相棒 | |
作者:
幸
2010年04月30日(金) 19時45分06秒公開
ID:JcQLURiTVWo
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「まだ着かないのか、きみ。」 私は自分でも珍しいと思うほど冷静さを欠き、落ち着きなく指を動かしていた。 「申し訳ありません。こんな渋滞では・・・・」 運転手はミラー越しに申し訳なさそうな表情をする。 私はその運転手の向こうに続く無数の車の渋滞を睨んだ。 数時間前――― プルルル・・・・プルルル・・・・ まだ寝起きの私の携帯に、一本の電話がかかってきた。 ―――だ、誰だ、こんな時間に・・・・ 時計の針は、電話がかかってくる時間には程遠い数字を指し示している。 プルルル・・・・プルルル・・・・ 非常識な電話だと思いながらも、何かしらの胸騒ぎを覚えた私は携帯電話を手に取った。 「・・・・はい、こちら、ミツルギ・・・・」 『ナニしてんだ御剣!さっさと出ろよな!』 朝方から迷惑なほど大きな声が耳に響く。この、声は・・・・ 「や、矢張か・・・・今何時だと思っている?」 『おれは矢張じゃねえ!天流斎マシスだっ!』 「・・・・・・・・・・・・」 あの胸騒ぎは、このオトコと再び話す、ということに対するものだったのかもしれないな。 『ま、待て!切るなって!・・・・タイヘンなんだよ!』 オマエの【タイヘン】には、もう付き合い疲れたのだが・・・・ 矢張の緊迫感を欠く声に、半ば飽きはじめていた。 『成歩堂がっ!アイツ、落っこちやがったんだよ!』 その矢張の言葉を聞き、ナニを今さら、と心の中で呟く。 「・・・・・・・・彼が落ちるのは、いまに始まったことではなかろう。」 『試験の話じゃねえよ!イノチがあぶねえんだって!』 帰ってきた彼の声に、私はすぐに反応できなかった。 ナニを言っている、こいつは・・・・・・・・命・・・・だと? 「な、なんだと・・・・!どういうことだ!」 思わず叫んでいた自分の切迫した声に、先ほどまでの胸騒ぎが蘇る。 『トコトン運の悪いヤツだからな。もう、死んでるかもしれねえ。とにかく・・・・すぐに帰ってきてくれ。オマエしか、いねえんだよお。』 もう死んでるかも、だと?一体ナニが起こったのだ! 現状説明を求めようとしたが、電話の相手が矢張だというコトを思い出し、精一杯自分を制する。 『オレの・・・・オレの、あやめちゃんがああ・・・・』 「よくわからんが・・・・わかった。・・・・すぐ、そちらに向かう。」 『オレ・・・・留置所にいるからさあ!今すぐきてくれええええ!』 あのときの会話を思い出し、大きなため息をつく。 「あの・・・・どなたかのお見舞い、ですか?」 ため息に気づいたのか、運転手がミラー越しに視線を合わせてきた。 「あ、ああ・・・・友人の、な。」 「そうでしたか。大切なご友人なのですね。」 ―――そう。大切なのだ。ナニにも代えられないほど、かけがえのない存在なのだ・・・・ アイツが死ぬなどと・・・・考えることもできぬッ! 今にも走り出しそうになる足を強く抑え、目を閉じた。 ・・・・頼む、成歩堂。 きみのためならばなんでもしよう。命をかけて助け出してやる。だから・・・・ だから、死なないでくれ。頼む・・・・ 「あと、30分ほどで着くと思います。」 わずかに少なくなってきた車の行列を見て、運転手が言った。 「ありがとう。」 私は運転手に短く礼を言い、病院内へと早歩きで進んだ。 入り口を入ってすぐに受付を見つけ駆け込む。 「シツレイ。成歩堂龍一の面会をしたいのだが。」 受付にいた事務の女性は一瞬私の顔を見ると、少々お待ちください、と言ってなにやら引き出しの中を探し始めた。 「ええと・・・・御剣怜侍さま、ですね?成歩堂さまからお手紙を預かっています。」 そう言って、少し膨らんだ茶封筒を差し出してくる。 思いがけないものを突き出された私は、考えるより先に訪ねていた。 「手紙、だと?面会も出来ないほどキケンな状態なのか!?」 「あ、い、いいえ!もうご面会はできますが、御剣さまに渡してほしいと承ったものですから・・・・あの、私どもが持っているわけにもいきませんので・・・・」 預かった手前、渡さないで持っておくのも困る、ということらしい。 私は事務員から手紙を受け取った。