その後のデメトリオ2 前編 | |
作者:
シウス
2009年08月23日(日) 22時07分15秒公開
ID:aHRW0JRkfp6
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そう言って、ブルーベリーを水色に染め上げたような、拳大の果物を掲げてみせる。 この大陸で、野生の果物といえばブルーベリーとアクアベリー、ブラックベリーの3種類が代表的である。 その他の果物もあるにはあるのだが、基本的に人の管理してない果物というのは虫に、時には鳥に食べられてしまう。どのような理由か、ブルーベリー等の3種類は、虫や鳥に嫌われている傾向があるのだ。 ユリウスはアクアベリーを一つ取り、おもむろにかぶりついた。 ひんやりと冷えた果実からは、強い甘味と僅かな酸味が口いっぱいに広がってきた。 その味を堪能しながら、ぼんやりと呟く。 「ま……平和ならいっか」 昼食も終わり、再び馬車は動き出した。 数十分に一度は休憩する。馬だって疲れるからだ。 フィエナは馬車の後部から足を投げ出し、流れていく風景を見つめ、風に髪をなびかせていた。 「お姉ちゃん、なんか絵になってるぅ」 シャルが見たままの乾燥を述べる。 「ふふ。ありがと」 「えへへ……」 再び流れ行く風景に目を向ける。無意識のうちに、口が動いていた。 「久しぶりなの。風を感じるのも、たくさんの人と過ごすのも……」 幼い少女は首をかしげた。 「どうして?」 「ずっと閉じ込められてたから」 「牢屋に? それともお屋敷の部屋に?」 外見の幼さとは裏腹に、それなりに世間の常識というものを知っているらしい。彼女の口から『屋敷』という単語が出た時点で、自分が貴族だったことすらバレてるかもしれない。 フィエナは続けて言った。 「深い谷底よ。嵐の時に滑り落ちて、そのまま出られなくなっちゃった―――だいたい3年ほど」 少女の瞳に驚きの色が浮かんだ。 「……どうやって出られたの?」 「後から落ちてきた二人のお友達がいるの。その内の一人が、あたしともう一人の友達を上まで運んでくれたわ」 「あそこで昼寝してるお兄ちゃん?」 ユリウスを指す。フィエナは頷いた。 「そ。あのお兄ちゃんよ」 「もう一人は―――谷の上まで運んでくれたのは―――あの笛の竜なの? あのお兄ちゃんの相棒だった……」 フィエナは驚きに目を見開いた。 「………知ってたの?」 「うん。今朝話してて教えてもらったの。私と同じ、カルサア出身なんだ」 「そう……」 「ねぇ、何で竜は死んだの?」 曇りの無い目で見つめられ、フィエナは何となく話してみたくなった。 「谷底を出る数日前にね、あたしと彼とで、偶然見つけたの。怪我をして動けなくなってる、彼の相棒をね。必死になって治療して治りかけたころ、『卑汚の風』が吹いた。運悪く、空をアカスジガの群れが飛んでた。雨のようにアカスジガが降ってきて、片っ端から魔物化した。―――結局、戦いながら飛んだんだけど、地上に出たところで力尽きたの。あの笛は、そのときに作ったの」 言いながら、今でも後悔が込み上げてくるのを感じた。 ユリウスとフィエナを乗せた竜―――ゼノンは、最後の最後で巨大ジャイアントモスの酸の弾丸を、その身に受けてしまったのだ。強烈な酸の弾丸は、強靭な竜の甲殻と鱗、そして筋肉をも貫き、内蔵をいくつか貫くまでに至ったのだ。 あの時、あのジャイアントモスが最後の抵抗などしなければ、最後に少しでも油断しなければ。―――そんな思いが、今でも頭を過ぎるのだ。 シャルは目を伏せ、消えそうな声で言った。 「分かるよ。友達が死んじゃった気持ち………」 「え?」 「戦争が起きる前、何度か家の用事でアリアス村に行く事があったの。そこに住んでた友達―――アップルっていうんだけどね。戦争が終わって、引っ越そうってお父さんとお母さんが、ピートのお家のお父さんやお母さんと話し合って、それでこないだ、ようやくアリアス村に着いて―――」 続きが何なのか、フィエナには手に取るように分かった。 「―――そのアップルちゃんは、どうして死んだの?」 少女は搾り出すような声で言った。 「…………栄養失調のところに、流行り病が重なったって」 「――――そう」 「酷い話だよね……アーリグリフもシーハーツも友達同士なのに、戦争するなんて。