ファイナルファンタジーシリーズ:FF物語(2) |
第一話 海賊ビッケを撃破せよ!! セーラ王女を連れ、コーネリアに無事帰還を果たした四人は、溢れんばかりの歓声で迎えられた。 「おお!セーラ!よくぞ無事で帰ってきてくれた!」 「何もかも、あそこにいらっしゃる光の戦士たちのおかげですわ!」 親子が感激の対面を終え、一息ついたところで、王は改めて四人に惜しみない感謝の言葉を述べる。 「光の戦士たちよ、この度の働き、まことに感謝するぞ。セーラもこの通り無事に帰ってきた。おぬしたちにはどんなに感謝しても足りぬ」 「はぁ……」 先ほどから王やセーラや城の者の感謝のエールに、バッツは代表で、気のない返事をしていた。本当のところこの四人にはそんなことはさしたる問題ではなかった。今、最も考えなければならないのは、これからどうするかということである。 「ところで、その恩に報いるために、わしからせめてもの感謝の印として、北の大陸に渡るための橋を架けさせてもらうことにした。 北の橋は以前から壊れていて、この地の者はここから進むことにも難儀しておった。おぬしたちが北の大陸を目指すのであれば、あのままにしておくわけにもいかんと思ってな、急ぎ工事をさせておる。 そうだな…明日にはおおかた完成しておるだろうから、おぬしたち今夜はこの城でゆっくりと休んでいくがよいぞ」 「――あの、せっかくの申し出、まことにありがたく存じます。しかし…ですね……」 バッツはほっとくこっちの事情もお構いなしに、どんどん進む王を話遮って、ついと前に歩み寄る。 「おお!そうであった。セーラよ、例のものをこれへ!」 「はい、お父様」 バッツの言葉を肯定に取ったのか、王はさらに舞い上がった口調で横に控えるセーラを促した。 もともと外傷もなく、気を失っていただけのセーラはすぐに元気を取り戻し、休むことなく王の隣に控えている。 ジタンはそんな彼女にしきりに色目を使っていたが、ことごとく無視された…。 「これは我がコーネリアに代々伝わる『リュート』ですわ。これをわたくしからのせめてものお礼に、どうかお受け取り下さい」 と、彼女が差し出したのは、細やかな彫刻が施された弦楽器だった。大きさはさほどもなく、けれども一目見ればなかなか年代物であることが分かる。 確かにコーネリアの人間にとっては大変貴重なものなのであろうが…。 「楽器なんてもらっても……うぐっ!」 クラウドのぼやきは次の瞬間、ジタンのひじ打ちによって掻き消された。 「王女!貴女のお気持ち、しかとこのオレ…いや、わたくしめが受け取りましてございます!そして出来ればそのお気持ちをもうちょっと違う形で表して頂きたく――例えば、デート一発…げぶっ!」 「まぁ、こいつの話は聞き流してくれ。ところで…」 「……な、何じゃ?」 涼しい顔で手にしたブロードソードをジタンの後頭部にぐりぐりやるクラウドを王は呆然と眺めていたが、そこはそれ、王の威厳で正気に返って冷静に聞き返す。 「前にも言ったように、俺たちはこの世界のことなど全く知らないし興味もない。だからあなた方の期待に応えることも出来ないと思…」 「失礼ですが、王!」 そこでまたしても、クラウドの言葉は遮られた。あからさまに不快な顔をする彼に、バッツは目で『ここは俺に任せてくれ』と合図する。 「少し前に、我々のことを預言した人がいたとおっしゃいましたよね?」 「預言者・ルカーンのことか?」 「その人は今どこに?」 「さて…もうこの街にはいないようじゃ。そういえば、街の者の話では『三日月を目指す』といっていたそうじゃが…」 「三日月…ですか?」目を丸くするティナ。 「へっ…!お月さんまで行ったってのか?」ジタンが不機嫌に呟いた。 「いいや、恐らくは――」 その時、王の後ろに控えていた司祭がおもむろに図と文字が書かれた紙を取り出し、がさがさと広げ始める。 「これはこの世界の地図です。ここをご覧下さい」 指差された場所は、地図の右下に広がる大陸だった。 「ここに三日月の形をした湖があります。ここは『クレセントレイクの街』と呼ばれ、世界に危機が訪れた時、世界中の預言者たちはここに集うと言われています」 「クレセントレイク――『三日月湖』か…」 「そこに行けば『光の戦士が現れ、世界を救う』なんて無責任な預言を残した奴に会えるって訳か…」 クラウドもまたうんざりした表情で地図に目を落としている。 バッツはしばらく考えて、司祭に言った。 「この地図…少しの間、貸してくれないか?」 その言葉にぎょっとしたのはクラウドとジタン。ティナも驚いて彼を見つめている。 が、司祭はぱっと顔を輝かせ、嬉しそうに答えた。 「それはもう!どうぞお持ち下さい!あなた方のお役に立つのであれば、喜んで差し上げましょう!」 「……おい、バッツ」 「まあ聞け」 しきりにわき腹を小突いてくるクラウドに、バッツは小声で、 「ここにこうしていてもしょうがないだろ?あんたの言うとおり元の世界に戻る手段があるとしても、何かきっかけが必要なんじゃないのか?少なくとも俺たちのことを預言した人間だぜ?ここにいる連中よか、よっぽど話が通じるんじゃないのか?」と、一気にまくし立てた。 「…あの、何か?」 「いいやあ、何っでも!それより、この街に行くには見たとこ海を渡っていかなきゃならないみたいだな?」 訝しげな表情になりかけた司祭に、バッツは笑顔で話題を変える。 「はぁ…。確かにここへは船でしか行けませんが……」 司祭もちょっと小首を傾げただけで、すぐに答えを返した。 「そのための船はあるのか?」 勢い込んでバッツが訊くと、司祭は力なく首を振った。 「それが…以前は定期便があったのですが、世界が荒れに荒れた今現在、あちこちで出没した海賊どものせいでそれもままならず、港はすっかりさびれてしまいました…」 「船はないのか…」さすがに失望の色を露にするバッツ。 と、そこへ司祭が何かを思い出したようにはたと顔を上げた。そして、地図の右端を指で指し示す。 「港町『プラボカ』――ここは貿易の盛んな街です!ここに行けばあるいは…」 「OK!助かったぜ」 バッツはそれだけ聞くと地図を取り上げ、丸めて荷物袋に押し込んだ。 「目的地は決まった。俺たちはこれで失礼するよ」 くるりと背を向け、さっさと歩き出す。 「お、おいっ!」 慌ててそれを追っ掛けるクラウド。ティナも王たちにぺこっと頭を下げ、後に続いた。そして、最後にジタンが背を向けた時。 「――あ、あのっ!」言ったのは、セーラだった。 すでに三人は広間を出ていたが、ジタンの足を止めるにはこれで十分である。 「何でしょう、王女!」 振り返ったその顔には満面の笑みが広がっていた。 セーラは彼につっ…と歩み寄ると、王たちに聞こえないような小さな声で囁く。 「あの…出来れば、わたくしと、ここで――」 ジタンの目が大きく見開かれたその時。 「お〜い!ジーターンーっ!!!早く来いよ〜!」 バッツの叫ぶ声に、彼女のか細い声は一瞬で掻き消されてしまった。 「わ、わたくしと…ここで…?!」 ごくっ…。 思いっきり何かを期待した、ジタンの生唾を飲む音が響いた直後。 