その後のデメトリオ 後編 | |
作者:
シウス
2009年06月23日(火) 12時25分16秒公開
ID:G2uK9fjVNL2
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『せいっ!』 「オラァッ!!」 爆煙を突き破り、ゼノンがワン・ツーパンチのような蹴りを、ユリウスが素早く鋭い乱れ突きを命中させる。巨体が再び吹き飛ばされるのを見計らい、ユリウスは気を練り上げ、槍の切っ先に集中させた。 「疾風斬りッ……!!」 放たれた気の刃が巨大ジャイアントモスに当たり、同時にフィエナが両手を前に突き出して、 「ライトニング………!」 ぐぐっと『ひねり』を加えながら、力を―――威力を限界まで上乗せしていく。 「―――ブラストォ!!!」 極光が辺りを明るく照らし出す。全身で強烈な雷撃を受け、蛾の巨体が大きく痙攣(けいれん)する。 ユリウスは叫んだ。 「空中戦の基本だ! 大量発生したハーピーの討伐を思い出せ!!」 『誰に言ってんだ、コラ! 空も飛べない奴が空中戦を語るな!!』 負けじと言い返してくる相棒に、久しぶりの高揚を思い出しながら叫ぶ。 「竜騎士とは強い竜だけに非(あら)ず! 強い人だけに非ず! その両方を持って、初めて竜騎士と呼ぶもの! 竜・人一体のマスター・コンビネーションの強さって奴を見せてやれッ!!」 「私もいるわよ!!」 フィエナが精神を研ぎ澄ませ、施術の詠唱に入る。その間にユリウスが両手で槍を大きく振るい、 「疾風斬りッ!!」 気の刃が、高速で巨大ジャイアントモスを捉える。一瞬怯んだ隙をついて、今度はゼノンが急接近し、強烈な蹴りで崖に叩きつけ、同時にエアー・ドラゴン自慢のファイアブレスを叩きつける。この時にはもう、ユリウスがフィエナを追いかけるようにして施術の詠唱を行っていた。 施術と剣術の合わせ技。遠い惑星では『紋章剣』と呼ばれる剣術の中での最上位剣技―――武器融合紋章術。 各属性で最弱の呪文のどれかを、自分の武器に融合させることで、瞬発的に膨大な威力の呪文へと昇華する最強技。 フィエナは小さくウインドブレードを唱え、武器へと宿す。そして――― 「ハリケーン・スラッシュ!!」 フレイムファルシオンの刃から放たれた大竜巻が、ゼノンの吐いたブレスを巻き込みながら、壁に縫い付けられた巨大ジャイアントモスを切りつける。やがて竜巻が消える頃にはユリウスの呪文も完成しており、小さくファイアボルトを唱えて武器に宿し、 「ソード・ボンバー!!」 ミスリルソードの切っ先から7発の巨大・超高熱の火球が放たれ、巨大ジャイアントモスへと叩きつけられる。 『ジャアアアッ!!』 悲鳴でなく、それが雄叫びだと気付いた瞬間、ゼノンは咄嗟に身をよじった。同時に煤だらけになった蛾が、土煙の中から飛び出してくる。それを今度はユリウスが槍ですくい上げるように、下から切りつける。 巨大ジャイアントモスの身体が浮き上がる。 「ファイアボルト!!」 フィエナの放った12発の火球が、更に巨大ジャイアントモスの身体を浮き上がらせる。 『もういっちょっだ!!』 ゼノンが長い首を使った、勢いの良いヘディングをかまし、巨大ジャイアントモスの巨体が空高く舞い上がる。 『今だ! ヴォックスのジジィが得意だった必殺技を!!』 「おう!!」 両手でしっかりと槍を掴み、ありったけの気を刃へと注ぎ込む。同時にゼノンが空へと加速し、落ちてくる巨大ジャイアントモスとの距離を見計らって、自ら仰向けになって回転し、そのタイミングでユリウスが槍を真上へと突き出す。 「―――鋼破斬!!」 突き出した瞬間に、莫大な気が槍の切っ先から溢れ出し、そのタイミングで巨大ジャイアントモスの腹部を貫き、内側から腹部を高圧力の気が破裂させる。 『ジャアアアアアアァァァァッ!!!!』 断末魔の悲鳴が響き渡り―――しかし抵抗するように、巨大ジャイアントモスは落下しながら酸の弾丸をマシンガンのように、ランダムに吐き出した。 「うわ危ね……!?」 「きゃ……!!」 『ぐあっ……!!』 ゼノンだけが苦鳴を上げる。 「大丈夫か!?」 『ああ、ちょっと効いたが平気だ……!!』 「そ……そうか。良かった」 「それより見て、あれ」 フィエナが指す方向には、巨大ジャイアントモスが黒い霧を全身から噴出させながら谷底へと落ちていくのが見えた。 