その後のデメトリオ 後編
作者: シウス   2009年06月23日(火) 12時25分16秒公開   ID:G2uK9fjVNL2
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 あっという間にアカスジガは、毒々しい色合いを持つ、体長1.5メートルはあろうかという巨大かつ、かなりグロテスクな蛾へと変貌した。しかも外見が悪いだけならまだしも、どういうわけか内面に秘められた施力は、そんじょそこらのモンスターとは比べ物にならないほど内包されていると、ユリウスとフィエナには簡単に感じられた。――――逆に言えば、誰でも感じられるほど膨大な施力と、それに負けないくらいの殺気を、巨大な蛾は放っていた。
『キシャアアアアァァァァッ!!』
 巨大な蛾は二人の姿を確認すると、アゴに備えられた強靭そうな牙を剥いて、二人を威嚇した。後(のち)にジャイアントモスと呼ばれるようになった、エクスキューショナーの一種である。
「……なんかスゲェー強そうな気がするな」
 どこか冷めた目で、ジャイアントモスを見つめながらユリウスは言った。
「……ええ、そうね。相手には不足なさそうじゃない」
 フィエナも、どこか同じような目をしながら言った。再びユリウスが口を開く。
「たまにはこういう運動もしとかないとな」
 言ってから、スラリと剣を鞘から抜いた。疾風の騎士達には、基本的に槍と剣を支給されるようになっている。エアードラゴンに跨っているときは槍を。その他の時は剣を。そしてユリウスは、剣の方には金をかけるようにしていた。抜き出された剣は白く輝き、どこか神々しささえも、見る者に感じさせた。
 ミスリルのみで構成され、鍛えられたミスリルソードだ。凄まじいほどの威力を秘めた凶器である。
 一方、フィエナの武器も負けてはいない。彼女の獲物はフレイムファルシオンとよばれる、ミスリルソードに勝るとも劣らない威力を秘めたダガーだ。
「いくぞっ!!」
『シャアッ!!』
 ジャイアントモスが吠え、口から黄色い何かを銃弾のように吐き出した。3発同時発射である。ユリウスはそれをサイドステップで避けると、背後から『ジュウ……』という嫌な音が聞こえたが、あえて無視して巨大な蛾へと突進する。
「はああああッ!!」
 上段から大きく斬りかかる。ミスリル製の、徹底的に研磨の行き届いた刃が、ユリウスの全体重と高速でもってジャイアントモスの片羽を斬り飛ばす。が、そこでユリウスは驚愕した。
「な……凄ぇ硬いぞ、この羽!?」
 巨大昆虫というのは、このゲート大陸の各地に生息しており、ユリウスも何度か、それらの生物と戦った経験があった。確かに昆虫という生き物は硬い甲殻を持っており、時にはそれが防具として加工されることもあった。それだけの強度はあるものの、それだって常識的な限度というものがある。ましてや燐粉のみで構成された羽など、進化の過程で硬くなるはずがない代物だった。
 だがこの狂った生き物は、まるで黒檀(こくたん)のような硬質木材を斬る手応えがあった。
 片羽を失った巨大な蛾は、地面の上で懸命に羽ばたこうとするものの、全身が回転するだけだった。フィエナが近寄り、全体重を乗せて上から突き立てる。硬質ゴムのような手応えが返ってくるが、何とか刺せた。それきりジャイアントモスは動かなくなった。
「何なんだ、この生き物は? アカスジガから変身したかと思えば、凄ぇ硬いし」
 次の瞬間、巨大なジャイアントモスの身体が、漆黒の闇に塗りつぶされ、霧のように跡形も無く消え去った。
「……何なの……この生き物?」
 フィエナが呆然と呟く。
 自然界に、死んだとたんに肉体が消滅する生命体など居るはずがない。
「魔物………なのか………?」
 古から語られる存在、『魔物』。ユリウスもフィエナも、アペリス教を元に育った貴族である。よって古い歴史の中で、いくつか魔物の登場するものを習ったことがあった。
 ―――現に弱い下級悪魔などは、いくつかの遺跡で存在が確認されていたはずだ。
 だが同時に、それ以外の魔物などが発見された記録は無いし、その召喚方法も知られてはいない。
「地上で一体―――何が起きてるんだ?」
 ユリウスが呟いた瞬間、周囲にボトボトッと何かの落ちる音が続いた。二人は強烈な嫌な予感を感じながら見渡すと、案の定、巨大な蛾があちこちに落ち、地面の上でブクブクと音を立てながら変化しているところだった。ちょうど上空を群れで飛んでいたのだろうか? アカスジガは止むことなく降り続いた。
「ちょっと! 冗談は顔だけにしなさいよッ!!」
「逃げよう!!」
 