それが1番手っ取り早いのだろう。 糊付けはされていない。中身を引っ張り出すと、便箋が3枚・・・・あとは、なにやら小さなものが入っている。 膨らんでいたものはこれか、と思いつつ、それらの正体は確認せずに封筒ごと胸ポケットにしまった。 “ 御剣怜侍さま 久しぶりだね、御剣。やっぱり来てくれたのか。 矢張が連絡するなら御剣しかいないと思って、手紙を書いたんだ。 オマエが今この手紙を読んでるってことは、ぼくは高熱にうなされて面会が出来ない状態なのかな? 会いたかったけど、仕方ないね。感動の再会はお預けみたいだ。 ―――この手紙は、面会が出来なかったときのためのものだったのか。 ナニも言わずに渡してきた事務員に不快を感じながらも、手紙を読み進める。 矢張のことだから大袈裟に言ったと思うけど・・・・大丈夫だよ。どうやらぼくは運が良かったみたいだ。 急流に落ちたけど、この世でもっともタチの悪い風邪を引いただけで済んだよ。 顔がミドリイロになってることくらい、どうってことないさ。 ―――み、ミドリイロ・・・・なのか。 なんだかよく分からないが、一応生きているらしい。私は全身の力が抜ける思いだった。 それで、さ。御剣は、頭がぼーっとして仕事にならないぼくを助けに来てくれたんだろう? 実は、また事件が起こってさ。ぼくはこんな状態じゃ病院から出ることも許されない。 だから、御剣に助けを求めたんだ。 矢張は何もきみに説明していないんだろうから、ぼくが知っていることだけでも書いておくよ。 ―――そこには、成歩堂が少ない情報を搾り出して考えたであろう事件概要が、事細かに記されていた。 被疑者の名前や、その状況、成歩堂が川に落ちた経緯まで・・・・すべて。 しかし未だに理解できないのが、私がここにいる意味だ。 無傷な矢張よりまともな説明を出来る状態ならば、なぜ私はこんなところにいるのだろうか? かなり支離滅裂で申し訳ないけど、御剣ならきっとわかってくれたよな。 オマエに頼むべきことじゃないのはわかってるんだ。 まだ依頼人もわかっていない状態のぼくが頼めることじゃないことも。 でも・・・・ ぼくは、御剣を信じてる。 御剣は霊力とか信じないと思うけど、それはお守りに持っておいてくれ。 心の錠・・・・サイコ・ロックというものが見える。きっと役に立つよ。ぼくも何度もそいつに助けられたからね。 明後日会おう。必ず明後日までにこの体を治す。約束するよ。 だから、明日の裁判だけ。頼んだぞ・・・・相棒。” 私は手紙をもとそうしてあったように二つ折りにたたんだ。 ―――成歩堂は、ナニを言っているのだろうか。 頼んだ・・・・などと。これでは、まるで・・・・・・・・ 「・・・・!ま、まさか!」 私は胸ポケットにしまった封筒を取り出し、先ほど正体を確認しなかった小さなモノを手のひらの上に転がした。 ―――そう。まるで、弁護を頼んだ・・・・という言い方だ。 「成歩堂・・・・・・・・」 封筒から私の手に転がり落ちたのは、緑色の輝きを放つ半透明な石と―――鈍く光る、弁護士バッジだった。 ―――私は、検事なのだぞ。 そんな・・・・弁護席に立つ、などと・・・・ “頼んだぞ・・・・相棒。” 成歩堂の手紙の一節が頭に浮かんだ。 ―――私にその役が果たせるか、成歩堂。 きみの代わりを務めることなど・・・・できるだろうか。検事である、私に。 “ぼくは、御剣を信じてる。” 「フッ・・・・・・・・」 できるできないなど、モンダイではない。 “検事”などという建前よりも、もっと大事なものがあるではないか。 やらねばならぬのだ。信頼できる友人のため・・・・・・・・いつでも私を信じてくれた、アイツのために。 今度は私が、信じる番だ。 「御剣さま、ご面会の許可を担当医にもらいましたが・・・・」 声をかけてきた先ほどの事務員を見た。 「いや、その必要はない。何か、書くものを貸してもらえるだろうか。」 事務員から受け取った紙にひとことぶつけ、私は病院を出た。 病院から歩いてくる私を見て、運転手は後部座席のドアを開けた。私はそこに乗り込む。 「留置所まで頼む。」 ひとこと告げると、背もたれに体重を預けた。 “頼んだぞ・・・・相棒。” 頭から離れないこのコトバ。私はよほど嬉しかったのだろうな。 少し自嘲気味な笑みがこぼれる。 