その後のデメトリオ2 前編
作者: シウス   2009年08月23日(日) 22時07分15秒公開   ID:aHRW0JRkfp6
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「白鷹旋(はくようせん)!!」
 先ほどの大技がメデューサを絡め取り、僅かにその前進が遅れるものの、まだ間に合わない。
 ユリウスは咄嗟に空破斬を出そうと、体内で気を練り上げる。気功術は詠唱が無いぶん、発動が恐ろしく早く、威力も高い。だが空破斬ごときで魔物の足を止められるものか―――と、そこまで考えて、体内をめぐる気の流れに違和感を覚えた。
 メデューサの前進が急に遅くなる。よく見ると遅くなったのではなく、自分の知覚時間が速まったのだと知った。
 そして体内の違和感―――練り上げる気の量が、ハンパなく多くなっている。同時に気のめぐり方がおかしい。気を血流に例えるなら、まるで血管の位置を全て組み替えたかのような錯覚。
 不意に思い出した。竜笛の音色―――楽器としてではなく、竜の咆哮(ほうこう)を。その呼吸法を―――。
「う…お……」
 その唸り声が、自然と口から漏れ出し、やがて絶叫となった。
「うおおおおおおおおおぉぉぉあああああッ!!!!」
 彼は剣を投げ出し、両腕を前へと突き出した。その掌から膨大な気塊が発射され、徐々に翼を広げた竜の形へと変貌する。
 アストールとヴァンが、唖然とした顔で、その光景を眺める中、その気竜は上昇し、弾丸のような速さで真上からメデューサに向かって激突した。地面が陥没し、魔物の身体が数秒間の痙攣(けいれん)を余儀なくされる。
 そして魔物が上体を起き上がらせると、そこには右腕と左腕に雷をまとった女が、両腕を真っ直ぐにメデューサへと向けていた。そして気合の声と共に叫ぶ。
「ライトニング・ブラストっ!!」
 『ひねり』で限界まで強力化した術を右手と左手からそれぞれ1発ずつ、合わせて2発同時発射する、フィエナ個人の必殺技である。
 空が暗くなる錯覚を覚えるほどの極光を全身に受け、魔物は声もなく、全身から黒い霧を噴出して絶命した。
 
 
 
 歓声が上がった。戦闘に参加してない者全員からだ。
 戦闘に参加していた本人たちは、もはや疲労で口も訊けない状態だった。比較的、アストールとヴァンがマシな状態である。ユリウスは『大の字』になって荒い呼吸を繰り返し、フィエナも急に強烈な施術を唱えたため、片膝をついて息を荒げていた。
 戦闘に参加してない一般兵が、フィエナの背中に問い掛けた。
「あ、あんた凄いな! やっぱユリウスさんの奥さんだけあって、あんたも上等兵の出身か!?」
 その兵士に、隣にいた別の兵士が睨みをきかせる。
「おい、言葉に気をつけろ。もしそうだった場合、失礼だろう」
「あ、ああ。そうだったな……えっと、あなたも上等兵なんですか? 施術師ですよね? あんなに凄い施術使ってましたし……」
 フィエナは呼吸を整え、何とか返した。
「……ええ、一応ね。私も彼も、戦争が終わってすぐに軍を辞めたの。もうこれでもかってくらい人を殺すのが戦争でしょ? ちょっと疲れちゃって……。今は夫と一緒に各地の教会を巡礼したりして、たくさん命を奪ってきた罪を償おうって思ってるわ」
 適当に嘘を言って、視線をユリウスの方に向けると、彼は未だに倒れたま息を荒げていた。
 兵士たちは興奮が収まる様子も無く続けた。
「いやぁ、でも強い女って憧れるっすよねー!」
「……お前、こないだ『かよわい女って、なんか惚れ惚れするー』って言ってなかったか?」
「言ってないさ」
「こいつ即答しやがった!!」
「ねぇねぇ。フィエナさんって、どこの部隊に居たんっすか?」
「やめとけ。俺たち一般兵が、六師団(これを上等兵とも言う)のこと訊いても、昇格するまで内容が理解できないだろ? ってか、一生昇格できそうにないし」
「先輩、いくら上級兵への昇格が難しくても、可能性くらいならあるっしょ?」
「俺はフィエナさんみたいな強ぇ女、振り向かせるくらいの男になるぞーっ!!」
「それこそ絶対に無ぇ……」
「とにかく! フィエナさんって、どこの部隊だったの?」
「今度、六師団に入った先輩にでも訊きに行ってみようかな?」
 ―――最後の奴の言葉だけは、聞き逃せなかった。
「あー、その……あれよ。あたしくらいの人材ってね、やめたくても、やめさせてもらえないの。ちょうど戦争が終わったから良かったけど、今は魔物騒ぎの真っ最中でしょ? 下手したらまた軍のラブコールがかかるの。だからお願い。ここで私に会ったことは、誰にも言わないで……。あと、彼(ユリウスに視線を向けて)に会ったことも言わないで……」
 そう言うと、兵士たちは互いに顔を見合わせ、そして頷いた。
 胸中でホッと胸を撫で下ろしてると、フィエナの足元に小さな影が飛びついてきた。
 シャルだった。
「あ、シャルちゃん……」
 フィエナの足にくっつき、顔を押し当てていた。その肩が微妙に震えてるのを見て、何となく悟った。
「大丈夫よ、シャルちゃん。お姉ちゃんね、ちょっと疲れただけだから」
「……ひっぐ…ひっ……だって……だって……! 馬車から外見たら……お姉ちゃん、苦しそうにしてたんだもんっ……!!」
 何となく自分の胸が温かいもので満たされていくのを感じながら、フィエナは少女の背中をそっと抱きしめた。
 
