逆転−HERO− (8) | |
作者:
紫阿
URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html
2009年05月08日(金) 15時34分47秒公開
ID:2spcMHdxeYs
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「結構ですよ、証人。どうぞお引取り下さい」 首を傾げながら証言台を後にする彼の背中を見送りながら、ふとそう思った。 「ハッ、弁護人の見込み違いのせいで無駄な時間を過ごしたな。――では、次に検察側の証人を入廷させよう」 阿部氏と新たな証人は、傍聴席の中間辺りですれ違う。 「……何か言ったか、真宵くん」 「ううん。何も言ってないよ?」 ――空耳、だろうか? 熱気渦巻く法廷の、一瞬の凍て付き。その正体も判明せぬまま、証言台には新たな証人が就いていた。 「ね、御剣さん。あれって……」 真宵くんが指差す先に、私の知っている顔があった。といっても、彼女の運転するワゴンに乗せてもらっただけの縁だが。 「待たせたな、証人。まずは名前と職業を」 「……百瀬 弥子(ももせ やこ)。劇団エデンで大道具係やってます」 焔城検事の表情は自信に満ち溢れている。満を持しての登場、というわけか。しかし、 この事件とは一見何のかかわりもなさそうな彼女が、一体何を証言するのだろう? 「ほぉ、大道具ですか。私はまた、脚本家さんかと思いましたぞ」 「……なんでそうなるの?」 百瀬弥子は裁判長の軽い世間話に乗る素振りも見せず、さっさと進めたそうにしている。 「失礼しました。それで、あなたは何を証言して下さると?」 この何処となく地味な外見の証人が重大な証言をするようには見えなかったのだろう。裁判長は、やや拍子抜けした様子で証言を促す。 しかしながら裁判長を始めとする我々の偏見は、1秒後、ものの見事に打ち砕かれた。 「私、見たんです――“ある人物”が、小道具の瓶に毒を入れているところを」 「えええっ……?!」 「な、何ですと?!これはもう、決定的ではありませんか!」 一瞬の間の後、法廷内に本日最大級のビッグウェーブが奔る。 焔城検事だけが涼しげな表情でその喚声を受け止めていた。……成る程、これが検察側の隠し球か。 「では、さっそく証言してもらおう。 “夜羽愛美が瓶に毒を入れていたこと” について!」 焔城検事は勝ちを確信した表情で、百瀬弥子に指示を出す。 「……」 しかし、彼女は沈黙を守っていた。緊張しているのかと思い、しばらく待ってみるが、その口が開く兆しはない。 「どうしました?早く証言を……」 裁判長が困惑気味に木槌を叩いて先を促す。 「私は犯人を知っています。けれど、それが愛美だとは一言も言っていません」 ――それは、誰も予想だにしなかった発言。 「ば、馬鹿な!あなたは昨日……」 焔城検事の剣幕にも微動だにせず、証人は言い放つ。 「“ある人物”が、小道具の瓶に毒を入れるところを見た……て、 「――ッ?!」 この耳に馴染んだイントネーションは……? 「へ〜、百瀬さんって関西の人だったんだ。ナツミさんと同じだね。……でも、昨日は気付かなかったよねぇ?あまり喋らなかったからかな?」 真宵くんの言葉が、わたあめ頭の女性を思い出させてくれる。 「いや、今の今まで標準語で喋っていたと思うが……」 確かに先ほどの喋り方は、関西圏の人間のもの。しかし、ここで口調を変えることに何の意味が……? 「……あ、いけませんよ!法廷は禁煙です!」 突如飛び出した関西弁に我々が気を取られている間、証人は裁判長に何やら咎められていた。どうやら、喫煙をしようとしたらしい。 「あっはっは!おっちゃん、ケッサクやわ〜!これ、よく見てみぃや」 関西弁効果だろうか、百瀬さんの雰囲気は昨日とはまるで別人だった。 「そんで、これが箱」 裁判長もやや面食らった様子で、示された紺色のパッケージに目を凝らす。 「……ほぉ、『カカオ・シガレット』ですか?」 その名称には、聞き覚えがあった。 「あれ、はやってんのかな?