成歩堂―――きみが“相棒”と呼ぶに相応しいオトコになれるように・・・・精一杯努力したいと思う。 私は、私を信じてくれたきみを信じよう。私を“相棒”と呼んでくれたきみを、な。 ―――どこだろう、ここは・・・・ 遠い遠い記憶・・・・忘れてしまいそうなくらい、遠い・・・・ ・・・・・・・・どう。な・・・・ほどう。 「なるほどうッ!!!」 薄く目を開けると、ものすごい剣幕の御剣の顔が映る。 「大丈夫か、成歩堂!!」 「・・・・ぼく・・どうしたんだ・・・・?」 「ジャングルジムのてっぺんから落ちたのだ!どこが痛いッ!?」 ぼくは太陽の光を浴びて輝く銀色のジャングルジムを見上げた。 そうだった・・・・確か矢張と競争して・・・・1番上に立ったら足を滑らせたんだっけな・・・・ 「おいッ!大丈夫か!?背中から落ちて、一瞬気を失っていたのだ!今、矢張が先生を呼びに行っているからなッ!!」 御剣は、珍しく取り乱した様子でぼくに話した。そのせいか・・・・ぼくのほうは意外と冷静でいれたんだ。 「成歩堂、ここでは校舎から遠すぎる。それに、日が照りすぎていて治療どころではない!」 ぼくたちの学校は、校舎が小さいのに比べて校庭が大きい。ジャングルジムは校舎から最も遠い遊具だった。 そして、今は8月。ガンガンと太陽が照りつける真夏だ。こんな暑さじゃ怪我の心配より熱中症のほうが重傷になってしまう。 ぼくは、御剣に向かって頷いた。 「あそこの日陰へ行こう、成歩堂。歩けるか?」 御剣が指差したのは、木の棒で作られた、小さな小屋ほどの大きさの場所。木の棒に藤の蔓が絡まり、日陰を作っている。 休み時間も終わりなのか、いつも女の子たちが涼んでいるそこに人の姿はなかった。 「うん・・・・大丈夫。歩けるよ。」 そう言って立ち上がった瞬間、足に力が入らなくてよろけた。慌てて御剣がぼくを支えてくれた。 「大丈夫、じゃ、ないだろうッ!ムリをするなッ!!」 ぼーっとしている頭に大声で怒られ、ぼくは、ごめん、と呟いた。 次の瞬間、御剣が後ろ向きになったと思ったら、いきなり足が宙に浮いた。 「え・・・・・・・・み、御剣・・!何をしてるんだ!」 「そんなにふらふらで歩けるわけがないだろうッ!たいした距離はない、大丈夫だ!」 そう、御剣がぼくをおぶっていた。 別にどちらも太っていたわけじゃないけど、小学生の、それも中学年の男子が同年代の男子をおぶるのは大変なことだ。 ぼくはいうコトを聞かない体を懸命に動かした。 「ダメだよ、御剣。歩けるから・・・・」 「いいのだッ!黙って乗っていろッ!!」 「で、でも・・・・」 「しつこいぞ、成歩堂!」 ぼくはそれ以上、言い返さなかった。 御剣もよたついていて、やっぱり大変なんだとわかったから。 今は、それでもムリをしてくれる御剣の好意に甘えようと思ったんだ。 「・・・・・・・御剣。」 なんだ、とぶっきらぼうな返事が返ってくる。日陰はもうすぐだ。 「・・・・ありがとう・・・・」 目を開くと、白い天井が目に入った。どうも頭がぐらぐらするな・・・・病院、か・・・・ 「お、目が覚めたかい?」 ぼくは声のしたほうへ向き直る。そこには、白衣を着た中年のおじさんが立っていた。 「は、はい・・げほげほっ!げほっ!!」 コトバを思うように発することができない。咳をするたびに、喉への刺激が強かった。思わず涙目になる。 「あーあー、そのままでいいですよ。」 医師はそういうと、隣の看護婦さんに目で合図をした。 看護婦さんには、ここがどこだかわかりますか?を境に、名前や住所、職業を聞かれた。 一通り聞き終わると、看護婦さんは医師に、合ってます、と一言告げる。 「成歩堂さん、ですね。いやはや、すごい運の持ち主だ。あの川へ落ちて助かるとは。」 医師の大げさな反応に、ぼくは、はあ、と返事を返した。 「熱がひどくて顔もミドリイロになっておりますが、そのくらいは仕方ない。幸運ですぞ、この世で最もたちの悪い風邪を引いただけです。」 そうか・・・・確か、葉桜院の川に落ちたんだったな。 「熱がひけるまでは絶対安静ですぞ。」 わかりましたな、と念を押され、ぼくは我に返った。 ⇒To Be Continued... |
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