その後のデメトリオ2 前編 | |
作者:
シウス
2009年08月23日(日) 22時07分15秒公開
ID:aHRW0JRkfp6
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すぐさまフィエナが目を潤ませて言い訳する。 「ご……ごめんなさい。まさか首の後ろからトカゲを服の中に入れただけで、あんな悲鳴を上げるなんて思ってなかったから……」 咄嗟についた嘘に、兵士たちはポカンとした表情になり、次第に爆笑してしまった。 そんな仲間たちを見つめ、ヴァンは感情の無い声で、小さくユリウスに呼びかけた。 「おい、今のもう一回やってくれ。それでチャラにしてやる」 「アイアイサー」 ユリウスは遠慮なく息を吸い込み、竜笛に口をつける。 この夜、近くを通りかかった猛獣が、何者かの遠吠え(絶叫?)に驚き、慌てて逃げていったという。 翌日。 「おーい! 遠くにリザードマンが出たぞぉー!」 先頭の馬車からの呼びかけに、ユリウスは竜笛を取り出して吹いた。―――竜のいななきを。 『ギャオオオォォォッ!!!』 案の定、パルミラ平原の代表格とも呼ばれる二足歩行のトカゲは、狂ったように全方向の空を見ながらも、早足で駆け去っていった。―――昨夜の兵士たちのように。 「あー、やっぱ猛獣にとっても、天敵ってのは居るもんだなー」 馬車の御者が、のんびりとした口調で呟いた。 昨夜の騒ぎの後、動物相手に竜笛を吹いても効果があることが判ったので、それ以降、猛獣に出くわすたびにユリウスの竜笛が活躍していた。最初のうちは竜笛を訊いた猛獣たちの反応を楽しんでいた兵士たちも飽きてしまったのか、今では馬車から顔すら出さない。 ユリウスは感心したように呟いた。 「魔物化する騒ぎが起こってるって言うから警戒してたんだが―――全ての動物が魔物化してるわけじゃないんだな」 その言葉を肯定するように、アストールが横から口をはさんできた。 「猛獣だって、魔物が危険なものだって分かってるはずさ。当然ながら、魔物に近づこうとする生き物なんて居やしない。その結果、魔物の放つ波動に当たらないから、魔物化しない」 「なるほど―――ま、確かにな。それに全ての動物が魔物化したんなら、家畜まで魔物になって食えなくなっちまうか」 「今日からでも菜食主義者になってみないか?」 「俺は別に構わないさ。アーリグリフでは野菜のほうが貴重でな。肉嫌いと野菜嫌いの数を比べたら、圧倒的に肉嫌いのヤツが多かった」 「へぇ……」 その時、再び先頭の馬車の御者が叫んだ。 「おい、今度はでかいサソリが街道でふんぞり返ってるぞ!」 聞いたとたん、ユリウスは顔をしかめた。 「あー、ああいうのには竜笛は効かないと思うっすよ?」 御者は素っ頓狂な声を出した。 「へ? 何で?」 「昆虫とかサソリとか―――無セキツイ動物って言うのかな? とにかく赤い血が流れてない生物ってのは、頭の作りが違うからな。特定の音に反応する事はあるかもしれないけど、猛獣の声を聞いただけで反応するほど、あいつらは賢くないんだ」 「そーかい、そーかい。じゃ、俺が行ってくるわ」 「へ? ちょ、ちょっと!」 ユリウスは焦った。いかにも戦闘の素人なこの御者は、この行商隊のリーダーだ。彼が今までどのような人生を送ったのかは分からないし、ひょっとしたら何度も猛獣を狩った経験があるのかもしれない。だが戦うことに関してのプロであるユリウスの勘は、この男が弱いと伝えてくる。 アストールも気持ちは同じだったのか、 「グラハムさん、危険です! そいつら退治は我々でしときますので、どうか馬車に戻ってください!」 グラハムと呼ばれた男は振り返って微笑み、 「安心せい。近づいたりせんでも、こんな奴らなんぞ、簡単に追い払えるっての」 そう言って荷台から適当な薪(昨日拾った。50センチほどの太いヤツ)を引っ張り出し、先端の10センチにボロ布をグルグルと巻きつける。そしてその巻いた布に、適当な調味料や何かの液体を染み込ませ始める。 「これに火をつけて、匂いのする煙を撒き散らす。普段はワシらがやっていることだが、今回はあんたら兵士に任せてもええかい?」 「あ、ああ」 アストールが薪を受け取り、馬車の外に出る。それをユリウスは追いかけた。 