劇団エデンで」 昨日、阿部氏から同じものをもらった真宵くんも当然のことながら反応している。 「『シガレット』いうたかて、本物のタバコやないで。ただの砂糖菓子や。あっはっは!」 「ああ、それなら……いや、ダメですよ!法廷内はそもそも飲食禁止ですっ!」 「……え、そうだったっけ?みんな結構自由にやってた気がするけど」 真宵くんがきょとんとするのも無理はない。ティーセットを持ち込むボーイやら、キセルを吹かす婦人やら、優雅に茶をすする夫人やら、ふてぶてしくフランデーをくゆらす青年やら、コーヒーをがぶ飲みする検事やら―― したがって、裁判長の注意には全く説得力が無い訳で……。 「と、とにかく……その“ある人物”とやらについて証言を!」 本人も薄々は感じているのか、しつこくは咎めず先を進める。 (しかし――) ここに来て、ようやく私は異変に気付いた。証人の暴走に対し、未だ沈黙を守っている人物がいることに。 本来ならば、真っ先に『異議』を唱えてもおかしくない筈なのだ――“彼女”は。 「……ね、御剣さん。焔城検事、どうしたんだろ?なんか様子がオカシイよ?」 検察席に目をやれば、顔面蒼白の焔城検事。流れ落ちるいく筋もの汗、小刻みに震える肩――明らかな動揺は、数分前の私を鏡に映して見ているようだった。 「いつまですっトボケるつもりや、この偽善者」 次に証人・百瀬弥子が発した言葉は、“ある特定の人間”を捉えていた。 「?!」 ――そして、我々は思い知らされる。 「『愛美が毒を入れた』やなんて、白々とようゆうわ。 先ほどのビックウェーブなど、さざ波に過ぎなかったことを。 「ほな証言、始めよか。 “焔城検事が毒を入れたこと” について」 彼女の一言から始まる、衝撃の展開に比べれば。 「……ななな、なんですとぉぉぉーー?!これはもしや、“実は検事が犯人だった”という往年のパターンですかッ?!」 「異議あり!」 木槌が刻む激しいビートを振り払うように、人差し指を突きつける先は無論、証言台。 「焔城検事は部外者だ。小道具の瓶に毒を入れることなど出来る訳が……」 「せやからぁ、それを今から証言するてゆうてるやろ?」 カカオ・シガレットをくわえたまま、ぎろりとこちらを睨み付ける百瀬弥子。その形相たるや夜叉の如く“寡黙な大道具係”の面影は、欠片も無かった。 「この検事はなぁ、エデンが三年前の脚本で『ロミオとジュリエット』を演るっちゅーことをどっからか嗅ぎ付けてきてな、劇団員の『警護』を申し出てきたんや。 『三年前に聖ミカエル学園で起こったある生徒の殺人未遂事件を調べている。当時は“事故”として秘密裏に処理されたが、私は事件だったと思っている。三年前と同じ脚本を使えば、もしかしたらまた同じことが起こるかもしれない。どうしても三年前の脚本を使うというのなら、どうか公演が終わるまで自分に劇団員の警護をさせて欲しい』っちゅう、よー分からん理由で強引に押しかけて来よってん。 そんで、一ヶ月ぐらい前からずっと劇団に入り浸りや。舞台や楽屋、道具置き場なんかをうろつかれて、ジャマでしゃあなかったわ!……せやけど、今思えばその理由も分かんねん。アンタは『警護』言いながら、犯行に必要な備品を持ち出したり、柚田伊須香に毒を盛るチャンスを窺ってたんやろ!」 「異議あり! 焔城検事には柚田伊須香を殺害する“動機”がない!」 事情はまったく呑み込めないが、とにかく異議を申し立てる。 「動機?そんなの、決まってるやん。つーか、弁護士さん。アンタもさんざん言うてたやん。『三年前に殺されかけた生徒の復讐』――やろ?」 「異議あり! 焔城検事は三年前の事件の犯人を、柚田伊須香ではなく愛美さんだと思っていた。復讐を考えるなら、柚田伊須香より愛美さんに毒を盛るのではないか?!」 「さぁ、それはどぉやろ。この検事は、ずっと三年前の事件のことを調べてたんやで。 本当は真犯人にアタリを付けてたんを黙ってたんかもしれへんし……ひょっとしたら真犯人なんか誰でもよぉて、事件関係者を誰彼かまわず地獄に突き落とそうとしたんかもね。 三年前の事件を解決できひんかったんは、アンタにとって汚点やもんね!事件のこと、関係者ごとゼンブ消してしまいたかったんとちゃうの?!」 