転がっている物体は何だ」
「あ〜……」
 ぽりぽりぽり…。
 視線を落としたバッツは、空いた手でしきりに頭を掻いた。
 それもそのはず。彼らのすぐ目の前には、勢いに任せて踏み出したはいいが、滑って転んでものの見事に顔面から泥の地面にダイヴしたジタンの姿があった。
「何やってんだか…」
 バッツはジタンに宿探ししてもらうのを諦め、歩き出す。クラウドとティナも仕方なく続いた。宿の看板を求め、四人は無言でしばらく歩いた。
その異変に最初に気づいたのは、バッツである。
「――おい。何かこれ…」
 信じられないというふうに彼が後ろを向いた時、そこにいた三人もすでに異変を感じ取っていた。
「ふんっ!とりゃっ!…な、何だよ?!足がぜんぜん動かねぇぞ?!」
「こっちもだ…」
 困惑を露にしてバッツに意見を求めるジタンとクラウド。ティナを見やれば、彼女もまたその場から身動きの取れない状態で首だけを横に振っている。
「参ったな…」
 バッツは途方に暮れて足元に視線を落とした。彼も、そして後ろに続く三人のメンバーの足も、泥の地面に膝近くまで埋まって、そこから一歩も足を踏み出すことが出来ない。
 片足に力を入れると片足が沈み、状況はさらに悪くなる。固い足場でもあれば別だが、これでは底なし沼状態で際限なく沈んでいきそうだった。
「くっ…!この地面、普通じゃないぞ!」
 危機感を感じ、呻いたその時。
 バッツのすぐ横の地面に衝撃が走り、泥柱が四人を襲う。
 反射的に身構えてはみたものの、やっぱり足は動きそうにない。
「こんな時に…モンスターかよ?!」
 緊張した面持ちで叫んだ彼の視界に、さっき飛んできたものが映る。
「…ん?」
 よく見るとそれは、一抱えほどもある石の板だった。長方形だが一方の角は丸く削ってあり、ある程度厚みもある。
「早く!それを足場にして脱出するんだ!石はまだある!こっちはしっかりした地面だから渡って来いっ!」
 どしゃぶりの雨の向こうから響く声。続いて先ほどの泥柱が二本。彼らよりも少し先のポイントに出現する。
「誰だか知らないが、助かった!」
 バッツは石版が投げ込まれた意図を把握すると、すぐに行動を起こした。石につかまり、半ばまで埋まっていた足を引き上げる。次いでティナの手をつかんで引っ張り上げ、先の石版に渡るように促すと、残りの二人も救出した。

 それからまもなく、四人は泥だらけになりながらも何とか泥の海から脱出成功した。彼らが辿り着いた場所は土が剥き出しの地面とは違い、四角い石を敷き詰めた石畳だった。
「お!無事に抜け出したらしいな!」
 四人が降りしきる雨の中でボーゼンと突っ立っていると、先ほど助け舟を出してくれたあの声と共に、ぬっと人影が現れる。
 年の頃は20代後半といったところか。前も後ろも無造作に伸ばした髪をひとつにまとめた、学者らしき風貌の男。そのくせ体格はがっしりしていて、かなりの長身である。
「ああ、助かったよ。しかし、あなたは…?」
 泥まみれになった身体を雨で拭いながらバッツが尋ねると、彼はにやっと笑って言った。
「何だ?僕を知らないのか?…まぁ、別に構わないがね。
 僕はここいらじゃちょっと有名な考古学者・ウネ。この町に滞在して久しくなる」
「…学者さん、ですか?」
 ティナにしてみれば、彼は見上げるくらいの背の高さがある。
彼はまたあははと笑って、
「今は学者も身体が主体さ。これで結構あちこち行ってるんで、体力使うんだよ」
「そういえば、さっき投げてくれた石版もそれなりの重さがあったな…」
 自分たちが渡ってきた飛び石状の石版を眺めやりながら、クラウドは珍しく感心したように呟いた。
「ほんっと!ちょうどいい石があってよかったよな。どこにあったんだ?」
 ジタンはもうすっかり立ち直っていて、呑気にストレッチ体操などしている。
「ああ、ちょっとアレを使わせてもらった!」
 ウネが陽気に答え、くいっと親指を向ける。彼が示す場所には、確かに石の板が落ちていた。――いや、正確に言えば、置いてあった。残った石をよく見ると、何か文字らしきものが刻まれていて…。
「……これって」
 彼の手元を覗き込んだティナ、その場で絶句する。
「まさか――墓、石…か?」

 しーん……。

「まぁ、いいってことよ!こいつら死んでも人助け出来たんだ。本望さ!」
 何処からともなく流れてくるヒンヤリとした空気をぶち破り、ウネは豪快に笑った。
「とにかくこんなところで立ち話もなんだからさ。すぐそこに僕が借りている宿舎がある。
 よかったら来なよ。冷えた身体を温めなきゃな!」
「じゃあ、ティナちゃんの身体はオレがあっためて…」
 がばっと両手を広げた姿のまま、ジタンは再び泥の海へ沈むこことなるのだった…。

