逆転−HERO− (9)
作者: 紫阿   URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html   2009年06月01日(月) 23時39分06秒公開   ID:2spcMHdxeYs
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同日 午前11時40分 地方裁判所 第6法廷


「え〜、それでは審議を再開しますが……」

 振り下ろされた木槌の音にも、ざわめきが収まる気配はない。
 焔城検事が検察席に姿を現したことで、動揺はむしろ広がっているようだった。

「……あの、どうしましょうか?弁護人」

 裁判長が私に助けを求めてくるほど、現場は混乱していた。彼の困惑振りを見るに付け、どうやら焔城検事は執務室でも黙秘を貫いていたらしい。
「あなたがしっかりしなくてどうするのだ、裁判長。弁護側は証人へ引き続き証言を求める。構わないな、証人」
「かまへんよ。何を喋ったらええの?」
 そんな中――証言台の百瀬弥子一人だけが、落ち着き払って応える。
 この騒ぎを惹き起こした張本人とは思えない、涼しげな顔で。
「まずは“焔城検事が毒を入れた状況”について、詳しい証言をお願いしよう」
 とにかく、あの二人が戻って来るまで審議を引き延ばさなくてはならない。今は、そのための下準備を整えておくことが私の役目だ。
「ええよ。その検事が公演一ヶ月前から劇団エデンに入り浸ってたことは話したやろ?言うても毎日来てた訳やなくて、他の刑事と入れ替わり立ち代りの見張りやった。
 けど、公演一週間前から前日にかけては、間違いなくその検事が来てたわ。朝から晩まで劇団内をうろついてて、検事っちゅーんは案外ヒマなショーバイやなと思ったわ」
 百瀬弥子はそこで言葉を切り、検察席に冷ややかな視線を送る。
「そんで、最後の通し稽古が終わってからや。みんなが明日の公演に向けて最後のミーティングをしていた時にもな、コイツはまだ残っててあちこちウロウロしてたわ。
 ウチもずっと見てたわけやないけど、小道具を物色してたんも知ってる。きっとその時、スズランを持ち去ったり瓶に毒を仕込んだりしてたんや。間違いない!」
「つまり、あなたは“焔城検事が瓶に毒を入れる瞬間”を見た訳ではないのだな?」
 何を言われても無言で堪えている焔城検事になり代わり、私は揺さぶりを掛ける。
「せやけど……今から考えたら、アヤシイことこの上ない行動や!」
 しかしながら検事を告発までした証人のこと、多少のことでは揺るがなかった。
「ふむ、確かにアヤシイですなぁ……」
 ……余計な人間はいくらでも揺らいでくれるのだが。
「あなたは黙っていてもらいたい」
「は……証人、続けて下さい」
「とにかく――コイツは準備万端整えて、伊須香が毒を飲むのを待ってたんや!」
 びしっ、とカカオ・シガレットを突きつけて勝ち誇る証人。
「あなたの推測通りだとすると、焔城検事は“舞台前日に毒を仕込んだ”ことになる。しかし、それは極めて不確実な方法なのだ」
「何やて……?」
「前日に仕込んだ液体が、そのまま使われると思いますか?いや、むしろ前日から入っていた液体などは捨てられてしまう可能性が高い。
 前日に毒を仕込んだ?フッ、よくよく考えればこれほど不自然な行動はあるまい」
「おお、確かにフシゼンです!」
「おっちゃんは()ぁっとき!」
「は……弁護人、続けて下さい」
 私と証人に挟まれ、裁判長は所在無げ。無論、構っているヒマはないので、先を進めさせていただく。
「うム。よろしいか、先ほどの証言よれば、焔城検事は『舞台当日は急用があるといって来なかった』そうだ。通常、犯罪者は犯行の成就を気にするものだ。計画殺人ならばなおさら、成果を見届けようとする筈だろう?」
「せやから、それは……体裁の問題やろ。あれほど警戒しておいて事件が起こったら、検事のコケンに関わるよってな!
 計画が成功するか失敗するかは“賭け”やったんや。そんで、コイツは“賭け”に勝った!それだけのことや!」
 これだけ言葉が出てくると、伊吹団長の『寡黙』という評価には疑問を感じるな。
「そうですか。それでは、こちらをご覧いただこう。先ほど問題になった“二本目の瓶”だ。このように二本目の瓶が存在する以上、舞台ですり替えられた可能性は高い。
 現場にも来ずに、瓶をすり替えることなど不可能ではないか?」
「それは……せや、部下の刑事が来てたやん!そいつにすり替えさせたんや!」
 証人の“口撃(こうげき)”は、北斗刑事にも飛び火する。ここにいないとはいえ、彼の潔白は守らなければなるまい。
「異議あり! 先ほどの証人、阿部海氏の証言によれば、その刑事は『刑事は舞台裏でわたわたした挙句、大道具に取り押さえられた』そうだ。瓶をすり替えられたとは思えない」
 ……現役刑事の言動としては、褒められたものではないが。