「異議あり! あなたが言っていることは全て状況証拠に過ぎない!焔城検事の犯行だという確かな“証拠”は何も無い!」 「証拠――せやろな、コイツは腐っても検事や。証拠を残すようなヘマはせんやろ。けどなぁ、コイツは『警護警護』ってうるさいくらいに眼を光らせてたくせに、舞台当日は急用があるゆーて来んかったんやで。そらまぁ、自分が警護におって殺人事件が起こったなんてことになったら立つ瀬があらへんもんな。 前日に全ての準備を完了させて、あとは伊須香が瓶の毒を煽るまで高みの見物。伊須香が倒れたら、愛美を犯人に仕立て上げて有罪にしてオシマイや。……ええ気なもんやね。 よくもアンタの個人的な事情に、ウチら劇団を巻き込んでくれたなぁ!初日の舞台にはケチが付くし、おかけで劇団はエライ迷惑や!どぉしてくれんねんっ!」 付け焼刃の異議はことごとく返され、審議は完全に証人のペースだった。 「……」 何せ、これだけ糾弾されている焔城検事本人が一言も弁解しないのだ。私が異議を申し立てたところで、疑惑が晴れる筈もない。 「……ねぇ、御剣さん。焔城検事はどうしてはっきり『違う』って否定しないんだろう?もしかして、百瀬さんの言っていることは全部……」 「憶測でものを言ってはいけないぞ、真宵くん。しかし――」 彼女の態度は、まるで――先ほどの阿部氏と同じではないか。 「違うっす〜!!!」 「あ、やっと言った……って、この声は……?!」 背後のドアを開け放ち飛び込んできた人物に、焔城刑事の顔が引きつる。 「ちょっと待ってください!姉さ――焔城検事が舞台初日に行けなかったのは……」 「北斗!」 百瀬弥子を押しのけるようにして証言台に立った北斗刑事に、鋭い叱咤の声が飛ぶ。 しかし、北斗刑事もこの時ばかりは臆することなく叫んだ。 「何で本当のことを言わないンすか!ね――」 「黙れ、北斗ッ!!」 「静粛に!静粛に!」 鎮めの木槌は、焔城検事が振り上げた両手を下ろすより早く。 「……今、法廷は非常に混乱しています。この状態でまともな尋問が出来るとは思えません。よって、ここで30分の休憩を取ります。焔城検事は裁判官執務室に来るように」 裁判官は珍しく厳しい表情で法廷を見回し、有無を言わせずそう言い放った。 「姉さんを助けて欲しいっす〜!!!」 困惑を抱えたまま控え室に入った直後、顔を真っ赤にした北斗刑事が飛び込んで来た。 「姉さんが初日の舞台に行けなかったのには、 姉さん、劇団員たちを守るために必死だったっす!悪いのはゼンブ、おれなンすよ!動けない姉さんの代わりに、びしっと劇団員の行動をチェックしていれば、こんなことにはならなかったっす!姉さんはちっとも悪くないンす!それを、あんな風に……」 「落ち着きたまえ、北斗刑事。焔城刑事が舞台初日、聖ミカエル学園に行けなかった理由は想像が付く。“昨日の彼女の様子”を見ていればな」 慌てふためく北斗刑事を何とかなだめ、ソファに座らせる。 「そうっす!そうなんっすよ!だからおれ、そのことを証言しようと思うっす!お願いっす、成歩堂さん!俺を弁護側の証人として召喚して欲しいっす!」 この調子では、裁判官執務室にも押しかけて行ったに違いない。しかし、追い返されてここに来たのだろう。彼の必死さから、他に頼る者がないことは十分見て取れた。 「いや。この場合、身内の証言では信憑性に欠ける。おそらく、受け入れられないだろう」 「ええっ?!だったら、どうすればいいっすか?!どうすれば姉さんを救えるっすか?!」 北斗刑事の表情が、絶望で染まる。真宵くんも「何とかならないの?」と、私を見た。 二人の懇願を受けて、私も考え込む。外野が騒いだところで焔城検事は何も語るまい。北斗刑事の飛び入り発言を制止したことでも明らかだ。ならば―― 「ひとつだけ、彼女を救う方法がある」 「な、なんっすか?!」 瞳を輝かせる北斗刑事に、私は告げる。 「ヒーローを呼ぶのだ」 「ヒーロー……というと?」 ⇒To Be Continued... |
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