「…ところで、ウネさん、だったよな?」
 宿舎に備え付けの風呂で泥を洗い流し、熱いコーヒーをご馳走してもらってようやくひと心地着いたバッツは、ずっと疑問だったことをぶつける。
「この町の地面はどうなっているんだ?いくら雨が降っているからって、軟らかくなりすぎじゃないのか?」
「『ウネ』でいいよ」
 ウネはそう断っておいてからおもむろに立ち上がり、窓の側に歩み寄る。
 カーテンを開くと雨はまだ激しく窓ガラスを打ち付けていた。
「ここも少し前まではこんなじゃなかったんだが…ここ何年かの地殻変動、異常気象で少しずつ荒れてきた。君たち、この大陸に来るのは初めてかい?」
「まぁ、そうだ」
「じゃあ知らないかもしれないな。ここの大陸の大地は、日を追うごとに腐ってきてるんだよ。…西の方からだんだんとね」
「腐ってるだって?!大地が…か?」ジタンがぎょっと目を見張る。
 ウネはゆっくりと狭い部屋の中を徘徊しながら説明した。
「そう。この町の土は活力を失い、雨が降ると人の重みすら支えられなくなる。
 土が…死んでいるんだ。だから植物も育たない。このままだとここに住む人間が町を捨てて他の大陸に逃げていく日もそう遠くないだろう」
「何でそんなことになったんですか?」蒼ざめた顔でティナが訊く。
 その刹那。窓の外で、どどん!と雷鳴が轟いた。
 閃光に照らされ、白く浮かび上がるウネの横顔。
「…被害が出てるのはここだけじゃないさ。今、世界のあちこちで自然が崩壊しつつある。
 大地は腐り、海は荒れ、不規則な活動を繰り返す火山のマグマが野を焼き払い…そして、嵐が全てを崩壊(こわ)す。
 各地でそれまでおとなしかった動物や植物、魚や虫たちが凶暴化し、モンスターとなって徘徊しているのを見ただろう?あれは全て、この世界を支える四つの『クリスタル』が、その光を邪悪なるものに奪われたからなんだ!」
「邪悪なるもの?何なんだ、そいつは?!」
 ウネの話に、バッツは怒りすら覚えた。彼もまた、それに自分の世界で起きた出来事を重ね合わせていた。クリスタルの力を奪い破壊した、邪悪なる存在と。
「土、火、水、風…四つのクリスタルそれぞれの力を奪って、更なる破壊を続けるものたち。その名は――『カオス』
 そして、ここメルモンドの西の洞窟、通称『アースの洞窟』には、土のカオス・リッチが巣食っている」
「リッチ…だって?!」ジタンが叫んで立ち上がる。
「ああ。僕が調べたところ、この大陸の土を腐らせる原因は、そのリッチ以外あり得ない」
 全てを語り終えた後、ウネは力なくソファに身を埋めた。それから深い深い溜め息を、さまざまな想いと共に吐き出して…。
「――残念ながら、僕の力ではこれだけ調べ上げることしか出来なかった。あとはいつ、世界が滅ぶかを予測するだけさ。
 人間一人の力で何が出来るかと訊かれれば、僕は『何も出来なかった』と答えるしかないねぇ…」
 自嘲気味な呟き。彼もまた、滅びゆくこの世界を憂い、嘆く一人なのである。
 彼と同じ想いを抱く者たちをたくさん知っていた。
 彼らは、あるいは世界の犠牲になり、あるいは自ら立ち上がって必死にあがき…その想いは今も、四人の記憶に刻み付けられている。
「預言者たちは言っている。『この世界暗黒に染まりし時、彼方の地より光の戦士現れん』
 …しかし、非科学的な言葉には何の根拠もない。いい加減なことばかり言って、悪戯に淡い希望を抱かせて何になるというのだ?どんなに待ったって、何も始まりはしない。
 ただ――終焉(おわり)を迎えるだけなんだ」
「ウネさん…」
 ティナの寂しげな呟きに、彼ははっとして顔を上げた。
「ああ…すまない。君たちにする話ではなかったな。学者にあるまじき発言だった。…忘れてくれ」
「ウネさん!」
 自分でも無意識のことだった。ティナはすっとウネの前に立ちはだかると、彼の頬に両手を掛けた。
「世界のために、あなたは泣いた。心の中で涙を流したじゃないですか!
 何も出来ないなんてこと、絶対にないわ。世界を救いたいって気持ちがあれば、きっと未来は変わるはずです。
 『未来に決まった形なんてない』って言ってくれた人がいたわ。だから、私たちは来たんです。きっと…未来を変えるために!」
「ティナ…」
「ティナちゃん…」
「……」
 バッツもジタンもクラウドも、じっと彼女を見つめていた。その胸中に抱く想いは、彼らもまた、同じである。
「――君たちは、一体…?」
 ウネは唖然として、ティナと後ろの三人を見上げた。
「わたしたち、『光の戦士』なんだから!」ティナは力強く頷き、微笑んだ。

「本気ですかい?!皆さん!」
 次の日、雨はすっかり上がっていた。
一度船に戻った四人は、ビッケにアースの洞窟へ行く旨を告げた。
 話を聞いたビッケは最初こそ驚いた顔をしていたが、彼らの瞳に揺らぐことなき決意を感じ取ると、何もかも承知したというふうに深く頷き返した。
「分かりましたぜ。あっしは皆さんを信じてまさぁ!またこの船に乗るために帰って来てくれるってよ!」
「へっ!あったり前よ!」
 ジタンはニッと笑い、彼にVサインをしてみせた。

「……たった四人で何が出来るというんだ」
 四人がアースの洞窟に向かった後、一人港に残ったウネは自分に言い聞かせるように低く呟いた。
「そういうことはいちいち考えねぇんじゃねぇですかい?」
 その声にふと事情を仰ぐと、港に横付けされた船の甲板から、海賊帽の男が彼を見下ろして笑っていた。
「あの人たちはただ強いだけじゃねぇ。心ン中によ、揺るぎねぇ“信念”ってヤツを持ってる。あっしのなんかはとっくに錆付いちまったけど、あの人たちは眩しいくらいでさぁ!
 だから、光の戦士であろうとなかろうとそんなことは関係ねぇんだ。あっしはただ、信じて待つだけでさ!」
「…非科学的な考えだな」
 ウネは一言言い残し、海賊船に背を向けて歩き出した。

 ウネの話によれば、アースの洞窟へは『巨人の峠』を抜けなければならないらしい。しかもそこには食い意地の張った巨人がいて、鉱石を好物にしているとも。
「どうしてもダメかよ?!」
「お願い!わたしたち、アースの洞窟に行きたいの!」
『駄目だね!ここを通りたきゃ、何か美味い鉱石を持ってきなよ!』
 首を90度起こすと、やっと巨人の顔が見える。
 四人は難なく巨人の峠まで辿り着けたが、そこには巨人がどでんと居座っていて道を塞ぎ、どんなに頼み込んでも避けてもらえそうになかった。
「…仕方ない。ここはどうあっても通り抜けなきゃならないからな」
 頑として動かない巨人に痺れを切らしたクラウドが剣の柄に手を掛けた時。
「力で押すだけが最短のルートとは限らないんじゃないかな?」
 振り返ると、そこにはウネが立っていた。
「ウネ…?あんた、メルモンドに居たんじゃ…」目を見張るバッツ。
 ウネはふっと笑ってみせ、巨人に向かってコブシ大の赤い石を投げた。
『おお!こいつぁスタールビーか!ありがてぇ!久々にう美味いメシにありつける!』
「そいつをやるから、彼らを通してもらえないだろうか?」
『いいともさ!こんな美味いものもらっといて、こっちが礼を言いたいくらいだよ!』
 巨人は歓喜の声で吼えると、さっそくスタールビーをばりばりとかじり始める。
 ウネは満足そうに頷き、四人に向き直って言った。
「こいつもリッチの犠牲者さ。大地が腐っていい鉱石が食べられなくなってイライラしてたんだ。…僕もまぁ、似たようなもんでね」
「ウネさん…!」
 彼はティナにウィンクしてみせ、
「ここで待ってるからな!必ず帰って来いよ!」
「ああ、必ず!」バッツが答え、ジタンとクラウドも頷いた。
「わたしたち、リッチを倒しに行きます。メルモンドの町の人たちのため、巨人さんのため。それから…あなたのために!」
『ありがとよ、娘さん!』
 突然ティナのすぐ側に、大きな水溜りが出来た。それは、心優しい巨人が落とした、感激の涙だった。

 その部屋は朽ちかけた土の洞窟の最下層にあった。土壁はもはやその原形を失って、生き物の胃液で食われた物が溶かされていくように、どろどろと流れていく。
 部屋の主は、徐々に生気を失っていく大地を恍惚と眺め、ある種の快感を覚えていた。
 大地にさえも死を与え、それが己の活力となることを。
 死者を統べる王として、彼は死に永遠の快楽と安息を求める。
 だから四人が入ってきた時も、彼はすぐに振り向かなかった。
「てめェがリッチだな!悪趣味なコトしやがって!」顔をしかめながら、ジタンが怒鳴る。
 部屋中には腐敗臭が充満しており、息苦しいことこの上ない。
「アンデッドを操り、大地を腐らせ、人々を苦しめた…」
 しゃらん!
 クラウドの剣が、冷たい鞘鳴りの音を立てた。
「土のカオス・リッチ!覚悟するんだな!」
「わたしたち、光の戦士が成敗します!」
 ぐいっと拳を突き出すバッツと、珊瑚の剣を抜き放つティナ。
 目の前の、“ぼろ”を纏った後姿をキッと睨んで宣言する。
『――光の戦士…だと?』
 “ぼろ”はゆっくり振り返った。
 “ぼろ”の狭間から垣間見えたのは、四人が今までに倒してきた骸骨兵士さながらの不気味な髑髏の顔。
 だが、その髑髏にはそれらともっとも違う部分があった。骸骨兵士の眼窩が虚ろな空洞でしかなかったのに対し、目の前に佇む頭蓋骨の眼には紅い血のような光が潜んでいる。
『そうか、あの預言通りという訳だな。だが、お前たちはここで死ぬこととなろう。
 しかし、悲観することは無い。すぐ私の力により、新たなる死霊騎士として甦らせてやる。どうだね?痛みも苦しみも無い躯(からだ)はなかなか快適だぞ』
 カタカタカタ……。
 “ぼろ”の下で、歯が鳴った。哂っているのだろう。
「けっ!胸クソ悪ぃぜ!」
 ジタンが叫んで地を蹴り、クラウドも奔った。

 がっ!

