逆転−HERO− (9) | |
作者:
紫阿
URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html
2009年06月01日(月) 23時39分06秒公開
ID:2spcMHdxeYs
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彼女には酷な方法だったが、無実の罪で有罪判決を受けさせる訳にはいかないのだ。 「無論、舞台初日に姿を見せられなかったのも放電の後遺症に苛まれていたからでしょう。したがって、脅迫電話の主“君影草”が焔城検事である筈は――」 「……い、異議……ありっ!」 それは、傍聴席のざわめきに紛れてしまいそうなほどか細い―― 「異議、あり……!」 けれども、誰もが圧倒される言霊。 「異議、ありッ……!」 検察席の端に指を引っ掛かけ、辛うじて持ちこたえていた身体が徐々に現れる。 「え、焔城検事……?!」 蒼白い光の中の鬼気迫る形相に、思わず仰け反る私。 「……わ、私自身が電話を掛けられなかったとしても……誰かに頼んで、電話を掛けさせたかもしれないだろう?」 「な、何だと……?!」 今度は私が驚愕する番だった。まさか、こんな返し技を使ってくるとは……。 「……証明してみせろ、弁護士!私が、誰にも…… 「頼まなかったこと……」 考えるまでもなく、それは“不可能”だった。『電話を頼んだこと』を証明するのであれば“電話を頼んだ人間”を連れてくればいい。だが、『電話を頼まなかったこと』を証明するには、極端に言えば全世界の人間を調べて“誰も電話を頼まれなかった”ということを明らかにしなければならない。いわゆる“悪魔の証明”だ。 「ふふふ……ど、どうした、弁護士!異議を唱えられるものなら、唱えてみろ……ッ!」 「ね、姉さん……?!どうして……!」 北斗刑事が理解できないというように、ぶんぶんっと頭を降る。彼だけでなく、誰もが同じ想いだったろう。何がこれほどまでに、焔城検事を突き動かしているのか……。 『ツミホロボシ』――昨日、彼女が呟いた言葉。 “事故” として処理された、三年前の“事件”――真多井流花の無念を晴らせなかったことで、焔城検事は重い十字架を背負わされた。途方もない罪悪感に囚われ、自分を見失ったまま、彼女は現在も処刑場へと続く丘を登っている。 『ツミホロボシ』――誰のために? 証人席を見る。一連の様子を、薄笑いさえ浮かべて傍観している女性。三年前―― 焔城検事が丘を登り切ってしまえば、“彼女”の悲願は成就する。そうなる前に、焔城検事の目を醒まさせなければならないのだが……。 『ツミホロボシ』――誰のための? 焔城検事はその十字架を背負い続けることが、己の『ツミホロボシ』になると信じている。その意識を拭い去らなければ、彼女は自分を追い込む異議を発し続けるだろう。 彼女が自分から『犯人ではない』と宣言しない限り、真犯人“君影草”を表舞台に引きずり出すことは出来ないというのに―― 焔城検事から罪の意識を拭い去るのは、さいころ錠の解除より厄介だ。 ――私にも覚えがあった。“自分の投げた拳銃が父親の生命を奪ったのではないか”と、ずっと怯え続けてきたから。 あの“おせっかい弁護士”が真実を明かにしなければ、私は―― (――キミなら、どうする?) スーツの襟の、少しくすんだ弁護士バッジに問い掛ける。 戸惑うくらい単純で、呆れるほどに真っ直ぐな答え。 (フ、そう言うと思ったよ) 発想を“逆転”させる。それが、この場に立つ者の“最後”の、そして――“最高”の切り札。 焔城検事は “自分の行為が罪滅ぼしになると信じている” ――ならば “彼女のしていることは何の罪滅ぼしにもなっていない” という“事実” を突きつけるまで。 「……あの、弁護人?いかがしましょうか、この事態……」 木槌を叩くのもままならない裁判に、裁判官はナミダ目である。彼に正しい判決を下させることが、 「――時に、焔城検事。三年前の事件の被害者・真多井流花さんの元に、毎月“誰か”から花束や花かごが届くことをご存知か?」 「?!」 ずっと考えていた。