(SO3)惚れ薬パニック 前編
作者: シウス   2009年05月11日(月) 23時27分06秒公開   ID:vCN5uSAl5bc
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 交易都市ペターニ。
 その名の通りゲート大陸で最も物資の集まる町である。
 ある者は自分の店の野菜が新鮮だと叫び、またある者は、別の通りで自分の店の武器は天下一品だと、店の前で叫んでいる。
 賑やかながらも平和な日常がそこにはあった。だがこの日、この町の工房で開発されていたものら、とんでもないことが引き起こされるとは誰も……予想していなかった。 
 
 
 
 木でできた机の上に、所狭しと並べられたガラス製の器具類。
 その中で唯一の開いているスペースで、一人の老人が何かしらの実験を行なっていた。
 老人の名はゴッサム。町の―――とくに若い娘達から嫌われているセクハラ爺(じじい)である。
 彼は左手に持った深い緑色の液体の入った試験管を眺めながら、右手に持ったホールピペット(ガラス製の精密な器具。ちなみに本編に登場する実験器具は正しい扱い方を無視してるので、化学が苦手な人でも気にせずに読んでください)で何かの液体を試験管の中にゆっくりと、慎重に滴下していた。
 1滴でも多く入りすぎると、今までの苦労が水の泡になってしまう。オーナー(フェイトのこと)に何度も頭を下げて、やっとのことで手に入れて来てもらった材料だ。『レプリケーター』とかいうものを使って手に入れて来た物らしいが、細かいことはどうでもいい。早い話が『この惑星では絶対に手に入らない素材』だそうだ。長年、追い求めてきた薬が今ようやく手に入ろうとしている。失敗は許されない。
「え〜と、次は……試薬Cじゃったな」
 そう呟いて試験管から目を離さず、スポイトを持った右腕を『C』と書かれたラベルの貼ってあるビーカーへと伸ばす。だがスポイトはそのビーカーの横を素通りし、『B』と書かれたラベルの貼ってあるビーカーの中へと突っ込まれる。試験管しか見ていないゴッサムは何も気付かなかった。そして『B』の液体を試験管に注ぎ、そして――――!!
「ついに……ついに完成したぞ! 長年追い求めてきた惚れ薬がついに―――ん?」
 そこで右手に持ったスポイトから立ち上る異臭に、ふと気が付いた。『C』のビーカーの液体なら無臭のはず。なのにスポイトから漂ってくる臭いは『B』のビーカーの液体の臭いと同じ――――
「し、しまった!!」
 そこでゴッサムは自分が犯したミスに気が付いた。苦労して手に入れた材料で慎重に惚れ薬を作っていたのに、こともあろうことか薬品を間違えて失敗してしまったということに。
「おおお〜! なんということじゃ……。ワシとしたことが、何を勘違いな産物を……。せっかく……せっかく手に入れた材料じゃったのに……ん?」
 悲嘆にくれて嘆いていて、ふと気付く。失敗したはずの試験管の中の薬品から香水のような―――いや、60年以上の人生の中で何度か嗅いだことのある香り。これは―――
「これは―――最高級並みの香水の香りがするぞ!?」
 そう、それは香水の香りだった。それも半端じゃないほど高価なもの。それこそ大貴族の令嬢が使うような、一瓶だけで数十万フォルはくだらないくらい高価なものの香りだ。
「そうじゃ、せっかくじゃからワシが香水代わりに使おう。これほどの香りじゃ。きっとおなご達にモテモテに……グフフフフ」
 いかがわしい考えが脳裏をよぎる。たかだか香水をつけたくらいで何が変わるというのだろうか?
「何かコレを入れておく入れ物は無いかの〜……お?」
 ちょうどいいところ――――食器棚のこと――――に最適な入れ物があった。からっぽになったバニラエッセンスの瓶である。ゴッサムは早速その瓶に香水のようなものを流し込んだ。
 するとその時。
 
ピーゴロゴロゴロゴロッ!!
 
「はうっ!?」
 突然の腹痛がゴッサムを襲う。大変キタナイ話だが、どうやら腹を壊したようだ。人間、歳をとれば身体は勿論、胃腸も弱ってくるものである。この老人もまた然り。
 残念なことに、ここの工房にはトイレがない。他のクリエイターなら工房の裏にあるクリエイター専用のアパートで用を済ませるのだが、ゴッサムはこの町に家を持つため、わざわざそこまで帰らなくてはならないのだ。
 
ピーゴロゴロゴロゴロッ!!!!
 