 ほぼ同時に、二つの刃がリッチの両脇腹をかすめて過ぎる。
 だが、カタカタという不気味な哂いは続いていた。
『…言っただろう?痛みを知らない躯は快適だと!
 お返しにこれをやろう――ブリザラ!!!』
「うわっ!」
「くっ…!」
 リッチのマントから放出された氷の弾丸が、二人の背中を次々と襲う。
「バコルドっ!」
 それでもティナが瞬時に発動した冷気回避の防御壁に何とか守られ、かすり傷で持ちこたえた。 
「ティナちゃん、ナイス!」ジタンがぐっと親指を立てる。
「よそ見しているヒマはないぞっ!」
 クラウドはすでに、次の攻撃に移るところ。剣を逆手に持ち直し、真正面から突っ込む。
「――っ?!クラウド!避けろッ!!!」後ろから、何かに気付いてバッツが叫ぶ。
『カカカ…!遅いわ!!!』
 ぶわさっ!
 大きく広がるリッチのマント。中に渦巻く深い闇。
『サンダラァッ!』

 ばっちぃぃぃぃん!!!

 高出力の雷撃が、まともにクラウドを貫いた。
 彼の身体は大きく弾かれ、反対側の壁にめり込む。
『そこで腐る大地に飲み込まれるがよい』
 リッチの歯が、またカタカタと鳴った。
 慌ててクラウドに治癒を施しに行くティナを視界の端に捉えながら、バッツはずいっとリッチの前に立ちはだかる。
「――確かに人間ってヤツは怪我をすれば痛みを感じ、毒や熱に侵された時は苦しみもする。だけど俺は、そいつを不便だとは思わない。
 自分が痛みを感じるってことは、他人…いや、ここに住む全ての生きとし生けるもの、そして世界そのものの苦しみや哀しみや痛みや嘆きを感じ取れるってことだからな!」
 じゃっ!
 足場の悪い地面を蹴って、バッツは跳んだ。高く…そして、リッチの顔面目掛けて渾身の蹴りを繰り出す。
『ぐあっ!』たまらず仰け反るリッチ。
「ファイラ!」
 そこへ、ティナの放った追い討ちの炎が“ぼろ”全体を燃やし尽くす。
「やったぁ!」ジタンが歓喜の叫びを上げた時だった。
 ふわりと地面に降り立ったバッツの側面から、漆黒の鎌が襲い掛かる。
「なにっ?!」
 スパン!
 間一髪、気配を察して避けたものの、鎌の刃は二の腕を斬り付けていた。ざっくりと開いた傷口からだくだく溢れる鮮血が、バッツの足元で血溜まりになる。
『これでも痛みを感じる方がよいか?』
 四人の後ろで燃え上がる炎の柱。その中から響く、怨みのこもった低い声。
 途端に、炎が四散した。炎はリッチの“ぼろ”を焼き払っただけだった。
 肉体の無い骨だけの躯を晒しながら、リッチは死神の鎌を振り被る。
『だがその痛みも、すぐに感じなくなるだろう』
 カタカタカタ…。
 クラウドが剣を支えに立ち上がる。ジタンもすぐさまバッツの側に駆け寄った。ティナは治癒にかかっている。
「……いいか」
 皆が揃ったところで、バッツは彼らに囁いた。その微かな囁きに、三人が黙って頷く。
『全員死ね!!!』
 リッチが狂気じみた雄叫びを上げた瞬間――
「アディア!」
 ティナが翳した剣の切っ先から聖なる光の魔法が溢れ、一瞬リッチの動きを止めた。
 すかさず両脇から斬り込むクラウドとジタン。ただし今度は腹ではなく、足元を狙って。

 ガッキィィィィン!!!

 二人の剣はリッチの足首に食い込み、そのまま力任せになぎ払った。
『な、何…だと?!』
 バランスを失い、リッチが前のめりに倒れる。その頭上に、バッツは跳んだ。
「俺たちはっ…!こんなところで倒れるわけにはいかないんだ!!!」
 絶叫と共に頭上から放った踵落としが、驚愕するリッチの脳天を粉々に砕く。
『ウガァッ!!!』
 それが土のカオス・リッチの、最期の悲鳴だった。
 頭を失った白骨の胴体はみるみるうちに崩れ去り、塵と化す。後には何も、残さずに。
「――勝っ…た、な」
 しばらく呆けたように突っ立っていたジタン、溜め息混じりの呟きを洩らし、その場にへたっと座り込んだ。
「……ねぇ、あれは何だろう?」
 彼と同じくしゃがみこんでいたティナが、何かを見付けてよろっと身を起こす。
 彼女の指差す先、朽ちた部屋の一番奥にあるもの。彼らの背丈と同じくらいの、白く濁った石柱。四人が近付くと、それは幽かな輝きを発した。
 四人は、感じ取っていた。
「――クリスタル…」
 クラウドはふらっと石柱に近付くと、ポケットからガラスのかけらを取り出す。
 それは淡く金色に発光し、そして、微かな温もりを帯びていた。
「オレたちのは光ってないぜ?」
 ジタンも自分のかけらを取り出して眺めたが、それは依然として白いままである。
「…多分、クラウドが持っていたのは土のクリスタルのかけらだったんだ」
 バッツの説明をぼんやり聞きながら、クラウドはかけらを石柱の前に翳した。
 途端に二つは同じ金色の閃光を放ち、共鳴する。
 やがて、クラウドの手の中にあったかけらは石柱に吸い込まれ、一体化した。
 石柱はその姿を巨大なクリスタルへと変え、眩い輝きを放ち始める。
「土のクリスタルに光が戻ったんだ…!」
 ティナが嬉しそうに笑って言った。

