(SO3)惚れ薬パニック 前編
作者: シウス   2009年05月11日(月) 23時27分06秒公開   ID:vCN5uSAl5bc
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「マ、マユさん。本名、何ていうんですか?」
 ソフィアが震える声で尋ねる。質問に対してマユは満面の笑みを浮かべ、とんでもないことをサラリと答えた。
「マユ・ノックスです」
 しばらくの間、辺りを静寂が支配した。やがて沈黙に耐えかねたかのように、フェイトが口を開いた。
「……何ていうか、その……『アドレーさんが実はクレアさんのお父さんだった!!』っていうのを知ったときくらいの衝撃を覚えたよ……」
「……偶然かな、フェイト。私も今、同じ事を考えてた……」
「誰があんな筋肉ダルマと一緒にしろって言ったんだ!? このクソ虫共!!」
 アルベルから強烈な殺気がほとばしり、二人は沈黙した。変わりにマユが口を開く。
「たしかに似ていないところだらけですけどね、これでもれっきとした兄妹なんです」
「……マユ、頼むから今度からヨソでは『団長』って言え」
 このアルベルから『頼む』という単語が出てきたことに、再びフェイトとソフィアが驚くが、今度は無視された。
「そういえばお兄ちゃん、何しにここへ来たの?」
「………ああ、いろいろと世話になった奴らに礼を言って帰ろうと思ってな。最後にお前に会おうとしてここへ来たというわけだ。お前、まだクリエイターの仕事を続けるんだろ?」
 普段のアルベルなら絶対に言わないほど優しい言葉だ。『阿呆』とか『クソ虫』という単語が一つも入っていない。
「うん、まだ続けていようと思ってるの。お兄ちゃんは修練所に帰るの?」
 『お兄ちゃん』という単語に、再びアルベルの顔が引きつったが、今度は何もツッコミを入れようとはしなかった。
「……ああ」
「だったらコレを……」
 マユはそう言い、出来立てのシュークリームを手近にあった厚紙の箱に二個詰め込んだ。
「みんなにあげようと思って作ったの。美味しいわよ」
 シュークリームを詰め込んだ箱をアルベルに渡す。受け取ったアルベルはただ一言『ありがとう』と、これまた普段なら絶対に言わないことを言い残して立ち去って行った。
 
 
 
「……あのアルベルも妹には弱いんだな」
 どこか拍子抜けした表情でフェイトは呟いた。
「いいえ、性格が丸くなったんですよ。フェイトさん達のおかげで……」
 穏やかな微笑を浮かべながら、マユが言った。
「それよりも早く、みんなでシュークリームを食べましょう! 今が一番美味しいんですから!!」
 マユのその言葉に、放心状態だったフェイトとソフィアは現実に引き戻された。フェイトは勿論、ソフィアも『手作り』のシュークリームを食べるのは初めてだった。
「へぇ〜、美味しそうだね」
「勿論よ! だって私とマユさんが心を込めて作ったんだから!!」
「あっ!一人につき二個ですからね。他の人の分も焼いてますので勝手に取らないでくださいね」
 マユが二人に軽く注意し、3人が自分の皿にシュークリームを二個づつとって椅子に座る。
『いっただっきま〜す!!』
 
 
 