 
 
 そこから少し離れた地面の上で、ようやく息が整ったのか、ユリウスは上体を起こした。
「あんた―――さっきの気功術は何なんだ?」
 アストールが興味津々といった様子で訊いてきた。
 気功術は習得者こそ施術師より少ないものの、国家に関係なく、修行次第で誰でも扱える強力な戦闘技術だ。大抵は体内にめぐらすことで、瞬間的に凄まじい身体能力を得るものだ。それより上になると、気の塊を小さく固体状になるまで圧縮して投げる『気功掌』や、逆に大きな圧縮気体の集まりの状態で投げつける『招霊破』、剣の刃に集中させて放つ『空破斬』などになる。
 ユリウスは、自分がそれらの更に上なる気功術の使い手に、今この瞬間になったことを確信し、言った。
「……最近吹いてた竜笛、あれはつい最近に死んだ相棒の喉骨で作ったんだ。それまで一緒に居たときから、俺はあいつの呼吸を知ってたと思ってたんだ。………でも全てを知ってたわけじゃなかったんだ。あの笛で竜の鳴き声を真似たとき、確信したんだよ。『ああ、これがあいつの呼吸の仕方なんだ』ってな。それを突然、フィーの危機を感じた瞬間に思い出したんだ」
 何となく納得しかけているアストールに対し、ヴァンの方はさっぱりだった。
「つまり何なんだ? 相棒の竜の呼吸を思い出して、それが何で竜の形の気が放てるんだよ?」
「それは分からない―――でも、あの瞬間。俺の頭の中で、あの形が浮かんだんだ」
 それきり沈黙してしまったところに、アストールは口を挟んだ。
「古い奥義書や、シランド城の図書室の一般兵以下は閲覧禁止の歴史書に、今みたいな気功術の大技が載っていた。……『竜の呼吸法』とか、ユリウスの言葉と一致する点からみて、たぶんそれは『吼竜破(こうりゅうは)』っていう大技だよ。―――伝説級の気功術だな」
 ヴァンが口笛を吹いて言った。
「へぇ。カッコイイじゃん」
 ユリウスは呆然と青空を見上げ、しみじみと呟いた。
「人間………やりゃあ出来るもんだな」
 アストールが軽い調子で問いかける。
「何なら更に極めてみるか? 皇竜奥義なんてものもあるんだが……」
「気が向いたらな……」
 青空を見上げながら、適当に答えながらも、何となく思う。
 どこまでも強くなれるかも―――と。
 
 
 
 
 