「……な、何でもありませんっ!」 くるりとドレスの裾を翻し、セーラはそそくさと元の場所へ戻って叫んだ。 「どうかっ…!お気をつけてっ!!!」 「あんたなぁ〜…。さっきすっごい、いいトコだったんだぞ?どうしてくれるんだ、あァ?」 王のもてなしを早々に断り、四人は早々にコーネリアを後にした。 王が完成間近だと言った北の橋は八割方出来ており、四人はそれを難なく渡って新しい土地に足を踏み込んだのである。 しかし、バッツに一方的に引っ張り出された他のメンバーは、困惑していた。 さっきのセーラ王女のモーションをバッツにジャマされた(…と本人は思っている)ジタンは、ことのほか不機嫌で、道中ずっとバッツを責めっぱなしである。 が、当の本人はケロッとした顔で、群がるモンスターを殴り蹴りしながら、ずんずん先を急いでいた。 クラウドも最初は何か言いたげだったが、あえて口には出さなかった。確かにバッツの言うことも一理ある。そう彼なりに気持ちの整理を付けたのかもしれない。 ティナはただ黙々と着いて来ていた。 「あれ、明かりが見えるぜ!」 どのくらいか歩いて日もすっかり落ちてきた頃、先に立って歩いていたジタンが声を上げた。 彼の指差す先には確かに人家の明かりがぽつぽつと灯っているようである。 「やったぁ!これでやっと休めるぜ。それに…可愛いコ、いるかな?」 どうやらセーラの一件は、すっかり吹っ切ったらしい。程なく四人は、街へ足を踏み入れた。 「随分と静かだな…」 通りを少し歩いたところで、クラウドが不意に呟いた。 「そうか?夜なんだから仕方ないだろ?」 ジタンはさして気にする風でもなく、宿屋の看板を目指して早足になっていた。 「どのみちこんな時間じゃ船を探すのも無理みたいだし、さっさと宿を取って休んだ方がいいんじゃねぇの?な、ティナちゃん!」 「は、はい…」 ティナは落ち着かない様子で辺りを伺っている。 「確かに港街にしちゃ…」 言いながら、バッツが大通りに一歩足を踏み出した時だった。 「きゃあああっ!!!」 甲高い女の悲鳴が夜の静寂をぶち破ったのは。 ジタンは考えるより先に駆け出している。後に続く、バッツとクラウド。少し遅れて、ティナ。 広い道をしばらく走り、狭い裏路地へと折れる手前で、ようやく四人は悲鳴の主らしき女に出くわした。 ただし、+αがくっついている。 「ヨォヨォ、そんなに急いでドコ行くんだい?おネェちゃ〜ん」 「は、放してくださいっ…!」 四人の目に飛び込んできたのは、頭に海賊帽、右目に眼帯、腰に幅のある曲刀をぶら下げたいかつい男が、街娘風の女性の手をつかんで裏路地へ引っ張り込もうとしている、どう見てもデートしてる雰囲気ではない光景。 「助けてー!誰かーーっ!!!」 女性が叫ぶ。応えるものは、誰もいない。――四人以外は。 「…あーあ。見付けてしまったな」 クラウドは面倒くさそうな呟きと溜め息を吐き、男を睨み付けた。 「さっさと行けば何もしないでおいてやるぞ」 「んだとォ?!」 (相変わらずストレートなヤツ…) その横で、バッツも別の意味で溜息を吐いていた。 「さっ、大丈夫か?お嬢さん。ここは危ない、安全な場所まで送っていくよ」 ジタンはジタンですでに女性の手を取り、宿の方へと歩き出す始末だったり。 (…こっちはマイペース過ぎだし) ぶち! 何かが切れる音がした。見ると、男は早くも曲刀を手に戦闘態勢を取っている。 (やれやれ。どーせこんなこったろうと思ったぜ…) バッツがそう思うのも無理はなかった。 最初から男は一人ではなく、あっという間に全員取り囲まれてしまう。一体どこから湧いて出たのか、揃いの縞のバンダナを頭に巻き付けた男たちは、全部で十数人ほどいた。 「おいコラ、小僧ども!ドコのダレだか知らねーが、ここいら一帯を締める海賊団、ビッケ一家のお楽しみに横ヤリ突っ込んどいて、タダで済むと思ってるのかァ?あァん?」 「…だとさ」 ニッと口の端を吊り上げるバッツ。クラウドは不機嫌に、 「知らん」 だが、右手はしっかり剣の柄に掛かっている。 じり…。 男たちが殺気を剥き出しにして、間合いを詰めた。 「ん?」と、その後ろで素っ頓狂な声が上がる。 「お頭!こいつら、女を連れてますぜ!しかも、上玉!」 「何?」 ビッケの部下らしき男の視線は、バッツとクラウドの後ろにいたティナに注がれていた。 「ほほぉ…こりゃまた、なかなかのモンだな」 それに気付き、ビッケも後ろに回り込むと満足そうにニヤついた。 バッツたちは、動かない。ビッケはティナと彼らを交互に見比べながら、上機嫌になって話し掛けてくる。 「兄ちゃんたち、女連れたぁ運がいいねェ。取引といこうじゃないか。その女をこっちに引き渡してくれりゃ、命までは取らないでおいてやるぜ?」 その言葉を最後まで聞かず、顔を見合わせるバッツとクラウド。 「――別に止めんが…」 「あいつが何て言うかなぁ…」 がすっ!ごすっ!!どげすっ!!! 言ったそばから、鈍い音。 「な、何だァ?!」 異変に気付いたビッケの周りで、ばたばた倒れてゆく男たち。訳も分からず目をしばたたかせているうちに、気が付けばビッケ一人になっている。 「さて」 「宿…行くか」 バッツとクラウドは早々に背を向け、ティナを促して歩き出した。 「お、おいっ?!ちょっと……?!」 慌てて追いすがろうとするビッケの前に、スゥと立ち塞がる黒い影。 「ひ…っ!ヒィィィッ!!!」 得体の知れぬ恐怖に思わず後退りかけた彼の腕は、すでにこれでもかというくらい強い力でひねり上げられていた。 「てンめェ…!ティナちゃんを連れて行こうとしたのはこの腕かァ?!」 「ぎぃやあああああああっ!!!で、でたーーーーーーッ!!!」 がくっ。 絶叫した直後、ビッケは白目を剥いて失神する。 「あっ!このヤロ!まだ話は付いてねェ!立てオラ!!!」 「そのくらいにしとけよ、ジタン」 正体のなくなったビッケの襟をなおも激しく締め上げていたジタン、その声に振り向いてぱっと手を離した。 「……あれ?何してたんだっけか?オレ」 「まぁ、根に持たないのがあんたのいいところさ」 バッツは苦笑しながらビッケに近づき、一人呟く。 「海賊…ね。使えるかもしれないな、これは」 第二話 目覚めぬエルフの王子 次の日、四人は海上にいた。 東から西へ流れる潮風は、程よい強さで彼らの乗る船を導いてくれている。 「海賊船とは考えたな」 甲板から水平線を眺めていたバッツは、後ろからの声にゆっくりと振り向き微笑した。 「誤解が解ければ頼もしい仲間さ、海賊ってヤツは!」 「……」 交渉――あくまで健全な交渉の結果、ビッケは二つ返事で四人に船を貸してくれることを承諾した。 「さて、これでクレセントレイクまで一直線だな。あとどれくらいで着くか訊いてくるよ」 バッツは水平線から目を離し、そう言い残して船室へ消える。クラウドはじっと彼の背中を眺めていたが、やがてふっと息を吐き、穏やかな大海原に視線を落とした。 その頃、バッツたちとは反対側の甲板で、ジタンとビッケはすっかり意気投合し、楽しく雑談など交わしていた。 