先頭の馬車の前まで行くと、2メートル級のサソリが、道を塞いだまま佇んでいた。 一応、ユリウスは至近距離で竜笛を吹いてみた。 『グルルルル……』 半ば予想はしていたが、サソリに動く気配は無かった。 アストールに目で合図すると、彼は頷いて施術を唱え、薪に火をつけた。すぐさま液体を染み込ませた布から白い煙が立ち上がる。その薪をサソリの至近距離まで近づけ、大きく息を吹いて、サソリの顔に煙を吹き付ける。 するとサソリは、2メートルもの巨体をゆっくりと動かし、180度の方向転換をし、走るようにして逃げ出した。 「うおっ!?」 「ほんとに逃げた!!」 今まで聞いたことも無かった撃退法の効果に、アストールとユリウスは度肝を抜かされた。 そんな二人の様子に、馬車の御者グラハムは豪快に笑って言った。 「わっはっは! 驚いたか、若いの! 戦う力も無く、護衛を雇う力も無い老いぼれってのはなぁ、こうした知恵をつけるんだ」 そして目線をユリウスの竜笛に向け、 「時に若造、その笛、俺に譲ってくれねぇか? それがあれば旅が大分楽になる。それなりの額は出すが……」 「あ、すいません。これ親友の形見なんで、売れません」 「お? やっぱそうか。その親友ってのは竜か? ってこたぁ、お前さんは『疾風』の―――」 「―――なんか教えてもないのに、個人情報が漏れてるような気がするな」 「はっはっは! 色々と『特徴』ってのが染み出てるからさ。まず仕草がアーリグリフ人だってバレバレだ……メシの時の祈り方とかな。そして俺ぁゲート大陸を端から端まで旅してるから、各地の特産物だけでなく、伝統や歴史にも詳しい。だから竜笛の形と音、そしてどういう状況のときに作られるかも知っている。―――シランドに行く事があれば、気をつけるんだな」 「………………ああ」 確かにこの先、元敵対国に近づくことがあれば、気をつけるに越したことはない。戦争前が友好国だったからといって、誰もが友好的な態度を示してくれるとは限らないからだ。 今後、竜笛の使用は控えたほうが良いかもしれない。 「お兄ちゃん、笛吹いて!」 笛を吹くのを控えよう―――と心に決めたコンマ5秒後、旅人親子の子供の方からねだられた。まだ小さな女の子だった。 (ま、この道中のみんな、俺の持ってる笛の音を聞いてるしな……) 今さら彼らに隠す意味は無いと思い直し、適当な音を思い浮かべる。 すると女の子が、 「音楽じゃなくて、あのガオーって音をやって」 「ん? ああ、竜の鳴き声か」 「うん! あの音がね、なんか落ち着くの」 変わった女の子だな―――と、そこまで考えて、思い出すものがあった。かつての『疾風』の部隊の中に、『娘のエッタが俺の竜に懐いてて、しょっちゅう会いに来る』と言っていた男を思い出したのだ。 しかし考えて見れば、この子の両親もこの馬車に乗っており、父親と思しき人物に見覚えは無かった。 それでも念のためと思って聞いてみる。 「なあ、エッタって名前の子、知ってるか? オヤジさんが竜騎士なんだけど」 「うん、知ってる。王都に住んでたときの幼馴染みだよ。よくエッタのお父さんの竜に会わせてくれたの。カルサアに疎開してからは―――あ」 少女は急に怯えた表情になり、ユリウスとの距離を開けた。 「ど、どうした?」 「あ、うそうそ。カルサアじゃなくて、えーと―――」 慌てて言い訳する様子に、ユリウスは気付いた。この少女の家族はおそらく、これからアーリグリフ人であることを隠して旅するように、少女に言い聞かせているのだろう。ユリウスは努めて優しい口調で言った。 「安心しなよ。俺もアーリグリフ人さ。『疾風』の副団長だぜ?」 「――――え? なんで?」 「俺は……そうだな。シーハーツの『水』―――じゃ分からないか。『水』ってのは、シーハーツの中の『疾風』みたいな騎士団さ。その『水』の副団長と駆け落ちする旅の途中」 少女はポカンとした顔のまま硬直し、やがて吹き出した。 「あははっ! お兄ちゃん、おもしろーい」 「ははっ。面白いだろ? ま、ペターニくらいなら、俺たちがアーリグリフ人だってのを隠さなくても生きていけるさ。あそこはアーリグリフでもシーハーツでもない、特別自治州だからな」 そう言って、彼は思い出したように竜笛を取り出し、吹いた。 