逆転−HERO− (8) | |
作者:
紫阿
URL: http://island.geocities.jp/hoshi3594/index.html
2009年05月08日(金) 15時34分47秒公開
ID:2spcMHdxeYs
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「では、弁護側はいかがですか?何もなければ、お引取りいただきますが」 「用があるから呼んだのだ」 「はぁ……」 呑気な裁判長を黙らせ、私は証言台に向き直る。言わば、ここからが本番なのだ。 「さて、証人。先ほどあなたは『あの場で自由に動けるのは脚本家の俺だけだ』とおっしゃった。『あの場』とは、“公演中の舞台”ということでよろしいか?」 「まぁ、そうだけど……?」 阿部氏は『まだ続けるのかい?』とでも言いたげに、のんびりと答える。 「では、公演が始まる前はいかがです?役者やスタッフは自由に動き回れますか?」 「いや〜、どっちかって言うと公演前の方が慌しい感じだな。みんなぴりぴりしてるし」 「そんな慌しい公演前、あなたはどちらにいました?」 「さぁ〜……みんなの邪魔にならないように、学園内をぶらついていたかもな」 「異議ありッ! 何が言いたいんだ、弁護人!」 問答が核心に近付いたところで、焔城検事から怒涛の異議が飛ぶ。証人に関心が無くとも、弁護側のペースで審議を進めさせるつもりはないらしい。 「質問の趣旨を明確にしてくださいよ、弁護人!」 そして、もっともらしく乗っかる裁判長。 「それでは、これを見ていただこう」 二人のリクエストに応え、ビニール袋を掲げる私。無論、重要なのは“中身”の方だ。 「昨日、『ガブリエル総合病院』特別病棟裏の焼却炉で見付けたものだ」 「ははぁ、焼却炉で……何かの燃えカスですかな?」 「……」 目を凝らす裁判長と無言の焔城検事に、その“正体”を告げる。 「うム。これは“造花のスズラン”だ」 「造花の――」 「スズランですと?!」 これこそ、焔城検事はもちろん、鈍い裁判長までもを驚愕させるのに十分な証拠品! 「……で、それがどうかしましたか?」 ……と、言い切れるかどうかは、今後の説明に懸かっているようだ。 「一日目の審理を思い出していただきたい。今回の芝居では“造花”のスズランを使う予定だった。それが、公演の日の朝になってみると無くなっていたという。 そこで急遽、生花のスズランを用意することになった。――そうだな、焔城検事」 「然り。そして、生花のスズランを使うよう強く主張したのが被告人・夜羽愛美だッ!」 焔城検事は相変わらず、愛美さんを目の敵にしているようだ。いきなり攻撃を受けた彼女は、潤んだ瞳で私に助けを求めてくる。 「そうだ。あの時はその話に議論が集中してしまったので、“造花のスズランが何処へ行ったのか”ということについては、深く追及しなかった。 しかし、劇団エデンにおいて無くなった“造花のスズラン”がこうして出てきた以上、この問題に決着をつけるべきではないだろうか?」 「異議ありッ! それが、劇団エデンで使われていた造花のスズランとは限らないッ! 病院で不要になった造花を院のスタッフが燃やしたかもしれないではないか!」 慎重に築き上げてきたこの堤防、一回の異議で破壊されるわけにはいかない。 「異議あり! 病院に問い合わせたところ、あの焼却炉は長いこと使われていなかったそうだ。それが最近になって、病院関係者以外の誰かが何かを燃やしていたという。 この燃えカスは、それほど古いものではない。これが、劇団エデンから無くなった“造花のスズラン”であり、それを燃やしていたのが劇団内部の人間だと考えれば、使われていなかった焼却炉からこのようなものが出てきたことも説明できよう!」 「異議ありッ! それが劇団エデンの人間だとどうして分かる?!部外者がこっそり侵入し、ゴミを燃やしたかもしれないではないかッ!」 「異議あり! 特別病棟は病院の敷地の奥まった場所にあり、あの場所には病院関係者でさえめったに訪れないと言う。あそこは部外者が偶然通りかかる場所ではないのだ!」 荒波のように押し寄せてくる異議を、異議の堤防で押し返す。私にとっては、ここが踏ん張りどころなのだ。 