「いや〜、本当に面目ねぇ…ジタンの兄貴。まさかティナの姉御が兄貴のコレだったとは露知らず、とんだ無礼を働きまして…」 ぴっと小指を立てて見せるビッケにジタンは照れて頭を掻きつつもまんざらでもない様子である。 「いいってことよ、兄弟!いろいろ誤解もあったけど、こうして無事、海にも出られたんだ。ま、これからは仲良くやろうや!」 豪快に笑いながら、ビッケの背中を叩く。が、次の瞬間ふっと真顔に戻った彼の眼からは、すでに笑みは消え失せていた。 「だけどもし、次にモーションかけようとしたりしてみろ。そん時ぁ……」 「めめめ、めっそうもありませんや!」 シャレになりそうもない彼の瞳の奥に潜む光に射すくめられ、ビッケはあたふたと背を向ける。 彼の慌てぶりを見て、ジタンが満足げに頷いた時だった。 「あ…!ここにいたのね。ずっと…探してたの」 よく通る、澄んだ女性の声がした。 ぴくっ! 「や、やあ!ティナちゃん!ご機嫌はいかが?」 無意識に反応するシッポを抑え、淡い期待を抱きつつ振り向くジタン。 「あ…なんだ。ジタンさんもいたのね。あの、ビッケ船長。バッツさんがあとどれくらいでクレセントレイクに着くのかって…」 「――ティナちゃん。『なんだ』はないぜ…。それに、『さん』は付けなくていいって言ったのにさ……」 爽やかに笑い掛けられ、ジタンはがっくりと肩を落とす。ついでにシッポも力なく床に落ちた。 「クレセントレイクだって?!」 ティナの言葉を聞いた途端、ビッケはそそくさと船室にとって帰る。ティナも慌てて後を追い、甲板には指で『の』の字を書きながらいじけるジタンだけが取り残されていた……。 「クレセントレイクには行けない?どういうことだ?!」 戸惑いを含んだクラウドの怒号とともに、船長室の机が激しく鳴った。 「まぁ、そういきり立つなよ」 バッツは横から彼をなだめていたが、ビッケに向き直り穏やかに訊いた。 「とりあえず、訳を説明してくれないか?」 「へい…」ビッケは彼らの前に地図を広げ、プラポカから左に向けて指を走らせながら、 「今あっしの船は…この辺り、『内海』と呼ばれる海にいるんでさぁ。で、クレセントレイクはここ。見ての通り、『外海』をぐるっと回って来なければ港には着けねぇんだ。外海へ出るには…」と、さらに左に指を動かして、 「こっちの運河を抜けなきゃならねぇ。でも今、世界がこうなっちまったせいで海の水が少なくなってなぁ…。運河が繋がって外に出られなくなっちまったんでさぁ」 「なるほどね。それであんたら、内海でくすぶっていたのか」 「バッツの旦那!そいつは言わねぇで下せぇよ!あっしらも十分反省してるんですから」 ビッケは決まり悪そうに頭を掻くと、再び真顔に戻って視線を地図に落とす。 「それで今、運河の北にあるドワーフの洞窟からドワーフの連中がもう一度運河を開通させようと頑張ってるんだが、何せ地下に行けば行くほど岩盤が堅固らしくってな、思うように掘れねぇんだと。 あっしもこの船の火薬を提供してはみたんですがね、どうもうまくいかないんで、途方に暮れてるんでさぁ」 「う〜ん…」 ビッケの話に、バッツも頭を抱え込んだ。 「その運河を開通させなきゃ、クレセントレイクには行けないんだろ?だったらやるしかないよなぁ…」 「でも、どうやって?」 ティナが誰にともなく言うと、メンバーたちの間に再び重い沈黙が落ちる。 「……方法が、ないこともないんですがね」 少しして、ビッケがぼそっと呟いた。全員の視線が彼に集中する。 「『ニトロの火薬』って強力な火薬があることはあるんだ。城一個吹き飛ばすほどのな。ただ……」 「ただ?」イラついて先を促すクラウド。 「ちょっと厄介な場所にあるんでさぁ」 「この際だ。どこでも行くぜ」 バッツが宣言すると、ビッケは深刻な顔で答えた。 「それが、コーネリア城なんですよ。いくらあっしたち海賊でも、あんな大国に攻め込むわけにもいかなくてよ。もちろん、真正面から頼み込むわけにもいかねぇし…」 『……』 顔を見合わせる、バッツ、クラウド、ティナ。 ばんっ! 直後、三人の間を支配した沈黙を破り、大きく開け放たれる木の扉。 「よぉ〜っし!そういうことなら話は早い!次の目的地はセーラ王女のいるコーネリア城に、けって〜い!!!」 扉の向こうで仁王立ちになって、ジタンは何故か勝ち誇ったように、高らかな笑い声を立てていた。 「へへぇ!旦那方があの預言の『光の戦士』だったとはなぁ!どおりであっしらが敵わねぇはずだ!」 コーネリアに向かう間、バッツたちはビッケにこれまであったことを簡単に説明した。話を聞き終えたビッケは改めて四人の顔を見回しながら、感嘆と畏敬の念を込めた声を上げる。 「――ま、まぁ…そういうことになるかな?」 (しっかし、随分有名なんだな、光の戦士ってのは…) あらぬ期待を抱かれて、バッツは内心溜息を吐いた。それでも口元に愛想笑いを浮かべ、曖昧に答える。 「よっしやぁ!そういうことならあっしらも協力を惜しみませんぜ!こうなったら光の戦士様のために地の果てまでも付いて行く覚悟でさ!!!」 「…知らんぞ」 すっかり乗り気のビッケを傍目にして、バッツはクラウドの冷たい視線を浴びていた…。 勘違いしたままのビッケを船に残し、再び四人はコーネリア城の門を潜った。 「おお!光の戦士よ!その様子だと、無事船を手に入れたようだな」 と、ここでも彼らは勘違いされたままの王に、快く迎え入れられる。 「と、とりあえずは…」 あえて否定することもなく、バッツはさっそく本題を切り出した。 「…ですが、少し問題がありまして」 「――ふむ。ニトロの火薬とな」 一通りの説明を聞き終えた後、王は傍らの大臣らしき身なりの人物と難しい顔を見合わせた。 「どうしたんだ?ここにあるんじゃないのか?」 クラウドが眉を寄せるのへ、王は首を横に振り、 「地下の宝物庫にある」と言った。 「案内してくれないか?」 バッツが頼むと、今度は大臣が険しい顔で話し出す。 「実は、その宝物庫は『神秘の鍵』で固く封じられており、おいそれと開けることは出来ないのです」 「鍵掛けてんなら、鍵で開けりゃあいいじゃねーか」 何がそんなに問題なんだといわんばかりに、ジタンは煮え切らない様子の王と大臣を見比べた。 「はぁ…。それが、その神秘の鍵はここにはないのです。その昔、コーネリアから海を挟んで南に位置するエルフの城の民と我らコーネリアの人間は同盟を結びました。 ニトロの火薬はその時、これからもお互い争いはしないという意味を込め、この城の宝物庫の奥深くに封印されたのですが、封印を解く鍵は、友好の証としてエルフの王にお渡ししたままなのです」 「その大切な約束の品をもう一度返して欲しいと頼んだりすれば、相手はこちらに戦争の意思ありと不信感を抱くやも知れぬ…」 そう言って、二人は黙り込む。 「おいおい!そんなこと言ってる場合かよ!世界の一大事なんだろ?!」 責めるジタン。しかし王は頭をひねるばかりだった。 「何とかならないか?」 さすがにバッツの口調も焦りと苛立ちを含んだものになる。誰もが言葉を失い、黙り込んだ。