威嚇とも雄叫びとも異なる、竜と長く接する者にしか分からない『まどろみ』、そして『寝息』である。 最初は微笑んでいた少女も、次第にうつらうつらと舟を漕ぎだし、そして眠ってしまった。 ユリウスの傍に、今度は少年が歩いて来た。静かに寝息を立てる少女に目を向けながら、問いかけてくる。 「なぁ、兄ちゃん。女の子に『お前は俺が守ってやる』って言ったらさ、普通はどういう時に、どういう守り方すれば良いんだと思う?」 突然の質問に、ユリウスの思考はしばらく凍りついた。 かろうじて問い返す。 「……何かの劇でも見て言ったセリフか?」 「ううん。近所のお姉さんが呼んでくれた本にあったセリフ」 「―――それ、誰かに言ったのか?」 「うん。シャルに言った」 目の前で眠りつづける少女に目を向けながら言った。たぶん、この子がシャルという子なのだろう。 「前に騎士団ごっこしてたときに、シャルに言ったんだよ。そしたらシャル、すげぇ喜んでて……どれだけの事をすれば『守る』になるのかなって」 ユリウスが答えにくそうにしていると、いつの間にか背後からやってきたフィエナが口をはさんできた。 「それはね、ずっとその女の子のそばに居て、守り続けることなんだよ。その女の子が迷ってるときや、苦しんでるとき、いつもそばで支えてあげることだと思うな」 「……いつもそばで支える………」 その表現は、子供には少し難しかったかもしれない。だがフィエナの言う意味が少しは伝わったのか、彼は自分の耳に残る言葉を何度も何度も反すうした。 その時、それまで眠っていた少女が目を覚ました。 「ん……ピート?」 少年は名前を呼ばれ、とりあえず今しがた聞いたことを、試しに訊いてみた。 「なあ、シャル。何か困ってることってない?」 少女は眠そうな顔で熟考し、 「お腹すいた……」 とだけ答えた。 そんなわけで昼食時。 行商隊のリーダー・グラハムは、水の入ったコップを片手に大声を張り上げていた。 「いいか、みんなぁ! この調子で行けば、明日の昼前にはペターニに着ける。下手に動物と交戦しないように、遠くに目を配ること。見つけたらすぐに、こっちの笛吹き兄ちゃんに頼むこと。前方に現れたのが魔物なら、早急に馬車を止め、仲間内に知らせること。分かったかぁ!」 まばらに『うーす』だの『あいよー』だのという返事が帰ってくる。『動物と交戦』という表現が出たが、これはこの惑星の猛獣が危険ながらも、遠く離れた地球の猛獣と異なり、実力次第では素手で戦える程度の存在だからこそ流通した言葉である。 適当に川魚でバーベキューという、行商隊にとってはありふれたメニューだが、魚も保存食も種類が豊富で、それなりに飽きないようになっている。 昨夜と異なるところは、今は湖ではなく、パルミラ平原を挟みこむようにして流れる川の、西側に面した位置で馬車を止めているくらいだろうか。 ユリウスは、腑に落ちないような口調で言った。 「……魔物の騒ぎが起きてるわりに、中々出くわさないな」 すぐさまアストールが口を開いた。 「まだ魔物騒ぎが起きて六日だからな。魔物の数とか、まだ全然判ってないんだ。魔物の尋常じゃない強さと、それが動物だけでなく人まで魔物化させるって点に、女王様や交易関係の大臣―――なんて役職だっけ? とにかく、その人らが懸念してたからな。事件が起こり始めた翌々日には、こうして行商隊に護衛を付けるって決まりができただけでも、中々なもんだと思うぞ」 「……それもそうだな」 確かに魔物化が問題視されてるとはいえ、詳しいことが判ってないのも事実だ。 ユリウスは過去に谷底で、アカスジガが雨のように降ってきては片っ端から魔物化する光景を目にしている。それらは相当恐ろしいものだったが、聞けば世間を騒がせている魔物は、それよりも遥かに危険な魔物らしい。言葉を話す魔物というのには興味がある反面、絶対に出会いたくないという思いもある。 そこへヴァンが、遠くからやってきた。その腕には山ほどの果物が抱えられており、持ちきれない分は彼の両サイドを歩くシャルとピートが抱えている。 「おーい! 今回も俺が大活躍だぜ。ブルーベリーだけでなく、アクアベリーまで取ってきたぜ!」 ⇒To Be Continued... |
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