誰かが影で泣いてるのにね……」 その言葉に、チクりと胸が痛むのを、フィエナは感じた。たとえ自分が直接関わって無くても、戦争は国を辟易(へきえき)させる。戦争が長引くほどに、餓死者は増大する。 フィエナはそっと、シャルを横から抱きかかえた。 「毎日、そのアップルちゃんのためにお祈りしてあげよ? それがあたし達にできる、精一杯のことだから……」 「うん……あ」 「どうしたの? ―――ッ!!?」 背筋にゾワッという寒気が走り、フィエナは叫んだ。 「ユリーっ!!」 「ああ、俺も気付いた」 直後、グラハムの絶叫のような声が、3台の馬車の動きを止めた。 「魔物が出たぞぉ!!」 馬車よりも遥か数十メートル先に、3体の異形がたむろしていた。 太い割には短いヘビの下半身。そして上半身は―――人に近い姿だった。全長は2〜3メートルはあるだろう。 「……あれが代弁者とか断罪者ってヤツか?」 ユリウスが問うと、アストールは首を横に振った。 「違う。あれはメデューサだ。魔物の中じゃ、中の下だ」 強烈な施力を感じた。こないだのジャイアントモスと同種の禍々しい質であり―――ジャイアントモスの数倍もの高密度な施力の塊。 今度はヴァンが口を開いた。 「ヤツらは無理に倒さなくてもいい。注意を引き付け、馬車が無事に街道を通過できればいいんだ。なぁ、ユリウスさんよ。すっっっげぇ悪いとは思うんだが、手伝ってくれないか?」 「―――やっぱ新入りの護衛兵士にやらせるわけにはいかないんだな?」 「ああ、そうさ。あいつらの事だ。ここいらで俺とアストールの正体をバラした上で、今回は『見習い』をしてもらう。ぶっつけ本番でやらせて、パニックなんて起こされたら堪らないからな」 そう呟いて、すでに集まってる兵士たちに声を張り上げる。 「あー、諸君! 実は俺たちは身分を隠していたが、本名はアストールとヴァン。お前らより遥かに先輩の上等兵だ」 おお―――というどよめきが起こるのを無視し、ヴァンは続けた。 「魔物は危険だ! 今回はお前らに『見習い』をしてもらう! とりあえず手本は俺とアストールと、この―――今は退職した人だが、元上等兵のユリウスさんで行う! よぉーく見とけ!! よく見ながらも、少しでも早く馬車が通過できるように、きっちりと馬車を押すように! 以上!!」 兵士たちが3台ある馬車へと散っていく。シャルとピートは馬車の中へ入り、御者は初老のグラハムと、まだ慣れてはないがシャルとピートのそれぞれの母親が手綱を握った。他の大人は全員、馬車を押すのである。 アストールがユリウスに謝る。 「すまねぇな。危険なことに巻き込んで――――正直、今まで出くわすときは1匹ずつだったんだ。絶対個数が少ないからだとは思ってたんだが、まさか3匹同時とはな……」 「構うかよ。それよか戦わなくて済むなら、それだけで大分気が楽だぜ」 「………一応は言っておく。奴らは一定以上距離が開くと、元のテリトリーに戻るんだ。距離はだいたい10メートル以上離さないでほしい。それでいて結構早いぞ、あいつら」 「それだけの情報があれば充分さ!!」 三人揃って走り出した。 「ファイアボルト!」 ユリウスは『ひねり』―――施術の裏技―――を使い、威力を低く、それでいて大きさと光量を強烈に高く設定し、3匹のメデューサの合間を縫うように放った。 案の定、魔物たちはインパクトの強すぎる火球に気を取られて振り向き、その隙にアストールとヴァンが本命の技を放つ。 「黒鷹旋(こくようせん)!!」 「白鷹旋(はくようせん)!!」 六師団必殺技の、施術のエネルギー体でできた巨大ブーメランが、ひとつは闇属性を、もうひとつは光属性を秘めながら、その高速回転に3匹の異形を絡め取った。大抵の物体であれば瞬間的に切断する能力を持っているが、もし斬れない物があったとしても、その回転が止まることはない。エネルギー体なので、気体のような性質を持っているのだ。 三人は更に距離を詰めながら、次なる攻撃を放つ。 「凍牙(こうが)!!」 「雷煌破(らいこうは)!!」 三本の氷のクナイが的確にメデューサの首に叩き込まれ(刺さってないのが口惜しい)、雷弾がそれぞれの頭部を捕らえる。 この頃にはユリウスの施術剣の準備が終わっていた。