「ちょっと待てよ」 証人席からの静かな声が、海風のように波を鎮める。 「弁護士さん。あんたはそのスズランを燃やしたのが、この俺だと言いたいのかい?」 それは、“反論”というより“確認”という感じの口調だった。 この審議がどういう方向へ行こうとしているのか、彼には分かっているのか……? (まさか――導かれている?) 「……そうです。他の団員が舞台の準備で忙しくしている間に、あなたは小道具入れから持ち出したスズランをここで燃やし、舞台が始まる頃に戻ったのだ」 脳裏を過ぎる迷いを振り払い、応える。 「異議ありッ! 弁護士!貴様はどれほど愚かなのだ?!先ほど言ったばかりではないか!『特別病棟裏は一般人が偶然通り掛るような場所ではない』と。 それで、この証人があの場所でスズランを燃やしてきたとはよくも言えたものだなッ!」 「異議あり! 証人はあの場所のことを知っている!――そうだな、証人」 「ああ、まぁな」 再び始りかけた異議の応酬を打ち切る、あまりにもあっさりとした返事。 「何ッ……?!」 「……阿部さん。舞台の準備で大忙しだった他の劇団員と違い、あなたにはスズランを燃やして来る時間があった。この点について、いかがですか?」 「否定はしないよ」 「異議ありッ! 造花のスズランがないことは、公演の日の朝に発覚した。つまり、前日の練習が終わった後でこっそりと持ち出し、その日の夜に燃やすことも可能だッ!」 「……」 怒涛の如く異議を唱える焔城検事よりも、否定も肯定もしない阿部氏の方が不気味だった。ここで攻撃の手を緩める訳にはいかないのだが……。 「――ふっ、キサマの目論見は分かったぞ、弁護士!」 阿部氏の態度に気を取られていたことが、焔城検事に考える時間を与えたらしい。 「夜羽愛美を無罪にするために、新しい 私がこの審議をどういう方向に誘導しようとしているのか、彼女にも分かったのだろう。 「い、いけにえですと……?!どういうことですか、焔城検事!」 我々の間には、もはや裁判長の割って入る隙などなくなっていた。 「弁護士。キサマはこの証人が犯人だと言いたいのだろう?証人に“造花のスズランを燃やせる時間があったこと”だけを以って」 挑むような眼差しは、私だけを捉えている。 「それだけではない。事件の後、彼が即興で原稿を書けたのも冷静に対処できたのも、舞台で何が起こるか知っていて、心構えが出来ていたからだと考えられる」 「異議ありッ! 事件に遭遇して冷静に対処しただけで人を疑うのか、キサマは!」 「異議あり! 彼は 刑事の不備を突かれると検事はツライのだ。そんな彼女の気持ちが、 「ぐっ……あ、アレは問題にならないっ!とにかく、彼を犯人だと言うのならばその根拠を示してもらおうか!“動機”は何だ?“証拠”はあるのかッ?!」 “動機”と“証拠”――審議の核に議論が及んでも、阿部氏は至って涼しげな表情をしている。彼を糾弾しようとしている私の方が戸惑いを覚えるほどに。 「動機は、ある。彼は、三年前の事件の被害者・真多井流花さんの“恋人”だったのだ」 「な、何だと……?!」 私は、昨夜、彼のさいころ錠を解いた証拠品を以って二人の関係を説明する。その間、誰も言葉を発する者はいなかった。証言台の安部海流でさえも。 「――弁護人の話は本当なのか、証人」 感情を押し殺し、焔城検事が訊く。 「否定はしない」 返ってきたのは、これまた感情の欠片もない言葉。 「……すると、動機は恋人を酷い目に遇わせた者への復讐ですか?」 「……」 都合が悪くなるとダンマリを決め込む証人を、私は今まで多く見てきた。 余計なことを喋って揚げ足を取られるよりは……という防衛本能に基づき、彼らは口を閉ざす。 しかし、阿部氏の沈黙はそれよりもっと深い意味を持っているように思えた。 「動機はあるかもしれない。しかし、彼が犯人であるという“証拠”は何もないッ!」 迷っている間にも、容赦なく審議は進む。私は既に、引き返せない所まで来ていた。 「……証拠ならば、ここにある。くらえ!」 昨日、土壇場で手に入れた決定的な証拠品。 「それは――」 これで、決まる。 「小道具の瓶?!馬鹿な!これは警察が押収した筈……まさか、また北斗かッ?!」 「彼の名誉のために、違うと言っておこう。