その後のデメトリオ2 後編 | |
作者:
シウス
2009年10月11日(日) 18時06分35秒公開
ID:T1OQRI26/R6
|
|
「ああ……やっと着けるな」 誰かが呟いた。 誰もが内心で頷いていた。 シャルが口を開いた。 「ここでみんなともお別れだね……」 フィエナは少しだけ寂しくなり、ユリウスの手を握りしめた。 「いろいろあったよね……」 今度はフィエナが呟いていた。 谷底から抜け出して、久しぶりに触れあった大勢の人々は、実に個性あふれていた。―――そして全員が良い人だった。 馬車の中の雰囲気に全員が感じている寂寥感が混じり始めたのを察して、ヴァンは大声を張り上げた。 「おらおらシケたつらすんなって! 今夜はアレだ! 今回の旅に居合わせた全員で飲んで騒ぐんだろ!!」 ―――いつの間に全員に声を掛けたんだ、こいつは。 馬車の中にいた全ての人間が、同じ疑問を感じた。 ヴァンは構わずに続ける。 「誰かが言った……人生は出会いと別れの繰り返しだと!! いまここで巡り合えたみんなとは離れ離れになるかもしれないけど、またいつかは会えるかもしれないんだ! だから別れの挨拶(あいさつ)に『さよなら』なんて言うな! 『またな』って言え!!」 臭いセリフにも思えるが、誰一人として笑う者などいなかった。 皆、心は一つだった。 「だから今日の晩は、また会える日を願って―――」 ――――刹那。 今までに無い悪寒が、全ての人間の背中を走りぬけた。まるで空気そのものがビリビリと振動しているかのような錯覚さえ感じる。 ―――キキィッ!! 馬車が急ブレーキした。 車間距離を開けた後続の馬車も、それに習って停車する。 グラハムが震える声で呟いた。 「魔物―――代弁者だ」 前方に、天使の姿をした魔物が、街道を塞いでいた。 ―――最悪の魔物が。 「お姉ちゃん!!」 シャルがフィエナの腕につかまる。施術を使えないどころか、施力を感じる事さえ難しいであろう、この少女にも、代弁者から伝わる異常な圧力を感じているのだろう。 フィエナは横にいる少女を抱き寄せながらも、前方に見える天使の姿に目を奪われていた。 アペリス教にも『天使』という概念は存在する。 それは広い宇宙で、もっともありふれたイメージだろう。宇宙にある、ありとあらゆる宗教に共通しており、一部の科学者でさえ『文明の交流もないのに同じイメージがあるのは、本当に天使が実在している証だ』とさえ言い出すほど、ありふれている。 代弁者は、まるで尼さんのような修道女の格好をしていた―――とても若く、美しい女性の姿だった。 驚く事に、その顔は人間そのものであった。それもかなり若い。そして目が閉じられていた。 地面―――もとい水面から数センチほど上に滞空しているにも関わらず、8枚ある翼を動かす気配は見えない。 グラハムが言った。 「全員、馬車から降りて車体を押せ。そんでもって脚に自信のある奴―――敵を遠くに引き離せ」 即座に全員が、その指示に従った。例によって代弁者の注意を引き付けるのは、ユリウスとフィエナ、アストールとヴァンしか居なかった。 豪雨が降りつづけ、足元には数センチの水が溜まっていた。ここが街道の、ペターニまで登る坂道だからこの程度の水位で済んでいるが、このまま注意を引き付けて遠くまで代弁者を誘導する場合、水位が10センチ以上ある大地に降り立たなければならない。 そんな地面を、敵を引き付けながら走れるのであろうか? 「無理に決まっている……」 無意識のうちに、アストールは呟いていた。明らかに分が悪すぎる。 背後からユリウスが声をかけた。 「行くっきゃねぇだろ」 今度はフィエナが口を開いた。 「みんな、雷系の施術は使わないでね。あれは水を伝って、術者にもダメージを与える術だから」 つまり彼女の必殺技であるライトニング・ブラストは封じられたことになる。 ヴァンが今までにないくらいマジメな声で、静かに呟いた。 「……どう攻める? 遠距離から施術だけで、代弁者がくたばるまで攻撃し続けるか?」 一見、とても素晴らしい案にも聞こえる。確かに魔物は、ここと決めたテリトリーからは出てこない。つまりテリトリーよりも外から攻撃した場合、ただ一方的な的となるのだ。 だがここでフィエナが異議を唱えた。 