小さく『ファイアボルト』を口にし、それを手の中の剣へと吸い込ませる。すぐに刀身が赤く輝いた。 「ソードボンバー!!」 今ひとつネーミングセンスの無い発声と共に、7発の巨大な火の玉が、ランダムに魔物達を捕らえた。 「ユリウスさんよぉっ!! とりあえずコイツらを遠くに引き離してくれ! そんでもって、ある程度離したら俺たちのところに突っ込ませてくれ! ちょいとデカい施術で、大規模に氷漬けにしてやる!!」 「りょーかい!!」 ヴァンと短く言葉を交わし、ヴァンとアストールは左右へと走り、ユリウスだけがメデューサたちのド真中を走り抜けながら、ついでとばかりに斬りつける。 魔物たちはいきなり喰らった攻撃に混乱していたが、目の前をユリウスが走り去るのをポカンと見送り、すぐさま奇声を上げ、追いかけ始めた。 全力で走りながら、ユリウスはちらっと後ろを振り向く。下半身をヘビのようにうねらせ、走るのに自信のあったユリウスに匹敵するくらいの速さで追いかけてくるのが分かった。 「って、まじで速えぇっ!?」 一瞬、戦ったほうが楽かと考え、すぐさま却下する。正直、この魔物は1対1で戦ったらギリギリ勝てなくもない。ただしギリギリだ。ついでに言うなら、ゼノンの時と同じで、ちょっとの油断が死を招くだろうとも予想できる。 走りながら酸素が不足してくるのを感じつつ、無理やりにでも精神を集中させた。 「あ……アース…ぐぐ、グレイブっ!!」 背後の3匹を貫く―――は前を向いたままでは不可能なので、自分のすぐ背後に展開させる。 案の定、突然現れた石柱に、メデューサ達は正面衝突し、短時間だが動きを止めた。―――不気味なことだが、様子を見ている限り、彼らは『痛み』を感じているようには見えなかった。 衝撃から立ち直り、すぐにまた追いかけてきたが、その頃にはユリウスとの距離が再び開いていた。 「おーい! こっちだ―――ッ!!」 遠くでヴァンとアストールが手を振っていた。ユリウスはそちらに針路変更し、 「連れてきたぞおおぉ―――ッ!!!」 ユリウスは二人の間を走り抜けた。同時に戦線交代。3匹が突っ込んでくると瞬間に、ヴァンとアストールは、『ひねり』で規模と威力を大幅に上昇させた、ある呪文を同時に唱えた。 「「ディープフリーズ!!」」 瞬間、アストールの呪文が先に展開した。地面から上の1.5メートルまでがメデューサごと凍りつき、直後にヴァンの呪文で3メートルの高さまでが凍結した。メデューサは完全に氷漬け状態である。 「やったか……?」 ディープフリーズを初めて見るユリウスが問いかける。するとヴァンが答えた。 「いや、まだだ。ヤツら魔物は、死ぬ瞬間に全身が消滅する。ディープフリーズは氷が消滅するまでの間、高威力のダメージが持続する術だが、それが消滅するまでに、馬車がヤツらのテリトリーを脱出するのは無さそうだ。……なるべく長く持続するようにはしたんだがな」 その時、氷の中でメデューサの1匹が、全身から黒い霧を噴出して消滅した。続いてもう1匹も。 ユリウスとアストール、ヴァンの声が、見事なまでにハモった。 「「「倒せたよ、おい!!!」」」 自分たちでも予想外だった。魔物たちに反撃のチャンスを与えなかったとはいえ、あっけなく倒せた。 アストールが呆然としながら呟く。 「う……嘘だろ? こいつらの防御力はその程度なのか?」 とは言うものの、相手が人間であれば、初撃だけでも10回は殺せるくらいのダメージを与えている。 と、その時。 ―――パシィ。 硬いものにヒビがあ入る音がして、三人は一瞬で大きく引き下がった。氷の中には、まだ1匹だけ残っているのだ。飛びのくと同時に、次なる施術の詠唱に入る。 が、メデューサは、次の瞬間には予想外の行動に出た。 三人に背中を向け、猛スピードで駆け出したのだ。―――馬車へ向かって。 「しまっ……!?」 「くそっ!!」 「フィ――――――ッ!!!」 ユリウスの呼びかけに、最後列の馬車を押す大人たちの中で、フィエナだけが振り返った。慌てて施術の詠唱に入るものの、間に合いそうにない。 「黒鷹旋(こくようせん)!!」 ⇒To Be Continued... |
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