造花のスズランと共に、燃やされていた“もの”のことを。 ひとつや二つでは効かない大量の“何か”が燃やされた痕跡。炎を免れた葉や茎の断面も、引き千切られたように無残な断面を晒していた。力任せに叩きつけたような……。 病院で聞いた看護師の話と焔城検事の反応を見れば、ひとつの流れが見えてくる。 「それらは、真多井流花が入院した直後から届けられているそうだ。彼女を哀れに思った誰かが届けたのだろうか……いや。彼女のことは小さな新聞記事にもならなかった。 あなたもよくご存知の通りだろう?恋人の阿部海氏や顧問の戸場麻衣先生も、事件の直後は彼女の入院先を知らなかったと考えられる。――では、誰が花を送ったのか?」 「……」 「家族や親戚の方ではないですか?さすがに身内の方はご存知でしょう?」 沈黙の殻に閉じこもってしまった焔城検事に、裁判長が取って代わる。 「いや。病院の話によれば、彼女の家族や親族が見舞いに来たり、見舞いの品が届いたことは一度もなかったそうだ。それに、身内が無記名で届けるというのも妙な話だろう?」 「すると、一体誰が……?」 どうやら彼もこの不思議な話に、興味を示してくれたらしい。 「花はいつも郵送されてくるそうだが、一度だけ直接持ってきたことがあったという。その時、“その人物”がポツリと呟いたそうだ。『ツミホロボシ』――と」 「……」 「彼女の入院先を知っていたのは、家族と親族。それから、捜査機関に属する者たち。三年前、司法修習生だった 拳をぎゅっと握り締め、焔城検事はポツリと呟く。 「……ああ、私が贈った。私に力がなかったばかりに“彼女”は今も苦しんでいる。花の香りが、眠り続けている彼女の安らぎになればと思って……」 ざわり。証人席で、空気が騒いだ。心の内深くに沈めた、ドス黒い感情の揺らぎ。 今、それに触れることは叶うまい。自虐の焔に身を焦がし続ける検事がいる限りは。 「自分に不利な異議を唱えることも“罪滅ぼし”だと言うのか、あなたは」 「……」 『絶対に退く訳にはいかない』――昨日の別れ際、彼女が私に見せた意地。 しかし、意地なら私にもある。無実の人間を有罪になどさせるものか。 「そう信じているのなら、焔城検事――あなたは間違っている!」 「何……?!」 「あなたのやっていることは、何の“罪滅ぼし”にもなっていないのだよ」 「――な、何だと?!」 「これが何だかお分かりか、焔城検事」 先程よりひと回り大きなビニール袋を掲げて見せても、ピンと来なかったらしい。 「……な、何だ?何かの燃えカスか?」 「うム。これも昨日、『ガブリエル病院』特別病棟裏の焼却炉で見付けたものだ。造花スズランの燃えカスに混じっていた。これは植物の燃えカス、こちらはビニールの燃えカス、それにリボンの燃えカス、バスケットの燃えカス――さぁ、よく見るといい」 私の指示で、真宵くんがビニール袋を検察席に持っていく。 「こ、これが何だと……?」 焔城検事には想像もつかなかったろう。これら残骸が“罪滅ぼし”の成れの果てだとは。 「看護師の話では、真多井流花の病室に花が生けてあったことは一度もなかったそうだ。 では、あなたが送り続けていた花束や花かごは何処へ行ったと思いますか?」 「……!」 「特別病棟裏の焼却炉――そこで、あなたの想いは全て灰にされていたのだよ。おそらくは、あなたが “罪滅ぼしをしたいと思っている、もう一人の彼女” の手によって。これが、その“証拠”です」 「そ、そんな……?!」 ぐしゃり。焔城検事の手元で、ビニール袋が切ない悲鳴を上げた。 「焔城検事、あなたの行為は“彼女”にドス黒い復讐心を植え付けただけ……“彼女”にとっては、何らの“罪滅ぼし”にもなってないのだ!」 ――かつて、思い知らされた。 灰色の判決が、多くの人間の運命を狂わせることを。 「あなたが“異議”を唱えることで、一人の犯罪者が罪を免れ、無実の人間に有罪判決が下る。――誰も、誰一人救われないまま、裁判は終わるだろう」 「……」 そして、絶望した。 大人の理屈であっさり捻じ曲がってしまう“真実”の脆さに。 「これがあなたの信じる“正義”か?“検事”のなすべきことなのか?!」 