「たぶん無理よ。代弁者を含むいくつかの魔物って、未だに人間が勝てたことが無いんでしょう?」 「その情報だって、俺たちがアリアス村を出るまでの話だ。あの時でさえ『星蝕の日』から三日しか経ってなかった―――王都の方でなら、もうとっくに倒されてるかもしれないだろ?」 即座にヴァンが否定するが、その内容は希望的なものに満ちていた。 フィエナは厳しい目つきで言った。 「楽観はしないで。あなた仮にも六師団の上の方にいるんでしょ? だったら自分達が勝てない相手が、他の人が倒してくれるなんて思わないでよ。それに―――そんな相手だからこそ、施術だけで攻めてたら先に私たちの精神力が尽きるか、日が暮れてしまうわ」 一同に重い沈黙がのしかかった。 もはや肉弾戦しか思いつかなかった。 しかも足場が最悪だというのに。 誰もが死を覚悟して戦うことを決意したとき、グラハムが口を開いた。 「仕方ない。積荷を使うぞ……」 「積荷?」 ヴァンが訊き返すと、グラハムは重々しい声で言った。 「星の船との戦いに用いられた新兵器―――それを竜王クロセルに乗せて、戦いに挑んだのは知ってるだろ?」 「ああ。一応はシランド城から見てたからな……。あの時はクロセルだけでなく、疾風の精鋭たちも小型の新兵器を乗せて参加してたな」 「その小型の新兵器―――それがここにあるって言ったら……どうする?」 「「「「……………ッ!!!!」」」」 全員が息を飲んだ。 真っ先にアストールが反応する。 「馬鹿な! あんた民間人だろ!? なんでそんな機密情報の塊みたいなものを―――」 「極秘裏に輸送せよ―――シーハーツの女王と、アーリグリフの王から言い渡された、民間人を使った秘密輸送さ。かの戦いの後、アーリグリフは一時的に自国で小型の新兵器を預かって研究したいと言ったんだ。シーハーツは再び戦争を起こさない証として、それを了承した。そして研究が終わり、その新兵器を俺たちがペターニへと輸送。そのままシランドへは行かずに、ちょっと戻ってアリアスへ行き、今度こそシランドへ向かう途中―――それが今だ」 再び沈黙が支配し、雨音だけが静けさを際立たせる。 今度はユリウスが口を開いた。 「グラハムさん。その新兵器に名前ってあるんすか?」 「聞いてどうする?」 ユリウスは悪戯っぽく笑って言った。 「これから俺たちが世話になる、相棒(武器)の名前を聞いておこうと思いましてね……」 グラハムが言うよりも前に、フィエナが言った。 「………サンダー・アロー。雷の矢よ」 「雷系はダメなんじゃなかったのか?」 「威力を雷に例えてるだけ。確かに営力―――雷に似た力を部分的に使うけど、それは使用者が感電しないように作られてるわ」 施術兵器サンダー・アロー。 かつてアーリグリフ軍を殲滅するために作られた巨大大砲。 一応はシーハーツにも大砲は存在するが、構造そのものが全く異なるサンダー・アローは、例え従来の大砲と同じサイズであったとしても、威力が桁違いに高いものだった。 威力だけではない。 効率良く敵を殲滅することが目的だったため、そこそこの連射性能と、一発当たりが着弾・爆発した際の攻撃範囲がとにかく広い。途中から星の船を攻める目的で改造され、爆発力は激減したが、その分だけ貫通力が激増している。 これの研究に携わった異世界人―――という名目の地球人フェイト・ラインゴットは、この施術兵器の威力などを想定し、このように称した。 ―――これはオーバー・テクノロジーだ。連射性のあるロケット・ランチャーと変わらないじゃないか、と。 ここにある小型サンダー・アローは全部で8本。 戦闘員は、ユリウスとフィエナ。アストールにヴァン。そして一般兵が四人。全員合わせて八人。 無意識の内に、アストールは呟いていた。 「上等じゃねぇか……」 一人につき1本ずつ担ぎ上げる。完全に鉄製かと思われたが、なんとサンダー・アローの全身はダマスカスで出来ていた。チタンより軽く、並みの金属よりも硬いことで有名な金属である。 扱い方は簡単だった。スコープを覗き込み、トリガーを引く。 砲身を支える脚立もあり、狙っているときに手がブレる心配も無い。 「全員、敵の東側に回りこめ!!」 アストールが一括すると、一般兵たちは指示に従いはじめた。 ユリウスが疑問を口にする。 