「むぅおおおお! や、やばい! やばすぎるぞいっ!!」
 叫ぶや否やゴッサムは腹を押さえながら、よろよろと工房から出て行った。
 
 
 
――――数分後――――
「本当にありがとうございます、ソフィアさん」
「いいんだってば、マユさん。私も食べたいから手伝うだけなんだから。だって最近ずっと甘いもの食べてないんだもん」
 大きな買い物袋を持った二人の少女が工房に入ってきた。会話の内容から察するに、どうやらお菓子作りをするらしい。
 だが入ってきてすぐに、机の上に散らかったガラスの器具を見て二人の少女は顔をしかめた。
「あー……ゴッサムさんったら、また物を出しっぱなしにして……。またトイレにでも行ったのな?」
 マユが溜息をつきながら言った。
「仕方ないよね、年齢が年齢だし。あの年になるとお腹壊しやすくなるものなんだから。悪いけど、マユちゃん一人でそっちの準備しといてくれない? こっちの方はどう見ても実験とか終わってそうだから、私が片付けて置くし」
「そんな、悪いですよ。私も片付けるのお手伝いしますから」
「ううん、いいの。それにこういうのは食器と違って大事に扱わないといけないんだから。私が地球にいた頃はこういうのはしょっちゅう触ってたし、こういうのは慣れてるから……」
 ソフィアは地球に居た頃、科学関係の学校に通っていた。だからこそ、この手の器具の扱いには慣れているのである。
「そうですか〜、すみません。じゃあ、そっちの方はお任せしますね」
 そう言ってマユは早速お菓子作りの準備に取りかかった。
 食器を棚から取り出し、買ってきた食材を机の上に並べる。いつもと変わらない、平和な日常。異なるところがあるとすれば、今日はソフィアが仕事場に居るという事だ。ふとマユは口を開いた。
「……平和ですね」
 基本的には静かだが、外からは人々の雑踏やらが聞こえてくる。
 マユは続けた。
「町のみんなは魔物がいなくなった事だけに驚いて、その間に何があったのか知りもしないんですからね」
 それを聞いて、ソフィアも片づけをしながら口を開く。
 
 
「―――私達が昨日、『創造主を倒した』なんて誰も考えられないもんね。私だってこんなに穏やかに暮らしてたら、創造主なんて倒さなくても何も変わらないんじゃないかって、何度も思ったもん」
 