しばらくその場に滞空しながら見届け、やがて蛾の巨体が消滅するのを待ってから、ユリウスは小さく呟いた。 「本当に……上では何が起きてるんだ?」 答えるものは、誰も居なかった。 『……もうすぐ地上に着くぜ……』 ゼノンが言いながら、垂直に崖を上っていく。 『今くらいの時間なら、“あれ”が見れるだろうな……』 「ああ。フィエナにも是非見てもらいたいものだな……」 「“あれ”って何なの?」 「行ってみてのお楽しみ」 ユリウスは悪戯っぽく笑ってみせる。 飛竜はどんどんと崖を昇っていく。そして濃厚な霧の層へと入り込み、すぐに突き抜ける。 地上までは30メートルしかなかった。 フィエナは興奮を覚えた。あんなに遠かった地上が、もう目の前にある。 地上まで20メートルになった。 地上まで10メートルになった。 地上まで5メートル。 地上まで1メートル。 地上へと出た。 フィエナの頬を、一筋の涙が流れた。 「フィエナ……?」 ユリウスが呼びかけると、彼女は後ろ向きに座りなおし、彼の胸に額を当てて泣き出した。 そっと彼女の肩を抱きしめる。 今のフィエナの中では、様々な感情が渦巻いていた。長らく自分を捕らえていた谷から脱出できた喜び、他者の力を借りなければ乗り越えらなかった悔しさと、先を越されたという嫉妬。しかし逆恨みしようにも、それが大切な仲間であること。 彼女が泣いている間にも、竜はどんどん上へ上へと昇りつづける。 しばらくして、ユリウスが優しく声をかけた。 「見てごらん。俺が見せたかった景色さ」 フィエナは顔を上げ、周囲を見渡した。下のほうに小山のようなものが見えると思ったら、それはパール山脈やベクレル鉱山だった。後者はともかく、前者はとてつもなく高い山だったはずだが。 そして前方を見て、ふと気付いた。 遠く地平線の彼方が、薄っすらとだが明るくなり始めていたことに。 それはだんだんと明るさを増していき、紺色(こんいろ)だった空を、黄色く、それに続いて水色へと染めながら、光り輝く太陽が顔を出した。 食い入るように見入ってしまっているフィエナの肩を、ユリウスは後ろからそっと抱いた。いつの間にか兜を脱いで、鞍につるしてあった。 「鳥と虫と竜以外でこれが見れるのは竜騎士だけだと思ってたけど―――フィエナにも見せることができて良かった」 太陽は少しずつ全体像を現し、やがて紺色だった空を全て照らし出した。同時に大地が光を受け、立体感のある山が、剥き出しの地面が、緑豊かな森が、そして広大な海が光を反射し、えもいえぬ美しさを見せつける。 「俺、思うんだ―――フィエナに逢えて良かったって。そしてこの景色を見てもらえて良かったって」 フィエナはユリウスを見つめる。彼は続けた。 「―――結婚しよう。フィエナ・バラード」 フィエナは彼に抱きつき、キスをして答えてみせた。 しばらく唇を交じらせ、そして離す。 ユリウスはやや紅くなりながら、照れたような声でゼノンに礼を言った。 「ははっ、悪いなゼノン。お前も疲れてるだろうに、こんな高いとこまで飛んでもらって」 エアー・ドラゴンは苦しげに笑って、答えた。 『良いってことよ。それにもう………これが最後になりそうだしな………』 「そうだな……もうすぐお別れだ。今までありがとうな、ゼノン」 『ああ……。そうだ……な………』 急に弱々しくなった声に異変を感じ、ユリウスは首をかしげた。 「………ゼノン? ―――ッ!!?」 フッという無重力感が全身を駆け巡り、ゼノンの巨体が自由落下を開始する。見ると、ゼノンが両目を閉じていた。 「どうしたゼノン!? 返事しろ!!」 『―――ぐ……く』 薄く目を開け、苦しげな声を出しながら翼を広げる。空気抵抗を大きくし、落下速度を少しでも和らげようとする。 やがて地面が近づいてくるにしたがい、最後の力を振り絞って羽ばたき、何とか着陸する。しかし地面に着くと同時に、体勢を大きく崩してゼノンは倒れた。 「おい、どうしたんだよ相棒!!」 「……っ!? ユリー、あれ!!」 「なっ……!!」 ゼノンの腹の何箇所かに、黒い水玉模様のようなものがあった。そしてそこから流れ出る赤い色を見て、それがかなり深い穴だということに気付き、ユリウスの頭は真っ白になった。 