「なんで東側なんだ? 挟み撃ちにしたら良いと思うんだが……」 「弾が外れたらどうするんだ? 同士討ちになるぞ。あと撃つ位置によって街や馬車に当たったり、街の方へ飛んでいく可能性もあるから気をつけろ」 そうこう言いながらも、全員が所定の位置につく。 誰もが皆、その顔に緊迫の表情を浮かべていた。噂に聞いた新兵器に初めて触れることに、そして代弁者という危険極まりない敵を相手に挑むことに。 今回は馬車を押す人間は必要なさそうだった。状況が状況なだけに、もはや敵を引き付けてるうちに馬車を通らせるという戦法は通じないからだ。もう倒すしかないと考えている。 それでも念を押すように、アストールは言った。 「グラハムさんには了承を得ている。どうしても無理だったら、積荷を置き、人と馬だけで迂回(うかい)しながら街に入るのも仕方が無いそうだ」 無論、それは彼ら行商人にとっては死活問題だが、絶対的な死に比べれば妥協せざるをえない。 全員が配置に着いたところで、今度は準備作業に取り掛かる。 サンダー・アローは、この惑星では似つかわしくも無い表現になるが電化製品だ。バッテリーは存在しないが、施力を蓄えた物体を容れ、スイッチを入れて起動するのを待ち、機能が立ち上がったところで初めて大砲が放てる。 砲弾は入れなくても良い。何から何まで施術で作り出される。内部を流れる電気はもちろん、飛び出す砲弾は錬金術で作り出され、更にその砲弾に膨大な熱や回転、質量やスピードなどの付与エネルギーが加えられる。……ただし安っぽい錬金術が使われているため、着弾後は砲弾が消滅する。 準備が整ったのを確認し、アストールは言った。 「俺とヴァンは頭を狙う。ユリウスとフィエナさんは胸を。そこのお前らは腹を。残りの二人は脚を―――は見えにくいか。言いにくい話だが、奴の股間を狙え!!」 僅かな冗談を交えるも、誰も笑えなかった。緊張だけが高まる中、皆それぞれが狙いを定める。 そして――― 「―――撃てぇッ!!」 その瞬間―――代弁者がこちらを向いた。同時に右手を宙に躍らせる。 一斉に紫色の閃光が代弁者に殺到する。人間には防御のしようがない攻撃は、しかし突然、代弁者の周りに現れた4本の光の柱が、代弁者を中心に回転したことにより、全ての砲弾が絡め取られてしまった。 「う……嘘だろ?」 呆然と呟くアストールの目に、代弁者がこちらに向かって滑るように飛んでくるのが映った。どうやら魔物のテリトリーは、魔物によってかなりの差があるようだ。ここは最初から代弁者のテリトリー内だったらしい。慌てて叫ぶ。 「もう1発だけ撃て! それで一旦後退だ!!」 誰もが顔を青ざめさせながらも、震える手で狙いを定め、再び撃つ。 何発かは外れた。 何発かは吸い込まれるようにして代弁者の胸に向かい、代弁者の正面に×字型の風の刃が現れ、自分に当たりそうな砲弾を全て叩き落した。 ―――ただし、1発を残して。 たったの1発が代弁者の腹に命中し、『ドオォン!!』という轟音と共に代弁者の身体は大きく後ろへと吹っ飛び、ごろごろと地面を転がった。しかしその身体に、傷らしきものは見られなかった。 「……竜でも一撃で爆砕できるのにな」 誰かが呟くが、それに構わずに次の射撃体勢に入る。代弁者が転んでいる今がチャンスだと判断したからだ。 代弁者が起き上がった。人間のように手をついて起き上がるのではなく、まるで操り人形の糸を引き上げたかのような起き上がり方であった。 誰かが1発だけ放ち、代弁者が再び自分の周囲を光の柱で囲んだ。だが今の1発は囮だった。光の柱が消えるタイミングを見計らい、今一度、強烈な紫色の閃光が代弁者に殺到する。 少しだけ煙が立ち込め、そしてすぐに晴れる。 代弁者は倒れていた。しかし目立った外傷は無い。 今度はフィエナが口を開いた。 「もしかして―――魔物って、ダメージを蓄積しても、見た目や動きに変化が表われない……の…かな?」 言われてみて、一同は昨日のメデューサを、特にユリウスとフィエナは、数日前のジャイアントモスを思い出す。変化は―――無かったような気がする。 ⇒To Be Continued... |
|
■一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集 |