「まったく、信じられないよ。カオスを倒してしまうなんて!」
 虚心の峠まで戻った四人を見るなり、ウネは半信半疑でそう言った。
「だけど…ありがとう。この大陸が元の状態に戻るにはまだ少し時間が掛かるだろうけど、これ以上、大地が腐敗することはないと思う」
『お前さんたちには本当に感謝するよ!これでわしもまた元のように美味い土が食べられる!』
 再会を喜ぶ五人の頭上で、巨人が歓喜の声を上げた。
「ああ。早くそうなるといいな」バッツは笑顔で答え、ウネに向き直る。
「じゃあ、俺たちは行くよ。ウネ、いろいろありがとう」
「いや、礼を言うのはこっちの方さ。…で、何処へ行くんだい?」
問い返すウネへ彼は「クレセントレイクだ」と、答えた。
「クレセントレイク……そうか」
 ウネはしばらく考え込んでいたが、ふと何かを思い出したように背中にしょった荷物袋を漁り出した。そして、彼の様子を見守っていた四人の前に、すっと両手を突き出す。
 彼が取り出したものを覗き込んだ四人は、はっとして顔を見合わせた。
 ウネの両手の上には人の頭くらいもある石が乗っかっている。それだけなら驚くこともないのだが、石は彼の手を離れて僅かに浮いていた。
 刃物で斬ったような滑らかな表面、決して自然に精製されたものでないことは、物差しで測ったようにきっちり立方体を保っていることから、容易に判断出来た。
 淡いブルーの輝きを放ち、石は静かに中空で静止(とま)っている。
「こいつは僕が、とある洞窟で見付けた石だ。僕はこれを『浮遊石』と呼んでいる」
「ふゆうせき…?」首を傾げ、呟くジタン。
「これを君たちに渡しておくよ。クレセントレイクを訪ねるなら、その後でもいい。
 この浮遊石を持って、町の南に広がる『リュカーン砂漠』に行ってみてくれないか?」
「そこに何かあるのか?」
 緊張した面持ちでクラウドが訊くと、ウネは深く頷いて言った。
「僕の調べでは、そこに遥か昔に滅んだ超古代文明の遺産――『飛空艇』が眠っているなずなんだ!」

第四話 灼熱の戦い!
 
 考古学者・ウネは語る。
『今から400年ほども昔――“ルフェイン人”という名の民族がいた。
 彼らは高度な科学技術を持っていて、機械文明を築いていたらしい。
 しかし彼らはそれを誇示することなく、むしろ世間の目から逃れるように、ひっそりと山奥でくらしていたんだ。
彼らは自分たちの生み出した技術で、もっと“上”の世界を見ようとした。
そして、“ふね”を空に浮かべた。海を渡る“船”ではなく、それを飛ぶことの出来る“艇”さ。彼らはそれを“飛空艇”と名付けた。
 それほどまでに高度な文明を築いたルフェイン人は、しかし400年前のある時期を境に突然世界から姿を消した。その理由はいくつか考えられている。
 同族同士の争いで滅びたとか、大規模な天変地異で絶滅したとか、あるいは彼ら自身がその高度な文明を封印し、眠りについたとも…だが、それらは所詮予測でしかない。
 彼らは、滅びた。いや、正確には “滅ぼされた” 言うべきだろう。
400年前、突如出現した風のカオス・ティアマットによって。
 ただし、これもまた予測でしかない。当時の正確な記録は現在、何一つ残っていないはずだ。だがその時、奇跡的に生き延びたルフェイン人がひっそりと移り住んだ地があった。
 彼らの末裔は現在もそこに村を作り、人目を忍んで暮らしているらしい。
 200年ほど前になるだろうか…。偶然そこを見付けた学者がいた。しかし、その者もまた彼らの歴史を正確に知ることは叶わなかった。何故ならルフェイン人の言語はこの地上に存在するどの言葉とも違っていたのだから。
 学者は何とか彼らの言葉を理解しようと努め、耳で聞いただけのルフェイン語の発音やおぼろげな意味を一生懸けて一つの石版に記していった。
それは“ロゼッタストーン”と呼ばれ、人々の記憶から失われたルフェイン人の言語を理解するために必要な、たった一つの道具なんだ。
 でも、運の悪いことに同じ200年前、水のカオス・クラーケンが姿を現し、北の海を混乱に陥れた。その時、ルフェイン語を解読していた学者もまた、ロゼッタストーンと共に姿を消したのさ。
 それからはルフェイン人のことなどますます人々の記憶から遠ざかっていった。高度な文明を築いたことも、空飛ぶ艇を造ったことも…。
それらはすでに、空想の物語と化していたのだろうね。僕もおとぎ話まがいの文献でちらっと目にして、記憶の隅に留めておく程度だった。本当にそんなものがあるのなら、何処かにその軌跡があったっていいはずだろう?けれど僕は、今までそんなものに巡り会ったことなんてなかったからね。
 根拠の無い、ただの“伝説”だと思っていたよ。この――浮遊石を見付けるまでは。
 氷に閉ざされた洞窟の中に、この石はあった。驚くべきことに、この石はまったくその場所から動かず、それでも微かに宙に浮かんでいて、淡くブルーに光っていた。
 僕が触れると、糸が切れたようにすっと重みが伝わって、輝きも薄れていった。だけど僕は、石が浮かんでいたすぐ下の床に目をやって、はっとした。
 今まで全く何も無かったはずのその場所に、何か画のようなものが浮かび上がったからだ。よく見るとそれは画ではなくて、この世界の地図だった。
 僕は穴の開くほど地図を見つめ、一箇所に何かの印が付いているのを発見した。
 その時――光を失っていた浮遊石が閃光を放ったかと思うと、最初は拡散していた光がやがてひとつにまとまって、僕の正面の氷の壁にある映像を浮かび上がらせたんだ。
 始めはただの船にしか見えなかった。そいつに羽根のようなものが付いていることに気付いたのは、しばらくしてからだった。僕がぼんやりと眺めていると、映像は突然動き出した。十字に組んだいくつもの羽根がくるくると回り出し、船は地上らしき場所からフワリと浮かび上がったんだよ。その瞬間…僕の記憶の片隅で何かが、弾けた。
 そう…僕は確信したんだよ!
 ルフェイン人、空飛ぶ艇、高度文明、カオス――全てが真実だったのだと!
地図の印はリュカーン砂漠を指している。僕自身は試す機会がなかったけど、君たちが真の光の戦士なら、飛空艇は必ず姿を現し、全ての謎を解き明かしてくれるはずだ。
 それからもし、君たちが途中でロゼッタストーン…たくさんの文字が刻まれた石版を見付けたら、すぐに僕のところへ持ってきて欲しい。頼んだよ、光の戦士たち――!』

 山と森とに囲まれた三日月形の湖。クレセントレイクの町はそのすぐ側にあった。湖に沿って歩けば水面に反射する太陽の光が眩しくて、思わず目を細めてしまう。
 『光の戦士』こと、バッツ、クラウド、ジタン、ティナはウネと別れた後、ようやく当初の目的地であるクレセントレイクの町を訪ねていた。
 町の雰囲気は穏やかで、何処か清らかな感じもした。人もそこそこ行き交っている。
「どう思う?あの話…」
 十二人の預言者たちが集まっているという町外れの広場にゆっくりと歩いて行きながら、不意にクラウドが口火を切った。
 ウネの話を聞いてからというもの、四人は何故かお互い言葉少なになっていた。それぞれ思うところがあるけれど、それをどう頭の中で整理し、解釈すればいいのか考えあぐねている。
「――飛空艇、古代文明、四体のカオス、ルフェイン人、浮遊石…か。謎は深まるばかりだな。正直、参ったよ。
最初はあんたが言ったとおり、全然知らない別の世界だと思ってた。だけど…」

 さわさわさわ…。

 木々の間を吹き抜けてゆく風に、葉っぱの擦れ合う音がやけに喧しく聞こえた。
 四人の周りには、すでに人家の影も形もない。森の一部を切り開いて造った一本のつづら道だけが、さらに奥へと彼らを導く。
バッツはふと立ち止まり、頭上を仰いだ。木洩れ日に目を細めながら、呟く。
「だけど、何かが引っかかる。…胸騒ぎがするんだ」
「その答えを求めて、オレたちここまで来たんじゃねーの?」
 視線を戻すと、ジタンの笑顔が飛び込んできた。
彼の指差す先――道はそこで終わっていて、急に開けた場所に出る。
「十二人の預言者、か」
 そこに鎮座する人影を視界に捉え、バッツはうわ言のように言った。