「異議ありッ! 証拠品は最終的に警察に渡る。その時にすり替えればよかろう。現場の指揮を取っていたのは北斗刑事なのだからな!」

 反論は、思いもしなかった方向から飛んできた。一瞬、法廷の空気が固まる。

「……ちょ、ちょっと待ちなさい!焔城検事?!あなた、自分が何を言っているか分かっているのですか?その発言、自分を追い込むものですよ?!」
 裁判長が、慌てて木槌を乱打する。こればかりは、さすがに受け流せなかったようだ。
「……弁護人の発言に対し、検事が異議を唱えるのは当前だ」
 喉の奥から搾り出すような言葉に、証人の口元が笑みの形に歪む。焔城検事が自分からは何も言わないことを、改めて確信したのだろう。
「まったく、一体何がどうなっているのやら……」
 ますます困惑を深める裁判長に構わず、私は先を続ける。
「では、次は動機の点だ。先ほどあなたは『三年前、殺されかけた生徒の復讐のために、その事件関係者を誰彼かまわず地獄に突き落とそうとした』と証言した。この場合の『事件関係者』とは、本件被害者の柚田伊須香および被告人となった夜羽愛美を指す。
 しかし、『君影草』を名乗る本件の犯人は、当時、表に出なかった詩門温子へも“脅迫電話”を掛けている。詩門温子が事件に関わっていたことは、昨日の審議で初めて明らかとなった。無論、焔城検事もこの時まで詩門温子が事件に関与していたとは知らなかったのだ。焔城検事が君影草だとすれば、いつ何処で彼女のことを知り得たと思いますか?」
「昨日の審議でどういうことが話されたんかは知らんけど、焔城はずっと三年前の事件を調べてたんやろ?せやったらその過程で、シモンとかいう女のことも知ったんやない?
 知ってて知らん振りをしてたっちゅーことは、十分考えられるで」
「焔城検事、どうなのですか?」
「……」
「ほら、何も言わへん。ダンマリを決め込むのは、自分に都合が悪い話やからやろ?」
 焔城検事がこのまま黙秘を続ければ、裁判官の心証はますます悪くなる。それを見越しているのか、百瀬弥子は満足気。しかし、私の狙いは別のところにあった。
「得意になっているところへ水を差すようだが、私は焔城検事が詩門温子のことを知っていたか否か、ということを問題にしているのではない」
「何やて?」
「君影草が焔城検事だった場合、詩門温子に “脅迫電話を掛けていること” 自体が大きな “ムジュン”なのだよ」
 私の目論見をいち早く察知したらしい焔城刑事の肩が、ぴくりと跳ねる。
「……どういうことや?」
 私は昨日、北斗刑事から聞いた話をかいつまんで話した。
「――というわけで、現在も焔城検事は機械製品を使用することが出来ないそうだ。先日の審議で電報が届いたのも、電話に触れることが出来なかったからなのだ」
「異議ありッ! 幼少期の事件は本当だが、私は断じて電気アレルギーなどではないッ!
で、電話くらい掛けられるッ……!」
 まさに、捨て身の異議だった。裁判長は木槌を叩くことも忘れ、目を丸くしている。
 焔城検事がそこまでの“覚悟”で挑んでくるなら、全力で迎え撃たねばなるまい。
「それでは、あなたが電気アレルギーでないことを証明していただこう。この裁判所に電話を掛けてみたまえ。あなたも“携帯電話”くらいはお持ちだろう?」
「……ほ、法廷に電話は持ち込まない主義だ!」
 精一杯の虚勢。だが、動揺は隠せない。私はポケットから取り出した銀色の機械を、係員に渡しながら言った。
「それでは、この携帯電話をお貸ししよう。ちなみに裁判所の電話番号は……」
 私の声に併せて、焔城検事の人差し指がぎこちなく動く。無機質なプッシュ音が静寂を支配し、やがて――