絶望的な空気が流れる。 と、突然。 「わたくしに行かせて下さい!」 広間の向こうに、ドレス姿のセーラ。 「わお!セーラ王女?!」ジタンの眼がきらりんと輝く。 セーラはつかつかと王の前に歩み寄って言った。 「わたくしがコーネリア代表として、エルフの王に訳を話し、少しの間、神秘の鍵を貸してくれるように頼んでみますわ!」 「何じゃと?!」 目を丸くする王。セーラは真っ直ぐ彼を見つめている。 「わたくしとて一国の王女です。そして、この世界に住む人間ですわ!世界の大事に何もかもを光の戦士の方々だけに押し付けてしまうなど、出来ません。非力なわたくしですけれど、少しでも光の戦士の方々のお役に立てるというのなら、この身を投げ打ち、何処へなりと付いてゆく覚悟です!」 「う〜ん、シビれるねぇ!」 感嘆の声を上げながら、ジタンはしかし、きっぱりと宣言する彼女に別の人物を重ね合わせていた。 「だが、セーラよ。城の外は危険だ。ガーランドの例もある。お前にまたもしものことがあったら…」 娘の凛とした態度と口調に圧されながらも、王はまだ不安を隠せない表情で渋っている。が、セーラはそんな父親に穏やかな微笑を返し、右手を上げた。 「大丈夫ですわ!わたくしの側にはほら、こんなにも頼もしい方々が揃ってくれているんですもの!」 「そうだともさっ!」 ずいっ! すかさず二人の間に割って入るジタン。どんっと胸を叩いて、 「オレがいる限り、どんな悪党が来ようともセーラ王女に指一本触れさせやしねぇ!安心して預けてくれ!」 「…そういうオマエが一番安心出来ないんだろ?」 クラウドは呆れ顔。だが、反対はしなかった。 「王女の安全は俺たちが命に掛けて保障する。任せていただけますね?」 バッツが恭しくお辞儀をし、ティナも黙礼すると、王は納得したらしく、「お願いする」と言った。 「お待たせしました!さあ、行きましょう!」 セーラ王女はドレス姿では足手まといになるから、着替えて後から来るという。彼女が港に現れたのは、四人が城を出た少し後のことである。 「待ってたよ〜!セー……?!」 通りを駆けてくる青い髪に向かって、恥ずかしげもなく両腕をぶんぶんと振り回していたジタンは、彼女が目の前まで来た時、ぎょっとしてその場で硬直した。 「あ、ジタンさん…でしたよね?あの…変ですか?この格好――」 「……いいいいっ、いや、ととととってもよくお似合いで!」 ジタンがうろたえるのも無理はない。セーラの服装は彼がよく知っているもう一人の『セーラ』と旅をした時と、とってもよく似た白いブラウスにスウェットだったのだから。髪の色が違うことを除けば、双子といっても通用しそうだ。 「わあっ!これが船なのですね?!ちょっと変わった形ですけど…でも、素敵ですねっ!」 ジタンの動揺をよそに、セーラは始めて目にした“海賊船”に、素直な感動を示している。 (えーと…。まさかこういう展開になるとはなぁ) 一歩城を出たセーラはさっきまでの控えめな態度はどこへやら、無邪気にはしゃいでいた。 (でも、もしかしたらこれが彼女本来の性格だったりして…) ジタンは少し複雑な思いを抱きながら、彼女をタラップに案内した。 城での経緯を一通り話し終えた後で、バッツはジタンが連れてきたセーラ王女をビッケに引き合わせた。 「セ、セ、セ…セーラ王女ぉ?!」 案の定、ビッケは仰天して四人と彼女を見比べる。 「あ!この船の船長さんですよね?しばらくの間、お世話になります」 「は、はぁ…こりゃまた丁寧に、どうも…」 当たり前のことだが、世間知らずの彼女はこれが何の船だか知らない。ビッケのこともちょっと変わった格好の船乗りとしか思えないらしく、馬鹿丁寧に一礼すると、ティナに連れられ船の中を見物に行った。 「……おい。おいっ!」 二人の乙女が掛けていく後姿を惚けたように魅入っていたビッケは、不意に脇腹をつつかれ我に返る。 「――あ、こりゃあジタンの兄貴…。いや〜、いいもんですねぇ。華があるっていうのは」 「分かってると思うが、手ェ出したら殺スぞ」 「か、勘弁して下せぇよ!まだ命は惜しいでさ!」 ジタンの押し殺した声に、そそくさと操縦に掛かるビッケ。バッツとクラウドは顔を見合わせ、どちらからともなく苦笑した。 波は穏やかなもので、航海は滞りなく目的を果たそうとしている。コーネリアから南に進んだところに、その古びた港はあった。 周りにはほかの船の姿はない。おそらくここ何年…あるいは何十年もまともに停泊した船はないのだろう。 機能を果たさなくなって久しいこの港を見る限り、エルフは人間とは一線を引き、自らを隔離して暮らしているのだと想像出来る。 「エルフたちは心優しい種族ですわ」 港に船を泊め、そこから少し離れた森の中にあるエルフの町に辿り着いた時、セーラが言った。 「ほら、あそこに見えるのがお城です。エルフの王は数年前に亡くなったということですが、今はその息子である第一王子のアルス様が国を治めているはずですわ」 「確かに、この間まではそうでしたがね…」 聞きなれぬ声がした。セーラは話すのを中断し、四人も声のした方を向く。 そこに、緑色の三角帽子とこれまた三角襟をヒラヒラさせた服を着た男が立っていた。帽子からはみ出した耳がピンと尖っているところは、セーラが説明したエルフ族の特長とぴったり当てはまる。 「いきなり何だ?あんたは」 クラウドが警戒心丸出しで男に訊く。彼はその鋭い眼光をものともせず、にやにやと笑っていた。 エルフは人間よりも長生きで、年をとるスピードも遅いらしい。この男も外見こそ青年だが、一体何年生きているのやら…。 「君たちは人間だね?こんな辺境の地へ何でまた?」 「わたくしたち、エルフの王子に謁見するためにコーネリアから参りましたの」 セーラはすかさずそう言った。エルフの男は彼女の顔をじっと見た後、「へェ…!」と目を丸くする。 「これはこれは、コーネリアのセーラ王女」 「わたくしのことを?」 「長く生きてるといろいろ知る機会が多くてね」 「…で、俺たちに何の用なんだ?さっき確か、『この間までは…』って言ってたよな?」 バッツが間に入って訊くと、男はさっきまでの人を食った態度から一転し、丁寧な口調になった。 「セーラ王女。そして、お付きの方々。わざわざお越しいただいて恐縮ですが、王子は今、あなた方にお会いになることが不可能な状態なのです」 「どういうことだ?」 クラウドが問い質すと、彼は五人を近くの酒場に案内し、席を勧めた。そして、全員が座ったところでおもむろに口を開く。 「私は長年エルフの王族に仕えているアレックスという者です。実は…王子は今、呪いによって深い眠りに堕ちてしまっているのです」 「呪いって…」心持ち青い顔になるティナ。 「我々エルフは争い事を好まない種族ですが、一部には悪知恵を働かし、人を困らせて喜ぶ悪の心を持ったエルフ…『ダークエルフ』がいるのです。そして、王子は一年前、そのダークエルフの王『アストス』に、永遠に眠り続けるという呪いを掛けられてしまいました。 以来王子は目を覚ますことなく、城のベッドで昏々と眠り続けているのです」 「じゃあ、神秘の鍵の話を付けようにも不可能ってことか?」 