「わしが預言者・ルカーンじゃ」
 大きく開けた円形状の広場。そこには全部で十二人、預言者だと名乗る人物たちが円を描いて座っていた。みな似たり寄ったりの格好だったが、その中でもっとも年長者らしき人物は、四人が何か訊く前に自ら歩み出てきた。
「クリスタルに導かれし戦士。お主たちを待っていた――」
 訊きたいことはたくさんあった。だが四人はまず、ルカーンを初め、預言者たちの話を一通り聞くことにした。彼らは口々に語る。
「――現在(いま)からそう…2000年も過去(むかし)の話。
 『カオス』が現れたのは、そのくらい前のことじゃった」
「奴の生み出した四体のカオスは時空を遡る装置を使い、2000年前の時代だけでなく、全ての時間を支配しようともくろんだ…」
「200年ずつのずれで、奴等は次々と現れる」
「400年前、突然現れた風のカオスは、北の文明を滅ぼした」
「さらに200年前には水のカオスが、それから現代になって土のカオス・リッチが目覚めたのだ」
「残りの火のカオス・マリリスは後200年経たなければ目覚めないはずであった。
 しかし何故か、リッチと共に現代に出現してしまった…」
「この時代に四体のカオスが揃ってしまったことにより、先に目覚めてはいたが北の文明を破壊して以来、なりを潜めて二体のカオスが再び世界に牙を剥いたのじゃ」
「奴等は世界を支える柱『クリスタル』の光を奪うことで、世界の崩壊を促し始めた」
「土のカオスは大地を腐らせ、水のカオスは海を荒らし…」
「火のカオスもこの町より西の『グルグ火山』にて、この町を焼き払う準備をしている」
「風のカオスの居場所はつかめていないが、おそらく地上の全てを見渡せる場所で、虎視眈々と状況を窺っているに違いない。
…いずれにせよ、このままでは世界が終焉(おわり)を迎える日は近い」
「――だから、俺たちは来たのか?『光の戦士』として、この世界を救うために?」
 預言者たちの話が一通り終わったところで、バッツが呆然と呟いた。
「そうじゃ…」と、ルカーンが答える。
「お主たち四人は、選ばれた」
「冗談じゃない!」叫ぶ、クラウド。
「選ばれただと?光の戦士だと?!何なんだよ、それは!俺たちは知らないうちにこの世界に来ていた!お互い会ったのも、顔を見たのも初めてのなんだっ!
 確かに成り行きでガーランドやリッチを倒したかもしれないが、それは俺たちに戦闘経験があったからで、それを勝手に周りが騒いだからで…俺たちには何の関係もない!
 もし俺たちをここに呼んだのがあんたらなら、大迷惑な人違いだ!さっさと元の世界へ帰してくれっ!!!」
 彼の訴えは、他の三人の気持ちを代弁した言葉でもあった。バッツもジタンもティナもあえて口を出さず、黙ってルカーンの答えを待っている。
 しばらくは、木々の騒ぐ音だけがそこにいる全ての人間を包み込んでいた。
 やがて、彼は口を開いた。
「お主たちを呼んだのはわしでもここにいる誰でもない。言うなれば、導かれたのじゃ」
「クリスタルに…か?」押し殺した声で、バッツが訊く。
「それもある…が」
 ルカーンは四人の顔をそれぞれ見つめて言う。
「“運命”あるいは、“宿命”――」
「けっ!ばっかばかしい!」ジタンがぺっとツバを吐いた。
「だが、お主たちはクリスタルのかけらを手に、この世界に現れた。
 ――“偶然”ではなく、“必然”でな」
 ルカーンはそれだけ言って口を閉ざした。四人はそれ以上、何も言い返せなかった。
 いや…言い返さなかった、といった方が正しいだろうか。彼らはすでに、己の身に降り掛かった“現実”から逃れることは出来ないのだと、本能的に悟ってさえいた。
 それは、彼らが今までに積んできた経験に基づいての結論だったかもしれないし、ただ成り行きに身を任せただけかもしれない。クラウド以外は、まだ手元に残っているクリスタルのかけらを見つめていた。
 クラウドの持つかけらで、土のクリスタルに光が戻った。残るかけらはあと三つ。残るカオスもあと三体。
 それから、今までの短い旅で出逢った人々、訪れた町や城を思い出す。
 彼らを『光の戦士』だと信じて疑わないセーラ王女。
 彼らの強さに心を入れ替え、船を貸してくれた海賊・ビッケ。 
 『未来はあんたら次第で変わる』と言った魔女のマトーヤ。
 浮遊石を彼らに託し、飛空艇の存在を語った考古学者・ウネ。
 見知らぬ『光の戦士』に世界の運命を賭けた者たちの顔が、浮かんでは消えてゆく…。
「――わたしたち、ここで何をすればいいのかな?」
 町中へと戻る途中の道で、四人はなんとなく立ち止まって座り込んでいた。
 ティナがぼそっとそう呟いた時、誰もがはっとしたような表情になった。
「…ウネからの預かりもの、どーすっかな?」
 短い沈黙の後、バッツはふっと笑って言った。
「ここから南――確か、リュカーン砂漠…だったな」
 ゆらっと立ち上がるクラウド。
「おーい、みんな!何やってんだぁ〜?!遅いっての!」
 ジタンはもう、笑って叫んで駆け出していた。

 リュカーン砂漠に着いた時、辺りはすでに夜の闇に包まれていた。
湿った空気に砂嵐は身を潜め、昼間の太陽によって出来上がった熱砂も一瞬で冷める砂漠の夜。
 さしたる広さでもないこの砂漠は、大陸から隔離されたように四方を山に囲まれていた。
 足を踏み入れられるポイントは南側から船で回って辿り着くことの出来る、山脈の僅かな切れ目だけである。
 淡い月の光を浴びて、まるで雪が積もったかのように蒼く染まった砂の海を、五つの人影が歩いていく。
「……この辺でいいんだろうか?」
 砂漠の真ん中辺りまで来た時、バッツが誰にともなく言った。
 彼らを包み込む静寂はこの地をさらに神聖なものとしている。今まで決して破られることのなかった古代の封印――それは、あまりにも壊しがたいもののように思えた。
「何か…ゾクゾクしますやね。さっさと始めましょうや」
 寒さでか、それとも緊張でか、四人にくっついて来たビッケはさっきから落ち着かない様子でしきりに身体をさすっている。
「無理して来なくてもよかったんだぞ、ビッケ」
荷物袋から浮遊石を取り出しながらバッツが悪戯っぽく言うと、
「そりゃあねぇですよ、バッツの旦那!あっしだって曲がりなりにも船乗りの端くれ。古代のなんとか人ってヤツらが造り出したってぇ空飛ぶ艇には興味をそそられまさぁ!」
 ビッケは頭を掻き掻き照れくさそうな表情で苦笑した。
「ははっ!それもそうか」
 バッツもつられて笑い、取り出した浮遊石を砂の上に置いた。
「…えっと、離れた方がいいのかな?」
 ティナの呟きに、皆は顔を見合わせて少し後退った。
 浮遊石は砂の上に転がったままで、しばらくは何も起こらなかった。
「……な、なんでぇ」拍子抜けしたらしいジタンが、はっと息を吐く。
 いつの間にかつきは雲で隠れていて、砂漠はさっきより薄暗く澱んでいた。
 薄闇と静寂と冷え切った空気の中で、またしばらくの時間が流れる。
 気の短いジタンはどっかと砂の上に座り込んでしまい、クラウドも半ば諦めきった表情で立ち尽くしていた。
 突風が五人を襲い、彼らの上空に居座っていた白雲が割れ、月が再び顔を出した時――それは、起きた。

 キィン、キィイン…!