「うーん。なんかマユさんの方が出来がいいんだよね」
「そんなこと無いさ。僕はソフィアが作ったほうも美味しいと思うよ」
 出来上がったシュークリームの形を見比べながら、ソフィアがやや落ち込むのをフェイトが軽く元気付ける。まだ午前11時だというのに紅茶を楽しみながらシュークリームを頬張る彼らは一枚の肖像画のような光景だった。
 だが、突然の訪問者が現れた。
「ほう。美味そうなものを食っておるじゃないか」
「あっ! ゴッサムさん。また机の上を散らかしたままお出かけですか?」
「おお、すまんのぉ。トイレに行っただけじゃったんじゃが、そのままここへ戻るのを忘れておってのう。まさかもうボケてしまうとは情けない話じゃ。それより机の上が片付いているということは……」
「あっ、はい。私が片付けました。結局、あのバニラエッセンスの瓶、何に使ったんですか?」
 聞かれたとたんにギクりと、ゴッサムの肩が揺れた。まさか『惚れ薬を作ってました』などと言えたものではない。何とかしてごまかなくては……!!
「あ、ああ……実はじゃな。いまワシは香水について様々な研究をしておってな。まずは臭いについての研究のためのサンプルとして使っただけじゃよ」
 何とか言い切った。ゴッサムがほっと胸をなでおろす。だが次のマユの言葉を聞き、彼の心臓は止まりかけた。
「そうだったんですか。すみません。そのバニラエッセンスならさっき、このシュークリームを作るのに使い切ってしまいまして………って、どうしたんですか、ゴッサムさん? 何故か顔色が悪いようですけど」
 見る人が見れば、それは『顔色が悪い』どころではない。生気というものが全く感じられないその顔は、もはや死相と呼ぶに相応しい。
(なんということをしてくれたんじゃ!! 失敗作とはいえ、仮にも惚れ薬に必要な様々な材料が使われておるのじゃぞ!? 周りの者がどんな精神異常を起こすのやら……!!)
 過ぎたことを今更気にしても仕方が無い。とにかく分かるのは、失敗作をフェイト達が食したということだけだ。ゴッサムは逃げることにした。
「お…おお! そういえばフェイトさんにソフィアさん。あんたらは今日帰るんじゃったな。今まで大変世話になった。心から礼を言うぞい!!」
「そんな世話だなんて……。貴方の実験に必要な物をレプリケーターで手に入れてきたりしただけじゃないですか」
「いいや、普通ならあんな物、この惑星では手に入らない物じゃ。フェイトさんの助けが無ければ出来んかった発明もたくさんある。本当に世話になった。ではワシは急いでおるのでな!! またこの星に遊びに来なさい!!」
 そう言ってゴッサムは勢い良く、工房を飛び出して行った。
 何となく逃げようとしているなと、フェイトは会話の流れからそう感じた。




「それじゃマユさん、今までお世話になりました」
 フェイトが工房の扉をくぐりながら言った。ソフィアと見送りに来たマユも後に続く。
「マユさん、またね! またいつかここへ来るから!!」
「ええ、フェイトさんもソフィアさんも、いつでもこの星にいらしてください。出来れば他の人も連れて」
「他の人? クリフ達とか? それは難しいですよマユさん。僕達はそれぞれ違う道に進むのですから。みんなが揃うときなんてそうそうありませんよ」
「誰もクリフさんやマリアさんのことだとは言ってませんよ? 今度はあなたたち子連れで来てください」
『えっ!?』
 突然のマユの発言に、二人は顔を赤くしながら驚きの声を上げた。
「マリアさんから聞きました。この大陸では花束を送るのが普通ですが、何でも地球では指輪をプロポーズする女性に送るのが普通みたいですね」
 そう言って、マユは二人の指に目をやった。二人揃って銀の指輪をはめている。
 これは数日前に、フェイトがソフィアにプレゼントしたものなのだ。この戦いが終わったら二人で暮らそう、という意味を込めて……
 もっとも、地球に帰ってからすぐに結婚するというわけではない。フェイトは勿論、ソフィアにいたっては16歳……まだ高校生なのだ。正式に結婚するのは数年後になる。マユ達のような未開惑星の住人は、平均寿命が短いため、早いめの結婚や出産は当たり前なのだ。現に細工のクリエイターであるエヴィアは、16歳の時にはすでに子供(アクア)が出来ていた。現在18歳のマユは、実は生き遅れなのである。
 それはともかく。フェイトとソフィアは何となく恥ずかしかったので、正式な結婚や出産についてのことは、マユには伏せておくことにした。下手にアレコレと聞かれたくはないからだ。
「フフ。マリアさんったら、見てないようでしっかり私たちのこと見ていたのね」
「いいえ」
 ソフィアの言葉を、マユはやんわりと否定した。
「私はただ、マリアさんが指輪をしていたから尋ねてみただけなんです」
 
 
 