バッツの顔に、失望の色が浮かぶ。他のメンバーも同様に、顔を曇らせ俯いた。 「その呪いとやらを説く方法はないのか?」クラウドが訊くと、アレックスは首を横に振り、 「一つ、ありますが…」 「何だ?」 「コーネリアの北に『マトーヤ』という名の魔女がいて、ありとあらゆる呪いを解く薬を作っています」 「そうか!」 ぽん!と手を打ち、勢いよく立ち上がるジタン。 「そのマトーヤって魔女を倒して薬を手に入れりゃ、いいんだな!そうと決まればさっそく…」 「いえっ!違いますっ!!!」 ぎうっ!べちゃっ! 「――て、てめーは…」 「あ…。すまない。つい、つかみやすかったもので…」 勇んで駆け出しかけ、次の瞬間にはばっちり床と口付けしていたりするジタンに、アレックスはぺこっと頭を下げる。彼はその手に、しっかりとジタンのシッポを握り締めていた。 「…マトーヤもまた、アストスの被害者なのです」 ジタンが元の席に着くと、アレックスは再び語り出す。 「アストスはマトーヤの魔力の源である『水晶の瞳(め)』を奪ってしまった。自分にとって最も大切なものを盗まれたマトーヤは薬どころではなく、我らが訪ねても早々に追い出されてしまうのです…」 「諸悪の根源はアストスという訳か」感慨深げにクラウドが呟く。 「可哀相ですね…。エルフの王子もマトーヤって魔女さんも」昏い顔で俯くティナ。 「今度こそ、そのアストスってヤローに間違いねェんだなっ?!」 ジタンがぐぐっとアレックスに詰め寄って念を押した。 「そのアストスって奴は何処にいる?」バッツはすでに立ち上がっている。 「あ、あの…あなた方は?」 「大丈夫!」 さすがに面食らった表情のアレックスを安心させるように、セーラがにっこりと微笑んで言った。 「この人たち、光の戦士なんです!きっとアストスを倒してくれますわ!」 『実は、アストスの居場所は定かではないんです。でも、ここから西に行ったところに古い城があって、アストスがそこへ攻め込んだらしいという噂があります』 アレックスの言葉を当てにして、エルフの町を後にし、森を抜けてしばらく歩いたところに、その古城は建っていた。 「カオスの神殿並みにボロっちいなぁ…」 古城を前にした四人+セーラ王女は、その不気味な外観に嫌な予感を覚えずにはいられなかった。とりわけ、エルフの町で待つように説得したにもかかわらず頑として一緒に行くと言って付いてきたセーラは、言葉もなく突っ立っている。 「だからやめた方がいいっていったのに…」 「――だ、大丈夫ですわ!これくらい!」 バッツの呆れ声に、セーラは目一杯の虚勢を張って引きつった笑いを返す。 「心配いりませんよ、セーラ王女。貴女のことはこのジタン・トライバルが命に代えても……って、おいっ!ちょっと待てって!お〜い!」 そして、相変わらず懲りてないジタンのモーションは、やっぱりことごとく無視された。 城の中はがらんとしていた。しかも壁はあちこち崩れていて、床の絨毯やら窓のカーテンも引き裂かれてボロボロである。 「おーい!誰かいないのか〜?!お〜い!」 バッツの呼びかけにも、答える者はいない。 「…フン。アストスが攻めてきたってのは本当らしいな」 床に散らばった壁や柱の破片を靴の先蹴り飛ばしながら、クラウドが呟いた。 「誰じゃ…?このような廃墟を訪れる者は?」 しわがれた声は、朽ちた扉の向こう側から聞こえた。声がした部屋に入った五人は、玉座に就いた人物と対面することが出来た。 「あんたは?」尋ねると、彼は重い声で答えた。 「わしはこの城の王。見ての通り、ここはダークエルフのアストスによって、責め滅ぼされてしまった。部下も大勢死んだ…。しかしわしはここを離れることは出来ぬ」 「あんたもアストスの犠牲者って訳か」 クラウドが呻くと、王はよろよろと立ち上がり、彼の足に跪いて懇願した。 「何処のどなたか存じませんが、いっぱしの戦士とお見受けします。どうかこの哀れな王を助けては下さらぬか?」 「助けたいのはやまやまだが、俺たちも急いでいてな」 冷淡に突っぱねるクラウド。王はがっくりと肩を落とし、 「ああ…!沼の洞窟に住んでいるアストスから、『クラウン』さえ取り返せれば…」と呟く。 「沼の洞窟?アストスのヤローはそこにいるのか?!」王の言葉にジタンが叫んだ。王は頷き、 「そうじゃ。あいつはこの城の秘宝・クラウンを奪い、沼の洞窟に逃げた。クラウンさえあれば、ここも程なく元の平和な城に戻るはず…。しかし、今のわしの力ではどうしようもならん…」 「あの…でしたらわたくしたちにお任せしていただけませんか?」 おずおずとそう言ったのは、セーラである。クラウドは「またか…」とでも言いたげに、彼女を睨んだ。 「わたくしたちも目的は同じ。アストスを倒すことですわ!アストスの居場所が分かったからには…」 「はーい!はいはい!手助けすればいいんだろ?愛するセーラ王女の頼みなら何でも聞いちゃうもんね!」 「…仕方ない。乗りかかった船だ」 「ほっとけないものね」 ジタン、クラウド、ティナの返事にバッツも頷く。 「決まったな。で、王様。その沼の洞窟ってのは何処にあるんだい?」 「あ〜!太陽の光が目にしみるぜぇ!」 薄暗い洞窟から一歩外に出た途端、ジタンは大きく伸びをして叫んだ。 西の古城の王様に言われて来た沼の洞窟はそれほど広くなく、その最下層で四人はあっさりとクラウンらしき銀色の王冠を見つけることが出来た。 セーラ王女も付いて行きたいとぎりぎり間で粘ったが、危険な場所だから行かない方がいいと王に止められ、しぶしぶ西の城に留まることになったのである。 「それにしてもアストスってヤロー、てんで弱っちかったな!」 最深部の部屋にいた魔道士風のモンスターを思い浮かべながら、ジタンが笑う。 「それなんだけど…」 と、今まで浮かない顔で考え込んでいたティナが、おずおずと口を開いた。 「どしたの?ティナちゃん」 「うん、あのね…。あれって本当に本物のアストスだったのかなと思って」 「何だよ!そんなの当たり前じゃないか!」 「でもちょっと、あっけなかったなって…」 「悪党ってのはきっとそんなもんだぜ。現にガーランドだって…」 「いや、俺も何かおかしいと思う」 「――同感だ」 そこへ、二人の会話を黙って聞いていたバッツとクラウドが同時に口を挟んだ。 「確かにクラウンはあった。けど、あいつはただの雑魚モンスターだったような気がしてならないんだ」 「おいおい、あんたまでなに言ってるんだ?バッツ!雑魚も何も、ここにアストスがいるって言ったのは西の城の王……?!ま、まさか――」 ジタンの顔色がサッと変わる。ほかの三人も同じ結論に辿り着いていたらしい。四人は青ざめた顔を見合わせ、駆け出した。 「まんまといっぱい食わされたな…!」 走りながら、バッツが舌打ちする。 「急ごう!セーラ王女が危ないっ!」 『ふふふ…ごくろうであったな。光の戦士とやら』 案の定、急ぎ城に取って返した四人を待っていたのは、もはや人間の面影もなく醜く変貌したダークエルフ・アストスだった。 