逆転−HERO− (9)
作者: 紫阿   URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html   2009年06月01日(月) 23時39分06秒公開   ID:2spcMHdxeYs
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「……それが、何やの?」
 百瀬弥子の声は、ゾッとするほど冷淡だった。
「その少女は焔城検事のところへも行き、『真多井流花のこと、事故で終わらせないで欲しい』と、強く願った」
「……ああ。しかし、当時司法修習生だった私には、どうすることも出来なかった……」
 呟いた焔城検事に、証人席からナイフのような視線が浴びせかけられる。
「そして、少女はあなたの前から去った。『大人のやり方は一生忘れない』と言って」
「せやから――せやから、それが何やねんッ?!今回の事件、その少女とやらが惹き起こしたって言うん?!」
「そうだ。その少女こそ、今回の事件の真犯人“君影草”なのだよ」

「異議ありッ! ファン仕業にしては、今回の事件はあまりにも手が込みすぎている!」

 復活の“異議”は、不死鳥の如く。

「……え、焔城検事?!あなたはまた何を……?あなたは犯人でないと言うことは、明らかになったのでしょう?」

 置いてけぼり気味だった裁判長も、ようやく目覚めたようだ。

「フッ。分かっていないな、裁判官(ジャッジ)これは“真相”を明らかにするための“異議”!弁護人の言うことに少しでも疑問があれば、私は異議を唱え続けるッ!!」

「ははぁ……世の中には色々な『異議』があるのですなぁ」

 妙に感心した様子で頷く裁判長。この単純さが彼の美点であり、困った点でもある。

「よかろう。ならば、私も全力で応えよう。 異議あり!」

 検事と弁護士の意地と意地とのぶつかり合いが、法廷内に渦巻くウソ偽りが淘汰する。
「その少女は“ただのファン”ではなかったのだ。あなたもよくご存知の通り、真多井流花の件は表沙汰にはならなかった。小さな新聞記事にすらも、です。しかし、少女はどうやってか真多井流花の件を知り、焔城検事に『事故にしないで欲しい』と伝えている」
「熱烈なファンならば、何とかして調べるのではありませんか?」
「その可能性は否定できない。だが、わざわざ調べなくても真多井流花の件を知り得た者たちがいる。先ほども言った通り、捜査機関の人間と――“真多井流花の身内”です」
「何ですと……?!」 
「病院で聞きました。『真多井流花には“妹”がいる』と。真多井流花の見舞いに訪れるのは、その妹だけだそうだ。彼女は姉の復讐を果たすため、“君影草”となったのです」
「異議ありッ! 真多井流花の“妹”が“君影草”であるという証拠はあるのか?!」
「無論、だ。これを聞いていただければ明らかになる」
 私は再び詩門温子の携帯電話を取り出し、録音メッセージを再生した。

『――聞こえるか、シモンアツコ……ワタシは、キミカゲゾウ……これからアンタに……指示を出す……アンタには、その通りに動いてもらう……』
『……ヨハ……マナミ……傍聴……し、写真……人物を検討する余地……生じたら、速やかに……証人……名乗り出……自分だと証言……いいか……余計なことは言わず、指示に従え……アンタたちは、ね……マタイルカの未来を奪った。そのことを、忘れるな……!』

「分かりませんなぁ……これの何処が『君影草=真多井流花の妹』という証拠になるのでしょう?」
 首を傾げる裁判長。少し遠くなりかけている彼の耳にも届くよう、もう一度、再生。
「最後のところを、もう一度よく聞いていただきたい」