 月の光を浴びた浮遊石は規則的な金属音を発しながら、ふわりと宙に浮かび上がった。
 座っていたジタンが弾かれたように立ち上がる。
他のメンバーも息を殺して、淡いブルーの輝きを放つ浮遊石に魅入った。

 キィン、キィイン、キィン…!

 浮遊石が上昇するのに併せて金属音も高くなる。それはある種の信号に似ていた。
「まさか…呼んでいるのか?飛空艇を――」
 バッツの呟きは次の瞬間、凄まじい轟音によって掻き消された。
 沈んでいた砂が舞い上がり、五人の視界を埋め尽くす。
 彼らがいた足元の砂は、明らかにスライドしていた。
 突如発生した流砂に足を取られ、五人はなすすべもなく地中に引きずり込まれていく。
 必死で足を踏ん張ってみても、不安定な足場では余計にバランスを崩す。それはちょうど、メルモンドの町で泥の地面にはまってしまった時のような感覚だった。

 ざざーっ!

 上から砂が滝さながらの勢いで覆い被さってくる。目の前が真っ暗になって、上も下も分からない。誰もが『もうダメだ!』と覚悟を決めた時。
 ヒンヤリとした夜風が肌に当たって、ようやく彼らの意識は現実に引き戻された。
「……だだだ、旦那ァーーーーーーッ?!!!」
 最初にふらふらと立ち上がったビッケは何気なく数歩歩いて、突然、けたたましい絶叫を放った。バッツもクラウドもジタンもティナも、彼の叫び声で完全に覚醒した。
 そして、驚愕の表情を張り付かせたまましりもちを付いているビッケの側に駆け寄り、同じく言葉を失って立ち尽くす。
「う、浮いてますぜ?あっしたち…」
 やっとのことで、ビッケは口からそれだけの言葉を紡ぎ出した。
「飛空艇…か」
「これが、ホントに――」
「あっ…たんだなぁ……」
 飛空艇なるものを初めて見たビッケはともかく、自分たちの世界である程度飛ぶことに慣れているクラウド、ティナ、ジタンも未だ夢心地でそれぞれに感想を述べている。

 ばらばらばら…。

 プロペラ音を響かせて、砂の中から出現した飛空艇は、空中に静止していた。
(……似てるな)
 バッツは皆から少し離れた場所で、板張りの甲板を歩きながら考えていた。
 飛空艇の外観は普通の船と同じく木の板を組み合わせて造ったものだった。プロペラは大小合わせて八つほど。それが頭上でくるくる回っている。もちろん内部の仕組みがどうなっているのかなど分かるはずもないが、全体的にクラシックな雰囲気を醸し出していた。
 操縦席は最後尾近くにあった。舵を取るための操舵輪もまた、船のものとよく似ている。
 バッツは操舵輪に手を掛けると、面舵一杯に回した。
(やっぱり、俺の世界の飛空艇とそっくりだ。この世界はいったい何なんだろう?
 少しずつ、俺たちの世界と繋がっているところがある…)
「おいこら!バッツーーーーーーっ!!!」
 どだだだだっ!
 考えながらゆっくり砂漠の上を旋回していると、慌ただしい足音と共にジタンが駆けてきて怒鳴った。
「あのな!急に方向転換するなよ!危うくひっくり返るトコだったんだぞ!」
「ああ、すまん。ちょっと操縦の具合を確かめてみたかったんだ。俺の世界の飛空艇もちょうどこんな感じだったし」と、謝るバッツ。
 ジタンは「へぇ…!」と、驚きの声を上げた。
「あんたの世界にも飛空艇があったのか!実はオレの世界もなんだ!もっともオレの世界では、飛空艇なんて珍しくもなかったけどな!」
「あの…わたしの世界にもあったの、飛空艇。世界に一台だけ。形はちょっと、これとは違うみたいだけど」
「俺も知っている。ただし、外観はもっとスマートだったな」
 二人が話しているところへ後から来たティナとクラウドも会話に加わってくる。
 彼らの話を黙って聞きつつ、バッツは操舵輪の横のレバーを引いてみた。すると、飛空艇はゆっくりと下降して開けた場所に着陸する。
「バッツの旦那!スゲェですぜ!こんな大層なシロモノをいきなり操縦しちまうたぁ!」
 足が地に付くとビッケはやっと落ち着いたらしく、感激と興奮を抑え切れずにバッツたちの側に駆け寄った。
「まぁ、船と似たようなものだから…」
 バッツは曖昧にごまかすと、改めて飛空艇を仰ぎ見た。
「でも、これで行動範囲が広がったわけだ」
「やっぱり次はマリリスのヤローをブッ倒しに行くんだよな?!」
 飛空艇を手に入れて士気が上がったのか、ジタンはやる気満々で息巻いた。が、彼とは対照的にビッケはふっと寂しそうな表情になって飛空艇から視線を外す。
「――え、いやァ。その、皆さんが飛空艇を手に入れたってことは、あっしの役目はここで終わりってことですよね…」
「あっ…」
 ティナはやっと彼の言わんとしていることに気付いて、小さく声を上げ、俯く。
「ああ、いやっ…!別に最初は力ずくで脅されて無理やり船をぶん取られた揚句、あちこちいいようにパシリさせられてたような気がしていましたけどっ!今はそんなこと、ぜんぜんまったく微塵も思っていませんので。気にしねぇで下せぇ、ティナの姉御!」
「……言ってるじゃないか。思いっっっきり声を大にして」
 心なしか微かに引きつるクラウドの口元。ビッケはあたふたと両手を振る。
「いいええっ!そういうんじゃなくて!…ま、とにかくあっしはこれで失礼しやすぜ!
 あんた方との航海、短い間だったけど久々にこう…心ン中が晴れ晴れしましたぜ。
 どうか皆さん、これからの旅もお気をつけて!あっしはいつでも皆さんの無事を祈ってまさぁ!」
「ビッケ…」
 バッツはちょっとびっくりしたように大きく目を見開き、それから笑って手を差し出す。
「いろいろありがとな!助かったぜ」
「へッ!よしてくだせぇよ。水臭せぇ」
 照れ臭そうに鼻の下をこするビッケ。そして、彼の手をがしっと握り返した。
「じゃあ元気でなっ!また会おうぜ、兄弟!」
「あんたも気を付けてな」
「何処までやれるか分からないけど、わたしたち、頑張りますから!」
「ジタンの兄貴、クラウドの旦那、ティナの姉御――
へいっ!それでは皆さんの前途を祝して…!」
熱くなる目頭を見られまいとするかのように、ビッケはくるりと彼らに背を向け、自分の船に駆け込んだ。
しばらく静かな時間が過ぎ……そして。

 ドンッ!ドドン!ドドドォーン…!!!