「セーラはどうした?!」逆上して、ジタンが叫ぶ。 『ふふふ。若い女の生き血は我が活力の源。貴様らが持ってきたクラウンで我が完全なる力を手に入れた時、勝利の美酒代わりに啜ってくれるわ。ついでに…そこの女の生き血もな!!!』 耳まで裂けた三日月形の口をさらに醜く歪ませ、王=アストスは挑発的に哂った。 「んだとォ?!コラ!」 シミターを抜き放ち、叫ぶジタン。 「セーラ王女だけでなく、ティナちゃんにまで手を出そうたぁ、いい度胸じゃねーか! 乙女の敵はオレの天敵(てき)!おてんと様が許しても、このオレが許さねェ!さあ!覚悟しな、化け物! 光の戦士の名の下にっ!ジタン・トライバル様が、正義の裁きをくれてやる!!!」 「――俺もほぼ同意見だが…声を大にしてしかも真顔でそーゆーことを言うな。かなりの確率で恥ずかしいから」 『……』 ジタンはすっかり自分の言葉に酔いしれていて、バッツのツッコミなど全く耳に届かない。 クラウド&ティナは、彼の横で真っ赤になって俯いていた。 『威勢だけはいいようだな、小僧!』 ゆらり…。 アストスはそんな彼らを濁った眼で見下し、嘲笑すら浮かべて立ち上がる。 『クラウンと水晶の瞳…この二つが揃った時、我はエルフの王になる!誰にも邪魔はさせんぞ!!!』 ぐあっ…! アストスの周りで闇が弾けた。 クラウドは剣を抜き、ティナも魔法の詠唱に掛かる。 『ふっ!無駄なことを。だが、クラウンを持ってきた功績に免じ、せめて苦しまずにあの世へ送ってやろう。 この…“死”の魔法にてなぁッ!!!』 ぶわん…! アストスの掌に、深い闇が渦巻く。 「まさか?!」驚愕の呻きを洩らす、バッツ。 『死ねい!デス!!!』 「バマジクっ!!!」 ばしゅうんっ! 一瞬にして生物の心臓の鼓動を停止させる死の魔法・デス。これを食らえばまず即死である。 しかし、死の言霊は四人に届く前に、突如出現した光のカーテンに遮られ、消滅した。 『何?!』 信じられないという風に、アストスは辺りに視線を走らせる。 「間に合いましたね!」 聞き覚えのある声に四人が一斉に振り向くと、そこに銀の錫杖を手にしたセーラ王女が立っていた。 「セーラ?!無事だったのか!」ジタンが歓喜の声を上げる。 『おのれ…!どうやってあの部屋から…』 「おっと!このビッケ様をなめてもらっちゃ困るねぇ!」 ずいっ! 威勢のいいダミ声と共に現れる、お馴染みの海賊帽。ビッケは愛用の曲刀を構え、「どうでいっ!」と言わんばかりにセーラの前に立ち塞がった。 「ビッケ!お前、どうして?」 「へへっ!」 バッツの問いにビッケは得意満面で鼻の下をこすりながら、 「あっしも力になりたくて、エルフの町で情報を集めてたんでさぁ。そしたら、西の城に迷い込んだエルフってのがいてな、そいつが見たっていうんですよ。夜、それまで人間の姿だった王様の影がスゥッと伸びて、化け物の形になるのを! 心配になってこっそり来てみりゃ、旦那たちが沼の洞窟に向かった後、一人残ったセーラ王女が豹変した王に城の最上階に閉じ込められるし、ジタンの兄貴の女を危険な目に遭わせるわけにもいかねぇってんで、一肌脱いだ次第でさ!」 「わわっ!おまえこんな公共の場でそんなコト言うなって!」 目の前のアストスのことなど眼中になく、ジタンはあたふたとビッケに駆け寄りその口を塞ぐ。後ろのセーラは「?」という顔で彼を見ていた。 「…ったく、あいつは」 舌打ち一つ。が、クラウドはアストスに向き直ると、ニヤリと笑みを浮かべて言った。 「だが、これで形勢逆転だな」 『おのれおのれおのれッ!!!こうなったら邪魔するもの共は一人残らず消してくれる!!!食らえ!ファイラ!』 アストスはすっかり冷静さを事欠いていた。やけくそに放った炎の雨がそこにいる全ての者を飲み込まんと赤い舌を覗かせる。 「バファイ!」 しかし――それも虚しく宙で四散した。今度はティナの生み出した、炎回避の防御壁によって。 『貴様らッ!許さん!許さんぞぉォォーーーーーーッ!!!』 自分の計画が露と消え、もはや彼は逆上した狂戦士と化してしまっていた。膝下まである長い腕と血の色に染まった鋭い爪をむちゃくちゃに振り回し、突進してきた。 「きゃっ!」 この世のものとは思えないおぞましい形相に、セーラが小さな悲鳴を上げる。が、その前に立ち塞がった二つの影が、その塊を遮った。 「女の子にゃ、そんなにしつこくするもんじゃないぜ!」 「てめーはとっくに負けてるんだよ!」 めりりっ! ジタンとバッツ、二人が放ったカウンターのWパンチが、アストスの顔面にめり込み吹っ飛ばすまでは、ほんの一瞬の出来事だった。 ぶっ飛んだアストスの肉体は長年自ら温め続けてきた玉座に激突、破壊し、そのまま後ろの壁にめり込む。 そこへすかさず剣を構えたクラウドが走り、切っ先をアストスの心臓に突き立てた。 直後――断末魔の絶叫が城中に響き渡ったのは言うまでもない。 それはまるで、この城に渦巻く彼に殺された人間の怨念を全部吹き飛ばしてしまうかのような絶叫だった。 どす黒い緑色の体液を撒き散らしながら、やがて彼の肉体はぼろぼろと崩れ落ちていった。 アストスが完全に滅びた後、残った肉片のかけらから何かが転がり出て、ジタンの靴先にコツンと当たる。 「…ん?何だ、これ?」 ジタンがつまみ上げたものは、紅い小さな玉。壁に空いた穴から外の光に翳してみると、それは何か生き物のように、規則正しい鼓動を刻んでいた。 「それ、きっと『水晶の瞳』ですよ!ほら、アレックスさんが言ってた、魔女・マトーヤから盗まれたって…」 ジタンの手元を覗き込み、セーラは歓喜の声を上げた。 北の空はどんよりと曇っていた。まるでこの先の洞窟に住む者の心を、そのまま表しているかのように。 洞窟に一歩踏み込むと、紫色の鍾乳洞とたくさんのコウモリが彼らを出迎えた。奥へ行けば行くほど、不気味さと肌寒さが増してゆく。 視界の利きにくい薄闇の中、バッツ、クラウド、ジタン、ティナ、それにセーラ王女は一列になっておそるおそる進んだ。 「…おっかねぇな。魔女ってのはこんな悪趣味な場所に住んでるのか?早く帰りたいぜ。…ったく!」 ジタンは終始ぼやいている。 「立ったら引き返してもいいんだぞ。ただし、一人でな」 それを後ろからさらりと突っぱねるクラウド。ジタンは一瞬ムッとしたが、この闇では表情も何も分かったものではない。 それからしばらく無言で進み、行き止まりらしき場所まで来た時。 ざざっ! 物陰から飛び出した気配に、全員がハッと緊張する。ティナは用心しつつファイアを最小限の力でキープしつつ、掌に灯した。 そのままゆっくりと飛び出してきた“モノ”に近付ける。 『らりらりらった〜♪ふっしぎなじゅっもん! さーぁさ、みんなでとっなえよう〜♪ とーたすんたぼーび〜!さんはい!』 ざかざかざっざっつ!ざかざかざ…。 『……』 炎の揺らめきにぼんやりと照らしでされた“モノ”を見て、五人は我が目を疑った。 「――ほ、ほうき?」 ティナの呟きどおり、それはどこからどう見てもただの竹ぼうきだった。ただし、妙な歌を歌いながら、自分で勝手に動いて掃き掃除をしているところを除けば…であるが。 