 今日一日でいったい何度驚いたのだろうか? 少なくとも今のところ、これが一番驚いた。
『え、えええええぇぇぇぇぇ!?』
 短い沈黙の後、絶叫に近い声で二人が叫ぶ。通りすがりの人達が何人か振り向いていく程に。
「でも、それってひょっとして……リーベルさん?」
 ソフィアは何か知っているようだ。そしてフェイトには『なぜリーベルなの?』と、驚きの余り質問すら出来なかった。
 ソフィアが説明する。
「リーベルさんね、私達がFD空間から帰ってきた時にマリアさんの部屋の前をウロウロしてた時があったでしょ? あの時フェイトとランカーさんが隠れてリーベルさんを観察してたけど、フェイトとランカーさんがその場を離れたとたんにリーベルさんったらいきなり『よし、誰もいなくなったな』って言って(彼にはバレてたようだ)、マリアさんの部屋に入って行ったのを見たの。たしかその時マリアさん、落ち込んでたでしょ? だからあの時リーベルさんはマリアさんを慰めに行ったんだと思うの」
「眺めていたの、バレてたのか……でもいくら何でも、その時にプロポーズまでは行き過ぎじゃないか?」
「別にその時じゃなくてもプロポーズするのは、いつだって出来たわけだし……。大体、指輪つけていたら、今の私達なら気が付くでしょ? 多分、あの時から付き合い始めてたんだよ!! マユさん、マリアさんが指輪をつけているのを見たのはいつのことですか?」
「昨日ですけど……」
「やっぱり……リーベルさんしかありえないよ! だって昨日、マリアさんに会いに来たんだし」
 そう、リーベルは確かに昨日、エリクールに来た。
 ルシファーを倒しに行く際、フェイト達がファイヤーウォールに入ったとたんにマリアの左腕のセットに内蔵された発信機からの反応が消え、一時、ディプロは騒然となった。フェイト達がルシファーを倒し、こちらの世界に戻ってきてから再びマリアの反応が確認されたとき、一番に駆けつけてきたのがこの青年なのだ。
「それでも……あのリーベルがねぇ……。信じられないけど、あいつも大人になったんだな〜」
 まだ信じられないが、また本人の口からでも聞いてみるとするか。そう考えてフェイトとソフィアは納得することにした。
 それにしても今日はあまりにも驚くことが多すぎる。まだ正午にもなっていないのにだ。この後、まだ何かとんでもないことが起こりそうな気がする。
 
 そしてその予感が現実のものとなるまでさほど時間はかからなかった。
 
 
 
 午後1時。
 フェイトはレストランから出てきた。一応、今日この惑星を離れる予定なのだが、フェイトとソフィアを地球まで送ってくれるハズのディプロは今は準備中。機械のことなどサッパリわからない二人には手伝うことなど一つも無く、結局はこうやってその辺をブラブラするしかないのだ。
 ちなみにだが、いまソフィアは地球に帰ったときのためのお土産を買いに出かけている。
「あーあ。みんなにはもう、お別れの言葉を言ってまわったしな……。この後どうやって時間を潰そうかな〜」
 何となく呟いた。本当にヒマなのだ。すると―――
 
(ヒソヒソ―――ねぇ、あの人って―――)
 
 なにやら通りすがりの人々がフェイトの方をチラチラとうかがい始めた。
(な、何なんだろう?)
 大勢の人々の視線を感じながら、フェイトは戸惑った。それも当然だろう。人々から注がれる視線のほとんどは熱いまなざし。少なくとも自分に好意を懐いているのだろう。
 だが何故いきなりこれほどもの好意を懐くことになったのだろうか? 以前から何度も足を運んでいるこの町である。『創造主ルシファーを倒し、世界を救った』というのはごく一部の人々(シーハーツ女王やアーリグリフ国王、クリエイター達)しか知らないはずだ。だから羨望のまなざしを受けることも無いはず。
 フェイトがあれこれと悩むうちに、ソフィアと同じくらいの年齢の少女がフェイトの前に出てきていきなりとんでもないことを告げた。
「あ、あの……わ、私と付き合ってくださいっ!!」
「………悪いけど僕には―――」
 ソフィアにプロポーズした自分が、今さら他の女性と付き合うわけにはいかない。そもそも初対面の人に告白されても心が動かされるフェイトではない。こういう時はハッキリと断るべきだとフェイトは思った。だが、それを言う間もなく――――
「あーーーっ! あんた、ずるいわよ!! 私が先に彼に目をつけたんだからね!!」
「何言ってんの!! アタシが先に―――!!」
「ふざけんじゃねぇ!! コイツは俺のモンだ!!」
「!!!??」
 何が起こっているのだろう? ただ確かにわかるのは、いま目の前で大勢の人々が自分を取り合っているのだということだ。先ほどの会話を聞いている限り、そう判断するしかないだろう。多少、男性の声が混じっていたのが怖いが……

⇒To Be Continued...

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