 深夜の静寂を打ち破り、景気よく響いた轟音は、ビッケから光の戦士一同に向けた、餞(はなむけ)の祝砲だった。

「…ったく、今度は『グルグ火山』かよ〜」
 足元からぼこぼこと湧き上がる熱気はこの場に踏み込んだ者の体力と水分を容赦なく奪い、崩れかけた不安定な足場はともすれば彼らをマグマの海に引きずり込もうとしているように思える。
 
「じゃあ、帰るか?もうだいぶ下ってきたように思うが」
 灼熱の火山内部に巣食う炎のモンスターの猛攻と押し寄せる熱気の渦で、メンバーの疲労は極限に達しつつあった。そして特に生真面目なクラウドは全く正反対の性質を持つジタンのおちゃらけぶりにイライラを募らせてるようである。
「あのな。テメーはいつもそうやって味も素っ気もねェ返事ばっかしやがって…」
「――黙れ、サル」
「ンだとぉ?!このツンツン頭!」
 しゃきん!
 二人の抜き放ったアイスブランドとルーンブレイドががっきーん!とかち合った時、
「まぁまぁ、二人とも。これ以上この場を熱くしないよーに」
 割って入ったバッツが、二つの刃を押し戻す。何とか同士討ちの危機は乗り切ったものの、二人はまだばちばちと火花を散らしていた。
「…えーと、ティナ。頼むわ」
 完全に諦めたバッツは、仕方なく隣にいたティナにバトンタッチする。
「あの…きっともう少しでマリリスのところに着くと思いますから、そんなにカッカしないで下さい」
 その声に、ジタンの顔がでれっと緩む。こうなるともう、男はどうでもいいらしい。
 いつの間にやら彼のシッポはぱたぱたと機嫌よく動いていた。
「は〜い!ティナちゃんの言うことなら何でも聞いちゃうぜ♪それにしても、ここって熱いよね〜。ティナちゃん、熱くない?熱かったら遠慮せずここで脱いじゃっても――」

 ごす。

「おい、もしかしてあれがそうじゃないのか?」
 アイスブランドの一撃でジタンをマグマの海に沈めた後、クラウドは返す刀でさらに奥、熱気に霞む扉を指し示す。
「ああ。確かにそろそろ終わりが見えてきてもいい頃だからな」
 バッツもまじめな顔に戻って同意すると、マグマの川に転々と並ぶ岩の上を渡って行った。ティナとクラウドがそれに続く。一方、ジタンは緊張感もなく沈んでいた…。

『ほほほ…来たね』
 マリリスは六本の腕を持つ蛇女だった。モンスターとは思えない美貌の下に、大蛇の残忍さと女としての執念深さを併せ持つ、厄介な相手である。
 彼女は部屋になだれ込んで来たバッツたちを見ても慌てた様子はなく、妖艶な微笑みすら湛えて出迎えた。
 彼女が動くたびに六本の手にそれぞれ携えた大振りの曲刀や剣が、がちゃがちゃと擦れ合い耳障りな音を立てている。
 のこのこやって来た獲物を斬り刻むのは、彼女にとって最高の悦びだった。
『火のクリスタルの力を奪い、わらわは更なる力と美しさを得たのじゃ!この力は誰にも渡さぬ!光の戦士どもよ、覚悟するがよい!!!』
 マリリスは六本の剣を振り翳し、毒々しい紫の尻尾をくねらせ、猛然と突進してくる。
「さっそく来やがったな!」
 バッツがカウンターの態勢をとった時。

 ごおおぅっ!

 マリリスの艶かしい真っ赤な唇が耳まで裂けたかと思うと、彼の視界は一瞬で紅蓮の炎に埋め尽くされた。
「バッツ?!」アイスブランドを腰だめに、クラウドが走る。
 バッツの姿はすでに炎の波に飲まれ、消え失せていた。
『ほほほほ!骨も残さず燃え尽きたようだね!』
 マリリスの勝ち誇った哂い声が部屋一杯に響き渡る。が、彼女の顔は一瞬で苦悶の表情に取って代わった。
「――お、おのれ…キサマ、どうやってあの炎から…?!」
「ティナ、助かったぜ。間一髪だったな!」
 ぐいいっ!
 マリリスの剥き出しの腹部には、バッツが繰り出した拳がめり込んでいた。彼はさらに体重を乗せ、ひねりを加えていく。
 とっさのバファイで降り掛かる炎を弾いたティナは、彼ににこっと微笑みかけた。
「たあぁっ!」
 バッツの無事を確認し、クラウドもここぞとばかりに追い討ちを掛ける。裂ぱくの気合いと共にアイスブランドを振り被り、一刀両断を狙って。
だが、いつまでも相手の攻撃に甘んじるマリリスではなかった。
『舐めるでないわ!!!』

 …っぎぃぃぃいんっ!

「うわっ!」
「どわっ!」
 一瞬にして吹っ飛ばされるクラウドと振り払われるバッツ。
「プロテア!」
 地面に激突する前に、ティナの防御強化の魔法が二人を守った。
『おのれ!またしてもキサマか、小娘ぇッ!!!』
 ついにティナの存在に気付いたマリリス、阿修羅のような形相になって六本の剣を彼女に向ける。
『させるかぁっ!』
 それを、立ち直った二人が素早く阻止しに掛かった。
『煩いぞ!ゴミ共っ!!!』
 ぶうんっ!
 六本の腕から繰り出された竜巻の風圧が、三人を巻き込んだ。今度はティナの魔法も間に合わず、彼らはしたたか両サイドの壁に叩き付けられる。
「ブリザ――きゃあっ…!」
 マリリスの刃はティナの目前まで迫っていた。放ちかけた氷の魔法も六本の腕が繰り出す波動に掻き消える。
『光の戦士もこれで最期じゃ!死ね!!!』
「そーかな?光の戦士は全部で“四人”なんだぜ?」
 絶体絶命の状況に、しかしバッツは慌てるどころか薄い笑みすら浮かべて言った。頭に血の上ったマリリスの頭には届くはずもない言葉。
 六つの切っ先が目前に迫っていた。ティナの瞳が大きく見開かれる。
 その刹那――

 どすっ…!

 彼女の視界に映った“七本目”の切っ先は、微かに魔力を帯び、発光していた。
『……お・の・れ…!よ、四人…目――かッ!』
 紅い唇からどす黒い血の糸を滴らせ、マリリスはゆっくりと振り返る。
「ふっ!マグマに頭から突っ込んだ時ぁ、昔死んだ兄ちゃんがお花畑の向こうでオレを手招きしてる景色とかも見えたりしたけど…戻ってきてよかったぜ!」
 ジタンは余裕の笑みを浮かべてマリリスの後ろに立つと、その背中を貫いたルーンブレードの柄に手を掛け、一気に引き抜いた。
『ぐあぁっ!!!』悲鳴を上げるマリリス。
「ティナちゃん!今だ、トドメを!」ジタンがあらん限りの声で叫ぶ。
 ティナは弾かれたように立ち上がり、掌に魔力を集中させた。
「ブリザラっ!」

 ビシィッ!!!