『アンタたちは、ね……マタイルカの未来を奪った。そのことを、忘れるな』

「ここです。『アンタたちはね……』ではない『アンタたちは』で、一度切れ、その後に『ね……マタイルカ』と続く。つまり、『ね』と言いかけて『マタイルカ』と言い直したのだ。では、君影草は『ね』の後に何を言おうとしたのだろうか?」
「そうですなぁ……まぁ、女性でしたら『〜ね』とか……こう、可愛らしく言いますな」
 天然気味の裁判長から正解を聞き出そうとするのは、諦めた方がよさそうだ。
「これは“脅迫電話”ですよ?脅迫電話に可愛さを求める必要はないだろう。
 深く考えずとも、我々は先ほどからその“答え”をさんざん耳にしている。“ある人物”が死にそうな形相で連呼していたからな。――北斗刑事」
「……え、オレっすか?」
 話が自分に及ぶとは思わなかったのか、名指しされた張本人はアタフタおろおろ。どうにも刑事らしからぬ慌て振りに、焔城検事は深い溜め息。
「あなたは先程、焔城検事のことを『焔城検事』ではない呼び方で呼んでいただろう?」
 しばらくして、
「あ……!」
 彼はようやく私の言わんとすることに気付いたのか、検察席に真っ直ぐな視線を向けた。
「――ねえ、さん」
「ね……『姉さん』ですと?!では、焔城検事と北斗刑事は――」
 遅ればせながら、裁判長も二人をじっと見比べて。
「姉弟です。北斗刑事は公式の場では、姉のことを『焔城検事』と呼んでいる。しかし、長年慣れ親しんだ呼びグセはなかなか抜けきれなかったのだろう。
 彼は我々の前でも、何度か焔城検事のことを『姉さん』と呼びかけては言い直している(・・・・・・・・)
 君影草も彼と同じように、つい『姉さん』あるいは『姉ちゃん』と言ってしまいそうになり、すぐに気付いて『マタイルカ』と言い直した(・・・・・)のだろう」
「……ふ〜む、そうだったのですか。では、さっそくその“妹”とやらを探し出さねば!」
 
「探す必要はない。“彼女”は、ずっと――この法廷にいる(・・・・・・・)のですから」

「な、何ですとぉぉっ……?!」

 裁判長の首が忙しなく左右に動き、傍聴人たちもお互いの顔を見合わせる。

 私の目線は、最初から一点にあった。

「そうですよね。百瀬――いえ、真多井弥子さん」

「異議あ……」

「いい加減なこと、言わんといてや!」

「証人……?」

 異議を遮られた焔城検事が、証人席を見てぎょっとする。

「さっきから何なん?!『真多井流花ファンの少女』ォ?!そいつが真多井流花の妹で“君影草”で……ほんで、それがウチやって?!
 あっはっは!何やねん、そのこじ付け!強引にもほどがあるやろ!あ〜、可笑し!笑い死にしたら――責任、取ってや!!」

 ぎんっ!


 眼鏡の奥で、憎悪の焔が燃え上がる。

「責任は“証拠品”で取りましょう。証人。これが――『真多井流花ファンの少女』とあなた(・・・)を繋ぐ鎖です」

 この審議で二度目の登場となる紺色の箱に、視線が集中する。

「『カカオ・シガレット』――あなたも先ほどくわえていた、砂糖菓子。この『カカオ・シガレット』は昨日、脚本家の阿部海流氏に頂いたものです」
 といっても、こちらは空き箱。中身は昨日のうちに真宵くんが平らげてしまった。
「……劇団エデンで流行ってるんや。それが?」
「阿部氏はこれを『大道具の子からもらった』と言いました。劇団エデンには大道具係も大勢いますが、あなた以外はみな男性です。男性からもらったのであれば『大道具の()』とは言わないでしょう。つまり、これはあなたが彼にあげたものです」
「あの男が禁煙できへんで困っとったから、やったんや。……問題あるんかい?」
 百瀬弥子は冷静に切り返してくる。けれども、私が揺さぶりを掛けていたのは彼女だけではない。『カカオ・シガレット』の空箱を証言台からスライドさせた先に、
「この砂糖菓子に覚えがある人間がもう一人――焔城検事」
「証人がこれを加えたのを見た瞬間から、あなたの態度は一変した。自分が犯人であるかのような言動を取りその立場を危うくしたのは何故ですか?」
「……」
「あなたは罵られたのでしょう?三年前、この砂糖菓子を持っていた『真多井流花ファンの少女』に『大ボラ吹きや!』と。あなたはずっと“彼女”に罪悪感を抱き続けていた。
 だから、この砂糖菓子をくわえた“関西弁の女性”があなたを『犯人だ』と告発した時、何も反論できなかった。それが――“彼女”に対する“罪滅ぼし”になると信じていた」
 焔城検事の頭が、微かに垂れる。私は頷き、先を続けた。
「本日、最初の証人だった阿部海流氏もあなたと同じ気持ちだったようです。彼は証人・百瀬弥子が真多井流花の妹であるということを知っていました。あなたの怒りや憎しみは阿部氏にも伝わっていた。おそらくは早い段階で、あなたがこの事件の犯人だと気付いた筈だ。
 しかし、あなたの内に秘めたる想いを知っていた彼は、それを表に出さなかった。それどころか『アイツの気が済むのなら』と、自分が犯人であるかのような素振りさえ見せた」

 ぱんっ!