「……」 それ故に、辿り着かねばならないのだ。 歪んだ現実が覆い隠す、たったひとつの“真実”に。 「事件の“真相”を追究することが、“検事”の役割ではないのか?!」 「……」 私は待っていた。 彼女の心に、再びあの紅き焔が点るのを。 「それこそが――“彼女”に対する、最大級の“罪滅ぼし”なのではないか?!」 「……」 私は願っていた。 彼女が“検事”として、“正義”を貫き通すことを。 「焔城翔ッ!あなたも“検事”ならば、自らの手でこの事件に幕を引きたまえ!」 「……」 私は信じている。 検事と弁護士がベストを尽くして闘えば――“真相”は必ず明らかになると。 「……ない」 やがて――灰の中でくすぶり続けていた火種は、 「私じゃない」 紅蓮の焔を巻き上げる。 「柚田伊須香に毒を飲ませたのは、私じゃない!詩門温子にも脅迫電話など掛けていないし、代理も頼んでいない!」 それは。二度と冷めることのない、誇り高き 「私は――“君影草”じゃないッ!」 ドォン……ッ!!!!検察側の机が、待ち構えていたかように猛々しい音を立てた。 「姉さん!」 「ウソやッ!」 歓喜する北斗刑事を押し退け、百瀬弥子が吼える。 「今更なんやねん!往生際悪いにもホドがあるわ!ウチは見たんや!あんたが毒を……」 「異議あり! 入れた現場は見ていないのだろう、あなたは!」 「せやかて……コイツは認めたやないか!『自分が犯人だ』って認め――」 「異議あり! 確かに焔城検事は、自分を追い込むような異議を唱えた。しかし!『自分が犯人だ』とは一度も言っていないのだよ。そうだな、速記官!」 裁判官席の斜め下。タイプライターを叩き続ける男性に、私は指を突きつける。 「法廷での発言は、彼――即ち“裁判所速記官”によって記録される。さて、速記官。この審議において、焔城検事は一度でも『自分はこの事件の犯人だ』と言ったかな?」 「あ、あの……いいえ。そのような発言の記録はございません」 速記官の律儀な返事に満足しつつ、証人席に向き直る私。 「お聞きの通りだ。焔城検事の“正義”が、ウソでも『人を殺そうとした』とは言わせなかったのだよ!」 「だって……コイツ、黙ってたやん!告発したかて、反論のひとつもせんかったやん?!何も言えへんかったんは、心ン中で罪を認めてたからとちゃうの?!」 「異議あり! 刑事手続において“黙秘”は肯定ではない!そんなことも知らないのか、シロウトめ!」 「せやかて、せやかてっ……コイツは三年前の事件を明らかに出来へんかったことが悔しかったんやろ?!せやから、その犯人を突き止めて復讐したんやないの?! コイツには動機も毒を仕込むチャンスもあったんや!コイツ以外に考えられへん!」 「異議あり! まだ分からないのか?!あなたの言っていることは、全て“状況証拠”に過ぎない!状況証拠をいくら積み重ねたところで、真相は覆い隠せないのだ!」 「そんなら……そんなら、誰が犯人なん?!愛美か?!」 「異議あり! 先ほどの脅迫メッセージによれば、動機が“真多井流花の復讐”であることは相違ない!しかし、愛美さんには真多井流花の怨みを晴らす理由がない!」 襲い来る怨嗟の声を、今度は片っ端から異議の弾丸で撃ち砕いていく。 「そこまで言うなら……っ!」 かくん。 理性のタガが外れたように、少し 「……そこまで言うなら、アンタには示せるんやろな? 誰が“君影草”なんか、“その人物”が誰なんか――アンタは、示せるんやろなッ?!」 機は熟した。そろそろ明らかにせねばなるまいな。証言台で、狂ったように叫び続ける証人の“正体”を。 「三年前――『真多井流花のファン』、という少女がいたのをご存知ですか?」 「!」 私が挙げた人物に、証人と焔城刑事だけが反応する。 「その少女は、真多井流花の代役に柚田伊須香を起用した当時の演劇部顧問、戸場麻衣のところへ行き、もの凄い剣幕で怒ったそうだ。『何故、他の女にジュリエットを演らせたんだ?!あの脚本は、流花でなければダメなんだ!』と」 ⇒To Be Continued... |
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