 
 
 慌ててルム小屋に駆け込むと、ユリウスはゼノンに向けて叫んだ。
「ゼノン! 今すぐ谷を離れないと危険だ! 飛べそうか!?」
『楽勝だ!!』
 頼もしい返事が返ってくる。いそいそと竜専用の鞍(くら)をゼノンに取り付ける。鋭くゼノンが叫んだ。
『鞍の両端に、さっきの宝石袋を二つともくくり付けろ! それと今の内に二人とも自慢の鎧を着込んどけ! それもどうせ必要無いんだから、売ったほうがマシだ!!』
「ちょ……さすがにそれは重いんじゃない!?」
 フィエナが遠慮がちに言うと、竜は鼻息荒く『フン!』と言い、
『俺を馬なんかと一緒にしないでくれ。それくらい増えたところで、虫けらの重さと変わらん』
 多少は誇張が混じっているが、それほど無理をしているセリフでもないのが分かった。
 一瞬ためらい、二人はルム小屋に置いていた自分たちの鎧を私服の上から着込んだ。ユリウスは内側に防御の施紋が描かれた黒い鎧を。フィエナは徹底的に加護の施術を織り込んだプロテクターを身にまとう。
 ようやく準備を終え、ユリウスは立てかけてあった槍を掴み、ゼノンの背中に跨って叫んだ。
「フィエナ! 俺の前に乗れ!!」
「後ろじゃないの!?」
「それをやったら背の高い俺のせいで、フィエナが前を見れなくなる!」
 フィエナが納得し、素早くゼノンの背中に飛び乗り、手綱をしっかりと握る。それを確認し、ユリウスが手綱を少しだけ強い力で引いた。たったそれだけでゼノンに『飛べ』という意思が通じる。
 ゼノンが大きな両翼を、ぴんと広げる。それを大きく振り下ろし、今度は翼をたたんで振り上げ、また広げて振り下ろす。
 少しずつ巨体が地面から浮き上がっていく。
 初めての感覚に、緊急事態にもかかわらずフィエナは興奮を覚えた。やがてルム小屋の天井近くまで浮き上がると、ゼノンは羽ばたき方を変え、一気に前に向かって滑空し、小屋から飛び出して広場に出る。
 その広場を見て、ゼノンが驚きの声をあげた。
『な……何なんだ、こいつらは!?』
「よく分からん! なぜか空から落ちてくるアカスジガが、地面に落ちると同時にこんな化け物になったんだ!! 殺したとたんに消滅するから、たぶんもう生物ですらないと思う!!」
 地面から数メートル上を高速で滑空するゼノンに対し、巨大な蛾の群れは一斉に酸の弾丸を吐き飛ばしてきた。
 ゼノンは舌打ちし、ジグザグに飛びながら避ける。
『距離が足りねぇ! ある程度は真っ直ぐに飛ばないと上昇できないぞ!!』
「川だ! 川なら多少曲がりくねってるけど、充分に加速できる!! フィエナ、正面を頼む!! 俺は後ろをやる!!」
「了解!!」
 フィエナは両手の指を鉤爪のように曲げ、意識を集中させる。やがて彼女の手の平に真っ赤な炎が現れ、それを大きく前へと突き出す。
「ファイアボルト!!」
 両手の指から1発ずつ、両手の手の平からも1発ずつ。合わせて12発の火球が高速で発射される。施術の裏技『ひねり』だ。通常の施術に多少の意思を上乗せし、『ファイアボルト』であれば今のように火球の数を増やしたり、他にもスピードや熱量を調整、稀にだが炎の色を変える等の裏技が可能になる。
 フィエナが正面にたむろするジャイアントモスの群れに、1発も逃さず命中させる。決して一撃必殺の威力は無い。だが軽い牽制にはなる。
 同時にユリウスは槍を右手で握り、後ろに向かって大きく二度三度と振るう。大して力の入らない振り方だが、極端に質量の少ない蛾の巨体は、それだけで軽く後方へと飛んでいく。
 そこへ追い討ちをかけるように、左手に集中させていた施術を一気に開放する。
「ライトニング・ブラストッ!!」
 これは少し強力な施術だ。一見、直径30センチほどの電撃ビームにしか見えない施術だが、『ひねり』を加えることでスポットライトのように広範囲へと電撃を放つ事ができるのだ。その分、威力も一気に下がるが。
 しかし威力は、この際どうでも良かった。電気は筋肉を収縮させる。昆虫でも同じ。特に飛んでいる生き物であれば、筋肉が収縮することで数秒だけ麻痺を余儀なくされる。そしてこの場合、麻痺したジャイアントモスが、後続のジャイアントモスの邪魔となり、その隙にゼノンは一気に距離を離すことができる。
 蛾たちの包囲網をかいくぐり、二人を乗せたゼノンは川へと出た。ここまでくると、周囲にジャイアントモスの姿は無い。
「よくよく考えれば、あいつら地面に落ちてから化け始めるんだよな。……ここじゃ落ちたとたんに流されるのか?」
 あれこれと考えながらも、非常に緩やかなS字型の谷間を、ゼノンは飛びながら徐々に高度を上げていった。
 やがてある程度まで高度が上がると、
「フィエナ! 両足に力を入れて、手綱を握り締めろ! 垂直に昇るぞっ!!」
「え? ちょ――――きゃっ!?」
 だんだんと竜の身体の向きが変わってくる。フィエナは何となく、幼い頃に椅子に座ったまま後ろに倒れたことを思い出した。あれをスローで再現すると、少しは似たような感覚になってくる。
 角度が90度になると同時に、滑らかに加速する。ただでさえかなりの速度だったのに、さらに速くなる。全身に強烈なGがかかる。フィエナ自身、体験したことのない感覚だった。
 僅かに恐怖を感じるものの、それ以上に空を飛んでいるという感動と、自分の後ろのユリウスに全体重を預けたとしても絶対に落ちないという自信が、彼女の気分を高揚させる。
 と、その時だった。
「ユリー! 前! 前!」
「デケェ!? 何だ、ありゃぁっ!?」
 真上―――正面から、ひときわ巨大なジャイアントモスが突進してきた。
 通常のジャイアントモスが、右から左まで羽を伸ばした時の幅が1メートルなのに対し、いま正面から突進してくるのは左右の幅が4〜5メートルはある。全長に至っては、その1.5倍ほどだ。まるで体格に恵まれた優良体型のエアー・ドラゴン並の大きさである。
「距離があるうちから動きを止めて逃げ切るわよっ! ライトニング―――」
『よせっ! そんでもってしっかり掴まれ!!』
 ゼノンは咄嗟にドリルのように回転しながら横へ逸れ、今しがた飛んでいた軌道を、真上からの酸の弾丸の嵐が通過する。際どいところでゼノンと巨大ジャイアントモスが擦れ違うと、巨大ジャイアントモスは一瞬で方向転換し、今度は上へと酸の弾丸を吐き出そうとした。
『させるかよぉっ!!』
 同じく急な方向転換をしたゼノンが垂直落下と共に、足を使って強烈なキックをかます。蛾の巨体が数メートル吹っ飛ばされるが、それでも羽を広げて踏みとどまり、また突進してくる。
『やっぱりな。こいつ、俺と同じくらいスピードも機動性もある! ここで決着をつけるしか無い!!』
 