「ゼノン!!」 医師の心得のあるフィエナが、応急処置をしようと近き、傷口を確認する。だがゼノンが先に否定した。 『無駄だ……相当深いとこまで……やられてる……。内臓も……大動脈もだ……。もう助からん……』 ぶわっとユリウスの目に涙が溢れる。 「畜生! いつやられたってんだよ!!」 『あのとき……でかい蛾が苦しまぎれに放った……やつだ……凄ぇ威力だ……。あのまま……避けてたら……ぐ、そっちのお嬢さんに……当たってたからなぁ』 あの瞬間、ゼノンは捨て身の覚悟でフィエナを庇ったのだ。強固な外皮を持つ自分ならば、軽いダメージで済むと思っていたのが間違いだった。 ゼノンは少し笑って言った。 『相棒……俺は先に逝くが……』 「あ……ああああ………」 ユリウスの脳裏をよぎるものがあった。 焔の継承と呼ばれる儀式で、初めて出合った頃のことを。 『一つだけ……約束してくれ……』 次に思い出したのが、副団長へと昇進した時だった。自分にも、そしてゼノンにも専用の個室が与えられ、どんな家具を置こうかと語り合った。 『ありきたりかも……知れ…ねぇけど……』 「あああ……」 ハーピー討伐に行った際、ゼノンが片翼を痛めて飛べなくなり、森の中で遭難して一夜を明かしたこともあった。焚き火をしながら、互いに好みの女性やメスの竜について、下品だが語り合った。 『俺の分まで……生きてくれ……』 力無く呟く。。そしてゼノンは視線だけをフィエナに向けた。彼女は静かに涙を流しながら、じっとゼノンを見つめ返している。 『相棒を……ユリウスを頼む……』 彼女は静かに頷き、 「……ええ。今までありがとうね、ゼノン」 『ははっ……女に名前を呼んでもらうってのも……悪く…ないな』 再び視線をユリウスに向けると、号泣しながら地面に突っ伏す相棒の姿が目に入った。 『泣くなよ、相棒。誰でも…いつかは死ぬんだよ』 「そんなこと……言うなよ……」 『仕方ねぇ…だろ……死ぬんだから』 「でもっ……でもようっ!!」 ユリウスが顔を上げると、ゼノンは虫の息になっていた。それでも言葉を放とうとし、震えながら口を開く。 『達者で……な……』 「「――――ッ!!」」 それだけを言うと、ゼノンは目を閉じた。 「あ……あああ…ああ………」 ユリウスの顔が歪んでいくのが耐えられず、フィエナはそっと目を伏せた。胸の前で印を切り、3年以上もやっていなかった“神への祈り”を、静かに捧げる。 「ああああああああああああぁぁぁぁっ!!!!」 朝日の輝く澄みきった空に、ユリウスの慟哭が響き渡った。 どれくらい泣いていただろうか。 それからの二人は、ゼノンの遺体に肩を貸しながら、引きずって移動した。 事切れた竜の身体は重たかったが、予想よりは軽いものだった。死因が大量出血だったからかもしれない。 幸い、落ちたのはカルサア山道と呼ばれるところだったので、炭鉱の入り口を目指したのだ。この炭鉱の入り口は、現カルサアの街へと続いており、この入り口は日中ずっと、見張りの人間が立っているのだ。 「やっぱ早朝だから、まだ立ってないんだな。グレゴリーのおっさん」 「知り合いなの?」 「ああ。昔っからここの見張りを任されてるおっさん―――そろそろ爺さんだ。ここにゼノンを置いて、書置きとか残しておけば、あとは手厚く供養してくれる」 そう言ってから、炭鉱の中に入っていく。入ってすぐのところに、簡易的な机やら椅子やら筆記用具やら、様々な物品が並んでいた。 「何て書くの? まさか正直に名前とか書くんじゃないでしょうね?」 ここで本名を使うなと言っているのだ。このあと二人で住む場所を求めて旅するという―――つまりは駆け落ちをするというのに、自分達が生きているという証拠を残すわけにはいかない。 ユリウスは言った。 「どうせゼノンを見ただけで、俺の仕業だって見破られるさ。あのおっさんとは仲が良かったからな」 「でも、それじゃあ―――」 「だからおっさんの胸にしまっておいてもらうのさ。そしたら世間には黙っておいてもらえる。その筋書きは―――」 ユリウスは羽ペンを手に取り、それを手近なとこにあった紙へと走らせる。 ⇒To Be Continued... |
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