逆転−HERO− (9) | |
作者:
紫阿
URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html
2009年06月01日(月) 23時39分06秒公開
ID:2spcMHdxeYs
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だから――その辛辣な言葉にも、焔城検事は黙って身を晒している。 「――警察が当てにならへんことが分かって、ウチは自分で犯人探しをすることにした。 ま、最初から目星はついてたけどな。姉ちゃんの代わりに舞台に立って、得意気な顔でジュリエットを演じていた女が姉ちゃんから“ジュリエット役”を奪ったに違いない。 あとは証拠が必要やったから、劇団エデンに入って“あの女”を見張ってたんや」 『あの女』とは、被害者・柚田伊須香のことだろう。名前など口にしたくないのか、憎々しげに吐き捨てる。 「で、ある日のことや。特別病棟裏の焼却炉前におったら、誰かがぎゃーぎゃー喚きながらやって来てん。それがあの女の声やってことはすぐ分かったから咄嗟に隠れて、様子を見てた。あの女はもう一人、ウチの知らん女を連れて来て責め立ててたわ。 姉ちゃんが目覚めないことを、毒を用意したらしいその女のせいにしてるみたいやった。 そん時、そいつらに対する怒りとか憎しみとか……そんな感情、ゼ〜ンブふっ飛んでしもてん。やけに冷静な気持ちになって、ケータイで二人の会話、録音してたわ」 「その時の会話が、詩門温子に送られてきたテープなのだな?」 「せや。姉ちゃんを抹殺するための毒を用意したヤツに、今度は柚田伊須香を抹殺するための毒を用意させたったんや!あっはっは!痛快やろ?!」 空虚な嘲笑は、三年前の事件が付けた爪痕の深さを思い知らせるものだった。 「……それから、愛美」 愛美さんは先ほどから小動物のように身体を竦ませ、震えていた。百瀬弥子は背を向けたままだが、怒りは十分伝わったのだろう。その膝に、大粒の涙が当たって弾ける。 「アンタもザマァないなぁ。そもそもアンタが伊須香の企みを警察に訴えてたら、姉ちゃんはあんなことにはならへんかった筈や。その席もなかなかお似合いやったよ?」 瞳の奥に狂気の光を宿らせて、彼女は断罪の言葉を続ける。 「――ほんで、最も赦しがたいのが柚田伊須香や。あの女、今回の舞台で三年前の脚本を使うっちゅう話になっても、ジュリエットの座にしがみ付いたままやった。 ウチの脚本に登場するジュリエットは、姉ちゃんそのものやのに……姉ちゃんにしか、演じられへんジュリエットなのに!それを、あの女は二度も奪ったんや。せやから、一番ブザマな方法で地獄に叩き堕としてやったんよ?」 胸中にたぎる青い炎で、罪深き者たちの身を焦がし続けながら。 「あの女、舞台の上でのた打ち回って苦しんで……あぁ、せいせいしたわ」 彼女の痛烈な独白は、司法に携わる人間全てに向けた警鐘。 「……姉ちゃんには未来があった。女優として、バラ色に輝く未来があった。それをオノレらは奪ったんや! みんなで……みんなして奪っておいて、何事もなかったかのように生活してる!姉ちゃんの時間は三年前から1秒も動いてへんのに、オノレらだけ毎日幸せそうにしてんのが赦せへんかった!せやから、ウチは……」 我々は、真摯に受け止めるべきなのだろう。何が彼女をここまで狂わせたのか。 そして――彼女のような人間を出さないために、これから何をすべきなのかを。 「…………も、ええわ。ウチの話はこれで終いや。ケーサツでも何処でも、さっさと連れて行き」 証人の視線を受け、北斗刑事は少し躊躇いがちに近付いて手錠を掛けた。 「人を呪わば穴二つ――誰かを呪ったら自分にも災いが降りかかるって、ホントやね。 アンタらと一緒にウチも 「北斗――」 身柄を連行しようとした北斗刑事に、焔城検事は何事か囁く。 そして、虚ろな表情を張り付かせたまま、百瀬――真多井弥子は法廷を後にした。 「……さて、被告人」 乾ききった空気の中、裁判長が珍しく厳かに口を開く。 「あなたに判決を下さねばなりません。ショックは大きいでしょうが、お立ちなさい」 彼は彼なりに、この事件の結末を重く受け止めているように思われた。 未だ涙に暮れている愛美さんが、真宵くんに支えられて証言台に就く。 「被告人・夜羽愛美は――」 「無罪」重厚な木槌の音に誘われて、愛美さんは微かに頭を垂れる。 今回ばかりは、依頼人の晴れやかな笑顔も望めそうにないが……。 それでも――これが我々の辿り着いた、たったひとつの“真相”だった。 |
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