 
 
 巨大ジャイアントモスが突進してくると同時に、ゼノンも突進する。そのまま空中で交錯すると同時、ゼノンの両足の爪が、巨大ジャイアントモスの腹部を強烈な力で引っ掻いた。人間相手なら鎧を突き破って致命傷を与える一撃であるが、ユリウスの目(視力は2.5)には、蛾の腹に白い掠り傷が付いただけに見えた。まるで硬質ゴムのような強度を持っている。
 しかも擦れ違った瞬間に、巨大なジャイアントモスは両羽を振り下ろしたままの姿勢で、ゼノンの腹へと叩きつけていた。『ドウンッ!!』という衝撃と共に、竜の巨体が揺らぐ。
『ンの野郎ッ……!!』
 再び方向転換して突進する。
 今度は巨大ジャイアントモスの方から仕掛けてきた。突進しながらも、口から酸のマシンガンを嵐のように吐きつけてくる。
 フィエナが叫んだ。
「リフレクション!」
 瞬間、ゼノンの眼前に円形の電撃のシールドが現れ、全ての酸を防ぎきる。その間にゼノンは距離を詰め、ワン・ツー・パンチの要領で巨大ジャイアントモスの腹部に強烈な蹴りを叩きつける。
 これはさすがに効いたのか、蛾の巨体が大きく後退する。それを見てゼノンが再び突進すると、まるで待ち構えていたかのように巨大ジャイアントモスが羽ばたき、自分の周囲の宙域に燐粉を撒き散らした。本能的に、それが危険なものだと誰もが理解するが、
『と、止まれねぇ……!!』
「ファイアボルト!!」
 フィエナが1発だけ火球を飛ばす。咄嗟に『ひねり』ができなかったのもあるが、それだけで充分だった。火球はゼノンよりも先に巨大ジャイアントモスに到達し、周囲の燐粉を一瞬で粉塵爆発(ふんじんばくはつ)させた。燐粉が消え去ったタイミングで、

⇒To Be Continued...

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