 
 創造主の討伐。人によっては『神殺し』と表現するだろう。その『神』というのは、より正確にはこの世界をコンピューター・ゲームの中に作ってしまった、とある会社の社長のことだ。
 そしてこの世界に生きる全ての生き物はAIであり、同時に、この世界に住む誰もが皆、自分達の住む世界がプログラムで構成されている事実を知らない。
 マユは、ソフィアの言葉に対し、
「そんなことないですよ」
 穏やかな口調で言った。
「ソフィアさん達みんなが居なかったら、この世界は滅んでいたんだもの。ソフィアさん達は平和な世界を、この何気ない日常を勝ち取ったんですよ」
「だったらそれは私達だけのしたことじゃないよ。ルシファーが居る空間へのゲートを開くのに使ったら消えてしまうと分かってて、それでもセフィラを使っていいと言ってくれた女王様も、アルベルさんに魔剣を譲ってくれた王様も、自らを犠牲にフェイトの命を護ってくれたロキシおじさんも、ディプロのみんなも……。
 それからクリエイターのみんな……強力なフェイズガンを作ってくれた人がいたし、強い爆弾を作ってくれた人もいた。マユさんだって、ブルーべりーとブラックベリーの濃縮したエキスを、あんなに沢山作ってくれたじゃない。
 ルシファーと戦ってて、回復系の道具とか精神力とかがなくなったとき、あのエキスが無かったら私……ううん、私達は誰一人としてココに帰ってこれなかった。マユさんだって英雄なんだよ?」
 ちなみにそのエキスを使い、ルシファーとの闘いの最後で、ソフィアが特大の必殺技・メテオスォームを炸裂させることで勝利を収められたのだ。
 ようやく片づけが終わり、マユも準備が整って二人でお菓子作りを始める。マユは顔を赤くしながら言った。
「そ、そんな。……あ、でもそういうのも結構いいかも……」
「そうだよ。普通なら『宇宙を救った英雄』なんて絶対になれないんだから。銀河連邦が始まって以来、英雄になった人だなんて『12人の英雄』だけだだよ? 何十兆人もいる人々のうちの、たったの12人。その中にマユさんの名前を入れられるんだから遠慮無く入れておくべきだよ。ちょっと恥ずかしいけど……」
 はっきり言って、未開惑星保護条約など何処吹く風のような会話だ。しかもこの星の住人は大昔にグリーテンが出した『世界球体説』というのを知っており、わかりやすく説明したら宇宙のことについての深い理解力を示しているときたもんだ。そのうえ創造主のことなど、話してはならないことまで教えたソフィア……もといソフィア達は、連邦にバレれば、恐らくはかなりの重罪になることだろう。
 そのようなやりとりをしながらも、お菓子作りは手際よく進んでいく。
 二人ともそれぞれ、ボウルに入ったカスタードクリームを混ぜていた。マユの方が慣れているらしく、混ぜる速度が速い。
「あとはバニラエッセンスだけど……」
「………マユさん何でそんなに速いの?」
 バニラエッセンスを探すマユを見ながら、ソフィアは自分のボウルを混ぜながら一人ごちた。
「あれっ? 確かココに置いといたハズなんだけどな〜」
「あっ、バニラエッセンスなら、なぜか机の上に置いてあったからそのままにしておいたよ」
「えっ? なんでだろう? ゴッサムさん、使ったのかな?」
 いったい何に使うのだろう? 
 そう思いながらもマユは、バニラエッセンスをカスタードクリームにかけた。地球にある物と違い、この惑星のバニラエッセンスは『におい』が少ない。そのためにドバドバとかける。あっという間に瓶の中は空っぽになった。
「あっ、ソフィアさん。こっちの瓶、からっぽになっちゃいました。さっき買ってきた袋の中から新しいバニラエッセンスを使って下さいね」
「はーい」
 ソフィアがクリームを混ぜながら答える。
「さてと、後はクリームを生地の中に詰めるだけね」
 今回のメニューはシュークリーム。地球などの工場で大量生産される物と違い、手作りのシュークリームは焼きあがった生地がクッキーのような固さと食感を持っている。
 早速クリームを中に詰め始めるマユ。その時ようやくソフィアもその作業に追いつき、二人で同じ作業を行ない始めた。
 やがてクリームも詰め終わり、詰め終わった物を全てオーブンの上に置いた。
「さあ、後は焼くだけですね……」
 
 
 
―――数十分後―――
「わぁ〜! おいしそうな匂いがしてる!!」
 出来上がったシュークリームを見て、ソフィアは感嘆の声を上げた。
「ソフィアさん、まだ食べちゃダメですよ。これからコレをみんなで分けるんですから」
 そう、分けるのだ。今まで旅を続けてきた仲間達と今日、お別れする。そのための餞別として作っているのだ。
 と、その時。
「やあ、ソフィア!!」
「よお、マユ。元気か?」
 二人の人物が工房の入り口に現れた。
 前者の声はフェイトの声、言っていることは普通だ。ただし、後者の声に、フェイトとソフィアは……
「ええぇ!?」
 とソフィア。
「ど、どうしたんだよっ? アルベル!?」
 とフェイト。名前で呼ばれた男、アルベル・ノックスの額に青筋が浮かび上がる。
 再びソフィアが震えながら口を開く。
「ア、アルベルさん、熱でもあるのですか? 怪我人を心配するならまだしも……その……『元気か?』だなんて………」
 フェイトもソフィアに続いて言う。額の青筋の数が一気に三つになる。
「アルベル、お前どこかで頭打ったんだろ!? いや、むしろ拾い食いしたんだろ!? だから拾い食いはやめろって言っ―――」
 とうとう我慢の限界が訪れ、顔中を青筋だらけにしたアルベルは遂にキレた。
「いい加減にしろ阿呆クソ虫共ッ!! 俺が何を言ったってんだ!?」
 アルベルの一括で二人は静かになったが、それでもまだ疑惑の表情を見せている。
「俺はただ気になったことを尋ねただけであって……」
「お兄ちゃん、お帰りなさい」
 とりあえず言い訳をしようとしたアルベルの考えを、マユの穏やかな声が粉砕した。
 
 
 
『な……なにいいいぃぃぃ!?』
 フェイトとソフィアの声が、見事に重なった。フェイトならまだしも、ソフィアまでもが『なにぃ!?』と叫ぶというのは、滅多にあることではない。

⇒To Be Continued...

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