これは、私が“ある場所”で発見した“二本目”の瓶だ」 決める。 「ある場所?」 「二本目……?」 決めなければ、ならない。 「審議一日目の“小道具の瓶”に関する議論を覚えているだろうか?」 「え〜……確か“瓶についた指紋がどうのこうの”というやつですな?」 だが―― 「……『どうのこうの』で片付けないでいただきたい。あの時、私はこう主張した。“芝居で使用した瓶は、何者かの手によって愛美さんの指紋が付着した別の瓶とすり替えられた”と。あの時はこの推論を裏付ける証拠を示せなかったが、すり替えはまさに行われていたのだ。 この瓶が何よりの証拠!よって弁護側はこの瓶の鑑定を要請する!そうすれば、コンバイン三段活用の毒物が検出される筈だ!!」 強く主張すればするほど、 「異議ありッ! そ、そうだとしても……その証人が入れ替えた証拠はないッ!」 「異議あり! この瓶は、昨夜“ビタミン広場”のバナナベンチの下で発見したもの。その直前、そこには証人・阿部海流が座っていたのだ!」 「な、何ッ……?!」 「ほ、本当ですか?証人!」 優位に立てば立つほど、不安が募るのは―― 「……」 先ほどまでの饒舌が嘘のように何も語ろうとしない、阿部海流の存在があるからだ。 「海流さん、なんかヘンじゃない?普通『真犯人はお前だ!』とか言われたら、力いっぱい否定するよね?今までの人たちもそうだったし……」 中立であり続ける彼の態度に、真宵くんも不審顔。 「うム。しかし、ここは一気に斬り込んで行くしかない」 引っ掛かるところはあったが、そう答えざるを得なかった。 人差し指を証言台に突きつけ、あらん限りの声で叫ぶ。 「阿部海流――いえ、阿部海!弁護側は、あなたをこの事件の真犯人“君影草”として告発――」 しかし。思えば昨日の段階で、明らかにしておくべきだったのだ。 彼が曖昧な態度を取り続ける理由――彼の心中に渦巻く、 ドォン……ッ!!!!机の音も高らかに異議を唱える焔城検事の口元には、勝ち誇った笑みが浮かんでいた。 「墓穴を掘ったな、弁護士」 「何……?」 「キサマは重大な見落としをしているッ!北斗も真っ青の、致命的な見落としをな!」 それは―― 「えええっ?!そんなもンのスゴイ見落としを、みつるホドくんが?!」 昨夜、阿部氏と別れてからずっと拭いきれずにいた“ある種”の嫌な予感であり。 「証人に問う。キサマの“身長”は?」 しかも、こういう場面で“現実”になる確率が非常に高く……そして。 「身長……って、背丈のことか?最近計ってないけど、190センチ切るくらいかな」 最悪の、 「どしたの、御剣さん?そんなに白目剥いて、クチビルぶるぶる震わせちゃって……」 展開へと、 「……ドラセナ・マッサンギアナ……!」 ――発展する。 「そうだ。証人・阿部海流を君影草に仕立てあげるキサマの暴論には、致命的な“ムジュン”がある。二日目の審議における詩門温子の証言を思い出してみるがいい。 “君影草の様子”について訊かれた彼女は、『君影草の身長は喫茶店の入り口にあった観賞植物“ドラセナ・マッサンギアナ”と同じくらいだった』と証言している。 ドラセナ・マッサンギアナの高さは、私の身長に近い172センチ前後――この目撃証言の信憑性を『高い』と指摘したのはキサマだったな、弁護士!」 「ぐっ……!」 「つまり、君影草の身長もそのくらいだということ――然るに、この証人の身長は190センチ近くもあるという。言っただろう、 “高い身長を低く見せることは不可能” だと。即ちッ!この証人が君影草である筈がないんだッ!!!」 「うぐはぁっ……!!!」 「……私も忠告しましたぞ、弁護人。 “身長のことは慎重に検討しなさい” と!」 焔城検事に便乗して何故か得意気な裁判長の声も、私には届いていなかった……。 「――さて、弁護人。この証人に対する尋問は以上ですな?」 「……うム」 「終わり、でいいのか……?」 昨日までの審理を知らない阿部氏だけが、狐につままれたような表情で突っ立っている。 彼の思惑からすれば、おそらくこの展開は予期しないものだったのではないだろうか。 ⇒To Be Continued... |
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