『らったった〜♪まとーやさまにおきゃくさま〜!』 五人が呆然としていると、陽気なホーキはざかざか掃除を続けながら奥に引っ込んでいった。 「…もしかして、案内してくれているのかしら?」セーラがぼそっと呟いた。 ホーキに導かれ、五人が足を踏み入れた場所は今までの通路よりは幾分か明るかった。しかし、その部屋の異様さは随分とエスカレートしているようである。 まず、部屋全体を包み込む怪しげな臭いと紫の煙。青白い炎の灯った燭台。部屋の四隅には山と詰まれたシャレコウベ。奥の壁の棚に並ぶ、異様な色の薬ビンと分厚い魔道書の数々…。 そして部屋のど真ん中に、どでんと据え置かれたとんでもなくでかい瓶(かめ)。中で何が煮えたぎっているのかなど、考えたくもない。 「誰だいっ!無断でマイホームに踏み込んでくる輩は!」 五人が言葉を失って立っていると、なんとその瓶からしわがれ声が聞こえてきた…と思いきや、声の主は瓶の影からぬうっと現れた老婆だった。 「あ、あなたがマトーヤさん?」しばらくして、セーラが言った。 「そうさね。何か用かい?…もっとも今のあたしに用があっても、悪いが期待には添えないね! むしろ助けて欲しいのはこっちの方さね!あの腐れエルフのせいで、こっちはまったくえらい目に遭っちまったんだからさ!」 マトーヤはどうやらいたく腹を立てている様子だった。歩きかけては足元の骸骨につまづいて転んでいる。 「あイタタタ!またやっちまったよ!水晶の瞳…まったく水晶の瞳がないと何も見えないよ!」 イライラと歩いては転び、また歩いては転んでいる。 「あ…あの…」 「なんだい?まだいたのかい?見ての通りのていたらくさ!さぁさぁ、とっとと帰っておくれ!」 「水晶の瞳…って、これですよね?」 セーラの声に、あっち行けという身振りをしていたマトーヤの手が、はたと止まる。 「まさか、お前さんたち…」 驚愕するマトーヤのしわくちゃの手に、セーラは優しく水晶の瞳を握らせた。 「おお…!これはまさしく!!!」 マトーヤは震える手でそれをつまみ上げると、おもむろに自分の額にぐりっと埋め込んだ。 「うえっ…」ジタンが声を上げた直後。 ぼわぁぁぁん!!! 虹色の煙がその場にいた者すべてを巻き込んだ。ジタンはセーラとティナを後ろ手にかばって身構える。 五人が固唾を飲んで見守る中、煙は徐々に薄らぎ始め――そして。 「ひゃっほー!や〜っと元に戻れたねぇ!やっぱりあたしはこうでなくっちゃ!」 『?!』 すっかり晴れた煙の向こうに、すらりと立った細い影。それはどう見ても先ほどの腰の曲がった老婆ではなく。 「やあ、あんたたち!水晶の瞳を取り戻してくれて感謝するよ!あれはあたしの魔力の源だからね。あれがないと、あたしはこの姿を保っておくことができないんだよ」 「マ、マトーヤさん…ですか?」 セーラが、間の抜けた問い掛けをするのも無理はない。 彼らの目の前で小躍りしているのは、老婆マトーヤとは全く別人の若い女性。しかもその服装たるや、身体のラインを惜しげもなく強調するボディコンシャスに、下は大胆な前スリットの入ったロングドレス。 肩から下がったマントの下からでも、その超ナイスバディは隠れない。 魔女の象徴・三角帽子から、見事な質感のプラチナブロンドが溢れている。それは、さっきまでの貧相な白髪頭を微塵も感じさせない艶やかな光沢を持っていた。 「あったり前だよ!これが魔力全開の、あたし本来の姿さね!あのダークエルフにだってこのままだったら負けやしなかったんだけど、この水晶の瞳は時々外して洗ってやらなきゃならない。 細心の注意を払ってたつもりだったんだが、隙を突かれちまったよ!まったく、忌々しい話さ!」 若くなったマトーヤの話し振りに、誰も言葉を返せなかった。 「…ん?どうした、ジタン」 みんなが呆気に取られている中、バッツは隣のジタンの身体が、小刻みに震えていることに気付く。呼びかけてみたが、彼は答えない。 「おいっ!」 ただならぬその様子に異変を感じ取り、慌てて彼の肩をつかむと激しく揺さぶった……その瞬間。 「マトーヤ様〜!!!オレ、貴女に一生ついて行きま〜すっ!!!」 びょん! 竜騎士並のジャンプ力でバッツを飛び越え、ジタンは一直線にマトーヤの豊かな胸元を目指す。 がこっ! …が、くしくもその寸前で、シャレコウベとあっつ〜い口付けを交わすこととなってしまった。 「悪いけど、年下のボーヤはノー・サンキューさ!もうちょっと成熟して出直してきな!」 ぐりぐりぐり…。 マトーヤは快活に笑いながら、見事撃沈したジタンの後ろ頭に、トドメとばかりの新たなシャレコウベを押し付ける。 「あ〜っ!愛の深さを感じます〜!マトーヤ姐さんッ!!!」 それでもジタンはしぶとく彼女の足に抱きついていた。 がすっ! 「そうそう、こんなことやってる場合じゃないよ!あんたら、コレが要りようなんだろ?」 マトーヤはゾンビのようにずりずりと這い上がろうとしていたジタンの脳天にホーキの柄をぶっ刺し黙らせると、セーラに小ビンを投げて寄越した。 「…これは?」 反射的に受け止めながらセーラが訊くと、マトーヤはにやっと妖艶な笑みを浮かべて言った。 「強力な目覚まし粉さ!そいつをエルフの王子の鼻先に振りかけてやんな。呪いは解けるはずだよ!」 「どうしてそれを?!」 「こいつに覗けない過去はない。千里眼だからね」 マトーヤは額の水晶の瞳を指差して言い、くるりと背を向けた。 「さ、用が終わったらさっさと出て行くんだね。これからあたしはいろいろと忙しくなるんだからさ!」 「マトーヤさん…。ひとつ、訊いてもいいですか?」 その背中に問い掛けたのは、意外にもティナである。 バッツとクラウドは『?』という顔で彼女を見た。 「その水晶の瞳で…世界の“未来”は分かりますか?」 まったく予期しない質問だった。皆の視線が彼女に集まる。ティナは、真っ直ぐにマトーヤの背中を見つめていた。 「――未来、ね」 一瞬だけ間を置いて、マトーヤは彼女に背を向けたまま、穏やかな口調で語り出す。 「未来ってヤツはね、一人一人が一瞬ごとに決断する結果がまとまって出来てくもんだよ。 決まった形なんてない。限りなく頼りなくて不安定だけどね、そいつを良くするのもめったくちゃにするのも、あんたら光の戦士しだいさね。…まぁ、しっかりやんな!少しくらいは応援してやるよ!」 「マトーヤさん…ありがとうございます!」 ティナは少し驚いて、それからにっこり微笑んで、マトーヤの背中にぺこっと頭を下げた。 「さっさと行きな!それから、このボーヤも一緒に持っていくんだね!」 マトーヤの足元にはまだぴくぴく痙攣したままのジタンがひっくり返っていた。クラウドはそんな彼に一瞥をくれると、冷淡な口調で言い返す。 「そいつはあんたの好きにしていいぞ。新薬の実験台にしようが、魔法の威力を試そうが…な」 「あはは!遠慮しとくよ!」 部屋一杯に響き渡るマトーヤの笑い声を背に受け、バッツたちは彼女の洞窟を後にした。 平和を愛するエルフの城は、色とりどりの薔薇に包まれた美しい外壁をしていた。