 
 それから数時間後。
「ねぇ、お姉ちゃん。起きてってばぁ」
 少女の声が聞こえると同時、身体が揺さぶられるのを感じ、フィエナは目を開いた。
 そして気付く。
 外のから差し込む光が、鮮やかなオレンジ色をしていることに。
「―――っ! あたし、いつのまに……!!」
 本当にいつの間にか、爆睡していたようだった。隣を見ると、自分と同じように毛布を掛けられたユリウスが寝ている。
 軽く揺さぶると、彼は呻き声を上げながら上体を起こした。
「あ、おはようさん」
「おそよう……だけど?」
「……んん? …………うおっ! 夕方っ!?」
 そしていま気付いた。馬車の走行中の振動が無い事に。止まっていたのだ。
 シャルが言う。
「お姉ちゃん達ね、みんなが『あの二人は活躍してたから、しばらくは楽をさしてあげよ』って言ってたの。だから夕ご飯はお手伝いしなくてもいいって。休んでて良いよって」
 そう言ってシャルは、二人の目の前にアクアベリーを2個置いて、馬車から出て行った。
 何気なくそのアクアベリーを手に取ると、かなり冷たかった。おそらく川に漬けたのだろう。一口かじると、冷たくも甘い果汁が染み出してきた。寝起きには丁度良く、目が冴えてくるのを感じた。
 ユリウスに問い掛ける。
「怪我……してないよね?」
「ああ、平気さ。……それよりもフィエナこそ平気か? 何か辛そうに息してたけど……」
 自分の事を棚の一番上に上げて、ユリウスが質問してくる。
 フィエナは苦笑し、
「ふふ、大丈夫よ。施術も運動と同じで、準備運動も無く放ったら目まいがするし、場合によっては立ちくらみだってするものなの」
「そうなのか?」
 ユリウスもそこそこの施術が使えるが、それでもフィエナに比べれば遥かに劣っている方だろう。だからこそ、施術に関してはまだまだ分からないことが多い―――と、ユリウスは思うことにした。
「―――分かってはいたけど、色んな人がいるのね」
「あん? どうしたんだよ急に」
 話題を突然変えられて戸惑うユリウスを意に介さず、フィエナは続けた。
「さっきのことなんだけど。あたしがライトニング・ブラストを放ったあとにね、護衛の一般兵の人たちが集まってきて、いろいろと訊かれたの。それで思いつきで答えた中で、『戦争で人を殺しすぎて疲れた』って言ったの。でもそれって……」
「―――嘘ではないな。フィーも。俺も」
 フィエナはユリウスにしなだれかかって、口を開いた。
「あたし達でも、幸せになれるのかな……?」
「……それは分からないな。でも、こんな俺たちを思ってくれる人もいる―――それくらいは分かるだろ?」
 フィエナはゆっくりと頷いた。
 自分を恨む人間より遥かに少ないが、自分が人殺しだと知っても、心を開いてくれる人はいる。
 穏やかだった父親と、厳格でありながらも優しさを持った母親。遠い親戚でありながらも幼馴染みだったネルと、その友達のクレア。自分のことを尊敬してくれる部下たち。行きつけだった武器屋の職人。会って間もないがアストールやヴァン。あのシャルという少女もそうだろう。彼女はアーリグリフ人であるにも関わらず、フィエナの為に涙を流してくれた。
 そして自分と同じ罪を抱え、それでも傍にいたいと言ってくれたユリウス。
 数えてみれば、自分のことを思ってくれる人が沢山いることに気づき、フィエナは無意識のうちに笑みを浮かべていた。
 アーリグリフとの戦争が始まった頃は、シーハーツの間で『かの友好国の民を殺さなければならないのか』と何度も囁かれた。たぶんアーリグリフでも同じ事が言われていただろう。
 今はまだ、アーリグリフとシーハーツの間にある溝は深い。
 でもいつかは、その溝は自然消滅するだろう。
 かつての上司で、『使えるものは何でも使う』が口癖だったラッセルなら、『この魔物騒ぎを利用し、両国間で力を合わせることにより、両国に強い絆(きずな)を芽生えさせる』とか言い出すかもしれない。
 フィエナの前に、手が差し出された。ユリウスの手だった。
「行こうぜ? メシの時間だ」
 まるで食事前の兵士のような喋り方だった。下積み時代、よくそういう会話をしたものだ。
 力強く彼の手を取り、フィエナは立ち上がった。
 外から声が聞こえてくる。
「へへー、いっただき!」
「あー! シャルが俺の肉とったぁ!!」
 馬車から顔を出すと、今日は焼肉をしていた。『積荷の中に生肉なんてあったかしら?』と思うが、そんな腐りやすい物があるわけがない。少し遠くを見渡すと、解体されて血まみれになった動物の骨が見えた。近くに大きな穴が掘られているから、あとでそこに捨てるのだろう。下手に血の匂いで肉食獣を呼ばないに越したことはない。
 フィエナは苦笑し、馬車から降りた。
 ユリウスにエスコートしてもらいながら。
 
 
 
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