 ティナの周りに無数の生まれた氷解が、一斉にマリリスに降り注ぐ。
『はうっ!』
 怒涛のごとく押し寄せる氷解は、彼女にそれを振り払う暇も与えず、一瞬で圧殺した。

「やあっ!間に合ったな、ティナちゃん!」
 ふうっと息を吐き膝を着くティナに、ジタンは嬉しそうに駆け寄った。
「う、うん。何とか…」
 支えようとした彼の手をさりげなくそっと押しやり、ティナは疲れた笑顔を見せた。
「ティナちゃん!これは言わばオレとティナちゃんの、最初の共同作業だよ?素晴らしくステキな結果になったと思わないかい?!」
 がばっ…すかっ!べちゃっ!
「あの、二人とも大丈夫?」
 広げた両手をティナは器用にかいくぐり、壁際に寄り掛かっていたクラウドとバッツのところに駆けていった。勢いあまってつんのめるジタン、お約束通りその場に頭からダイヴする。
「期待を裏切らないヤツ…」
 ティナの手当てでまともに歩けるようになったバッツは、苦笑しながら彼に近付いた。
「だけど、助かったよ」
「…お、おうっ!礼にはおよばねェさっ!」
 ジタンは瞬時に復活していた。立ち直りが早いのは彼の十八番(オハコ)である。
「――だからキサマは嫌いなんだ」
 そこから少し離れた場所で、クラウドはますます不機嫌になっていた。剣を鞘に収めながら、ジロっと彼を睨み付ける。
「肝心な時には出て来ないくせに、何処からともなく沸いて出るのはやめろ」
「はは〜ん?そんなこと言ってテメー、オレに見せ場を持ってかれたんでひがんでんだろ?」
「誰がっ!」
「まぁまぁまぁ。これ以上お互い無益な争いをすることもないさ。なっ!」
 あわや第二ラウンド寸前というところでバッツが止めに入り、二人の勝負はまたしても先送りになった。
「それよりも、クリスタルだ」
「こっちに石柱があるわ!」
 治療を済ませて部屋を歩き回っていたティナが、奥で手招きをしている。
「今度は誰のかけらだ?」言いながら、柱に向かうクラウド。
「…どーやらオレみたい。やっぱ女に縁があるのかな〜?」
 ジタンの手に、紅く輝くクリスタルのかけら。彼は柱にそっとその手を近付けた。 
 柱は緋色の閃光と共に、元のクリスタルへと姿を変える。
「火のクリスタルだ。やったぜ!」ガッツポーズでジタンが叫んだ。
「見て!クリスタルの後ろで魔法陣が光ってる!もしかしてあそこから外に出られるんじゃないかな?」
 ティナの言う通り四人が魔法陣の上に立つと、身体が引っ張られるような感覚があった。そして気が付いた時、彼らは飛空艇の甲板に立っていた。

「よしっ!これで残すはあと二つになったな!」
 四つのクリスタルのうち、半分の光を取り戻したことで、四人の結束と希望はますます高まってきていた。

 だが、グルグ火山内部の煮えたぎるマグマは、まだ衰えを見せずにいた。
『――このままでは終わらさぬ…。例えこの身が朽ち果てようとも、奴等を先へ……行かせはせぬぞ!!!』
 グルグ火山の最深部。輝きの戻ったクリスタルの側で、怨念の炎がふつふつと燃え上がる。“彼女”の動きを封じた氷の塊が瞬く間に蒸発し、一帯に白い水蒸気が立ち込めた。
 地上に戻った四人が、内部のそんな状況変化に気付くはずもなく……。

 飛空艇は北の大陸に進路を取ろうとしていた。
 灼熱地獄から解放されて、四人は飛空艇の甲板で思い思いにくつろいでいる。
 そんな中、風に身を委ねていたティナは、いち早く異変を察知した。
「みんな見て!あれ…何かおかしい!」
 操縦者のバッツ以外がただならぬ様子の叫び声に、手すりから身を乗り出す。
 ティナが震える指先で示す先に、今さっき出てきたばかりのグルグ火山の全貌が映った。
 山頂から溢れるマグマ、真っ赤に膨張した岩肌。風やプロペラ音の切れ間から聞こえてくる、低く重い地鳴り。
「お、おい…まさか!」クラウドの背中を冷たい汗がつたう。
「全速前進!バッツ!急いでここから離れるんだッ!」
 考えるより早く、彼は叫んで操縦席に走った。それと同時、である。

 ドォォォンッ!!!

 ビッケの船の大砲より盛大に、火山が鳴った。その音だけで、彼らの乗った飛空艇はびりびりと小刻みに震えた。
「――い、嫌な予感がするぜ」舵を取るバッツが、引きつった笑みを浮かべて呟く。
 大きく右に傾いた飛空艇の船腹を何かが掠めて過ぎたのは、その直後だった。
「マジかよ…コゲてるぜぇ?!」
 おそるおそる下を覗き込んだジタンが悲鳴を上げた。
「く…!またくたばってなかったのか、マリリスっ!」
 叫んで睨み付けたグルグ火山から、第二第三…いやもうすでに数え切れぬほどのファイヤーボールが飛空艇目掛けて飛んで来る。
「ご、ごめんなさ…!わたしはちゃんとトドメを刺さなかったから…!」
「ティナちゃんのせいじゃないっ!」
 顔面蒼白でうずくまるティナを、ジタンは必死になだめていた。
「執念深い女に縁があっても…なかなか困りモンだな、ジタン…っと、危ねぇっ!」
 襲い来るファイヤーボールを、バッツは何とか紙一重で躱し続けている。
「へへっ…!モテるオトコは何かと辛くてね!」
 軽口を叩きながらでも、ジタンは降り掛かる火の粉からティナを護ることに全神経を注いでいた。
 マリリス執念のファイヤーボールはいつ果てるとも知らず、その数は増える一方である。
「――ッ?!バッツ!取り舵っ!」
 それは、完璧に死角からの一発だった。
 いち早く気付いたクラウドの絶叫で、バッツは反射的に操舵輪を目一杯左に切った。

 ズゥヴン…!

 直後。下から突き上げるような衝撃が、四人を甲板から吹き飛ばす。
「しまっ…!」
 操舵輪をしっかり握っていたはずのバッツの手は、その瞬間に呆気なく引き剥がされた。
 再び伸ばした手が虚しく空をつかみ、身体が空中に投げ出される。
 彼は反転する視界で、次々と振り落とされるほかのメンバーを見ていた。
 眼下に広がる一面の青。運がいいのか悪いのか、下は海らしい。このまま落ちれば、地面との激突だけは免れそうである。
 だが、逆さまに映る水平線の向こうに、船底から煙を吐き出し吸い込まれてゆく飛空艇の姿を目で追いながら、バッツはひたすら別の意味で絶叫を上げていた。
「……だあああっ!!!高いトコなんか、大っ嫌いだぁぁぁ〜〜〜〜〜〜ッ!!!」

                          to be continued



 
紫阿
2004年05月15日(土) 21時38分14秒 公開
■この作品の著作権は紫阿さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
 さて、ようやくカオスが登場して、物語にも加速が掛かってきました。聞き覚えのある名前に、9プレイ済みの方なら「あれ?」と思うでしょう。そう、元祖はここなのです!(笑)
 9は1で馴染みのある名前がたくさん出てきて楽しめたのは私だけではないはず。
 今回あたりから物語の中心となる「古代文明」の話が出てきます。古代文明…ファンタジー作品で、私が最も好きなテーマのひとつです。楽しんでいただければ幸いです。

この作品に寄せられた感想です。
うおーっ、楽しいッスねーッ!ど、どうなるッスかっ、続きは!(急かすな。) 50 うらら ■2004-05-15 20:55:40 210.198.102.187
合計 50