壁に掛かった絵画も大理石で出来た彫刻も、全てが戦争やいさかいとは程遠いイメージを持ったモチーフで構成されていた。 しかし、そのどれもが虚ろって見えるのは、それを愛でる城の主がいなくなったせいかもしれない。 そんな中、五人がマトーヤからもらった薬を手に帰還すると、アレックスは大手を振って出迎え、彼らを王子の眠る部屋へと案内した。 城の一番奥まった部屋で、女性のように美しい顔のエルフが安らかな寝息を立てていた。 「あ〜あ、もったいない…」 その蒼白い顔を覗き込みながら、ジタンが絶望的な溜め息を吐く。 「何がですか?」と尋ねるセーラへ、 「いや、この顔で男ってのはな〜…と思って。せめて眠れる森の美女なら、薬なんて使わなくてもオレの熱〜い口付けで…」 「えっと、この粉をふりかけるんだったよな?」 そんな彼をバッツはあからさまに無視し、ビンの栓を抜き取ると、王子の鼻先に持っていった。 ぱらぱらぱら…。 ビンを傾けると、ベージュ色の粉末が降り注ぐ。 「…と、このくらいか?」 バッツはそう言っていったん手を休めたが、王子の身体はぴくりともしなかった。 「ケチケチすんなよ。こーゆーのは、もっとたくさん掛けねぇと!」 不安げなアレックスの前でジタンはバッツから素早くビンをひったくると、彼らが止める間も与えず、中身を全部王子の顔にぶちまけた。 「ぎゃー!おおお、王子〜っ?!」 ベージュ色の粉に埋め尽くされた主を前に、真っ青になるアレックス。 「阿呆!物事には限度ってモノがあるだろうッ!!!」 クラウドがジタンの襟首をつかみ、怒鳴った時だった。 「――は、は、はっ…ふわぁ〜くしょんっ!!!」 一瞬にして、辺りはベージュの幕に埋め尽くされる。 「はっくしょ!はっ…?!あ、あれ?ここは?私は一体、今まで何をしていたのでしょう?」 「はっくしょ!はっくしょん!…お、王子?アルス王子!お気づきになられたのですか?!」 「…っくし!おお、ア、アレク…アレクか!何か、私は…悪い夢を見ていたような……ふえっくしょい!」 アルス王子とアレックス、その時二人の目に溢れた涙が、果たして一年ぶりの感動の対面によるものなのかどうかは…部屋一杯に広がったベージュ色の粉末の中で悶絶する誰にも、定かではなかった。 「へっくしょ!お、おい…バッツ!これってまさか…っくしょ!」 「あのっ…くしゅ!くしょん!こ、コショ…!」 「げほげほっ!ンなアホな…っくしょい!…ってバカヤロ〜いっ!」 「…ままま、結果オーライってことで…ひ、ひ、ひ〜っくしょぉん!!!」 「あ〜…まだ鼻がムズムズする」 「誰のせいだよ、まったく」 ところ変わって海の上。やっとあの大惨事も収まって、事情を知ったエルフの王子は快く神秘の鍵を貸してくれた。 ジタンとバッツ、それにセーラ王女は船の最後尾の甲板で、くしゃみの余韻を冷まそうと潮風に当たっていた。あとの二人は疲れたから休むといって船室にこもっている。 「…でも、この鍵を使って扉の封印を解いたら、わたくしの役目は終わりなのですね」 セーラは二人のやり取りを笑って眺めていたが、不意に寂しそうな呟きを洩らして俯いた。 彼女の視線は手の上の鍵にじっと注がれている。 「セーラ…王女?」 「いっそ鍵がこの広い海の底深く沈んでしまえば…」 「おい!王女様?!」 ジタンとバッツ、慌てて彼女の手をつかみ掛け、はっと気付く。 彼女は、笑っていた。極めて、明るく。そして、逆にジタンの手を取り、ぎゅっと鍵を握らせる。 「…なーんてね。冗談よ、冗談!」 唖然とする二人にウィンクを投げて寄越し、それからふと、穏やかな海面に目を落として呟いた。 「わたくしは毎日、退屈でした。ある日、気付いたら…王女としての毎日がとても苦痛に思えたんです。 そんな時でした。ガーランド将軍が父に反旗を翻してわたくしをさらったのは」 ジタンとバッツは掛ける言葉も見付からず、ただ黙って彼女の話を聞いていた。 「――甲冑を纏ったガーランドがわたくしをさらいに来た時は怖かったけど…正直ちょっと、ドキドキした。 退屈な毎日に刺激を求めていたの。わたく…ううん、あたし!」 顔を上げ、セーラはにっと悪戯っぽく微笑んだ。 「そして、あなたたちはあたしを助けに来てくれた。ずっと…憧れてたのよ。もし預言どおり本当に光の戦士が現れたら、あたしはきっと、その人たちと一緒に旅がしたい! そのために、父には内緒で白魔法の勉強もした。ガーランドだって、本当は悪い人じゃなかったの…。 小さい頃は兄弟みたいに一緒に遊んだりもした。あたしは、ガーランドが好きだった。 でも、“王女”のあたしと、お城を守る立場の“騎士”である彼とは、どうしても同じ立場でお話したり一緒にいられないんだって分かって――寂しかったなァ。心にぽっかり穴が開いたみたいだった…」 ざざ…ん…。 海は相変わらず穏やかで、波の囁きは、セーラ王女の告白を全て受け止めてくれそうに思えた。 「…少しの間だったけど、あなたたちと一緒に旅して悪いやつと戦って、あたし、とっても楽しかったわ! このままずっとこの旅が続けられたらいいと思う。だけど、あたしは王女だから…コーネリアへ帰らなきゃ。みんなが待ってるもん、ね!」 セーラはいつの間にか溢れていた涙を強く拭い去り、二人に向かって極上の笑みを浮かべる。 「つまらないこと言って、ゴメンなさい!それから…この世界のこと、よろしくお願いしますね」 「セーラ王女…いや、セーラ。オレもキミと一緒にいろんなトコ行って、船に乗って、アストスと戦って…楽しかったぜ!」 「そうだよな。あなたがあの時“デス”を防いでくれなかったら、俺たち今頃、ここにいなかったかもしれない」 いろいろ言いたいことはあった。けれどもジタンとバッツの口からは、それだけの言葉しか出てこなかった。 「うん!ありがとう! セーラは嬉しそうに微笑んで一礼すると、くるりと身を翻して船室に消えた。 「――オレ、さ」 セーラの後ろ姿が見えなくなると、ジタンは誰にともなく呟いた。 「…同じプレッシャーを抱えて苦しんでる王女、知ってるんだよな」 ざざー……。 黙って波の音を聞いていたバッツは手すりに背を預けたまま、宙を仰いで苦笑する。 「……あぁ。俺もだよ」 to be continued |
紫阿 2004年05月15日(土) 21時53分36秒 公開 ■この作品の著作権は紫阿さんにあります。無断転載は禁止です。 その3を見る/FF DATA MUSIUM TOPに戻る |
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この作品に寄せられた感想です。 | ||||
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おおっ、ついに第二弾ッスー!!ベージュ色の粉末のところは、かなり笑ったッスー。細かい描写がやはり、FFファンの心をくすぐるッスよ。 | 50点 | うらら | ■2004-05-12 16:07:04 | 210.198.101.229 |
合計 | 50点 |