「……も、もしもし。裁判所か?私は検事の焔城だ。ああ……この電話を大至急、第6法廷の成歩堂という弁護士に繋いでくれ」

「あの〜、成歩堂弁護士に緊急のお電話なんですけど……」

 数分後、私は裁判所職員から受話器を受け取っていた。

『どうだ……これで満足かッ!』

 肉声と機械越しの声が法廷で交わる。私は受話器を返し、検察席を見据えた。

「――成る程、全く機械に触れないという訳ではないのだな。普通の状態であれば(・・・・・・・・・)

「な、何が言いたい……ッ?!」
 焔城検事の声は震え、表情にも怯えの色が浮かぶ。答え代わりに、私はポケットからもう一台の携帯電話を取り出して見せた。
「これは二日目の証人、詩門温子の携帯電話です」
「な、何だと……?それを何処で――?!」
 北斗刑事の失態に矛先が向くより早く、再生操作をする。静まり返った法廷に機械で変えられた君影草の音声が流れ――しばらくして、大きなどよめきが広がった。
「お聞きの通りだ。詩門温子はせめてもの抵抗に、脅迫者・君影草の声をを“録音”していたのだよ」
「そそそ、それがどうしたと……」
「この場合、脅迫電話の内容はさほど重要ではない。問題は、着信が10月16日の23時30分――即ち、 “学園祭初日の前日” であるということだ。
 ここ最近、大気の状態が不安定だということは、皆もよくご存知だろう?学園祭の前夜も、この辺りでは強い雨風が吹いていた。そして、遠くの方では “雷” も鳴っている」
「ははぁ、確かに鳴っていますな。そういえば、昨日の雷も凄かったですねぇ……で、それが何か?」
 呑気な裁判長とは裏腹に、焔城検事はどんどん落ち着きをなくしていく。

「実は、焔城検事は“雷恐怖症”――雷の音を聞くと、恐怖で放電する体質なのだ」

「異議ありッ……!」 

 録音された音がとても微かなものだったからか、彼女に例の症状は出ていない。とはいえ、この事実を暴露されることは精神的に多大な負担となるのだろう。
 それを振り払うかのように、壊れそうなほど強く握り締めた携帯電話を突きつける。

「先ほどから聞いていれば『雷恐怖症』などといい加減なことを……!私がそんな体質だと言うのなら、証拠を見せてみろッ!!」

 ヤケ気味の絶叫が引き金となり――突如、法廷内の照明が落ちる。

「――て、停電ですか?!」


ドォン……ッ!!!!



 裁判長の叫び声が、大地を揺るがす轟音と天を斬り裂く煌きに呑まれて消滅(きえ)る。


「きゃああぁあぁぁ……ッ!!!」



 凄まじい絶叫と共に迸る閃光。検察席で起きた異状は、誰の目にも明らかだった。
 全身から蒼白い光を放ち、もがき苦しむ焔城検事。手にしていた携帯電話が「ぱんっ!」という音を立ててふっ飛ぶ。そういえば、あれは成歩堂の……不幸な事故だな、これは。
 
「はぁ、はぁ、はぁ……ま、間に合ったっす。……って、大丈夫っすか?!姉さん!」

 検察席の向こうで崩れ落ちる人影に、大慌てで駆け寄る北斗刑事。真宵くんが高々と掲げるノートパソコンの画面には、槍を構える“ヒーロー”の雄姿が映し出されていた。

「……こ、これは一体……な、何が起こったのですか?」

 裁判官席の下に身を潜めていた裁判長が、おそるおそる首を出す。こちらは単に、音と光が怖かったらしい。

「『大江戸戦士トノサマン』、第48話『トノサマンVSイナズ魔王!〜電撃!激突!頂上決戦!!の巻』!トノサマン・スピアーが繰り出すトノサマンの超必殺技『エレクトリカル☆オン・パレード』と、イナズ魔王の究極奥義『火雷天神電光斬(からいてんじんらいこうざん)』が大激突のクライマックスシーン、ド迫力だったでしょ?」

 パソコンから取り出したDVDをケースにしまいながら、真宵くんが解説する。
 そう――このシーンで使われているのは、わざわざ落雷の現場を押さえて録音した製作スタッフこだわりの効果音!

「ご覧の通り、焔城検事は雷に対して拒絶反応を示す。学園祭前夜も雷が鳴っており、彼女は今のような状態だったと考えられる。“脅迫電話”など、掛けられた筈がないのだ!」

 本人は『学園祭前夜から当日に掛けて雷のために動けなかった』などと、口が裂けても言わないだろう。だから、ヒーローの力を借りて(・・・・・・・・・・)焔城検事自身にその体質を証明させた。
 フ、私のマンションにトノサマンシリーズのDVDが全巻揃っていて良かった。

⇒To Be Continued...

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