 突如、証言台の角で紺色の箱が弾けて飛んだ。

「こんなもん……何処にだって売ってるやろ!これを持ってたからって、犯人にされたら敵わんわ!」

 宙に舞う砂糖菓子を睨み付け、百瀬弥子が叫ぶ。上下する肩を見れば、彼女が力任せに『カカオ・シガレット』の箱を叩き付けたことが分かった。

「確かに――あなたと『真多井流花ファンの少女』が同じ菓子を持っていたとしても、あなたを“彼女”だとは断定できない。
 あなたの戸籍を辿れば真多井流花との血縁関係は判明するかもしれないが、“君影草”であるとまでは言えまい」

 私が箱を引っ込めたのを見て、彼女は勝ち誇ったように哂う。

「そうや……全部デタラメやっ!ゼンブ、アンタの作り話や!
 ウチは真多井流花ファンの少女でもないし、妹でもないし……君影草でもない!!」

「異議あり!」  

 それをひと太刀で斬って捨て、私は次なる証拠品を彼女に突きつけた。

「しかし!あなたが“君影草”であるということを示す“証拠品”は、ここにある!」
「……それは、先ほどの“君影草の脅迫電話を録音した携帯電話”ですな?」
「それが何やの?!『ね』の続きが『姉ちゃん』なんて、そんなんアンタの想像――」 
「うム。『ね』の件は私の想像に過ぎない。だが、脅迫電話の“声”は立派な証拠になる。これを科捜研に回して声紋分析をすればよいのだからな」
「……しかし、声は機械で変えられていましたよ?」

 裁判長に『あなたは何年その席に座っているのか』と突っ込みたくなる衝動を何とか抑え、余裕ある態度でトドメの一撃。

「フッ、警察のカガク捜査をなめてはいけない。たとえ機械で声を変えていようと、解析は可能なのだよ。
 そして、解析した声紋を証人――百瀬弥子の声紋と照合すれば“君影草”と“あなた”が、同一人物か否かが判明するのです!」

「…………そんな面倒くさいこと、せんでもええよ。“君影草”は、ウチなんやから」

 すっ、と。眼鏡を外した下の表情(かお)は、抜け殻のように希薄だった。 

「後悔はしてへんよ。ウチと姉ちゃんの“絆”を断ち切ったあの女に、思い知らせることが出来たんやからな」

 机の上から冊子を取り上げる。おそらくは、これが彼女に突きつける“最後の証拠品”。

「絆――それは、この“脚本”のことですか?」

「何や、ゼンブお見通しかい。……そーや。それはウチが姉ちゃんのために書いた脚本(ほん)やった。姉ちゃんはウチの誇りや。そんで、ウチは姉ちゃんの一番のファンで最初の観客。
 あの頃、ウチは不良してて家に寄り付かへんかったし、親にも勘当同然やったけど……姉ちゃんだけはウチのこと、いつも心配してくれてた。
 学園祭公演のチケットかて、わざわざ持って来てくれたんよ。『弥子の脚本が学園祭で使われることになって、ジュリエットに選ばれた』って……スゴク、嬉しそうやった」

 虚ろな(まなこ)が追い求めるのは、遠い日の記憶。

「姉ちゃんの初舞台、楽しみにしてたんよ?一番いい席で、姉ちゃんのジュリエット見よう思て、早起きして並んだ。けど……当日、舞台に立ってたんは、全然知らん女やった!」

 彼女の淡い幸せが一瞬にして失われたことは、固く絞った両の拳が物語っていた。

「演劇部の連中問い詰めてもラチあかんかったから、家に帰ってみたら姉ちゃんが入院したってことだけは分かったけど……何でそんなことになったんかは、誰も教えてくれへんかった。
 そのうち『流花の不注意』ってことで片付けられそうになって……せやからっ!」

 ギリッ!と眉を吊り上げて、検察席を睨め付ける。

「せやから、アンタに頼んだんや!『流花のこと、事故なんかで片付けんといて欲しい』って。それやのにっ……アンタは何もしてくれへんで、適当に花だけ寄越して“ツミホロボシ”した気になってた!だから全部燃やしたってん!あっはっは!ザマァミロやっ!」

 三年前、まだ司法修習生だった焔城翔は真相に辿り着けなかったことを悔やみ続け、検事になってからも事件を追い続けた。たった独りで――ファイルがボロボロになるまで。
 証人・百瀬弥子の正体に気付き、自責の念から彼女の身代わりにまでなろうとした。しかし、それを伝えたところで彼女の乾ききった心が充たされることはないだろう。

⇒To Be Continued...

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